シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
三日間の中間試験が終わり、シャングリラ学園は開放感に溢れていました。1年A組のみんなも会長さんにお礼を言って元気に教室を飛び出してゆきます。そんな中、私たち特別生七人組は会長さんより少し遅れて、いつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーも来たよ」
嬉しそうに出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の左右に会長さんが一人ずつ。つまり、どちらかがソルジャーです。わざわざ同じ制服を着なくっても…。
「こんにちは。ハーレイは後から来ることになっているんだ」
そう言ったのがソルジャーみたいですけど、どうやって見分ければいいんでしょう?
「ごめん、ごめん。やっぱり区別がつかないんだね」
「君が制服を着たがるから! 今日は入れ替わりをするんじゃないし、もっと普通の…」
着替えを勧める会長さんにソルジャーは「嫌だ」と即答して。
「試験の打ち上げパーティーなんだし、制服でなくちゃ楽しくないよ。見分けがつかないって言うんだったら、キースが付けてるヤツはどうかな」
「俺?」
首を傾げるキース君。キース君って、何か付けてましたっけ?
「それだよ、左手首のヤツ。…なんて言ったかな、よく触っているよね」
「ああ、数珠か。俺も一応、坊主だからな」
「それそれ! 数珠レットって言うんだっけ? ブルーがそれを付ければいい。お坊さんだし、持ってないことはないんだろう?」
会長さんに…数珠レット。なんとも凄い提案ですが、高僧なのは事実ですから案外それでいいのかも…。けれど会長さんは首を縦には振りませんでした。
「ダメだね、数珠は神聖なものなんだ。ぼくはこれからハーレイのお金を毟りに行くんだよ? 色仕掛けで。これは仏様の教えに背くし、そういう時に数珠を付けるのは御免だな。…それより君が校章を外したまえ。一目で見分けがつくようになるよ」
「ちぇっ…。これも結構気に入ってるのに」
残念そうに襟の校章を外すソルジャー。あちらの世界では同じ紋章がミュウの紋章になっているそうです。ともあれ、これで会長さんとソルジャーの見分けは心配無用。お昼御飯のキノコのパスタを食べながら、ソルジャーは嬉々として語り出しました。
「ハーレイには何を食べるのか話してないんだ。時間になったら呼ぶからね、とだけ言ってきた。来てのお楽しみっていうヤツさ」
「…君の世界のハーレイはスッポンを知っているのかい?」
会長さんの問いに、ソルジャーはクスッと笑って。
「知らないことはないと思うよ。ヘタレだけど年は食ってるんだし、キャプテンを務めるからには知識も色々必要になる。ぼくの前では黙ってるだけで、多分ムッツリスケベだね」
色々と雑誌も渡しているし、とソルジャーは自信満々でした。脱・マンネリとか色々な特集があるようですけど、いったい何の雑誌なんだか…。
昼食の後はのんびりしてから教頭室へ出発です。私たちもお供するんだと思っていたのに、会長さんは。
「君たちとブルーは隠れていたまえ。でないと効果がイマイチだ」
色仕掛けにはサシでないと、と指示されたのは『見えないギャラリー』。シールドに入って見物をするパターンです。ソルジャーもシールドから出ないようにとキッチリ釘を刺されました。
「調子に乗って出てきたりしたら、スッポンを食べさせてあげないからね。財布はぼくが握ってるんだ。…ノルディに頼めば食べられるだろうけど、君のハーレイの分は断られるよ」
「そうだろうね…」
大人しくする、とソルジャーは神妙な顔で約束します。エロドクターにスクール水着を買わせたソルジャーですが、恋人と一緒の食事のスポンサーにエロドクターが不向きなことは流石に分かっているようでした。
「じゃあ、行こうか。ぶるぅ、シールドをお願いするよ」
「オッケー!!」
小さな身体から青いサイオンが迸り、私たちはたちまちシールドの中。ソルジャーも一緒に入っています。
「ぼくは信用されていないし、シールドはぶるぅに任せておくよ」
「いい心掛けだ。キース、もしもブルーがおかしな真似をしそうだったら…」
「技をかければいいんだな。シロエ、マツカ、お前たちもブルーに気をつけろよ」
「「はいっ!!」」
監視役の手配を終えた会長さんは壁を通り抜け、本館の方へと歩き出します。何人かの生徒と擦れ違いましたが、誰も私たちには気付きません。会長さんが一人で歩いているように見えるのでしょう。本館に入るとソルジャーが…。
『ブルー、上手にやるんだよ。練習した通りに、色っぽくね』
『分かってるさ! でも割り込みはお断りだよ』
思念を交わした会長さんは階段を昇り、教頭室の重厚な扉をノックしました。
「失礼します」
カチャリと扉が開き、素早く滑り込む私たちとソルジャー。そんなオマケがいるとも知らず、教頭先生は笑顔でした。
「おお、今日は一人で来てくれたのか。…それだけで幸せな気分になるな」
羽根ペンを置き、机の引き出しから熨斗袋を出して会長さんを手招きします。
「お前一人だと言ってくれれば、菓子くらい用意したんだが…。まあ、その分は打ち上げで楽しんでくれ。足りなかったら私の名前でツケればいいぞ」
「ありがとう。…でも…」
「なんだ? 何か気になることでも?」
教頭先生は近付いてきた会長さんの意図に全く気付きません。人の好い笑みを浮かべた瞬間、会長さんが教頭先生に抱きつきました。
「ブルー!?」
驚き慌てる教頭先生の耳元で、会長さんは熱い吐息と共に…。
「……欲しいんだ、ハーレイ……」
「…ブルー……?」
教頭先生の顔がみるみる赤くなります。ソルジャーに猛特訓された会長さんの悩ましい台詞にハートを直撃されたのでしょう。ギュッとしがみつく会長さんをどう扱えばいいのか分からず、教頭先生はパニックです。
「は、離れなさい、ブルー! こんな所を誰かに見られたら…」
「…欲しいって…言ってるのに……」
この一言で教頭先生の理性は焼き切れたらしく。
「ブルー…!」
思い切り会長さんを抱き締め返すと、上ずった声で言いました。
「…分かった…。本当にいいんだな? だが、ここはまずい。隣の部屋へ…」
仮眠室に連れ込もうとして会長さんを抱き上げます。この展開はヤバイのでは…、と青ざめる私たちを他所に、会長さんは教頭先生の胸に身体を擦り寄せて。
「…もっと…もっと、欲しいよ……ハーレイ…」
甘い声音に唾を飲み込む教頭先生。会長さんの右手がスルリと教頭先生の懐に滑り込み、教頭先生は感極まったように。
「ああ、ブルー…。私も…ずっとお前が欲しかった…」
教頭先生がキスをしようと唇を重ねかけた時、会長さんは突然クスクス笑い出しました。
「…ブルー!?」
急な展開についていけない教頭先生の腕を振り解いた会長さんが床にストンと降り立ちます。
「ふふ、お財布ゲット」
「!!?」
会長さんの手には、教頭先生の懐から抜き取ったらしいお財布が…。おねだりどころか強奪ですか~!
「悪いね、ハーレイ。…欲しかったのはこれなんだ」
硬直している教頭先生の前で会長さんは財布を開き、お札を全て引っ張り出します。熨斗袋も開け、合わせたお金を何度か数えて満足そうに頷くと…。
「ありがとう。これだけあれば足りると思う。足りなかったらツケておくよ」
「……足りない…って…」
ようやく我に返った教頭先生が掠れた声を上げました。
「いったい何をする気なんだ? 打ち上げパーティーじゃなかったのか…?」
「打ち上げだよ? 今回はゴージャスだから、一人前がね…」
会長さんが告げた数字に愕然とする教頭先生。
「ブルー…。その値段はちょっと高すぎないか? お前とぶるぅはともかく、他の子たちは…」
「今日はブルーも来るんだよ。ソルジャーとして頑張っているブルーをもてなすからには、高くつくのは仕方ないよね」
「………。そうか、ブルーか…。だが、どうして私が支払わなければいけないんだ?」
「だって打ち上げパーティーだし! いつも払ってくれるじゃないか。高すぎるのは分かっているよ。だからサービスしてあげたんだ。…いい夢を見られたと思うんだけど」
ねえ? と妖しい笑みを浮かべる会長さんに、教頭先生はアッと息を飲んで。
「…さっきの……アレか…? あれがお前のサービス…なのか…?」
「うん。盛大に勘違いしただろう? 欲しかったものはお金だけれど、そうは聞こえなかったよね。もう一回言ってあげようか? 欲しいんだ……ハーレイ…」
教頭先生は短く呻いてティッシュで鼻を押さえました。ソルジャー直伝の声と視線のダブルパンチで、耳の先まで真っ赤です。
「ほら、やっぱり声だけで十分じゃないか。今日のサービスはこれでおしまい。じゃ、有難く貰っていくからね」
「待ってくれ、ブルー! 給料日までどうやって暮らせばいいんだ!」
「…お金ならたっぷり持ってるくせに」
会長さんの視線はとても冷たいものでした。
「薄給なのは知ってるよ。…でも、それは教頭としての給料で…。シャングリラ号のキャプテンの方は相当な高給取りだろう? 全額貯金してるんだっけね。…ぼくと一緒に暮らす日のために手をつけないでいるんだっけ…? あれを使えばいいじゃないか」
ぼくは全然気にしないから、と言い放った会長さんは空の財布を指差して。
「そこにカードが入ってたよね。それで引き出せば済むことさ。…嫌だと言うなら耐乏生活。米と味噌だけで頑張ればいい。マザー農場に行けばクズ野菜とかが貰えるし」
「…お前のために貯めている金を使うわけには…」
「ぼくがいいって言ってるのに? じゃあ仕方ないね。学食のパンの耳とかもフル活用だ。…大丈夫、ハーレイなら乗り切れると信じているよ。期末試験の打ち上げパーティーも期待してるから」
情け容赦のない言葉を投げつけ、会長さんは教頭室を出てゆきました。私たちも後に続きます。気の毒な教頭先生は空になった財布を手にして溜息をつくばかりでした。
会長さんの『おねだり作戦』は見事成功。毟ってきたお金は十分な額がありそうです。教頭先生のことは心配ですが、貯金を沢山持っているなら安心かな? ジョミー君もそう考えたらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に着くなり、会長さんに質問しました。
「教頭先生って、お金持ちなの? キャプテンのお給料ってそんなに凄いの?」
「…そうだねぇ…。その気になればノルディなんかより、いい生活が出来るかも…。でもハーレイは庶民派だ。ぼくと結婚しても、贅沢したいって言わない限りは今の生活を変えないだろう。あの家でぼくとぶるぅと三人で幸せに暮らすのが夢だっていう男だからさ」
「いっそパーッと使わせちゃえば?」
恐ろしいことを口にしたのはソルジャーでした。
「君のために貯めているんだろう? 結婚をちらつかせれば派手に散財しそうじゃないか」
「それは確かにそうだけど…。いくらぼくでも結婚詐欺はやりたくないよ。勝手に貢いでくれるんだったら大歓迎だし、毟り取るのも大好きだけどね。…どうやらハーレイ、米と味噌だけで頑張る決意をしたようだ。まあ、いざとなったら見かねた誰かがサポートするさ」
夕飯を御馳走するとか、お惣菜のお裾分けとか…、と会長さんは笑っています。教頭先生、涙ぐましい努力を重ねて貯金をしても、会長さんが相手じゃ永遠に報われないような気が…。けれどソルジャーはそうは思ってないらしく。
「さっきの演技はなかなかだったよ。君のハーレイもすっかりその気になってたし…。抱き上げられて熱い瞳で見つめられたら、君も乗り気にならなかった? あのままベッドに行ってもいい…って」
「冗談! そんなのお断りだよ」
「…そうかなぁ…。あの状況で財布だけ抜き取っておしまいなんて、ぼくなら物足りないけどね。せめてキスくらいはしておかないと」
「ぼくは君とは違うんだってば!」
会長さんとソルジャーは不毛な言い争いを始めました。この二人の恋愛観も交わることは無さそうです。そして決着がつかないままに打ち上げパーティーへ出発する時間になって、会長さんが。
「いいかい、これはブルーの頼みなんだけど…。今日の料理がスッポンだってこと、ぼくとブルーが口にするまで言わずに黙っていて欲しい。あっちの世界のハーレイへのサプライズにしたいらしいんだ」
「そうなんだよね。スッポンだって知らずに食べて、後になってから分かった方が素敵じゃないかと思ってさ」
「「「素敵…?」」」
「そう、素敵。…有難味がグッと増しそうだろう? それにスッポンだと分かっちゃったら、食べてくれない可能性も…」
伝説の精力剤の材料だから、と笑うソルジャー。
「ぼくのハーレイはヘタレだしね。君たちの前でスッポンを食べろと言ったら逃げ出しそうだ」
うーん、確かにそれはそうかも。スッポン料理は私たちの世界では単なる高級料理ですけど、それを知らないキャプテンにすれば、とんでもない料理かもしれません。…ここはソルジャーに任せましょうか。
予約していたスッポン料理専門店は高級なお店が軒を連ねるパルテノンの一角でした。タクシーに分乗して行き、お店の表でキャプテンを呼び寄せるという手筈です。瓜二つの会長さんとソルジャー、それに教頭先生そっくりのキャプテンという面子なだけに、目立たないようシールドを張っておくのだとか。
「今、展開しているシールドはね…」
お店の前に並んだ私たちに会長さんが説明しました。
「ぼくたちへの注意を逸らす効果があるんだよ。人が集まってるのは分かるけれども、それが誰かは気にならない。同じ顔が二人いるとか、いきなり一人増えたとか…。細かいことに気付かないよう、情報を撹乱してるのさ」
「…そんなこともできるのか…」
感心しているキース君。そこへサイオンの青い光が走って、制服姿のソルジャーの隣に、船長服のキャプテンが…。
「ほら、ハーレイ。挨拶を」
「これは…。御無沙汰しております」
キャプテンが笑顔で右手を差し出します。いつぞやのスクール水着騒動の時に会ってはいますが、話をする余裕はありませんでした。豚かつパフェという恐ろしいモノがキャプテンを待ち受けていたのですから。…それを食べさせた張本人のソルジャーはニコニコとして。
「今日はゲテモノじゃなくて、ちゃんと普通の料理だよ。とても美味しいらしいんだ」
「…らしい、とは…。召し上がられたことはないのですか?」
「実はぼくも初めてでね。でも、ブルーとぶるぅは何度も食べているんだってさ」
それを聞いたキャプテンの視線が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に向けられます。
「かみお~ん♪ ぼく、このお店、大好きだよ! ホントのホントに美味しいんだから!」
「ぼくも好きだな。きっと君たちも気に入ると思う。…それじゃ、入ろうか」
いかにも老舗らしい暖簾をくぐって会長さんが入ってゆきます。私たちはビクビクですが、会長さんは平気そう。年のせいかとも思いましたけど、マツカ君もビクビクしてはいませんし…やっぱり馴れの問題でしょうか。案内されたのは畳敷きの重厚なお座敷でした。みんなの席が決まった所で会長さんが仲居さんに。
「…食事の後で持ってきて欲しいものがあるんだけれど…」
いいかな? と何やら小声で囁いています。サイオンでシールドされていたのか、私たちには全く聞こえませんでした。仲居さんが出て行った後、ソルジャーも不思議そうに首を傾げて。
「何を頼んでいたんだい? ちょっと聞こえなかったんだけど」
「ほら、君が見たいって言ってたヤツ」
「…ああ、あれね。で、見られそうかい?」
「大丈夫だって。楽しみにしてて」
双子みたいな会長さんとソルジャーは顔を見合わせてクスクス笑っています。食事の後に何が起こると…? 私たちやキャプテンが尋ねても二人は答えず、そのまま食事が始まりました。
一番最初に運ばれてきたのは綺麗なグラスに入った赤いジュース。会長さんの瞳みたいに真っ赤です。でも飲んでみるとリンゴ風味の果汁でした。美味しいね、とジョミー君が喉を鳴らしています。甘いものが苦手だというキャプテンも、このジュースの味は気に入ったようで…。
「リンゴのような味がしますが、リンゴそのものではないようですね。地球にしかない果物でしょうか?」
「そういうわけではないんだけれど…。地球にしかない、という点に関しては正しいかな」
意味深な笑みを浮かべる会長さん。赤いジュースの正体は、献立が出ていない為に私たちにも分かりません。前に教頭先生がパルテノンの料亭でゼル先生とヒルマン先生に絞られるのを見に行った時は献立がちゃんと出ていたのですが、ここのお店は出さない主義かも?
「違うよ」
私の思考が零れ出したのか、会長さんが口を開きました。
「普通なら献立は出るんだけれど、今日はサプライズだからね。…献立は食事の後で持ってきてくれる。そう言って予約しておいたから」
なるほど…、と頷く私たち。献立にはスッポンの文字がある筈ですし、料理の正体がキャプテンにバレてしまいます。お店の暖簾には屋号しか書かれておらず、キャプテンはスッポン料理専門店だと気付いていません。ソルジャーに『地球の伝統あるコース料理』が食べられる店だと説明されて、部屋の構造を興味深そうに眺めているだけです。
「伝統建築というヤツですか…? 私たちの世界では失われてしまったものですね」
「面白いだろう、ハーレイ。だからこの店を選んだんだよ。ぼくたちの世界にも遥か昔はこういう建物があったらしいとヒルマンに聞いた。…人類がまだ地球にいた頃」
その地球にいた幻の生き物、スッポンを食べに来ていることをソルジャーはしっかり黙っています。次に運ばれてきた唐揚げは、どうやらスッポンのようですが…。
「これ、ニンニクを絡ませてあるから美味しいんだよ」
大好きなんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに頬張り、ソルジャーとキャプテンも満足そう。その次がメインのお鍋です。一人用の土鍋にグツグツとスープが煮えたぎり、一口大に切ったお肉がたっぷりと…。火傷しそうに熱々のスッポン鍋は凄い値段がするだけあって絶品でした。
「本当に美味しい料理ですね」
感心したように呟くキャプテン。
「何の肉が入っているのでしょう? 牛や豚ではないようですし、魚でもないようですが…」
「地球でしか獲れない貴重な肉を使ってるんだ。ぼくたちの世界では食べられないよ」
「そんな貴重なものなのですか? では味わって食べないと…」
キャプテンは何度も「美味しいです」と繰り返しながらスッポン鍋を完食しました。お鍋の次はスッポンのスープを使った雑炊です。これがまた深いお味で、ソルジャーもキャプテンも大満足。もちろん私たちも舌鼓を打ち、雑炊の後はお漬物と果物が出て…会長さんがソルジャーに。
「どうだった、ブルー? 君が食べたかった料理の味は」
「最高だよ。ハーレイも気に入ってくれたようだし、機会があったらまた食べたいな」
「それもいいかもしれないね。…献立は記念に持って帰るだろう?」
「もちろん。ぼくも正式な料理の名前を知りたいし」
そこへ仲居さんが献立を持ってきてくれたのを、会長さんが受け取って皆に配って回ります。でもキャプテンの分だけは…。
「はい、ブルー。君とハーレイの分」
ソルジャーが纏めて貰ってしまい、キャプテンは見事に蚊帳の外。何処までスッポンを伏せる気だろう、と思いつつ献立を見た私たちは…。
「「「生き血!?」」」
赤いジュースの正体は、スッポンの生き血にリンゴジュースを混ぜたものでした。と、とんでもないモノを飲んじゃったかも~!
スッポンの生き血をジュースと信じて飲んだ私たちは上を下への大騒ぎ。まだスッポンだとは明かせないので「ビックリした」とか「飲んじゃった」とか、そういうことしか言えないのですが…キャプテンの耳には十分に届いていたらしく。
「生き血…ですって…? ブルー、さっきのジュースのことですか…?」
「うん。実はそうなんだ」
献立を隠すようにしながら答えるソルジャー。まだスッポンとは言いません。
「生き血とは穏やかではありませんね。いったい何の生き血だったと…?」
「もうすぐ分かる。ブルーが頼んでくれていたから」
ソルジャーがそう言った時、「失礼いたします」と男性の声がして、襖がカラリと開きました。板場の白い服と帽子を着けた若い男性が正座しています。その隣には大きな木桶が一つ。
「ご注文の品をお持ちしましたが、どちらに置かせて頂きましょうか?」
会長さんが頷き、床の間の方を指差して。
「そうだね…。あっちの隅に置いて貰おうかな」
「かしこまりました」
男性は木桶を重そうに床の間に近い隅っこに置くと、一礼して去ってゆきました。桶の中にはいったい何が…?
「気になるんなら覗くといいよ。ブルーが見たがっていたものだけど、君たちが見てもいいだろう」
会長さんが言い、早速ソルジャーが見に行きます。パシャン、と小さな水音がして…。
「凄いよ、ハーレイ! ぼくたち、これを食べたんだ。献立に書いてあるだろう?」
見においで、と招くソルジャーの手から献立が一枚、キャプテンの前へと飛んで行って…。
「スッポンですって!?」
驚いたキャプテンが桶に近付き、覗き込みます。私たちも覗きましたが、そこには生きたスッポンが…。キャプテンは目を白黒とさせ、桶の中身を見下ろして。
「スッポン…ですか…。この亀が…?」
「間違いない。ライブラリで見たデータと同じだ。ハーレイも知っているだろう? 伝説の薬の材料だよ」
「それは…存じておりますが…。あのスッポンを…食べてしまった…と…」
キャプテンは真っ赤になって私たちをグルリと見回します。
「ブルー、あなたは…何を思ってスッポンなんかを!」
途端に青い光が走り、キャプテンの姿は消えていました。ソルジャーがフゥと溜息をついて。
「危ない、危ない。小さな子供も聞いているのに、凄いことを叫ばれる所だった。…楽しい夜になりそうだから、ぼくも失礼しようかな」
「ブルー!!」
会長さんが叫ぶよりも早く、ソルジャーは制服からソルジャー服に着替えて青いサイオンの光に包まれてゆき、残された思念が伝わってきます。
『また報告がてら遊びに来るよ。土曜日のお昼頃、みんなでブルーの家に来て』
ええっ? いきなり報告会? それも強制参加ですか…?
「なんだか嫌な予感がする…」
報告だけで済めばいいけど、と呟いている会長さん。ソルジャーの惚気を聞かされるのは確実です。しかも十八歳未満お断りな話をたっぷりと…。これはスッポンの祟りですか? 生き血を飲んだせいで呪われましたか~?