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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

休みたいお盆

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





今年も夏休みが始まりました。柔道部の合宿と、その期間に合わせたジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーも無事に終わって、まずはマツカ君の山の別荘へ。高原の澄んだ空気の中、ハイキングや乗馬なんかをしているのですが。
「…帰ったらまた卒塔婆書きか…」
キース君が夕食の席でボソリと。シェフが腕を奮ったチキンの香草焼きに卒塔婆はまるで似合わない発言です。とはいえ、キース君はシャングリラ学園特別生であると同時に元老寺の副住職。お盆を控えたこの時期、卒塔婆書きは欠かせない仕事なのでした。
「卒塔婆、残っているのかい?」
大変だねえ、と会長さん。
「ノルマを決めてキチンと書いてると聞いていたけど、また増えたとか?」
「ああ、いつものパターンというヤツだ。親父が押し付けてきやがった。お前は遊びに出掛けるんだから親孝行しろとか抜かしやがって!」
よくも、とキース君が唸るパターンももはやお馴染み。卒塔婆書きはハードな作業だけあって、アドス和尚はあの手この手でキース君に自分のノルマを押し付けようとするのです。断ったら最後、雷が落ちるか禁足令が出て外出禁止か。キース君にとってこの時期はまさに地獄と言えるかも…。
「しかも今年は卒塔婆の数が多いんだ! 親父め、最初からそういうつもりで適当にサボッていやがったらしい。俺が合宿に行っている間、一本も書いていないな、あれは」
もう嫌だ、と泣きの涙のキース君。
「家に帰ったら卒塔婆がズラリと待っているんだ…。あれだけの数、いくら俺でもお盆の直前までかかるだろうな。棚経までに一日休みが取れるかどうか…。しかも今年は猛暑なんだ!」
卒塔婆書きでスタミナが尽きたら棚経の途中で倒れてしまう、とキース君は嘆いています。
「おふくろは栄養ドリンクを買っておくとか言ってるんだが、それでもな…。サムかジョミーが資格さえ取ってくれていたなら、少しは手伝って貰えるのに…」
「あー、悪い…。俺もお盆の卒塔婆はまだ書けないしよ」
頑張れよ、とサム君が励まし、ジョミー君も。
「ほら、棚経はフォローするからさ…。どうせ今年も行かされるんだし、倒れた時には救急車くらい呼んであげるよ」
「……シャレになってないぞ……」
本当に救急車の世話になりそうだ、とぼやきつつチキンを頬張るキース君。この様子では山の別荘ライフの間に英気を養って卒塔婆書きに挑んで貰うしかなさそうです。マツカ君も「明日からスタミナがつく料理にしますか?」とか訊いていますし、そっち方面に期待ですよね…。



別荘のシェフはキース君のためにメニューに工夫をこらしてくれました。高原らしく軽やかでお洒落な料理が多かったのが食べ応えのある内容になり、ガーリックなども多めに使用。それでもキース君の帰宅後のノルマが減るわけではなく、明日は帰るという夜になって。
「…なんで寺なんかに生まれたんだ…。世間はお盆休みだというのに、俺の家は!」
どうしてこうなる、と夕食後に集まって遊ぶ広間の畳に突っ伏すキース君。
「ガキの頃から俺の家にはお盆休みなんか無かったんだ! 同級生は田舎に帰ったり家族旅行に行っていたのに、俺の家ときたら棚経だの墓回向だの施餓鬼供養だの…。それでも今よりはマシだった! 今の俺にはお盆と言えば卒塔婆書きに棚経、墓回向…」
それに施餓鬼、と指折り数えて。
「文字通り逆さ吊りの日々がこの先、一生…。俺は一生、逆さ吊りなんだぁーっ!!!」
「「「…逆さ吊り?」」」
それは穏やかじゃありません。卒塔婆書きのノルマを果たせなかったらアドス和尚に逆さ吊りにされてしまうのでしょうか? 御本尊様の前とかで…。それはコワイ、と震え上がった私たちですが、会長さんがクッと笑って。
「おやおや、ジョミーはともかくサムも知らない? 逆さ吊りと言えばお盆のことだよ」
「「「は?」」」
「お盆の正式名称が盂蘭盆会というのは知ってるだろう? これはお釈迦様の国の言葉のウラバンナを漢字で表したもので、ウラバンナの意味が逆さ吊り。逆さ吊りの苦しみに遭っているような人を救う法要ってことなんだな」
その由来は知りませんでした。なるほど、それで逆さ吊り、と…。卒塔婆書き三昧に棚経三昧、猛暑の中の墓回向とくれば気分は逆さ吊りかもです。ですが、キース君が元老寺に生まれた上に副住職となると、頑張ってとしか言える筈も無く。
「キース先輩、逆さ吊りですか…。今年も頑張って下さいね」
シロエ君が励まし、スウェナちゃんも。
「どうせ一生やるんでしょ? その内に慣れてなんとかなるわよ」
「そうだぜ、それに何十年か待っててくれたら俺とジョミーも手伝うからよ」
それまでの間は我慢しろな、とサム君が背中を叩いたのですが。
「…何十年…。俺の悩みはまさにソレなんだ、終わる見込みが無いんだからな!」
次の代に譲るという選択肢が無い、とキース君は拳を握りました。
「年を取らないから跡継ぎの子供も生まれない。俺は一生、親父の下でこき使われて逆さ吊りの苦しみを味わい続けるだけなんだーっ!!」
「「「………」」」
言われてみればそうでした。後継者に譲って楽隠居って道、キース君には無かったですね…。



気の毒だとは思いましたが、こればっかりは救う方法がありません。サム君とジョミー君が助っ人に使えるレベルになるまで待って貰うより道は無し、と私たちは苦悶しているキース君に背を向け、広間の机に用意されていたお菓子や軽食に手を伸ばしました。
「…相当追い詰められてるね、あれは」
重症だよ、と会長さんがポテトチップスを口に放り込み、サム君はサンドイッチをガブリと。
「仕方ねえよな、お寺に生まれちまったんだしよ…。待っててくれれば俺とジョミーが」
「誰もやるなんて言っていないし!」
ぼくは坊主はお断り、とカナッペを口に頬張ったままでジョミー君がモゴモゴ。
「やりたきゃサムが一人で行ってよ、ぼくは絶対行かないからね!」
「…お前なあ…。それこそ一生逃げちゃいられねえぜ、ブルーの弟子だろ?」
人間、諦めが肝心だぜ、とサム君がジョミー君の肩を掴んだ時です。
「これが諦めていられるかぁーっ!」
背中を丸めて落ち込んでいたキース君がガバッと勢いよく身体を起こして。
「俺は諦め続けてきたんだ、それこそガキの頃からな! 寺を継がないと言ってた時でも、おふくろに頼まれて墓回向だけは手伝ってきた。お盆が無かった年は一度も無いんだ、一度くらいは俺はお盆から逃げ出したい!」
「「「えっ?」」」
「しかし今更逃げると言っても、卒塔婆書きは待ってくれんだろう。それは書く! だが棚経だの墓回向だの施餓鬼供養だのが続く期間に俺は休みが欲しいんだ! 世間一般で言うお盆休みが!」
人並みのお盆というヤツが欲しい、と叫ぶキース君は我慢の限界に達してしまったみたいです。副住職がお盆を放棄って、アドス和尚が許さないでしょうに…。
「うーん…。いわゆる病欠かい?」
それなら文句は言えないよね、と会長さんが口を挟みました。
「和尚さんが棚経の途中で熱中症でギブアップというケースを聞いたことがあるよ。どこのお寺も忙しい時期だし、急に代役は見付からない。後日、檀家さんに謝って回ったみたいだね。…そんな感じで仮病を使えば休めるかと」
「病気で寝込めばお盆休みにならんだろう! 親父にブツブツ文句を言われるし、おふくろにも迷惑をかけそうだ。…要するに俺はお盆の期間は元老寺から離れていたいんだ!」
「家出するとか?」
後の始末が大変だけど、と会長さんが尋ねると、キース君はバッと畳に土下座。
「頼む、誰か名案を考えてくれ! 親父に文句を言われずに済んで、お盆をスル―する方法を! このとおりだ!」
頼む、と頭を下げられましても。…アドス和尚は怖いんですから、誰も片棒担ぎませんよ…。



「…合法的にお盆脱出ねえ……」
普通の方法じゃまず無理だろうね、と重々しく告げる会長さん。
「お寺の責任は重いんだ。檀家さんのお布施で食べさせて貰って、住まいに困らないのも檀家さんのお蔭。その代々の檀家さんたちを供養するのがお盆ってヤツで…。そこを疎かにして逃げようだなんて、それこそ坊主失格だけど」
「…分かっている。だが、本当に俺のお盆は一生続くんだ! 三百年以上も生きて来たあんたには大したことではないかもしれんが、俺はまだ悟りの境地に至ってもいない若造なんだ!」
それに、とキース君は続けました。
「俺はウッカリ真面目に副住職になってしまったが、同期のヤツには自由を謳歌しているヤツらも大勢…。ついこの間も「海外の聖地巡りをしています」という暑中見舞いが送られてきて…」
日焼けして楽しそうな笑顔だった、と羨ましそうに遠い目をするキース君。そっか、大学を卒業したら誰でもすぐに副住職とか住職ってわけじゃないんですね。
「…なるほどねえ…。それは少々こたえるかもね」
卒塔婆書きに忙殺されている君にはキツかったかも、と会長さんが相槌を打てば、キース君も。
「そうだろう? 他にも自転車で旅をしているヤツとか、バックパッカーで世界一周だとか…。見聞を広めるためと言われれば文句は言えんが、世間から見ればいい御身分だ」
俺ももう少し遊びたかった、と肩を落とすキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと…。キース、高校生だし、学校あるでしょ? でも夏休みとかもちゃんとあるよね」
「…そこなんだよな…。普段は高校生でいられるという所で油断した。兼業で副住職をやれと言われてOKしたが、猶予を貰えば良かったんだ…」
せめて同期の連中が自坊に腰を据えるまで、とキース君は自分の判断の甘さを呪っています。とはいえ、副住職になってしまった以上はもはや手遅れ。会長さんの言葉通りに責任ある身で、お盆を放棄して逃亡だなんて檀家さんに対する裏切りとしか…。
「…本当に俺が甘かった。甘かったんだが、一度でいい。一度きりでいいから、逆さ吊りから逃げて自由なお盆というのは叶う筈もない夢なんだろうか…」
俺は一生この道なのか、と縋るような目で見回されても、助け舟なんか出せません。キース君を匿えそうな場所をこの国どころか世界のあちこちに持っているであろうマツカ君だって、困惑しきった顔でキース君と目を合わさないようにしてますし…。
「……やっぱり駄目か…。俺は一生、このままなんだな…」
明後日からまた卒塔婆書きか、とキース君が自虐的な笑みを浮かべた時です。
「…方法はまるで無いこともない」
会長さんが口を開きました。もしかして何か手がありますか? シャングリラ号で宇宙の彼方へ高飛びするとか、それなら追手もかかりませんよね!



普段は二十光年の彼方を拠点にしているサイオンを持った仲間たちの宇宙船、シャングリラ号。夏休みは大規模な人員交代の時期で地球の近くに来ています。そこへ逃げ込めば絶対安全、アドス和尚も手も足も出ないというわけで。
「シャングリラ号に乗せちゃうわけ?」
いい手だよね、とジョミー君が言い出し、シロエ君も。
「ですよね、期間限定のボランティアとかなら誰も文句は言えませんよ。シャングリラ号の順調な航行に必要となれば駆け付けなくっちゃいけませんしね」
キース先輩なら交代要員に相応しい能力が充分にありそうです、と太鼓判。確かに真面目なキース君なら、ブリッジクルーは流石に無理でも様々な部門で役立ちそうで。
「シャングリラ号かよ、あそこなら安全圏だよな!」
でもってゲスト扱いでのんびり出来るぜ、とサム君が頷きつつ会長さんに。
「キースがシャングリラ号に行くんだったら、俺も一緒に行きてえなあ…。キースが元老寺にいねえってことは俺もジョミーも棚経の手伝いがねえってことだし、暇だしよ」
「あっ、ぼくも! ぼくも乗りたい!」
棚経が無いならシャングリラ号、とジョミー君も挙手。こうなってくると私たちだって便乗しない手はありません。あの船はとても快適ですから、乗り込んで素敵なお盆休みをゲットです。我先に手を挙げ、私も、ぼくも、と頼み込んだまではいいのですけど。
「…誰がシャングリラ号に乗せるって言った? まあ、君たちは歓迎だけどね」
唇に笑みを湛える会長さん。
「「「は?」」」
シャングリラ号じゃないんですか? だったらキース君を何処へ逃がすと?
「合法的に、と言っただろう? 副住職としての責任を放棄しようと言うんだ、なまじのことではアドス和尚が納得しない。檀家さんの方は例え理由が大学の同期と海水浴でも快く許してくれるだろうけど…。まだ若いしね」
それでもアドス和尚は駄目だ、と会長さんは再度繰り返して。
「頑固で融通の全く利かないアドス和尚を納得させて、なおかつキースの副住職の面子を保つ方法は一つ! 元老寺のお盆より格の高い行事を正面からガツンとぶつけるだけだよ」
「「「…正面から?」」」
どんな行事があると言うのだ、と顔を見合わせる私たち。キース君は暫し考えてから。
「…璃慕恩院へ行けと言うのか? 確かに親父からは逃れられるが、それ以上に!」
親父よりも厳しい先輩方が目を光らせている、と逃げ腰になるキース君。けれど会長さんはニッコリと笑い、人差し指を立てて。
「此処に居るだろ、璃慕恩院の老師も頭を下げる伝説の高僧、銀青が……ね」
それでどう? と尋ねる会長さん。えーっと、それってどういう意味?



「早い話がぼくの家でさ、お盆期間の見習いってことで」
表向きは、と会長さんは計画を語り始めました。
「銀青が指導するとなったら、アドス和尚の頭の中では「箔がつく」ってことになるだろう。檀家さんが無いから棚経は無くても、他に色々と学ぶべきことが多そうだ。喜んで送り出してくれるさ、「失礼の無いよう頑張ってこい」と」
そして指導の実態は…、とニヤリと笑う会長さん。
「シャングリラ号で過ごそうなんて話も出てたし、みんな揃って泊まりにおいでよ。お盆はいつも暇にしてるし、たまには帰省で人が溢れて民宿みたいになるお盆気分もいいものさ」
「かみお~ん♪ それって楽しそう! お客様だぁ~!」
いっぺんやってみたかったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛び跳ねています。お盆と言えば帰省ラッシュに里帰り。田舎なんかだと何家族もが帰省してきて民宿並みだと聞きますし…。
「そうか、あんたの家でお盆の見習いか…。それなら親父も文句は言えんな」
「いい理由だろ? ぼくから一筆書いてあげるよ、御子息とサムとジョミーをお預かりして面倒見ます、と」
任せておけ、と会長さんは宙から巻紙と硯箱などを取り出し、早速墨を磨り始めました。それから間もなく見事な筆さばきで書かれた手紙が出来上がり…。
「はい、キース。これを持って帰ってアドス和尚に渡したまえ。迎え火を焚く十三日から御子息をお借りして指導をさせて頂きます、と書いといた。サムとジョミーもセットでね。…お盆の行事を最後まで見せたいのでお返しするのは十七日です、と」
これでお盆の期間中は君は自由だ、と告げられたキース君の嬉しそうな顔といったら! ジョミー君も万歳三唱です。例年、暑さや疲労や膝の痛みと戦ってきた地獄の棚経が今年は無し。代わりに会長さんの家でのんびりとくれば、もう極楽というもので。
「やったあ、今年はブルーの家だあ! 棚経無しだぁーっ!!」
手放しで喜ぶジョミー君の隣で、キース君が頭を深々と。
「…礼を言う。寺に生まれて初めてお盆の無い生活だ。…なんだか夢を見ている気分だ」
「それはどうも。ぼくの名前が役に立つなら嬉しいよ」
その代わり卒塔婆書きは頑張って、という会長さんの激励に表情を引き締めるキース君。
「勿論だ。十三日までにはフリーになるよう、誠心誠意、努力する。その代わり、お盆はよろしく頼む」
「了解。君の人生で多分最初で最後のお盆休みだ、思い切り羽を伸ばすことだね」
有意義なお盆を過ごしたまえ、と微笑む会長さんにキース君はピシリと正座し、もう一度頭を下げました。伝説の高僧、銀青様にしか出来ない究極のお盆脱出方法。私たちもキース君と一緒のお盆休みは最初で最後になりそうですから、悔いのないよう過ごさなくっちゃ!



キース君のお盆脱出という前代未聞の計画を秘めて山の別荘ライフは終わりました。会長さんが書いた手紙が功を奏してジョミー君にもサム君にも棚経を控えての呼び出しはかからず、キース君はせっせと卒塔婆書き。夏休みを満喫している間に十三日が訪れて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
卒塔婆書きを終えたキース君も交えて面子が揃った私たち七人グループは朝から会長さんが住むマンションへ。最上階に着いて玄関のチャイムを鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎えです。
「今日からみんなでお泊まりだよね! ブルーも楽しみに待ってるんだよ♪」
入って、入って! と促されてリビングに行くと、クーラーの効いた部屋で会長さんがソファに座ってティータイム中。
「やあ、来たね。ぶるぅも朝から張り切っているし、何と言ってもキースのためのお盆休みだ。のんびりゆっくり楽しまなくちゃ。…最低限の行事はするけど」
アドス和尚の手前もあるし、と殊勝なことを口にする会長さん。
「とりあえず今日は迎え火かな。ぼくにも一応、供養するべき家族はいるから」
「「「………」」」
アルタミラで亡くなった家族の人か、と私たちは少ししんみり。会長さんの故郷の島、アルタミラは火山の爆発で海に沈んでしまいました。家族を一人残らず亡くした上に、島の人たちも全滅で…。その人たちの供養のために会長さんはお坊さんになったと聞いています。
「あ、そんなつもりで言ったわけじゃあ…。ずっと昔の話だからね」
気にしないで、と会長さんが笑顔になって、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物の注文を取ってくれました。アイスティーにアイスコーヒー、オレンジスカッシュ。お昼までは少しあるから、とレモンの皮をくりぬいた中に詰まったレモンババロアも。
「…これが普通のお盆休みか…」
いいもんだな、とキース君。例年だったら明日の早朝に始まる棚経に向けての準備と、裏山の墓地を訪れる檀家さんのための墓回向とで汗だくになっている頃だそうです。
「喜んで貰えて嬉しいよ。ぼくの名前が役に立ったなら何よりだ」
お盆休みをたっぷり満喫したまえ、と会長さんが応じた時。
「…ぼくも満喫したいんだよね」
「「「???」」」
あらぬ方から声が聞こえてバッと振り返る私たち。紫のマントが優雅に翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「今日からお盆休みだってね、ぼくにも是非!」
素敵なお盆休みをよろしく、とパチンとウインクするソルジャー。なんでソルジャーが出て来るんですか? 第一、ソルジャーの住んでる世界にお盆休みなんかがありましたっけ?



例年、夏休みになると必ずやって来るのがソルジャー夫妻。マツカ君の海の別荘で結婚して以来の伝統です。結婚記念日と重ねたいからと日付指定で押し掛けて来ますが、海の別荘行きはまだ先の話。なのにどうしてソルジャーが…? 会長さんもそこは疑問に思ったらしく。
「君の休暇はまだだろう? 海の別荘に来るんだからさ」
「それは勿論。だから今日のは別件で!」
お盆休みが欲しいんだよね、とソルジャーは空いていたソファに腰掛けました。おもてなし大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアイスティーとレモンババロアを用意し、ソルジャーは至極満足そう。
「これこれ、これが醍醐味ってね。今日からおもてなし三昧になるんだろう?」
お盆ってそういうものなんだってね、と語るソルジャー。
「キースがお盆休みって連呼してたし、ノルディに訊きに行ったんだ。ぼくの世界には無い行事だし、ライブラリーの古い本を調べてみてもお盆はあってもお盆休みは載っていなくて」
「……そうだろうねえ…」
お盆休みはこの国限定、と会長さんは疲れた口調。
「仏教のある国にお盆はあっても、お盆休みの習慣は無い。君の世界の記録には無くて当然かと」
「そうなんだ? …とにかくノルディに質問したら、「時間があるなら体験なさるといいですよ」って言われたんだよ。明日からいいかな、ぼくとハーレイ」
「「「は?」」」
会長さんだけでなく私たちまでが「は?」と返すしかありませんでした。お盆休みの体験はともかく、何処からキャプテンが湧くのでしょうか?
「かまわないかなって訊いてるんだよ、ぼくたちの休暇は調整したし」
海の別荘の分が近いから休暇をもぎ取るのに苦労した、とソルジャーは大袈裟に両手を広げて。
「ホント、ゼルたちはうるさいったら…。今の時点で特に気になる案件は無いし、人類側との小競り合いもない。休暇が少々増えたくらいで困りはしないと思うんだけどね?」
それに今回はぶるぅを残しておくんだから、と話すソルジャー。
「海の別荘の方はぶるぅもセットで休暇を取るから、不安というのはまだ分かる。お盆休みはぶるぅが残るし、万一の時の初動は問題ないかと…。ぶるぅはパワー全開で三分は保つし、三分あったら態勢も充分整うからね。…というわけで、お盆休みをもぎ取って来たさ」
「…もぎ取った?」
まさか明日から来る気なのでは、という会長さんの問いに、ソルジャーは。
「決まってるだろ、お世話になるよ。気心の知れた実家に帰ってのんびりするのがお盆だってね? ぼくに実家というのは無いけど、此処が実家のようなものだとノルディがね…」
ついでに夫婦でお邪魔するのが本筋だとか…、と一方的に喋りまくったソルジャー、おやつを食べ終えるなり「それじゃ帰省の準備があるから」とお帰りに。その帰省先っていうのが此処なんですか、そうですか…。



よりにもよってソルジャーどころかソルジャー夫妻が押し掛けて来るらしいお盆休み。紫のマントが空間の向こうに消え失せた後も私たちは呆然としていましたが。
「…おい。なんでこういうことになるんだ?」
俺の休みはどうなるんだ、とキース君。
「お盆休みを満喫するとか言ってやがったな、あいつ、いったい何をする気だ?」
「知らないよ、ぼくに訊かれても!」
ぼくも青天の霹靂なんだ、と会長さんがソルジャーが消えた辺りを見詰めて。
「ハーレイも連れて来るとか言っていたっけ…。おまけに帰省のつもりらしいし、上げ膳据え膳を希望と見たね。…いわゆる夫婦で里帰りのパターン」
「ちょ、ちょっと…」
それってぼくたちの立場の方は、とジョミー君が声を上げ、シロエ君も。
「キース先輩のお盆休みは無かったことになっちゃうんですか? 一生に一度のチャンスとやらがフイになる気がするんですけど…」
「……残念ながらそのパターンかな……」
相手が悪すぎ、と額を押さえる会長さん。
「だけどブルーが夫婦で帰省を気取ってるんなら、まるで望みが無いこともない。お盆休みの花は嫁と姑、それに小姑のバトルだという話もある。幸か不幸かブルーたちは未だにぶるぅのママの座を決定してないようだし、そうなってくれば二人とも嫁だ」
「「「嫁?」」」
「そう、嫁。そして此処が実家だと言うならぼくの立場は姑かな? 君たちは小姑として派手にバトルを繰り広げたまえ。気配りが足りないとか、当家の家風にそぐわないとか」
「…そ、それは……」
相当に無理がありすぎないか、とキース君が口ごもりながら。
「家風も何も、あいつは普段から自由に出入りしているぞ? 突っ込みどころを探せと言われても、そう簡単には見付からない気が…」
「普段ならね」
今はお盆だ、と即座に切り返す会長さん。
「お盆の行事から逃亡してきたキースには少々申し訳ないけど、この時期、やる家はやってることだし…。ぼくも長年適当にやってきたんだけれども、今年は真面目にお膳を作ろう」
「「「お膳?」」」
「そう、お膳。御先祖様にお供えする食べ物のお膳を朝昼晩の三食分! これの手伝いを嫁にやらせることにする」
まあ見ていろ、とほくそ笑んでいる会長さんですが、果たして上手く行くのでしょうか?



ソルジャー夫妻の来訪を明日に控えて戦々恐々としつつ、私たちは夕食前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお仏壇の前にお供えするお膳を用意するのを見学しました。御飯はともかく和え物に煮物などなど本格的です。しかも全てが精進料理。
「えっとね、お料理はきちんと作らなくっちゃいけないけれど…。そのままのサイズだと器からはみ出してしまうでしょ?」
だから材料は小さく切るんだよね、との解説つきで出来上がったお膳はミニサイズ。それでも品数が多いですから作る作業は大変そうです。これを明日からソルジャー夫妻が?
「そういうこと!」
厳しくチェックしていびりまくれ、と会長さん。
「いいかい、どの器に何を盛り付けるかも大切なんだよ。そこも突っ込むポイントだね。おまけに精進料理なんていうモノ、ブルーたちはロクに分かってない筈!」
妙な素材を使おうとしたらネチネチと…、と小姑の心得を叩き込まれて、お膳をお供えしたら迎え火の時間。本物の火を焚くと火災報知機が鳴り出しますから、これは香炉で代用です。会長さんの家族やアルタミラの人たちに手を合わせた後に夕食で。
「夕食の前に確認しとく。明日からはブルーたちが来る。お客様面して後片付けもせず、のんびりまったり過ごしてるようなら小姑攻撃を繰り広げたまえ。気が利かないとか、なってないとか…。ブルーは駄目でもハーレイの方は確実に音を上げるかと」
そして早めにお帰り頂く、との会長さんの作戦はなかなかに使えそうでした。ソルジャーの面の皮の厚さは天下一品、会長さんでも太刀打ち出来ないレベルです。しかしキャプテンは真面目な上に気配りの人。嫌味攻撃を続けていれば早々に帰ってくれるかも…。
「いいね、とにかく粗探し! キースの平穏なお盆休みのためにも努力あるのみ!」
会長さんの檄に「頑張りまーす!」と拳を突き上げる私たち。最初で最後かもしれないキース君の貴重なお盆休みを根性で守ってみせますとも!



翌朝、キース君は大学に入って以来初めてだという棚経の日の朝寝坊なるものを満喫しました。大学に入学した年からアドス和尚のお供で棚経を始めましたから、この日は遅くとも午前四時起床。それが日の高くなる頃まで寝放題で。
「あ~、よく寝たぜ。…なんだ、もう朝飯を食ってるのか?」
早いんだな、と起きて来たキース君が席に着き、みんなでワイワイ朝御飯。元老寺では棚経の日は精進料理と決まっているため、ジョミー君とサム君にも久しぶりの肉OKな日というわけです。
「今日も思い切り暑そうだよねえ…。棚経、休めて良かったなぁ…」
毎年こんな中を肉も食べられずに棚経だもんね、とジョミー君。ベーコンエッグやソーセージなどをお皿に山盛り、もちろんキース君とサム君も。
「美味いな、禁断の肉だと思うと美味さの方も倍増だ。お盆だなんて夢のようだぜ」
世間にはこんなお盆があるのか、とキース君の感激はひとしおでした。朝食の後はリビングに移動し、ゆったり過ごしていたのですけど。
「…えっ、ブルー? …まさか…」
なんで、と会長さんが窓際の方へ。何ですか、ソルジャーがどうかしましたか? 空間移動で部屋に直接来るかと思えば外へ来たとでも言うのでしょうか?
「なんだ、どうした?」
外か、とキース君が窓の方へ行き、私たちも揃って見下ろせば。
「…あ、あれ…。あそこの車…」
会長さんが指差す先に深いグリーンの高級そうなスポーツタイプの車が停まっていました。やがてドアが開き、助手席側から私服のソルジャーが下りて、運転席から…教頭先生? いえ、雰囲気が違います。あれは私服のキャプテンでは? そのキャプテンがドアに鍵をかけていますけど…?
「…此処まで運転してきたんですか?」
そもそも誰の車ですか、とシロエ君がうろたえ、会長さんが。
「ノルディに借りてきた車らしいね、ブルーの得意そうな思念が零れてる。運転技術もノルディのをコピーしたようだ。ついでに免許証はこっちのハーレイのを元に偽造したらしい」
何故そこまで、と会長さんが読み取れない部分をあれこれ推測している内にチャイムが鳴って。
「こんにちは。お盆休みの間、よろしくね」
「…お世話になります。こちらは皆さんで召し上がって下さい」
お口に合えばよろしいのですが、とキャプテンが差し出すお菓子の箱。なんと手土産つきですか!
「ノルディに教わって来たんだよ。手土産はあった方がいいですねって話だったし」
ノルディお勧めのゼリー詰め合わせ、とソルジャーはニッコリ。この段階ではいびれないかも…。



「そもそも、なんで車で来たわけ? ノルディのだろ、アレ!」
全然理解出来ないんだけど、という会長さんの問いに、ソルジャーは。
「…お盆休みについて調べたんだよ、こっちでね。帰省ラッシュが名物らしいけど、混んだ電車は御免だし…。道路渋滞もちょっと困るな、と思っていたらアルテメシアは逆に空くんだって?」
ノルディに聞いた、と胸を張るソルジャー。
「郊外はともかく中心部とかは空きますよ、と教えて貰って、車を貸しましょうかと言われたんだ。いつもドライブはノルディとだしねえ、ハーレイの運転で帰省したら気分が出ますよ、って」
「そうなのです。御親切に運転技術もブルー経由で私に教えて下さいまして」
この免許証はシャングリラの潜入部門で作らせました、とキャプテンが顔写真入りの免許証を。元の免許証の持ち主の教頭先生、一時的に消えていたことも全く御存知ないそうです。
「…ブルーを乗せて初めての運転ということで、少し緊張しましたが…。慣れればシャングリラの舵を握るより簡単でしたよ」
乗り心地のいい車ですし、とキャプテンが褒める車はエロドクターが何台も所有している中の一台。教頭先生の愛車とは比較にならない高級車で。
「うん、助手席でも快適なんだ。…というわけでさ、お盆休みの間は借りる約束」
ハーレイとドライブに行くんだよ、とソルジャーは夢見心地です。
「これで実家に顔も出したし、これから早速行ってくる。お昼頃には戻って来るから、ぼくとハーレイのお昼をよろしく」
「ちょっと待った!」
その前に、と会長さんが引き止めた理由は当然、お昼の精進料理のお膳作りだったわけですが。
「え、何? …あっ、そうか…。ぼくとハーレイが泊まる部屋だね、ダブルベッドの部屋ってあったっけ? 無ければ広い部屋にベッドを入れておいてよ、ベッドのアテはあるだろう?」
マツカの別荘から瞬間移動で借りるとか…、とソルジャーの喋りは一方通行。
「ついでに荷物も運んでおいて。ぼくとハーレイの分でこれだけ!」
二つしか無いから楽勝だろう、と床に置いてあったボストンバッグを指差すと、ソルジャーはクルリと背中を向けました。
「行こうよ、ハーレイ。まずはノルディのお勧めの喫茶店! フルーツパフェとパンケーキとが美味しくってさ…。お前は甘いものが苦手だけれど、コーヒーも美味しい店だから!」
お前の運転する車で乗り付けられたら最高だよね、とキャプテンと腕を絡め合ってイチャつきながら出て行ってしまったバカップル。えーっと、お膳はどうなるのでしょう? 色々と注文つけられまくりは私たち小姑組のようですが…?



エロドクターの愛車を借りて帰省してきたソルジャー夫妻は歯の立つ相手ではありませんでした。午前中のドライブから戻ったかと思うと昼食もそこそこに午後のドライブ。いっそ渋滞に巻き込まれてしまえ、と誰もが思ったのですけれど。
「…ダメだね、ブルーが最強のカーナビなんだよ。渋滞している筈の所も裏道を縫ってスイスイ走るし、向かう所に敵なしってね」
おまけに下手に文句をつけられない、と歯軋りをする会長さん。
「…お膳作りを押し付けていびる計画、しっかりバレていたらしい。二人して「できる嫁」を演出するべく、夜のお膳作りに備えて下準備中」
「「「えっ?」」」
「ノルディの家にはシェフがいるだろ? ちゃっかり頼んで最高の出来の精進料理を詰め合わせて貰う魂胆らしい。盛り付ける器の解説付きで」
「…それは最強と言わないか?」
いびりようがないぞ、とキース君が呻けば、マツカ君も。
「プロが相手じゃ無理ですね…。素材もキッチリ選ぶでしょうし」
「そうなんだよねえ…。おまけにさ…」
より困るのはこっちの方、と会長さんが深い溜息を。
「いびりまくったら宿泊先を変えるようなんだ。ハンドルの向くまま、気の向くままにラブホテルをハシゴするつもり。…それくらいだったら腹は立つけどダブルベッドを用意するしか…」
「「「………」」」
いびったら最後、エロドクターの高級車でドライブがてらラブホテル巡りと来ましたか! それはマズイ、と誰もが青ざめ、シロエ君が。
「…ナントカに刃物ってよく言いますけど、バカップルに車でしたか…」
「今回限りにしといて欲しいよ、ぼくとしてもね」
キースのお盆休みの筈だったのに何処で方向を間違えたんだか…、と会長さんの嘆き節。
「だけどキースのお盆休みはキッチリ満喫させてあげたい。あの二人、お盆休みにかこつけてドライブ三昧でデートをしたいだけらしいから、いびるのはやめてヨイショしておこう」
そうすれば上げ膳据え膳で迷惑なだけの帰省組、と説明されて、お盆の帰省でイラつくという迎える側の気持ちってヤツが少し分かった気がします。
「くっそぉ…。俺はお盆休みのそんな部分まで求めたわけではないんだが…!」
違うんだが、とキース君が唸った所で勝手知ったるソルジャー夫妻が玄関の扉を開けて御帰還。
「ただいまぁ~! お膳だったっけ、用意してきたよ!」
「ええと、どちらにお供えすればいいのでしょう? 盛り付け方も聞いて来ました」
明日の朝の分もぬかりなく用意しております、とクーラーボックスを抱えて笑顔のキャプテン。キース君の長年の夢で一生に一度かも知れないお盆休みは、小姑気分を味わいながら過ごす期間になりそうです。でも貰えただけマシというもの、キース君、今年はお盆休みを楽しんで~!




         休みたいお盆・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとございます。
 キース君の念願だったお盆休みですけど、ソルジャー夫妻のせいで悲惨なことに。
 美味しい話はそうそう無いのか、キース君に運が無さすぎるのか…。

 でもってシャングリラ学園番外編は、去る11月8日で連載開始から7周年でした。
 まさか7年も続くとは思いもしませんでしたよ、こんな阿呆な連載が…。
 来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
 よってオマケ更新が入ることになります、12月も月2更新です。
 次回は 「第1月曜」 12月7日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月は、巨大スッポンタケをもう一度、とソルジャーが…。
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