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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ペットと躾と

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。とはいえ、新年早々、恒例の闇鍋大会に水中かるた大会と立て続けに行事がありましたから、気分はお疲れ休みです。会長さんが合格グッズの販売に燃える入試シーズンまでの間は、のんびりゆったりしたいですよね。それでも登校してくる理由は…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 授業、お疲れ様ぁ~!」
ケーキ焼けてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう、この放課後の溜まり場がお目当てで真面目に授業に出ているのです。特別生には出席義務なんか無いのですから。
「はい、今日はクッキー&クリームケーキだよ♪」
冬はチョコレートが美味しいよね、と出されたケーキはチョコレートムースとチョコレートコーティングされたクッキークラム入りのクリームが二層になったもの。表面はザッハトルテみたいに滑らかなチョコで艶やかな仕上げ。
「「「いっただっきまぁーす!」」」
紅茶やコーヒー、ホットココアなどをお供にケーキを頬張ると濃厚な味が口いっぱいに。今日のおやつも最高です。やがて部活を終えた柔道部三人組も加わり、部屋はますます賑やかに。
「キース先輩、お父さんは今日は法事でしたか?」
シロエ君の問いに、キース君が苦笑して。
「いや、璃慕恩院に用があってな。ついでに仲間と食事に行くそうだ。…そのせいで俺にお鉢が回って来た」
「ああ、それで…。月参りで遅刻って珍しいですし」
普段は休日担当ですよね、とシロエ君が言う通り、キース君は元老寺の副住職である以前にシャングリラ学園特別生。学校を優先するということで、月参りはアドス和尚が今も続けているのです。とはいえ、たまには今日みたいな展開もあるわけで…。



「本当だったら昼休みには学校に来られたんだが…。行き先でちょっとトラブルが」
「へえ…。トラブルって木魚を割ったのかい?」
それは凄い、と会長さん。
「力任せに叩いたんだろ、たまに割れるから気をつけないと」
「誰が木魚を割ったと言った!」
「違うのかい? それじゃアレだね、バイの先っぽが吹っ飛んだんだ?」
「「「ばい?」」」
何ですか、それは? 首を傾げる私たちに向かって、会長さんは。
「しもくとも言うけど、木魚を叩く棒のことだよ。先っぽが取れちゃうこともあってさ」
それでも動じずに叩き続けるのが坊主の務めらしいです。もちろん音はポクポクではなく、カンカンとかになるようで…。
「それも違うな。その程度なら俺はトラブルと言わん。…親父と一緒に月参りをしていた頃に吹っ飛ばれてな、木魚を担当していただけに焦ったが…」
あの頃はまだ駆け出しで、と懐かしむようなキース君。その後もバイが外れちゃったことはあるそうですけど、焦ったのは最初の時だけで。
「親父が後から怒るんだ。木魚を叩くリズムが乱れていた、とな。しかしだ、親父も経文の同じ所を二回も読んだし、どうこう言えた義理ではない。あれ以来、俺は平常心を心がけている」
「それでもトラブルが起こるわけ?」
何をやったの、とジョミー君は興味津々、サム君も。
「俺もすっごく気になるなぁ…。将来のためにも何があったか教えてくれよ。俺もいずれは坊主だからさ」
「………。役に立つとは限らないぞ?」
それでもいいなら、とキース君の口から出た言葉は。
「……ラグドールだ」
「「「ラグドール?」」」
そんな仏具がありましたっけ? それともアレかな、バイと同じでお坊さんの専門用語とか…?



キース君の月参りのトラブルの元は木魚ではなく、ラグドールとやら。どんな仏具かと皆で身を乗り出していれば、キース君がプッと吹き出して。
「お前たち、何か勘違いをしているだろう? ラグドールと言えば猫だろうが」
「「「猫?」」」
猫は三味線の皮に最適だと聞きます。それを使った仏具って…なに? ますます気になるラグドールですが、キース君は笑いを堪えながら。
「とことん仏具だと思っているな? 猫の品種だ、ラグドールは。シャム猫みたいな模様なんだが、ペルシャとバーマンの交配だったか…。それだけに長毛種で、おまけにデカイ」
「なんで猫なんかでトラブルなのさ?」
お仏壇に猫の餌は置いてないよね、とジョミー君が首を捻ると、サム君が。
「悪戯じゃねえか? こう、仏壇にアタックされて、線香立てとかがキースの上に」
「「「うわー…」」」
それは最悪、と容易に想像出来ました。お線香の灰だの、花立の花や水だのが法衣に飛び散ってしまったとしたら、月参りはそこでギブアップ。元老寺に戻って着替えをしてから続きをするしかありません。学校に来るのが遅くなるわけだ、と皆で納得しかけていると。
「いや、仏壇にアタックではない。…ある意味、そうとも言えなくはないが」
「「「???」」」
「俺専用の座布団が無かった」
「「「はぁ?」」」
なんとも意味が不明です。お仏壇アタックが無かったんなら、どうしてキース君の座布団が?
「寝ていやがったんだ、座布団の上で! それも仏壇のすぐ前で! 月参りに備えてエアコンの他にヒーターも置いて下さったんだが、そのせいで暖かい場所だったらしい」
素晴らしく大きな猫が俺の座布団の上で爆睡、とキース君は遠い目をしています。
「月参りに行く家は坊主専用の座布団を用意してくれるんだがな…。そこにラグドールが鎮座していて、だ。檀家さんが叱っても薄目を開けるだけで、またウトウトと…。しかも巨体で、檀家さんの手では持ち上がらない。どうぞ遠慮なく蹴って下さいと言われても…。坊主が蹴れるか?」
法衣でなければ蹴ってもいいが、と嘆くキース君と檀家さんとはラグドールをどけようと四苦八苦。しかし時間が無駄に過ぎてゆくばかりで、最終的には。
「「「座布団ごと?」」」
「そうだ。檀家さんと俺とで座布団を持って、ラグドールごと脇の方へだな…。それでも薄目を開けただけだぞ、もうラグドールは御免蒙りたい」
二度と出るな、と疲れた顔のキース君。巨大猫を運搬させられた上、お坊さん専用の座布団を奪われ、普通のお客様用座布団に座ってお勤めしてきたらしいです。ラグドールの御機嫌伺いならぬ移動のお願いに費やした時間は月参り一軒分に匹敵するもので…。
「お蔭で予定が大幅にズレた。猫を仏間に入れないようにして下さい、とも言えんしな…。二度目、三度目があったらマタタビでも用意して行くとするか」
「それだと衣がズタボロかもねえ…」
会長さんが可笑しそうに。
「庫裏から外へ出た途端にさ、猫が寄って来て衣をグイグイ引っ張るとかさ…。しかしアレだね、猫で月参りに手間取るなんていう笑える話もあるんだね。…犬なら扱い易いだろうに」
「そうだな、犬はあそこまでデカくもないしな」
あのラグドールは特大だった、とキース君が両手を広げて猫のサイズを示しています。重さも十キロ近かったかも、という話ですから、そりゃ犬の方がマシですってば~!



キース君の月参りに思いっ切り足止めを食わせた巨大猫。犬ならもっと物分かりが良く、さほど大きくない筈です。せいぜいキャンキャンうるさいだけだ、と語り合っていると、会長さんが。
「甘いね、君たちが想像しているような小型犬だけだと思うのかい? 大型犬の室内飼いだって世間一般には珍しくないよ。レトリバーとかボルゾイとかね」
そんなのが出たらどうするんだ、と会長さんはクスクスと。
「座布団くらいじゃ済まないだろうね、場合によっては飛び掛かられるよ? ぼくが璃慕恩院の老師の所へ遊びに行ったら、そういう話を聞かされたさ」
老師じゃなくて勤めてるだけの人なんだけど、と会長さんは前置きをして。
「小さなお寺じゃ檀家さんの数も少ないからねえ…。璃慕恩院のお手伝いをしてお給料を貰う人もいる。その一人が笑える体験談を持っているから聞かせてやろう、と老師が呼んでくれたわけ。…なんかね、月参りに出掛ける前の晩にさ、電話で「和尚さん、犬は大丈夫ですか」と訊かれたらしい」
「なるほど、猛犬注意だな?」
たまにあるな、とキース君。月参りに行った家で玄関先に繋いだ犬を檀家さんが押さえているケースも多々あるそうです。しかし、会長さんは「違うんだな」と人差し指を左右にチッチッ。
「それなら電話は要らないだろう? 犬を押さえれば済むことだ。でなきゃキッチリ繋いでおくとか…。で、その人は犬が苦手ってわけでもないから「大丈夫です」と答えて出掛けた。その檀家さんの家は農家で、家の周りに田畑がある。月参りは一声掛けてから勝手に入ってやるという決まり」
農作業を中断するのは大変だしね、と会長さん。件のお坊さんは作業中の檀家さんに挨拶をして、玄関を開けたわけですが…。
「途端に中からボルゾイが二頭! 凄い勢いで飛びついてこられて受け止めたものの、二頭同時のアタックだけに転んじゃってさ。その隙に二頭とも逃げ出しちゃって、檀家さんと一緒に大捕物になったそうだよ。…知り合いの犬を預かっていたって話だったね」
「…そ、そうか…。俺も犬には気を付けておこう」
法衣で捕物は大変そうだ、とキース君は同情しきりです。ボルゾイを二頭、受け止める自信はあるそうですけど、逃走劇を防ぐのは無理らしくって。
「やはりアレだな、犬でも猫でも日頃の躾が大切だな」
「「そうだね、ぼくもそう思う」」
えっ? 会長さんの声、ハモりました? それも全く同じ声音って、誰の芸当?
「こんにちは」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。もしかしなくてもソルジャーです。勝手知ったるなんとやら…でソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にケーキと紅茶の注文を。今日の話題は月参りなのに、なんでまた? ケーキが美味しそうに見えたのかな?



キース君のラグドール事件に始まり、法衣でボルゾイ大捕物という月参りネタが只今絶賛炸裂中。そんな所へソルジャーが来ても、話に混ざれそうもありません。要はおやつを食べたいだけだな、とクッキー&クリームケーキを頬張るソルジャーを眺めていると。
「犬は躾が大切なんだよ、そこは大いに賛成だね」
手抜きは犬のためにも良くない、と分かったようなことを話すソルジャー。えーっと、ソルジャー、犬なんか飼ってましたっけ? 会長さんも同じ疑問を抱いたようで。
「犬を飼ったことがあるのかい?」
「うん、もちろん。チョコレート色の大型犬だよ」
「「「………」」」
あらら。自分のお部屋も掃除するのを面倒がる人が犬ですか! さぞかしクルーが苦労しただろう、と思ったのですが…。
「ぼくの犬はね、世話が要らなかったものだから…。その点は非常に優秀だった」
「世話が要らないって…。誰に丸投げしたんだい、それを」
会長さんの鋭い突っ込みに、ソルジャーは紅茶を一口飲むと。
「誰って、犬に決まってるだろう?」
「自分の世話をする犬なんて、ぼくは聞いたこともないけれど?」
餌やトイレはどうするんだ、との指摘は至極もっとも。野良犬なら自力でなんとかしますが、ソルジャーが住むシャングリラ号で野良犬だなんて…。厨房と農場がエライことになっていそうです。なのにソルジャーは平然として。
「それが出来るんだな、出来て当然! ぼくの役目は躾だけってね。…ずいぶん昔の話だけどさ…。今は躾の必要も無いし、そんなプレイも求めてないし」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。ソルジャーは嫣然と微笑むと。
「チョコレート色の大型犬で分からないかな、生息場所は主にブリッジ。普段はシートに座ってるけど、たまには舵も握ってるよね」
「ま、まさか……」
会長さんの掠れた声にソルジャーがニッコリ頷いて。



「そう、犬の名前はウィリアム・ハーレイ! ぼくの大事な犬だったわけ。…今じゃ夫婦だし、パートナーとか伴侶でいいかな。犬の躾は良かったねえ…」
あの頃は色々とあったから、とソルジャーは記憶を手繰り寄せています。
「なにしろハーレイは犬なんだから、ぼくの命令には絶対服従! どんなプレイを求められても応じられなきゃ躾不足だ。例を挙げるならヌカロクとかさ」
「「「!!!」」」
ソルジャーがキャプテンに何をしたのか、万年十八歳未満お断りでも薄々見当がつきました。大人の時間な話です。日々、あれこれと刺激を求めるソルジャーのために飼われていたのに違いなく…。
「き、君は…。またしてもロクでもないことを…」
退場!!! と会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーは。
「えっ、犬の躾の話だろ? 猫じゃないよね、苦労したとか言ってたし…。座布団ごと移動しか手が無い猫より、人に忠実な犬がいい。きちんと躾ければ断然、猫より犬なんだってば!」
だからハーレイを犬にしてみた、とソルジャーの唇に浮かぶ笑み。
「ハーレイの忠誠心ってヤツはダテじゃない。…たまに飼い犬に手を噛まれるって言うのかなぁ? ちょっと激しくヤられすぎちゃったこともあるけど、それも犬を飼う醍醐味だよね。あ、そうだ」
君もどうだい? と、ソルジャーは会長さんに視線を向けました。
「こっちのハーレイも君の命令なら喜んで何でも聞きそうじゃないか。この際、一度、飼ってみたまえ。君の好みで躾が出来るし、いつか結婚する日のためにさ」
楽しげに煌めくソルジャーの瞳。会長さんは「却下!」と即答だろうと思ったのですが。
「…チョコレート色の大型犬ねえ……」
いいかもしれない、と考え込んでいる会長さん。ちょ、ちょっと…。ソルジャーの話をきちんと聞いていましたか? 何か大きな勘違いってヤツをしていませんか、会長さん…?



よりにもよってキャプテンを犬の代わりにしていたソルジャー。具体的に何をやらかしたのかは分かりませんけど、ソルジャー好みの大人の時間を演出するべく躾をしていたみたいです。そのソルジャーに教頭先生を犬にするよう、唆された会長さんは…。
「ハーレイを犬の代わりに飼う、と…。それはハーレイが狂喜しそうだ」
「そうだろう? ハーレイを飼うのは、ぼくのお勧め」
毎日がグンと楽しくなるよ、とソルジャーが煽れば、会長さんも。
「本人が喜んで犬になるなら、躾もビシバシやれるよね。それにハーレイは噛まないし! いや、噛めないと言うべきか…」
「残念だけれど、その点だけはねえ…。童貞一直線だっけ…。でもさ、時と場合によってはガブリとやるかも!」
ガブリとやられて食べられるのも素敵なんだよ、とソルジャーはニコニコしています。私たちにはサッパリですけど、いい思い出があるのでしょう。会長さんはそれをサラリと流して。
「食べられる趣味は無いんだよ。それくらいなら殺処分! まさか本当に殺すわけにもいかないからねえ、保健所送りってことで出入り禁止で丁度いいかと」
「…なんか穏やかじゃないんだけれど…。でも、ハーレイを飼うんだよね?」
ぜひ飼いたまえ、とソルジャーが更にゴリ押しを始め、会長さんの瞳の奥にも妖しい光が揺れていて。
「…よし、決めた! このマンションはペット禁止になっていないし、君のお勧めの大型犬を試しに飼ってみることにする。…チョコレート色がいいんだよね?」
「そうだよ、断然、チョコレート色! 白だとノルディで忠誠心に欠けていそうだ」
「ああ、なるほど…。じゃあ、飼う前にペットの品定めかな?」
それじゃ早速ペットショップへ、と腰を上げかけた会長さんですが。
「…いけない、開店前だった。この時間だと、ハーレイはまだ教頭室だよ。そんな所でペットの話は出来ないし…。夜になったらハーレイの家へ行こうかな? 一人で行くのは禁止だからねえ、そこの君たちの付き添いで」
「ちょっと待て!」
なんで俺まで、というキース君の絶叫に私たちも乗っかったのに、まるで聞かないのが会長さん。ソルジャーは元から野次馬するつもりですし、計画はトントン拍子に纏まってしまい…。
「ぼくの家でみんなで夕食を食べて、それからだね。チョコレート色の大型犬かぁ…。どんな躾をしようかな? 基本は「おすわり」と「おあずけ」だっけ?」
「「「………」」」
好きにしてくれ、と頭痛を覚える私たちを他所に、会長さんとソルジャーはチョコレート色の大型犬の話題で意気投合して盛り上がっています。会長さんが教頭先生に大人の時間な躾をするとは思えませんけど、いったい何をするのやら…。



教頭先生を飼う計画に巻き込まれてしまい、瞬間移動で連れて行かれた先は会長さんのマンションでした。お馴染みのダイニングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のビーフシチューオムライスの夕食に舌鼓を打ち、さて、その後が問題で。
「デザートも食べたし、そろそろいいかな? ハーレイの家まで行きたいんだけど」
「嫌だと言っても聞かんだろうが!」
キース君が声を荒げれば、会長さんは。
「話が早くて助かるよ。ペット選びの先達としてはブルーがいるけど、付き添いとしては全く役に立たないからねえ…。ぶるぅ、準備は?」
「かみお~ん♪ いつでもオッケー!!!」
青いサイオンがパァッと迸り、瞬間移動で教頭先生宅のリビングへ。食後のコーヒーを飲みつつ新聞を読んでいた教頭先生、バサッと新聞を取り落として。
「ブルー!?」
「こんばんは。悪いね、大勢でお邪魔しちゃって」
「い、いや、それは…。それは全くかまわないのだが、生憎、茶菓子が全く無くて…」
コーヒーでいいか、とキッチンに行こうとした教頭先生に、会長さんが。
「お茶もお菓子も期待してないよ。それはペットの範疇外だし」
「…ペット?」
「うん、ペット。…ベッドじゃないから間違えないように」
ちょっと失礼、と教頭先生に歩み寄った会長さんは棒立ちの身体に腕を廻してギュッと力を。傍目には抱き付いているとしか思えない状況に、教頭先生は真っ赤になって硬直中です。
「…んーと…。よし、固太りしてるかな?」
「「「固太り?」」」
どういう意味だ、とオウム返しに声が揃えば、会長さんが振り向いて。
「ペット選びの基本だよ。犬は固太りしてるのがいいんだ」
「…いぬ?」
怪訝そうな教頭先生にかまわず、会長さんは大きな身体の腕や足などを指で押したり、掴んだりして検分すると。
「よしよし、全身、固太りってね。これなら健康な犬だと言える。…ハーレイ、明日は土曜日なんだけど…。ぼくの犬になる覚悟はあるかい?」
「…何のことだ?」
「さっきから何度も言っているだろ、ぼくはペットを探してるんだ。チョコレート色の大型犬が飼いたいなぁ…って思うんだけどさ、君が条件に合致したわけ。だけど嫌なら他のペットを探すしかないってことなのかなぁ?」
「他のペット…?」
話が全く分かっていない教頭先生がそう応えれば、会長さんの赤い瞳が悪戯っぽい光を湛えて。
「チョコレート色の大型犬はね、実はブルーのお勧めなんだよ。飼っていたことがあるらしい。でもさ、ペットに好かれないんじゃ意味ないし…。君がダメなら白い色をした大型犬かな、ノルディって犬種なんだけど」
「そ、それは…! そんなペットは危険だろう!」
「だったら君を飼わせてくれる? 明日、ぼくの家まで来て欲しいんだけど」
「もちろんだ! 私は犬でいいんだな?」
喜んでお前の犬になろう、と教頭先生の頬が染まっています。
「明日だけと言わず、日曜も、その次も……ずっとペットでかまわないのだが」
「本当かい? 嬉しいな。楽しみにしてるよ、ぼくの犬だね」
首輪を用意しておくよ、と極上の笑顔の会長さんと、感無量の教頭先生と。ペットごっこは明日の朝から始まるそうです。今夜は一旦、会長さんの家に引き揚げてから解散ですけど、教頭先生が犬で、おまけに首輪。明日は一体、どうなるんでしょう…?



翌朝、私たち七人グループは会長さんの家から近いバス停に集合。厳しい冷え込みの中をマンションまで歩き、管理人さんに入口を開けて貰えばフワッと空気が暖かく…。エレベーターで最上階に着くとチャイムを鳴らす前に扉がガチャリと。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ! ブルーも来てるの!」
「「「………」」」
あのソルジャーが早起きするとは、それだけで不安倍増です。リビングに案内されてみれば、案の定、そこには諸悪の根源とも言えるソルジャーがちゃっかり座を占めていて。
「やあ、おはよう。見てよ、ブルーが選んだ首輪さ」
「大型犬用のを買ってみたんだ。ハーレイのサイズはデータベースに入ってるしね」
ほら、と会長さんが掲げて見せる首輪の色は赤でした。シャングリラ号のクルーや会長さんのソルジャーの衣装、教頭先生の船長服などに共通のデザイン、赤い石のイメージで選んだそうで。
「本当はねえ、紅白縞の首輪が欲しかったんだけど…。特注しないと無いらしくって、それだと今日に間に合わないんだ」
「赤い首輪もいいと思うよ。ぼくは色々揃えていたけど……キャプテンの服にはコレが映えるね」
保証するよ、とソルジャーが指差す先には教頭先生の船長服がありました。なんでもソルジャーに「赤い首輪をさせるならコレ!」と言われた会長さんが瞬間移動で取り寄せたらしいです。えっ、その服は何処に在ったかって? 教頭先生の家のクローゼットに何着も…。
「ふふ、ハーレイもまさか服まで用意したとは思わないだろうねえ?」
「そりゃそうさ。犬っぽく見えるセーターとかを朝から物色してただろう?」
健気だよねえ、と語るソルジャー。朝早くから二人揃って覗き見していた模様です。教頭先生がどんな服で来るのかと思っていれば、やがてチャイムがピンポーン♪ と。飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を連れて戻って来て…。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
「すまん、早く来たつもりだったのだが…」
「気にしない、気にしない。ぼくたちが早めに揃っただけさ」
どうぞ入って、と会長さんが促し、教頭先生はコートを脱いでリビングへ。うーん…。犬っぽい服…ですか…? ただの焦茶色のセーターとズボン…。あっ、もしかしてチョコレート色のつもりでしょうか?
「犬だと言うから動きやすい服にしてみたが…。ついでに色はチョコレートだ」
「それは殊勝な心がけだね。だけど先達のブルーの話じゃ、この色の首輪にはキャプテンの服が似合うんだってさ。はい、着替えて」
船長服を差し出す会長さん。受け取った教頭先生が着替えに行こうとすると、途端に会長さんのストップが。
「ちょっと待った! 何処の世界に更衣室に行く犬がいるんだい? 着替えは、此処で」
「し、しかし…」
「セーターとズボンを脱ぐだけだろ? 早くして」
下着まで脱ぐ必要は無し、と会長さんが鋭く命じ、教頭先生は仕方なくセーターをゴソゴソと…。あれっ、この寒いのに肌着は一枚も無しですか?
「ふうん、素肌にセーターねえ…。何を考えていたか大体分かるよ、その分じゃ下も同じだろ?」
「…お、お前の犬だと聞いてだな…」
「スケベな犬は要らないんだよ!」
そっちはブルーの御用達、と会長さんの眉が吊り上がり、教頭先生は着替えを続行。ズボンの下はやはり紅白縞のトランクスが一枚だけでした。船長服の上着を先に着てからズボンを履き替え始めましたし、いささか……いえ、かなり間抜けなお姿を拝むことになってしまいましたよ~!



船長服に着替え、マントも着けた教頭先生。着替えが終わると会長さんが赤い首輪を首元にキッチリ嵌めてみて。
「いいねえ、確かに映えるよ、これ」
「だから何度も言ってただろう? ハーレイの服には赤が一番!」
ね? とソルジャーは自画自賛。会長さんもその件に文句は無いようです。満足そうに教頭先生を頭のてっぺんから足のつま先まで見回すと…。
「さてと、早速、始めようか。…おすわり!」
「あ、ああ…」
教頭先生は手近なソファに腰を下ろそうとしたのですけど、そこでピシッと鋭い音が。
「床!」
そこの床へ、と促す会長さんの手には、いつの間にか鞭がありました。
「愛玩犬ならソファもアリかもしれないけどねえ、大型犬だとソファが埋まるし…。そうでなくても躾の基本はおすわりなんだよ、床に座る!」
「う、うむ…」
「正座じゃないっ!」
ピッシーン! と鞭が床を叩いて、会長さんは厳しい顔で。
「もちろん体育座りでもなく、胡坐をかくのも論外だから! 犬のおすわりっ!」
「「「………」」」
それはスゴイ、と誰もがビックリ。けれど言い出した張本人は鞭を振り振り、教頭先生に犬のポーズでおすわりを仕込み、得意げに。
「チョコレート色の大型犬かぁ…。なかなか絵になる光景だよ、うん。それじゃ、ぼくたちはお茶にするから。ぶるぅ、ハーレイにはミルクをね」
「かみお~ん♪ お皿にたっぷりだね!」
はい、と良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大型犬用と思しき餌入れの器を教頭先生の前の床に置き、紙パックから牛乳をドボドボと…。絶句している教頭先生を他所に、私たちには焼き立てのジンジャーパウンドケーキと飲み物などが。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
フォークを手にした私たちとは真逆に、教頭先生にはミルクの入った器だけ。会長さんが紅茶のカップを傾けながら、優しい声音で。
「ハーレイ、おあずけはもういいよ? それともミルクは嫌いだった?」
コーヒーの方が良かったかなぁ、と親切そうなことを言いつつ、テーブルに立てかけた鞭をちらつかせて。
「こぼさないように飲むんだよ? あ、犬は器を持ち上げたりはしないから! 手足を使うってコマンドは無いから、ちゃんと犬らしく飲んでよね」
「…そ、それは無理だと思うのだが…」
絶対に無理だ、と教頭先生が口にした途端、ヒュンと閃く鞭の音。
「無駄吠え禁止! うるさく吠える犬ってヤツは御近所から文句が出るらしいね。…それで困って保健所に持ち込む飼い主もいると聞いたよ、保健所送りを希望なわけ?」
「い、いや、それは…!」
「じゃあ、無駄吠えはしないこと! ミルクが要らないなら残していいけど、食事もそういう食器だからね」
ついでにドッグフードだから、と告げられた時の教頭先生の表情ときたら、憐れでは済まないものでした。会長さんの犬という言葉に何を期待なさったのか知りませんけど、どうやら、とことん犬扱い。お皿でミルクにドッグフードって、犬座りどころの騒ぎでは…。



ミルクとドッグフードの食事は、チョコレート色の大型犬には向いてなかったみたいです。私たちの昼食は床に座って無駄吠え禁止な教頭先生を横目で見ながら、ダイニングの大きなテーブルでワタリガニのトマトクリームパスタ。犬でもパスタは食べられそうな気がするのですが…。
「ダメダメ、今は躾の真っ最中だよ? おやつをあげるには百年早い」
そもそも犬のおやつとは…、と会長さんは指を一本立てて。
「子犬ならともかく、成犬だしね。上手に芸が出来た時とか、そういう時におやつをあげなきゃ」
「芸ってなんだい? ぼくのハーレイなら色々と思い付くんだけれど…」
本物の犬には馴染みが無くて、とソルジャーが尋ねれば、会長さんがパチンとウインク。
「そりゃもう、色々あるんだけどねえ…。やっぱり基本は「取ってこい」かな、投げたボールとかを咥えて戻る!」
「うーん…。同じボールを咥えるんなら、ぼくとしては咥えて欲しいかな…。もちろん、ぼくのを」
「「「???」」」
ソルジャーもキャプテンに「取ってこい」を仕込んでいたのでしょうか? 青の間でボールを投げていたのか、はたまた公園で投げたとか…? あれ? 会長さん…?
「その先、言ったらブチ殺すからね!」
レッドカードが見えないのか、と会長さんが激怒しています。ついでに床に犬のポーズで座ったままの教頭先生が耳まで真っ赤に。…ということは、今のソルジャーの発言は…。
「君たちは何も追究しなくていいんだよ! 食事が済んだらハーレイに芸を教えようかと思ってるから、そっちのやり方を考えたまえ! フリスビー犬に仕込むんだから!」
「「「フリスビー犬!?」」」
「そうさ、投げたらジャンプして口でパクッと受け止めるヤツ!」
犬の芸とくればフリスビーだ、と会長さんが主張する横からソルジャーが。
「口で受け止めるのは基本の中の基本だろう? 飲むかどうかは置いておいてさ」
「「「えぇっ!?」」」
フリスビーなんて、どうやって飲むと? 鹿せんべいサイズなら分からないでもないですけれど、相手はフリスビーですよ? 喉に詰まるとか、そういう以前に口から殆どはみ出してますよ?
「はみ出さないと思うけど? ぼくがハーレイのを、ってことになったら、はみ出しちゃうのが当然だけどね」
意味不明な台詞を紡ぎ続けているソルジャーに、会長さんは。
「死にたいわけ!? フリスビーと言ったらフリスビーなんだよ、君の意見は訊いてないっ!」
余計なことばかり喋るんだったら叩き出す、とか言ってますけど、それについては教頭先生のミルクやドッグフードと同じ。どちらも相手に歯が立たないのが共通点というヤツです。でも、ソルジャーは何の話がしたいんでしょうね、ボールがどうとか、はみ出すとか…?



結局、教頭先生はミルクもドッグフードも食べられないまま、午後の躾の時間が開始。会長さんが鞭を手にして、空いた方の手にはフリスビーが。練習場所はリビングです。
「ハーレイ、ぼくがこれを投げたら口で上手にパクッとね。キャッチ出来たら、おやつはコレ」
美味しいよ、と会長さんが取り出した物は骨の形のガムでした。ペットショップとかで扱っている犬のおやつの定番です。
「噛めば噛むほど味が出るらしいし、頑張って」
「………。この体勢からジャンプをしろと?」
相当に無理があるのだが、と教頭先生が弱気になるのも自然な成り行き。犬は四足歩行ですから、教頭先生も四つん這いなのです。
「無駄吠え禁止と注意したよね? それに四つん這いでない犬なんてさ、はしゃいで後足で立ち上がる時か、でなけりゃ芸の最中だけだよ」
会長さんが鼻を鳴らせば、ソルジャーも。
「抵抗あるのは分かるけどねえ…。でもさ、ぼくが四つん這いになってる時にはハーレイだってそれに近いよ? 後ろからのしかかって貫くわけだし、犬の交尾と似たようなもので」
「退場!!!」
さっさと出て行け、と会長さんは大爆発ですが、ソルジャーが退場する筈も無く…。
「まあまあ、君もキレてばかりじゃお肌に悪いよ? フリスビーだって仕込まなきゃだし、落ち着いてハーレイの躾をしないと」
「誰のせいだと思ってるのさ! あれっ、ハーレイ、どうかした?」
「う、うむ…。実は、そのぅ……」
教頭先生が小さな声でボソボソと囁き、会長さんはニッコリと。
「ああ、トイレ! ぶるぅ、トイレに行きたいそうだ」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててね~!」
トコトコと駆け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頭上に担いで戻った物体。それはどう見ても大型犬用のトイレトレーというヤツでした。中にトイレ用シートが敷かれています。リビングの隅にトレーが置かれて、教頭先生を促す会長さん。
「お待たせ、ハーレイ。あそこに座ってすればいいから」
「す、座る…。わ、私は普通のトイレにだな…!」
「無駄吠え禁止!」
ピシリと床を打つ会長さんの鞭。
「どうしてもトイレに行きたいのなら、犬になるのは諦めるんだね。…選びたまえ。ぼくの犬として勤め上げるか、トイレに走って犬の資格を失うか。簡単なことだよ、二つに一つさ」
「……に、二択……」
脂汗を流す教頭先生に、ソルジャーが艶やかな笑顔を向けて。
「犬の世界は素晴らしいよ? ぼくのハーレイの場合、もう本当に色々と…。犬の真価は夜に問われる。選ぶまでも無いことだよねえ?」
「……し、真価……」
教頭先生はトイレトレーと犬の真価とやらを秤にかけておられましたが、最終的にはリビングから一番近いトイレに突撃してゆかれました。切羽詰まっておられたらしくて、四つん這いのままで猛スピードで…。バタン! とトイレのドアが閉まって、会長さんが。
「はい、失格。…さてと、あの犬、どうするべきかな?」
「また飼えば? 今日は首輪を回収しといて、気が向いた時に」
その時こそ本物の犬の躾が出来るといいね、と期待に満ちた瞳のソルジャーに会長さんが「絶対に無い!」と返しています。えーっと、本物の犬の躾って何でしょう? 教頭先生にリベンジのチャンスがあるのかどうか、躾とは何か。犬の世界は深すぎますけど、いつか答えが知りたいですよね~!




       ペットと躾と・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 ハレブル転生ネタを始めましたし、追悼も何もあったものではないのですが…。
 節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第1月曜」 7月7日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 7月28日には 『ハレブル別館』 に転生ネタを1話、UPする予定でございます。
 「ここのブルーは青い地球に生まれ変わったんだよね」と思って頂ければ幸いです。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、6月はソルジャー夫妻とスッポンタケ狩りにお出掛けのようで…。
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