シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園祭の準備が始まりました。坊主カフェでお客様に出すお菓子は紅葉を象った練り切りです。お点前担当は会長さんの他にマツカ君とキース君。御曹司なマツカ君に茶道の心得があるのは知ってましたが、キース君とは意外でした。けれど会長さんは当然のように。
「だから言っただろう、お寺と茶道は関係が深い、って。本山の行事なんかだと献茶と言ってね、茶道の家元が来て御本尊様にお茶を供えることもある。坊主たる者、茶道の心得も必要なんだよ」
「そういうことだ」
ほれ、とキース君が点てたお抹茶をマツカ君がテーブルまで運び、ジョミー君たちは見学中。これがお手本で、男の子たちは毎日お抹茶を運ぶ練習をしているのです。そこそこ形になってきたので、今日は本番さながらに衣装も着けて練習しようということで…。
「かみお~ん♪ 奥のお部屋に用意したからね! 着付けのお手伝いをした方がいい?」
「「「………」」」
ブスッと黙り込む男の子たち。仮装衣装の専門店から届いた衣装を喜ぶ人はいませんでした。それでも会長さんにギロリと睨まれては文句も言えず、肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋へと。暫く経って出てきた男の子たちは墨染めの法衣に茶色の袈裟を着け、髪の毛以外はお坊さんのスタイルです。
「うん、いいね」
似合ってるよ、と会長さんが微笑んで。
「それじゃ仕上げに髪の毛の方を…。キースとジョミーは自力で頼むよ、残りの面倒はぼくが見る。…始めっ!」
会長さんの合図で男の子たちは全員見事な坊主頭に変身しました。キース君とジョミー君は見慣れてましたが、他のメンバーのは初めて見ます。シロエ君は可愛く、マツカ君はちょっと色っぽく、サム君はやんちゃな小僧さんのようで…。
「上出来、上出来。坊主カフェも人気が出るんじゃないかな、新鮮だしね。…それじゃ稽古を続けようか。お点前は引き続きキースで頼むよ」
ぼくは休憩、と会長さんは制服でソファに腰掛けたままで。
「もっと背筋をシャンと伸ばす! 姿勢の悪さは制服以上に目立つんだから! 本物のお坊さんになったつもりで礼儀作法もきちんとね」
会長さんの指導は厳しく、一通りの練習が終わった頃には男の子たちはヘトヘトでした。着慣れない法衣も負担になったみたいです。会長さんは溜息をつき、サイオニック・ドリームを解いてから。
「まずは衣装に慣れて貰わないと駄目なようだね。マツカはそこそこいけるんじゃないかと思ってたけど、普通の着物とちょっと勝手が違うかな?」
「そうですね…。この袈裟が少し動きにくいような…」
「なるほど。キース以外はてんで形になっていないし、明日から稽古は法衣ってことで。…スペアも用意してあるからさ、この部屋に来たら着替えること!」
「「「えぇっ!?」」」
ブーイングの声が上がりましたが、会長さんはサラッと無視して。
「おやつを食べたらもう一度練習するからね。ああ、その格好で食べるんだよ? 慣れが大事だ」
食べこぼしたって問題なし、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのシフォンケーキを運んできます。お坊さんの衣装にシフォンケーキは似合いませんけど、学園祭までこの光景が続くんでしょうねえ…。と、会長さんが「もう一つ」とテーブルに紙を取り出して。
「はい、これをみんなに1枚ずつ。…女の子には関係ないけど、歌詞カードだ」
「「「歌詞カード?」」」
「そう。後夜祭の人気投票は知ってるよね? 今年もぼくとフィシスで一位を頂くつもりだよ。ぼくは当然、緋の衣で出る。その時のバックコーラスをお願いしたくて」
「「「バックコーラス…?」」」
なんじゃそりゃ、と渡された歌詞カードとやらを開いてみると、そこに書かれていたものは…。
「どこが歌詞だ!」
キース君が叫びました。
「般若心経を唱えてくれと言うなら分かるが、歌詞カードとは冗談にも程があるだろう!」
「そうかな? 君も知ってる筈だよ、ゴスペル般若心経ってヤツ」
「…なんだと?」
「第九のメロディーで歌うゴスペル風の般若心経! 動画サイトでも有名だよね」
これ、と会長さんが大音量で部屋に流したのは本当に般若心経でした。クラシックの名曲に合わせて朗々と歌われ、手拍子なんかも入っています。なんなんですか、この歌は…。
「胡散臭いとか思ってる? これでも本物のお寺の住職監修なんだ。せっかくお坊さんが揃ってるんだし、歌って貰えばきっとウケるさ。この練習も今日から始める」
男の子たちはズーンと落ち込みましたが、会長さんは容赦なくゴスペル般若心経の稽古も開始。腹式呼吸が大切だとかで発声練習も必須です。えーと…今年の学園祭は間違いなく坊主一色ですね…。
そうこうする内に学園祭の前日になり、1年A組の教室はクラス展示の会場に変わってしまいました。他のクラスも展示や演劇の準備に忙しく、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で坊主カフェのチラシのチェック。一般生徒には「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の公開としか知らせていないので、みんなが下校した後、チラシをあちこちに置くのです。
「チラシ置き場と掲示板と…。リオとフィシスにも預けなくっちゃね」
はい、と仕分けしたチラシを男の子たちに渡す会長さん。お坊さんの格好もゴスペル般若心経の合唱もそれなりにマスターした男の子たちは最後の練習を終えて既に制服に戻っています。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋も夜の間に業者さんが扉を開けられるように工事した後、御茶席用に整えてくれることになっていて…。
「よし、下校時刻を過ぎたようだ。もう校内に一般生徒は残っていないし、チラシを置きに行って」
「「「はーい!」」」
とうに開き直っていた男の子たちは『坊主カフェ』の文字が躍るチラシを置きに校内に散っていきました。もはやヤケクソのようですけども、坊主カフェではきちんと仕事をする筈です。スウェナちゃんと私は去年と同じく、入口で案内をするだけでした。やがて男の子たちが戻って来て…。
「置いてきたよ、チラシ! でも…」
変なモノを見たんだ、とジョミー君が首を捻っています。
「中庭に先生が集まっていてさ、そこにカボチャが」
「「…カボチャ?」」
「あ、俺もそれ見た!」
サム君が応じ、キース君たちも。
「確かにカボチャが並んでいたな。それもデカイのが」
「カボチャなんか何にするんでしょう? 先生方が出し物をなさるって話は聞いてませんけど…」
かなり大きいカボチャでしたよ、とシロエ君が証言した時、会長さんが。
「あれは出し物なんかじゃなくって魔除けだよ」
「「「魔除け?」」」
「そう、魔除け。…厄除けの方が近いかな? 今はみんなでカボチャを彫ってる」
「「「は?」」」
なんのことだかサッパリです。会長さんが「ぶるぅ、頼むよ」と声を掛け、壁に映し出された光景は…。
「ホントに彫ってる…」
「そりゃハロウィンも近いけどさぁ…」
先生方が中庭で作っていたのはジャック・オー・ランタンというヤツでした。カボチャをくり抜き、個性的な目や口を彫刻中です。会長さんがクスッと笑って…。
「うちの学校、ハロウィンが無いのが残念だとは思わないかい? ぼくが持ち掛けたら二つ返事でオッケーされたよ、面白そうだっていう理由でね。坊主カフェとセットになっているんだ」
「「「???」」」
「坊主カフェのお客さんには悪戯チケットを渡すんだよ。それを持っていけば先生方に悪戯が出来る。悪戯をされたくなければお菓子を渡せばいいんだけれど、留守にしている控室とかで悪戯されたら困るだろう? だからカボチャを置くんだよ。あれが置いてある部屋の中では悪戯禁止」
「それで厄除けと言っていたのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「流石キースは鋭いね。だけどカボチャを置くだけ無駄な部屋もある。…そうとも知らずに頑張って彫ってるみたいだけども」
大写しになったのは真剣にカボチャと向き合っている教頭先生。彫刻が趣味だと聞いていますが、お世辞にも上手とは言えない出来のカボチャ・ランタンが出来つつあります。けれどカボチャを置くだけ無駄って、ひょっとして教頭先生の部屋は除外ということですか?
「もちろんさ。…ハーレイにババを引かせたいんだろう、坊主カフェで?」
「ま、まさか…教頭先生だけに悪戯を…?」
「そういうこと。他の連中が二つ返事でオッケーしたのはそのせいなんだ。ハーレイだけが酷い目に遭うハロウィンもどきって愉快じゃないか。表向きはカボチャの魔除けで助かりました、ってことにもなるし」
「し、しかし……教頭室にも当然カボチャは…」
彫ってるんだし、とキース君が中継画面を指差します。会長さんは可笑しそうに。
「ハロウィンの悪戯の中にはカボチャを壊すのもあるんだよ。教頭室のカボチャだけは壊してもいい、と言うつもりさ。…壊した後は魔除け無しだし、何をやっても許されるよねえ?」
私たちは頭を抱えましたが、会長さんはやる気満々でした。坊主カフェとハロウィンもどきのコラボレーションとは、なんともカオスな企画です。教頭先生の渾身の作のカボチャ・ランタン、明日の今頃にはボコボコに壊されているんでしょうねえ…。
先生方の部屋の前にカボチャ・ランタンが置かれ、学園祭が幕を開けました。坊主カフェのチラシを手にした生徒が生徒会室の前の廊下に並んでいます。みんな、坊主カフェとはどんなものなのか興味津々。スウェナちゃんと私が扉を開けると歓声が上がり、最初に入れる人数分のお客さんが中へ進んで…。
「「「えぇっ!?」」」
「ようこそ、ぶるぅのお部屋と坊主カフェへ」
緋色の衣の会長さん以下、ズラリと居並ぶお坊さんたちに言葉を失う一般生徒。会長さんは自慢の銀髪ですけど、ジョミー君たちは髪が無いのですから。
「ああ、これ? これもぶるぅの力でね。本当はちゃんと髪の毛があるから安心して。さあ、どうぞ。…茶道の心得が無くても大丈夫だから」
会長さんがお点前をするための机に座り、男の子たちがお茶菓子のお皿を配ってゆきます。紅葉の練り切りを乗せた懐紙にはカボチャの透かしが入っていて…。
「お皿は記念に持ち帰ってくれていいからね。ぶるぅの手形パワーが1回分だけ入ってるんだ。テストの時にそれを持っていれば1回に限り満点にできる」
会長さんの説明に客席がワッと湧き立ちました。手形パワーのオマケつきですか! これは人気が出そうです。お抹茶が配られ、みんながそれを飲み終えた頃に会長さんが。
「お客さんが行列してるし、ゆっくりしてって貰えないのが残念だけど…。お菓子が乗ってた紙にカボチャのマークがついてるだろう? それは悪戯チケットなんだ」
「「「…悪戯チケット?」」」
「そう。気付いたかどうか知らないけれど、先生方の部屋の前にはカボチャ・ランタンが置かれてる。ハロウィンのカボチャさ。それが置いてある部屋では悪戯禁止。部屋の外で出会った先生にはチケットを見せて『トリック・オア・トリート?』と言えばいい。きっとお菓子をくれる筈だよ」
運が良ければゼル特製、と聞いて大喜びの生徒たち。会長さんは更に続けて…。
「ただし、悪戯をしてみたい人もいるだろう。ぼくもターゲットにして欲しい先生がいるし、教頭室の前のカボチャ・ランタンを破壊したまえ」
「「「教頭室?」」」
「教頭室だ。ハーレイには遠慮しなくてもいい。カボチャ・ランタンが置かれていない部屋では悪戯オッケーなんだからね。ハロウィンの悪戯の定番はトイレット・ペーパーとホイップ・クリームと生卵。その辺のアイテムは生徒会で用意してるから、好きなのをどうぞ」
係はリオだ、と会長さんはウインクして。
「トイレット・ペーパーで教頭室の備品をグルグル巻きにしようが、ホイップ・クリームで落書きしようが、ドアや壁に生卵を投げつけようが構わない。ちゃんと保険に入ってあるから無問題だしね。…ハーレイ自身に悪戯するのも大いに結構。期待してるよ、健闘を祈る」
「や……やってみます!」
威勢よく立ち上がった男子生徒に他の生徒も続きました。女子も混じっていたのですけど、高校生といえば先生相手に悪戯したい年頃です。次のお客様を案内するために部屋の外へ出ると、男子も女子も、リオさんにカボチャマークの懐紙を見せて悪戯アイテムを受け取り中。教頭先生、どうなるのかな…。
『フィシスに任せて見てくるといいよ』
会長さんの思念が届きました。
『ぶるぅも連れてってくれるかな? 坊主カフェでは出番が無いから可哀想だし、息抜きしにね』
「かみお~ん♪」
ヒョコッと出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしている様子です。スウェナちゃんと私はフィシスさんに店番ならぬ扉番を代わってもらって教頭室へお出掛けすることに。
「ゆっくり行ってらっしゃいな。きっとブルーも喜ぶわ。目撃証言が聞けるんですもの」
フィシスさんも楽しそうにしています。会長さんの恋人ならぬ女神だけあって、教頭先生への数々の悪戯も熟知しているフィシスさん。今度はいったい何が起こるのか、ドキドキなのかもしれません。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってくるね~♪」
バイバイ、と手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちは教頭室のある本館の方へと向かいました。先に行った悪戯チケットの持ち主たちはとっくに到着しているでしょう。扉に生卵か、備品にトイレット・ペーパーぐるぐる巻きか…。心配ですけど楽しみです~!
「あれ…?」
辿り着いた教頭室の重厚な扉の前にはカボチャ・ランタン。壊れてないじゃないですか! 悪戯チケットの持ち主たちは一体何処へ…?
「んーとね、ゼルにお菓子を貰っているよ」
そう答えたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「一度みんなで教頭室まで来たんだけれど、カボチャ・ランタンを壊す勇気が無かったみたい。だからチケットが本当に効くか、他の先生で試してるんだよ」
慎重になる気持ちは分からないでもありません。いくら会長さんに言われたとはいえ、カボチャ・ランタンは本来、悪戯禁止の印なのです。それを壊して乱入するのはかなり勇気が必要かも…。
『だから、ぶるぅを行かせたんだよ』
笑いを含んだ会長さんの思念。
『また連中が戻って来ると思うんだよね。第二陣の御茶席ももうすぐ終わるし、教頭室を目指す人数が増える。その前にカボチャを破壊しなくちゃ! ぶるぅもチケットを持っているから』
「「え!?」」
ギョッとした私たちの目の前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に懐紙を取り出しました。カボチャの透かし模様が入っています。
「ブルーがカボチャを壊しておいでって言ったんだもん! みゆとスウェナもやってみる? はい、チケット」
小さな手でヒョイと渡された懐紙を私たちがポカンと眺めていると。
「あっ、そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「悪戯をしに来たのかな?」
坊主カフェのお客様たちが戻って来ました。ゼル先生に貰ったというお菓子の袋を持っています。ど、どうしましょう、カボチャ・ランタン、私たちが破壊するんですか? えっと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃなくて…? 教頭先生に恨まれちゃったら困るんですけど…。と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り出したものは。
「はい、目隠しだよ♪」
「「「え?」」」
「楽しく壊した方がいいでしょ? カボチャ割りしようよ、スイカ割りみたいに♪」
そう言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きなカボチャ・ランタンをよいしょ、と抱えて廊下のド真ん中まで移動させると。
「順番はジャンケンで決めていいよね? ジャーンケーン…」
ポンッ! の声で私たちは反射的に片手を出していました。勝ち抜き戦で順番が決まり、一番になった男子が目隠しをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡した棒を握って…。
「いい? 回すからね?」
パアッと青い光が溢れ、男子生徒は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーことサイオンでクルクルその場で回転。これでカボチャが何処にあるかは分かりません。棒を振り上げて打ちおろした先は残念なことに廊下でした。選手は交替、またクルクルと回されて…。
「「「頑張れー!!!」」」
5人目の生徒が棒を握る頃には第二陣の生徒も到着していて、廊下は大いに盛り上がっています。そこでカチャリと扉の開く音が。
「…なんの騒ぎだ?」
「「「きょ、教頭先生!?」」」
全員の腰が抜けかけたのと、バキャッとカボチャが壊れたのとは同時だったと思います。目隠しをしていた生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が上手く誘導した様子。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと胸を張って。
「みんなでカボチャを壊してたの! あのね、ブルーがハーレイのカボチャは壊してもいいって言ったんだよ!」
「…な、なんだと…?」
「カボチャ、壊れちゃったよね。ぼくもチケット持ってるんだ♪ トリック・オア・トリート? お菓子、持ってる?」
「こ、この部屋に菓子は無いのだが…。あっ、待ちなさい、ぶるぅ!」
教頭先生の横をスルリと駆け抜けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはホイップ・クリームの容器がありました。窓に突進してデカデカと書きつけた文字は『そるじゃぁ・ぶるぅ参上!』。それを目にした他の生徒は勇気百倍というヤツです。たちまちトイレット・ペーパーが椅子や机に巻き付けられて、教頭先生もいつの間にやらグルグル巻き。そこへ生卵にホイップ・クリーム…。いいんでしょうか、こんなことして?
「いいんだもんね♪」
こっち、こっち、と新しくやって来た生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼び寄せています。破壊されたカボチャ・ランタンは生徒たちの興奮を煽るようでした。もうどうなっても知らないもんね、としか言えませんです…。
坊主カフェの一日目は大好評。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れることと、お坊さん姿の男の子たちの接客も人気が高いのですが、お土産の手形パワーつきのお皿と悪戯チケットも大評判で長蛇の列に…。入り切れなかった生徒たちには明日の整理券が配られました。
「ふふ、成功。…ハーレイは明日も苦労すると思うよ」
店じまいした部屋で制服に着替えた会長さんが笑っています。
「坊主カフェもハロウィン企画も自分がOK出しちゃったから、今更どうにもならないのさ。マザー農場から新しいカボチャを届けてもらって彫っているけど、明日はぶるぅに頼まなくても生徒が自力で破壊するしねえ? 勇気ってヤツは一度燃え上がると敵知らずだ。カボチャがあっても壊して突撃!」
「おい。…あんた、俺たちの坊主姿を晒しただけでは気が済まんのか?」
キース君の突っ込みに、会長さんは。
「ん? その程度のことでぼくが満足するとでも? 去年みたいにバニーちゃんなら楽しいけれど、お坊さんなんか普通じゃないか。記念撮影の申し込みだって少ないし…」
「坊主頭を写真に撮ってもつまらんからな。…あんたとのツーショットだけは申し込み多数みたいだが」
フン、と鼻を鳴らすキース君。男の子たちの坊主頭は、会長さんがサイオニック・ドリームのレベルをキース君に合わせて調整したせいで写真に写るレベルでした。ですから去年みたいに「好きな男の子との記念撮影」を注文すると、写るのはもれなく坊主頭。人気が出る筈ありません。でも接客をして貰えるのは嬉しいですし…。
「女子には複雑なイベントかもねえ、坊主カフェ。だから悪戯チケットをつけた」
そっちはもれなく遊べるし、と涼しい顔の会長さん。
「アルトさんとrさんが悪戯チケットを回収しようと頑張ってたけど、徒労に終わったみたいだよ。あの二人は本当にハーレイに甘いね、一緒に悪戯すればいいのに」
「ファンなんですから無理でしょう…」
シロエ君の呟きに頷く私たち。アルトちゃんたちは明日も教頭先生を守ろうとするに違いありません。教頭先生だって悪戯チケットから逃げるべく策を講じると思うのですが…。
「そう簡単には逃がさない。…いや、逃げた時こそ却って見ものと言うべきか…」
とにかく明日も頑張ろう、と会長さんはブチ上げました。学園祭は二日間。明日は坊主カフェと後夜祭でのゴスペル般若心経です。ジョミー君たちは仕上げとばかりに合唱させられ、スウェナちゃんと私は手拍子係。本番ではカラオケを流すそうですから、手拍子の方は全校生徒に任せて安心!
学園祭二日目も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は人が途切れませんでした。教頭室の前に新しいカボチャ・ランタンが置かれているのをジョミー君が確認してきましたが、悪戯チケットを握った生徒が早々に破壊。リオさんが渡すトイレット・ペーパーやホイップ・クリームも次から次へと補充されて…。
「えっ、ハーレイが逃げたって?」
会長さんが報告を受けたのはお昼の休憩タイムでした。生徒たちの突撃中にトイレに逃げ込み、鍵をかけたというのです。
「なるほどねえ…。だったら悪戯は徹底的に! 本人が無理なら部屋と車だ。車は許してあげていたけど、身代わりってことでいいだろう。大いに飾ってやりたまえ」
トイレット・ペーパーとクリームで、とニヤリと笑う会長さん。その言葉どおり、午後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて散歩に出かけたスウェナちゃんと私が目にしたものは駐車場でケーキの如くデコレーションされ、トイレット・ペーパーを巻き付けられた教頭先生の愛車でした。けれど教頭先生はトイレに籠ったままで…。
「「「ありがとうございましたー!」」」
最後のお客様を見送り、男の子たちが深々と頭を下げます。坊主カフェは大盛況の内に営業終了。後夜祭でのゴスペル般若心経の合唱が残っているので坊主頭と墨染めの衣はやめられませんが、もうお点前やお運びをしなくていいと思うと嬉しいらしく。
「後夜祭は最後だけの参加でいいよね、バックコーラスの時にいればいいんでしょ?」
ジョミー君は坊主頭を晒したくないので外には出ないと言い、キース君たちも同じでした。そこで私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を手にしてのんびり休憩していたのですが…。
「ぶるぅ!」
後夜祭の人気投票を目当てに出掛けて行った会長さんが瞬間移動で飛び込んできました。
「連行したから、後はよろしく。間に合うように連れて来て!」
じゃあね、と緋の衣を翻して会長さんが消え、代わりにドサリと落ちてきたのは…。
「「「教頭先生!?」」」
「いたたた…」
腰を擦っている教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑って。
「ハーレイ、早めに着替えてね? ブルー、怒ると怖いから」
「着替えだと…?」
「うん! トイレに逃げ込んだけどトイレット・ペーパーが無かったんだって聞いてるよ? それで出たくても出られなくって、紙、紙って騒いでいたんでしょ? ウォッシュレットも壊れてたなんて最悪だよね」
え。そんなことになっていたんですか! 教頭先生は脂汗をビッシリ浮かべながら。
「あ、あれは…。紙もウォッシュレットも絶対ブルーが……ブルーがやったと…」
「でも、紙を届けたのはブルーだよ? ハーレイ、紙をくれるなら何でもするって言ったでしょ?」
「…うう……。私にどうしろと…?」
「ブルーとフィシスが人気投票で一位になるから、盛り上げ役! ブルーがお坊さんらしさをアピールするんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したのは墨染めの衣と袈裟でした。ジョミー君たちとお揃いです。教頭先生がサイオンで着替えさせられた頃、校庭の特設ステージでは会長さんとフィシスさんが人気投票で一位になっていて…。
「行きましょうか、教頭先生」
キース君が先に立ってステージに上がり、男の子たちがズラリと整列。スウェナちゃんと私は「ゴスペル般若心経なぞ歌えない」と泣きが入っていた教頭先生の行く末を見届けるべく、ステージの下に立っていました。教頭先生、歌えなかったらどうなるんでしょう……って、あれ? 小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに?
「今年もぼくを一位にしてくれてありがとう、みんな」
緋色の衣の会長さんがフィシスさんの手を取り、よく通る声で。
「お坊さんの格好でも一位というのは嬉しいものだね。せっかくだから、みんなの悪戯チケットから逃げてしまったハーレイを此処に連行してきた。お詫びの印に丸坊主というのはよくある話だ。剃髪ショーを披露しようと思うんだけど、それでいいかな?」
おおぉっ、と湧き立つ全校生徒。
「このショーのためにバックコーラスも用意した。ブラウ先生、お願いします!」
ゴスペル般若心経のイントロが大音響で流れ、間もなくジョミー君たちが合唱する中、会長さんが教頭先生を無理やり座らせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したバリカンと剃刀で髪の毛を…。第九のメロディーで流れる般若心経と教頭先生の坊主頭は最高でした。花火が上がり、みんなの手拍子が響き渡って…。
「「「はんにゃーーーはーらーみーたーーー しんぎょーおーーー」」」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!!」」」
えっと。教頭先生の坊主頭は当然サイオニック・ドリームですよね? でないと残酷すぎってもので…。ハロウィンなんだか、般若心経だか、何が何だか分かりませんけど、何処から何処までが会長さんのプロデュース? ジョミー君が得度した今、お坊さんがマイブームだったらどうしましょう…。とにかく拝めばいいのかな? 般若波羅蜜多心経…って、困った、歌しか覚えてないのに~!
『歌っておけばいいんだよ』
会長さんの思念が掠めてゆきました。
『どうせこんなの、お遊びだしね。もっとも、ハーレイの坊主頭はお詫びの印に当分の間、そのまんま!』
相応の御布施を積んでくれれば別だけど、と告げられた金額は半端なものではありませんでした。一方的に悪戯されて、逃げたと言われて坊主にされて…。教頭先生、これでも会長さんを諦める気はないですか? 無いんだろうな、と分かる自分が悲しいです。教頭先生に……合掌。