シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見学したいと大嘘をついて別世界へ行ったドクター・ノルディ。狙いは会長さんそっくりのソルジャーと大人の時間を過ごすことでした。それを知って狼狽していた会長さんの前に現れたソルジャーは、会長さんとのキスと引き換えに、ドクターと何をしたかを話してくれているのですが…。
「薬を飲んでくれないんじゃあ、サービスし甲斐がないんだよね。だからサイオンで身体の自由を奪って、無理やり飲んでもらったんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
エロドクターに催淫剤を…。しかも無理やり…。会長さんが口をパクパクさせて。
「…そ、そんなことをしたら、ノルディはいったい…」
「ん?…楽しかったよ、飲ませるのも。先に断られているだろう?で、上から飲まないなら、下からだねって」
し、下から…?どうやったのか見当がつきませんけど、会長さんには通じたようです。
「ちょっ…。ブルー、なんて真似を!」
「いいじゃないか。せっかくだもの、思い切り楽しませて貰わなくっちゃ。…だって、ぼくを食べようとしたんだよ。逆転のチャンスを掴んだからには、ぼくが食べたっていいだろう?」
「「「食べた!!?」」」
私たちの裏返った声がリビングに響き渡りました。た、食べたって…エロドクターをソルジャーが…?呆然とする会長さんを横目で見ながら、ソルジャーは得意そうに話し続けます。
「淫乱ドクターって、攻められる方はまるで経験が無いんだね。ふふっ、自分の喘ぎ声を聞いたのは初めてだったみたいだよ。ぼくに組み敷かれて、喘いで泣いて、許しを乞うんだ。…もう最高」
私たちには刺激が強すぎる自慢話を事細かに語るソルジャーを会長さんがやっとのことで遮りました。
「…ブルー…。その話、全部本当なのか?…本当に君がノルディを…?」
「うん。御馳走様、って言いたいトコなんだけど…。実は途中で邪魔が入って、最後までは出来なかったんだよね」
残念、と吐息を漏らすソルジャー。
「まったく、ハーレイったら野暮なんだから。ぼくが青の間をシールドしていて、特に理由を思い付かないなら気を利かせればいいのにさ。…いきなり解除コードを打ち込んで押し入るだなんて最低だよ」
「…君を心配したからなんだと思うけど」
「ああ、ハーレイもそう言った。大丈夫ですか、って叫んで飛び込んできたからね。ぼくに何かあったと思ったらしい。…でも、スロープの途中で固まっちゃった」
それはそうだろう、と私たちは気の毒なキャプテンに同情しました。大切な恋人の身を案じて駆け付けてみたら、浮気の最中だったのですから。しかもソルジャーが攻める側だったなんて、頭の中が真っ白になったかも…。ソルジャーはクスクスとおかしそうに。
「石像みたいに動かないから、取り込み中だって言ったんだ。早く出てってくれないかな…って。そしたら血相を変えて走ってきてさ。…いったい何の冗談ですか、って。ぼくの世界のノルディだと勘違いしてしまったんだよ」
あちゃ~。それは無理もない話です。あちらの世界のドクターにまで迷惑をかけてしまいましたか…?
青の間に乱入したキャプテンがエロドクターの正体を理解するまで、少し時間がかかったようです。浮気の現場に出くわしただけでもパニックなのに、相手がドクター・ノルディでは…。
「間違えてるのが分かったからね、からかいたくなっても仕方ないだろ?」
ソルジャーは悪びれもせずに言いました。
「うまい具合に、ここ三日ほどハーレイと過ごせていなくって。それで、仮病を使ってノルディを呼んだって大嘘をついてやったんだ。…何の為かは分かるだろう、って」
えっと。…もしかしてソルジャーにもキャプテンを苛める趣味があるのでしょうか?会長さんが教頭先生をオモチャにするのとあまり違いが無いような…。その会長さんは盛大な溜息をついて、ソルジャーに先を促しました。
「その後は?…こっちの世界のノルディだってこと、ちゃんと説明したんだろうね?」
「もちろん。ぼくを食べたくて来てくれたなんて、涙ぐましい話だし」
「…………」
会長さんは頭痛を覚えたようでした。ソルジャーはクスクス笑っています。
「でね、ハーレイにこう言った。最近、かまってくれてないから、欲求不満になってたんだ。ぼくを放っておいたお前が悪い。邪魔をしないで欲しいな、って。…そしたら、この世の終わりみたいな顔して、それは私には耐えられません、と一歩も動かないんだよ」
あの顔は忘れられそうにない、とソルジャーはとても楽しそう。
「浮気はともかく、ぼくが攻めっていうのが嫌なんだってさ。それを聞き出すまでにかなりかかった。最初からズバッと言えばいいのに、言えないんだからヘタレだよねえ」
「「「………」」」
ヘタレは教頭先生の専売特許だと思ってましたが、あちらのキャプテンもヘタレでしたか。ソルジャーに遊ばれていたり、妙な所でシンクロしているみたいです。やっぱり何処か似ているのかな、と私たちが感慨に耽っていると…。
「それでさ…。聞いてる?」
現実逃避をしないように、とソルジャーが釘を刺しました。
「ノルディの始末をどうしよう、って話になって。ぼくが食べるのが許せないなら、お前が食べろって言ったんだけど…そんな気分にはとてもなれないって拒否するんだ。でも放ってはおけないだろう。…どうしたと思う?」
「……強制送還した…と思いたい……」
会長さんが絞り出した声に、ソルジャーはニッコリ微笑んで。
「残念。…ぼくはお客様は丁重にもてなす主義なんだ。ハーレイがその気になれないんなら、その気になって貰うしかない。焦らされて喘いでるノルディをベッドから落ちない程度に横にずらして、それから…ね。後は言わなくても分かるだろう?…ふふ、もう一人余計にいると思うと、凄く熱くなれる」
「ま、まさか…」
「そう、ハーレイを誘ったのさ。ぼくに誘われてハーレイが我慢できるとでも?…で、散々焦らして、これからって時に、ぼくはノルディを指差した。先にそっちをイかせるんだね、って」
ひぇぇ!…そ、それじゃエロドクターはキャプテンに…?顔面蒼白の私たちをソルジャーは赤い瞳で見渡しました。
「ぼくの身体も捨てたものではないらしいよ。…ハーレイはとても頑張ってくれた。淫乱ドクターには十分に御満足頂けるおもてなしが出来たと思うな。よすぎて失神しちゃったし」
「…き、君のハーレイに……ノルディを……」
震え上がっている会長さんに、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「もちろんハーレイには御褒美をあげた。しかもノルディが隣に転がっているだろう?…ハーレイは不本意ながらもノルディを抱いた後だし、ぼくもノルディと色々あった後だしね…。これで燃えない方がどうかしてると思わないかい?…最高に素敵な夜だったよ。もしもノルディに意識があったら、ぼくの声だけでイけたかも」
爆睡していたみたいだけどね、と笑うソルジャー。想像の域を遥かに超えた恐ろしい事実に会長さんはテーブルに突っ伏し、私たちはカチンコチンに固まったまま、めくるめく大人の世界に眩暈を覚えていたのでした。
「ブルー?…ねぇ、ブルー。…ぼくの話はまだ終わってはいないんだけど」
どのくらい時間が経ったのでしょう。5分?あるいはほんの1分?…ソルジャーが会長さんの肩をトントンと叩き、会長さんは億劫そうに身体を起こして。
「……あまり聞きたくないような……」
「聞いておかないと後悔するよ。ノルディの記憶に関することだから」
ここからが肝心なんだ、とソルジャーは声をひそめました。
「ぼくを食べに来たお客様なのに、ハーレイに食べられてしまって終わりじゃ可哀想だと思ってさ…。実は記憶を細工したんだ。ハーレイが乱入するまでの記憶はそのまま残して、後はスッパリ消去した。正確に言えば一部は残してあるんだけどね。…ハーレイとぼくとを置き換えて」
「…………?」
会長さんの赤い瞳をソルジャーの瞳が真っ直ぐ見詰めて。
「つまりノルディの記憶の中では、最後まで相手はぼくだったわけ。ハーレイは影も形も無くて、ぼくに組み敷かれてそのまま…ってこと。でも、せっかく淫乱ドクターなのに自信喪失されたら楽しくないから、途中で記憶を消してあるんだ。…達した時の記憶は無いし、そこから先の記憶も無い」
「…ちょ、ちょっと待って。それじゃ、ノルディは…」
「ぼくにヤられたのか、そうでないのか、考えても答えは出ないだろうね。ぼくが家に送ったことも知らない。…君が調べようとしていた事の答えはこれで全部だ」
「……君が…ノルディを……」
愕然とする会長さん。エロドクターの記憶の中にはキャプテンは全く存在しなくて、ソルジャーに食べられかけた記憶だけが残っているですって…?
「あ、そうそう、大事なことを忘れてた。ノルディに治療はしてないんだ。だから痛みはそのまんま。キスマークだって残っているよ」
「………!!!…それじゃ、記憶が残ってなくても…」
「冷静に自分の身体を観察すれば、何があったか分かるだろうね。ぼくしか記憶にいないんだから」
会長さんは額を押さえてソファに沈み込みました。最悪な気分なのでしょう。でもソルジャーは意にも介さず…。
「めり込んでいる場合じゃないと思うんだけど。それとも、ぼくはもう帰っていいのかな?…しばらく来られないかもしれないよ。ノルディが誤解したままでいいなら構わないけどさ」
「……誤解させとけばいいじゃないか」
「本当に?…そう思う?……ノルディをヤッてしまったのは、ぼく。酷い目に遭った彼にしてみれば、いつも必死に逃げ回っている君はとても可憐で可愛いだろうねえ。まさしく月とスッポンってヤツ」
月とスッポン。あまりにもハマりすぎでした。エロドクターは月そっくりのスッポンに噛まれたというわけです。それで懲りればいいですけれど、お月様はちゃんと別に存在しているのですし、リベンジとばかりに食べにかかっても全く不思議はありません。会長さんもそれに気付いたらしく、ブルッと身体を震わせました。
「…弱いのがバレたとか言ってたっけ…?」
「うん。耳が弱いのはバレちゃった。他にも気付かれているかもしれない。…で、どうする?誤解を解いて欲しいんだったら、ノルディに会いに行ってあげてもいいけれど」
とっくに目覚めて慌てているよ、とソルジャーは窓の外を指差します。会話している間にサイオンで探っていたのでしょう。会長さんはウッと息を飲み、しばらく考えていましたが…。
「…君が言うことが正しいみたいだ。ノルディの誤解を解いてほしい。ただし、ぼくも一緒に行くからね。君に任せて更にこじれたら元も子もない」
「信用ないなぁ…。まあ、無理もないけど」
ソルジャーは小さく笑ってソファから立ち上がりました。
「それじゃ、行こうか。…心配しなくても悪いようにはしないってば」
青いサイオンの光がリビングに満ち、ソルジャーと会長さんの姿がフッと消え失せた次の瞬間、私たちの身体も宙に浮いて…。
「ブルーはギャラリーが好きなんだって?…ぼくも真似してみようかな」
ソルジャーの楽しそうな声が聞こえてきます。えぇぇっ、私たちもドクターの家へ!?
移動させられた先は広くて立派な寝室でした。大きなベッドに潜り込んでいるのはドクターに違いありません。
「なんでみんなを連れて来たのさ!」
「シッ!…ぼくのシールドは完璧だけど、君が騒ぐと保たなくなるよ」
ソルジャーのシールドが私たち全員を包んでいました。会長さんもソルジャーもシールドの中。
「この子たちも話は最後まで知りたいだろうし、ぶるぅも何かと心配だろうし…。ぶるぅ、シールドはぼくが張っておくから安心して。…ブルーはぼくと一緒に来るんだろう?」
そう言うとソルジャーは会長さんの手を引っ張ってシールドの外へ。尻ごみする会長さんをベッドの足許に残し、エロドクターが頭まで被った布団をバッと剥ぎ取ります。
「おはよう、ノルディ。…お昼はとっくに過ぎているけど、気分はどう?」
「………!!!」
ソルジャー服を纏った姿を見るなり、ドクターは真っ青になりました。よほど酷い目に遭ったのでしょう。
「おやおや、そんな顔していいのかい?…君のブルーの目の前で」
指差された先に会長さんの姿を認めて、ドクターの表情が引き攣ります。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと。
「ぼくが怖い?…怖いだろうねぇ、今のままじゃ。…ぼくは全然かまわないけど、それじゃブルーが困るんだってさ。落ち着いたら、口直しにブルーを抱こうと思っているだろう?」
「い、いえ…!そ、そんなことは…」
「嘘をつかない。ぼくに読めないとでも思ったか?」
赤い瞳に射竦められて、必死に首を横に振るドクター。やはり会長さんを食べるつもりでいたようです。ソルジャーと会長さんとは全然違う、と認識できるタフな精神は流石としか…。
「ブルーはお前が嫌いなんだ。嫌いなヤツに抱かれたくないのは当然だよね。…だから誤解を解きに来た。ぼくはお前を抱いてない。口直しなんか必要ないのさ。…お前を抱いたのはハーレイなんだ」
「……ハーレイが…?」
「そうだ。信じたくないなら消した記憶を戻してもいいが」
どうする?と覗き込むソルジャーに、ドクターは少し迷ってから。
「…あなたは記憶を操作できる。真実がどうであっても、ハーレイがやったと思い込ませる事は可能でしょう。そんな記憶を持つくらいなら、何もない方がいっそマシだというものです」
「気に入った」
ソルジャーはクスッと笑いました。
「どう答えるかと思っていたが、過去は振り返らない主義だったか。じゃあ、ぼくに抱かれたというのが事実であっても、ぼくが誘えば……抱いてみたいと今も思うか?」
「………。機会があるなら、賭けてみるのも悪くはないかと」
げげっ。エロドクターは自信を取り戻しつつあるようです。立ち直りが早いのも一種の才能なのでしょうか。ソルジャーの手が頬に触れても、もう顔色は変わりません。それどころか、その手をさりげなく握っていたりして…。
「懲りてないんだ?」
「…雪辱戦を挑みたいと願うのは自然な心理かと思いますが」
「なるほど。…ならばチャンスを与えよう」
ドクターの手からスッと逃れて、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくのハーレイは忙しくてね…。捕まらない時も多いんだ。ぼくを満足させられる自信があるなら、呼んだ時に来て抱けばいい。ただし、満足できなかったらどうなるか…。身体で分かっていると思うが」
「望むところです」
「では、そのように。…必要な時はぼくが呼ぶ。ぼくの身体が手に入る以上、ブルーには…」
「いえ」
手を出すな、と言おうとしたらしいソルジャーをドクターの声が遮って。
「あなたとブルーは違います。同じ身体でもまるで違う。…今回で思い知らされましたよ。私はブルーも欲しいのです。以前にも増して欲しくなりましたね、あなたの肌を知ったお蔭で」
「……重症だな」
不治の病か、と苦笑しながらソルジャーはドクターの側を離れて、会長さんの方に戻ってくると。
「帰ろう、ブルー。これ以上いても意味はない。…ノルディ、雪辱戦では頑張りたまえ」
返事を待たずに青いサイオンが輝きます。私たちはアッという間に元のリビングに戻っていました。
「これでいいだろう?…ノルディは当分、ぼくの虜だ。本当に呼ぶかどうかは別として」
ソファにゆったりと腰かけたソルジャーの言葉に、会長さんが顔を曇らせます。
「…確かに、君で懲りた分をぼくで取り戻そうとしてくることは無いだろうけど…。もしも君が呼ばなかったら、今まで以上にぼくを追いかけてきそうな気がする」
「味を覚えさせたのはまずかったかな。…蹴り出しておいた方がよかった?」
「そうしてくれていれば、と思うよ。手遅れだけどね」
やっぱり子供に留守番をさせておいたのが間違いだった、と自分を責める会長さん。それを聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまた泣きそうな顔をして。
「ごめんなさい、ブルー…。どうしたらいいの?…ぼくだってタイプ・ブルーなんだもん、出来ることなら何でもするから…」
「…それだ…」
会長さんがハッと顔を上げ、「どうして忘れていたんだろう」と呟きました。
「ノルディの記憶を消せばいいんだ。最初からそのつもりだったんだっけ」
「………。シンクロしないと消せないよ?」
そう言ったのはソルジャーでした。
「記憶を消したり、置き換えたりと色々弄ってしまったからね。それをやったぼくの意識と完全にシンクロしないと無理だ。…やってみるのは自由だけれど、一応、言っておかないと」
「君の意識と…?」
「そう。シンクロする以上、淫乱ドクターと遊んだ記憶は勿論、ハーレイに抱かれた記憶も君の意識に流れ込む。…そうしない限り、消す糸口は見つけられない」
「………!!!」
会長さんの瞳が驚愕に揺れ、ソルジャーは「ごめん」と謝って。
「でも本当のことなんだ。ぼくが代わりにやってあげたいのは山々だけど、ほら…ぼくも悪戯好きだから。さっき約束もしてきちゃったし、消去するどころか変に書き換えてしまうかも…」
「……そうかもね……」
ノルディを食べようとしたくらいだし、と深い溜息をついた会長さんの顔から突然、スーッと血の気が引きました。
赤い瞳がソルジャーを捉え、肩が小刻みに震え出して…。
「…今、やっと気付いたんだけど……ぼくは勘違いをしてたかも。ぼくと君なら、ぼくが食べる方に決まっているから安全だって思ってたけど、もしかして、君は…」
「食べる方だってもちろん出来るよ。…嫌がる人は食べないけどさ。だからそんなに怯えなくても…」
クスクスと笑い始めたソルジャーでしたが、会長さんは警戒しています。情報料をキスで支払っただけに、複雑なものがあるのでしょう。やがてソルジャーは笑うのをやめて、真面目な顔で。
「君の意見は尊重する。嫌われたくはないからね。…食べる方だと思ってたんなら、ぼくは食べられてもかまわない。いつか気が向いたら食べて欲しいな。けっこう本気で君が好きだし」
「ブルー…?」
「君を見てると安心するんだ。…ぼくの未来は見えないけれど、君は地球にいて人類とちゃんと共存してる。ぼくそっくりの君が夢を叶えてくれているから、ぼくは諦めないで済む。だから…本当に君が好きだよ。君が女の子専門でなければ良かったのにね。こればっかりは仕方ないけど…」
寂しそうに微笑んでからソルジャーは立ち上がりました。
「用は済んだし今日は帰るよ。…それじゃ、またね」
フッと姿が溶けるように消えて、残ったのは空のお皿とティーカップだけ。どさくさに紛れて告白された会長さんは、ちょっぴり悲しそうでした。あちらの世界が恐ろしい場所だと知っているだけに、ソルジャーの想いに応えてあげられないのが辛いのかも…。
「あっ、お昼ご飯を忘れてたぁ!」
しんみりした空気をブチ壊したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声。慌ててキッチンへ走って行くのを見送ってから、会長さんが。
「…ブルーにも御馳走すればよかったな。せっかくこっちに来てくれたのに、残り物のパイだけなんて」
「あいつが騒ぎの元凶でもか?」
「違うよ、ノルディが諸悪の根源なんだ」
キース君の問いに即答すると、会長さんは窓の外へ視線を向けました。
「悪乗りしたブルーも問題だけど、ノルディがあっちの世界へ行かなきゃ何も起こりはしなかった。どんな所かもロクに知らないくせに、快楽目当てで行くなんて…。さっきのブルーの言葉を聞いても、ノルディはブルーを追っかけるかな?…ソルジャーとして必死に生きてるブルーを…」
「大人の時間には関係ない、って言いそうだぜ」
「…そうかもしれない。ブルーだって悪乗りしたんだものね。…ぼくはブルーのようには生きられないけど、ぼくの世界やぼくたちと関わることが救いになってくれればいいな…」
「なっているさ。あいつ、そう言って帰ったじゃないか。あんたがいるから、夢を諦めずにいられるって。そうだろう、みんな聞いてた筈だ」
一斉に頷く私たちを見て、キース君が会長さんの肩を叩きます。
「ブルーなら心配いらんと思うぞ。余裕のない生き方をしているんなら、ノルディにちょっかい出すもんか。それこそ蹴り出して終わりだろうさ。…あんたこそ、ノルディには気をつけろよ?襲われそうになったら俺達を呼べ。傷害罪で訴えられる羽目になっても助けてやるから」
柔道部三人組が互いにパチンと手を打ち合わせて構えを取ると、会長さんにようやく笑顔が戻りました。そこへキッチンから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきて…。
「お待たせ~!材料を買っていなかったから、きのこクリームのパスタなんだけど…ダイニングに用意できてるよ。晩御飯も食べて帰ってね!」
こちらもすっかり元気になったようです。ドクターを一人で別世界へ行かせる原因になったパイの残りもダイニングに運ばれ、細かいことを気にしない男の子たちがジャンケンで取り合いを始めました。賑やかにテーブルを囲んでいると、さっきまでの騒ぎが嘘みたい。
「ところで、お化け屋敷はどうだったんだい?」
会長さんにいきなり訊かれて、私たちはギョッとして顔を見合せます。ジョミー君が懸命に笑顔を作って…。
「や、やだなぁ、ブルー。…聞かなくったって知ってるくせに。ぼくたちが何をしてたかなんて筒抜けだもんね」
「ううん、本当に知らないんだ。フィシスとデートしている時はフィシスだけしか見てないからね。…で、白い影には会えたのかい?」
「あ、あははは…。サムには見えたらしいんだけど、ぼくらは全然」
お化け屋敷に纏わる無様な事実は、ほどなく全部バレました。会長さんはジョミー君に「白い影が見られるようになるよ」と出家を勧め、サム君まで勧誘し始めています。お坊さんになるっていうのは、そんなに素敵なことなんでしょうか?
「さあね。…だけど長い時間を生きていくんだし、サイオンっていう力もあるし。普通の人より恵まれた環境にいるんだからさ、修行を積むのもいいと思うよ。…いつか悟りが開けるかも」
ぼくは悟れてないけれど、と苦笑している会長さん。
「せめてブルーが背負ってるものを受け止められるくらいになりたいな。それも出来ないようじゃ、まだまだ。…あっ、色恋のことじゃないからね!ソルジャーとしてのブルーの悲しみや苦悩や…そういったもの」
会長さんの赤い瞳には、ソルジャーが帰って行ったシャングリラ号が見えているのかもしれません。エロドクターがソルジャーに呼ばれて旅立つ時は来るのか否か。あんな淫乱ドクターとはいえ、ソルジャーのお役に立つんだったら全力で尽くして頂きたいです。満足させられなかったら地獄ですけど、知ったことではないですよねぇ?