シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
元老寺の除夜の鐘は午前一時まで続きました。百八回という数にこだわらず、撞きたい人は何人でもどうぞ…というのが人気の秘密。とはいえ、無制限にしておくとご近所さんに迷惑ですから、午前一時までに撞き終えられる人数までを受け入れます。墨染めの衣のジョミー君とサム君は行列の整理もお手伝いして…。
「今年も最後は会長ですか…」
シロエ君が鐘楼の方を眺めました。私たちは寒さを避けて甘酒のお接待用のテントで粘っているわけですが、会長さんが緋の衣の袖を翻し、キース君の先導で鐘楼へ向かっています。お供は今度もジョミー君とサム君。一般の人が鐘を撞き終えた後で、会長さんが締めの鐘を厳かに一回、ゴーン…と撞いて。
「えっと…。これで終わりになるのよね?」
スウェナちゃんが石油ストーブで手を温めながら言ったのですが、残念ながら終わりではありませんでした。甘酒のお鍋を掻き混ぜていたイライザさんが「次は本堂ですよ」と微笑んで。
「すぐに修正会が始まりますから。…あ、お迎えがいらしたみたい」
「やあ、お待たせ」
会長さんがテントに顔を覗かせました。
「いよいよサムとジョミーの本格的なデビューだよ。さあ、本堂の方に行こうか」
「「「はーい…」」」
数年前の修正会を思い出した私たちの声は沈んでいたと思います。あの時は正座がキツくて、とても辛かったのでした。けれど会長さんはスタスタと歩き始めていますし、キース君も「早くしろ!」と呼んでいますし、ジョミー君とサム君は大人しく本堂に向かっていますし…。
「どうやら行くしかないみたいですね」
溜息をつくシロエ君。
「マツカ先輩とぼくは正座には慣れてますけど、本堂はやっぱり緊張しますよ。それに今回は檀家さんも多いそうですし…。キース先輩に恥をかかせないよう、精一杯頑張ってお勤めしましょう」
「そうですね…。お念仏くらいは唱えた方がいいですよね」
マツカ君が応じた所へ会長さんの思念が届きました。
『ぐずぐずしない! ついでに言うと、修正会は新年を迎えて国家安泰から檀家さんの幸せまでをお祈りしようって行事だからね。せいぜい真面目に務めるように』
ひぃぃっ、そんな大層な
行事でしたか! 前に出た時は檀家さんの数も少なかったですし、一年の始まりのお勤めくらいに思ってましたが…。会長さんのクスクスと笑う気配が伝わり、更に追加が。
『付け加えるなら、坊主にとっては反省会も兼ねているのさ。一年間の過ちを振り返って反省し、新年の目標を胸に修行の成就を祈るってわけ。…だから修正会という名前になるんだ。サムとジョミーには大いに頑張って貰わないとね』
二人とも修行はこれからだから、と会長さん。サム君はともかく、ジョミー君には気の毒そうな行事でした。修行の成就なんて祈りたくもないだろうと思うのですが、法衣まで着せられた今となっては形だけでも手を合わせるしかないわけで…。
「あーあ、ジョミー先輩、完全にババを引いちゃいましたね」
シロエ君が星空を仰ぎ、マツカ君が。
「ここまで来ちゃったら仕方ないですよ。…ぼくは父と一緒に仕事をすることになってますから大丈夫ですけど、シロエ先輩は気を付けた方がいいのでは…?」
「え、何にですか?」
「…会長ですよ。もっと仏弟子を増やしたいとか、如何にも会長が言い出しそうで…」
げげっ。シロエ君はピキンと固まり、スウェナちゃんと私は吹き出しました。柔道以外にこれといった目標は無いシロエ君。会長さんにロックオンされたら逃げ切るのは多分無理でしょうねえ…。
「さっきの話は忘れて下さい」と繰り返すシロエ君に曖昧な返事をしながら向かった本堂には、お正月らしく五色の幕が。檀家さんたちが次々と入ってゆきます。私たちも靴を脱ぎ、階段を上がって中を覗くと、なんと椅子席ではありませんか! これはラッキー、と小躍りしそうになったのに。
「お前たちはあっちだ」
入口に立っていたキース君が指差したのは座布団がズラリと並んだ場所。えっ、椅子席ではないんですか? キース君は「当然だろう」と冷たい顔です。
「今年は檀家さんが大勢来て下さるから椅子席を用意しただけだ。足の悪いお年寄りには正座はキツイ。普段の法事とかでも椅子席を置いているんだぞ? だが、お前たちは正座だな」
若いんだから真面目にやれ、と言われてしまってスウェナちゃんと私は涙目でした。せめて正座用の補助椅子を…、と思ったんですけど、私たちの席には用意されておらず。
「悪いが、親父の方針なんだ。檀家さんでもないお前たちには厳しくやれと言われたんでな。…じゃあ、俺は行くぞ」
キース君は本堂の奥に入ってしまいました。仕方なく座布団に正座していると、お数珠を手にした檀家さんたちで椅子席も正座用の座布団の方も満員に…。これはなかなか壮観です。前に参加した修正会の時は檀家さんなんて数えるほどしかいなかったように記憶してますし、キース君が住職の資格を取った効果は凄いかも…。
「あ。サム先輩が出て来ましたよ」
シロエ君の視線の先に墨染めの衣のサム君が。続いてジョミー君が本堂の奥から出てきて、御本尊様の前で深く一礼。キース君の厳しい特訓の成果か、そこそこ形になっています。それから二人は脇に退き、お経本が置かれた机を前にして座りました。続いて鐘がカーンと鳴って、キース君とアドス和尚と会長さんが現れて…。
『あら。会長さんがお経を読むの?』
スウェナちゃんが思念波で尋ねてきました。緋色の衣の会長さんが御本尊様の正面に座り、深々とお辞儀しています。前の時はアドス和尚が主役を務めていたのですが…。
『スペシャル・サービスだって言ってたよ?』
「「「!!?」」」
いつの間にか私たちの隣に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコンと正座していました。座布団が一枚余っていると思っていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」用でしたか!
『あのね、キースのために檀家さんが大勢来るから、サービスだって! ブルーがやると法要の格って言ったかなぁ…? それが上がるし、サムとジョミーもデビューするしね。ブルー、サムたちのお師僧さんでしょ?』
うわー…。新年早々、抹香臭い展開です。とはいえ、会長さんが法要をするのを見るのは初めてでした。お経を唱えたり、御自慢の緋の衣とやらを見せびらかすのは何度も目にしてきましたけれど、本格的なのは一度も見せてくれなくて…。まあ、そんな機会が無かったと言えばそれまでですが。
『『『……本当にお坊さんなんだ……』』』
流れるような所作でお経が書かれた巻物やお経本を扱い、鐘と木魚を叩き続ける会長さん。もちろん読経する声は淀みなく…。檀家さんたちの方を窺ってみると、有難そうに合掌しながら涙を流している人もいます。うーん、スペシャル・サービス、恐るべし。キース君の値打ちも修正会で一段とアップするに違いありません。
『ね、凄いでしょ? ブルー、お経が上手なんだよ』
高僧だしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。アドス和尚とキース君も一緒に読経していましたが、サム君とジョミー君は合掌しているだけでした。それでも本堂で華麗なるデビューを果たしたことには違いなく…。来年は此処にシロエ君が混ざっていなければいいが、と心配ですけど、こればっかりはまるで読めませんよねえ?
修正会が終わって檀家さんたちを見送った後は庫裏に移って慰労会ならぬ新年会。正座で痺れた足の痛みも吹っ飛ぶ御馳走がズラリと並んでいます。キース君とアドス和尚は法衣でしたが、会長さんとサム君、ジョミー君たちは私服に戻って寛ぎモード。
「やっと終わったー!」
肩が凝った、とジョミー君が首をコキコキと鳴らし、サム君も腕を伸ばして万歳のポーズでストレッチ中。流石のサム君も本物の法要は緊張しちゃったみたいです。けれど会長さんは高僧だけあって、あれだけのお経を読んだ後でも普段と全く変わりなく…。
「ぶるぅ、そっちのサラダを取ってくれるかな? それとローストチキンも頼むよ」
「オッケー!」
美味しそうだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分のお皿にも取り分けています。イライザさんがお給仕を申し出たのですけど、会長さんは「好きにやるから」と笑顔で辞退し、新年会は無礼講に…。そんな中でも会長さんはアドス和尚に御礼を言うのを忘れません。
「色々と無理を言って悪かったね。不肖の弟子を除夜の鐘と修正会なんかに出させてくれてありがとう。…二人とも、まだ正式な届けも出していないのにさ」
「いえいえ、とんでもございません。私どもの方こそ、修正会をお勤め頂いて、なんと御礼を申したらよいか…。これで倅も檀家さんの覚えがグンとめでたくなりますでしょう。いやいや、本当にありがたいことで…」
アドス和尚とイライザさんは会長さんに何度も感謝の言葉を述べて、キース君にも頭を下げさせて…。会長さんの緋色の衣パワーは絶大でした。サム君とジョミー君も檀家さんたちにガッツリ覚えられたに決まっています。今回で味をしめた会長さんが調子に乗らなきゃいいんですけど…。
「ん? なんだって? ぼくがどうかした?」
鮭のマリネを頬張っていた会長さんに振り返られて、私は思わず飛び上がりそうになりました。ヤバイ、ヤバイです! これ以上考えたら読まれちゃう~!
「おやおや、軽くパニックなのかい? シロエがどうかしたのかな?」
ぎゃー!!! 読まれた、読まれちゃいましたよ! ごめん、シロエ君…。本当にごめん…。
「ふうん? キーワードはどうやらシロエらしいねえ…。さてと、ぼくが調子に乗ったらどうなるんだい? シロエ」
「え? …え、えっとですね…」
今度はシロエ君がパニックでした。なにしろ頭がいい人ですから、私の様子と会長さんの今の言葉で状況を把握したみたいです。シロエ君は何と返事をするのでしょう? 返事しなくても相手はタイプ・ブルーの会長さんだけに、アッサリ心を読まれてしまって終わりでしょうけど。
「そ、そのぅ……。次は危なかったりするのかなぁ…と…。マツカは安全圏みたいですし…」
「はあ?」
怪訝そうな顔の会長さんに、シロエ君は覚悟を決めたようです。グッと拳を握り締めると、一息に。
「ですから、次はぼくの番になるのかな、と! サム先輩もジョミー先輩もデビューを果たしてしまいましたし、新しい仏弟子候補にロックオンされるのはぼくじゃないかと…!」
血を吐くような叫びが元老寺の広い座敷に響き渡りました。
「「「………」」」
シンと静まり返った空気。…言っちゃった…。言い切りましたよ、シロエ君! キース君がポカンと口を開け、サム君とジョミー君も唖然呆然としています。シロエ君、ごめんね、私が余計なことを考えちゃったりしなければ…。と、会長さんがプッと吹き出し、可笑しそうに笑い転げながら。
「そうか、そういう話になってたわけか…。ぼくが新しい仏弟子をねえ?」
「笑い事じゃあないですよ!」
ぼくには人生の一大事です、とシロエ君が食ってかかりましたが。
「おやおや、出家したいのかい? そういうことなら改めて相談に乗るけれど?」
まだクスクスと笑い続けている会長さん。
「生憎、ぼくの直弟子は只今満員御礼でね。まだ本山にも届け出てないし、これからじっくり仕込まなくっちゃいけないんだ。…その後でよければ弟子にしてもいいけど、待ち時間が何年になるか見当がまるでつかないなぁ…。急ぐんだったら他を紹介するよ」
「………他?」
「うん。璃慕恩院の老師に誰か探してもらってもいいし、ぼくの知り合いのツテもある。…どんな師僧が好みなのかな? 厳しいタイプか、穏やかな人か。それに住まいの問題もあるね」
会長さんは指を折って。
「とりあえずアルテメシアから通える範囲で入門するなら、すぐに受け入れてくれそうな人は五人くらいって所かな。無理を言えば二人くらいは増えるかと…。アルテメシアにこだわらないなら受け入れ先はもっと増えるよ」
「ちょ、ちょっと…。通える範囲とかって何なんですか!」
「だから、お師僧さんの住んでる所。…得度するのは簡単だけど、その後のことが重要なんだよ。キースみたいに大学に行くか、お師僧さんのお寺で修行を積んでから研修会で単位を貰うか、どっちかでないと伝宗伝戒道場に行けない仕組みでねえ…。せっかく出家するんだったら、やっぱり住職にならないと」
それでこそ一人前の坊主だ、と会長さんは畳みかけます。
「つまり、坊主が弟子を取るには相当な覚悟が要るんだよ。弟子が一人前になるまで指導しなくちゃいけないわけだし、もちろん学問だけじゃいけない。生き方全般その他諸々、まるごと面倒みなくっちゃ。…今のところ、ぼくはジョミーとサムとで手一杯なんだ」
特にジョミーは手が掛かる、と深い溜息をついた会長さんは。
「…で、どうする? 順番待ち? それとも他の誰かに弟子入りする?」
「け、けっこうですっ!!!」
シロエ君は即答しました。
「ぼくは出家は考えてません! 今のまんまで充分です!」
「なんだ、残念」
徳の高い知り合いが沢山いるのに…、と会長さんは笑ってますけど、本気じゃないのは見て取れました。良かったぁ…。シロエ君、出家コースは回避です。その分、サム君とジョミー君とが頑張ることになるのでしょうが、これ以上お坊さんが増えるというのも困りますから、まずはめでたし、めでたしですよね。
シロエ君の出家話で大いに盛り上がった新年会は午前三時にお開きとなり、私たちは宿坊の部屋に戻りました。これから徹夜で騒いで初日の出を拝むつもりでしたが、送って来てくれたキース君が。
「サムとジョミーは徹夜しないで寝た方がいいぞ。檀家さんの前で居眠りされたら大変だからな」
「「え?」」
二人はキョトンとしています。私たちもキース君の言葉の意味が掴めず、首を傾げてしまったのですが。
「さっき親父が言ったんだ。二人とも檀家さんには披露済みだし、除夜の鐘にも修正会にも出たし、次は初詣デビューだぞ、とな」
「「「初詣デビュー?」」」
「そうだ。元日には檀家さんが初詣に来る。それをお迎えして挨拶するのも寺の重要な行事なんだ。本堂に座ってお相手するんだが、去年までは俺がお子様係だった。それをサムとジョミーに頼もうか…と」
「「「お子様係?」」」
なんですか、それは? 初詣に来た子供の遊び相手でもするのかな? キース君は「お子様係じゃ通じないか」と苦笑して。
「初詣に来て下さった檀家さんの子供にお菓子を渡すのがお子様係だ。俺がやっても構わないんだが、せっかく人手があるんだから……と親父が、な。檀家さんにも顔を覚えて貰えるわけだし、やった方がいいぞ」
「えっと…」
ジョミー君が恐る恐るといった風で。
「それってやっぱり衣なわけ? あれを着なくちゃダメなわけ?」
「当然だろう。あれは坊主の正装だ!」
キース君が力説すると、会長さんがその横から。
「アドス和尚は気が利くね。初詣デビューまでOKだなんて、ホントに懐が深い人だよ。…せっかくの御好意だ、サムもジョミーもお受けしたまえ。…ところで、キース」
「なんだ?」
「ジョミーたちが初詣デビューをしている間、ぼくたちも引き続き滞在していていいのかな? 弟子がきちんと仕事をこなしているかは気になるからねえ…。ああ、食事とかのことは気にせずに」
ピザか何かの出前でも取るよ、と会長さんは言ったのですが、キース君は。
「そっちの方も心配無用だ。親父もおふくろもごゆっくりどうぞと言っていた。飯は手伝いの人が作るし、のんびり過ごしていってくれ。……俺は本堂で座りっ放しになるから、あんたの相手は出来ないがな」
「手配済みとは嬉しいね。それじゃゆっくりさせて貰うよ。サムとジョミーはお子様係を頑張りたまえ。これは師僧としての命令」
拒否権無し、とピシャリと言うと、会長さんは「消灯だ」と時計を示して。
「他のみんなが騒いでいたらサムもジョミーも寝られない。元老寺の檀家さんの前で弟子が居眠りしたらみっともないし、アドス和尚にも迷惑がかかる。さっさと布団に入るんだね。初日の出には間に合うように起こしてあげるよ、ぼくもぶるぅも早起きするのは得意だからさ」
「「「はーい…」」」
徹夜する気満々だった私たちはスゴスゴと与えられた部屋に引き揚げました。同じ初詣ならお寺なんかより神社の方がいいんですけど…。アルテメシア大神宮みたいに露店が並んで賑やかなヤツがいいんですけど、今年の初詣は元老寺の御本尊様にお参りですか、そうですか…。
電気を消して布団を被ってからもスウェナちゃんと私は小声でブツブツと文句。本当だったら初日の出を拝んで、朝ご飯を食べたら元老寺とはサヨナラだった筈なのです。初詣に来た檀家さんの応対をするキース君を残してアルテメシアの繁華街に出て、「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めコースで食べ歩きの予定だったのに…。
「でもね…」
スウェナちゃんが声を潜めて言いました。
「会長さんは最初から全部、計算済みだったんじゃないかしら? キースはついこの間まで道場で修行してたのよ。お祝いの宴会とクリスマスの仕切り直しはしたけれど……食べ歩きなんてやっていないし、キースが行きたがりそうなイベントでしょ? それをキース抜きでやると思う?」
「うーん、言われてみればそうかも…。じゃあ、食べ歩きはリベンジのチャンスがあるのかなぁ?」
「そうだといいわね。ぶるぅのお勧めは外れたことがないものね…」
期待しときましょ、と囁くスウェナちゃん。それから暫く話している内に瞼が重くなり、暖かい布団をすっぽり被って……次に聞こえたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声でした。
「かみお~ん♪ あけましておめでとう! 起床、起床ーっ!!!」
廊下を走る足音がパタパタと響き、窓の障子がうっすら明るくなっています。そうだ、初日の出を拝まなきゃ! 大急ぎで顔を洗って身支度をして飛び出して行くと、耳が千切れるような寒さで…。でもジョミー君たちも会長さんも、キース君一家も山門に集合していました。昇る朝日に両手を合わせて、お辞儀をすれば心もスッキリ。今年もいい年になりますように、とお願いの方も抜かりなしです。
「さあさあ、お雑煮の用意が出来ていますよ」
おせちも沢山召し上がってね、とイライザさん。私たちは歓声を上げ、庫裏のお座敷で熱々のお雑煮と豪華おせちを頂きました。でも、その後は…。
「さあ、お勤めに参りますぞ」
うわーん、新年早々、アドス和尚のお勤め攻撃! そりゃあ年明けすぐから修正会なんかもやっちゃいましたし、今更お勤めの一つや二つ…って、えっ、サム君とジョミー君は法衣を着なくちゃいけないんですか?
「当たり前だろうが」
キース君が冷たく言い放ちました。
「今、何時だと思っている? お勤めが済んだ頃には檀家さんが初詣に来るんだぞ? ブルーは最初から初詣の席に出る気も無いから、そのままで問題ないんだが…。サムとジョミーはお子様係をやるんだろう? 着替えに戻る暇は無い。分かったらさっさと着替えてこいっ!」
昨日のお作法の鬼コーチさながら、朱扇でビシッと襖を示すキース君。そう、キース君とアドス和尚は初日の出を拝みに出てきた時から衣なのです。イライザさんも、もちろん着物。考えてみればアドス和尚とイライザさんの洋服姿って一度も見たこと無いですよねえ…。
本堂でのお勤めは暖房がまだ効いていなかったせいで身体がけっこう冷えました。それでもコートは禁止です。お線香の香りが漂い、やっと暖かい空気が満ちてきた頃にはお勤め終了。痺れた足を擦っていると、キース君がサム君とジョミー君に「おい、手伝え」と声をかけています。三人は本堂の奥の方に消えて…。
「「「えぇっ!?」」」
キース君たちが運んできた物に私たちは目が点でした。コタツ櫓にコタツ布団。三人は御本尊様に失礼にならない辺りにコタツを設置し、周りに座布団を敷いています。ほ、本堂にコタツって…。これって、なに?
「見て分からんのか? 初詣用だ」
此処が親父で、此処が俺…、と座布団を指差すキース君。次は座机が運び込まれて、コタツの隣に据えられました。それからコタツの上にお屠蘇が置かれ、小さな陶器の杯がチョコンと。座机の脇には大量のお菓子。お饅頭やお煎餅といったものではなく、子供が好きそうなスナック菓子です。
「親父と俺はコタツで檀家さんのお相手をする。サムとジョミーはそっちに控えろ。子供さんが来たらお菓子を渡すのを忘れんようにな」
それと檀家さんには丁寧にお辞儀を、と指導しているキース君。アドス和尚は腕組みをしながら頷いています。そっか、もうすぐ初詣が始まるんだ…。
「そういうこと」
会長さんがニッコリ微笑みました。
「ぼくたちは邪魔になるから宿坊の方へ戻っていよう。イライザさんがおやつを用意してくれてるよ。…じゃあ、サムとジョミーは頑張ってね」
バイバイ、と軽く手を振る会長さんにサム君が「おう!」と元気よく答え、ジョミー君は肩を落としています。その肩にキース君の朱扇がピシッと叩き込まれて、背筋を伸ばすジョミー君。なんとも先行き不安ですけど、初詣デビューですから檀家さんたちに恥を晒さないようにして貰わないと…。
「大丈夫だよ、きちんと飴を与えておいたし」
会長さんがウインクしたのは宿坊の広間に戻ってから。
「今日の初詣デビューが上手くいったら、日を改めてぶるぅのお勧め食べ歩きコース! アルテメシア大神宮への初詣もセットでついてくる。去年は散々な初詣だったけど、今年はどうやら大丈夫そうだ」
ハーレイも懲りたみたいだし…、とクスッと笑う会長さん。去年の初詣は教頭先生が会長さんとの結婚祈願の願掛けをしまくったせいで妙な展開になったのでした。けれど今年も元老寺なんかに来ちゃったせいで変な流れになっているような…?
「お寺で元日を迎えたからには初詣デビューもアリだろう? おや、始まったようだ。ぶるぅ、頼むよ」
「オッケー!」
壁に現れた中継画面。本堂を訪れたお爺さんをアドス和尚がコタツに招き、キース君がお屠蘇を注いでいます。一緒に来ていたお孫さんにはサム君が笑顔でスナック菓子を…。ジョミー君も姿勢よく座っていますし、飴玉効果はバッチリといった所でしょうか。
「あんな感じで午後の三時頃まで初詣かな? サムもジョミーもいい経験が出来そうだ。檀家さんの初詣は世間話や人生相談も兼ねているからねえ…。机上の学問も大切だけど、一番いいのは現場なんだよ」
この調子でいつかはお盆の棚経も! と会長さんは燃えていました。駆け出しのお坊さんは年齢とは無関係に『小僧さん』になるのだそうで、サム君もジョミー君も小僧さん。
「棚経にお供するのが作法を覚える早道かな? アドス和尚につくのがいいか、キースについて行くのがいいか…。うん、どっちにも小僧さん一人がお供につくのがオシャレかも…。ジョミーはキースにつけるべきだと思うかい?」
まだまだ先の話だけどね、と言いつつも会長さんは楽しそうでした。初詣デビューまで果たしてしまったサム君とジョミー君が棚経に出るのは何年先になるのでしょう? それまでの間にも事あるごとに抹香臭くなりそうですけど、お坊さんがこれ以上増えることだけは無いというのは嬉しいかも…。シロエ君もマツカ君も、今の調子で出家コースに巻き込まれないよう逃げおおせてね~!