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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

デート大作戦  第2話

エロドクターにデートを申し込まれた会長さん。デートの後にはドクターと二人きりで大人の時間を過ごさなくてはいけないのですが、キース君は嫌がっている会長さんに申し込みを受けるようにと進言しました。蛇のようにしつこいドクターに借りを作るとロクなことにならない、というのです。
「いいか、ブルー。ドクターに会ったら約束するんだ。付き合うのは一晩だけだ、とな。その一晩をどう使おうとドクターの勝手というわけだが…寝てしまった場合は仕切り直しのチャンスは無い。だから爆睡させて逃げ切るんだ。同じベッドで一晩耐えてろ」
「……ノルディと……?」
ブルッと肩を震わせる会長さんにキース君は。
「修行だと思って耐えるんだな。思い切り爆睡してるようなら抜け出してもいいかもしれないが…朝にはちゃんとベッドに戻れよ」
「…本当にそんなに上手くいくかな…?」
「それは保証できん。いざとなったら投げ飛ばすって手もあるだろう? あんたは教頭先生だって投げたんだからな、護身術とやらで」
「……ノルディはテクニシャンだって言った筈だよ。実際、キスされただけで身動きできなくなっちゃったし…」
危険すぎる、と会長さんは渋い顔です。けれど借りを返さない限りは利子は膨らむ一方で…。キース君は腕組みをして考え込んでいましたが。
「そうか! 俺たちがボディーガードにつけばいいんだ。それなら万一の場合も対処できる」
閃いた、と言うキース君に会長さんは首を横に振って。
「…ノルディは二人きりで、と言っている。君たちがついてきたって叩き出されるのが関の山だ」
「あんた、大事なことを忘れていないか? いつも俺たちを見えないギャラリーにして遊んでるだろう? ぶるぅに頼めばバレないように潜入出来るし、いざという時は助けられるさ」
それは素晴らしい案でした。もっとも私たちの方も大人の時間なデートコースに巻き込まれてしまうわけですが…会長さんの身の安全には代えられません。会長さんも今度は納得したようで…。
「分かった…。ノルディの申し出を受けてみるよ。確かに逃げ回ったところで借金がかさむ一方だし…清算した方がいいんだろうね。みんなにも迷惑をかけてしまうけど、土曜日はよろしくお願いするよ」
「ああ、気にせずに任せとけって」
キース君が親指を立ててニッと笑い、私たちは土曜日は会長さんのマンションにお泊まりすることになりました。でも本当の行先は…。
「ブルー、エロドクターの思考は読めるか? 俺たちの待機場所を決めるためにも、夜は何処へ行こうと考えてるのか分かった方が有難いんだが」
キース君の問いに会長さんは嫌そうに顔を顰めながらも瞳を閉じて少し集中していたようです。しかし…。
「駄目だ…。ノルディの心の中は土曜日については妄想だらけで、見ているだけでムカムカしてくる。ノルディの家ではなさそうだけど、ただ漠然とホテルとしか…。ラブホテルの線は無さそうだけどね」
高級なのが好みだから、と吐き捨てるように言う会長さん。うーん、行先は謎ですか…。まあ、ラブホテルでないならいいでしょう。十八歳未満の子供の団体がラブホテルの中に潜入するのは如何なものかと思われますし。…しかも「そるじゃぁ・ぶるぅ」つきです。それから私たちはあれこれとプランを練り始めました。ドクターが疲れ果てるデートコースって何があるかな…?

晴天を祈り続けた運命の土曜日は朝から見事な快晴でした。かなり風が冷たいですが、子供は風の子、元気な子。こんな天気を待っていた私たちは会長さんのマンションに行き、お泊まり用の荷物を置いてから揃ってアルテメシア公園の入口へ。ドクターは…高級そうなコートを着込んで余裕たっぷりに待っていました。
「ブルー、来て下さって嬉しいですよ。お友達もお揃いのようですし…まずは昼食といきましょうか。何か食べたいものなどは…? 無ければ馴染みの店にお連れしますよ」
どうぞ皆さんもご一緒に、とドクターが提案したのはアルテメシアでも最高級と評判の高いレストラン。お金持ちだけあって太っ腹です。けれど会長さんの返答は…。
「ぼくはカニが食べたいな。ほら、カニは今が美味しい時期だから…。カニすきなんかいいかなぁ、って」
「カニですか。いいでしょう、すぐそこに店もありますし」
先に立って歩き出すドクターの背中に私たちはガッツポーズ。そうとも知らないドクターはすぐに振り返って会長さんを手招きしました。
「そうそう、忘れるところでした。デートですからね…。ブルー、ほら…腕を」
「分かったよ。恋人らしくしろってことだろ?」
ブツブツ文句を言いながらも会長さんはドクターが差し出した腕に自分の腕をからませます。それを見ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ふうん…。フィシスとデートしてる時とは違うみたい。ブルーが掴まる方なんだ? ドクターとデートするのを嫌がってたのは、いつもみたいにいかないからかな? 好みが違うって言ってたし…」
「早い話がそんなとこだな」
そう答えたのはキース君。子供らしい発想にほのぼのとした空気が広がりますが、のんびりしている暇はありません。公園前の通り沿いにあるカニ料理店に入った私たちは広い御座敷に通されました。もちろん会長さんとドクターも同じ部屋です。ドクターは人数分のカニすきコースを注文してから私たちを見回して。
「ブルーが緊張し切ってしまうとデートを楽しめませんからね…。あなたたちは刺身のツマのようなものです。ブルーのリラックスした姿を満喫するための添え物ですから、私とブルーのデートの時間を大いに盛り上げて下さいよ。ブルーが笑顔でいてくれるなら、あなたたちの遊興費は全額負担いたしますとも」
好きなだけ食べて遊んで下さい、とドクターは下心たっぷりの顔をしていました。そうこなくっちゃ、と心で頷く私たち。間もなく沢山のカニが運ばれてきます。戦闘開始の合図でした。誰もが無言になりがちな料理……それがカニ。エロドクターにトークの時間を与えないよう選択された究極のメニュー。そんな中、ポツリと会長さんが。
「…やっぱりカニはぶるぅに限るね…」
「なんですって?」
聞き咎めたドクターに会長さんはカニの身をほじる手を休めて。
「カニを食べたいって思ったけれど、こんなに面倒だったなんて…。いつもはぶるぅがカニをほじってくれるんだ。ぼくは食べているだけで済むんだよね。でも……デートの最中にぶるぅに頼むのは気が引けるし…」
もう食べるのをやめようかな、と呟く会長さんのガラ入れには空になったカニの足が一本だけ。いくらなんでも少なすぎです。ドクターも私たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も遥かに沢山食べているのに…。当然ドクターも同じ考えに至りました。
「それだけしか食べていないのですか? …私としたことがウッカリしていました。ぶるぅに任せたのでは確かにデートが台無しですし、私がほじって差し上げましょう。遠慮なく食べたいものを言って下さい」
ドクターの申し出に会長さんは嬉しそうに顔を輝かせると。
「いいのかい? じゃあ、そこの爪と…その足と。でね、その次に食べたいヤツが…」
水を得た魚のようにカニを食べまくる会長さん。実はかなりの量が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の器に転送されていたりするんですけど、ドクターは気付きませんでした。会長さんの御機嫌を取ろうと一所懸命にカニをほじって、追加注文されたカニもほじって……相当に疲れたんじゃないかと思います。でもドクターは満足そうに。
「ブルー、沢山食べて下さいましたね。話をする時間があまり取れなかったのが残念ですが、あなたには栄養をつけておいて頂かないと…。今夜はそう簡単に寝てもらっては困りますから」
舌なめずりをするドクターがどんな夜を夢見ているかは分かりませんが、ロクなものではなさそうです。けれど食事を済ませて店を出る時、お会計をするドクターの指は…。
「やったね、キースの計算どおり!」
会長さんの肩に腕を回して先を行くドクターから少し離れて歩きながら、ジョミー君がクスッと笑いました。
「やっぱり毛ガニが効いたのかなあ? それとも花咲きガニの方なのかな?」
「…それと大量のカニほじりとのコンボだろう」
指先が痛そうだった上に震えていたぜ、とキース君。
「専門は外科だと聞いていたから手先は器用な筈なんだ。持久力もあると思うが、メスを持つのとカニとは違う。おまけに毛ガニと花咲きガニは力を入れてほじろうとすると皮膚にダメージを食らうからな。…よくやった、ぶるぅ」
「わーい、ぼく、役に立てたんだ? 良かったぁ…」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に割り当てられた役目は「カニの身が殻から外れにくくなるように」サイオンで力をかけることでした。そんなこととは知らないドクター、通常の十倍以上の努力をしながらカニをほじっていたわけです。おまけに会長さんがほじらせた量は半端ではなく、ドクター自慢の器用な指はかなり損なわれた勘定で…。
「これで指は封じられたというわけですか」
流石は先輩、とシロエ君。カニ料理を食べに行くというのはキース君の発案でした。エロドクターのテクニックとやらは指が思い通りに動かなくなると相当に落ちる筈だ、と会長さんが言ったことから出て来たのがカニ。ついでにあんまり喋らなくても済みますし。…とりあえず妨害工作第一弾は成功です。

お腹一杯になった私たちが次に繰り出した作戦は…。
「ブルー、俺たち、腹ごなしの運動がてらボートに乗ろうと思うんだ」
エロドクターに肩を抱かれた会長さんに追いついてそう言ったのはサム君でした。
「ホントはブルーと乗りたいんだけど、そういうわけにはいかないし…。ブルーはドクターと他の所に行くんだろ? また後でメールするから、合流場所を教えてくれよな」
じゃあ、と名残惜しそうな顔のサム君。…サム君が会長さんに恋をしていることをドクターは先刻ご承知です。春の健康診断の時にドクターの魔手から会長さんを守ろうとシールドまで張ってみせたサム君。あの時、ドクターはサム君の恋は本物じゃないと看破しましたが、実はどっこい、サム君の恋は本物で…。その後のサム君の様子からして百戦錬磨のドクターが気付いていない筈はないのでした。
「…ブルーと乗りたいだとは厚かましい。今はデートの最中なのに、気を利かせたらどうですか」
案の定、ドクターは不機嫌そうにサム君を睨み付けましたが。
「ボートに乗るんだ? 楽しそうだね」
会長さんが花のような笑みを浮かべました。
「ちょっと風が冷たいけれど、お天気もいいし…。冬の最中にボートっていうのは若さの特権ってヤツだよね。ぶるぅも一緒に行くんだろう? 羨ましいな、ぼくたちはこれから美術館なんだ。…年配向けのデートコースの定番さ」
つまらないけどまた後で、と手を振ってみせる会長さん。私たちは元気よく手を振り返すとアルテメシア公園の奥に向かって駆け出しました。目指すはボート遊びができる池。美術館はその池がよく見える位置に建っています。会長さんが年配向けのデートコースと口にしたことでドクターはカチンときたでしょうか?
「ふふふ、さっきのドクターの顔!」
シロエ君が笑い出したのは会長さんたちから見えない場所まで一気に走った後でした。この先は木立の中をゆっくり歩いて、池に着いたらボートに乗って…という計画です。
「ええ、明らかに怒ってましたよ。露骨な表情はしてませんけど」
その辺りは大人ならではですね、とマツカ君。若者だの年配だのと会長さんが口にした言葉はドクターの神経を派手に逆なでしたようです。キース君がフッと小さく笑って。
「…あの様子なら引っかかってくれると思うぜ、多分…な。駄目でもブルーが上手くやるさ。さあ、俺たちはボート遊びだ」
「私、ちゃんと貼るカイロを用意して来たのよ。みんなも要る?」
スウェナちゃんがバッグから出したカイロを有難く受け取ったのはジョミー君とサム君、それに私。柔道部三人組は鍛えているので要らないと言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は服の素材が耐熱・耐寒仕様なのだとか。辿り着いた池にボートは沢山ありましたけど、乗っている人はいませんでした。そりゃそうでしょう、まだ一月の上旬ですから。
「じゃあ予定通りに4隻でいくか」
キース君の指示に従って私たちは二人一組でボートに乗り込みました。ジョミー君とサム君で1隻。キース君のボートにスウェナちゃん。シロエ君のボートに私で、マツカ君のボートに「そるじゃぁ・ぶるぅ」。漕ぎ手は柔道部三人組と…ジョミー君とサム君は交代制です。一列になって池の真ん中に漕ぎ出し、ゆったりと円を描いて回っていると…。
「あっ、ブルーだ!」
指差したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。池のほとりで会長さんが大きく手を振り、ドクターと並んで見物しています。このまま美術館へ行かれてしまったら作戦失敗。キース君たちはさも楽しそうにボートを操り、スウェナちゃんと私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの方に向かって手を振ってみたり、両手で丸を作ってみたりと「気持ちいいよ」とアピールし続け…。
「よし、かかった!」
ニヤリと笑うキース君。会長さんがボート乗り場に出てきて、ドクターがボートの料金を支払っているようです。池におびき出したらこっちのもの。
「ぶるぅ、今度もしっかり頼むぞ」
「かみお~ん!!!」
キース君の声に雄叫びで応えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の今度の役目は…。

「…やっぱり若いって凄いよねえ…」
進む速さが全然違うよ、と会長さんがドクターの漕ぐボートから声をかけてきました。ドクターのボートが池の真ん中に来るまでには相当な時間がかかったのです。漕ぐのが下手だというわけではなく、オールが物凄く重かった筈。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで水の抵抗を五倍に上げていたのでした。もちろん今も。それを承知で会長さんは…。
「君たちが楽しそうだったから、ぼくも乗りたいって言ったんだけど…。年寄りの冷や水ってこのことなのかな。こんなに進むのが遅いんだもの、君たちのボートと競争なんかは無理だろうね。せっかくだから速さを競いたかったのに…。そうだ、君たちで競争する? ボート乗り場まで帰る速さを競うんだ」
「おう、いいぜ!」
元気よく応じたのはサム君です。
「ジョミー、漕ぐのは俺に任せてくれよ。ブルーにいいとこ見せたいんだ! キースたちには負けないぜ」
「なんだと!? シロエ、マツカ、柔道部の意地を見せてやれ!」
キース君が「行くぞ!」と先頭を切って漕ぎ始めました。ただし速度は…ゆっくりです。全力で漕いでいるように見せて、実は…ゆっくり。シロエ君とマツカ君も同じでした。その横をサム君のボートが悠々と追い越し、会長さんがサム君に声援を送り始めます。
「頑張って、サム! その速さなら余裕で一位さ!」
デートの最中に恋敵を応援されたドクターはすぐにブチ切れました。会長さんに向かって怒る代わりにサム君への敵愾心をボウボウに燃やし、猛然とボートを漕いで必死に追いかけてきています。けれど水の抵抗はしっかり五倍。私たちのボートは怪しまれない程度に速度を落とし、嘲笑うように僅差で進んで…。
「やったー!!」
一位だぜ、とサム君が拳を突き上げ、ジョミー君がパチパチと拍手。遅れてゴールインしたキース君たちもサム君の健闘を称えて拍手し、乗っていただけの私たちも「凄い」と拍手喝采です。会長さんを乗せたドクターのボートはゴールの手前で引き離されて、かなり遅れてのゴールインでした。
「…うーん、ノルディには無理があったかなあ…」
肩で息をしているドクターを眺めて会長さんが首を傾げます。
「ぼくより百歳近く若いんだから、まだまだいけると思ったけれど…肉体年齢と実年齢は別ってことか。あんなに距離が開いちゃうなんて、なんだかちょっと悔しいな。…リベンジしたくなってきたよ」
「「「リベンジ?」」」
シナリオ通りの展開でしたが、私たちは素直に驚いてみせて…。
「そう、リベンジ」
会長さんが指差す先には白鳥のペダルボートがありました。
「あれで競争しないかい? ボートは腕で勝負だけれど、今度は足で…さ。二人で漕ぐからさっきと結果が違うかも。…もちろん君たちがよければ…だけどね」
「その勝負、乗った!」
思う所だ、とキース君が受けて立ち、私たちもワイワイはしゃいで「勝負しよう」と盛り上がり…。会長さんはドクターを赤い瞳でチラリと見遣って。
「…ねえ、ノルディ。ぼくと一緒に雪辱戦をしてくれないかな? 負けっぱなしじゃ悲しいじゃないか。せっかくデートに出てきたのにさ……若い連中にボロ負けだなんて」
「……今度はサムを応援したりはしないでしょうね?」
腕の筋肉を揉みほぐしながら顔を顰めているドクターに、会長さんはとても綺麗に微笑んで。
「やらないよ。だって今度はぼくも勝負をするんだからさ。…ペダルボートは二人で漕がなきゃ進まないからね。で、どうする? やらないんなら年寄りらしく美術館に…」
「やりますとも!」
ドクターは憤然と言い放ちました。会長さんはそんなドクターを上手に宥めにかかります。
「そんなに怒らなくっても…。不本意ながらペダルボートは恋人同士で乗るってケースも多いんだよね。今日のデートの記念にすれば? ぼくとの共同作業だなんて、二度と機会は無いと思うな」
「…………。そういうことなら頑張りましょう。あの憎たらしい小僧めに今度こそ勝ってやらなければ!」
闘魂に火が点いたドクターは早速ペダルボートのレンタル料を私たちの分まで支払い、正々堂々と勝負しようと申し出たのですが…。
「…大丈夫かい? 足がふらついているようだけど…」
会長さんと一緒に乗ったドクターを襲ったものは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンによる通常の十倍のペダルへの負荷。軽やかにペダルを漕ぐ会長さんの手前、「重い」と言えるわけもなく……懸命に漕いで結果は4位。ビリになったのはマツカ君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の組み合わせでした。
「くっ…。子供にしか勝てなかったとは…」
歯噛みしているドクターの隣で会長さんは必死に笑いを噛み殺しています。最下位が「そるじゃぁ・ぶるぅ」組なのはヤラセでもなんでもない…ように見えますけれど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンが使えますから子供といえども大人並み。本当のところは怪しまれないように勝ちを譲っただけなのでした。岸に上がったドクターの足は明らかに力が入らないようで…。
「ノルディ。まさかと思うけど…筋肉痛とか起こしてる?」
会長さんの問いにドクターは即座に「いいえ」と答えました。
「普段は車で移動してますからね。馴れない動きはどうも苦手で…。さて、次は何処へ行きましょうか? 美術館は年寄り向けでつまらないとか聞こえましたが…?」
「年配向けって言ったんだよ。でも、そうだねえ…。選べるんなら美術館より絶叫マシンの方がいいかな。ドリームワールドに新しいアトラクションが出来たんだ。まだ乗ってないし、ぜひ乗りたい」
「……今度はドリームワールドですか……」
苦虫を噛み潰したような表情のドクターに会長さんは顔を曇らせて…。
「駄目かな? お子様向けのデートコースは趣味に合わない? 嫌だって言うなら美術館でもいいけれど」
「いえ、行きましょう。ただしバスではなくてタクシーですよ? あなたには私と二人きりで乗って頂きます」
「…車内での痴漢行為はお断りだからね」
「痴漢行為ではありません。愛の証と言って下さい」
ドクターはスケベ根性丸出しでした。私たちはタクシー乗り場に向かい、分乗してドリームワールドへ。会長さんは車内で太腿を撫で回されたらしいのですが、忍の一字で耐えたとか。借金を返さないと利子が膨らむだけですもの。

ドリームワールドで遊びまくって、冬の短い日が暮れて…。私たちはドクターに追い払われてしまいました。夕食から先は会長さんとドクターの二人だけの世界が始まるのです。けれどタイプ・ブルーな会長さんが大人しくしているわけがなく…。
『…行先はホテル・アルテメシア。部屋は最上階のスイートだってさ』
会長さんがドクターに連れられてタクシーに乗り込んだ直後に思念波が全員に伝わりました。ドクターもサイオンを持っているのに、傍受されずに送れる所が会長さんの凄さです。
「やっぱりホテル・アルテメシアか…。高級志向のあいつらしいぜ」
キース君が苦笑する横でケータイを取り出すマツカ君。執事さんに電話を入れて何やら話していましたが…。
「オッケーです。隣の部屋を押さえました。とりあえず荷物を取りに帰りましょうか?」
「荷物は運んであげられるよ?」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そんなことよりブルーが心配。…ドクターに攫われちゃったんでしょ?」
子供なりに事態を理解しつつあるようです。追っかけなくちゃ、と慌て始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を落ち着かせてから私たちは荷物を瞬間移動で取り寄せて貰い、タクシーでホテル・アルテメシアに着きました。その頃には会長さんからの二度目の思念が届いていて…。
『今はレストランで食事中。ノルディったら筋肉痛で腕も足も痛むみたいだよ。ついでに指の感覚も鈍ってる。カニ作戦は大当たりだった。…ぶるぅに隠してもらって見に来る? それとも中継してもらう?』
愉快でたまらない、という感情が伝わってきます。豪華なスイート・ルームに案内された私たちは見物に行くか中継にするかで悩みましたが。
「触らぬ神に祟りなし…って言いますよ?」
ここは中継で、とシロエ君。それもそうかもしれません。お腹も減って来ましたし…。
「ルームサービスを頼みましょうか? 中継を見ながら食べられますよ」
マツカ君の言葉で夕食はルームサービスに決定しました。人が何度も出入りするのは面倒なので、コースではなく好みの料理を適当に。ステーキやらフカひれラーメンやら、てんでバラバラな注文でしたが一度に届くのが一流ホテルならではです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグルメなくせにお子様ランチ。
「ここのお子様ランチは美味しいんだよ? えっと…中継を始めてもいい?」
私たちが頷くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハンバーグを頬張りながら大きな窓を指差しました。
「あそこに映すね。…えっとね、ブルーが心配かけてごめんね…って。攫われちゃったのかと思ったけれど、酷い目には遭ってないみたい」
映し出された会長さんはドクターと向かい合わせに座り、ナイフとフォークを優雅に使ってお食事中。対するドクターの手つきは妙にぎこちなく、手元も少し震えています。
『見てくれているみたいだね。…ずいぶん酷い有様だろう? さっきはワインのグラスを床に落として割ったんだよ。筋肉痛に加えて疲労。ドリームワールドで遊びまくったのがトドメを刺したって所かな』
クスクスクス…と会長さんの笑う思念が届きました。私たちと会長さんにあちらこちらと引っ張り回され、疲労困憊のエロドクター。デートは食事でおしまいで…残るは大人の時間のみ。会長さんは逃げ切れるのか、救助部隊の突入か。夜はいよいよこれからです…。



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