シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
スッポン料理屋さんのお座敷から忽然と消えたソルジャーとキャプテンでしたが、お店の人は何の疑問も持たずにお会計をしてくれました。特殊なシールドのお蔭でしょう。会長さんが教頭先生から毟ったお金はほんの僅かな額しか残らず、それは帰りのタクシー代に…。そして私たちが戦々恐々とする中、ソルジャーとの約束の土曜日がやってきたのでした。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! もうすぐブルーも来ると思うよ。今日は煮込みハンバーグなんだ」
バス停で集合して会長さんのマンションに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がダイニングに案内してくれます。大きなテーブルの真ん中の席に会長さんが座っていました。
「やあ。適当に座ってくれればいいよ。あ、サムはぼくの隣。こっちの隣はブルーの席」
みんなが席に着くのを見計らったように空間が揺れ、ソルジャーが姿を現わします。
「こんにちは。約束通り来てくれたんだね。報告に来た甲斐があったな」
会長さんの服を借りて着替えを済ませ、左隣に座ったソルジャーはとても御機嫌そうでした。報告会の内容は推して知るべしというヤツです。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそうとも知らず、昼食が載ったお皿を配って嬉しそうに。
「お客様って楽しいよね。いっぱい食べてね、ハンバーグ沢山作ったんだ!」
「ありがとう、ぶるぅは優しいね。ぼくのぶるぅは料理はダメだし、食べるの専門。ホント、ブルーが羨ましいな」
和やかに食事を始めたソルジャーですが、それで終わるわけがありません。雑談で座が盛り上がり、デザートのプチケーキと飲み物が出てきたところで…。
「そうそう、この間のスッポン料理。あれの報告に来たんだっけね」
げげっ! 私たちの顔が引き攣ります。けれどソルジャーは全く気にしていませんでした。
「あの料理、効果抜群だったよ。…ぼくはいつもと変わりなかったし、君たちもそうだと思うけど…ハーレイが全然違ったんだ。スタミナ抜群、もう壊れそうなほど凄くってさ」
ソルジャーはスッポン料理を食べた夜の大人の時間を目を輝かせて語り始めました。えっと…この内容って十八歳未満お断りでは…。分からない単語が一杯ですし! 会長さんの制止も聞かずに独演会は延々と続き、私たちは顔を赤くして俯いているしかなかったのですが…。
「それでね、ぼくは考えたんだ」
みんな聞いてる? とソルジャーの口調が変わりました。
「スッポンを食べたハーレイは本当に絶倫だった。心理的な効果だけとは思えないから、スッポンにはパワーがあるらしい。あれが薬になったら凄いだろうね。…この世界にはあるんだろう? スッポンだけで作った薬が」
「「「………」」」
誰も答えませんでした。スッポン由来の怪しい薬なら広告とかで見かけます。けれど答えていいものかどうか…。
「その沈黙は怪しいと見た。無いと即答するわけでなし…。ブルー、正直に答えてもらうよ。スッポンだけで作った薬はあるのかい?」
「………。悔しいけれど存在する」
「よしっ! これでヌカロクも夢じゃない!」
「「「ヌカロク?」」」
それって何のことでしょう? 誰もが首を傾げましたが、会長さんはキッと柳眉を吊り上げて。
「ブルー! おかしなことを吹き込んだら許さないからね! ぼくにも我慢の限界がある!」
「ごめん、ごめん。つい嬉しくって…。で、スッポンの薬だけども。何処に行ったら買えるかな? お土産にぜひ欲しいんだ。君が買ってくれないんなら、今からちょっとノルディの家に…」
「それは困る!」
「じゃあ、買ってくれる?」
どうする? と笑みを浮かべるソルジャー。会長さんは額を押さえて考え込んでいましたが…。
「スッポンの薬…ね…。分かった、ハーレイに買わせよう。そんな怪しげなモノ、ぼくのお金で買いたくないし」
片付けが済んだら呼び出そう、と紅茶で喉を潤している会長さん。教頭先生、またまたお金を毟られることになりそうです。既に赤貧の筈なんですけど、この上にまだ毟りますか~!
リビングに移動した後、会長さんは早速サイオンの青い光を走らせました。教頭先生がセーターにジャケットというラフな格好で部屋の中央にパッと現れ、驚いた顔で周囲を見回します。
「こんにちは、ハーレイ。よく来てくれたね」
会長さんがニッコリと笑い、教頭先生が提げているスーパーの空の袋に目をとめて。
「あれ、買い出しに行くところだった? レジ袋持参なんて真面目じゃないか。お金もありそうで安心したよ」
「…今の私にそんな金があると思うのか? この袋はマザー農場で余った野菜を貰おうと思って…」
「なんだ、そういうことなのか。食材なら分けてあげてもいいよ。ぶるぅ、その袋に適当に入れてあげて」
「オッケ~!」
キッチンに走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐに袋を一杯にして戻って来ました。大きなタッパーも抱えています。
「煮込みハンバーグの残りを入れておいたよ。作りたてだから冷蔵庫に入れてくれれば明日も食べられるし!」
「くれるのか? それはありがたい」
お肉も魚も食べていないという教頭先生が手を伸ばした途端にタッパーはフッと消え失せ、会長さんが。
「ちゃんと冷蔵庫に送っておいたよ。食材も野菜室とかに分けて入れといた。…本当にお味噌しか入ってなかったね、冷蔵庫」
「誰のせいだと思ってるんだ! それにいったい何の真似だ? 宅配サービスをしに呼び出したのか?」
「まさか」
会長さんはクッと笑うと、ソルジャーの方を指差しました。
「ブルーがね。打ち上げパーティーで食べたスッポン料理が気に入ったらしい」
「…スッポン…?」
高かった筈だ、と呻く教頭先生。会長さんは気付かないふりをして続けます。
「その時、ブルーの世界のハーレイも一緒に食べたんだ。そしたら凄くスタミナがついて、最高の夜になったんだってさ」
「………!!!」
「でも、ブルーの世界ではスッポンは手に入らない。それでスッポンの薬が欲しいって言い出して…。ハーレイ、買い物に付き合ってくれるかな? 漢方薬の店に行きたいんだよ」
「な、なんで私が…」
オロオロとする教頭先生。ソルジャーが欲しがっているスッポンの薬が精力剤なのは明白です。会長さんに振られ続けている身だけに、精力剤のお買い物なんかには付き合いたくもないでしょう。けれど会長さんは平然として。
「じゃあ、ぼくに買えって言うのかい? この若さで? ずいぶんキツイ話じゃないか。そんな物にお金を出したくもないし、ハーレイにしか頼めないんだ。…現金の持ち合わせはなくてもクレジットカードは持ってるよね? それで買ってよ。食材もサービスしてあげたんだし」
「わ、私にスッポンを買いに行けと!?」
「安心して。付き合ってほしいって言っただろう? 買いに行くのはみんな一緒だ。漢方薬屋さんを貸し切りだよ」
シールドを使って他のお客さんはシャットアウト、と微笑む会長さん。
「ちょっと待て!」
キース君が割って入りました。
「みんなって…俺たちも連れて行くっていうのか?」
「もちろん。でないとハーレイが逃げちゃいそうだし。…ブルー、ぶるぅ、行こう、みんなを連れて飛ぶよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
絶叫が終わらない内に私たちは青い光に巻き込まれました。身体がフワッと浮き上がります。ソルジャーのお買い物に付き合わされるとは想定外かも~!
「いらっしゃいませ!」
愛想のいい初老の男性の声で我に返った私たち。周囲の棚には草や木の実を乾燥させたモノがギッシリ並んでいます。漢方薬屋さんの店内に瞬間移動したようですが、これだけの人数が一度に出現しても驚かれないのは例の特殊なシールドの効果でしょう。会長さんが教頭先生の背中をバン! と叩いて。
「出番だ、ハーレイ。…スッポンを買ってくれるよね」
「…うう…」
教頭先生はカウンターに行き、頬を真っ赤にして「スッポンを…」と言いました。ところが店主の男性は…。
「粉末ですか、それともエキス? 黒焼きなども取り扱っておりますが」
「そ、そんなに種類が沢山あるのか?」
「当店はアルテメシア随一の品揃えを誇る老舗でして。お客様のご注文に合わせて各種調合も承ります」
「…どれなんだ、ブルー?」
教頭先生が振り向いた先には会長さんとソルジャーが双子のように並んでいます。進み出たのはソルジャーの方。
「えっと…分からないから効き目優先。夜の生活のパワーアップ」
「ああ、なるほど。…お相手が一度に二人でしたら、こちらなど…」
お盛んですねぇ、と笑う店主は教頭先生が双子相手に頑張っていると勘違いしてしまったようです。棚から薬の瓶を取り出し、中身の説明を始めました。
「当店自慢のスッポンセットでございます。スッポン粉末の他にマムシ粉末、マムシの肝など…」
「マムシも入っているのかい?」
興味津々で尋ねるソルジャー。マムシを知っているようですが、マムシも希少品だったりするのでしょうか? その辺の事情を知らない店主はニッと笑って。
「ええ、マムシも入っておりますよ。原料も揃えてございますので、お客様のニーズに合わせて一からお作りすることも…」
「そうなんだ。…じゃあ、夜に効くのはどの薬? ぼくたちのパートナーにピッタリの薬が欲しいんだけど」
ソルジャーが教頭先生の腕に抱き付き、会長さんを振り返ります。会長さんは棚の影に隠れ、教頭先生は真っ赤な顔で額の汗を拭うばかり。店主は主導権はソルジャーにあると見切ったらしく、あれこれ説明したり怪しげな干物を持ち出してきたり…。オーダーメイドの薬が出来上がる頃にはソルジャーはすっかり通になってしまったようでした。
「お買い上げありがとうございました! また御贔屓に」
サービスです、と教頭先生にスッポンドリンクを差し出す店主。教頭先生がカードで支払った額は先日のスッポン料理の二人前を軽く超えていました。それでたったの二百グラムというのは驚きですが、分量にすれば三ヶ月分になるのだとか。薬の瓶はソルジャーが受け取り、私たちは再び瞬間移動で会長さんのマンションに戻りました。
「まったく…。ぼくまでハーレイの相手だってことにされちゃうなんて! 店主の記憶は操作したからいいけどさ」
ブツブツと文句を呟く会長さん。その横から更に恨みがましい低い声が…。
「それを言うなら私の方だ。バカ高い薬を買わされた上に、妙な誤解を受けたんだぞ!」
「えっ? …ハーレイ、まだいたの?」
「お前が連れて来たんだろうが! 私は瞬間移動は出来ん!」
「家に帰したつもりだったんだけど…。ごめん、間違えちゃったみたいだ。さっきは支払いありがとう」
じゃあね、と会長さんがサイオンを発現させようとするよりも早く、ソルジャーが口を開きました。
「ぼくがハーレイを呼んだんだ。…ちょっと実験してみたくって」
「「「実験?」」」
不穏な響きに全員がソルジャーを眺めると…ソルジャーの手には小さなスプーンが。さっきのお店で貰っているのは見ていましたが…。
「ほら、ハーレイ。一回分はスプーン一杯だってさ。でね…」
これを飲んで、とソルジャーが水の入ったコップを教頭先生に渡します。教頭先生がコップを傾け、次の瞬間、ウッと呻いて。
「ブルー! …いえ、ソルジャー……まさか今のは…」
「うん。水を飲み込むタイミングで薬を放り込んだけど? もっと警戒するかと思ったのに」
ソルジャーは指を折って薬の原料を数えました。
「えっとね、マムシの他にコブラもお薦めですって言っていたから、蛇が二種類。違った、ハブも入れたんだった。それから海馬に鹿の角に…。オットセイも入れて貰ったし、とにかく抜群に訊く筈で…。どう、ハーレイ? アヤシイ気分になってきた?」
ソルジャーが話している間に教頭先生の息が荒くなり、「ちょっと…」と席を外そうとしたのですが。
「待って、ハーレイ。責任はぼくが取ってあげるよ。…実験だなんて言ってたけれど、薬を買ってもらったお礼がしたくて…」
高かったしね、とソルジャーは教頭先生にすり寄ります。
「ブルー、君のベッドを借りるよ。ついでに君のハーレイもね」
「えぇっ!?」
会長さんが叫んだ時には二人の姿はありませんでした。更にシールドを張られたらしく、会長さんは瞬間移動で追いかける代わりに廊下を走って行ったのですが…。
「ダメだ、扉が開かない」
寝室の扉を何度も叩いた末に、会長さんはペタリと座り込みました。
「ぶるぅと一緒にシールドを破ればいいんじゃないですか?」
シロエ君が提案しても会長さんは首を横に振って。
「…中の状況が状況だからね…。ぶるぅを巻き込みたくはないんだよ。でもジョミーにはまだ無理か…」
「ごめん。ぼく、サイオンは全然使えないんだ」
ジョミー君が項垂れ、キース君が。
「そうだ、あっちの世界のぶるぅはどうだ? あいつは妙にマセたガキだし、ちょっとやそっとじゃ驚かんだろう」
それを聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は急いで「ぶるぅ」と連絡を取っていたようですが…。
「うん、ぶるぅに聞いたらオッケーだって! すぐに送ってくれるらしいよ」
「「「送る?」」」
それは何かが違うんじゃあ…と思う間も無く、青い光が廊下に溢れて。
「ソルジャーがどうかなさったのですか!?」
「「「キャプテン!?」」」
立っていたのは「ぶるぅ」ではなく、船長服のキャプテンでした。扉の向こうではソルジャーが精力剤を飲んだ教頭先生の相手をしているというのに、そこへキャプテンが来るなんて…。ひょっとしてこれは修羅場ですか? 血の雨が降ったりしちゃうんですか~!?
とんでもない事態に震え上がった私たちでしたが、思念で詳細を知らされたキャプテンは至って冷静でした。扉は開かないままだというのに、落ち着いた口調で会長さんに。
「ここで騒いでいても無駄ではないかと思います。…ソルジャーは頑固な方ですから」
「じゃあ、どうしろと? 放っておいてお茶でも飲んでいろと?」
「それが最善だと思われますが」
「君は耐えられるのか、この状況に!?」
キャプテンは「はい」と静かに頷きました。
「ソルジャーが良しとなさったのなら私は何も言えません。…自分に嫉妬するのは不毛だと以前に申し上げたのですが、お聞き入れ頂けなかった…。それだけのことです」
凄いです、キャプテン! 目と鼻の先で浮気をされているのに許せるなんて…。それともヘタレゆえなのでしょうか? 恋人の浮気を止められないのは自分の甲斐性が足りないからだとキッチリ自覚してるとか? と、そこでカチャリと扉が開いて…。
「…ハーレイ?」
バスローブを羽織ったソルジャーが顔を覗かせ、キャプテンの身体が硬直します。
「お前がいるとは思わなかった。…なんで浮気がバレたんだろう?」
「…そ、ソルジャー…。や、やはり……やはりこちらの……」
さっきまでの威厳は吹っ飛び、憐れなほどにうろたえるキャプテン。ソルジャーはクスクスと笑いながら廊下へ出てきて胸元を緩めて見せました。
「ご覧、ハーレイ。…ほら、痕ひとつ無いだろう?」
「あ、あの……」
「今回も呆気なく轟沈したよ。ぼくの胸に鼻血を垂らしただけで、ね。…鼻血を洗い流すためにシャワーを浴びた。バスローブは置いてあったから借りた。…他に訊きたいことはある?」
事情は知ってるみたいだね、と微笑んだソルジャーはスッと寝室に姿を消すとソルジャー服に着替えて戻って来て。
「こっちのハーレイはお昼寝中だ。リビングに行こうか、戦利品を見せたいし」
「戦利品?」
「お前が呼ばれた原因の薬。まだ実物は見てないだろう?」
先頭に立って歩くソルジャーは楽しそうでした。教頭先生がアッサリ失神してしまうことを見越して寝室を占拠したのでしょうか? わざわざシールドまで張っていたのは私たちを騙すため…?
「決まってるじゃないか」
リビングに戻って会長さんに問われたソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「君たちは…少なくともブルーは、ハーレイの生態を熟知してると思ったけどね。いくら薬を飲ませたからって、ヘタレが治るわけではないよ。身体の方は凄かったけれど、それだけさ。パワーに気持ちが追い付いてない。獣になるには百年早いっていうところかな」
「……獣…ですか」
呆れたように言うキャプテンの目の前にソルジャーが薬の瓶を突き出して。
「そう、獣。お前ならこれで獣になれると思うんだ。スッポンにマムシ、コブラにハブに…他にも色々。スッポン料理なんか目じゃないってさ。こっちのハーレイは高いお金を払ってくれたし、お礼に付き合ってあげたんだけど…失神されちゃ興醒めだよね。続きはお前にお願いしよう」
「は?」
「ほら、水だ。飲んで」
あ。このパターンはついさっきの…! キャプテンは見事に引っ掛かり、口の中に広がった異様な味に目を見開きましたが手遅れです。ソルジャーは喉の奥でクッと笑って。
「それが獣になる薬だよ。さあ、帰って青の間で楽しもうか。…ぼくが二人いたって頑張れるほどのパワー溢れる薬なんだ。そう言って作って貰ったんだし」
「…ソルジャー…!」
「そんな情けない声を出さない。薬はたっぷり買ってきたから、目標はヌカロクで行ってみようか。サービスにスッポンドリンクも貰ったしさ」
ソルジャーはキャプテンの腕をグイと掴んで青いサイオンを迸らせます。
「じゃあね、また近いうちに遊びに来るよ。君たちのハーレイの後はよろしく」
目指せヌカロク! という声を残してソルジャーはキャプテンと共に消え失せました。修羅場は回避できましたけど、教頭先生の方はどうしたら…?
ソルジャーたちが帰った後、会長さんはリビングのソファで頭を抱えたままでした。教頭先生を強制送還するんだったら、早い方がいいと思うのですが…。失神している間に家へ送れば完了です。意識が戻ると話が何かとややこしそうで…。
「おい、いい加減に放り出さないと教頭先生が目を覚ますぞ」
キース君が会長さんの肩を揺さぶります。
「…そうだね…」
「そうだね、って…。目を覚まされたら厄介だろうが! それとも薬はもう切れたのか?」
「…切れてない…」
なんとも頼りない様子ですけど、こんなことをしていていいのでしょうか? さっきの薬が効いてるんなら、さっさとお帰り願った方が…。
「ブルー、とことん遊んでいっちゃったんだ」
深い深い溜息をついて会長さんが顔を上げました。
「「「は?」」」
「ハーレイをぼくの寝室に引っ張り込んで、すっかり脱がせてしまったんだよ。それから二人でぼくのベッドに…。シールドされてたから現場を見ていたわけじゃないけど、今の状況を見てみれば分かる。ぼくのベッドに…何も着てないハーレイが…。あんなモノ、瞬間移動をさせるのもイヤだ」
「「「………」」」
スッポンポンの教頭先生。それは確かに関わりたくないかもしれません。瞬間移動は便利ですけど、いくら手を触れずに移動可能であっても『移動させたい』と念じなければ動かせませんし、そうする為には対象物を把握しておく必要が…。
「ハーレイにお洋服を着せればいいの?」
ツンツン、と会長さんの袖を引っ張ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、お洋服、着せてもいいよ? パンツを履かせて、それからシャツも…」
健気に言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんは驚いた顔でじっと見つめていましたが…。
「そうか、その手があったんだ! 着せられないなら着せればいいんだ」
さもいいことを思い付いた、とばかりに手を打ち合わせる会長さん。
「ありがとう、ぶるぅ。着せてしまえばいいんだよね。ぼくのベッドを使われたのも頭にくるし、けじめをつけて貰おうか。…ハーレイが気付くまでにはしばらくかかる。その間に…」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の耳に何やらゴニョゴニョと囁きます。
「………。というわけだけど、頼めるかい?」
「うん! すぐに帰ってくるからね~!」
かみお~ん♪ と雄叫びを上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出かけて行きました。おつかい、おつかい…と楽しそうに飛び跳ねながら。おつかいって何? それに何処へ?
リボンでラッピングされた箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきたのは、それからすぐのことでした。会長さんは満足そうに頷き、箱のオマケのメッセージカードに何やらサラサラと書き込むと…。
「ぶるぅ、これをベッドの横に置いてきて。それからね…」
またゴニョゴニョと囁いています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は素直に頷き、箱を抱えて出て行って…。戻ってきた後は早めの夕食。手際よく作ってくれたカレードリアは冷凍してあったカレーを使ったらしいのですが、そうは思えない出来栄えです。ダイニングで美味しく食べていると、会長さんが人差し指を唇に当てて。
「シッ! …ハーレイが目を覚ました。みんな静かに」
「「「???」」」
「いいから黙って静かにしてて。すぐに分かる」
音をさせてはいけないよ、と言われて食事の手を止める私たち。もちろん会長さんもです。やがて扉がガチャリと開いて…。
「ブルー!!」
飛び込んできた教頭先生を見た私たちは石化しました。瞬間的に意識を失ったかもしれません。それは教頭先生も同じだったらしく、ダイニングに入ってすぐの所で見事に石像と化していますが、その姿は…。
「うん、なかなかにいい出来だ。ぶるぅ、いいのを選んできたね」
「ほんと? ピンク色のもあったんだけど、ブルーが白って言ったから…」
「こういうのは白が王道なのさ。それにピンクはハーレイじゃ似合わないんだよ。肌の色が濃すぎるから」
「あっ、そうか! ピンクよりも白がいいんだね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声がとても遠くで聞こえます。頭も視覚も衝撃から立ち直っていないのでしょう。教頭先生が着けているのはフリルひらひらのエプロンでした。しかも…それだけ。エプロンから覗く手にも足にも、布は欠片も見当たりません。これって…もしや噂に聞く…。
「どうだい、ハーレイ? 裸エプロンの感想は」
とんでもない単語を口にしたのは会長さん。ああぁ、やっぱり裸エプロン…! それじゃエプロンの下は完璧に裸? 紅白縞のトランクスも無し?
「……ブルー……」
教頭先生の肩がブルブル震えています。会長さんはクスクスと笑い、手にしたスプーンで扉を示して。
「カードはちゃんと読んだよね? ベッドメイクを宜しく頼むよ。ブルーとベッドで楽しんだろう? そんなシーツで寝るのは嫌だし、新しいのと取り換えて。やり方は去年、お手伝い券で家政婦をしたから知ってる筈だ。…終わったら此処へ報告に」
「この格好でしろと言うのか!?」
「うん。ぼくのベッドで裸で昼寝した罰だ。終わるまで服は預かっておく」
「…………」
なんだか凄いことになったようです。教頭先生は全身を真っ赤に染めてジリジリと後ろに下がりましたが…。
「その不自然さはいただけないな。ちゃんと回れ右してくれないと。さあ、聞こえたんなら回れ右! そして出て行く!」
気の毒な教頭先生はクルリと反対を向きました。逞しい腰に蝶々結び。その下には…むき出しのお尻。あぁっ、凄いものを見ちゃったかも~! バタンと扉が閉まった後も私たちは固まったままでした。
「ふふ、裸エプロン、素敵だろう? 例の薬は効いてるけれど、もうそれどころじゃないだろうね。フリルでカバーするまでもなく萎萎さ。ベッドメイク完了の報告に来たら家に帰すし、薬の効果は一人でじっくり…。ぼくの水着アルバムで存分に盛り上がれるよ」
服はぶるぅが隠したんだ、と楽しげに笑う会長さん。教頭先生ったら、スッポン料理の代金を毟られ、スッポン配合の漢方薬代を毟られ、ついに服まで毟られて…スッポンポンでエプロン一枚。あまりにも可哀想とは思いますけど…思いますけど、どうしても…。
「「「ぎゃははははは!!!」」」
笑い声がダイニングに響き渡りました。誰もがお腹を抱えて笑っています。教頭先生、こんなギャラリーが注視する中、戻ってくる勇気があるのでしょうか? 戻れなければ裸エプロン、戻れば笑いの渦の中。そんなこととは知らないソルジャー、今頃はきっとキャプテンと…。ところでヌカロクって何なのでしょう? 教頭先生が無事にエプロンとお別れできたら、会長さんに訊いてみようかな…?