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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

休暇と夏旅情・第3話

休暇を取って別荘ライフに合流することが決まったキャプテン。電車で旅をしてみたいとかで、アルテメシアから一人でやって来る予定です。小さな子供でも電車や飛行機で一人旅をしている御時世、特に心配は要らないでしょう。休暇の始まりは別荘ライフも残り二泊三日という日の朝。
「おはよう」
ソルジャーが朝食を摂りに一階の食堂に現れました。後ろに「ぶるぅ」もくっついています。
「ハーレイは休暇中の引き継ぎを済ませてこっちに来たよ。せっかくだからバスにも乗るって言うんでね…。こっちのハーレイの家の近くまで送っておいた」
「バスですか?」
教頭先生が首を捻って。
「あそこのバス停は少々分かりにくいんです。いや、場所がどうこうと言うんじゃなくて、路線の方が…。同じアルテメシア行きのバスでも直通のバスと迂回して行くバスとがあって、かかる時間が違うんですよ。路線図を見て下されば分かるのですが…」
「へえ…。そんなことになっていたんだ?」
どれでも乗れると思っていたよ、とソルジャーがオレンジジュースに手を伸ばして。
「アルテメシア駅に行くバスに乗ればいいんだとだけ言っといたけど、説明不足だったかな? だけど普通は確認するよね、初めて乗ろうってバスだもんね。キャプテンたる者、慎重でないと」
そこがハーレイの長所で短所、とソルジャーはパンケーキを切り分けています。
「大胆さってヤツも時には必要だと思わないかい? あらゆる面で慎重すぎるとヘタレになってしまうんだよね。本人も胃薬が手放せないし、ぼくも何かと物足りなくて…」
「ストップ!」
そこまで、と会長さんが止めに入りました。
「朝っぱらからアヤシイ話は困るんだよ。夜は勝手にすればいいから、せめて昼間は健全に!」
「分かったってば。…ハーレイも楽しく旅をしていることだし、ぼくも思い切り遊んでおこう。どうせ昼過ぎまで着かないんだから、今日もお昼はバーベキューかな?」
「そうだね。昨日は食材調達係が遠泳に行ってて留守だったから、海の幸がイマイチ充実してなくて…。やっぱり採れたてのサザエにアワビ!」
頑張って、と教頭先生に微笑みかける会長さん。教頭先生は「任せておけ」と御機嫌です。会長さんに貢ぐためなら何度でも潜る気なのでしょう。素潜りはキース君とシロエ君も随分得意になりましたから、今日の食材は大いに期待できそうでした。
「よし、今日は魚も獲ってみるか」
教頭先生がキース君たちに視線を向けて。
「この間、要領を教えただろう? みんなに食べて貰うためにも色々捕まえてみないとな」
「いいですね!」
即答したのはシロエ君。
「この前は逃げられましたけれども、今日は絶対捕まえます!」
「え、なに、何? 何に逃げられたって?」
ジョミー君が好奇心満々で尋ねると…。
「イカですよ」
「えっ、イカ? 教頭先生とキースが捕まえていたと思ったけどな」
「ですから、ぼくは逃げられたんです! ジョミー先輩、知ってましたか? イカって自分の姿の形に墨を吐き出して逃げるんですよ」
驚きました、と語るシロエ君の顔は悔しそうです。この調子なら今日はイカや魚を沢山獲ってくれるかも…。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食堂の人に色々注文していました。藻塩に岩塩、お塩だけでも沢山種類があるようです。
「あのね、新鮮なお魚だったらお塩だけでも美味しいんだよ! せっかくだから食べ比べなくちゃ♪」
ハーブ入りのオイルもいいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。今日のビーチにも美味しい香りが漂いそう! キャプテンが到着してもバーベキューパーティーは続行かな?

明るい日差しの海で泳いで、ビーチで遊んでバーベキュー。どうしてもイセエビが食べたくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が反則技のサイオンで何処かの海から捕まえてきたのには全員が拍手喝采でした。獲れたてのイセエビを豪快に焼いて食べるだなんて楽しすぎです。そんなこんなで時間はアッと言う間に過ぎて…。
「あれ?」
ソルジャーがふと思い出したように。
「今、何時だっけ?」
「えっと…?」
誰も腕時計なんか付けていません。会長さんがパラソルの下に置いていた荷物から携帯を出して。
「3時5分前。そろそろおやつの時間かな? カキ氷もいいけど、ソフトクリームも捨て難いかも…」
どちらのおやつも別荘の人に頼んで届けて貰うのは同じ。マツカ君が「何にします?」と注文取りを始めましたが…。
「おかしいなぁ…」
ソルジャーが別荘の方を見ながら首を傾げて。
「とっくの昔に着いてる頃だと思うんだ。駅にタクシーが無かったのかな?」
「「「あ…」」」
今の今まで忘れていました。キャプテンが一人で乗った電車が到着している筈なのです。駅に着くのが1時半。そして駅から別荘までは車でそれほどかからない距離で…。
「えっと…。迎えの車を出しましょうか?」
マツカ君が言いましたけれど、ソルジャーは。
「連絡も無いし、放っておこう。こういう時に使うようにって携帯を渡してあるんだからね。タクシーが来るまでボーッと突っ立って待ってればいいさ、ヘタレを直すいい機会だ」
この暑さだし、と笑うソルジャー。
「シャングリラの中じゃ夏の暑さは味わえない。そりゃあ昔は人体実験とか色々あったし、とんでもない暑さの部屋にも入れられたけどさ…。それもすっかり昔の話。快適な温度調整に慣れたハーレイには暑さと戦ってもらおうか」
過酷だった時代の話をサラリと済ませて、ソルジャーはソフトクリームを注文しました。今日のお勧めはブルーベリーとホワイトチョコ。ソルジャーは迷わずダブルです。会長さんはホワイトチョコで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」はミルク味のカキ氷にホワイトチョコのクリームをトッピングして貰うことに。
「それ、いいね!」
ぼくもそれ、とジョミー君が手を挙げ、スウェナちゃんと私も便乗しました。キース君たちは何にすべきか迷っています。「この際だから全部混ぜたら?」とは会長さんの爆弾発言。
「綺麗に盛り付けたパフェみたいに見えるカキ氷をね、スプーンでグチャグチャに混ぜて食べようって国もあるんだよ。…冗談じゃなくて本当だってば! パッピンスって言うんだけども」
「「「パッピンス?」」」
「そう。君たちも好きなビビンバの国のカキ氷さ。ビビンバだって思い切り混ぜて食べるよね? それとおんなじ」
「「「………」」」
凄い食文化もあったものだ、と呆然とする私たちの頭からキャプテンの件はストンと抜け落ちてしまいました。誰がパッピンスに挑戦するかで男の子たちがジャンケンになり、負けてしまったのはキース君です。
「頑張れー!!!」
「もっと混ぜて、もっと混ぜて!!!」
豪華に盛られた三種類のクリームにパイナップルやイチゴのスライス。ベースはミルク味のカキ氷という代物を、キース君はスプーンでヤケクソになってかき混ぜ中。どう見ても食べ物というより残飯ですけど、あれを食べるのは酷でしょうねえ…。
「おい、どうしたんだ? 意外にいけるぞ」
食わず嫌いは良くなかったな、と口にするキース君に背中を向けて私たちは自分のアイスやカキ氷に集中していました。だって、見た目は大切です。かき混ぜられたパッピンスを食べてる人なんか見たら、食欲、一気に落ちますってば…。

賑やかに遊びまくった私たちがキャプテンのことを思い出したのは夕方になってからでした。別荘の方へと引き揚げてくると、出迎えてくれた執事さんが「お客様の御到着は遅れるのですか?」と尋ねたのです。
「「「え…?」」」
「予定の時間にお見えになりませんでしたから、もしやタクシーが無いのでは…、と迎えを出させて頂きました。ですが、駅には誰もおいでにならなかった、と運転手が…」
「……着いてないわけ……?」
まさか、と顔色を変えるソルジャー。慌てた様子で携帯電話を取り出しましたが、不在着信は無いようです。もちろんメールが来る筈もなく…。
「どうしたんだろう? 何かあったなら電話してくると思うんだけど…」
「ブルー、落ち着いて」
会長さんが声をかけました。
「此処で騒いでても仕方ない。とにかく中へ。…話はそれから」
私たちはお風呂に入るように言われ、会長さんはソルジャーと教頭先生、それに「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて二階の広間へ。…まさかキャプテンが行方不明になるなんて…。電車に乗り遅れてしまったとかならいいんだけれど、と心配です。大慌てでお風呂に入って広間に急ぐと、会長さんたちもお風呂と着替えを済ませた後で。
「…乗り越しちゃったらしいよ、電車を」
会長さんが苦笑しています。
「ほら、海の景色が綺麗だろう? この辺りはずっと海が見えるし、見とれてる内に時間が経っていたらしい」
「まったく…。ヘタレを通り越して馬鹿だって気がしてきたよ」
あそこまで間抜けとは思わなかった、とソルジャーが携帯を弄りながら。
「ブルーに言われて電話したのに出ないしさ…。いっそ思念で、って思った所でやっと出たんだ。精進弁当とお酒でリラックスしたのも悪かったんだろうね。電車の中で見事に爆睡。…それで言うことがさ、此処は何処でしょう? と来た日にはさ…」
「まだ乗ってたわけ?」
ポカンと口を開けるジョミー君。私たちが乗ってきた電車の終着駅は遙か彼方です。もしかしてキャプテン、終点まで乗って行っちゃいましたか…? ソルジャーは「乗ってるんだよ、今もまだ」と溜息をついて。
「とにかく降りろって言ったんだけど、どうやら終点まで降りられる駅が無いらしい。迎えに行こうかとも思ったけれど、これも修行の内かもね。自力でこっち行きの電車を探して来て貰うさ。流石にタクシーは無くなるだろうし、駅までは車を出すしかないけど」
「えっと…」
マツカ君が電車のダイヤを検索しながら。
「こっち方面へ向かう最後の特急に間に合う時間には到着しますね。乗車賃の方は大丈夫ですか?」
「ちゃんと多めに渡してある。後は自力で頑張るだけだね」
ヘタレ克服、とソルジャーは携帯をソファへと放り投げました。
「よほどの困難に直面するまで連絡は不可と言っといた。だから電話がかかってくるのは駅に到着する頃さ。今度こそ一人旅を無事に完結させて欲しいな。まったく、子供じゃないんだから…。ねえ、ぶるぅ?」
「ハーレイ、時々失敗するよねえ…。キャプテンの仕事は完璧だけど」
「そっちの方で失敗されたら大惨事だ。どうしてキャプテンは務まってるのに、ぼくの恋人としてはダメなのかなぁ?」
それはソルジャーが多くを要求し過ぎなんじゃあ…、と誰もが思ったようですけども、口に出す人はいませんでした。とにかくキャプテンの到着時間は予定よりかなり遅れそうです。夕食にも無論、間に合いません。でも無事は確認されましたから、後は着くのを待つだけですよね。

ゲストが増えることを見越して別荘のシェフが腕を揮った豪華な夕食は私たちの胃袋に収まりました。キャプテンの分だった料理は大食漢の「ぶるぅ」がペロリと平らげ、無駄になってしまうこともなく…。食事が済むといつもの広間でキャプテンの話題に花が咲きます。
「今頃はどの辺にいるのかな?」
「二つ手前くらいの駅だと思うぞ、ほら、此処に」
ジョミー君とキース君がパソコン画面の時刻表などを検証しながら。
「駅弁もいいのが買えてるといいね、絶対お腹が空くだろうし」
「あそこの駅だと…ふく飯か。ふく寿司もそこそこ美味いと聞いたな」
「…ふく? それって何?」
「知らないのか? ふくというのはフグのことだが」
ああ、フグでしたか! キース君が検索して見せてくれた画面にはフグの絵が描かれたお弁当が。この世界に疎いキャプテンがフグ弁当を買えたのかどうかは分かりませんけど、お弁当は買っているでしょう。そしてソルジャーが待つ別荘があるこの駅へ向けて鉄路を走っている筈です。それから間もなく、ソファの上でソルジャーの携帯が鳴って…。
「来た、来た。もうちょっと後になるかと思ったけれども、ギリギリまでは待てなかったか」
ヘタレだけに心細いんだろう、と言いつつソルジャーは思い切り長く放置してから。
「…ぼくだ。…え? どうしたって?」
ソルジャーの声が厳しいものに変わりました。到着を知らせる電話じゃないのでしょうか? 何か車内でトラブルでも…? と、ソルジャーがマツカ君に視線を向けて。
「妙な駅に着いたと言っているんだ。…ハーレイはまた間違えたのかい?」
「…妙な駅…ですか? 駅名は?」
「ちょっと待って。ハーレイ、駅の名前はなんて? 分かった、とにかく訊いてみる」
此処らしい、と告げられた駅名はまるで聞き覚えの無いものでした。けれど会長さんとマツカ君が二人して顔を見合わせて。
「それってド田舎…」
「ローカル線の乗り替え駅ですよ!」
山地のド真ん中ですよ、と青ざめているマツカ君。
「まさか降りちゃったんですか? こんな時間じゃ次の電車は…。それにそこから此処への直通電車は日に一本しか…」
「…要するにまたしても間違えたわけだね、ハーレイは」
ソルジャーは電話の向こうのキャプテンと喧嘩腰でやり取りしてから振り向いて。
「最初から間違えて乗ったみたいだ。ホームを確認しなかったらしい。…それに暗いから窓の外にも注意してなくて、様子がおかしいから慌てて降りた、と」
慣れないキャプテンは駅のホームの案内板を中途半端に見ていたようです。恐らく隣のホームから発車する電車に誤って乗ってしまったのでしょう。会長さんがド田舎と呼んだ駅ではキャプテンの乗ってきた電車が実質上の終電でした。
「…それでこれからどうするって? ふうん? まあ、ぼくはどうでもいいけどね…。この代償は高くつくよ? せっかくの休暇を一日無駄にしたわけだから。うん、うん…。じゃあ、また明日」
電話を切ったソルジャーはフウと大きな溜息をついて。
「迎えに来てくれって言うかと思えば、ホテルがあるから泊まります…だってさ。郷に入りては郷に従えとは言ったけれども、TPOってものがあるだろう! ぼくに寂しく一人寝しろって? 地球の夜に期待してたのに…」
せっかく手配したダブルベッド、とソルジャーはブツブツ文句を言っています。そんなソルジャーには気の毒でしたが、目の毒としか言いようのない大人の時間もどきを繰り広げられなくて済んだのは有難いかもしれません。まあ、その分、明日は凄そうですけど…。と、再びソルジャーの携帯が鳴り始めました。
「今度は何さ? おやすみの電話だったらキレてやる!」
勢いよく電話に出たソルジャーが「はぁ?」と間抜けな声を上げて。
「それはちょっと…。ぼくにも全然分からないや。地球にはそんなホテルがあるわけ?」
聞いたこともない、とソルジャーは私たちをグルリと見渡すと。
「フロントに人がいないと言っているんだ。人の気配はあるらしいけど、呼んでも誰も出てこない…って」
「営業してないってことじゃないのか?」
キース君が冷静に突っ込みましたが。
「ううん、営業中らしい。空き室あります、って表示もあるって。なのにフロントは空っぽで…。え、なんて? ああ、それで選ぶのかもしれないね。…選べた? 了解。…そうか、最先端の形式なのかも…。それじゃ、おやすみ」
今度こそ二度とかけてくるな、と携帯をソファに叩きつけるソルジャー。とりあえずキャプテンのホテルは確保できたようです。これで今夜は一安心…、と。

キャプテンと休暇を過ごす当てが外れたソルジャーは怒り心頭でした。マツカ君に明日の電車を検索させて、間違いなくそれに乗れるようメモを書いています。
「メールが使えたら問題ないのに、ハーレイときたら…。このくらいの反則、許されるよね? ぼくがこのメモを送りつけても迎えに来いとは言わないんだろうな、どうしようもなく気が利かないし…。明日の夜はたっぷりサービスして貰わなくっちゃ気が済まないや」
末尾に大きく『ハーレイの馬鹿!』と書き添えたメモを仕上げたソルジャーは内容に誤りが無いかを私たちに確認させながら。
「こんな間抜けにホテルだなんて勿体無いよね、野宿で充分って気がするけども…。この暑さなら風邪を引く心配もないし、駅のベンチで寝させりゃよかった」
「…それは駅員さんに追い出されるよ」
大真面目に答える会長さん。ソルジャーはフンと鼻を鳴らして「勿体無い」と繰り返しました。
「よりにもよって全部オートのホテルなんだよ? パネルで部屋を選ぶんだってさ。部屋を選んでボタンを押したら、横にあったエレベーターの扉が開いたらしい。…フロントに人がいなくても全部自動で済む仕掛け。きっと最先端だよね」
「「「…???」」」
そんな変わった仕組みのホテルは耳にしたことがありません。どんな小さなホテルであってもフロントに人はいるもので…。旅館のフロントも同じです。民宿とかは別ですけども、そもフロントが無いですし…。あれ? 会長さん、どうかしましたか? 額を押さえているようですが…?
「…ブルー? 何処か具合でも…って、そうか! あれがそうだったのか、なるほどね…」
クスクスクス…とソルジャーが可笑しそうに笑い出しました。
「ふふ、ハーレイがチェックインしたのは普通のホテルじゃないんだってさ。ぼくも流石に知らなかったよ、ノルディと行っておけばよかったかな? 誘われたことはあるんだけどねえ、ラブホテル」
「「「ラブホテル!?」」」
「そういうこと。こっちのハーレイは縁が無いから知らないようだね。…だけどブルーは経験済み、と。ぼくがノルディに聞いた話じゃ、下手なホテルより充実したのが最近の流行りらしいけど…。昔の方が趣きがあって楽しめたってね? 今じゃ作れないタイプの部屋があるとか…」
そんな話をされた所で私たちにはサッパリです。けれどソルジャーはさっきのメモをギュッと握って意識を集中しているようで…。
「やった、当たりだ! 流石ハーレイ」
「「「は?」」」
「鏡張りだよ、ノルディが言ってた伝説の部屋! 田舎に行けば残ってますよ、と聞いていたから探ってみたら…。凄いや、壁も天井も全部鏡がビッシリと…。これはもう押し掛けて行くしかないよね、ほら、こんな感じ」
有無を言わさず送り込まれた映像の中ではキャプテンが所在なさげに座っていました。椅子ではなくてショッキングピンクの大きなベッドで、円形ベッドとでも言うのでしょうか? 何処が頭やら足許なのやら、見当もつかないベッドです。天井と壁は全面鏡で、キャプテンとベッドがあちこちに映り込んでいて…。
「あのベッド、多分、回転するよ。これもノルディに聞いたんだけど、何十年か前に法律で禁止になるまで鏡張りの部屋と回転ベッドはラブホテルの定番だったんだってさ。今じゃ根性で改装し続けてるホテルか、地方の寂れたホテルくらいにしか残ってないっていう話。…その伝説のホテルが出たか…」
怪我の功名、と唇に笑みを浮かべた次の瞬間、ソルジャーの姿は消えていました。もちろんメモも残っていません。ついでにソルジャーの携帯電話も…。
「ねえねえ、ラブホテルってどういうホテル?」
初めて聞くよ、と不思議そうな「ぶるぅ」に会長さんが「大人の時間の専用ホテル」と答えているのがとても遠くに聞こえます。万年十八歳未満お断りでもラブホテルという単語くらいは知っていました。そっか、そういう仕組みでチェックインする場所なんですねえ…って、そんなことを覚えてどうしろと?

一人旅で大失敗をしたキャプテンでしたが、ソルジャーとの地球での特別休暇は結果的には大当たり。別荘から瞬間移動で消えたソルジャーが戻ってきたのは翌日の朝で、何食わぬ顔でいつもの食堂に現れて。
「おはよう。ハーレイは昼前に駅に着くから」
今度こそ間違えない筈だ、と言うソルジャーはキャプテンに電車の時間や出発するホームを書きつけた昨夜のメモを渡したそうです。
「ハーレイの馬鹿って書いてた部分は消したよ。だってさ、ハーレイが電車を間違えて乗らなかったら普通にダブルベッドの夜だしねえ? 鏡張りの部屋も凄かったけど、回転ベッドも良かったなぁ…。青の間に採用したいくらいだ」
どちらもね、と満足し切った顔のソルジャー。
「あんなホテルを見つけちゃったら連泊しないのは勿体無い! と思ったけれど、あそこは海が見えないんだ。思い切り山の中だしさ…。だから今夜は此処で過ごすよ、地球での休暇は海が無いとね」
水の星を満喫しなくては、と言ったソルジャーでしたが、昨夜うっかり楽しみすぎて海には入れないのだと嘆いています。
「…一昨年と同じだよ。痕をつけるな、って注意するのを忘れてた。注意してても無駄だったかもしれないけどさ…。鏡張りって興奮するんだ。あっちにもこっちにもハーレイとぼくが映ってる。肌の色が違うってことは分かってたけど、あんな風に見えるものなんだ…って」
「ブルー!!!」
会長さんが声を荒げましたが、ソルジャーは全く気にしていません。今度は回転ベッドの魅力について語りたいらしく、赤い瞳を煌めかせる姿にキース君が深い溜息をついて。
「…悪いが、俺たちには難しすぎて分からないんだ。そういう話はブルーにしてくれ。…行くぞ、今日も浜辺でバーベキューだ」
「かみお~ん♪ イセエビ、焼こうね!」
美味しかったもん、と飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちは食堂を後にしました。残っているのは会長さんとソルジャーと「ぶるぅ」、それにソルジャーに引き止められた教頭先生。部屋に戻って水着に着替え、ビーチへ向かおうとしていた所で食堂の方から執事さんの声が…。
「教頭先生、倒れちゃった?」
ジョミー君が言い、キース君が。
「鼻血がどうとか聞こえてくるしな…。今日のバーベキューの食材調達は俺とシロエにかかってくるのか…」
「腕の見せ所ですよ、キース先輩! キャプテンが着くまでに沢山獲って、教頭先生に褒めて頂きましょう!」
今日こそイカを捕まえます、とシロエ君は気合が入っていました。教頭先生に素潜りの腕を認めて貰おうと頑張った二人は魚も貝も、念願のイカも捕まえてきて…。
「うん、美味しい! やっぱり地球の休暇は海だね」
ソルジャーが水着姿のキャプテンに焼きたてのサザエを勧めています。海に入れないソルジャーはシャツを着込んでいましたけれど、御機嫌の方は上々でした。キャプテンが別荘に到着した時も玄関まで迎えに行ったのです。
「ハーレイ、初めての一人旅、お疲れ様。素敵なホテルに連れてってくれたし、遅刻の件は不問にしとくよ。…だけど海に入れないのは残念だよね…。休暇は明日で終わりになるのに、それまでに痕は消えないだろうし」
「…すみません、ブルー…。海を楽しみにしてらっしゃったのに」
「うん。ハーレイと海で泳ぎたいな、って思ってた。…海かぁ…。もっと泳いでおけば良かったなぁ…」
来年の夏まで機会は無さそう、とソルジャーはジョミー君たちが海に入ってゆくのを羨ましそうに見ていましたが。
「…そうだ、ボートだ! 昨日、ブルーとそういう話をしてたんだよね。ボートだったら海に出られる。こっちのハーレイが交代要員がいてくれたなら…って言ったんだっけ」
そうだよね? と水を向けられた教頭先生は。
「この人数で!? それはあまりに無茶なのでは…。あなたとブルーと、ぶるぅが二人。それにスウェナとみゆで6人、漕ぎ手が二人で合計8人…。どうしても、と仰るのなら4人乗りのボートを2隻ですね。あなたのハーレイが漕げるのならば……ですが」
「漕いでもらうさ。遅刻の件は不問にするけど、海に入れない方は諦め切れない。…マツカ、ボートを手配してくれる? ハーレイは漕ぎ方を習っておいて」
サイオンでね、とソルジャーは片目を瞑りました。
「携帯電話しか使えないのも楽しかったし、とっても役に立ったけど…。やっぱりミュウには思念波が馴染む。あの携帯は思い出の品に取っておくのが一番さ」
沢山写真も撮ったしね、と自慢するソルジャーの携帯にどんな画像が入っているのか、知りたくもありませんでした。鏡張りの部屋や回転ベッドを撮りまくったに決まっています。スウェナちゃんと私が頬を赤らめて俯いていると、ソルジャーは「やっぱり分かる?」と微笑んで。
「ノルディにも記念に一枚送っておいたよ。すぐに返信してきた所が凄いよね。…私の知識がお役に立って光栄です、って。メールも出来ないハーレイなんかとは雲泥の差だ。あ、こっちのハーレイは使えるんだっけ」
君にも一枚あげようか? と訊かれて教頭先生は大慌て。
「け、けっこうです! それより、ボートの用意が出来たようですよ。行きましょうか」
「そう? 残念」
せっかく素敵な写真なのにねえ、とソルジャーが携帯をコッソリ操作するのをスウェナちゃんと私は確かに見ました。教頭先生が漕いでくれるボートに乗り込んだのはスウェナちゃんと私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キャプテンのボートにはソルジャーと会長さんと「ぶるぅ」が乗って海に出て…。
「おーい、こっちだよー!」
ジョミー君が泳ぎながら手を振っています。男の子たちが遠泳していたコースは相当に距離のあるものでした。別荘ライフは明日の午前中まで。この一週間、毎日遊んで騒ぎまくって…。
「ふむ。サイオンで伝えた程度であれだけ漕げれば立派なものだな」
教頭先生がキャプテンの腕前に感心しています。ボートの上では会長さんとソルジャーが口論してましたけど、昨日の今日ではそれも当然。どうせ理解不能な言葉の応酬だろう、と対岸の火事を眺めてボート遊びを楽しんで…。教頭先生が鼻血で派手にぶっ倒れたのは別荘ライフ最後の夜でした。はずみで吹っ飛んで壊れてしまった携帯電話にどんな画像が届いたのかは、ソルジャーしか知らないみたいですよ~!



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