シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー農場の夏祭りが済むと今度は海への旅行でした。ソルジャーと「ぶるぅ」が来ませんように、との願いも空しく、アルテメシア駅の集合場所には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられた二人が当然のように現れて…。
「おはよう。今年もよろしく頼むよ」
「かみお~ん♪ よろしくね!」
ガックリ肩を落とした私たちの前にやって来たのは教頭先生。
「すまん、すまん、私が最後か。…まだ時間には余裕があると思ったのだが」
「その考えは甘いよ、ハーレイ」
会長さんが突き放すように。
「今は旅行に人気のシーズン! もちろん駅弁も大人気だ。目当てのお弁当を買い逃しちゃったら悲しいよねえ、誰だって。…と、言うわけで…」
財布、と会長さんは教頭先生を指差しました。
「遅刻のお詫びに全員分のお弁当と飲み物代を負担すること! さあ、売り切れない内に買いに行こうか」
「「わーい!!」」
歓声を上げて駆け出したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」です。私たちも会長さんに促されて駅弁売り場へ。
「思い切り高いのを頼むといいよ。ほら、ステーキ弁当なんかが美味しそうだ」
「で、でも…」
ジョミー君が遠慮し、キース君は幕の内弁当を注文しようとしたのですが。
「えっと、ステーキ弁当を7個。…みゆとスウェナもそれでいいよね?」
会長さんは勝手に決めてしまいました。い、いいんでしょうか、ステーキ弁当…。ファミレスのランチが2回ほど食べられそうな値段ですけど! ん? 7個? なんだか数が合わないような…。
「はい、君たちの分」
お弁当が入った袋を受け取るように言われた時点で気が付きました。会長さんたちの分が無いのです。教頭先生は既に格安のお弁当の方を向いてますから構わないとして、会長さんやソルジャーは? 売り場で一番高かったのはステーキ弁当なんですが…。
「ん? ああ、ぼくたちの分のお弁当?」
会長さんはニコッと笑って売り場の女性に。
「予約していたブルーだけども」
特製弁当4人前、と会長さんが告げた店の名前は有名な高級料亭でした。店員さんが奥から運んできたのは店名と紋が入った風呂敷包み。あそこって駅弁、あったんですか!? 仰天している私たちの間でマツカ君が。
「注文に応じて作るんですよ、行楽弁当みたいなものですね」
「流石マツカは詳しいね。君の分も頼めばよかったかな?」
風呂敷包みを受け取りながら尋ねる会長さんに、マツカ君は慌てて手を振って。
「い、いえ、ぼくは…! 普通のお弁当で充分です…」
申し訳ないですし、と教頭先生を見遣るマツカ君。教頭先生は見るからに不安そうな顔で店員さんに向き合うと。
「…そこの一番安い弁当を一つ。それと…」
飲み物は? と訊かれた私たちはペットボトルのお茶を注文しました。けれど会長さんとソルジャーは…。
「あれがけっこう美味しいんだよ」
「なるほどね。このお弁当にも合うのかな?」
「もちろん。ねえ、ハーレイ? 君はお酒が好きだったよね? 未成年の代わりによろしく」
お勧めはあれ、と会長さんが示す銘酒の小瓶を2本も買う羽目になった教頭先生。特製弁当と違って値札がきちんとついていますが、飲み物にしては高すぎです。どうなるんだろう、とドキドキの私たちの前で教頭先生は自分用のお茶と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が選んだ飲み物を注文し…。
「これで全部だな? では、会計を頼めるだろうか」
「ありがとうございます!」
店員さんが計算を終えて示した価格はそれは素晴らしいものでした。財布を取り出し、苦々しい顔で支払いを済ませる教頭先生。その後ろでは会長さんが満足そうに微笑んでいます。先日のカンタブリアへの旅で私たちの旅費を負担してくれた人と同一人物とは思えませんけど、やっぱり会長さんはこうでなければ…という気もしました。ついに私も末期でしょうか?
例年どおりマツカ君が貸し切ってくれた電車の車内は気分も快適。ワイワイ騒いで、お昼前にはお弁当を広げて…。会長さんたちの特製弁当は二段重ねで、蒔絵が施された漆塗りの器に入っています。器も相当高いのでしょう。教頭先生、初っ端からお気の毒としか…。
「いいんだってば、覚悟の上だろ?」
会長さんが格安弁当な教頭先生の手元を覗き込んで。
「ぼくと一緒に旅するからには、物入りなのは当然だよねえ? いくらマツカの別荘行きでも、出来る範囲は大人が負担しなくっちゃ。…ありがとう、ハーレイ、お弁当もお酒も美味しいよ」
「そうか…。それならいい」
穏やかな笑みを浮かべる教頭先生の懐の深さは流石でした。豪華弁当もお酒も自分のお腹には入らないのに、会長さんのためなら許せますか! ソルジャーと「ぶるぅ」の分まで払わされてもオッケーですか…。
「愛されてるねえ、相変わらず」
ソルジャーが銘酒の小瓶を傾けて。
「ハーレイと一緒に旅行っていいよね、ぼくには無縁な世界だし…。一昨年の夏に一晩だけ君のハーレイが入れ替わってくれたけど、あの時は本当に幸せだったな」
「「「………」」」
私たちは言葉に詰まりました。好き放題に見えるソルジャーですけど、本当はそうではありません。自分の世界に戻れば厳しい現実が待っていますし、この瞬間だって異常があったら戻れるようにと意識の一部を常に研ぎ澄ましているわけで…。そんなソルジャーとキャプテンが揃って旅行をするというのは夢のまた夢。
「またハーレイとこっちの世界で過ごしたいね、って…あれから何度も話してたんだ。ひょっとしたら、この夏はそれが実現するかもしれない」
「「「えぇっ!?」」」
「まだ確定じゃないんだけども…。今、ぼくたちの世界は平穏でね。ハーレイも特別休暇を取れる可能性が出てきたんだよ。それでさ…」
マツカ、とソルジャーは呼び掛けました。
「君の別荘、途中から一人増えても大丈夫かな? そこのハーレイそっくりの人が」
「え? ええ…。人数は問題ありませんけど…」
「大丈夫、見た目の方なら操作は出来る。もう一人ゲストが増えた、というだけの認識で深く追求させないようにするのは得意さ。じゃあ、ハーレイを呼んでもいいんだね?」
「かまいませんよ」
任せて下さい、と頷くマツカ君。私たちは「ダメーッ!」と叫びかけたのですけど、ソルジャーとキャプテンが揃って私たちの世界で過ごせる機会は少ないのでした。何か騒ぎが起こるかも…、なんて曖昧な理由で潰してしまうのは人でなしというものです。
「無事に休暇が取れるといいね」
会長さんが微笑み、教頭先生がソルジャーに柔らかい視線を向けて。
「私もお祈りしてますよ。…休暇は長く取れそうですか?」
「ぼくとハーレイの二人となると二泊三日が限度かな。…残念だけどそれが限界」
ぶるぅがもう少し使えればねえ…、とソルジャーは溜息をつきました。
「サイオン全開だと3分間しか持たないだろう? ぼくの代わりに置いておくには心許ない。まあ、だからこそ一緒に出て来ちゃっても誰も文句を言わないんだけど」
「どうせ3分間だもん! 子供だから仕方ないんだもん!」
プウッと膨れてしまった「ぶるぅ」の頬をソルジャーが指でピンと弾いて。
「分かってるってば。いてくれるだけで助かってるよ、だからそんなに膨れない! ほら、お酒」
「かみお~ん♪」
待ってましたとばかりに銘酒の小瓶を引っ手繰った「ぶるぅ」でしたが。
「………。ブルー、これって空っぽだよ?」
「香りだけでも嬉しいだろう? 地球のお酒は格別だよね」
「ひどーい!!!」
お~ん、と泣き出した「ぶるぅ」に会長さんが少し残っていた自分のお酒を渡しています。私たちを乗せた電車は順調に走り、お昼過ぎにマツカ君の別荘の最寄りの駅に到着しました。迎えのマイクロバスに乗り込み、海沿いの豪華な別荘へ。今年もお世話になりますよ~!
お馴染みの執事さんが出迎えてくれた別荘で私たちが最初にしたのは部屋割のチェック。去年は教頭先生にダブルベッドの部屋が割り当てられてしまい、最終日に大荒れしたのです。幸い、今年はマツカ君が手配をしてくれたようで教頭先生の部屋は普通でした。
「なんだ、つまらない…」
そう言ったのは勿論ソルジャー。
「今年も絶対ダブルベッドだと思ったのにさ。…ブルーだって期待していたんだろ?」
「…まあね」
君とは全く違う意味で、と会長さん。
「去年は君に引っ掻き回されて散々だったし、今年はリベンジしようかと…。押し掛けてオモチャにしようと思っていたのに、これじゃダメだね」
「…来てくれないのか?」
教頭先生の残念そうな声音に会長さんは。
「オモチャにするって宣言されても来てほしいわけ? だったら意地でも来てあげないよ、それはそれでオモチャになるもんね。…毎日ぼくと顔を合わせて、寝るのも同じ屋根の下。なのに何一つ起こらない! 無視し続けるのも楽しいものさ」
「いいね、それ。だったらぼくも放っておこう」
寂しく一人で寝てるといいよ、とソルジャーが横から割り込みました。
「ぼくのハーレイが無事に休暇をゲット出来たら、思い切り見せつけてあげるから。…知ってるんだよ、君がぼくの写真をオカズにしていることくらいはね。あわよくば…とも思ってるだろう? 残念でした、今回は一切手出ししないよ」
ヘタレ直しの手伝いもしない、と言い切るソルジャー。私たちは躍り上がらんばかりでした。会長さんが教頭先生を旅のお供に指名して以来、今年はどんな大惨事が…と誰もが気が気じゃなかったのです。しかもソルジャーと「ぶるぅ」がいるんですから、どう転んでも騒ぎになるのは間違いないと覚悟していて…。
「良かった、今年は平穏そうだ」
しみじみ呟くキース君。去年は教頭先生とダブルベッドで相部屋にされ、最後の夜にソルジャーの悪戯でバニーちゃんの衣装を着せられた上で教頭先生にセクハラまがいの濃厚な接触をされたのです。教頭先生はキース君を会長さんだと勘違いしていたみたいですけど。
「…すまん、去年は迷惑をかけた」
申し訳なさそうに頭を下げる教頭先生に、キース君は「気にしてません」と笑顔で返して。
「そこのブルーが悪いというのは分かってますから! きっと今年は大丈夫ですよ」
「……そうだな……」
歯切れの悪い教頭先生の心の中は会長さんへの未練で一杯でした。どうしてそんなことが分かるのかって? これだけ心が零れていれば、サイオンのレベルがヒヨコ程度の私たちでも感じ取れますって!
会長さんとソルジャーは宣言通りに過ごしました。教頭先生は色っぽい意味では見事に無視され、完全に便利屋扱いです。ビーチへ行く時の荷物持ちやら、海辺でのバーベキュー用の食材調達。素潜り名人の教頭先生、ソルジャーが「アワビが食べたい」と言えばアワビを、会長さんが「サザエ!」と言えばサザエを採りに何度も海へと。それでも嬉しそうに出掛けてゆくのが健気と言うか何と言うか…。
「ふふ、今日も充実してたよね」
夕食を終えた会長さんが大きく伸びをしています。私たちは別荘の二階の広間でのんびりゆったり過ごしていました。教頭先生は美味しそうにビールを飲んでいますし、テーブルの上にはお菓子がたっぷり。男の子たちは更にピザまで頼んでいたり…。今日は教頭先生の先導で遠泳に行っていましたから。
「ぼくたちもボートで一緒に行けばよかったかな? ずいぶん遠くまで行ったようだし」
待ってる間が退屈だった、と会長さん。スウェナちゃんと私、それにソルジャーと「ぶるぅ」、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は遠泳は遠慮したのでした。かき氷を食べたりトウモロコシを焼いたりしてましたけど、食材調達係がいないとバーベキューの楽しさは半減で…。
「そのボートって誰が漕ぐのさ? ぶるぅたちには絶対無理だし、女の子にも漕がせられないよ」
ぼくも絶対御免だからね、とソルジャーが口を尖らせ、会長さんが。
「そうか、漕がなきゃいけないんだよね…。これだけの人数がいたらぼくだって嫌だ。待ってて正解。…誰かさんと違って肉体労働は向いていないし」
意味ありげな視線の先にいた教頭先生が苦笑しながら。
「なんだ、ボートに乗りたいのか? だったらいつでも漕いでやるぞ」
「ふうん? それじゃ今日の遠泳コースをボートで辿って貰おうかなぁ? ブルーもぶるぅも、スウェナたちも乗せて。…ハーレイの力なら漕げるんじゃないの?」
「やってやれないことはないが…。交代要員が欲しいところだな」
「じゃあ、ジョミーたちを泳がせといてさ。…ハーレイがへばったら交替で漕いで貰うとか?」
ジョミー君たちの顔が青ざめ、「無理、無理!」と両手で×印を作っています。遠泳の途中でボートに上がって漕ぎ手と交替なんて無茶としか言いようがありません。そんな案が通ったら大変とばかりにキース君も「俺にも無理です!」と叫んでいますし、ボートは諦めさせなくちゃ!
「…ん?」
騒ぎになりかけた広間でソルジャーが首を傾げました。明らかに意識が別方向に向いてるようです。ボート騒動は瞬時に収まり、会長さんが。
「ブルー? どうかした?」
「あ、ごめん。…今、ハーレイの手が空いたんで打ち合わせをね。明日から休暇が取れるらしい。予定通りの二泊三日で、ぼくたちの滞在最終日まで」
「「「!!!」」」
ついにキャプテン登場ですか! 息を飲む私たちの中からマツカ君が。
「よかったですね。…それじゃ早速、お部屋の手配をさせますから」
「ダブルベッドでお願いしたいな、せっかくだから。…ぼくの部屋は今までどおりで。ぶるぅが好きに使うからね」
「分かりました。御到着は何時頃でしょう? ひょっとして直接、この別荘へ?」
そうですよね、とマツカ君。ソルジャーやキャプテンは時空を越えてやって来るので、瞬間移動みたいなものです。キャプテンもビーチか何処かへ直接姿を現すのでしょう。ところが…。
「ああ、それだけどね」
ソルジャーは楽しそうに瞳を煌めかせて。
「ハーレイも旅をしてみたいらしい。一昨年に帰りだけ乗った電車が忘れられないみたいでさ…。可能だったらアルテメシアから電車に乗って一人で此処まで来たいそうだよ」
「なるほどねえ…」
初めての一人旅か、と会長さんが教頭先生の方を見遣って。
「聞いたかい、ハーレイ? こっちの世界で一人で電車に乗りたいらしいよ、君も協力してあげたら? あっちのハーレイに君の服を貸すのは当然だけど、旅をするなら荷物も要るよね。貸す予定の服を教えてくれたらぼくが荷物に纏めるからさ」
「…そうだな、手ぶらで旅というのは寂しいな。私も協力することにしよう」
「いいのかい?」
ソルジャーは嬉しげに会長さんと教頭先生を交互に見詰め、それからパチンと指を鳴らすと。
「「「!!?」」」
青い光がパァッと溢れて出現したのはキャプテンでした。えっと…。いきなり来ちゃったんですか? 一人旅がどうとかいうのは話をしていただけなんですか?
「こんばんは。突然お邪魔して申し訳ございません」
深々とお辞儀したキャプテンの休暇は、まだ始まってはいませんでした。今日の勤務が終わって自室に引き揚げた所だそうで、明日の朝に休暇中の指示をしてから特別休暇に入るのだとか。
「私が電車に乗りたいと申しましたら、ブルーが打ち合わせに来るようにと…。電車というのはそんなに難しい乗り物ですか?」
「え? 別に難しくは…。ねえ?」
ジョミー君が首を捻り、キース君が。
「行き先を決めて切符さえ買えば、子供一人でも乗れますよ。そちらの世界には無いんですか?」
「いえ、同じような乗り物はありますが…。ブルー、打ち合わせは不要なのでは?」
「お金」
ソルジャーが鋭く指摘しました。
「君はお金を持ってるのかい? 切符を買うにはこちらの世界のお金が必要。駅までは迎えを頼むとしてもね、アルテメシアから此処までの乗車賃が要るんだよ」
「…そうでした…。すみません、電車は諦めます。あまり御迷惑をおかけするわけには…」
滞在費だけでもマツカ君の丸抱えですから、キャプテンの言葉は尤もでした。けれど。
「お金ならぼくが持ってるんだよ」
ほらね、とソルジャーが宙に取り出したのは何枚かのお札。慌てて財布を探る教頭先生に、ソルジャーは軽くウインクして。
「盗っちゃいないよ、これはヘソクリ。色々と便利に用立ててくれるお金持ちの知り合いは持つものだよね」
「「ま、まさか…」」
教頭先生と会長さんの声が重なり、ニヤリと笑ってみせるソルジャー。
「そのまさかさ。ノルディはね、ぼくが食事に付き合ってあげるとお小遣いをたっぷりくれるんだ。余った分を持って帰って貯めておいたら、電車代くらい軽く出せるわけ。だけど財布は持ってない」
特に必要無かったから、と説明するソルジャーに教頭先生が。
「でしたら財布はお貸ししますよ。服なども今日の間に渡しましょうか?」
「それもあってハーレイを呼んだんだよね。荷物一式渡しておいたら、明日はアルテメシアの駅に移動させれば完了だし…。ハーレイ、こっちのハーレイに借りたい物をお願いすれば? ブルーが纏めてくれるそうだよ」
自分のペースで話を進めるソルジャーでしたが、財布や着替えや旅行鞄など、キャプテンの一人旅に必要なグッズはそれから間もなく揃いました。キャプテンは荷物を抱えて一旦自分の世界に帰り、明日、ソルジャーにアルテメシア駅まで送って貰うことに…。
「それだけあったらお弁当なんかも買えるだろう? 駅に着いたらタクシーがあるし、迎えの車は要らないよね。その方が気楽でいいと思うな」
「ありがとうございます…」
感極まった様子のキャプテンに、更にソルジャーが渡したものは。
「はい、これ。一人旅にはこれも必須だ」
「「「………」」」
今度こそ私たちは目が点でした。ヘソクリは理解の範疇でしたが、なんでソルジャーが携帯を持ってるんですか! まるで必要ないものなのに…。
「ノルディにおねだりしちゃったのさ。休暇を取れそうなことが分かった時点で、ハーレイと色々話をしてて…。電車に乗りたいようだったから、それなら携帯が必要だろうと」
「思念波で充分だと思うけど?」
会長さんの冷たい口調に、ソルジャーは「分かってないね」と肩を竦めて。
「君たちだって普段は思念波を使わないだろ? 君やぶるぅは使ってるかもしれないけれど、そこの子たちは使っていない。もちろん君のハーレイも…だ。郷に入りては郷に従え。…一人旅の間くらいは普通の連絡手段を使わなきゃ」
そしてソルジャーは自分用だというキャプテンのとペアの携帯を取り出し、使い方のレクチャーを始めたのですが…。キャプテンはメールをマスターすることが出来ませんでした。不器用すぎて文字が打てないのです。通話専用となった携帯を持たされたキャプテンは自分の世界に帰って行って…。
「お部屋の手配をしておきましたよ」
マツカ君が戻ってきました。キャプテンが帰ってすぐに執事さんの所へ行って、明日から増えるゲストについて話をしてきたみたいです。それから私たちはキャプテンが乗る予定の電車のダイヤを確認したり、用意周到なソルジャーの態度を突っ込んだり。
「なんで携帯までねだってくるのさ、ノルディなんかに!」
会長さんが詰ると教頭先生が。
「私に仰って下されば用意させて頂きましたのに…。安い買い物とは申しませんが、ブルーの身の安全を考え合わせるとそれくらいのことは…」
「ああ、ノルディはブルーに御執心だからねえ。お蔭でぼくも美味しい思いが出来るんだけど」
婚約指輪も貰っちゃったし、とソルジャーはニヤニヤしています。
「現地妻募集の時に貰ったアレね、やっぱり値打ち物だったよ。ぼくの世界で鑑定に出したら凄い値段がついたんだ。売っちゃおうかと思ったけれど、いつか切実に困った時に売ろうかなぁ、って。…地球産の宝石は本当に希少価値なのさ」
しかも非加熱のピジョン・ブラッド、とソルジャーが自慢している指輪はエロドクターからプレゼントされたものでした。元々はドクターが会長さんのために買った指輪でしたが、今はソルジャーが持っています。
「ノルディは本当に気前がいいし、後腐れのない付き合いが出来て気に入ってるんだ。ハーレイとぼくとで使いたい、って言っているのに嫉妬もせずに携帯を買ってくれたしねえ…。なかなか出来ないことだと思うよ」
「遊び人っていうのはそんなものだよ!」
会長さんが柳眉を吊り上げ声を荒げても、教頭先生が溜息をついても、ソルジャーの耳には入っていません。明日から始まるキャプテンとの休暇で頭が一杯になっているようで…。
「駅弁はどれがお勧めだと思う? やっぱりステーキ弁当かなあ? 特製お弁当は今からじゃ手配が間に合わないよね」
「…あれは三日以上前までに要予約!」
不機嫌そうな会長さんがピシャリとはね付け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えっとね、ステーキ弁当もいいけど、精進弁当も美味しいんだよ! ステーキはそっちの世界にもあるでしょ? 精進弁当は無いんじゃない?」
「ベジタリアン用のお弁当かい?」
「えっと……お寺で出てくるお料理でね、お肉とかを使ってないのに栄養があるの! お坊さんの修行って厳しいんだけど、このお料理を食べれば乗り切れるんだよ」
「ふうん? じゃあ、食べたらヘタレも直るかな? 修行用の料理と聞いたら見逃せないね。こっちの世界でも夜は存分に楽しみたいし…。早速連絡しておこう。どんなビジュアル?」
よし、とキャプテンに思念で連絡しているソルジャー。荷物一式と携帯電話を持ったキャプテンは精進弁当を買って電車に乗ることになりそうです。
「…キャプテンが乗る電車って、ぼくたちが乗ったのと同じだよね?」
お昼過ぎに着くヤツ、とジョミー君が言い、サム君が。
「だよな。俺たちがゆっくりしてられるのって、明日の昼までってことになるのか?」
「逆にのんびり出来るようになるかもしれませんよ? ソルジャーが静かになってくれれば」
希望的観測というヤツですけども、とシロエ君。
「キャプテンと部屋に籠ってくれれば万々歳だな」
キース君の言葉に会長さんが。
「…そっちには期待していない。ハーレイが来たら見せつけるって宣言してたのを忘れたのかい? あからさまにイチャつかれるか、アヤシイ台詞を吐きまくるか…。とにかく!」
会長さんはソルジャーにビシッと指を突き付けました。
「マツカにダブルベッドの手配をさせたりしていたけどね、その程度で止めて貰おうか。この子たちは万年十八歳未満お断りだって前から何度も言ってるだろう! 君たちの休暇には協力するから、ぼくたちに迷惑をかけないように努力して。…ただし、ハーレイはどうでもいい」
「了解」
ソルジャーは大きく頷いて。
「ハーレイ以外に配慮しとけばいいんだね? それじゃ明日からよろしく頼むよ、ぼくのハーレイが増えるから。ぶるぅ、お前もいい子にすること!」
「分かった、大人の時間なんだね!」
無邪気に答える「ぶるぅ」の声に私たちは床にめり込みました。教頭先生も溜息をつきつつ、眉間の皺を揉んでいます。キャプテンの一人旅が無事に終わったら大人の時間の始まりですか? 見ざる聞かざるで知らないふりをしていられればいいんですけど…。おっと、その前に一人旅! キャプテン、電車に乗り遅れないで下さいね~!