シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ついに開催となった水泳大会。シャングリラ学園自慢の体育館は更衣室の数も豊富です。全学年が一度に着替えても部屋もロッカーも余裕でした。スウェナちゃんと私はお肌に傷が無いか互いにチェックし、問題なしと判断してからクラスメイトたちと廊下へ出て行ったのですが…。
「やあ。ぼくも女子だし、よろしくね」
ニッコリ笑った会長さんにクラス中の女子の黄色い悲鳴が炸裂しました。会長さんは特例で男子用水着を着用ですけど、なにしろ普段は授業に出て来ませんから、水着姿は超のつくレアもの。携帯を教室に置いて来てしまった、と悔しそうな声も聞こえてきます。
「えっ、写真? 大丈夫だよ、広報部が何枚か撮ると思うし、欲しいんだったら希望者には実費で分けてあげるように言っておくけど?」
流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。普通は広報部から写真を入手なんて出来ないんですが、生徒会長の権限を振りかざすつもりなのでしょう。クラスメイトは大感激で「買いに行きます!」と瞳がキラキラ。あーあ、去年まではここまで派手じゃなかったのに…。
「御要望にお応えするのは基本だろ? ましてや女の子の希望とあれば…ね」
聞かなくっちゃ、と会長さんはパチンとウインク。またまた上がるキャーッという叫びに軽く手を振り、女子を従えてプールのあるフロアへ。既に閉鎖は解かれたらしく、扉が大きく開け放たれています。去年は入口に受付の机があったのですけど、今年は何も無いようですね。
「うん、無いね」
会長さんがスウェナちゃんと私、それにアルトちゃんとrちゃんに視線を向けました。
「どうやら今年は女子も男子も妙なアイテムは無いようだ。…だとすると純粋に競技内容で勝負かな? まあ、シンクロだったら特に道具は要らないけれど」
「「「シンクロ?」」」
即座に反応したクラスメイトたちに、会長さんは。
「噂だよ、噂。…シンクロって線もあるかもね、っていう…。あれならノーズクリップがあれば問題無いし、男子シンクロならそれも要らないし」
「えぇっ、男子シンクロなんですか?」
「きゃーっ、素敵かも!」
あれって憧れだったんですぅ、という声は一つや二つではありませんでした。あちこちの高校の学園祭なんかで人気ですから、我が校にも! と思う生徒がいても不思議じゃないのですけれど…。
「この声をジョミーたちに聞かせてあげたいねえ? きっと感激すると思うよ」
「「………」」
無責任な会長さんの声にスウェナちゃんと私は無言でしたが、アルトちゃんとrちゃんは他の女子たちと一緒になってキャーキャー叫んではしゃいでいます。キース君がいい、とか、ジョミー君もカッコイイかも、とか、当人たちが聞いたら嘆くこと必至な言葉が次々と…。
「…シッ、そのくらいにしておきたまえ。怖いのが来た」
会長さんが注意したとおり、プールの方から開け放たれた扉をくぐってやって来たのはゼル先生。
「こらぁ、いつまで騒いでおるかぁ! 通行の迷惑になっておるわい、早く入らんか!」
「すみません、ぼくの不注意です」
「またお前かいっ! ったく、女子にしておいてもロクな結果にならんのう…。特例なんぞ認めん方が良かったわい。女子用水着じゃったら大人しく隅っこにおったじゃろうが」
「「「女子用水着!?」」」
ゼル先生の爆弾発言に女子はまたまた大騒ぎ。ゼル先生はニィッと唇の端を吊り上げて。
「実はな、ブルーが本当に女子用水着を着ておった年があるのじゃぞ? 残念ながら写真は無いがな、これは本当の話じゃて」
カッカッカッ…と高笑いしながらゼル先生は肩を左右に揺らしてプールへと戻ってゆきました。会長さんの方はと言えば、ゼル先生の思わぬ攻撃に額を押さえて沈黙中。つまり女子用水着を着ていたことを認めてしまったも同然で…。
「今の、本当なんですか?」
「女子用って、私たちの水着と同じですか!?」
「いやーん、その格好も見たかったですぅーっ!」
キャイキャイと跳ね回らんばかりのクラスメイトたちに、会長さんは暫しの打撃から立ち直ると。
「…ぼくも一応、男だからね? 女子用水着は機会があったら見せるってことで」
「じゃあ、来年? 再来年?」
「本当に見せてもらえますか!?」
矢継ぎ早の質問に対する会長さんの答えはこうでした。
「さあねえ? そう簡単には見られないこそ、見られた時の嬉しさも増す。…待つのも楽しみの内ってことさ。自分の運を信じたまえ。女の子は誰でも幸運を持っているものだしね」
「「「はーい!」」」
待ってますね、と歓声を上げるクラスメイトたち。会長さんったら、見せてあげる気も無いくせに…。頬を紅潮させる女子たちを連れてプールへと向かう会長さんは正にシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。女子用水着を着た姿を餌に釣っても大漁だなんて、男はやっぱり顔なんでしょうか?
水着騒ぎは入口前で会長さんが制止し、私たちは二列に並んでプールへと足を踏み入れました。心配していた磯の香りはしてきません。塩分濃い目は無さそうだ…、とホッと一息ついたのですけど。
「…なんなの、あれ?」
「えっと…。フロート…?」
プールには色とりどりの亀やアヒルがプカプカと。どう見ても浮き輪というヤツです。その間を縫ってコースを仕切るロープが張られていますが、あれに掴まって泳ぐ…のかな? 会長さんにも浮き輪の意味は分からないらしく、先にプールサイドに陣取っていた男子たちの横のスペースに座ると。
「ぼくには浮き輪にしか見えないんだけど、あれは何かな?」
「んーと、んーと…。浮き輪だと思う!」
ぼくのアヒルちゃんにソックリだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう言えば海やプールに連れてきているアヒルちゃんの浮き輪に似ています。でも、浮き輪で何をするのでしょう? 浮かんでいるのは半端な数ではないですよ? と、全校生徒が揃ったらしくて開会式が始まり、校長先生の挨拶の次は教頭先生。
「諸君、校長先生も仰ったように、全力を尽くして戦って欲しい。しかし、くれぐれも無理しないように」
棄権するのは恥ではない、と教頭先生が語っているのは「撤退する勇気」。余力のある内に引き下がる勇気と決断力が身を守る、と言われても…。浮き輪だらけのプールの何処が危険だと? どれでもいいから掴まってしまえば溺れる心配は無さそうですけど。
「競技の説明はブラウ先生にお願いしたい。まずは女子の部の競技からだ。…ブラウ先生、お願いします」
教頭先生がマイクを渡したのはジャージ姿のブラウ先生。先生方は全員ジャージを着ておられます。これも水泳大会ではお馴染みでした。必要に応じてジャージを脱ぎ着するわけですが、教頭先生の水着は今年も褌かな? おっと、いけない、競技説明の時間です。
「それじゃ説明を始めるよ! 今年の女子の部は「泳いだら負け」だ」
「「「えぇっ?」」」
声を張り上げたブラウ先生に、全校生徒はビックリ仰天。水泳大会なのに泳いだら負けって、そんな競技があるのでしょうか。泳いでなんぼのモノなのに…。
「まずはプールを見ておくれ。浮かべてあるのは浮き輪ってヤツさ。色も形も色々だけど、浮き輪って所は全部同じだ。でもって浮かべる場所を変えてあるだけで、どのコースにも同じ形のが同じ数だけ浮かんでる。よーく確認しておきな」
えっと。ひい、ふう、みい…。確かに間違いありません。みんなが数え終わった頃合いでブラウ先生が「数えたかい?」と念を押してから。
「泳いだら負けと言っただろう? 女子にはあの上を走ってもらう。浮き輪の場所は固定してあるし、浮き輪を踏んで濡れずにコースを往復するのさ」
「「「!!!」」」
そんな無茶な、と悲鳴と怒号が飛び交っています。浮き輪は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり子供用。高校生が満足に浮けるかどうかも分からないのに、その上を走り抜けろですって? でもブラウ先生は気にしていません。
「昨日一日、プールを閉鎖していた秘密が此処にある。浮き輪には仕掛けがしてあってね、上手く踏んだら沈みも引っくり返りもしない。ただし先の子が踏んだのと同じ場所を踏んでセーフかどうかは分からないよ? その辺は自在に切り替わるんだ」
あちゃ~。またしてもゼル先生が噛んでいそうです。ブラウ先生はクックッと愉快そうに笑いながら。
「踏み損なって落ちた時には這い上がってから再スタートになる。落ちなかった生徒は当然先に進んでるんだし、ロスした時間は大きいよ? クラス全員が往復し終えた時点でのタイムを比較するから、クラスのみんなに迷惑をかけないように頑張りな」
まずは1年生からだ、と号令がかかり、私たちは凍り付きました。とりあえず浮き輪自体の浮力不足は無さそうですけど、踏み損なったらドボンとは…。這い上がるのもまた大変そうです。スウェナちゃんと二人で心配していた「塩分濃い目で浮きすぎるプール」も大概でしたが、浮かないと負けと言われても…。
「ど、どうするんですか、これ…」
女子の一人が縋るような目で会長さんを見詰め、他の子たちの視線も会長さんに。女子の部な上に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーを引き出せると信じられているのですから、無理ないですけど。
「うーん…。ちょっと待ってよ」
ぶるぅに相談してくるね、と会長さんは腰を上げました。男子の席にいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と言葉を交わしていますけれども、それとは別に思念波で会話しています。
『どう思う、ぶるぅ? あれにサイオン検知装置は?』
『入ってないよってブラウが言った! だけどクルクル切り替わるから、指示を間違えたらドボンだって』
『なるほどね…。要は集中力で勝負ってことか。仕掛け自体は機械なんだね』
『うん! ゼルの自慢の…。なんだったっけ、プログラム? ブルーが読んで指示を出すのと切り替わるのと、どっちが速いか勝負らしいよ』
頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔でエールを送り、会長さんが戻って来て。
「ごめん、ごめん。待たせちゃったね。…ぶるぅが協力してくれるってさ。君たちは思うとおりに走ればいい。落っこちそうな所を踏んでしまっても、ぶるぅの力が補助してくれる。落ちる心配は無用ってこと」
さあ、行こう、と会長さんに微笑みかけられ、女子はポーッと見惚れています。難しそうな競技をクリアできる上、会長さんが助太刀してくれるとあれば舞い上がらない方が不思議というもの。会長さんの力ではなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力であっても、それをくれるのは会長さんですし…。
『会長さんの力だっていうこと、いつまで秘密にするのかしらね?』
スウェナちゃんの思念波での問いに、私は『さあ…』としか答えられませんでした。そうとしか答えられないことはスウェナちゃんだって知っています。サイオンの存在を公表できる時が来るまで、サイオンのことは絶対に秘密。会長さんがソルジャーなことも、力があることも明かせないわけで…。
『いつか堂々と、会長さんの力です、って言える日が来るとホントにいいわね。ぶるぅの力っていうんじゃなくて』
来年とかには無理そうだけど、とスウェナちゃんが送って来た思念に私が『うん』と返した所へ、会長さんの思念波が。
『そんな心配、しなくていいよ。それもソルジャーの仕事の内さ。今はみんなが楽しく暮らせればそれで充分。…ほら、グズグズしてると出遅れちゃうよ?』
クラスの女子はスタート地点に整列しつつありました。スウェナちゃんと私も慌てて並び、アンカーになったのは会長さんです。走る順番は普段の水泳のタイムを参考にして組み上げて…。
「1年生女子、準備はいいかい?」
ブラウ先生がマイクを握り、シド先生が号令をかけて競技スタート! 他のクラスが第一歩からプールに落ちる中、1年A組の最初のランナーは快調に走り、濡れたのは足にかかった水飛沫の分だけ…という素晴らしさ。二人目が走り始めた時点で他のクラスは向こう側にも着いていません。
「ふふっ、ぶるぅの御利益は素晴らしいよね」
こんなものさ、と満足そうな会長さんの視線の向こうで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が懸命に応援しています。本当に応援しているだけで、浮き輪の何処を踏めばいいかは会長さんが意識の下に指示を送っているのですけど、それはまだまだ内緒の秘密。いつ明かせるかも分からなくって…。
『心配無用って言っただろう? 君の番だよ』
会長さんの思念に促されて私は走り出しました。他の生徒と違う所は直接思念で指示が来ること。えっと、次のアヒルは右側を踏んで、亀は左の端の方…、っと! アルトちゃんたちも走り終わって最後はアンカーの会長さんです。
「「「頑張ってー!!!」」」
女子も男子も懸命に叫ぶ中、会長さんは軽々と亀やアヒルの上を走って息も切らさずにゴールイン。1年A組はぶっちぎりの勝利を掴み、2年も3年も私たちの記録を破ることは出来ずに学園一位がアッサリ決定。ここで昼休みになるようですけど…。
「ねえ、他のクラスはボロボロだよ?」
ジョミー君が指摘するとおり、私たちを除いた女子はヘトヘトな上にボロボロでした。何度となくプールにドボンした上、這い上がってはドボンですから下手な持久走より疲れた筈です。お弁当も開けられずに倒れている子も数多く…。
「あんたが女子の部になった理由は男子の部がハードだから…だったよな?」
これでも女子はハードじゃないのか、というキース君の問いに、会長さんが困った顔で。
「さあ…? ぼくなら楽に乗り切れるから問題ないって意味だったのかも…。だって男子がこれよりハードって、有り得ないだろ?」
「そう願いたいが、どうなんだかな…」
俺はドボンは御免だぞ、と呻くキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 男子はぼくにお任せ! 一位で楽々ゴールインだよ♪」
「ぶるぅ、そこは「男子も」って言うんだよ」
「あっ、いけない! 男子もお任せ~!」
会長さんが注意した意味に気付いているのは私たちとサイオンを持つ特別生だけ。他の生徒が聞いていたとしても全く気にしていないでしょう。この大らかさがシャングリラ学園ならではです。サイオンを使ったズルが許される校風、いつまでも続いてくれますように…。
プールサイドでの昼食タイムは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の特製サンドイッチも出てきてゴージャスでした。カツサンドにオムレツ入り、スモークサーモンや生ハムを挟んだ物も。男子の競技は何なのだろう、と話しながら食べている間もプールの方はそのままです。
「…浮き輪の回収は無いようだな」
あれを使うということか、とキース君が首を捻れば、会長さんが。
「そうだろうね。…だけど、女子と全く同じ競技ってことがあるのかな? 今までのパターンだと女子と男子は別モノだったし」
「問題はそこだ。男子は難易度が上がってくると見るのが妥当か?」
「さあ…。女子以上に難しいコースってことは有り得るけれど…。踏んでも大丈夫な部分がグンと減るとか、浮力少なめで誰でも多少は足が沈むとか」
水の抵抗ってヤツは大きいから、と会長さんが自分の足を指差して。
「踝くらいまでなら沈んじゃっても問題無いけど、膝下の半分くらいまで浸水しちゃうとキツくなるよ? 次の一歩を踏み出すにしても、女子の部みたいに走るって速度は出せないだろうね。こう、よいしょ、よいしょと踏んで行く…って感じ?」
「そこへドボンが組み合わさったら悲劇だな…」
体力を削がれるなんてものじゃない、とキース君は天井を仰いでいます。
「女子の部よりもハードだというのが男子の部だ。浮き輪が放置されているから、グレイブ先生が言っていたのは単なる脅しかとも思ったが…。ウチの学校に限ってそれだけは無いという気もするし」
「無いと思うよ、グレイブが言った以上は本当にハードなんだと思う。…ぼくを女子の部に回すくらいだ、浮力不足でドボンじゃないかな」
「「「うわぁ…」」」
勘弁してくれ、と頭を抱えるキース君たちですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「平気だってば、ぼく、頑張って支えるもん! でも…足が沈むのは我慢してよね」
そこまでは常識の範囲内だから、と言われてみればその通り。ドボンに比べれば普通のことです。どうやら男子は「よいしょ」の掛け声が必須のようで…。頑張って、と応援していると会長さんが。
「よいしょリレーじゃ語呂が悪いね、どっこいしょリレーと呼ぶべきかな?」
「…あんた、明らかに他人事だと思っているな?」
キース君の恨めしそうな視線を会長さんはサラリと流して。
「他人事だし仕方ないだろ? あ、そろそろ競技説明が説明が始まるのかな?」
昼食を食べに何処かへ消えていた先生方が戻って来ました。もちろん監視役として常時数人は残ってましたし、入れ替え制での昼食タイムだったようですけれど。先生方はプールサイドを見回り、生徒全員が昼食を食べ終えているのを確認してから。
「さてと、お昼も終わって充分休憩出来たようだね」
ブラウ先生がマイクを握っています。
「午後はお待ちかねの男子の部だ。浮き輪を回収していないから色々な読みがあったと思う。だけど断言させて貰うよ、正解に辿り着いた生徒は一人もいない!」
「「「えぇっ!?」」」
そんなの分からないじゃんか、と不満の声が噴出する中、ブラウ先生はニヤリと笑って。
「じゃあ、訊くよ? 障害物競争だと思ってた生徒は手を挙げな!」
「「「障害物?」」」
足が沈むのは障害物になるんだっけ、とジョミー君が尋ね、キース君が。
「ど、どうだろう…。一応、手を挙げた方がいいんだろうか?」
「当たったら何か出るかもしれないし! 挙げちゃおうよ」
ジョミー君が手を挙げ、キース君がそれに続くとシロエ君たちも挙手しましたが、他の男子生徒は動きません。要するにジョミー君たち五人だけが手を挙げているというわけです。ブラウ先生は面白そうに男子五人を指差すと。
「あんたたちの読みもハズレじゃないかと思うんだけどね? どんな障害物なんだい?」
「沈むんです、足が」
キース君が代表で答えました。
「女子は浮き輪を上手に踏めば全く濡れずに走れましたが、男子は浮力不足で足がある程度まで沈むかと…。そうなると水の抵抗の関係で走りにくいのは必然です」
「なるほど、それも良かったかもねえ…。そいつは考えつかなかったよ。はい、ハズレ」
男子の予想はアッサリと外れ、ブラウ先生は勝ち誇った顔で。
「男子の競技も基本は女子の部と変わらない。ただし障害物競争がもれなくオマケでついてくる。今、言ったとおり、足が沈むというヤツじゃないよ? 障害物競争にはやっぱり網だね」
「「「網!?」」」
なんですか、それは? そりゃあグラウンドを走る障害物競争なら網をくぐるのは定番ですけど、プールで網? もしやプールサイドから先生方が投網を投げて妨害するとか…? たちまち大騒ぎになった全校生徒をブラウ先生が「こらあっ!」と一喝。
「人の話は最後まで聞く! 網は浮き輪に仕掛けてあるんだ。ドボンすればその場で絡まる仕組みさ。これを抜けなきゃ這い上がることは出来ないよ? もちろん網は一個じゃないし、運が悪けりゃ全部で絡まってしまうかもねえ?」
頑張りな、と笑うブラウ先生の前で男子は全員無言でした。ただドボンして這い上がるだけだった女子でもボロボロだったのです。ドボンすれば網が絡まるだなんて、どれだけ消耗するのやら…。
お通夜のような雰囲気で始まった男子の部。まずは1年生からです。私たちのクラスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をアンカーに据え、やる気満々で燃えていますが、他のクラスはスタート前から意気消沈。そんな調子ではツキも落ちるというもので…。
「スタート!」
シド先生の合図で一斉にプールに足を踏み入れた男子、A組以外はドボンと派手な水飛沫。それと同時にシュルンと白い網が浮き輪の下から飛び出してきて、その場で捕獲されてます。水中で絡まった網はそう簡単には解けないらしく、悪戦苦闘している間にA組は楽々往復してきて次の生徒にバトンタッチ。
「かみお~ん♪ 頑張ってねー!」
飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を他のクラスの生徒が羨ましそうに眺めていました。無敵の不思議パワーのお蔭で1年A組は負け知らず。女子の部よりもハードになっている男子の部でも誰一人プールに落ちていません。
「いいなぁ、俺たちもA組になりたいなぁ…」
「来年は御利益が貰える立場になりたいな、って思うけどなあ…」
1年生限定なんだってな、と嘆き合う声が私たちの所まで聞こえてきます。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が決して2年生には進級しない、というのも今ではすっかり周知の事実。御利益に与れるのは1年生だけ、それもA組限定だという噂は既に伝説の域で。
「A組、頑張れー!」
他のクラスをぶっちぎれ、と上の学年から応援の声が飛んできました。去年に、一昨年に1年A組で一緒だった生徒もいれば、そうでない生徒も叫んでいます。
「学園一位を取るんだぞー!」
「今年も期待しているからなー!」
走って走って走りまくれ、という声援は学園一位で出て来る何かをゲットしろというエールでした。何が出るかは分かりませんけど、会長さんが1年A組に属する以上は楽しい結果になるだろう、と誰もが踏んでいるのです。他のクラスに奪われたのでは面白くない、と応援してくれているわけで…。
「「「頑張れー!!!」」」
上の学年が、そして私たち女子が応援する中、A組男子は誰も落ちずに華麗にプールを駆け抜けてゆき、ついにアンカー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。元気一杯に飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は走るどころか十八番の『かみほー♪』を歌いながらスキップで浮き輪を踏んで往復してきて…。
「かみお~ん♪」
「「「あぁっ!?」」」
最後の浮き輪に飛び乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がドボンと落下し、まさかの出来事に誰もが声も出せない中を。
「わーい、いっちばぁ~ん♪」
どうやって網をすり抜けたものか、ピョーンとプールからジャンプした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宙返りして最後の浮き輪をトンと踏み付け、そこからストンとゴールイン。
「一位、A組!」
シド先生が右手を高々と上げて宣言するのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の無邪気な叫びが重なって…。
「網抜け、やってみたかったんだ! 脱出マジック~!」
拍手、拍手~! と踊り回る「そるじゃぁ・ぶるぅ」に惜しみない拍手が送られています。これからドボンするであろう上の学年の男子生徒たちも歓声を上げて拍手喝采。A組以外の1年生男子はそれどころではないようですけど、根性で網と戦いながらゴールインして下さいです…。
こうして大多数の男子生徒がボロボロになった水泳大会が終了しました。最後に走った三年男子の復活を待って表彰式が行われ、学園一位は無論1年A組で。
「おめでとう。今年の副賞は楽しみながら勝ち取って貰う形式だ」
そう言ったのは教頭先生。会長さんが校長先生から表彰状を受け取ったのを見届けてからの台詞です。
「準備があるから待っていてくれ。…すぐに終わるが」
「「「???」」」
何だろう、と首を傾げていると職員さんたちがパネルを担いで入って来て…。
「えっと…プールに蓋しちゃうわけ?」
「そのようだな」
ジョミー君とキース君が言葉を交わす間にもプールはパネルで覆われてゆきます。蓋らしいことは分かりましたが、所々にポッカリ開いた真ん丸い穴はなんでしょう? 不規則に開けられているみたいですけど…。
プールが覆い尽くされた所で進み出たのはブラウ先生。
「今年の副賞はモグラ叩きというヤツだ。御覧のとおりプールには蓋がされている。水面と蓋との間に多少のスペースはあるんだけどね、モグラ役の先生が充分に息をしようとすると穴から頭が覗くんだ。そこをハンマーでポカンと一発!」
これがハンマー、と1年A組の生徒全員に配られたのは縁日の露店などで見かける空気で膨らませた巨大ハンマーのオモチャでした。
「オモチャといえども叩けばモグラは引っ込むよ。ただし、繰り返してると息が続かなくなってギブアップということもある。モグラがギブアップしたら学食のランチ券をクラス全員にプレゼントだ。制限時間内にギブアップを勝ち取った回数分だけランチ件ゲット!」
おおっ、と盛り上がるクラスメイトたち。ここでパネルの一角が開けられ、モグラ役の先生方がプールへと。筆頭は赤褌の教頭先生、続いてゼル先生にグレイブ先生、そしてまさかのシド先生。先生方の姿が消えるとパネルは再び閉じられて…。
「1年A組、準備はいいかい? 制限時間は十分間だ。何処からどんなモグラが出るのか、走って叩いて頑張りな!」
「「「はーい!」」」
蓋をされたプールに散らばった私たちはハンマーを構え、ブラウ先生がホイッスルを。穴の数は生徒の数より多いですから、一ヶ所で待っても無駄というわけで…。
「そっち行ったぞー! …多分」
「わあっ、こっちかよ!」
モグラは素人の敵う相手ではありませんでした。先生方、絶対サイオン全開で私たちの動きを読んでいますよ! ジョミー君たちも私もサイオンを持ってはいてもヒヨコですから読まれ放題、どうにもこうにも勝負にならず。でも…。
「かみお~ん♪」
「息をしたけりゃランチ券! さてと、何枚毟れるかな?」
パッコーン! と小気味よいハンマーの音を響かせているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。いくら先生方でもタイプ・ブルーに勝てる筈もなく、次々と上がるギブアップの声。
「弱いね、ハーレイ。君が一番鈍いんじゃないの?」
これで何度目のギブアップかな、と笑う会長さんは明らかに教頭先生狙いでした。えっと、及ばずながら私も一発お手伝い出来るといいんですけど…。ハンマーで殴りまくってランチ券を沢山貰って、楽しく打ち上げしましょうね~!