シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんが健康診断に出掛ける金曜日。私たちはお泊り用の荷物を持って登校しました。健康診断は夕方6時からですし、夕食を会長さんのマンションで食べてそのまま泊っていけばいい、と言われたからです。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ。マツカ君とシロエ君は部活中でキース君はまだ大学でした。
「かみお~ん♪今日のおやつはマンゴープリン!」
健康診断の日だからヘルシーだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちが健康診断を受けるわけではないんですけど、ちょっぴり気分が引き締まります。飲み物も絞りたてのオレンジジュース。柔道部で練習中のシロエ君たちには物足りないかも…と思っていたら、二人には焼きソバを作る予定だとか。
「みんなもお腹が空きそうだったら遠慮なく言ってね。晩御飯、遅くなりそうだし」
何人分でも作っちゃうよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「ブルーを守ってもらうんだもん、焼きソバの具も豪華版なんだ♪」
「ぼくの健康診断なのに、付き合わせてごめん。…今夜はお詫びに御馳走するから」
申し訳無さそうに言う会長さんにサム君が「かまわねえって」と明るく笑って。
「俺たちで役に立てるんだったら、付き添いくらいなんでもないさ。…なぁ、ジョミー?」
「うん。あのドクター、本当に危ない人みたいだし」
教頭先生と飲み比べをした時は凄かったよね、とジョミー君。酔いが回って饒舌になったドクターときたら、伏字にするしかない卑猥な言葉を次から次へと、会長さんに投げ掛けていたんです。
「ホント、いやらしいオッサンだよな。…二度と聞きたくねえよ、あんなセリフ」
サム君が不快そうに拳を握り締めます。
「今日は大丈夫だと思いたいぜ。ただの健康診断だし」
「…どうだろうね。でも君たちが守ってくれるんだろう?…いざとなったら」
ぶるぅも入れて8対1なら安心だよね、とニッコリ微笑む会長さん。8対1。…会長さんが数に入ってないってことは、自分ではドクターに対抗できる自信が無いってことなのでしょう。ボディーガードの責任は重そうです。やがてシロエ君とマツカ君が部活を終えてやって来て、焼きソバが出来上がる頃にキース君が。
「約束どおり来てやったぞ。…なんだ、食事中か?」
「腹が減っては戦が出来ぬ、と言うからね」
会長さんが取り皿をキース君に差し出しました。
「まだ時間があるから食べるといいよ。君の柔道の腕はとても貴重な戦力なんだし」
「…おい…。素人に技をかけるのは危険だってこと、分かってるか?」
「関節技で動きを封じることも出来るだろう?投げ飛ばすのは最後の手段。文字通りの人間最終兵器」
「…俺が傷害罪で訴えられたら、あんたのせいだぞ」
キース君は苦笑しながら焼きソバとマンゴープリンを平らげ、柔道部仲間のシロエ君、マツカ君とパチンと手と手を打ち合わせて。
「とりあえず俺たち3人はドクターを取り押さえられるよう努力する。…それでダメなら…。ぶるぅ、俺が合図をしたらドクターを思い切り弾き飛ばすか、動けないよう固めてしまえ。タイプ・ブルーなんだしな」
「…うん。ブルーを守るためなんだね」
コクリと頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの実質上のボディーガードは柔道部3人組と「そるじゃぁ・ぶるぅ」で決まりみたいです。4人もいればまず大丈夫。ジョミー君や私たちの出番は無さそうですが、ドクターが不埒な行為に及ばないよう睨んでいればいいんでしょう、うん。
タクシーに分乗して着いたドクターの家はアルテメシア公園に近い高級住宅街にありました。立派な門の向こうに洒落た豪邸。診療所だという建物は歩道に面した二階建ての別棟です。かなり大きな建物でエントランスにはちょっとした植え込みまであり、知らなかったら別の家だと思ったかも。
「…えっと…。看護師さんとか、いるんだよね?」
ジョミー君が『予約制』と書かれた小さなプレートを眺めています。
「ドクター・ノルディしかいないのかと思ってたけど、ちゃんと病院みたいだし」
「開業してる日は看護師さんも来るよ。受付の人もいると思うな」
だからといって油断は禁物だけど、と会長さん。
「ぼくを診るのはノルディだからね…。看護師さんが見ている前でも平気な顔して触ってくるんだ」
うーん、さすが本物というか何というか。人目などを気にしていたら会長さんを落とせないとは思いますけど、看護師さんも大変だなぁ。きっとお給料はいいんでしょうね。私たちは会長さんを先頭にして診療所に入っていったのですが…。
「待っていましたよ、ブルー。…約束の時間ピッタリですね」
立っていたのは白衣を纏ったドクター・ノルディ。受付に人の気配はありませんでした。
「お友達を大勢お連れになったようですが…まずは御挨拶をしませんと。ようこそおいで下さいました、ソルジャー・ブルー」
ドクターは会長さんの右手を取ると、手の甲に恭しく口付けて…。
「「「!!!」」」
次の瞬間、ドクターの手が会長さんの右手をグイと引き寄せ、身体ごと腕に閉じ込めて…強引に唇を奪っていました。会長さんの目が見開かれ、赤いルビーの瞳が驚愕に揺れるのを見た私たち。不意を突かれた会長さんが逃れようともがくのをドクターの両腕は許そうとせず、逆に背中から腰へと手を滑らせながら口付けを深くしてゆきます。
「馬鹿!噛み付け、噛み付くんだ!」
キース君が叫びましたが、会長さんは肩をピクンと震わせただけで、ドクターの口付けは深く激しくなるばかり。
「くそっ…。仲間を傷付けたくはないってか?俺たちが来てなかったら終わりだぞ」
世話の焼けるヤツだ、とキース君はドクターに近づき、トントンと軽く肩を叩いて。
「悪いが、そいつを離してもらおう。…警察に突き出されたいなら話は別だが」
「……………」
不愉快そうに薄目を開けるドクター。でも会長さんを捕まえた腕は離しませんし、キスを止める気も無いようです。
「おい、本当に通報するぞ。強制わいせつ罪だっけな。…十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上七年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする」
「…………。興醒めな発言ですね。もっと情緒に富んだ言い回しをして頂きたい」
ドクターは唇を離すと苦々しげに吐き捨て、会長さんの顎を捉えて上向かせて。
「嫌でしたか、ブルー?…そうは思えませんでしたが。続けてあげてもいいのですよ?」
「………遠…慮し…ておく…」
会長さんが途切れ途切れに言葉を紡ぎ、ドクターの手を振り払いました。すかさずキース君が会長さんを奪い返すと背後に庇い、ドクターを睨み付けながら。
「さっきソルジャー・ブルーと呼んでいたな。あんたは長であっても見境無しに襲うのか?」
「…私は自分の欲望に忠実でしてね」
ふふふ、と笑うドクターの視線が会長さんに絡み付きます。
「長であろうが、年上であろうが知ったことではないのですよ。ブルーは初めて会った時からまるで変わっていませんし…私の理想そのままに美しい。みずみずしい身体も透けるような肌も、くまなく味わいたいと願っていてはいけませんか?どんな声で鳴いてくれるか、想像するだけでゾクゾクしますね」
「なるほど、立派な変態だ。だが、俺たちがついてきた以上、あんたの思惑どおりにはさせん。…さっさと健康診断とやらを済ませてもらおう」
診察室にも同行するぜ、とキース君が言い、私たちも頷きました。いきなりキスする危険人物と会長さんを二人きりになんてさせられません。ドクターはチッと舌打ちをして検査服を取ってきて。
「ボディーガードが8人ですか。ぶるぅだけだと思っていたのに、余計なオマケが7人も…。仕方ありません、健康診断を始めましょう。ブルー、いつものようにそれに着替えて」
検査服を受け取った会長さんはキース君を連れて更衣室に入っていきました。ドクターがいつ襲ってくるか分からないので用心してのことでしょう。…何事もなく済むんでしょうか、健康診断。
着替えを済ませた会長さんをドクターは上から下まで舐めるように眺め回してから、診察室へと促しました。えっと…本当に大丈夫かな?私たちもくっついて入りましたが、看護師さんの姿は見当たりません。
「私一人で十分ですよ。…その方が時間もかかって楽しめますしね」
ドクターは会長さんを椅子に座らせ、機械の代わりに聴診器を使って血圧測定。ちゃんと機械も置いてあるのに聴診器を持ち出す辺りがヤバイです。触ってやろうという意図が見え見え。…これじゃ血圧、平常より高くなっちゃうのでは…。
「…前回に比べてかなり高めのようですが…」
カルテを見ながら呟くドクター。ああ、やっぱり…。
「正しい食生活をして頂かないと困ります。ソルジャーに万一のことがあったら…」
「ちゃんと考えて作ってるもん!!」
割り込んだのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。頬を膨らませて怒っています。
「ブルーの食事はぼくが作ってるんだもん!お野菜もお肉もバランスよく出そうって気をつけてるし!!」
「あんたが原因なんだと思うぞ。そっちの機械で測定してみろ」
キース君の冷たい声をドクターはサックリ無視して、お次は採血。時間をかけて血管を探っているのは採血し易い場所を探しているのではなく、会長さんの腕の手触りを楽しんでいるだけで…。
「ちょっと痛みますよ」
返事を待たずにドクターが採血用の針をブスッと突き刺し、会長さんが顔を顰めます。い、痛そう…。今の、かなり痛そう…。
『わざとだな』
『サドっ気もあるみたいですね…』
キース君とシロエ君の思念に、ドクターがニヤリと笑いました。そっか、仲間ですもんね…。聞こえちゃったというわけです。採血を終えたドクターが針を抜いてアルコール綿をテープで貼り付け、しばらく押さえているように、と会長さんに。試験管を奥の部屋に持っていくドクターの背中を私たちは不信感に満ちた目で見ていました。
「…いつものことだよ。ぼくなら別に気にしてないし」
「分かってるんなら、なんで噛み付いてやらなかったんだ!…あんなサドなら噛み付いたって…」
キース君が会長さんに言いましたけど、会長さんは腕を押さえながら微笑んで。
「採血するのと噛むのとは違う。…君が言ってたとおりなんだよ。ぼくは仲間を傷付けたくない。もちろん、普通の人間でもね。…そりゃ…助けてくれる人が誰もいなかったら、噛み付いてたかもしれないけれど」
「…あまり俺たちをアテにするなよ?自分で逃げる方法も考えてくれ」
「努力する」
そういう会話を交わしているとドクターがニヤニヤしながら戻ってきます。
「次は心電図になりますので…。女性の方は外でお待ち頂きましょうか」
あう。スウェナちゃんと私は待合室へ出されてしまいました。心電図なんて…今度こそセクハラ天国のような気がします。でもサイオンで覗く度胸も技も持ってませんし、心配しながら待っているだけ。
「けっこう時間がかかるのね…」
「修羅場になっていなきゃいいけど…」
キース君がドクターを投げ飛ばさざるを得ない状況になったらどうしましょう?なにしろ相手がドクターだけに、後々まで尾を引きそうです。逆恨みして会長さんを今まで以上に追い掛け回すとか、脅すとか…。傷害罪で訴えられたくなければ言うことを聞け、なんて如何にもありそうな展開かも。あぁぁ、どんどん怖い考えに…。
「お待たせ。…心配かけてごめんね」
診察室の扉が開いて会長さんが出てきました。制服に着替えるために更衣室へ入るのにキース君が付き添います。ジョミー君たちの様子からして修羅場ではなかったようですが…何事も無かったわけでもないみたい。ドクターが不敵な笑みを浮べて私たちをグルリと見渡しながら。
「ぶるぅどころか、こんなに大勢ついて来るとは予想外です。おかげで貴重なチャンスを逃しましたよ。…念入りにベッドメイクをさせたのに」
やっぱりドクターは会長さんを食べる気だったのでした。ついて来て良かった…と安堵していると着替えを終えた会長さんがキース君と一緒に戻ってきて。
「ノルディ。…タクシーを呼んだし、来るまでここで待たせてもらうよ。構わないよね?」
「もちろんです。泊っていって下さっても構いませんよ…貴方だけなら」
「遠慮する」
顔を背けて待合室のソファに座った会長さんにドクターが近づこうとするのをキース君が遮りました。
「それ以上、近づかないで貰おうか。検査は済んだし、もういいだろう」
「最近、東洋医学の研究をしていましてね。ご存じですか?…手にも色々と重要なツボがあるのですよ。タクシーを待つ間にちょっと…」
会長さんの手を取ろうとするのをシロエ君とマツカ君が盾になって防ぎ、キース君の低い声が。
「傷害罪で訴えられても構わないという気がしてきたぜ。…今度触ったら投げ飛ばすからな。ブルー、あんたに迷惑はかけん。親父とおふくろに泣いて貰うさ」
ひえぇぇ!キース君がここまで言い切るなんて、どんな騒ぎがあったのやら…。柔道部3人組とドクターが睨み合う中、やっとタクシーが到着しました。私たちは1台目の車に会長さんを最初に押し込み、2台目の最後にキース君が乗り込んでから、後をも見ずに会長さんのマンションへ。ドクターの高笑いが聞こえたように思いましたが、あれも思念波だったのでしょうか…。
会長さんの家に辿り着いた私たちが私服に着替え、ダイニングのテーブルに集合すると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットプレートを用意して待ってくれていました。会長さんも制服を脱いでラフな格好をしています。
「かみお~ん♪今日はお疲れさま!…鉄板焼きにしようと思って」
家でやっても美味しいんだよ、とお肉やエビや野菜を焼きながら、スープなんかも出してくれたり。約束どおり御馳走です。会長さんを守れてよかったぁ…。スウェナちゃんと私は殆ど役に立ってませんし、診察室を出されてからは何があったかも知りませんけど。
「あの後かい?…心電図にとても手間取ったんだよ。まったく、電極の取り付けと外すのとにどれだけ時間をかけてるんだか…」
会長さんが忌々しそうに言い、キース君が顔を顰めて。
「変態野郎に苦労させられたぜ。動きを封じたら健康診断が出来なくなるし、好き放題にさせるわけにもいかないし。しかも何かっていうと、私に怪我をさせたら傷害罪になりますよ…なんてぬかしやがって。俺はああいうヤツが大嫌いなんだ」
「でも助かったよ、レントゲン室まで来てくれて…。シロエとマツカにもお礼を言わなきゃ。ぶるぅのシールドがあると言っても、気持ちいいものじゃないだろう?」
なんと柔道部3人組は放射線管理区域にまで付き添いで入っていたようです。そこまでしなくちゃいけないほどにドクターは危険だったというわけですか…。
「ノルディが強気なのはキスマークの件があるからだよ。あれに時効は無いみたいだ」
会長さんが深い溜息をつき、サム君が。
「時効が無いって…。じゃあ、いつまでも逃げ回るしかないのかよ!?」
「…そうなるね。でなきゃ、ぼくが大人しく食べられるか」
「言うなって!!」
バン!とテーブルを叩くサム君。
「冗談でも言うなよ、そんなこと!本当になっちまったらどうするんだよ!?」
「…サム…?」
「だから!…言霊って言うじゃねえか。そういうのって、言わねえ方がいいと思うぜ」
「…ごめん…」
悪かった、と会長さんが謝ります。ギャラリーを何度もやらされて分かりましたが、会長さんは『食べられてしまうかもしれないスリル』を味わって遊ぶのは好きでも、食べられたくはないんです。…なんといっても食べるの専門、女性限定というシャングリラ・ジゴロ・ブルーですから。
「なあ、キース」
サム君が真面目な顔でキース君を見つめました。
「柔道って俺でも出来るかな?」
「……?…それは…出来ないことはないと思うが…。どうしたんだ、突然」
「俺って武道はからっきしだし、ボディーガード、お前たちに任せっきりでさ。…あんなんじゃ、やっぱマズイよなぁ」
「なんだ、それで柔道なのか?実生活では全く問題ないと思うぞ」
キース君が言い、会長さんが。
「うん。ノルディには人数だけで十分な脅しになったからね」
「そうじゃなくって!!」
サム君が叫び、椅子からガタンと立ち上がって。
「俺、あんたを守りたかったんだ!…なのに見ていただけなんて!!」
えっ。サム君、いったいどうしちゃったの…?みんなの視線が集中する中、サム君は更に続けました。
「あんたが触られまくってたのに、俺には何も出来なくってさ…。またアイツが来たら…って思うと怖いんだ。あんたが攫われたりしたらどうしよう、って。だってさ…。俺…俺……」
しばらく口ごもってから思い切ったように。
「俺、あんたのことが好きなんだ!!」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちの目が点になり、鉄板焼きを締め括るガーリックライスを盛り付けていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」もポカンと口を開けています。サム君、なんて言いましたっけ?…会長さんが好きですって?聞き間違い…じゃないですよね?会長さんも唖然としていましたが、三百年を超える年の功なのか、立ち直りは誰よりも早くって。
「…サム……。それって、告白ってヤツ…?」
問い掛けられた言葉にサム君はみるみる真っ赤になって、俯いて椅子に腰掛けて。
「………。そうだけど……。やっぱダメだよな…」
俺の勝手な思い込みだし、と消え入りそうな声で呟くサム君。
「今、言ったこと…忘れてくれよ。あんた、そういうの嫌いだもんな。…分かってる…。分かってるけど…」
言わずにいられなかったんだ、と辛そうに唇を噛んでから、サム君はパッと顔を上げて。
「…なんてね。…あはは、冗談!…全部、冗談だってば」
明らかに無理に作った笑顔でサム君が笑い飛ばします。
「みんな、なんて顔してんだよ。…もしかして信じちまったとか?…有り得ねぇって!」
サム君は笑っていますけれども、冗談だったとは思えません。でも笑うしか無いですよね…冗談だったと片付けるしか。この状況ではそうするしか…と思った時。
「……無理しないで、サム」
会長さんが静かに立ち上がり、サム君の笑い声が止みました。
「サムの気持ちはよく分かったよ。…びっくりしたけど、嬉しいな」
「えっ?」
信じられない、という表情のサム君に会長さんは穏やかな笑みを浮べて。
「…ぼくにそっちの趣味は無いけど、好きだって言われて悪い気はしない。…無理強いしないなら好きでいてくれて構わないんだ。だから柔道なんか習いに行かずに、ぶるぅの部屋に遊びにおいでよ」
「「「……!!!」」」
思いがけない言葉にサム君も私たちも驚きましたが、会長さんは落ち着いています。
「ぼくの一番はフィシスだけれど…アルトさんたちも大切だけど、サムと付き合うのも楽しそうだ。…デートに誘うことはあっても、連れてってもらったことって無いし」
「…マジで……?」
目を丸くしているサム君に会長さんがコクリと頷いて。
「うん。…サムならノルディと違って安心だしね」
そして会長さんは私たちに向き直り、ニッコリ笑って宣言しました。
「今日から、ぼくとサムとは公認ってことでいいだろう?サムをからかったりしちゃいけないよ」
その後、温め直したガーリックライスやデザートのケーキを食べましたけど、誰もが心ここに在らず。サム君が会長さんを好きだったなんて…。しかも会長さんがサム君の想いを受け入れるなんて。会長さんが「今夜はこれで」と口にするまで、会話は途切れがちでした。
「みんな、今日は付き添ってくれてありがとう。ゆっくり休んでくれればいいから」
食べ始めた時間が遅かったので、そろそろ日付が変わる頃です。
「それじゃ、おやすみ。…いい夢を、サム」
サム君に微笑みかけて寝室に向かう会長さんを私たちは呆然と見送るばかり。サム君だけが幸せ一杯な顔でニコニコと手を振っています。えっと…今日って普通の金曜日だと思ってましたが、大安吉日だったでしょうか?サム君と会長さんというカップルが誕生するとは想定外。私たち、これからどうすれば…?