シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
元老寺で初詣デビューをする羽目になったジョミー君とサム君は頑張りました。元日は昼食タイムを挟んだだけで残りの時間は午後三時までずっと本堂でお子様係。初詣に来た檀家さんの子供にお菓子を渡す役目です。檀家さんが途切れた時しか正座を崩せないハードさの中、なんとか二人は務め上げて……。
「あーあ、ホントに酷い目に遭っちゃった」
ジョミー君が文句を言っていますが、今日は三が日の最終日。昨日はジョミー君もサム君も家でゆっくり休んでいたのに、恨みは尽きないみたいです。いえ、サム君の方は恨みは全く無いようですけど。だって…。
「何いってんだよ、ジョミー。全部ブルーのお蔭じゃないか、まだ本山に届けも出さない内から法要だとか初詣とか…。経験は多めに積んでおいた方がいいんだぜ? この先の修行で差がつくってさ」
「どういう意味?」
「だから色々と基礎の所で。…ほら、キースなんかは生まれも育ちもお寺だろう? 子供の頃からお経も読めるし、衣も自然に着こなしてるし…。衣の畳み方一つ取っても、慣れているのと初心者とではビックリするほど違うらしいぜ。チャンスはモノにしなくちゃな」
次の機会があったらいいな、とサム君は期待している様子。会長さんと公認カップルを名乗るサム君だけに、会長さんの立派な弟子にならくては…という自覚も多分、大きいのでしょう。それに比べてジョミー君ときたら…。
「次の機会なんて要らないよ! お彼岸も棚経も御免だってば!」
「やかましい!」
怒鳴りつけたのはキース君です。
「お前には仏弟子の自覚が無いようだな。俺も偉そうなことは言えんが、そういつまでも反抗できるものでもないぞ。文句ばっかり言い続けてると、いずれブルーが実力行使に…」
「えっ、そ、それはちょっと…」
「そう思うんなら大人しくしてろ。食べ歩きの予定がお寺巡りになったらどうするんだ」
「「「………」」」
それだけは御免蒙りたい、と私たちの視線がジョミー君に集中しました。今日は会長さんが約束してくれた初詣と食べ歩きの日なのです。私たち七人グループはアルテメシア大神宮に近い地下鉄駅に集合していて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の到着待ち。去年の初詣が御利益スポット巡りにすり替わっただけに、今年はきちんと初詣を…!
「わ、分かったよ! お寺巡りはぼくも嫌だし…」
大人しくしてる、とジョミー君が誓った所へ元気一杯の声が響きました。
「かみお~ん♪ みんな、お待たせ!」
トコトコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走って来ます。その後ろからは会長さんが笑顔で手を振り、「遅くなってごめん」と近付いて来て。
「時間どおりのつもりだったけど、みんな早いね。食べ歩きはそんなに魅力的かな?」
「「「はーい!」」」
揃って答える私たち。なんと言っても「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお勧めコースなんですもの! でも、その前に初詣。アルテメシア大神宮に向けて出発です~。
三が日も最終日とはいえ、初詣の人気スポットであるアルテメシア大神宮は混んでいました。参道には露店がズラリと並び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速買い食いしています。けれど「買い食いはお参りを済ませてから」が会長さんの方針ですから、私たちは横目で眺めるだけで拝殿へ。
「さて、今年こそしっかりお参りしなくちゃね」
会長さんがお賽銭を入れ、鈴をガラガラと鳴らして柏手を打って……私たちも真面目にお参り。もちろん絵馬も奉納しました。去年の騒ぎを覚えているのでかなりドキドキでしたけれども、今年は教頭先生の怪しげな絵馬は無いようです。チェックしていた会長さんが「よし」と大きく頷いて。
「ハーレイは去年で懲りたらしいよ。ゼルのサイドカーで爆走させたのは正解だったね。今年も絵馬は書いているけど、あの程度なら問題ないさ」
ほら、と指差された先には絵馬が鈴なり。教頭先生の絵馬は見当たりません。キョロキョロしている私たちに気付いた会長さんは。
「そうか、君たちの力では見つからないか…。こんな感じで」
サイオンで伝えてくれた映像の絵馬には達筆な文字で『心願成就』と書かれていました。会長さんとの結婚祈願もキッチリ含まれているのでしょうが、去年のような願掛けよりはまだマシというわけでしょう。今年の初詣は平穏無事に終わり、ジョミー君たちは露店でフランクフルトや串カツを買って満足そうです。
「食べ歩きに行くって分かっていても、やっぱり買わずにいられないよね」
美味しいもん、とジョミー君。食べ盛りの男の子たちには露店から漂う匂いがたまらないようで、境内を出るまでに誰もが三種類くらいは食べたでしょうか。スウェナちゃんと私は鯛焼きを買っただけでしたけれど。…さあ、この後は食べ歩き! グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何処へ連れて行ってくれるのかな?
「えっとね…。まだお昼にはちょっと早いし、ランチタイムまで色々食べながら待つのもいいよね」
座ってお話するのがいいでしょ、と路線バスに乗り込む「そるじゃぁ・ぶるぅ」。バスの中が初詣の人たちで混んでいたので、これから行く先も庶民的なお店だと思い込んでいたのですが…。
「……ここですか?」
シロエ君がポカンと口を開けています。バスを降りたのは花街で名高いパルテノン。その外れに建つ石造りのどっしりした建物が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目的地でした。えっと……これって高級中華料理屋さんでは? お小遣い、足りそうにないんですけど…。って言うより、一品料理も無理そうですけど!
「ここの小籠包は美味しいよ! ランチタイムまでは点心なんだ♪ 早い時間から開けてくれるのが嬉しいよね」
スタスタと入って行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。うわぁ~ん、お年玉が全額吹っ飛んじゃいそうです~! と、会長さんがパチンとウインクして。
「大丈夫だよ、スポンサーは確保する予定。ぼくが立て替えて払っておくから、好きなだけ飲み食いするといい」
「「「………」」」
スポンサーを確保ですって? なんだか嫌な予感がします。とはいえ、せっかく此処まで来ながら食べ歩きを断念するというのも悲しすぎますし、遠慮しないで食べちゃおうかな? …ジョミー君たちも気持ちは同じらしくて。
「…スポンサーって教頭先生かな?」
「どう考えてもそうでしょうね」
気の毒に…、と言い合いながらも足はしっかり店内へ。奥の個室に案内されてクッションの効いた椅子に座ると、サッとメニューが出て来ました。見た目にも素敵な点心の写真が並んでいます。私たちは歓声を上げ、それっきりスポンサーのことは綺麗サッパリ忘れてしまって…。
「でね、ランチはこれがいいと思うんだ♪」
フカヒレ姿煮コース、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が指差したのは点心をあれこれ食べまくった後。既に金額は半端じゃないことになっていると思われましたが、コース料理の料金の方も大概でした。でも…。
「フカヒレもお勧めだけど、海老のチリソースと牛肉のオイスターソース煮もいけるんだよね。三つとも入ってるのはこのコースだし、これにしようよ」
ね? とニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちに異議がある筈もなく、そのままコース料理に雪崩れ込み…。前菜の盛り合わせから炒飯に至るまで、実に充実したお料理でした。デザートも点心メニューには載っていなかった白キクラゲとパパイヤの白ワイン蒸し。誰もが満足したのですけど。
「かみお~ん♪ 次も行こうね!」
せっかく食べ歩きに来たんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。…美味しいものは別腹とはいえ、そんなに食べてもいいのかな? 教頭先生の顔がチラリと頭を掠めましたが、誘惑には勝てませんでした。
そういうわけで、私たちは楽しく食べ歩き。午後はスイーツを攻略しまくり、夕食はエスニック料理のお店へ。不思議な風味の豆のスープやムール貝のピラフ詰め、スパイスの効いたシシケバブなどなど、お値段もかなりゴージャスです。デザートは甘いライスプディング!
「どう? ぶるぅのお勧め、美味しかった?」
会長さんに尋ねられるまでもなく、私たちは御機嫌でした。キース君なんかは道場での精進料理生活が長かっただけに感動の域に入ってますし…。チャイのお代わりをしながらのんびり粘って、話題も楽しくあれこれと。…ん? そういえばフィシスさんはどうしたのでしょう? 会長さん、昨日しかフリーだった日が無いような…?
「ああ、フィシスかい?」
心配ないよ、と会長さんは微笑みました。
「年末年始は元老寺に行くことに決めていたから、フィシスは旅行中なんだ。ブラウたちと一緒に温泉とグルメ。女性ばかりで旅というのも楽しいらしいね。今日は薬膳つきのエステコースだと言ってたかな?」
なるほど、フィシスさんはグルメと温泉三昧でしたか! ブラウ先生たちと一緒だったら安心ですし、会長さんが呑気に遊んでいるのも納得です。その会長さんはチャイを三杯お代わりしてからボーイさんを呼んでお会計をして…。
「それじゃスポンサーの所へ行こうか。あ、タクシーの領収書を貰うのを忘れないでね」
「「「!!!」」」
ひぃぃっ、私たちまで行くんですか? それにタクシーの領収書って……タクシー代まで払わせるとか?
「当然だろう? 大丈夫、気前よく払ってくれるよ、ぼくが年始に行くんだからさ」
あぁぁぁぁ。やっぱりスポンサーは教頭先生に違いありません。案の定、タクシー乗り場に行った会長さんがドライバーに指示した行き先は教頭先生の家の辺りで、私たちも有無を言わさず他のタクシーに乗せられて…。
「お客さん、着きましたよ」
教頭先生の家の前に横付けされたタクシーに支払ったお金は会長さんが貸してくれたもの。スウェナちゃんが領収書を受け取り、サム君、ジョミー君と私は車を降りました。後ろの車からは柔道部三人組が降り立ち、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は既にインターフォンを押しています。奥でピンポーン、とチャイムが鳴って…。
「どなたですか?」
「ぼくだけど? あけましておめでとう、ハーレイ」
会長さんが言い終えるなり玄関の扉が勢いよく開き、教頭先生が飛び出してきました。私たちの姿に気付いて少しガッカリしたようですけど、立ち直りの早さはピカイチで…。
「そうか、年始に来てくれたのか。あけましておめでとう。寒かっただろう? 遠慮しないで入ってくれ」
教頭先生は私たちをリビングに招き入れ、温かい飲み物とクッキーを出してくれました。
「晩飯はもう食べたのか? まだなら何か出前でも取るが」
お寿司やピザの宅配メニューを広げる教頭先生に、会長さんが。
「ありがとう。でも、夕食はとうに済ませたんだ。なにしろ午前中からひたすら食べているからね」
「…ひたすら…?」
「うん。キースが暮れに道場に行っていただろう? 精進料理ばかりで三週間も過ごしたキースの慰労会を兼ねて食べ歩き! ぶるぅのお気に入りの店をハシゴしてたら凄い散財になっちゃった。もちろん払ってくれるよね?」
これ、と会長さんが渡した領収書にはタクシーの分も含まれています。チェックし始めた教頭先生の眉間の皺がたちまち深くなり、それから電卓を持ってきて…。
「なんだ、これは? こんなに出したら今月の私の生活費が…」
「食費を削ればいいじゃないか。それと新年会は全部欠席だね。麻雀の会も休めばいいし、そうするのが嫌なら暮れのボーナスを使えばいい。どうせ残してあるんだろう?」
寂しい独身人生だから、と会長さんは笑っています。
「それにね、ぼくたちの食べ歩き代を支払って損はしないと思う。払ってくれるなら始業式の日に素敵な思いが出来るかも…」
「プロポーズを受けてくれるのか?」
教頭先生の瞳が輝きましたが、会長さんは。
「残念ながら、プロポーズだけは受けられないや。でも、紅白縞を届ける時に何か一品つく…かもしれない」
ニッコリ微笑む会長さん。
「その辺の相談も兼ねて来たんだよ。…今年の闇鍋はヤラセでどうかな?」
「「「ヤラセ?」」」
教頭先生も驚きましたが、私たちもビックリでした。闇鍋って三学期の始業式恒例のアレですよね? 闇鍋でヤラセって、いったい何事…?
「あれもマンネリ化してきたんだよね」
会長さんが紅茶のカップを口に運びながら言いました。
「去年は君を闇鍋メンバーから外したけれど、そうでなければ展開は大体読めるだろう? 君にとってはあの闇鍋はぼくの手料理なんだっけ? 不味くても完食しなくちゃ損だ、と真剣に思ってるんだよねえ?」
「…まあな。お前は何も作ってくれんし、そうなるとあの鍋くらいしか…」
「それが困るって言ってるんだよ。君に完食されてしまうと、闇鍋勝負は教師陣の勝ちってことになる。…生徒が勝ったら貰える筈のお年玉チケットがパアになるんだ。正直言ってそれは避けたい」
お年玉は貰ってなんぼ、と会長さんは指摘して。
「たかが学食のタダ券でもね、貰える方には嬉しいんだよ。闇鍋で教師をへこませるだけじゃ物足りないってことなのさ。…君には完食して欲しくない」
「だったら私を指名しなければいいだろう?」
「そうなるとぼくがつまらないんだ。去年の闇鍋でよく分かった。怪しい鍋は君に味見して貰わなきゃ! たとえ手料理だと思っていたって味の不味さは変わらないだろう? だから君には是非食べさせたい」
だけど完食されても困る、と繰り返した会長さんに、教頭先生が恐る恐るといった風で。
「…さっき言ってたヤラセはそれか? 私に途中でギブアップしろと?」
「そういうこと」
察しが良くて助かるよ、と会長さんはティーカップに残った紅茶をスプーンで混ぜて。
「どうせ怪しい闇鍋なんだ、ギブアップしてもおかしくないだろ? それでも沢山食べさせたいし、最後の一口だけを残してギブアップ! この八百長を受けてくれた上に、今日の食べ歩き代を出してくれたら……紅白縞に一品増やしてあげてもいいよ」
「本当か?」
身を乗り出した教頭先生に、会長さんは「正直だねえ」と苦笑して。
「一品増えるのが何になるかはサプライズ! 紅白縞が5枚から6枚に増えるだけかもしれないけれど、増えた1枚がぼくの好意だ。…どうする? ぼくの好意を受ける? それとも…」
「受けるに決まっているだろう!」
教頭先生は財布を取り出し、お札を数え始めました。それだけでは足りなかったらしく、二階の寝室まで行って大事なヘソクリだか虎の子だかも付け足して…。
「ブルー、計算してみてくれ。これで足りると思うのだが…」
「ん? えっと…」
ひい、ふう、みい…とお札を数えた会長さんは電卓を借り、領収書を「そるじゃぁ・ぶるぅ」に読み上げさせて計算します。それからキース君にもう一度電卓を叩かせ、金額に間違いがないのを確認してから。
「ありがとう、ハーレイ。君ならきっと払ってくれると信じていたよ。…お釣りは貰っておいていいよね、細かいことは言いっこなしで。大好きだよ」
げげっ、その一言は反則でしょう! 教頭先生は真っ赤になって「うむ…」と曖昧に頷いています。大金を毟り取った会長さんは「さてと」とソファから立ち上がると。
「夜も遅いし、今日はこの辺で失礼するね。この子たちは此処から直接家に送っていいだろう? じゃあ、ヤラセの話を忘れないで。…一口だけ残してギブアップだよ」
約束を守れば一品追加、と念を押した会長さんに、教頭先生は「分かっている」と答えました。
「お前からの贈り物を受け取るためなら、八百長だろうがヤラセだろうが気にしてはいられないからな。始業式を楽しみにしているぞ、ブルー」
「トランクスが1枚増えるだけかもしれないけどね? でも大切な勝負下着だ、多めに持ってて損は無いだろ?」
「ああ。…あれは私の取っておきだ」
教頭先生が会長さんから貰った紅白縞を大切にしていることは私たちも知っています。球技大会の時に履いて来て、破れそうになった紅白縞を庇ってギックリ腰になった程なのですから! トランクス1枚かもしれない贈り物に釣られてヤラセをすると約束した上、食べ歩き代も肩代わりした教頭先生、凄すぎるかも…。
『恋は盲目って言うんだよ』
会長さんが教頭先生には届かない思念波で伝えてきました。
『このおめでたさを利用しないって手はないさ。今年の闇鍋はヤラセで決まり! これから家に送ってあげるけれども、ハーレイに御礼を言わなくちゃね。ぼくと一緒に大きな声で、御馳走様…って』
そっか、会長さんが毟ったとはいえ、食べ歩いたのは私たちも同じです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生にペコリと頭を下げるのに合わせて私たちも深々とお辞儀しました。教頭先生、御馳走様~!
食べ歩きの翌日以降もドリームワールドに行ったりしている間に冬休みは終わり、今日はいよいよ始業式。1年A組の教室の後ろに机が増えて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。会長さんたちがやって来る日は何かが起こると学習済みのクラスメイトの期待の中で始業式が済み、始まったのはお雑煮食べ比べ大会で…。
「すげえ、会長、どうしてあんなに食べられるんだ?」
「ぶるぅの方は不思議パワーがあるとしてもなぁ…」
理解不能だ、と見守っているクラスメイトたちはとうの昔にギブアップ。なにしろシャングリラ学園のお雑煮食べ比べ大会のお雑煮はお腹にたまる白味噌仕立てで、一度に大量に食べるというのはキツイのです。それを凄い勢いでお代わりし続けているのが会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
『あれってブルーは食べてないんだよね?』
未だに騙されちゃうんだけども、とジョミー君が思念波で尋ねてきます。
『そうらしいな。俺にもサッパリ掴めないが…』
キース君が首を捻って会長さんの方を見詰め、私たちも意識を集中してみましたが、今年もカラクリは把握不可能でした。前に会長さんが説明してくれた話によると、食べたふりをしてお椀の中身を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお椀に瞬間移動させているらしいんですけど。…つまり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの分も食べているわけです。
『なんにしたって底抜けですよ、ぶるぅの胃袋』
桁外れです、とシロエ君。そのスペシャルな胃袋のお蔭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグルメ三昧、先日の食べ歩きの案内役を務めたほどの舌の持ち主になったんですから、底抜けだろうが特に問題は…。おっと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のお椀に蓋をしました。充分な量を食べ切ったということでしょう。そして…。
「勝者! 1年A組!」
ブラウ先生の声が会場に響き渡って、1年A組、見事に優勝。さあ、この後は闇鍋です。会長さんが教頭先生を指名し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は去年と同じくシド先生。そこに担任のグレイブ先生を加え、この三人が闇鍋の挑戦者ということになりました。
「そうか、闇鍋だったのか…」
「どおりで変なメールが来たわけだよなぁ、学校から…」
始業式前に指示されたとおり「これだ、と思う食べ物を一品」用意してきたクラスメイトたち。みんな色々な食品を持っていますが、私たち七人グループはヤラセになると知っていたので、教頭先生が苦手だという甘い食べ物で統一しました。
「この店のチョコは甘いんですよ。特別に大きいのを作らせました」
マツカ君がビッグサイズの板チョコを取り出せば、スウェナちゃんはチョコレートケーキを丸ごと一個。キース君が特大のボタモチで、シロエ君はメイプルシロップの1リットルサイズ。ジョミー君は蜂蜜の大瓶を抱えていますし、サム君はグラニュー糖を1キロです。この人たちに比べれば私の苺ジャムなんて可愛いものかと…。
「ふふ、ハーレイの苦手で統一したんだ? 素敵だね」
ぼくはこれ、と会長さんが持っているのはお好み焼き用のソースでした。それも業務用の巨大ボトルです。その隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が同じく業務用のマヨネーズを…。
「ハーレイはお好み焼きがけっこう好きだし、食べる時にはマヨネーズをかけているんだよね。その大好きな味が闇鍋に化けたらどうなるかなぁ…と思ってさ。どうせヤラセなんだし、カオスな味の方がいいだろ?」
教頭先生たちは目隠しをされて会場になる校庭の隅に座っていました。グラウンドの中央では大きな鍋が煮え滾っています。今年は豚骨ベースでしたが、其処へクラスメイトが持ち寄ったクリームパンとかメンチカツとか、私たちが用意した甘い物とか、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお好み焼きセットとかが放り込まれて…。
「「「………」」」
固唾を飲んで見守っている全校生徒の前で教頭先生たちにお椀が配られ、目隠しが外され、いざ、チャレンジ! シド先生は一口で逃げ出し、グレイブ先生が二口目で逃げ出し…。それでも教頭先生は黙々とお椀の中身を食べていました。年に一度だけ食べられるという会長さんの手料理ですもの、頑張る気持ちは分からないでもありません。でも、ヤラセは? ギブアップする約束は…?
「………」
教頭先生がお箸を置いて無言で右手を上げ、ギブアップしたのは残り一口まで食べた時。1年A組は教師チームに勝利を収め、お年玉の学食のタダ券をゲットしました。クラスメイト一同、大喜びです。教頭先生、ヤラセをやり遂げちゃったんですけど、会長さんは本当に一品つけるのかな…?
「つけると言ったら本当につけるさ。騙すわけにもいかないしね」
その辺はきちんとしておかなくちゃ、と会長さんが言い切ったのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。始業式の日には教頭先生に紅白縞のトランクスを5枚、届けに行くのがお約束です。いつも付き合わされているので私たちも諦めの境地ですけど、気がかりなのは「一品つける」という件で…。
「食べ歩き代を毟り取った上に、闇鍋のヤラセ。対価にするなら何がいいかと色々考えてみたんだけれど…。やっぱりハーレイが喜ぶものが一番だとは思わないかい? きっと感激してくれるさ。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋から運ばれて来たのは紅白縞が5枚入ったお馴染みの箱。その上に小さめの箱が乗っかっています。どちらも同じ包装紙とリボンですけど、もしかして追加は紅白縞の6枚目? コソコソと囁き合う私たちに、会長さんは。
「いいから、さっさとついて来る! ハーレイが箱を開けてくれれば何を贈ったか分かるだろう?」
「「「はーい…」」」
トランクスのお届け行列が教頭室に辿り着いたのはそれからすぐ。会長さんが重厚な扉をノックし、「失礼します」と私たちを連れて部屋の中へと滑り込んで。
「ハーレイ、いつものヤツを届けに来たよ。それと、こっちはヤラセの御礼。食べ歩きで御馳走になった分の御礼も兼ねているんだ。…開けてみて」
「開けていいのか?」
「もちろん。説明もしなきゃいけないしね」
「「「???」」」
説明って何のことでしょう? 教頭先生も怪訝そうな顔で小さいほうの箱のリボンを解いて包装紙を取り、蓋を開けると、其処には真っ赤な布切れが。えっと……あれってハンカチか何か? それにしても派手な色ですが…。
「広げてみないと分からないよ? ほら、ハーレイ」
「………?」
布を広げた教頭先生が固まりました。それは紅白縞ならぬ真っ赤な色のトランクス。会長さんったら何を考えているんでしょうか?
「それも青月印なんだよ。紅白縞と同じメーカー」
素敵だろう、とクスクス笑う会長さん。
「健康長寿の赤パンツだってさ。生涯現役を目指すんだったら1枚は持ちたいパンツだよねえ? あ、君は生涯現役以前に童貞だっけか…」
「わ、私にこれをどうしろと…」
「履くんだよ。ぼくが贈った紅白縞を勝負パンツにしてるんだろう? だから究極の勝負パンツに赤パンツ! それを履くのは本当の意味での勝負の時さ」
分かるかい? と会長さんは教頭先生にウインクして。
「ぼくをモノにしたくて頑張ってるけど、未だにどうにもならないよねえ? 童貞生活三百年以上! ぼくをモノに出来るだけの自信がついたら赤いパンツを履けばいい。でもってぼくに囁くのさ。…今日の私は赤パンツだ、とね。そうすれば…」
話に応じないでもない…、と会長さんが耳元に顔を寄せて囁いた途端に教頭先生の鼻からツーッと赤い筋が。耳まで真っ赤に染まった教頭先生、赤いパンツを握ったままで仰向けにドターン! と倒れてしまって…。
「…あーあ、想像しただけで限界だったか。だけど、いい夢は見られそうだよね?」
究極の夢の赤パンツ、と可笑しそうに笑う会長さんに、キース君が。
「あんた、分かっててやってるだろう? あんなモノを何処で手に入れた!」
「何処って……普通にデパートの下着売り場で。赤いパンツは健康長寿って本当に書いてあったんだよ。フィシスと見つけて大笑いして、これはハーレイに贈らなくっちゃ…と思ってね。だけどいいネタが浮かばなくって、今日まで持ち越しになっていたわけ。さて、ハーレイにアレを履くだけの度胸があるかな?」
「「「………」」」
無理だろう、と誰もが心の底から思っていました。けれど会長さんは赤いパンツを回収する気は無いようで…。
「高みへのステップというのは大事なんだよ。それはジョミーとサムとの修行も同じさ。…ハーレイも高僧を目指すくらいの覚悟で頑張ったなら、赤いパンツが履けるかもしれない」
ジョミーたちが立派なお坊さんになるのが先か、ハーレイの赤いパンツが先か…、と会長さんは楽しそうです。えっと、そんな調子でいいんでしょうか? ジョミー君とサム君は仏弟子として少しずつ着実に進んでいますし、教頭先生だってもしかしたら…。
「大丈夫だよ、ヘタレだから。赤いパンツなんて絶対履けない」
テクニックを磨く機会も無いしね、と失神している教頭先生を見下ろしている会長さん。今年も初っ端から悲惨なことになりましたけど、教頭先生、本年もよろしくお願いします~!