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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

仏縁の果てに・第2話

キース君の壮行会に便乗する形で、ジョミー君は無理やり得度させられてしまいました。サイオン・バーストを起こしたジョミー君の意識が戻らない内に会長さんは阿弥陀様の御厨子などを瞬間移動ですっかり片付け、さっさと私服に着替えてしまって、今夜のお泊まり会に備えて夜食などを用意してもらっています。そんな会長さんに、キース君が。
「…おい、このまま放っておいても大丈夫なのか? ジョミーはバーストしたんだろう?」
ジョミー君は運び込まれた簡易ベッドに寝かされていて、心配なのは私たちも同じ。サイオン・バーストは場合によっては命に関わる、とキース君がバーストした直後に教えられていたからです。けれど会長さんは気にするでもなく。
「平気だってば。キースの時とは規模が違うし、タイプ・ブルーの能力からすればサイオンの放出量はほんの少しだ。ショックで気絶してはいるけど、ダメージはキースよりも遙かに少ない。せいぜいハーレイの鼻血レベルさ」
「「「………」」」
教頭先生の鼻血ですって? なんだか一気に深刻さが減ってしまったような…。マザー農場の職員さんたちも苦笑しています。会長さんはジョミー君の顔を覗き込み、額にそっと手を当ててみて。
「うん、大丈夫。もう少ししたら意識が戻るだろう。その前にぼくの家に移動しようか、ここで騒がれたら迷惑だしねえ…。農場の朝は早いんだから」
「お気遣いなく。徹夜で飲んでも仕事はしますよ、私たちは」
農場長さんがゆっくりしていくようにと言ってくれましたが、会長さんは長居する気は無いらしく。
「いいんだってば、傷心のジョミーを慰めるには少数精鋭でいくのが一番! ここだとジョミーを甘やかしそうな女性陣もいるし、ぼくたちだけでシビアにビシバシ」
「…それは慰めるとは言わないのでは…?」
突っ込みを入れた農場長さんに、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「まあね。とにかくジョミーを得度させるチャンスを作ってくれたことには感謝するよ。キースの壮行会もありがとう。責任を持って立派な坊主にしてみせるから」
「お坊さんが三人ですか。頼もしいですな」
うんうん、と頷く農場長さんと職員さんたちに別れを告げて、私たちは瞬間移動で会長さんのマンションに移りました。農場長さんはマイクロバスを出すと言ったのですけど、ジョミー君の意識が戻らないので会長さんが断ったのです。曰く、「足腰立たない酔っ払いを運ぶのは趣味じゃないから」。気絶と酔っ払いは同列ですか…。
「ん? 酔っ払いに何か問題でも?」
ジョミー君をソファに下ろした会長さんが振り向いて。
「意識が無くて重たいだけだろ、こんな状態。酔っ払いと変わりゃしないよ、此処まで担いで来る手間を思えば瞬間移動の方が早いし…。力仕事は嫌いなんだ。担ぐ場合はキースに丸投げしていたさ」
「俺なのか?」
「そう。君が一番力がありそうだし、バーストの方も先達だしね。…あ、いけない」
電話機の方へ向かう会長さん。何をするのかと思えば、ダイヤルした先はマザー農場。
「もしもし? ぼくだけど。今日は色々ありがとう。それで、すっかり忘れていたんだけれど……ジョミーがバーストを起こした件は内緒にしといてくれるかな? 長老たちに知れると何かとうるさい。…そう、ぼくが説教されるんだよ。うん、うん…。じゃあ、よろしく」
受話器を置いた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夜食の用意をさせています。えっと…ジョミー君がバーストを起こした件がバレると会長さんがお説教っていうのは、ジョミー君がタイプ・ブルーだから? 私たちが顔を見合わせていると。
「決まってるじゃないか」
当然とばかりに答える会長さん。
「タイプ・ブルーのサイオンが一気にバーストしたら何が起こるか知ってるだろう? シャングリラ学園全部が吹っ飛ぶパワーなんだよ? マザー農場は流石に広いし、全部吹っ飛ぶとは言わないけれども、管理棟と宿泊棟が全壊するのは間違いないね。農場だって無傷じゃ済まない」
「「「………」」」
そんな危険な橋を渡ってまでジョミー君を仏門に押し込みたかったわけですか…。私たちは溜息をつき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を口に運びました。テーブルの上にはマザー農場で分けてもらったパーティー料理や、新鮮な卵とバターで作ったパンケーキなど。…ジョミー君の意識が戻るまで、ちょっと休憩しときましょうか。

ジョミー君が「うーん…」と小さな声を上げたのは半時間ほど経ってからでした。睫毛が震え、何度かゆっくり瞬きをして、それから周囲を見回して。
「…あれ? ここ…」
「ぼくの家だけど、何か質問でも?」
会長さんがジョミー君に手を貸してソファに腰掛けさせました。
「気分はどうだい? ホットミルクでも作らせようか?」
「んーと…。なんか頭がスッキリしないし、冷たい物の方が…」
「了解。オレンジスカッシュでいいよね。ぶるぅ、頼むよ」
「かみお~ん♪」
すぐに運ばれてきたオレンジスカッシュをジョミー君はゴクゴクと飲み、飾りのオレンジを齧った所で。
「………。変だ、やっぱり覚えがないや。いつの間に帰ってきたんだっけ? ぼく、どうやってブルーの家へ?」
「瞬間移動に決まってるだろう? 遅くなったし、ぼくの家に泊まって貰おうと思ってさ」
「そっか。あっ、料理も貰って来たんだね!」
お腹ペコペコ、とジョミー君はパーティー料理の残りに目を付け、早速パクつき始めます。ひょっとしなくてもバーストのショックで記憶が綺麗に抜け落ちましたか? 強制的に得度させられたことは知らないとしても、その前の会長さんの後継者を巡る騒動は…?
「え? みんな、変な顔してどうしたの?」
キョトンとしているジョミー君に、私たちは天井を仰ぎました。やっぱり忘れてしまってますよ~! まあ、それはそれで平和かな、と思ったのに。
「ジョミー、改めて話があるんだ」
切り出したのは会長さん。
「落ち着いて聞いてくれたまえ。…と言っても全く信じないだろうし、ぼくたちの記憶を見るといい。はい、ぼくの分。ぶるぅの分。でもって、これがキースの分で…」
サイオンで瞬時に情報を伝達されたジョミー君の身体がピキンと固まり、顔がみるみる青ざめて…。
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんの冗談? どうしてぼくが後継者なわけ? なんでお坊さんにされちゃうわけ?」
「後継者の件は冗談だよ。それは認める」
でも、と言葉を続ける会長さん。
「キースの壮行会ってことでテラズ様と縁のある場所に行ったし、いい機会だと思ったんだ。君にもいつかは得度してもらうって言ってただろう? 善は急げと言うじゃないか」
「じゃあ、どうしてぼくの記憶が無いのさ? 捏造したって無駄だからね!」
「誓って捏造していない。…君の記憶が吹っ飛んだ理由はこれを見れば分かる」
再びサイオンで送られたらしい情報に、ジョミー君は完全に硬直しました。
「…バースト…? ぼくが…?」
「そうだよ、ジョミー。ぼくが咄嗟に抑え込まなければ宴会場は壊れていたかもね。…君はバーストのショックで気絶しちゃって、ついでに記憶も飛んだというわけ。バーストする前に無理やり言わされた誓いの言葉も覚えてないだろ?」
「え?」
目を丸くするジョミー君に、会長さんはスラスラと。
「阿弥陀様への誓いの言葉さ。殺生をしない、盗みをしない、みだらな行為をしない、嘘をつかない、飲酒で迷惑をかけない、慈悲に背く行いをしない。…君が言わされたのはこうだけどね。フセッショウ、フチュウトウ、フジャイン、フモウゴ、フコシュ、フシンイ。…漢字を説明するのは面倒だから音だけで充分」
「それを言ったらどうなっちゃうの?」
「阿弥陀様に帰依したことになる。お袈裟とお数珠と法名を貰って剃髪すれば得度完了」
「えぇっ!?」
愕然とするジョミー君に重ねて記憶が送られた模様。ジョミー君は両手で髪の毛を押さえ、縋るような瞳で私たちを見て…。
「い、今のって本当? な、なんかブルーがぼくの頭に剃刀を…。でもって得度完了とかって…。嘘だよね?」
「すまん」
キース君が深々と頭を下げました。
「俺もうっかりブルーのペースに飲まれてしまって、止める余裕が無かったんだ。…残念だが得度式の手順はきちんと踏まれている。お前も今日から仏弟子なんだ」
「………嘘………」
ジョミー君は言葉を失い、サム君が。
「大丈夫だって! 俺だってとっくに得度してたけど、誰も気付いていなかっただろ? お前もあんまり気にするなよ。気にしてばかりいるとハゲるぜ」
「……ハゲ……」
その単語はジョミー君の心にグサリと刺さったようで。
「そ、そんな…。ぼくも丸坊主にされるわけ? キースと違って1分間しか持たないのにさ、坊主頭! い、い、い…」
嫌だーっ! と絶叫する前に割って入ったのは会長さんです。
「おっと、そこまで。…またバーストを起こされちゃったら大変だしね。心配しなくても髪の毛の方ならフォロー済みだ。キースみたいに写真に写るレベルじゃないけど、見た目だけなら誤魔化せる。…やってみて」
はい、と鏡を渡されたジョミー君は暫し悩んでから精神を集中し始めました。金色の髪がフッと消え失せて坊主頭になり、1分、2分…そして3分。ジョミー君のサイオニック・ドリームは1分が限界だったのですから、キース君の時と同様、壁を越えたのは間違いありません。
「よし、そこまで! ほら、ちゃんと誤魔化せていただろう?」
会長さんに問われたジョミー君は。
「そうみたいだけど…。でも、本当に得度しちゃったことに決定? 後戻りなし?」
「なし。…せっかく法名も決めたんだから、今度から璃慕恩院に出掛ける時には名乗ってみるのもいいかもね。そうしたいなら届け出ておくよ」
これ、と会長さんに法名を書いた紙を手渡されたジョミー君の嘆きっぷりは半端ではありませんでした。ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。キース君の休須よりマシだと思うんですけど、そういうものでもないんでしょうねえ…。

「…ねえ…」
散々文句を言った挙句にジョミー君は泣き落としを始めました。
「可哀想だとか思わないわけ? ぼくはお寺の跡取りじゃないし、サムみたいにブルーに惚れてるわけでもないし…。お坊さんになっても何のメリットも無いんだけれど、それでも取り消しできないの?」
涙を浮かべてみせるジョミー君に、会長さんがフウと吐息をついて。
「…絶対に無理とは言わないけどね。ただ、今より不自由なことになると思うよ。君がバーストを起こした現場を目撃した人は大勢いる。一応、口止めしてきたけれど、君が仏門に入らないなら緘口令を解こうかなぁ、と」
え。それってマザー農場の人たちが喋りまくるってことですか? でなきゃ長老の先生方に報告するとか? …会長さんはジョミー君を見据えると。
「ぼくは君のバーストを抑え込める自信があったからこそ、得度の件を切り出したんだ。そしてバーストは小規模だったけれども、起こした事実に間違いはない。タイプ・ブルーのサイオン・バーストがどれほど危険か、前に話しておいたよね?」
「う、うん…」
「君が仏門入りを切り出される度にバーストを起こしかねないことがバレたらどうなると思う? キースの場合はコントロール可能と判断されて問題なしになっているけど、タイプ・ブルーだとそうはいかない。確実にサイオン制御リングだ」
げげっ。サイオン制御リングというのは、キース君がバーストを起こした時に見たことがあります。ブレスレットや数珠レットにサイオンの制御装置を組み込んだもので、サイオンの自然な流れを遮断するため、頭痛とかの副作用が出ると噂の代物。ジョミー君がそれを嵌めるとなったら、確かに不自由極まりないかも…。
「それに制御リングだけでは終わらないね」
会長さんは畳みかけるように。
「なんと言ってもタイプ・ブルーだ。サイオンの規模は計り知れない。制御リングで抑え込むのは無理と判断されるだろう。…必然的にコントロールの訓練を急げと要求されることになる。君の大嫌いな精神集中を来る日も来る日も、ひたすら訓練! 言っておくけど、ぼくも容赦はしないから」
訓練だけで一日分の気力を使い果たすだろう、と会長さんは宣告しました。
「訓練が終わった後でサッカー部の方へ遊びに行こうとか、ぶるぅの部屋でのんびりしようとか、そんな余力は無いと思うよ。家に帰って寝るだけだね。…それで良ければ得度の件は無かったことにしてもいい。さあ、選びたまえ。おとなしく仏門に帰依しておくか、バーストがバレて訓練三昧の日々を送るか、二つに一つだ」
簡単だろう? と言われたジョミー君はグッと詰まって、考え込んでいましたが…。
「その訓練って、どのくらい? 一ヵ月? それとも二ヶ月?」
「自分の限界を全く分かっていないようだね。坊主頭に見せかけるだけの特訓ですら、何ヶ月かかっていたんだい? それも特訓をやめたら元の木阿弥。そんな君が一ヵ月や二ヶ月でサイオンを完璧に使いこなせるようになるとでも? ハーレイたちは当然のように、ぼくと同レベルの能力を求めてくると思うんだけど」
「ま、まさか…。まさか瞬間移動とか?」
「決まってるだろう? いきなり衛星軌道上まで移動しろとは言わないけどね、ぼくの家と学校の間くらいは移動できるのが基本だよ。バーストという裏技無しで君がそこまで辿り着くには早くて三年くらいかなぁ…。もちろん休日返上で。…付き合わされるぼくも災難だよね」
たまにはブルーに代わって貰おう、と会長さんはソルジャーの名前を出しました。
「ぶるぅじゃダメかって言うのかい? ダメだね、ぶるぅは力はあるけど理屈が分かっていないから。その点、ブルーは経験豊富なソルジャーだ。余計なことも吹き込んじゃうかもしれないけれど、教えるのはぼくより上手いかも…。どうする、ジョミー?」
休日返上で三年間もハードな訓練に明け暮れるのか、それとも大人しく仏門入りか。仏門に入った場合は、特に剃髪を促されるというわけでもなくて、法名さえ頂戴しておけば問題はないみたいです。ジョミー君は悩みに悩み、とうとう決心を固めました。
「分かったよ、この際、徐未でもいいよ。ジョミーと大して変わりはないし! 髪の毛だって見た目だけなら誤魔化しておけるみたいだし! …三年間も訓練するより、名前だけでもお坊さんの方が…」
「決めたのかい? じゃあ、今日から君もぼくの弟子だ。サムと一緒に仏道修行に励みたまえ」
あまり期待はしてないけれど、と会長さんが改めて差し出した輪袈裟と数珠を渋々受け取るジョミー君。ついに正式に仏門入りが確定となり、その後はジョミー君の前途を祝して盛大な宴会の始まりです。キース君の壮行会に、ジョミー君の得度のお祝い。抹香臭い宴会ばかりですけど、賑やかなのはいいことですよね!

どんちゃん騒ぎは明け方まで続き、ゲストルームに引き揚げた私たちが目を覚ましたのはお昼前のことでした。寝惚け眼で着替えを済ませてダイニングに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブランチの用意を整えています。茄子とベーコンのトマトスパゲッティにサラダにパエリア、軽めに食べたい人のためにとアワビ粥まで。
「やあ、おはよう。遅かったね」
会長さんが御機嫌で迎えてくれました。
「昨日は実にいい日だったよ。やっとジョミーを仏門に入れることが出来たし、最高だよね。ところでさ…」
提案があるんだけれど、と会長さん。
「そろそろ学園祭の季節だろ? 明日はグレイブがクラス展示か演劇かを決める投票を持ち出す筈だ。君たちは今年は何をやりたい? 特に希望が無いようだったら、ぶるぅの部屋を公開しようかと思ってね」
「…今年もか?」
キース君が問い返し、シロエ君が。
「そういえばジョミー先輩が訊いてましたっけね、今年は公開しないのか…って。じゃあ、公開の方向で?」
「うん」
会長さんは頷いて。
「去年はとっても人気だったし、ニーズはあると思ってたんだ。…ただ、いいネタを思い付かなくて…。バニーちゃん喫茶をもう一度とも考えたけど、二番煎じは面白くない。何かないかな…と検討中の所へ素敵なネタが」
「「「ネタ?」」」
なんだか嫌な予感がします。会長さんの思い付きは大抵ロクなことではないのを私たちは悟っていました。今度は何を言い出すのでしょう? バニーちゃん喫茶の次はメイド喫茶か何かですか? 肘でつつき合い、思念を交わす私たちの姿に、会長さんはクスクス笑いながら。
「メイド喫茶というのもいいねえ、みんなにメイドの服を着せてさ。…ああ、もちろん女子は除外だよ? 女の子まで巻き込んじゃうのは紳士的ではないだろう?」
「つまりは喫茶で決まりなんだな?」
ドスの利いた声はキース君。けれど会長さんは首を横に振って。
「違うよ、もっと高尚なもの。ライバルは茶道部の御茶席だ」
「「「茶道部!?」」」
なんですか、そのライバルは? そういえば会長さんが花魁姿でお点前を披露していた年がありましたっけ。会長さんったら、また花魁になって御茶席を設けるつもりですか…?
「分かってないねえ…。お点前は花魁にも必須の教養だけど、お茶の由来を知らないのかい? 元々はお坊さんが持ち込んで来た飲み物なんだよ、お茶ってヤツは。茶道だってお坊さんが始めたものだし、お寺との縁が深いんだ。だから今年は坊主カフェ!」
「「「坊主カフェ!?」」」
私たちの声は完全に引っくり返っていたと思います。坊主カフェとは何なのでしょう? 会長さんはニコニコ顔で。
「親しみやすさをアピールするために坊主カフェって名前にしたんだ。だけど中身は格調高く、きちんとお抹茶を点てて出す。ただし、茶道部の御茶席みたいな畳に正座じゃ話にならない。もっと気軽に来てもらえるよう、立礼で」
「リュウレイ…?」
聞き慣れない単語に鸚鵡返しのジョミー君。キース君が「知らないのか?」と眉を顰めましたが、私だって初耳です。会長さんは「茶道のスタイル」と丁寧に説明してくれました。
「正座に慣れていない人のためにね、お茶を点てる人も椅子に座ってやるんだよ。もちろんお客さんも椅子席だ。これなら畳を持ち込む必要もないし、ぶるぅの部屋でもやりやすい。…でもってサービスするのがお坊さんだから、坊主カフェってこと」
「ちょ、ちょっと待て! 俺に坊主になれってか!?」
キース君の叫びに、会長さんは。
「察しが良くて助かるよ。だけど君だけじゃ寂しいし…。ジョミーとサムのお披露目も兼ねて派手にやりたい。この際、マツカとシロエも坊主だ。…ただしサイオニック・ドリームだけどね」
「「「!!!」」」
えらいことになった、と私たちは顔面蒼白。けれど会長さんはウキウキと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君以外の男子の法衣の手配を頼んでいます。
「やっぱり衣は墨染めだよね。あ、ぼくは緋色の衣だから! 袈裟はどれにしようかな? 学園祭はお祝い事だし、華やかなヤツが良さそうだけど…。ぶるぅ、ジョミーたちの袈裟は地味なので頼むよ、引き立て役にはそれで充分」
「うん! えっと、いつものお店でいいのかなあ?」
「そうだね、あそこは任せて安心!」
仲間が経営している仮装衣装専門店の名前が出てきて、キース君たちも観念するしかありませんでした。えっと、えっと……キース君とジョミー君の坊主頭は何度も見たことありますけれども、他のみんなは全く想像つきません。よりにもよって坊主カフェ…?

会長さんが言っていたとおり、翌日のホームルームでグレイブ先生が学園祭の出し物を決めるべく投票の時間を設けました。しかし教室の一番後ろに会長さんの机は増えてはおらず、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていません。
「ほほう…。今年もブルーと一緒に別行動か、諸君?」
グレイブ先生が私たちを名指しし、クラスメイトがざわめいています。正真正銘の一年生のクラスメイトには意味がサッパリ分からないでしょう。キース君が代表で立ち上がって。
「はい、今年も1年A組とは別に動かせて頂きます。届け出はブルーが出すと言っていました」
「なるほど。では、諸君は投票しないように。無関係な輩の意見は求めていない」
投票用紙も必要ない、とグレイブ先生は私たち七人グループ抜きで話を進め、例年どおり『演劇よりも展示が望ましい』との大演説をブチかまして……投票結果はお望み通りのクラス展示に。ホームルームの後で私たちはクラスメイトに取り囲まれて別行動の意味を訊かれましたが、坊主カフェだなんて言えるわけもなく。
「ぶるぅの部屋を公開するんだ」
キース君が説明しました。
「この学校の中の何処かにぶるぅの部屋があるって噂は知ってるだろう? 去年、学園祭の期間限定で公開したら大人気だった。だから今年もやるってわけだ」
「それって誰でも行けるんですか?」
「ああ。去年は喫茶をやっていたから、今年も似たようなものだろうな。期間中は誰でも入れる。ただし、ブルーが…」
そこでキース君は声を潜めて。
「部屋の公開はブルーが事実上の黒幕ってヤツだ。去年は喫茶でボッタクリなメニューを出していた。今年は何をやろうとするのか、俺たちにも正直、分からない。…ついでに俺たちもババを引くのは間違いない」
「ババですか…。えっと、教頭先生じゃなくて?」
「…なんで教頭先生の名前が出てくる…」
キース君が頭を抱え、私たちは危うく吹き出す所でした。会長さん絡みでババを引くのは教頭先生という図式がクラスメイトの頭の中には既に刷り込まれているようです。今度も教頭先生がババを引いてくれたらどんなにいいか、と男の子たちが願っているのが思念の揺らぎで分かりました。
『そうだよ、ババは教頭先生だってば!』
『俺たちが坊主カフェなんだったら、教頭先生も手伝ってくれてもいいじゃないかよ…』
『教頭先生がババを引いて下さるんなら、その方が有難いんだがな…』
ジョミー君、サム君、キース君。法名を持つ三人でもこの有様ですから、マツカ君とシロエ君は言わずもがな。坊主カフェな事実をクラスメイトには言えないままで放課後になり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「別行動の届けは出しておいたよ、いつもの『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』の名前でね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。テーブルの上には形や彩りが紅葉を思わせる和菓子がズラリと並んでいました。
「坊主カフェでお出しするお菓子はどれにしようか? 見本を取り寄せてみたんだけれど」
まずは試食、と会長さん。もう後戻りは不可能になってしまったみたいです。クラスメイトにも言い出しにくい坊主カフェなのに決定ですか、そうですか…。
「えっ、ババを引くのが何だって? クラスメイトにも言えないだって…?」
誰の思念が零れていたのか、会長さんが首を傾げて。
「ふうん…。なるほどね、君たちだけでは不公平ってわけ? その辺を考慮してあげるつもりはないけど、ババを引くのはハーレイだという鋭い指摘は見逃せない。…ハーレイにもババを引かせるべきかな? どう思う?」
どう思う? って訊かれても…! そんな質問に答えたら最後、えらいことになるのは確実です。私たちは黙秘を決め込み、お菓子の試食に専念しました。学園祭には坊主カフェ! お菓子は紅葉の練り切りかな?



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