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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

タフさが身上・第2話

青月印のトランクスが入った箱を掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして私たちは本館に向かいました。目指すはいつもの教頭室です。幸い今日は誰にも出会わずに済んで、会長さんが重厚な扉をノックして…。
「失礼します」
扉を開けて入る会長さんの後ろに私たちも続きました。教頭先生は例によって羽ペンで書類のチェック中。
「いつものヤツを持ってきたよ、ハーレイ」
「あ、ああ…。すまんな」
あれ? 教頭先生、微笑んでますが…ちょっと元気が無いような…? 会長さんも気付いたらしく、トランクスの箱を机に置くと首を捻って。
「ハーレイ? あまり嬉しそうに見えないんだけど、青月印は飽きたのかい? 次から別のにした方がいい?」
「い、いや…別にそういうわけでは…」
「でも…。いつもなら手放しで喜ぶじゃないか。ひょっとしてまだ引き摺ってる? …フォトウェディングで騙されたのを」
「………」
教頭先生は複雑な顔。会長さんとフォトウェディングだと喜んでいたらゼル先生に通報されて、サイドカーで拉致されたのはつい先日のことでした。スピードに弱い教頭先生はもちろん気絶し、春休みの残り期間を寝込んでいたとかいないとか…。
「そうか、やっぱり引き摺ってるんだ。ゼルのバイクは速いからねえ…。それともフォトウェディングが夢に終わったから傷ついたかな? ぼくは満足したんだけども」
新しいドレスも手に入ったし、と会長さんは楽しげです。
「でね、これがホテルで写した写真。…君にプレゼントしようと思って」
はい、と差し出された台紙つきの立派な写真が数枚。教頭先生は眉間に皺を寄せたのですが…。
「要らないんなら持って帰るよ? ぼくの花嫁姿を見たくないんだ? 君がスポンサーになったドレスがどんなヤツかも気にならない?」
「う、うむ…。そうだな、お前の花嫁姿だったな」
「そうだよ。見たくないなら回収するけど」
「いや…。プロが写した写真は見たい。私には所詮高嶺の花だが」
「は?」
怪訝そうな会長さん。私たちも同じでした。高嶺の花って何なのでしょう? 写真はプレゼントだって言っているのに、いったい何に手が届かないと…? 教頭先生はフウと溜息をついて写真の表紙をめくりました。そこにはブーケを手にした会長さんの輝くような花嫁姿が…。
「…綺麗なものだな…。叶うものなら是非見たかった」
「気が向いたら披露するかもね。今度のドレスは特注品だし…。他の写真も見てみてよ」
凄いんだから、と促された教頭先生は次の写真を広げます。場所を変えてカメラに収まる会長さんは艶やかとしか言いようがなく、教頭先生も魂を奪われた様子。
「ね、いいだろう? いろんな所で写したんだ。…それで最後が自信作でさ」
「ほほう…」
促されるままに数枚の写真を見終えた教頭先生の前にスッと押し出された最後の一枚。それを手に取った教頭先生の笑顔がピシッと凍りついて…。
「………」
「チャペルと言えば新郎なんだよ」
会長さんが指差す写真はチャペルで写したものでした。
「だけど肝心の新郎不在で、どうにもこうにもならないじゃないか。…仕方ないから集合写真で」
「…………」
「一人に決めても良かったんだけど、せっかくだから賑やかに…と思ったんだよ。ホテルに訊いたら貸衣装のサイズも揃っていたし」
ねえ? と私たちに同意を求める会長さん。写真の中では花嫁姿の会長さんをジョミー君たち男子五人が囲んでいました。全員、白いタキシードです。カメラマンの的確な指示で、誰もが見事な新郎スマイル。あの写真、撮るまでが大変でしたっけ…。

フォトウェディングなのに新郎が姿を消してしまって、カメラマンは勿論、ホテルの係も大混乱。そこへ会長さんが持ち掛けた案が新郎の代理を立てることです。私たちはサム君を推したのですけど、サム君は照れるわ、恥ずかしがるわで動きません。じゃあ誰が、と揉めた挙句に男子五人が全員で…。
「ハーレイ、君の意見はどうかな?」
会長さんが固まっている教頭先生に尋ねます。
「誰が一番ぼくの新郎らしいと思う? ぼくの考えではこの辺かなぁ…って」
白い指先が示しているのはサム君でした。
「他のみんなも捨て難いけど、サムの笑顔は親しみが持てる。こう、幸せにするぞ…って気概が見えると思うんだよね」
「…そうかもしれんな…。やはりお前を幸せに出来る男が一番か…」
「えっ?」
「幸せになれる相手でないとな、と言ったんだ」
深い溜息をつく教頭先生。さっきの高嶺の花発言といい、今日はなんだか変みたいです。いつもなら会長さんとの結婚話に燃え上がりこそすれ、他の誰かを持ち上げるようなことは決して言わない筈ですが…? 会長さんも不思議に思ったらしく。
「ハーレイ、それって本気で言ってる? ぼくの相手にサムがいいって?」
「…サムと決まったわけではないが……幸せになって欲しいだけだ」
教頭先生は咳払いをして視線を窓に向けました。これは本格的に変です。私たちは顔を見合わせ、会長さんは教頭先生の顔の前で手をヒラヒラと振ってみせて。
「えっと…ハーレイ? 念のために聞くけど、今、正気?」
「…ああ。残念ながら…な。…どうやら私はお前に相応しくないらしい」
残念だが…、と教頭先生は繰り返しました。
「私では幸せにしてやれん。他の誰かに託すしかない」
「ちょ、ちょっと…。どうしたらそういう話になるわけ? 騙されたのがそんなにショック? あれくらい、いつものことだろう?」
「そうかもしれんが…。とにかく私は駄目なのだ。この写真は有難く貰っておくが、お前を嫁に貰うことは出来ん。そんな男に尽くさなくてもいいんだぞ? トランクスを貰うのもこれが最後になるのだろうな」
今までとても幸せだった、と教頭先生は会長さんに御礼を言って。
「行きなさい。…そしていい相手を見つけるんだぞ。私も心から祝福しよう」
「…それ、本気?」
「至って本気で至って正気だ。…すまん、私が笑っていられる間に帰ってくれ」
教頭先生は優しい笑顔を向けていましたが、明らかに無理をしています。微かに感じ取れる思念は乱れて今にも泣き出しそうで…。
「…分かったよ。じゃあね、ハーレイ」
会長さんがクルリと踵を返し、私たちも慌てて続きました。扉が閉まる直前にチラリと見えた教頭先生は俯いていて表情は分かりませんでしたけど、絶望感だけはヒシヒシと…。いったい何があったのでしょう? 会長さんを諦めるなんて……他の誰かと幸せになれって、悪いものでも食べましたか?

「おい」
キース君が会長さんを睨み付けたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってからです。どう考えても教頭先生の様子は変でした。そしてそういう時は大概、会長さんが何か関係しているわけで…。
「あんた、教頭先生に何をしたんだ? 精神的に相当参っているようだったが」
「何をって言われても…。サイドカーでドライブさせただけだよ」
「とてもそうとは思えんぞ。ドライブ自体は二度目じゃないか」
「まあね。…でも、ぼくも正直、困ってるんだ」
このままじゃオモチャが無くなってしまう、と会長さんは大真面目でした。
「ぼくにベタ惚れで追いかけてくるから楽しめるけど、追いかけてこなきゃ意味ないし! そりゃあ…結婚する気は無いけど、諦められたら面白くない」
「…そういうものか?」
「うん。このままアッサリ身を引かれたら、悪戯も仕掛けられないよ。ハーレイの良さは往生際の悪さにあるんだ。何をされても諦めないから笑えるわけで、大人の余裕を見せられたんでは楽しみの欠片もありゃしないってば」
それはそうかも、と私たちも納得です。会長さん一筋に突っ走っている教頭先生だからこそ、会長さんの悪戯の数々が光るのであって。…一歩下がって見守られたのでは、悪戯は空振りに終わるでしょう。教頭先生、ひょっとして疲れてしまいましたか? 悪戯に付き合い続けて心が保たなくなったとか…?
「うーん…。ある意味、それはあるかも」
会長さんが吐息をついて。
「疲れているのか、心因性か…。原因としてはどっちもアリだ。一時的なものじゃないかとは思うけどねえ…」
「「「は?」」」
話が全く見えません。勝手に喋って完結されても困るんですけど、会長さんには事情が分かっているのでしょうか? 教頭室では会長さんも教頭先生の正気を疑っていましたが…。
「ああ、ごめん。…ちょっとね、ハーレイの心を読んでみたんだ。だって納得いかないじゃないか、幸せになれって言われてもさ。……でも原因がトンデモすぎて」
「なんだ、それは?」
分からんぞ、とキース君が突っ込み、ジョミー君が。
「原因って何? ひょっとしてあの写真とか?」
「…まさか」
そんなしおらしい相手ではない、と苦笑している会長さん。
「新郎役が五人どころか一万人でも諦めやしないよ、通常ならね。…でも今は違う。このままだったら永遠に諦めモードかも…。なにしろ自信喪失中だし」
「「「自信喪失?」」」
私たちは耳を疑いました。教頭先生が自信喪失だなんて、俄かには信じられません。諦めの悪さはピカイチと言うか、懲りるという言葉を知らないと言うか……思い込んだら一直線の教頭先生が自信喪失? それで会長さんに他の誰かと幸せになれと言ったんですか?
「そういうことさ。今のハーレイは人並み以下で、スタートラインにも立てっこない。そこまで転落しちゃったわけ」
「転落って…なんで?」
ジョミー君が疑問をぶつけました。
「なんで、どこから、どうやって? だいたいブルーと結婚したいって言ってる人って、教頭先生だけじゃない?」
「……俺の立場はどうなるんだよ……」
恨みがましい声でサム君が割り込み、首を竦めるジョミー君。
「ご、ごめん…。でもさ、サムは「好き」ってだけだよね。結婚までは考えてないと思うんだけど」
「まあな。俺たちって歳を取らないらしいし、そのせいかなぁ…。ブルーと結婚できたらいいな、って思いはしてもその先が想像つかねえんだよ」
夢は結婚式までなのだ、とサム君は頬を赤らめています。会長さんと結婚できたらそれだけで満足、それ以上は何も望まないとか…。つまりアレです、大人の時間は必要ないっていうわけで…。
「だからさ、俺もブルーと結婚する資格は無いんだろうな。…残念だけどブルーはとっくに大人なんだし…」
肩を落とすサム君に、会長さんが微笑みかけて。
「そんな所も好きだよ、サム。…ハーレイと違って暑苦しくない。そのハーレイが暑苦しさを失ってるのが今なんだけどね」
「「「???」」」
「分からないかな、暑苦しさで? 人並み以下まで転落中で、加えて暑苦しさが無い。ぼくと結婚するだけの資格も無い。…スタートラインにも立てっこないって言ったよね?」
「お、おい…。それって、まさか…」
キース君が口をパクパクさせていますが、私も含めて他は全員、思い当たる節が皆無でした。教頭先生に何があったと言うのでしょう? ジョミー君が訊いた「なんで、どこから、どうやって」の三つがまるで見当もつきません。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「流石キースは大学生だ。それも今年で三年目か…。色々知識が増えたようだね。そう、君の考えで当たっているよ。…他のみんなは分からないようだし、ズバリ説明してあげよう」
「あっ、おい! 待て、他の連中は…!」
遮ろうとしたキース君に会長さんがパチンと片目を瞑ってみせて。
「万年十八歳未満お断り…だよね。君もその中に入っていると思ったけれど? 大丈夫だって、知識だけなら問題ないさ。実際の歳は十八歳になってるんだし」
会長さんが言うとおり、私たちは十八歳になっていました。外見も中身も1年生の時から全く成長していませんけど、十八歳は十八歳です。えっと……だから何? 教頭先生の自信喪失と私たちの歳にどう関係が…?
「ハーレイはね…。EDになってしまったらしい」
そのせいで自信喪失中、と会長さんは教頭室の方角を指差して。
「早い話が役立たずってこと。結婚どころの話じゃないよね、まずは治療が必要だ」
「「「………」」」
EDという聞き慣れない単語の意味するものがスムーズに頭に浮かんできたのは会長さんのサイオンのせいか、はたまたサイオン能力が多少向上したお蔭でキース君の思考が読めたのか。ともあれ、教頭先生の窮状は把握できました。それは確かに結婚以前の問題ですよ~!

私たちは五分間くらい固まっていたと思います。教頭先生は三百年以上も会長さんを想い続けて童貞街道まっしぐら。なのに会長さんへの想いは熱く激しく、一方的にせっせと頑張り続けてきた筈で…。特にソルジャーが現れてからは修行に行って挫折してみたり、鼻血を噴いて失神したりと現役ならではの情けない道を爆走中。なのに突然EDですって? 教頭先生にいったい何が…?
「なんで、どこから、どうやって…だっけ? ジョミー?」
会長さんがジョミー君の質問を蒸し返しました。
「どこから、の答えは分かっただろう? スタートラインに立とうと思えばEDを治してこないとね。残る二つはEDになった原因ってヤツだ。これが色々難しくって…。直接的にはサイドカーでのドライブだろうと思うんだけど、心因性なのか疲労なのかがハッキリしない」
「…あれ以来なのか?」
キース君が胡乱な目を向け、シロエ君が。
「でも…。初詣で願掛けしまくった時も同じ目に遭っていましたよ? あの時は大丈夫だったんでしょう?」
「あの時は…ね。それが今回はダメだったらしい。だからハーレイにも自信が無いんだ、ドライブが原因と決めつけるだけの。…ついでに相談した相手が悪かった」
教頭先生はパニックになってドクター・ノルディに電話をかけたらしいのです。ところが相手は会長さんを狙うエロドクター。真面目に相談に乗ろうともせず、原因は加齢だと答えたとか。
「加齢ですか…」
酷いですね、とシロエ君が首を振りました。
「ゼル先生なんか今も現役らしいじゃないですか。教頭先生が歳のせいだなんて、いくらなんでも酷過ぎるでしょう」
医者の言葉とも思えませんよ、とシロエ君は憤慨したのですけど、会長さんは。
「だから相手が悪かったって言っただろう? ノルディはぼくを狙っているから、ハーレイは目の上のタンコブなんだ。ぼくと結婚したがっているハーレイがいるとチャンスが減ると思ってる。…ぼくを手に入れるチャンスがね」
「まあ、間違ってはいないんじゃないか?」
キース君が口を挟みます。
「教頭先生はあんたを守ろうと必死に頑張ってきたからなあ…。とは言え、結婚できなくなったとしてもだ、エロドクターにあんたを渡しはしないと思うんだが」
「そうなんだよね。ぼくがノルディを嫌ってる以上、全力で排除にかかるだろう。ノルディも全然分かってないねえ…」
馬鹿なんだから、と毒づいている会長さん。でも……お医者さんに見放されてしまった教頭先生、EDを治療できるんでしょうか? エロドクターの他にお医者さんは…?
「ノルディの病院の専門科を受診すればいいと思うんだけどさ」
予約を取って、と会長さんはドクター・ノルディの病院の説明をしてくれました。サイオンを持つ私たちの仲間だけでなく、一般人も受け入れる大きな総合病院。勿論EDの専門医もいて、エロドクターに邪魔をされずに受診するのも簡単で…。
「でもね…。マズイことにハーレイの教え子なんだよ、そのお医者さんが」
「じゃあ、ぼくたちの仲間なわけ?」
ジョミー君の問いに会長さんは。
「仲間もいるし、普通の人も混じってる。ただ、不幸な事に全員揃ってシャングリラ学園の卒業生。教え子の所に行ってEDの治療はキツイよね、うん。特にハーレイは独身なだけに、治療なんかしてどうするんだって痛くもない腹を探られそうだ。EDの原因を調べるにしても、恥ずかしい話をしなきゃならない」
誰とは明らかにしないとしても振られた話は必須だし…、と会長さんは続けます。
「つまりハーレイが気軽に相談できる医者は皆無なんだよ。そりゃあ……一般の病院って手もあるけれど、難しいよね、色々と。そっちだと原因が加齢だった場合は診断不可能ってことになるから。だって外見がアレなんだしさ」
「「「………」」」
教頭先生、万事休す。このままEDが治らなければ、会長さんに妙な悪戯を仕掛けられることは無くなりますけど、きっと寂しいことでしょう。それに会長さんもオモチャが無くなって退屈しちゃって、いったい何をしでかすか…。グレイブ先生が特別手当を貰っているのをいいことにして、今度はそっちで遊ぶとか?
「…グレイブじゃ面白くないんだよね…」
誰の思考が零れていたのか、会長さんが呟きました。
「オモチャの身上は踏んでも蹴っても壊れないタフさと、諦めの悪さ。…グレイブも確かに楽しめるけど、ぼくに惚れてるわけではないし…。そうなると悪戯にも限度があるし」
やっぱりハーレイで遊びたい、と会長さんの諦めの悪さもピカイチでした。
「EDが治れば今までどおりにオモチャにできる。…陰で暖かく見守られるよりも暑苦しい方がよっぽどいいさ。決めた、EDを何とかしよう」
「なんとかするって…あんたは医者か?」
キース君の問いに会長さんはニヤリと笑って。
「医者でなくても解決できるよ、心因性のヤツだったらね。サイオンで心を解きほぐしてやれば簡単だ。疲労の方なら時間が経てば治るだろうし、一応、原因を探ってみようか」
「えっ、探るって…?」
どうするの、とジョミー君が言い終える前に会長さんが口を開きました。
「今夜はぼくの家に泊まって貰うよ。…ハーレイの夜の生活を覗き見しないといけないからね。ぼく一人では気分が滅入るし、ぶるぅじゃ意味が分かってないし…。さあ、急いで家に連絡する!」
げげっ。とんでもない展開になっちゃいました。でも断ったら恐ろしいことになりそうです。私たちは仕方なく家に電話を入れました。会長さんがソルジャーであると知れている今、お泊まり会に異議を唱える家族はありません。これって、いいのか悪いのか…。ソルジャーが悪戯好きというのは多分信じてくれないでしょうが。

突然決まったお泊まり会。私たちは瞬間移動で自分の家に送って貰って荷物を整え、会長さんの家まで瞬間移動。パパやママたちが仲間だからこそ出来ることです。キース君なんかはお土産を持たされて戻ってきました。檀家さんに貰ったという焼き菓子の詰め合わせは夕食の後にみんなで食べて…。
「ぶるぅ、ハーレイの様子はどうだい?」
リビングにいた私たちの前で会長さんが尋ねました。
「えっとね、さっきお風呂に入りに行って…。あ、帰ってきた」
これからテレビを見るみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えると…。
「天気予報とニュースだけだね、ハーレイが見るつもりなのは。それが終わったら寝るらしい。…ぶるぅ、中継をよろしく頼むよ」
「オッケー!」
無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大人の事情はサッパリです。中継していても意味は分かっていないのですけど、今夜の教頭先生は普段と状況が違いました。EDだという教頭先生、どんな夜を過ごしているのやら…。やがて始まった中継画面で教頭先生はテレビを消すと大きな溜息。
「これがブルーの花嫁姿か…」
会長さんがプレゼントした写真を取り出し、一番のお気に入りらしい一枚を穴が開くほど眺めた後で。
「本当だったら隣に私が立っていた筈なのだな…。いや、最初から可能性はゼロだったか…。ブルーにその気は無かったのだし、ゼルまで呼んであったからには悪戯目当てに決まっているしな」
それでも生で見たかった…、と苦しげに呟いた教頭先生は写真を抱えて寝室へ。独身生活には大きすぎるベッドの上に転がっているのは、会長さんの写真がプリントされた抱き枕です。教頭先生はベッドに腰掛け、会長さんの花嫁姿の写真を再びじっと見詰めて…。
「ブルー…。お前と結婚したかった。お前を嫁に欲しかったのに、私は資格を失くしたようだ。どうやら歳を取り過ぎたらしい。ゼルは未だに現役なのにな。ははははは………鍛えようのない部分だと言うが、どうしてこうなってしまったんだろうな…」
乾いた声で笑ってはいても、顔は笑っていませんでした。眉間に刻まれた皺も深くなり、苦しげに呻くと写真をベッドサイドのテーブルに置いて横になります。そして両手で会長さんの抱き枕を引き寄せて…。
「…添い寝だけしか出来ん男では、お前と結婚するのは無理だ…。もっと修行をするべきだった。あっちのブルーに何度も誘われていたのにな。…自業自得と言うべきか…。ブルー…」
愛していた、と抱き枕にキスを落とす教頭先生。以前だったらそこから色々あったのですが、教頭先生は枕を腕に抱えてブツブツと泣き言を繰り返しながら眠りに落ちてしまいました。これは本当にEDです。会長さんは原因を探り出すことが出来たのでしょうか…?
「…ぶるぅ、もういい」
会長さんの合図で中継画面が消え失せ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんを見上げました。
「ブルー…。なんだかハーレイ、可哀想だよ? 心が泣いてたみたいだけど…」
「泣いていたね。ぼくと結婚できなくなったのがショックなんだよ。…どう転んでも結婚する気にはならないけれど、あんなハーレイも見たくはないかな」
諦めの悪いハーレイが好きだから、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「可哀想だと思うんだったら、力を貸してくれるかい? ハーレイが自信を取り戻すには手形のパワーが必要なんだ」
「えっ、手形? 何に使うの?」
「ハーレイとデート」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんがサラリと告げた言葉に私たちは仰天しました。EDの治療に手形パワーというのも謎ですが、そこで出てくるのが何故デート? そもそもデートにどうして手形が要るんでしょう? いえ、それよりも会長さんが教頭先生とデートだなんて…。
「…そんなにビックリしなくても…。ハーレイとデートって、そんなに意外?」
「意外に決まっているだろう!」
何をする気だ、とキース君が叫びましたが、会長さんは平然と。
「デートと言ったらデートだってば。普通のデートと違う点があるなら、一対一じゃないってことかな? ほら、ハーレイの家に一人で行ってはいけないって言われているからねえ…。もちろんデートも一人じゃダメだろ、どう考えても」
だから君たちも付き合って、と告げられた私たちは絶句しました。会長さんと教頭先生のデートだけでも大概なのに、一緒にゾロゾロ連なって行けと? けれど会長さんは一人で決めてしまっていて…。
「デートするのは明後日の土曜。ハーレイは明日の放課後に誘うよ、始業式が終わってからね。…そういうわけで、明後日はよろしく」
もう遅いから寝る時間、と宣言されてしまい、思念波での連絡も取れないようにシールドされて消灯時間。教頭先生はEDになるわ、会長さんはデートだなんて言い出すわ…。頭の中がグルグルしますが、しっかり寝ないと負けそうです。明日は始業式で、明後日がデート。デートと手形とED治療の関連性が未だに全然分かりません~!




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