シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
バレンタインデーがやって来ました。今年も1年A組の教室に会長さんが現れます。朝のホームルームが始まる前に自分用のチョコを集めようという魂胆でした。会長さんは鞄を手にして、お供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな袋を提げていて…。
「おはよう。…嬉しいな、ぼくにくれるんだ?」
女の子たちが差し出すチョコを会長さんが袋に入れて、お礼に握手をしています。甘い言葉も忘れません。アルトちゃんとrちゃんが渡したチョコは会長さんの鞄の中に…。やっぱり二人は特別扱いらしいですね。スウェナちゃんと私のチョコも鞄に入れては貰えましたけど、それはあくまで友達として。…いえ、友達で十分ですとも! 悪戯好きな会長さんと恋をする勇気はありませんです。本命チョコは会長さんより…。
「かみお~ん♪ ぼくにくれるの!?」
大喜びでアヒルちゃんの模様がついた袋を取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一昨年はチョコレートの滝を固めたチョコで、去年はデパートで買ったチョコ。今年は会長さんとお揃いのチョコを買ってみました。スウェナちゃんからも本命チョコです。日頃お世話になっていますし、なんといっても可愛いですし…。
「わーい、ブルーのとおんなじチョコだ! ありがとう!」
ピョンピョン飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宙返りまでしてくれました。選択は正しかったようです。会長さんでは気障な台詞が貰えるだけで感激してはくれませんから。ジョミー君たちにも義理チョコを渡し、シャングリラ学園恒例のバレンタインデーの交流行事はおしまいです。会長さんは学校中から押しかけて来た女の子たちのチョコをゲットして悠々と帰って行きました。そして放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「こんにちは」
「かみお~ん♪」
ソルジャーと「ぶるぅ」が揃ってソファに座っています。ソファの横には紙袋が沢山。チョコの買い出しに二人でやって来たのでしょう。テーブルには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったザッハ・トルテが。
「お邪魔してるよ。デパートは女の人が一杯で疲れちゃった」
そう言うソルジャーは会長さんの制服ではなくてソルジャー服です。その格好でチョコレート売り場に行って来たと…?
「そうだよ。サイオンを使えば目立たないし」
「「「サイオン?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げるとソルジャーは「こんな風に」とパッと着替えてしまいました。暖かそうなセーターと仕立てのいいズボン。会長さんの私物に見えますが…。
「残念でした。…着替えてなんかいないんだよ。サイオニック・ドリームでそう見えるだけ」
クックッとおかしそうに笑うソルジャー。
「ほら、キースとジョミーがいつも練習してるだろ? 坊主頭に見えるように…って。理屈はアレと同じなんだ。ブルーの服を借りて行ってもよかったんだけど、チョコの代金を貰った上に服まで借りるっていうのはねえ…」
ソルジャーが買い込んだチョコやザッハ・トルテのお金は会長さんが出したらしいのです。何かといえば教頭先生から巻き上げている会長さんが支払うだなんて、どういう風の吹き回しでしょう?
「ね、君たちもそう思うだろう? おまけにドレスもプレゼントしてくれるんだってさ。…ずいぶん気前がいい話だけど、このツケはきっとハーレイの所に回るんだろうね。かわいそうに」
「「「………」」」
まさか、と思いはしたものの…会長さんならやりかねないかも? でも、それよりも問題なのはソルジャーです。さっさとお帰り頂かないと、教頭先生に要らぬちょっかいを…。
「ん? 大丈夫だよ、今日はぼくだって忙しいから。ね、ぶるぅ?」
ソルジャーの問いに「ぶるぅ」が大きく頷いて。
「うん! 今日は特別休暇なんだよ。ハーレイのお仕事が終わったら大人の時間。だからね、ぼく、チョコを食べたら歯磨きをして、土鍋に入っていい子で寝るんだ」
「そういうこと。で、ぼくのチャイナドレスを見てくれるかな? とても素敵に出来上がったから」
セーターとズボンがパッと消え失せ、ソルジャーの身体がチャイナドレスに包まれました。身体にフィットした艶やかな紫の生地に白と銀とで孔雀の尾羽が刺繍されています。
「どう? 今度はちゃんと着替えてみたんだけども」
ドレスはとてもお似合いでした。サム君が息を飲み、キース君が。
「紫というのが上品だな。刺繍も華やかで、かといって派手というのでもなく…。ドクターのセンスよりもいいんじゃないか?」
うわぁ…なんて上手に誉めるんでしょう。ソルジャーは満足そうな笑みを浮かべて。
「ありがとう。どんな下着が合いそうかな?」
「え?」
キース君の目が点になりました。下着って…。下着って……?
「ブルー!!」
割って入ったのは会長さん。赤い瞳でソルジャーを睨み、ビシッと壁を指差して。
「そろそろ帰ってくれないかな? ドレスは見せたし満足だろ? 十八歳未満の子たちに下着のチョイスなんかさせられないよ。それは自分で考えたまえ」
「ちぇっ…。見せびらかそうと思ったのに」
唇を尖らせたソルジャー曰く、キャプテンからプレゼントされた下着コレクションがあるのだそうです。機会があったら披露したいと言うソルジャーに私たちは引き攣った愛想笑いを振り撒き、チャイナドレスを褒めまくって……やっとのことでソルジャーと「ぶるぅ」が引き揚げたのは一時間も経ってからでした。
「…あーあ、散々な目に遭っちゃった」
会長さんが肩をトントンと叩いています。ソルジャーは特別休暇とチャイナドレスでハイになっていたようでアヤシイ単語が何度も飛び出し、その度ごとに注意していた会長さんは相当疲れたのでしょう。誉め誉め作戦を展開していた私たちの顔にも疲労が滲み、元気なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけ。
「お疲れさま~! ザッハ・トルテのおかわりあるよ? ホイップクリームたっぷりつけるね」
ホットココアと一緒に出てきた高カロリーなケーキの甘さは私たちには救世主。食べ終えて人心地ついてきた頃、会長さんもようやく調子が出てきたらしく…。
「みんな元気になったようだし、そろそろ行こうか。早く損失を埋めないと」
「「「は?」」」
キョトンとする私たちに会長さんは「分からない?」と人差し指を立ててみせて。
「ブルーのために仕立てたドレス、コストがけっこうかかってるんだ。チョコの代金も半端じゃない。ぼくが支払っておいたけれども、お金が減るのは好きじゃないしね」
「そ、それって…」
ジョミー君が口をパクパクさせます。
「も、もしかして教頭先生に払わせるとか…? ソルジャーが予言してた通りに…?」
「あれは予言と言わないよ。予想と言ってくれないかな」
言葉遣いは正確に、と会長さんは訂正を入れて。
「ハーレイはきっと払ってくれるさ、財布が空になっても…ね。ぼくのお願いなんだから」
「…あんたってヤツは…」
悪人だな、とキース君が深い溜息をつきました。
「今日が何の日か分かってるのか?」
「もちろんだよ。沢山チョコを貰っておいて忘れる筈がないだろう? …年に一度のバレンタインデーだ」
ほらこんなに、と会長さんが示す先にはチョコレートの山。きちんと仕分けされて置かれたチョコは学園中の女の子たちの夢と憧れの結晶です。…キース君は再度溜息をついて。
「よりにもよってバレンタインデーに教頭先生から毟り取る気か? もっと別の日にすればいいのに…。教頭先生は貰える方だと思っているぞ、間違いなく…な」
「そうだろうね。去年はちゃんとプレゼントしたし…。でも、大切なことを忘れてないかい? ハーレイは甘いものが苦手なんだ。チョコは有難迷惑なんだよ」
だから気にする必要はない、と会長さんは強気です。チョコが苦手な人のためにネクタイとかも宣伝してたと思うんですけど、言うだけ無駄ってものでしょうか。
「よく考えてみたまえ、キース。…ぼくは男だ。そのチョコの山が証明している。学園一の人気を誇るぼくからチョコを貰おうだなんて、厚かましいにも程があるよ。期待する方が間違ってるのさ」
だから代わりに貢がせるんだ、と会長さんは立ち上がりました。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお供につくしかありません。ソルジャーを早々に追い返したかった理由はこれでしたか! もしもソルジャーがついて来ていたら、財布の中身をねだるどころじゃありませんから。
ソルジャーのために使ったお金を教頭先生に肩代わりさせようという会長さん。バレンタインデーだというのも気にせず、先頭に立って本館に行き、教頭室の重厚な扉をノックして。
「…失礼します」
机に向かっていた教頭先生の顔が一瞬輝き、会長さんの後ろの私たちを見るなりガックリ感を漂わせました。
「なんだ、お前たちか」
「ご挨拶だね、ハーレイ。みんながいるとマズイことでも? あ、そうか…。もしかしてチョコを貰えると思ってた? 去年みたいに」
「…お、おい、ブルー!」
教頭先生は真っ赤になって慌てふためき、会長さんがクスッと笑って。
「ごめん、ごめん。…去年ぼくからチョコを貰ったのは内緒だっけ。もうバレちゃったみたいだけどさ」
「…………」
しょんぼりと俯く教頭先生。そういえば去年は『見えないギャラリー』としてお供したので、教頭先生は会長さんが
一人でチョコを渡しに来たのだと信じ込んでいたのでした。あのチョコはかなり悪質でしたが…。中にメッセージ入りのカプセルがあるから、と苦手なチョコを食べさせてみたり、そのメッセージで悪戯したり。あれに比べればお金を毟り取られる方がマシと言えるかもしれません。
「ハーレイ、そんなにしょげなくっても…。今日もチョコ絡みで来たんだよ」
「そうなのか?」
教頭先生は一気に立ち直りました。おめでたいと言うか流石と言うか…。会長さんは教頭先生の机に近付き、ポケットから紙を取り出して。
「…これ。チョコレートの請求書」
「請求書? なんだ、私が払うのか? まあいいが…」
お前から貰うチョコの金なら、と請求書を見た教頭先生の顔がみるみる青ざめます。会長さんが差し出したのは何枚ものレシートだったのですから。
「おい、こんなに沢山どうするつもりだ…。私にこれを食えというのか? いくらなんでもこの量は…」
「ダメかな? 闇鍋も平気で食べてくれたし、チョコレートくらい大丈夫かな、って」
「……お前の手作りチョコなら頑張れるのだが……」
これはデパートのチョコだろう、と教頭先生は脂汗。次に会長さんが取り出したものは…。
「えっとね、こっちはチャイナドレスにかかった費用。ぶるぅが縫ったから生地代と刺繍の手間賃だけなんだけど、領収書を失くしちゃって…確かこのくらいの額だった」
「……むむぅ……」
「あのドレス、楽しんでくれたよね? ハーレイのために作ったんだよ。…もちろん払ってくれるだろう?」
会長さんはソルジャー用に作ったドレスの代金をエロドクターが誂えたドレスの分だと偽って巻き上げようとしていました。教頭先生はコロッと騙されたようで。
「そうか、ドレスの代金か…。ならば支払うべきだろうな。…それとチョコレートの代金だが…。金は払うからチョコは勘弁してくれ。私には無理だ」
「いいのかい? みんなで食べてしまっても? 限定品とか色々なんだよ」
「かまわん。胸やけするよりはいい」
苦笑しながら財布を出した教頭先生はお札を数えて会長さんに渡し、会長さんは嬉しそうに。
「ありがとう、ハーレイ。…実はね、チョコもドレスもブルーが注文したんだよ。ぼくのじゃない」
「……ブルーだと!? ちょっと待て、それはどういうことだ!」
「だからブルーの分だってば。チョコはブルーが買ったんだ。ぶるぅと一緒に食べるんだってさ、あっちのハーレイも甘いものは苦手だから。…チャイナドレスもぼくのを見て欲しいと言い出したんだよ。バレンタインデーの特別休暇に着るんだって言ってたけども…。あれ? ハーレイ…?」
教頭先生は机の上に突っ伏しています。会長さんにお金を毟り取られるのは毎度のことですが、ソルジャーの分を支払わされてショックを受けているのでしょう。燃え尽きている教頭先生の肩を会長さんが軽く叩いて。
「ハーレイ、のびてる場合じゃないよ。…今年のチョコはぼくなんだから」
「「「!!?」」」
ガバッと跳ね起きる教頭先生。私たちもビックリです。今年のチョコは会長さんって…どういう意味?
「仕事が終わったらぼくの家に来て。年に一度のバレンタインデーだし」
「……ブルー……?」
「約束だよ。プレゼントはチョコだ」
じゃあね、と教頭室を出ていく会長さん。私たちも慌てて続きました。今年のチョコが会長さんで、おまけにプレゼントだなんて、いったい何…?
「おい。今年のチョコって何の話だ?」
キース君が問いかけたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に帰ってからでした。そろそろ下校時間が近づいています。会長さんはニッコリ笑って。
「続きはぼくの家で話さないかい? 晩御飯を御馳走するからさ。そのつもりで用意してきたんだ」
ぶるぅ特製ビーフストロガノフにボルシチに…と語る会長さんには逆らえそうもありません。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理は美味しいですし…。私たちは早速家に連絡しました。会長さんの家に遊びに行くから遅くなる、と。それが済むと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力で瞬間移動。着いた先は会長さんの家のリビングです。
「かみお~ん♪ ハーレイが来るのが六時半頃だから晩御飯は早めにするね」
いそいそと飲み物を用意してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはソファに落ち着き、キース君が。
「さっきの話を聞かせてくれ。…俺には今年のチョコがあんただという風に聞こえたんだが」
「ああ、間違ってないと思うよ。今年のチョコはぼくだと言ったし」
会長さんは優雅に紅茶のカップを傾けました。
「バレンタインデーに相応しいプレゼントじゃないかと自信を持ってる。ハーレイだって喜ぶ筈さ」
「ま、まさか…」
不安そうに口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、まさか教頭先生に……チョコの代わりに…」
「食べられるつもりじゃないのか、って?」
コクコクと頷くサム君に、会長さんは「まさか」と軽くウインクして。
「そんな趣味はないし、食べられてあげるほど気前もよくない。でも食べたい気分にはなるだろうねえ…。いや、甘いものは苦手なんだし食べたくないかな?」
「「「???」」」
話が全然見えてきません。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が豪華なパンフレットを持って来ました。シャンデリアが輝くお城のような部屋をバックに書かれた文字は…。
「「「チョコレート・スパ!?」」」
「そう。ぶるぅにザッハ・トルテを作らせていて思い出したんだ。あのトルテで有名なホテルでやってたっけ…って。チョコレートを使った全身エステのコースだよ。終わった後も二日間ほど身体から甘い香りがするらしい。だから…」
「…教頭先生にやらせるんですか?」
シロエ君が恐る恐る尋ね、会長さんは豪華パンフを開いて見せて。
「うん。せっかくだから本場のがいいと思ってさ…。昨日、瞬間移動で行ってきた。いろんな国から人が来るから各国語のパンフが揃っていたよ。パンフを貰って、必要なものを揃えて貰って…ついでに技もサイオンでちょっと、ね。技以外はちゃんとお金を払ってきたから安心したまえ」
会長さんは得意げでした。そういえばソルジャーのお給料はとても高いんでしたっけ。教頭先生にたかってばかりいるので、ついつい忘れがちですが…。そして教頭先生にエステティシャンの技を仕込んだのも会長さんです。
「そういうわけで、今年はぼくがチョコになるのさ。文字通りチョコレートまみれだからね、バレンタインデーには最適だろう?」
パンフレットには全身にチョコを塗りたくられた女性の写真が載っていました。利用者の四割強は男性だとも書かれています。…うーん、それなら問題ないかな? 私たちはパンフを回し読みして興味津々。早めの夕食を食べる間も話題はもっぱらチョコレート・スパ。夕食の後はリビングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエステ用のローションなどを揃え始めて、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
リビングに現れた教頭先生は私たちを見て肩を落としました。この状況では会長さんとの甘い時間なんかは望めそうもないからです。きっと半端なく期待しながら来たのでしょうが…。
「…ブルー……。今年のチョコはお前だと言っていなかったか…?」
微かな望みを繋ぐかのように声を絞り出す教頭先生。会長さんは艶然と微笑み、教頭先生を手招きして。
「そうだよ。ほら、見てごらんよ、このパンフ。…ぼくの身体にチョコレートをたっぷり塗れるだなんて夢のようだと思わないかい? 次からチョコの香りを嗅ぐ度、ぼくの手触りを思い出せる。…素敵だろう?」
教頭先生がウッと短く呻きました。どうやら鼻血の危機らしいです。けれど会長さんは容赦なくサイオンでチョコレート・スパの技を流し込み、ひらひらと片手を振ってみせて。
「バレンタインデーのプレゼントだよ。ぼくはお風呂に入ってくるから、上がったらエステの方をよろしく。ハーレイもチョコの甘い香りに存分に酔ってみるといい」
じゃあ、とバスルームに向かう会長さん。お風呂にもチョコレート・アロマの蒸気が満たしてあるのだそうです。うーん、どこまで凝ってるんだか…。
教頭先生は会長さんの家に常備されているエステ専用の服に着替えて手持無沙汰に立っていました。会長さんはのんびりバスタイム。と、廊下の方で言い争うような声が聞こえて…。
「狡い!!」
叫びながらリビングに飛び込んで来たのはバスローブ姿の会長さん。…えっ、その後ろにもバスローブを着た会長さん…?
「ブルー!!」
後から入って来た方の会長さんが「狡い」と叫んだ方の腕をガシッと掴みました。
「チョコレート・スパはぼく専用! ブルーは特別休暇中だろ!?」
げげっ。何故ソルジャーがこんな時間に…?
「特別休暇は今夜から! ぶるぅは寝ちゃったし、シャワーを浴びてハーレイが来るのを待っている間、暇だったから覗き見したら……楽しそうなことをやってるじゃないか。二日間も身体からチョコの香りが漂うなんて、絶対ぼくにピッタリだってば!」
休暇中は身体ごとハーレイのためのチョコになるのだ、とソルジャーは主張しています。とは言うものの、チョコレート・スパは二時間近くかかるんですから、二人分となれば夜中までかかってしまうかも…? しかし教頭先生はプロでした。
「…お二人とも同時に…というのは難しいですが、時間差でやってみましょうか。ブルー…ええ、そちらの…チョコの香りがしていないブルーは今からお風呂に。その間にブルーのマッサージを」
「ぼくにもやってくれるのかい? ありがとう、ハーレイ。…後でたっぷりサービスするよ」
何やら不穏な言葉を残してソルジャーはバスルームに行ってしまいました。会長さんは下着だけになって用意してあったベッドに寝そべり、カカオクリームと胡桃バターを調合したピーリング剤で全身マッサージ。その後、シャワーで洗い流す間に…今度はソルジャーが全身マッサージ。ところがここで問題が…。
「ぼくは下着は無しでやりたい!」
前にエステを頼んだ時もそうだったから、とソルジャーは全く譲りません。せっかく見学していたというのに、スウェナちゃんと私は出て行かざるを得ませんでした。ダイニングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れてくれましたけど、チョコレート・スパを見たかったなぁ…。
「あのね、シャワーの次はパックなんだよ」
私たちが気落ちしないよう、説明してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。カカオ・バターとチョコレート製のパック剤を全身に塗って、ナイロンラップを巻き付けて…その間にチョコレート・ローションで顔のお手入れ。そして再び洗い流して、今度はチョコレート・アロマオイルで全身をマッサージ。最後はチョコレート・ローションで仕上げなのだそうです。
「本当に甘い香りがするのね」
スウェナちゃんがウットリ呟きました。サイオンで中継できない代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が香りを運んでくれています。チョコレートそのものの匂いですけど、食べても甘くはないのだとか。ということは「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べてみた…のかな?
「ブルーが甘くないんだって言っていたからホントかなぁ、って…。舐めたら全然甘くなくって、匂いだけだって分かったんだ。あんなに美味しそうなのにね。…あっ、終わったみたい」
もういいよ、と言われてリビングに戻るとバスローブ姿の会長さんとソルジャーがソファに腰掛けて談笑中。その足元には教頭先生が倒れ伏しています。
「サービスだよ、サービス」
会長さんが裸足の爪先で教頭先生をつつきました。
「バレンタインデーだしね、仕上げのローションが終わる瞬間に意識のブロックを解いたんだ。プロ根性が消し飛んだわけ」
本来ならばソルジャーの方が後なのですが、会長さんが順番を入れ替えて自分を最後にしたらしく…。会長さんの肌の手触りを直に感じた教頭先生が立ち直るまでに二十分ほどかかったでしょうか。柔道部三人組が額に冷たいおしぼりを乗せたり、冷たい水を飲ませたり。教頭先生、ご愁傷様です…。
チョコレートの香りの会長さんの素肌という凄いプレゼントを貰ってしまった教頭先生の鼻血が止まり、着替えを済ませて帰り支度を始めた頃。
「あっ、ハーレイ……ちょっと待って」
声をかけたのはバスローブ姿のソルジャーでした。
「お礼をするのを忘れてた。この姿をぜひ見て貰わなきゃ」
言うなりパッとチャイナドレスに着替えます。
「これの代金は君が支払ってくれたようだし、ぼくで良ければお相手するよ? 特別休暇が終わってからね。ブルーとそっくり同じ身体を一度くらいは味わってみたら? なんならチョコの香りを纏ってもいい」
挑発的な目のソルジャーに教頭先生はたじたじとして。
「い、いえ…。わ、私にはそんな大それたことは…」
「そう? あ、君のブルーでなくっちゃダメなのかもね、君は純情みたいだし…。それじゃ、ぼくからもバレンタインデーの特別サービス。君のハートを鷲掴みにするブルーの姿を見せてあげよう」
キラッと青い光が走った次の瞬間、教頭先生は鼻血を噴いて失神しました。ドスンという音が響くと同時にソルジャーの姿が消え失せ、声がどこからか聞こえてきて…。
「ハーレイにサイオニック・ドリームを見せた。ブルー、ハーレイは君のあられもない姿を見てしまったかもしれないよ。望みの服装に見えるように調整しておいたけど、服を着ているとは限らないしさ。ドレスだったか下着だったか、それとも何も着ていなかったか…。目を覚ましたら尋ねてごらん」
またね、と楽しげな笑いを残してソルジャーは帰ってしまいました。教頭先生は会長さんのどんな姿を見たのでしょうか…?
「……知りたくもない……」
会長さんが呻きました。そりゃそうでしょう、教頭先生の願望なんか知りたくないに決まっています。なのに…。
「ねえ、ブルー。どうしてさっきエプロン着てたの?」
ツンツンと会長さんのバスローブの袖を引っ張ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あんなエプロン持ってたっけ? 白くてフリルが沢山ついてて…。それに裸でエプロンなんて、お行儀悪いと思うんだけど」
「「「………」」」
最強のサイオンを持つタイプ・ブルーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な瞳でソルジャーが仕掛けたサイオニック・ドリームをしっかり目撃したのでした。教頭先生の望みは裸エプロンだったようです。控えめなのか大胆なのか、理解に苦しむ所ですが…。
「ブルーのせいで酷いバレンタインデーになっちゃった。チョコの香りで鼻血を出すようになったら楽しいな、と思って遊んでたのに…エプロンだって!? その記憶だけは消してやる!」
会長さんは失神している教頭先生の記憶の中から裸エプロンを綺麗に消去し、瞬間移動で家へと送り返しました。私たちも順番に家に送って貰いましたが、チョコレート・スパの甘い香りはそれから二日間ほど会長さんの周囲に漂っていて、まるでチョコレートの国の王子様。…ソルジャーはといえば寝ぼけた「ぶるぅ」にチョコと間違えて足を思い切り齧られたらしいのですが、そのくらいの罰は当たって当然…? 教頭先生がチョコを好きになったか嫌いなままか、そっちの方も気になります~!