シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
生徒会の資金稼ぎに入学試験の問題のコピーを高額で売る会長さん。そのためには問題を入手しなくてはならないのですが、これには裏技がありました。試験問題を管理している教頭先生に耳掃除をしてあげて、お礼にコピーを貰うのです。去年『見えないギャラリー』としてお供した私たちは知っていました。今年もきっと……と思ったばかりに思念が零れてしまったらしく。
「…だから、耳掃除って何なのさ?」
言えないんなら読んじゃうよ、とソルジャーが私たちをグルリと見渡します。いくらソルジャーでも会長さんの心は読めないでしょうが、私たちの考えを読み取るくらいは朝飯前。第一、どうすれば思考を読まれないようブロック出来るのかも分かっていないヒヨッコですし!
「…かなり怪しいネタみたいだね。みんなが混乱してるのが分かる。…ブルー、君が絡んでいるのは確かだ。さて、どうする? 白状するか、ぼくが読み取るのを放っておくか…。どっちがいい?」
ゆっくり待ってもいいんだけれど、とソルジャーは紅茶のお代わりをカップに注ぎました。
「急いでいるのは分かってるんだ。ここでのんびりお茶をしていれば嫌でも動かざるを得ないだろうねえ…。何もしなくても耳掃除の意味が明らかになる。じっくり待たせて貰おうかな」
「…………」
会長さんは複雑な顔でソルジャーを見詰め、私たちは顔面蒼白です。耳掃除という言葉がバレたのは私たちのせいなんですから。ソルジャーは悠然とザッハ・トルテを食べ終え、居座るつもり満々でした。こうしている間にも時間はどんどん流れていきます。教頭先生が帰ってしまえば問題ゲットは大失敗? それとも入試直前までは仕切り直しのチャンスがあるとか…?
「……約束の日は初日だけなんだ」
溜息をつく会長さん。ソルジャーは興味をそそられたようで。
「約束? 耳掃除と関係あるのかい?」
「…ぶるぅのストラップ作りを見ていただろう? 入試対策グッズだというのも知ってるよね。グッズとは別に試験問題のコピーを販売してるんだ。コピーを売るには問題を手に入れないと話にならない。…試験問題の管理はハーレイの仕事。耳掃除は……ハーレイから試験問題を仕入れる対価」
「………」
聞き出した答えにソルジャーは首を傾げました。
「仕入れるって……。問題くらいサイオンでなんとかなるだろう? 作った人の心を読むとか、君のハーレイが保管してるのを覗き見するとか」
「…うん、出来る。出来るんだけど……遊び心というのかな。ハーレイに悪事の片棒を担がせるのが楽しいんだよね。最高責任者が問題を横流しだなんて顰蹙モノだ。それも生徒の色香に迷って…となれば最悪だしさ」
だから耳掃除、と会長さんは完全に開き直ったみたいです。
「試験問題が手元に揃うとハーレイはすぐにコピーを取るんだ。その日の内にぼくが出かけて膝枕で耳掃除をすればコピーが貰える。そういう約束。…初日にぼくが現れなければコピーは焼却されるわけ。ハーレイは試験問題を流したという罪の意識を負わない代わりに、耳掃除を泣き泣き諦めるんだ」
「……膝枕で耳掃除ね……」
ソルジャーはクックッとさもおかしそうに笑い始めて。
「それが最大限のサービスなんだ? 君にしては上出来だけど、耳掃除くらいで試験問題を流すだなんて…本当に君のハーレイは甘いというかヘタレというか…。で、これからハーレイの所へ行くわけか。ぼくも一緒に行ってみたいな」
「ぼく一人でという約束なんだよ」
会長さんは即座に撥ねつけましたが、ソルジャーはひるみませんでした。
「シールドから出ないんだったらいいだろう? この子たちも去年は一緒に行ってたみたいだし…。そうだ、みんなで見学しようよ。ぼくが手出しをしようとしたら、この子たちに殴らせたっていいからさ」
「……本当に……?」
「うん。遠慮なく殴ってくれてかまわない。柔道だっけ、あれで投げられても文句は言わないって約束する」
ね? とソルジャーは柔道部三人組に微笑みかけます。会長さんは諦めたように。
「…分かった。何かやらかしたらキースに一発殴って貰う。頼んだよ、キース」
「ああ。場合によってはタコ殴り…でいいな」
物騒なキース君の台詞に、ソルジャーは軽く肩をすくめて。
「お手柔らかにお願いするよ。…何もしないけどさ」
タコ殴りは嫌だからね、と大袈裟に怖がってみせるソルジャー。本当に大人しくしているのかどうか疑わしい所でしたけれども、教頭先生が帰宅しない内に出発しないといけません。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに入り、ソルジャーもシールドを張りました。借り物の制服ではなくソルジャー服のままでしたから、何もしないと信じたいです…。
本館の教頭室に着くと、会長さんは廊下に人影が無いのを確かめてから扉をそっと押し開けます。私たちとソルジャーが素早く滑り込むのと会長さんが声をかけたのは同時でした。
「…来たよ、ハーレイ」
書きものをしていた教頭先生が弾かれたように顔を上げて。
「ブルー…?」
「遅くなってごめん。…もう来ないかと思ってた?」
「…ああ。もしかしたら来ないのかも…と」
「馬鹿だね、ハーレイ。そんなことが今までにあったかい? そりゃあ…面白半分にわざと来なかった年はあったけれども、あの時の落ち込みようは凄かったから、二度とやらないって決めたんだ」
会長さんは教頭先生の机に近付き、椅子のすぐ脇に立ちました。
「言ってるだろう、ハーレイのことは大好きだ…って。結婚はしてあげられないけど、年に一度の耳掃除くらいはしてあげる。その代わり…」
「いつもの試験問題だな? 今年もちゃんとコピーしてある」
金庫の中に、と指差す教頭先生。
「ありがとう。今年も当然…先払いだよね? 行こう」
「…ブルー…」
立ち上がった教頭先生は会長さんの肩を抱くようにして仮眠室へ向かいます。仮眠室には大きなベッド。去年の会長さんはすぐにベッドに上がったのですが、今年はちょっと違いました。
「ハーレイ、特別サービスだよ。…ほら」
青いサイオンの光が走って、会長さんの制服がワインレッドのチャイナドレスに。エロドクターが誂えてきたあのドレスです。足はもちろん素足でした。深いスリットから白い足を覗かせてベッドの真ん中に座った会長さんの姿に教頭先生は頬を赤らめ、ボーッと見惚れていましたが…。
「どうしたのさ、ハーレイ? 早く来ないと帰っちゃうよ?」
「……あ、ああ……」
教頭先生は上着を脱いで椅子にかけるとベッドに上がり、ネクタイを緩めて会長さんの膝枕で横になりました。会長さんが宙に竹製の耳かきを取り出し、馴れた手つきで耳掃除を始めます。去年も見ていた光景ですけど、今年はチャイナドレスのせいでお色気が一気に増したような…。教頭先生は気持ちよさそうに目を閉じていて、気分は多分パラダイス。
「はい、ハーレイ。…反対側も」
会長さんに促されてゴロンと身体の向きを変える教頭先生。丁寧な耳掃除が終わって耳かきが消え失せても、教頭先生は横になったままでした。そして会長さんも黙って座っていたのですが…。
「何するのさ!」
パシッ! と会長さんが教頭先生の手を叩きました。教頭先生ったら、スリットから覗く会長さんの白い太腿を手探りで触ろうとしたんです。会長さんの身体が青く発光したかと思うとチャイナドレスは消え失せてしまい、元の制服に戻っていて。
「油断も隙もありゃしない。せっかくサービスしてあげたのに」
「……お前がサービスだと言っていたから…触るぐらいはいいのかと……」
残念そうに目を開ける教頭先生。でも膝枕から降りるつもりはないようです。会長さんはクスッと笑うと。
「ヘタレのくせに、耳掃除の日だけは大胆になるみたいだね。触ったってなんにもならないよ? ぼくを怒らせるのが関の山さ。…もっとテクニックを磨いてきたら話は別かもしれないけれど」
「…私にはお前しか見えないのだが…」
「じゃあ、そのまま我慢してるんだね。でなきゃブルーを口説き落として練習するか」
「ブルーだと? 確かにお前にそっくりだが……中身が全く違うからな」
お前の方がずっと可愛い、と教頭先生は身体を起こして会長さんを見詰めました。
「私が嫁に欲しいと思っているのはお前だけだ。…いつか真剣に考えてほしい」
「……暇があったらね」
すげなく断る会長さんを教頭先生はギュッと両腕で抱き締めて。
「…少しだけ、このままでいさせてくれ。…もう少しだけ…」
やがて名残惜しそうに身体を離すとベッドから降り、仮眠室を出て教頭室の金庫から試験問題のコピーを取り出す教頭先生。
「持って行け。…今日は来てくれて嬉しかった」
「お人好しだね、ハーレイ。試験問題の横流しがバレたら謹慎処分じゃ済まないだろうに」
「…お前が喜んでくれるんだったら謹慎処分でも何でも受けるぞ。だから…」
結婚してくれ、というプロポーズの言葉はサックリと無視されました。会長さんは問題を確認すると花のようにニッコリ笑って。
「またね、ハーレイ。…来年もよろしく」
軽く手を振って教頭室を出て行く会長さんに、私たちも急いで続きました。ソルジャーが何もやらかさなくって助かりましたよ、今回は…。
影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってシールドを解くなり、不機嫌になったのはソルジャーでした。ソファにドサッと腰を下ろすと苛立たしげに舌打ちをして。
「…ブルーの方がずっと可愛いってどういう意味さ! ぼくは可愛くないとでも!?」
「「「………」」」
当然だろう、と思ったものの口に出せない私たち。会長さんも悪戯好きですけれど、ソルジャーのは度を超えてます。何度となく巻き込まれてきた教頭先生が気付かない筈がないわけで…。当然ながら会長さんの方がずっと可愛く見えるでしょう。ブツブツと文句を言うソルジャーにココアを差し出し、パウンドケーキのお皿を渡す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんね、ハーレイ、正直だから…。はい、これ。今日のお夜食用に焼いたケーキだけど」
「いいのかい?」
「うん。…あのね、怒ってると美味しいって気持ちが減るんだよ」
「なるほど。…ぶるぅの方がハーレイよりも気配り上手ってことなのかな」
ソルジャーの御機嫌はたちまち直り、美味しそうにパウンドケーキを食べ始めます。私たちの分までは…無いみたいですね。会長さんはゲットしてきた試験問題をせっせとコピーしていましたが、それを見ていたソルジャーは…。
「…ブルー、さっき君が着ていた服だけど」
「え?」
振り返った会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクして。
「ワインレッドのドレスのことさ。…あれって何処で買えるんだい? ぼくも欲しいな」
「……あれが?」
信じられない、という表情の会長さんですが、ソルジャーの方は大真面目です。
「わざわざ着替えをしたくらいだし、セクシーな服だっていう認識は君の頭にもあるんだろう? あのスリットがとてもいいよね。あれを着て、うんとセクシーな下着を着けたらハーレイを悩殺できそうだ。ノーパンっていうのもいいかもしれない。…何処で見付けてきたのさ、ブルー?」
「…えっ…。え、えっと……あれは……」
会長さんは必死に言い訳を考えていたのですけど…。
「ノルディがプレゼントしたんだよ」
あっさりと真実を暴露したのは無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「あのね、こないだブルーとデートした時にね、これに着替えて下さい…って持って来たの」
「…デート?」
ソルジャーの瞳が輝き、会長さんが頭を抱えます。しかし時既に遅し。ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を上手く丸めこんで一瞬の内にサイオンで情報を得てしまいました。
「ふうん…。そんなに楽しいデートをしてたってわけか。ぼくもノルディにドレスを作って貰おうかな?」
「却下! ぶるぅ、作ってあげられるよね? ブルーの好みで作ってあげて」
会長さんに言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔で。
「分かった! ブルー、どんな色のドレスがいいの? 刺繍は業者さんに注文するから何でもいいよ」
パパッと宙に現れたのは色とりどりの生地の見本にカタログに…。ソルジャーは早速カタログをめくり、生地見本をあれこれ眺めています。試験問題のコピーが終わって少し経った頃、ソルジャー用のドレスが決まりました。マントの色と同じ紫に白と銀糸で孔雀の羽根を刺繍するのだとか。出来上がりは二月の二週目頃。
「刺繍に時間がかかっちゃうんだ」
縫うのは簡単なんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が謝ります。ソルジャーは「かまわないよ」と小さな銀色の頭を撫でて。
「その頃ならバレンタインデーのチョコをついでに取りに来られるしね。えっと…頼んでおいた分は、と…」
「これとこれ、それから…これ。それと…」
会長さんが冊子に付けた付箋をチェックするのを見たソルジャーは満足そうに。
「うん、それで全部。…よろしく頼むよ。じゃあ、バレンタインデー頃に取りに来るから」
紫のマントがフワッと靡いたかと思うとソルジャーの姿は消えていました。チャイナドレスにチョコレートに…。嫌な予感がするのは気のせいでしょうか?
「……ブルーのことは忘れておこう……」
試験問題のコピーを揃えながら溜息をつく会長さん。
「なんだか今日はドッと疲れた。ハーレイなんかにサービスするんじゃなかったな。セクハラされかかるし、ブルーはチャイナドレスを欲しがるし…。あのドレスってそんなに男心をくすぐるんだろうか…」
「あんた自身はどうなんだ」
キース君が尋ねました。
「フィシスさんに着せたいと思うか? 着て貰ったら嬉しいか?」
「え? そりゃあもう…。フィシスはとても似合うんだよ。なんといってもスタイルがいいし、スリットから足が覗く所がたまらないよね」
フィシスさんとチャイナドレスの魅力について滔々と語り始めた会長さんにキース君が。
「とどのつまりはそういうことだ。…女性向きのドレスだとは思うが、惚れてさえいれば男が着てもときめくんだろう。俺には理解不可能だがな」
「ぼくだって理解できないさ! なのにノルディもハーレイも…。おまけにブルーまで欲しがるなんて!」
一生分かりたくはない、と苦悩している会長さんを横目で見ながら私たちは帰り支度を始めました。もうとっぷりと日が暮れています。正門は閉まってしまったでしょうし、特別生の特権を使って教職員用の門から出るしかないでしょうねえ…。
入学試験の期間中、私たちはお休みでした。影の生徒会室に出入りしているだけにお手伝いがあるのかと思ったのですが、合格ストラップに『パンドラの箱』、試験問題のコピーといった重要な品物を売り捌くには年季が足りなさすぎるのだそうです。売り子は今年も会長さんとフィシスさん、リオさんの三人だけで、しっかりガッツリ稼いだようで…。
「今年も飛ぶように売れたんだよ」
試験休みが明けた日の放課後、会長さんは上機嫌でした。パンドラの箱は…注文を全部こなした人は今年も現れなかったのだとか。注文メモについて尋ねてみたら、そうハードでもなかったんですが…。
「お好み焼きを買ってくるくらい普通だよね?」
ジョミー君が首を傾げます。
「いや、全種類っていうのがキツかったんじゃないか?」
なあ、とサム君。
「そうですよねえ…。あそこの売りは豊富なメニューで、50種類を超えてたかと」
全部買ったら破産ですよ、とシロエ君が言ったのですが会長さんは平然として。
「その代わり店長に挑戦っていう特別コースがあるだろう? 一人で15種類以上を食べたら全額タダにします…ってヤツ。試しに買えばよかったんだ。箱には1枚ずつしか入らないんだし、入れてみればすぐに分かった筈だよ。お皿を残して自動的に消滅するのが」
「いや、普通なら諦めるだろう」
消えるなんて思うものか、とキース君が言い、スウェナちゃんが。
「でも説明を受けるんでしょ? ぶるぅがメモを入れるんだ…って。だったら試してみる価値があるじゃない!」
「ぼくもそうだと思います。ぶるぅが不思議な力を持っているんだってことも説明されて買うんですから」
試しもしないなんて勿体無いです、とマツカ君。入学したての頃は気弱だったマツカ君もずいぶん強くなりました。これも柔道部のお蔭ですね。…パンドラの箱に入れられたメモは他にも色々。
「ラーメンに肉まんに…。今年もアイスキャンデーなのか。みゆの時にもあった気がするぞ」
キース君の言うとおりでした。アイスは私も買いましたとも! もしかして…「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りかな?
「大当たり~!」
あそこのアイスは美味しいんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそう。アイスキャンデーを全種類という注文は叶えてもらったみたいです。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の意見も入れて注文メモを書くらしいことは分かりました。けれどお好み焼きを50種類だなんて無茶なことを書いてしまうのは…会長さんが悪戯好きなせいでしょう。ん? 悪戯といえば…先生方がしていた賭けは?
「ああ、賭けか」
今年は大荒れに荒れたようだ、と会長さんは笑っています。入学試験の初日に試験問題を売りに現れた会長さんを見た先生方の大多数は「問題は偽物に決まっている」と主張し、買った生徒をサイオンで追跡することになったのだとか。
「普段はそんなことはしないくせにね。よっぽど信じられなかったんだろう、ぼくが問題を売っていたのが。…結局、問題を買った生徒が全員好成績を収めたことで決着がついた。…負けた連中はぼくを恨んでいる…かもしれない」
「恨まれてるんですか?」
マツカ君の心配そうな顔に会長さんは「まさか」と微笑んで。
「娯楽だよ、娯楽……あの賭けは、ね。勝った連中がお祝いにパーッと奢ってたから心配いらない。どっちかといえば、ぼくの神経が疑われている方なのかな? ハーレイにセクハラされても全身エステで立ち直った上、例年どおりに試験問題ゲットだからさ」
心臓に毛が生えてると言われちゃった、と苦笑している会長さん。ゼル先生が言ったらしいです。そういえば会長さんが問題をゲットできない方に大金を賭けてましたっけ。つくづく賑やかな学校ですよねえ…。こうして入試シーズンも終わり、明日からはバレンタインデーを控えた特別期間の始まり、始まり~。
バレンタインデー前のシャングリラ学園名物といえばチョコレートの滝。温室の噴水がチョコレートに変わり、ミカンやバナナをコーティングして遊べるのです。もちろん器に取って固めても良し! バレンタインデー当日にチョコレートのやり取りをしないと礼法室でお説教という訓示は今年も出されました。でも友チョコで逃げ切れるので特に問題ありません。ジョミー君たちものんびりしています。
「かみお~ん♪ あのね、昨日ブルーが遊びに来てね…」
放課後、いつものように壁を抜けて影の生徒会室へ行くと、キルシュトルテを切り分けながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの名を口にしました。げげっ、チャイナドレスが出来上がる頃まで来ないと聞いていましたが…。
「ううん、ブルー、来ないだなんて言わなかったよ。ドレスが出来たら取りに来るって言ってただけで、昨日はぶるぅと一緒に来てくれたんだ♪」
楽しかったぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。どうやらソルジャーはバレンタインデーの限定品のチョコやケーキがきちんと予約できたかどうかを確認しに来たみたいです。あちらの世界のキャプテンも甘いものは苦手だと聞いていますから、全部ソルジャーと「ぶるぅ」が食べてしまうのでしょうが…。
「でね、ブルーがみんなによろしくって。チャイナドレスを見せたいらしいよ、バレンタインデーの前の日までには出来上がるから」
「…俺たちが見ても意味ないだろう?」
キース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませて。
「ひどいや、意味がないなんて…。ぼく、頑張って作るのに! きっとブルーに似合う筈だよ、綺麗な生地と刺繍だもの」
「すまん、すまん。…そういえばぶるぅが縫うんだったな」
申し訳ない、と頭を下げるキース君。私たちはソルジャーのチャイナドレス姿を拝まなくてはいけないようです。ソルジャーはバレンタインデーの放課後にやって来るとの話でした。予約していたチョコやケーキをデパートで受け取り、自分の世界に送り届けてからゆっくりと…。
「ブルーは人の迷惑なんか全然考えてないからね」
会長さんが毒づきました。
「バレンタインデーはぼくも忙しいのに…。みんながチョコを持ってきてくれるし、仕分けするのが大変なんだ。お返しを何にするかで振り分けないとね」
えっ、振り分け? 本命チョコしか貰わないのに振り分けですか? チョコの値段に応じて分類するとか…? スウェナちゃんと顔を見合わせていると、会長さんはクスッと笑って。
「違う、違う。…チョコの値段で振り分けだなんて、そんな不誠実なことはしないよ。振り分けるのは本気の度合いに応じて…かな。心をこめて贈られたチョコと、ダメ元でいいや…って気分のチョコとを一緒にするのは良くないし。だから振り分け」
「おい。その話には無理があるぞ」
キース君が突っ込みました。
「俺は去年に見てたんだ。ぶるぅに大きな袋を持たせてチョコを集めに回ってただろう? 貰ったチョコは全部袋に入れてた筈だ。みゆやアルトが渡したチョコは鞄の中に入れたくせにな。…袋の中身は瞬間移動させていた。振り分けだなんて大嘘じゃないか」
「…嘘じゃないよ。瞬間移動をやっていたのはぶるぅだけれど、袋に入れる時に思念波で合図していたんだ。これは一番、こっちは二番…って移動先をね」
なんと! シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテではありませんでした。ホワイトデーに会長さんが配っていた品物は全部同じに見えましたけど、添えられたメッセージカードの文章が何通りかあったらしいのです。おまけにサインは全部直筆。…うーん、どこまでマメなんだか…。
「そういうわけで、ぼくはとっても忙しいんだ。ブルーのチャイナドレスが出来上がろうが、そっちまで手が回らない」
放課後は暇だと思うのですが、会長さんはソルジャーの相手をしたい気分ではなさそうでした。こういう場合に貧乏クジを引かされるのは私たちです。とにかく誉めればいいんでしょうか?
「うん、誉めてあげればいいと思うよ。バレンタインデーの休暇を取るって言っていたから、ドレスを披露したら急いで帰ってしまうだろうし…。ぶるぅにお土産のザッハ・トルテも焼かせておこう。そうすればきっと追い払えるさ」
巻き込まれるのはお断りだ、と会長さんは渋い顔です。巻き込まれるって…いったい何に?
「チャイナドレスだよ、チャイナドレス。…またハーレイにちょっかい出されたら面倒だろう? ブルーときたら何かとハーレイで遊びたがるから…。追っ払うのが一番なんだ」
言われてみればそうでした。ソルジャーといえばトラブルメーカー。チャイナドレスなんかを着てしまったらいったい何をしでかすか…。バレンタインデーにソルジャーが来たら、とにかく誉める! 誉めてお帰り頂くことが任務なのだ、と私たちは誓い合いました。任務遂行のために頑張ります~!