シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生のブラウロニア誓紙騒ぎでスタートを切った新学期。会長さんが要求した莫大な御布施と迷惑料と慰謝料とやらは、期限内に口座に振り込まれたとのことでした。差し押さえ部隊として待機していた私たちには少し残念なような…。
「やってみたかったよねえ、差し押さえ」
せっかく札まで用意したのに、とジョミー君が口を尖らせています。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のテーブルの上には真っ赤な札が。教頭先生が支払わなかった場合に使う予定だった強制執行とやらの必須アイテムだそうで、札にデカデカと書かれているのは『御布施滞納処分差押財産』の文字と会長さんの名前。
「支払うだろうとは思っていたけど、ぼくも差し押さえの方が良かったな」
そっちの方が楽しいし、と会長さんもつまらなそうです。何を差し押さえるのかをリストアップまでしていただけに、空振りしたのが悔しいのでしょう。まあ、差し押さえ部隊が突入していたら、教頭先生は全財産を差し出してでも貼られた札を剥がして貰っただろうと思いますけど。
「…あんたのリストは普通じゃないしな。差し押さえるのは金目の物が基本だと聞くぞ」
俺も現場を見たわけじゃないが、とキース君。たまに墓地の運営なんかに失敗したお寺が差し押さえを食らうらしいです。車は確実に対象になり、掛軸や仏具、仏像なんかも差し押さえ。お金になりそうだと判断されたら襖までもが。
「寺の襖絵は名の知れた画家が手掛けることも多くてな。だから襖も差し押さえるわけだが、ブルーが作ったリストときたら…。何処に換金価値があるんだ」
「あるわけないだろ、端から期待してないし! それにハーレイがキャプテンとして受け取る給料は多いと言ったよ? そっちからなら返済可能だ。ぼくとの結婚生活に備えて貯めてるんだし、先払いと思えば安いものだと思うけどねえ?」
クスクスクス…と笑う会長さんが差し押さえ用に作ったリストの中身は爆笑モノ。差し押さえ部隊が最初に向かうのは二階の寝室の予定でした。教頭先生が会長さんへの想いを押さえきれずに集めまくった数々の品に差し押さえの赤札をベタベタと…。
「やりたかったなぁ、ハーレイの目の前で抱き枕とかアルバムとかを差し押さえ! ぼくの写真が入ったヤツは漏れなく差し押さえの対象だしね」
「あんたの写真を取り返すためなら教頭先生も必死だろうしな…。下手に車なんかを差し押さえるよりも効果的だというのは認める」
あくまでも教頭先生限定だが…、とキース君は苦笑い。幻に終わった差し押さえ部隊は今日ものんびり、まったりです。でも…。
「明日が健康診断ってことは、もうすぐ水泳大会だよね?」
ジョミー君が口にした単語にピキンと凍りつく私たち。二学期は何かと行事が多いのですけど、最初に来るのが水泳大会。それに先だって健康診断が行われ、水泳大会の日が正式に発表されるという流れ。
「…しまった、そっちでもハーレイを脅迫するべきだった」
ぼくとしたことが失敗した、と天井を仰ぐ会長さん。
「すっかり忘れてしまっていたよ。…去年みたいな展開になったら目も当てられない。セーラー服はキツかったんだ」
あの格好は二度と御免だ、と会長さんは嘆いています。去年の水泳大会に女子の部で参加した会長さんですが、女子の種目は着衣水泳。それも学校側の指定で白いセーラー服だったという…。
「でもさ、男子も嫌だと言ってなかった?」
ジョミー君が突っ込み、サム君が。
「そうそう、蛇の目傘を持って泳がされたし! アンカーは足で扇子を広げろっていう無茶ぶりだったし!」
「…どっちに転んでも試練に不本意とフィシスの占いには出ていたけどね…」
今年は何が出てくるんだか…、と会長さんは不安そうです。気になるのならサイオンで探ればいいのでは、と私たちは提案したのですけど。
「それをやったら面白くない、って毎年言っているだろう? 正攻法で聞き出してなんぼ! せっかくのチャンスだったのに…。慰謝料ついでに喋ってもらう、と脅せば一発だったのにさ」
脅しの何処が正攻法だ、と誰もが思いつつ、口には出しませんでした。会長さんに二度目のチャンスは無いでしょう。今年は女子の部か、男子の部なのか。どちらにしても「出場しない」という選択肢だけは会長さんの頭の中に入ってはいないようですねえ…。
健康診断が行われる日の朝、1年A組の教室には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。全員が体操服に着替えている中、会長さんは例によって水色の検査服です。でもって「そるじゃぁ・ぶるぅ」は保健室の奥の特別室でセクハラと称されるバスタイム。まりぃ先生は絶好調で、バスタイムの次は会長さんを特別室へと引っ張り込んで…。
「会長、やっぱり帰ってきませんでしたね」
シロエ君が呟き、キース君が。
「いつものパターンどおりだな。終礼に出てきて女子か男子かを決めるんだろう、ぶるぅの分も」
「どっちを選ぶか賭けませんか? ぼくは男子だと思うんですけど」
「ブルーがか? それとも、ぶるぅか?」
「会長に決まっているじゃないですか。長年女子で出てましたから、今年はきっと男子ですよ」
自信満々のシロエ君。そういえば会長さんは私たちが普通の1年生だった年を除けば女子での参加ばかりです。そろそろ男子で出たくなるかも、と賭けが始まりかけたのですが。
「待て。…よく考えたら賭けるだけ損だ」
キース君が待ったを掛けてきました。
「ブルーは水泳大会の種目絡みではサイオンを封印しているようだが、俺たちに対しても同じだと思うか? 違っていたら賭けていたのは即バレだぞ」
「あー…。それはそうかもしれないね」
充分あり得る、とジョミー君が頷き、キース君は更に続けて。
「バレていた場合、賭け金はまず間違いなく、巻き上げられて終わりだろう。ついでに娯楽の提供費として余分に毟られる危険性が高い。…この間の教頭先生にしたって慰謝料と迷惑料を別にカウントされていたんだぞ」
「どっちも似たような項目ですよね、慰謝料と迷惑料…。分かりました、賭けはやめときましょう」
損をしたくはないですし、とシロエ君が作りかけの表を破り捨て、賭けの話は無かったことに。…案の定、終礼の直前に戻って来た会長さんは破り捨てられた表をゴミ箱から拾い上げてきて。
「…賭けてくれればよかったのに。ぼくは今年こそ男子の部でいく」
「本当か? まだ分からんぞ」
グレイブ先生がどう出るか、とキース君が言った所でカツカツと高い靴音が。
「諸君、静粛に!」
いつものことながら嘆かわしい、と手を打ち合わせるグレイブ先生。私たちは慌てて自分の席へと戻り、水泳大会の日取りが発表されました。予定通りに来週です。
「さて、此処で話があるのだが…。ぶるぅはどうした?」
「もう帰りました。用件はぼくが伝えておきます」
会長さんが声を上げると、グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「そうか、ぶるぅはいないのか。今年も男子で参加させるよう、上からの指示が来ているのだが」
「え? じゃあ、ぼくは…?」
「例年通りに女子の部だ。特例の男子用水着の着用許可も既に出ている。今回は選択の余地は無い。いいかね、これは決定事項なのだよ」
「で、でも…!」
反論しようとした会長さんに、グレイブ先生は出席簿に挟まれた紙を見せながら。
「虚弱体質の上、本日の健康診断においても時間中に倒れ、保健室にて静養させたと書いてある。この弱さでは男子の部は無理だ。ぶるぅに任せておきたまえ」
分かったな、と強く念押しをしてグレイブ先生は終礼を終え、教室を去ってゆきました。クラスメイトたちは会長さんが女子の部という衝撃的な話題に大興奮ですが、会長さんは大ショック。今年こそ男子と意気込んでいたのに、選ぶ自由も無かったのですから。それだけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に引き揚げた後も…。
「ぶるぅはいいよね、元気一杯で…」
「かみお~ん♪ 子供は風の子、元気な子だもん! 夏バテだってしないもん!」
まだまだ暑いしアイスが最高、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスケーキを切り分けています。アイスとクレープを何層も重ね、仕上げは滑らかなクリームで。早い話がキャラメルナッツのアイスクリームのミルクレープですけど、これが絶品。水泳大会の話題も忘れてしまって味わっていると。
「…なんで男子になれないのかな…」
何処から見ても男なのに、と会長さんが深い溜息。
「保健室の話だって、まりぃ先生と特別室のベッドに行ってたからで…。まりぃ先生、どうして考慮してくれないんだろう?」
「あんたが倒れたってことにしておかないと自分がヤバイからだろうが」
分かり切ったことを、とキース君。
「ヒルマン先生を代理に立てておいて、あんたと奥で遊んでました……なんて素直に報告すると思うか? いくら理事長の親戚筋でもヤバイ時にはヤバイんだ。男子で出場したかったんなら昼寝は控えるべきだったな」
「……今、猛烈に後悔しているよ。報告書の内容なんて考えたことも無かったし…。そうか、男らしさをアピールするには保健室でサボリは逆効果だったか」
「まりぃ先生にサイオニック・ドリームを見させておいて、あんたはベッドで昼寝しているだけなんだろうが。まりぃ先生には男らしさをアピール出来ても、ヒルマン先生は虚弱体質と勘違いしておいでだと思うぞ」
「…身から出た錆って、こういうヤツを言うのかな? まりぃ先生にはサービスしたのに…」
大人の時間なサイオニック・ドリームの大盤振舞いをしてきたという会長さんはガックリと肩を落としていました。まりぃ先生は幸せ一杯、お色気たっぷり、お肌ツヤツヤらしいのですけど。
「うーん、時間さえ遡れたらなぁ…。保健室に行く直前まで時計の針を戻せないかな?」
「かみお~ん♪ 何時に戻すの?」
簡単だよ、と壁の時計を下ろそうとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の可愛い反応に私たちは拍手喝采。やはり男子の部には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出るべきです。時計の針すら戻す勢いで飛び跳ねてくれるパワーがあれば1年A組の勝利は間違いなしで、女子の部の方も会長さんのサイオンと機転があれば安泰で…。
「あんたは女子の部で頑張るんだな。女子に感謝されて悪い気持ちはしないんだろう?」
キース君の鋭い指摘に、会長さんは「そうだったね」と気分を切り替えたみたいです。
「女の子たちの熱い視線を間近で浴びるのも悪くない。…うん、男子にエールを送られるよりも、女子の黄色い悲鳴がいいよね」
目指せ、女子の部のスターの座! と会長さんは開き直りました。今年の水泳大会、どんな種目が来るんでしょう? 女子が何かも気になりますけど、虚弱体質だと出られないという男子の種目が心配かも…。
謎の種目な水泳大会。体力勝負らしい男子の部がどんな内容になるのか見当もつきませんでした。過去の水泳大会で一番ハードだったのは恐らく寒中水泳でしょうが、あの時のような凍結プールを作り出すにはそれなりの準備が必要です。プールを全面的に閉鎖し、時間をかけて凍らせないとダメなのですから。
「…今日もプールは閉鎖してないね」
普通だよ、とジョミー君が言っているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。私たちは毎朝と終礼後の掲示板チェックを欠かしていません。プールに何らかの動きがあれば掲示板にお知らせが出るのは確実です。けれどプールも水泳部の部活も普段と全く変わりは無いまま。
「水泳部のヤツらにも訊いてみたんだが…」
特に変化は無いようだぞ、とキース君。
「ただ、水泳大会の前日だけは部活が休みになると聞いたな。英気を養っておくように、との学校側の意向らしいが、運動ってヤツは日々の鍛錬が大切なんだ。水泳大会に備えるんなら、その前日も普段どおりに泳いでおくのがベストじゃないか?」
「そうですね…」
おかしいですよ、とシロエ君が頷いています。
「ぼくたちだって大会の前は怪我をしないよう注意しますけど、練習は普通にやりますしね。完全に休んでしまうと身体の調子が狂いますってば」
「やっぱり妙だと思うよな? また何か仕掛けてくるんじゃないのか」
怪しいぞ、と体育館の方向を眺めるキース君に、会長さんが。
「まあ、何か仕掛けが出て来たとしても、酷い目に遭うのは男子だしね。ぼくは女子だから、のんびりやらせて貰うまでさ」
「くそっ、完全に開き直りやがって…。女子の部のスターに男子は関係無いってか?」
「うん。せいぜい頑張って学園一位を狙ってよ。ぶるぅがいるから大丈夫だとは思うけれども」
「かみお~ん♪ ぼく、頑張る!」
男の子だもん、と拳を突き上げている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は種目なんかは気にしていません。水泳大会に出るということ自体が楽しみでたまらないのです。そういえば去年もアンカーになって足で扇子を広げる技を嬉々として披露してましたっけ…。
「あーあ、ぶるぅは気楽でいいよな」
サム君が溜息をつけば、ジョミー君が。
「ぶるぅが巻き返してくれるってヤツならいいんだけどね…。いくらぶるぅの力があっても人魚とかは御免蒙りたいな」
「「「あー…」」」
そういうのもあった、と脱力している男子たち。教頭先生の人魚ショーが人気だった一昨年の男子の種目は人魚泳法。銀色の人魚の尻尾を着けて泳がねばならず、ジョミー君たちは人魚泳法をマスターしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンで泳ぎ方を伝授して貰ったのでした。
「ぶるぅか…。今、ぶるぅが持っている技は何があった?」
人魚は二度と出ないとして、とキース君が首を捻れば、会長さんがニッコリ笑って。
「プールで出番のあるヤツだよね? 今年の旬はシンクロだよ」
「「「……シンクロ……」」」
愕然とする男の子たちに、会長さんは楽しそうにクスクス笑いながら。
「校外学習の水族館でハーレイと披露してただろう? イルカショーに花を添えるためにさ。お揃いの水着まで誂えたんだし、今、熱いのはアレじゃないかな」
「…し、しかし! シンクロはそう簡単に身につくものでは…」
ぶっつけ本番では絶対無理だ、とキース君が切り返しましたが、会長さんは意にも介さずに。
「ぶっつけ本番、大いに結構! ウチの学校がそんな事を考慮するとでも? なるほど、シンクロも有り得るかもねえ…。女子の部にされてしまったことを感謝しておこう。…で、どうする?」
「…何をだ? 俺たちに逃げ場は無いと思うが」
「いや、準備とかはしなくていいのかなぁ…って。シンクロだったら、より美しくキメたいよね。ぼくのオススメは此処なんだけど」
今ならキャンペーン期間中で割引があるよ、と会長さんが取り出したのはメンズエステのチラシでした。
「足脱毛とか、必要ない? 君たちは目立つってわけじゃないけど、同じやるならツルツルの方が…」
「なんでそうなる!」
お断りだ、とキース君が叫び、シロエ君が制服のズボンの裾を捲り上げて。
「…えっと…。特に気にしてなかったですけど、これ、目立ちますか?」
「大丈夫じゃねえの?」
分からねえよ、とサム君が答えたとおり、シロエ君の体毛は「言われてみれば分かるレベル」に過ぎません。同じく黒髪のキース君でもそこは同じで、脱毛なんて要らないんじゃあ…?
「うーん、やっぱり必要ないか…」
ちょっとは期待したんだけれど、と残念そうな会長さん。いつぞやの教頭先生じゃないんですから、脱毛まではしなくても…、と思った所でキース君が会長さんの手からチラシを奪い取ると。
「分かった、あんたの狙いはコレだな? 御紹介キャンペーン中と書いてある。客を連れて行ったら紹介料が入る仕組みか!」
「バレちゃったか。…お小遣い稼ぎに良さそうだろ?」
「だからといって俺たちを売るな!」
売られてたまるか、と食ってかかるキース君に他の男子も続きました。流石のサム君も脱毛サロンに売られるのは御免みたいです。はてさて、男子の水泳大会、いったい何が出て来ますやら…。
水泳大会の前日、キース君から聞いていた情報どおりにプールは閉鎖されました。体育館は開いてますけど、プールのあるフロアは立ち入り禁止。体育の授業もプールを使わない内容に変わり、生徒たちは興味津々です。
「何年か前にさ、似たようなことがあったらしいぜ。…噂だけど」
「プールが凍った? なんか凄すぎ…」
「生徒会長が女子の部にされたのはその時が最初って話も聞いたな」
凍結プールは私たちが特別生になった年のことですから、体験した生徒はもう学校には残っていません。とはいえ、縦の繋がりが強い体育系のクラブなどでは先輩が指導に来ることもあり、過去の水泳大会の噂も自然と伝わっていくようで…。
「今年も生徒会長は強制的に女子の部だしなあ、プールが閉鎖ってことは何か仕掛けがありそうだぜ」
「一日では凍らないとは思うけどな…。プールにサメってのも定番だっけか?」
「サメかあ…。今頃、水族館から輸送中とか?」
海水に棲むサメに合わせてプールの水質を調整中、という説がまことしやかに流れています。一日だけの閉鎖ですから水質調整はありそうでした。プールは真水ですもんねえ。
「…ふうん? 水質調整中だって?」
それは無いとは言い切れないね、と会長さんが大きく伸びをしたのは、もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。水泳大会を明日に控えて部活の時間も短縮になり、柔道部三人組も交えてワイワイおやつを食べている真っ最中です。身体を冷やさないようにとアイス禁止が辛いですけど。
「えっ、アイス禁止は当然だろう? 体調は整えておかなくちゃ」
特に男子は、とビシッと指差す会長さん。
「虚弱体質のぼくが外されちゃうような種目なんだよ? シンクロにせよ、サメに追いかけられて逃げ回るにせよ、体力勝負だと思うんだ。アイスくらいは我慢したまえ。ちゃんとクーラーも効いてるんだし」
「シンクロよりかはサメの方がマシだな」
俺はそっちを希望する、とキース君。
「サメの牙は削ってあるんだし、噛まれたとしても大したことは…。それに比べたらシンクロは心に傷が残りそうだ」
「そうかな? ハーレイは残ってなさそうだけど?」
「あんたが仕掛け人だからだろう! 教頭先生は心底惚れていらっしゃるから、あんたの悪戯も許せるんだ。…あんな酷い目に遭わされてもな」
キース君はそこで言葉を切りましたけど、その後に続くであろう文句は容易に想像出来ました。シンクロ用の悪趣味な水着とか、水着を着るために脱毛サロンに連行したとか。あまつさえ脱毛サロンで、水着とは全く関係無いのにツーフィンガーなんかにされちゃって…。
「ハーレイの場合、惚れた相手にかまってもらえるだけで嬉しいというのが泣けるよねえ…。でもさ、水泳大会、シンクロのリスクもゼロではないよ? 水質調整しててもね」
「「「えっ?」」」
何故にシンクロで水質調整? そんなことして何になると? 首を傾げた私たちに、会長さんは。
「水質調整で気が付いたんだよ。もしもプールが塩分濃い目になってたら? 塩分が濃くなると浮いちゃうことは知ってるだろう」
「ああ、そんな湖がありましたね」
楽しいんですよ、とマツカ君。
「小さな頃に行きましたけど、泳げない子供でも浮くんです。父なんか浮かんだまま本を読んでましたっけ。…でも、あんまり長い時間は入ってられないそうですよ」
マツカ君が話す湖のことは知っていました。魚も棲めない塩辛い水で、カナヅチな人でも楽々プカプカ。でも、長時間は駄目だというのは初耳です。…なんで?
「えっと…。塩分が海水の十倍ですしね、身体に悪いらしいんです。長くても十五分くらいで上がってシャワーで洗い流しておいて、まだ入りたかったら一休みしてから。シャワーを浴びずにそのままでいると全身から塩を吹くと聞きましたよ」
「「「……塩……」」」
それは凄い、と驚いていると、会長さんがニヤリと笑って。
「もしもプールがそんな水質になってたら? シンクロするのも一苦労だろうね、潜れないんだし」
「お、おい…。そんな調整もアリなのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「凍結プールを作り出すような学校だよ? 沈まないプールが出ても不思議じゃないと思うけど? でもってそこで泳ぐとなったら大変かもねえ…」
浮力はあっても水の辛さは半端ではない、と真顔で続ける会長さん。おまけに塩分が濃いわけですから、小さな傷でもあろうものなら、文字通り「傷口に塩を塗る」のと同じだそうで。
「「「…………」」」
「悲惨な顔をしなくってもさ、そうと決まったわけじゃなし! 明日になったら普通の海水でサメとかイルカがいるだけかもね」
でもまあ覚悟はしておくように、とウインクされて私たちは泣きそうな気分でした。会長さんは水泳大会については一切サイオンを使っていないと言ってますけど、本当でしょうか? 明日になったら塩分濃度が海水の十倍なプールが出るんじゃないでしょうね…。
キース君たちはシンクロに怯え、スウェナちゃんと私は塩辛い水の恐怖に震えてお肌のチェック。小さな傷でも防水の絆創膏を貼っておかねばなりません。間違っても新しい傷なんか作らないよう用心しながら登校した翌朝、1年A組の教室には既に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ています。
「かみお~ん♪ 水泳大会、凄く楽しみ!」
「やあ、おはよう。ぼくもしっかり頑張るからね」
学園一位を頂かなくちゃ、とニッコリ微笑む会長さんにクラスメイトは大歓声。シンクロや塩分濃い目のプールについては会長さんから「憶測でものを言わないように」と釘を刺されているので話せません。思念波でコソコソやり取りしたものの、裏付けは誰も取れていないそうで…。
『今朝もプールは立ち入り禁止だ。何がどうなっているのか分からん』
水泳大会が始まるまで謎は解けないだろう、というキース君の思念に私たちは溜息をつくばかり。そこへグレイブ先生が現れて…。
「諸君、おはよう。今日はお待ちかねの水泳大会だ。学園一位になる必要は無い、と言いたい所だが、諸君には言うだけ無駄だったな」
「「「はーい!!」」」
元気よく返事したクラスメイトの中から男子の一人が手を挙げて。
「質問でーす! 学園一位になると何かが貰えるんですか?」
「フッ…。その件については諸君も噂を知っているだろう。貰える年もあり、そういう形ではない年もある。今年がどちらかはお楽しみだ。逃したくなければ頑張りたまえ」
グレイブ先生は余裕綽々。ということは、私たちが学園一位になってもグレイブ先生だけがババを引くわけではなさそうです。これは遠慮なく勝ちに行けそうですけど、その前に競技種目の方は? それを質問した生徒に対するグレイブ先生の答えはこうでした。
「余計な心配をする暇があれば、競技に全力を尽くすのだな。学園一位を他のクラスに掻っ攫われてもいいのであれば好きにすればいいが、そうでないなら努力あるのみだ。いいか、私は一位が好きだ!」
すっかりお馴染みになった熱い演説を滔々と聞かされ、朝のホームルームは終了しました。他のクラスがゾロゾロと廊下を歩いています。私たちも水着やタオルを詰め込んだバッグを抱えて一斉に飛び出し、体育館の方向へ。目指すプールに何が出ようと、栄えある学園一位の座だけは1年A組がゲットですよ~!