シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんの留守に現れたというドクター・ノルディ。留守番をしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が悪かったんだと泣いています。しかもパイ生地を作っていたのがいけなかったとは、いったい何事?会長さんはパイ皮を調べても手がかりは無いと言ってますけど、私たちを叩き起こすほどのパニックに陥ったんですから、よほどのことが…。
「…あまり考えたくないんだが…」
キース君がコーヒーで口をすすぐようにして飲み込んでから言いました。
「エロドクターがぶるぅと一緒にパイ生地を作ったとかじゃないだろうな?…あんたが食べるパイのためなら嬉々としてやりそうな気がするぞ。もちろん素手で」
え。…エロドクターが会長さんへの不純な愛をこめて作ったパイ生地…?考えたくもないですけれど、手に唾を吐きかけていたりして…。愕然とする私たちに、会長さんは「その方がよほどマシだった」と答えました。
「ノルディはパイ生地に触れちゃいないよ。そもそも、ぶるぅが許さない。素人なんかに手伝わせるわけがないだろう?…ぶるぅはパイ生地作りに忙しくって、おまけに子供だったから…大変なことになっちゃったのさ」
「大変なこと…?」
「そう。ぼくの人生最大のピンチかもしれない」
恐る恐る聞いたジョミー君に会長さんが深刻な顔で頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の泣き声が激しくなります。エロドクターが何かをやらかしたのに違いありませんけど、パイ皮とどういう関係が…?
「最初から順を追って話すよ。…でないと訳が分からないだろうし。ぶるぅ、ぼくは別に怒ってないから泣きやんで。流石にショックだったけど…子供に留守番をさせてたぼくも悪いんだ」
泣き声がやむまで小さな頭を優しく撫でて、涙で汚れた顔を洗ってくるように言い聞かせて。洗面所から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってくると、会長さんは静かに話し始めました。
「昨日、ぼくがフィシスとデートだったのは知ってるよね。…フィシスと街を歩いていたら、ノルディが車で通りかかって窓から声を掛けてきたんだ。目的地まで乗せてあげますよ、って。もちろん、ぼくは断った。ノルディはそのまま走り去ったけど、フィシスにはちょっと叱られちゃった」
「なんで?」
「断り方が素っ気なさすぎる、って。ノルディは大事なドクターなんだし、もっと丁寧に接するべきだって言うんだよ。…ノルディがぼくを狙ってること、フィシスはイマイチ分かってくれないんだ」
なんと!フィシスさんはドクターや教頭先生が会長さんに御執心なのを知ってはいても、危機感がまるで無いらしいのです。会長さんは溜息をつき、「育て方を間違えたかな…」と呟きました。
「フィシスはぼくの女神だからね。理想の女性になって欲しくて、出会って以来、あれこれと注意を払ってきたんだけれど…。不純なものから遠ざけすぎた結果、箱入りっぽくなっちゃって。アブノーマルな世界はフィシスには理解不可能らしい。男同士の友情と区別がついてないようだ」
困るよね、と嘆きながらも、表情はまんざらでもなさそうです。とりあえず、惚気は聞き流そうかな…。
デートを楽しんだ会長さんとフィシスさんは暗くなってから会長さんの家に戻り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していた夕食を食べて、フィシスさんはそのままお泊まり。
「フィシスは今日から旅行なんだ。気の合う仲間の女性たちと一緒に5日間。…たまには女同士もいいだろう?いつもは旅行といえばぼくとだからね」
「ぶるぅは?」
「ついてくるけど、夜はもちろん大人の時間。いい子は早寝をしてくれるんだ。昨夜も後片付けが済んだらすぐに土鍋で眠ってくれたし、ぼくはフィシスとゆっくり過ごして…。今日はマンションの表でフィシスのタクシーを見送ったよ。それから家に戻ってきて、初めて恐ろしい事実に気付いたってわけ」
昨日はフィシスに夢中で右から左に抜けていたんだ、と会長さんは額を押さえました。
「デートから戻った時に、ぶるぅは確かに言ったんだよ。ノルディ先生が…って。でも、ノルディの名前は聞きたくもないし、デートの途中に顔を出されたことも思い出したし…。その名前、今は聞きたくないな、って冷たく言って、そのまま綺麗に忘れてた。…フィシスを見送ってから玄関を入る瞬間までね」
「…記憶がフィードバックしたってわけか」
キース君の言葉に会長さんは。
「そのとおり。しっかり思い出したんだよ。昨日ぶるぅが玄関に立ってて、こう言ったのを。…あのね、今日、ノルディ先生がね…って」
その後に続く言葉を遮ってしまって聞かなかった、というわけです。そこで会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続きを聞きに行ったのですが…。
「その先はさっき言っただろう?…ノルディが家に来たんだよ。わざわざぼくの留守を狙って。時間を尋ねたら、声を掛けられてから半時間も経っていなかったようだ。…ぼくが出かけているのを見たから、チャンスとばかりに来たんだろうね」
「…あんたの留守を狙って何を?…ぶるぅが居るなら下手な細工は出来んと思うが」
「ぶるぅに用があったのさ。…ぼくが居たんじゃ頼めない用が」
深い深い溜息をついて、会長さんは紅茶を一口飲みました。
「…ノルディがぶるぅに会いに来たのは、ブルーの世界に行くためなんだよ」
「「「ブルー!!?」」」
それは別世界に住むソルジャーの名前。会長さんに瓜二つの、ミュウと呼ばれる種族の長。
「ノルディはぶるぅにこう言ったそうだ。…あちらの世界を是非とも見学したい、とね。ぶるぅは向こうのぶるぅと連絡を取って、ブルーの了解を得たらしい。今すぐ、ということになったが、ぶるぅはパイ生地を作っている最中で…手が離せないからノルディを一人でブルーの世界へ送ったのさ」
「「「ええぇっ!??」」」
ドクターがたった一人でソルジャーの世界へ行ったんですって!?…以前、会長さんが教頭先生に催淫剤を飲ませた時に、ドクターはソルジャーが教頭先生に植え付けた記憶を見ています。ソルジャーが別世界のキャプテンと大人の関係だということを知って、一度手合わせ願いたいとか言ってましたっけ。もしかして、それが目的で…?
「…多分…」
会長さんはソファに沈み込んでしまいました。
「ぶるぅがついて行ったんならば、ノルディも無茶はしないと思うんだ。ぶるぅもパイ生地作りの最中でなけりゃ、勿論ついて行っただろう。…いろんな意味で間が悪かった。ノルディは向こうの世界で野放しにされてしまったんだよ。ぶるぅが子供じゃなかったら…ノルディの意図に気付いていたら、絶対行かせはしなかったろうに」
何が起こったのか知りたくもない、と頭を抱える会長さん。
「…一応、急いでノルディのサイオンを探ったさ。そしたら家のベッドで爆睡してた。…でも、それ以上探る気にはどうしてもなれなかったんだ。ノルディはブルーに会って…どうしたと思う?」
ブルッと身震いをして、会長さんは自分の身体を抱き締めました。
「ノルディはブルーを抱いたかもしれない。だとしたら、もう、どうすればいいか知り尽くされてる。ノルディは捕まえた獲物を逃がしたことが無いのが自慢でね。…この次にノルディと出くわしたが最後、ぼくは自分の意志とは関係なしに食べられてしまうことになるかも…」
それでパニックになったんだ、と赤い瞳が不安に揺れます。
「君たちを呼んだ理由は、これなんだよ。…ぼくの代わりにノルディの心を読んで欲しい」
「「「えぇっ!?」」」
「ブルーとの間に何かあったのか、無かったのか。…それだけが分かれば十分だから。場合によってはノルディの記憶を消去する。そっちの立ち会いも頼みたい。ぼく一人では危険すぎるし…」
切実な顔で会長さんは私たちに頭を下げました。隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頭を下げて…。
「お願い、ブルーを助けてあげて!…ぼく、何回でも謝るから!…おやつも食事も、なんでも好きなの好きなだけ作ってあげるから!」
えっと、えっと。…会長さんの代わりにドクター・ノルディの心を読む?…エロドクターとソルジャーの間に何があったか読み取れですって!?
パニックに陥ったというだけあって、会長さんはすっかり怯えてしまっていました。万一のことを思うとエロドクターの心を読みたくないのも分かります。けれど、代わりに読んで欲しいと言われても…。なにしろ相手は会長さんを食べようと狙い続けるエロドクター。もしソルジャーと大人の時間を過ごしていたら、どんな記憶を抱えているのか想像したくもありません。私たちは顔を見合わせ、肘で散々つつき合った果てに…。
「あ、あの…。ぼ、ぼくたち…」
最強のタイプ・ブルーだから、と押し出されたジョミー君がボソボソと。
「きょ、協力したいのは山々だけど、あの……そのぅ……」
「………?」
「…じゅ、十八歳…未満だし…」
「ああ、それは心配しなくても…。有害な記憶が残らないよう消してあげるよ」
サラッと言い切る会長さん。こう言われては断れないかも…、と焦った所でキース君が。
「申し訳ないが、俺たちは思念波での会話がやっとの特別生だ。二百年以上も生きているというドクターの心など読めないだろう」
「その辺はぶるぅにサポートさせる。君たち全員のサイオンをより合わせれば十分可能だ。…ね、ぶるぅ?」
「んと、んと…。よく分からないけど、みんなの力を纏めればいいの?…大丈夫、任せといて!」
ぼくに責任がある話だし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピンと背筋を伸ばしました。これはいよいよ断れません。普段サイオンなんか使ってないのに、よりにもよってエロドクターの心を読んでヤバイ記憶があるのかどうかを確かめる羽目になるなんて…。
「ジョミー、お前が代表でやれよ」
そう言ったのはサム君です。
「なんたってタイプ・ブルーだし…。俺、頑張ってサポートするから!…頼む、ブルーを助けると思って…」
「それならサムがやればいいだろ!大事なブルーのためなんだから。シールドだって張ったことあるし、サイオンを使うのは上手じゃないか」
「いや、サムはダメだ」
キース君が即座に却下しました。
「サムはタイプ・レッドなんだぞ?…うっかりドクターに同調してしまったら大変なことに…」
「そ、それは確かにまずいね…」
ジョミー君が肩を竦め、私たちの背筋を冷たいものが走りました。サム君には教頭先生とぶつかったのが引き金になって会長さんへの秘めた恋心が覚醒してしまった過去があります。他人の想いに取り込まれやすいのがタイプ・レッド。もしサム君がエロドクターの想いに巻き込まれたら、会長さんに何をしでかすか…。
「…お、俺がブルーに…?」
ボンッと真っ赤になったサム君。ひょっとしてメンバーから外した方がいいのでしょうか?…だとしたら残る6人で頑張ることになりますが…。十八歳未満お断りな記憶満載のエロドクターの心に潜って、首尾よく目指す記憶を読めるかどうか全く自信がありません。逡巡する私たちに会長さんが。
「そうだね、サムは外した方がいいかもしれない。ぶるぅとサポートに回ってもらおう。タイプ・レッドは思念の増幅に優れているんだ」
「や、やっぱり……やらなきゃダメ……?」
「ぼくの未来がかかってるんだ。やって貰わなきゃ、ぼくが困る」
ジョミー君の弱気な視線と会長さんの強い眼差しが真正面からぶつかった時、クスクスクス…と微かな笑いが聞こえてきました。
「…ふふ。来てみて正解」
フッとリビングに現れたのは…。
「「「ブルー!!?」」」
別の世界から空間を越えてきた、会長さんにそっくりの人。ソルジャーは紫のマントを翻して、優雅な仕草で空いたソファに腰かけたのでした。
「ふぅん…。これが問題のパイ?…美味しそうに見えるけど…」
どこまで事情を知っているのか、ソルジャーは大皿に残ったチキンパイとミートパイを交互に見比べています。あちらの世界では食が細いらしいソルジャーですが、私たちの世界に来ると「地球の食べ物だというだけで嬉しくなる」とかで食べる量は会長さんと変わりません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が慌てて取り皿と飲み物を持って来ました。
「昨日の残りなんだけど…食べる?」
「もちろん」
せっかくだから、と二種類のパイを少しずつ切り分けて貰ったソルジャーは早速フォークを手にして…。
「うん、美味しい。確かにパイに罪は無いよね」
「いつから様子を窺ってたのさ」
頬を膨らませる会長さんに、ソルジャーがニッコリ微笑みます。
「…ん?ついさっき来たばかりだよ。あ、君の思考は読んでない。…この子たちのが漏れてるだけ」
ひぃぃっ!!じゃあ、何もかも全部筒抜けですか?
「そうなるね。ブルーの頼みを断るのに必死みたいだけれど、君たちの気持ちは分かるつもり」
淹れたての紅茶を口に運びながら、赤い瞳が会長さんを見つめました。
「ねえ、ブルー。…こんな子供たちに淫乱ドクターの心を読ませようっていうのは可哀相だと思わないかい?」
「「「淫乱ドクター!?」」」
「ああ、ごめん。君たちはエロドクターって呼んでるんだっけね。…淫乱ドクターはぼくが付けた名前。だって名前のとおりだったし」
「……淫乱ドクター……」
会長さんが呆然とした顔で呟き、平然とパイを食べているソルジャーの手元を眺めながら。
「それじゃ、やっぱりノルディは君が目当てでそっちの世界に…」
「うん。最初の間は記憶が飛んでて、真面目に負傷者の手当てをしてくれたよ。淫乱ドクターでも手際はいいね。うちのノルディと変わらない。…ひょっとすると、うちのノルディも一皮むけば淫乱なのかな」
他人事のように語るソルジャーの様子からは何があったか掴めません。淫乱ドクターなんて名付けたからには、それなりのことをした筈ですが…。
「ノルディの腕前はどうでもいい。…君はノルディから逃げ切れたのか?」
「さあね」
ソルジャーは意味深な笑みを浮かべて。
「…知りたい?ノルディの記憶を読まなくっても、答えはぼくが知ってるんだ。ノルディがぼくの世界に来たことを君が知ったら、パニックになるとは思ったけれど…。パニックを起こした挙句に代理を立てて調査しようとしてただなんて、ビックリだよ。…素直に話す気が失せちゃったな」
「……ブルー…?」
「ちょっとね、教えるのが惜しくなっちゃった。この情報にはかなりの価値がありそうだ。ぼくが全てを話すんだったら、情報の提供料を君から貰うっていうのはどう?」
悪戯っぽく輝く瞳は、悪巧みをしている時の会長さんに瓜二つでした。
「ぼくと君との仲だしね…。思い切り安くしておくよ。これからも此処へ遊びに来たり、美味しいものを食べたりしたいから」
「安く、って…。君の世界とじゃ通貨も違うし…」
「大丈夫。ぼくが欲しいのはお金じゃないし、その気さえあれば安いって」
パイを食べ終えたソルジャーは紅茶を静かに飲み干して…。
「ぼくの提案はキスひとつ。…それでどうかな」
「「「!!?」」」
全員の目が点になる中、ソルジャーは人差し指をスッと立てました。
「一度、キスしてみたかったんだ。君は女の子専門だから、ぼくと全く違うだろう?どんな感じがするのかな…って前から思ってたんだよね」
ひゃあぁ!…キスって…情報提供料のキスって、会長さんとのキスなんですか!?…ソルジャーの趣味って分からないかも。いえ、分かりたいとも思いませんけど…!
「……キスひとつ……」
ソルジャーが出した凄い条件に、会長さんは考え込んでしまいました。そっちの趣味が無い会長さんにはハードルの高い話です。
「そんなに悩まなくったって…。キスくらい、君にとっては挨拶程度のものの筈だよ。なんといってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだし」
「…相手が女の子だったらね…」
「ぼくじゃ、その気になれないって?」
「だって、おんなじ顔じゃないか!」
信じられない、と言う会長さんにソルジャーはクスッと小さく笑って。
「同じ顔だから試したいんだ。…自分の唇ってどんな味がするのか知りたいじゃないか。ついでに君の腕前も…ね。だから本気のキスでなきゃ駄目だよ」
さあ、どうする?…と空のティーカップの縁を指先でカチンと弾くソルジャーは余裕たっぷりでした。会長さんはしばらく悩んでいましたが…。
「分かった。本当に情報をくれるんだったら、君の提案を受け入れよう」
「そうこなくっちゃ。それじゃ、早速…」
会長さんの前の床に膝立ちになり、瞳を閉じて顔を上向けるソルジャー。うわぁ、とっても綺麗な横顔…。なんだかドキドキしてきましたが、まりぃ先生の影響でしょうか?…ジョミー君たちは視線を逸らし、サム君に至っては泣きそうな顔。会長さんがサム君のそんな様子に気付いて…。
「ごめん、ブルー。…ここだと、ちょっとマズイんだ」
「どうして?…キスくらい問題ないだろう。十八歳未満って言ったってさ」
「それが…その……」
「ああ、そこの彼か。初めて会った時、恋人候補だって叫んでたけど、あれっきり進展無しなんだ?」
純情でいいね、と会長さんと同じ顔で言われてサム君の表情は複雑です。会長さんはそんなソルジャーの腕を引っ張り、奥の部屋へと促しました。そこは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のプライベート・スペースで、私たちも滅多に入れません。二人の姿が扉の向こうに消えるなり、サム君はガックリと肩を落としました。
「…俺ってやっぱり子供扱い?…ブルー、まだデートもさせてくれないし…」
「そんなことないよ!…ブルーなりに気に入ってるんだと思うけど」
ジョミー君が慰めにかかります。
「今だってサムを傷付けないよう、見えない所に行ったんだ。子供扱いとは違うと思うな」
「そ、そうかな…」
「そうだってば!もっと自信を持たなくちゃ。公認カップルなんだからさ」
元気出して、とジョミー君がサム君の肩を叩いていると奥の扉がカチャリと開いて。
「…シャングリラ・ジゴロ・ブルーってダテじゃないね…」
上気した顔のソルジャーが会長さんに寄りかかるようにして出てきました。会長さんと並んでソファに座ると、ソルジャーは熱い吐息をついて。
「…キスだけでおしまいだなんて、不完全燃焼…。せっかくベッドもあったのに」
「キスひとつっていう約束じゃないか」
思い切り本気を出したんだから、と会長さんは苦い顔です。
「情報料は支払ったよ。…ノルディとの間に何があったか、教えないとは言わないよね?」
「……約束は守るけどさ。いつか続きを…」
「謹んで遠慮しとく」
ピシャリと撥ねつける会長さん。ソルジャーはつまらなさそうに唇を尖らせ、仕方なく語り始めました。
「…記憶が飛んでたノルディだけどね。青の間に連れ込んだ時も状況が掴めてなかったみたいだ。ぼくが誘いを掛けて初めて、君とは違うと気付いた始末さ。…でも、それからはもう一直線。本当に淫乱ドクターだよね」
「…まさかノルディにちょっかいを…」
サーッと青ざめる会長さんに、ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「だって、ぼくの身体が目当てのお客様だよ?歓迎しない手はないだろう。ベッドであれこれ楽しんだんだ。…耳が弱いってバレちゃったけど、まずかったかな」
ひえぇ!ソルジャーったら、なんてことを!会長さんと全く同じ姿形をしているくせに、エロドクターとベッドであれこれ…。おまけに弱い場所までバレただなんて、会長さんが危惧した事態そのまんまです。エロドクターは会長さんの食べ方を実習してきたも同然で…。
「……あれこれって……いったい何を…」
掠れた声で聞き返す会長さんの顔色は紙のように真っ白でした。
「そんなの決まっているじゃないか。ベッドの上ですることは一つ!」
飛び跳ねて遊ぶ子供じゃあるまいし、とソルジャーはクスクス笑い出します。
「だけど安心してくれていいよ。…リードしたのはぼくの方。最初は好きにさせていたけど、ぼくの方から誘ったからには…それなりのサービスをしないとね」
「「「サービス!?」」」
仰天して叫んだ私たちに、会長さんはハッと我に返って。
「…ブルー。今まで気付かなかったんだけど、情報はサイオンで伝えればいいじゃないか。早くて簡単、しかも正確。…この子たちを巻き込む心配もないし」
「ぼくは言葉が好きなんだ。…サイオンを使わないのが基本の君たちとは逆の世界で生きてるからね。サイオンを使わずに済む、ここの世界が大好きなんだよ」
だから言葉にしたいんだ、とソルジャーは軽くウインクしました。
「それに元々、この子たちにノルディの記憶を探らせようとしてたんだろう?…直接見る羽目になっていたかもしれない事実を耳にするくらい、全く問題ないんじゃないかな。この子たちだって途中から締め出されたんじゃ消化不良になっちゃうよ」
「……………」
反論できない会長さん。そして私たちもここまで聞いてしまっただけに、この先は内緒と言われたら確かに消化不良かも…。そんな気持ちを見抜いたようにソルジャーが「聞きたいよね?」と念を押します。私たちは釣られて頷き、ソルジャーはとても楽しそうに。
「それじゃ、話を続けよう。…ぼくはお客様にサービスしたくて、薬を飲むよう勧めたんだ。前にお土産にハート型の箱を渡しただろう?あの中の赤い飲み薬。でも、必要ないって断わられた。だから淫乱ドクターって名前を進呈したけど、エロドクターとどっちがいいかな?」
ソルジャーが唇をペロリと舐めました。会長さんと同じ顔なのに、それは妖しく艶めかしくて。…この美しい人がドクター・ノルディに何をしたのか、どうなったのか。赤い飲み薬といえば、会長さんが教頭先生に飲ませた強力な催淫剤ですが…それをドクターに勧めたなんて、ソルジャーはどんなサービスを…?