シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ギックリ腰になってしまった教頭先生のお世話をするべく泊まり込みを決めた私たち。けれどソルジャーがやって来るとは夢にも思いませんでした。手伝いをすると言っていますが、ソルジャーって家事は無能に近いのでは? 春休みに会長さんの家で合宿した時、部屋を散らかされて困った記憶が…。
「ぼくが手伝いをしちゃいけないのかい?」
ソルジャーは椅子に腰掛けたままで尋ねました。
「本人の許可は取ったんだけど? ねえ、ハーレイ?」
「え、ええ…。お手数をお掛けしてすみません…」
仰向けに横たわった教頭先生は申し訳なさそうにしています。ソルジャーは「ほらね」と得意そうに微笑み、教頭先生の顔を覗き込んで。
「相当酷くやられた割にはあまり腫れてないみたいだね。ちょっと心配してたんだけど」
「病院でずっと冷やして下さったので…。大したことはありませんよ」
「ふうん? ブルーにやられたことだと思えば痛みも吹っ飛んじゃうのかな? ギックリ腰になった理由もブルーが大事だからだもんねえ」
「な、何故、それを…!」
真っ赤になった教頭先生にソルジャーはクスクスと笑い始めました。
「ぼくも最初は気付かなかったよ。だけどブルーがそこの子たちに解説するのを聞いちゃったんだ。大事な下着を庇おうとしてギックリ腰って美談だよね。ぼくのハーレイも感動していた」
「…お恥ずかしい限りです…」
「いいじゃないか。ぼくが手伝いに来ることにしたのもハーレイに言われたからなんだよ? 腰は男の命だからねえ、しっかり養生するようにって。…ついでに腰が使えない間は心配ないから、色々覚えてきて下さいって」
「「「は?」」」
間抜けな声を上げたのはソルジャー以外の全員です。お手伝いに来て何を覚えると? ソルジャーは「分からないかな?」と人差し指を顎に当てて。
「腰が使えない間は心配ないって言っただろう? ぼくのハーレイが心配するのは浮気に決まっているじゃないか。この前、現地妻を募集したのが心にグサッと刺さったらしい。だけど、こっちのハーレイが夢を見ている新婚生活にも大いに惹かれるらしくって…」
「「「???」」」
「ハーレイズのことは覚えてる? 二人のハーレイの人魚ショー! あれの特訓をしていた時に、こっちのハーレイと色々話をしたらしい。ブルーを嫁に貰う日のために準備してあるグッズなんかが新鮮だったらしいんだよね。いかにも新婚って感じじゃないか」
教頭先生は頬を赤らめ、私たちは頭を抱えました。教頭先生の夢の数々は年始の挨拶で押し掛けた時に見ています。花の香りのシャンプーだとか、乙女ちっくなガウンだとか。あちらのキャプテンが惹かれるってことは、あれって男のロマンですか?
「そうらしいよ。ハーレイはぼくに主導権を握られてばかりいるからねえ…。一度でいいから尽くされる側に立ちたいらしい。それで修業に来たってわけ。いわゆる花嫁修業というヤツ」
「「「花嫁修業!?」」」
「うん」
ソルジャーは悪びれもせずに頷きました。
「ギックリ腰が完治するまで、世話をしながら理想の嫁について学ぼうかと…。ぼくのハーレイに提案したら一も二もなく賛成したよ。それどころか顔がニヤけていたね」
そういうわけで、とソルジャーはゆっくり立ち上がって。
「君たちにはサポートを頼みたい。花嫁修業をすると言っても、ぼくは家事なんか出来ないし…。出来る部分は努力するからダメな所はカバーして」
まずはお世話をしなくっちゃ、とソルジャーが抱え上げたのは会長さんの写真がプリントされた抱き枕でした。
「ギックリ腰には楽な姿勢が大切だって? 枕がどうとか言っていたけど、どう使ったらいいんだい?」
うわぁ、ソルジャー、本気ですか? 教頭先生のお世話をしながら花嫁修業って大真面目ですか~?
「ブルー、ちょっと待って」
抱き枕をセッティングしようとしたソルジャーを会長さんが止めました。
「君が本気で修業したいなら、まず服装をなんとかしたまえ。ソルジャーの衣装は家事に向かない」
「そうかな? ぶるぅも同じ服だよ?」
「ぶるぅは慣れているからいいんだってば! 君は初心者だし、マントだけでも邪魔になる。ぼくが持ってきた服に着替えるんだ。リビングに荷物が置いてあるから、好きなのを選んで着ればいい」
「形から入れってことなのかな? まあいいけど…」
着替えてくる、と寝室を出て行くソルジャーを見送り、会長さんは深い溜息。
「どうしてブルーが来ちゃうのさ…。せっかくハーレイで楽しく遊ぼうと思っていたのに」
「ブルー、お前…」
教頭先生が息を飲みましたが、会長さんは「当然だろ?」と涼しい顔。
「わざわざ泊まりに来てあげたんだ、オモチャになってくれなくっちゃ。…だけどブルーが花嫁修業って言い出したから、ここはブルーに譲るしかないか…。よかったね、ハーレイ。花嫁だってさ」
「…うむ…。そう言われると悪い気はせんな。ウッ!」
いててて、と呻く教頭先生。腰に響いたみたいです。ただ仰向けに寝ているだけでは姿勢に無理があるのかも…。それに球技大会で着ていたジャージのままでは寝込むのに向いてないような…?
「大丈夫かい、ハーレイ?」
痛そうだね、と会長さん。
「とにかく楽な姿勢を取らないと…。ああ、その前に着替えかな? ブルーに気を取られて忘れてたけど、身体を拭こうと思ってたんだ。病院では手当てしかしていないだろ?」
「い、いや…。私は別にこのままで…」
「君は平気かもしれないけどね。汗臭いんだよ、ハッキリ言って。前にギックリ腰をやった時にはプールだったから臭くなかった。でも今回は…汗臭いんだ」
「し、しかし…。今は身体を動かしたくは…」
痛いんだ、と教頭先生は腰の辺りを示しましたが、会長さんは。
「寝込む以上は清潔に! ぶるぅ、着替えを用意して。それと蒸しタオルが沢山要るかな」
「オッケー!」
早速戸棚からパジャマを取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。次に開けた抽斗の中にはズラリと並んだ紅白縞のトランクスが…。きちんと畳んで分けてある分が会長さんからのプレゼントでしょう。
「あ、トランクスは普段使いのヤツで頼むよ。薬臭くなったりするだろうし」
「分かった! じゃあ、こっちだね」
引っ張り出された紅白縞とパジャマがベッドの上に揃った所で寝室の扉が開きました。入って来たのは会長さんの私服に着替えたソルジャーですが…。
「「「!!?」」」
「変かな? ハーレイの夢を忠実に再現してみたんだけど」
ソルジャーが服の上から着けていたのは真っ白でフリルひらひらのエプロンでした。そういえば教頭先生、会長さんのためにエプロンも沢山揃えていたんでしたっけ…。
「どれにしようか悩んでいたのと、着方がやたら難しくって時間がかかってしまってね。ただ結ぶだけじゃなかったし…」
エプロンは背中で紐が交差するタイプで、その紐はボタンで固定する形になっています。腰で結ぶリボンもついてますから、ソルジャーには分かりにくかったのでしょう。それでもきちんと着てくる辺りは流石と言うか何と言うか…。教頭先生の視線はソルジャーの姿に釘付けです。
「そんな熱い目で見て貰えると嬉しいね。…なるほど、エプロン姿はポイントが高い…、と。裸エプロンよりいいのかな?」
「ブルー!!」
会長さんが怒鳴り、ソルジャーは首を竦めました。
「怒らなくてもいいじゃないか。ハーレイの夢には裸エプロンも入っているよ? 新婚生活には欠かせないロマンみたいだけども」
「そこまで修業しなくていいっ! 君はハーレイの世話をするために来たんだろう?」
「花嫁修業に来たんだってば。…えっと、着替えも済んだしハーレイに楽な姿勢を取らせなくっちゃ…って、あれ? ぶるぅ?」
今の騒ぎの間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が蒸しタオルを用意しに行っていたらしく、湯気の立つタオルを籠に詰め込んでソルジャーの隣に立っています。
「あのね、ハーレイも着替えなくっちゃいけないんだよ。たっぷり汗をかいちゃったから」
これで身体を拭いてあげるの、と蒸しタオルを指差す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく輝きました。
「それ、ぼくがやろう。エプロンも着たし、花嫁修業に旦那様のお世話は必須だよね?」
ウキウキとベッドに近付くソルジャー。スウェナちゃんと私は回れ右しようとしたのですけど…。
「逃げなくっても大丈夫だよ、いつもブルーがやってるみたいにモザイクかけてあげるから。えっ、足りない? ぶるぅ、悪いけど協力して」
ここに立って、と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がベッドの上に飛び上がります。スプリングが弾んだショックで教頭先生が呻きましたが、小さな身体はそのすぐ隣にピョコンと立って。
「これでいい?」
両手で大きく広げたマントが隠しているのは教頭先生の腰の辺りでした。確かにこうすれば見えませんけど…って、ソルジャー、その格好で教頭先生の身体を拭いてあげるんですか? 教頭先生は耳まで真っ赤になっています。このまま行けば鼻血コースをまっしぐらでは…?
ソルジャーによる教頭先生のお世話はサービス満点すぎました。ジャージを脱がせて身体を拭く合間に耳元で「気持ちいい?」と囁いたりするのですから、教頭先生の鼻の血管が無事に済むわけがありません。会長さんが仏頂面で渡したティッシュを教頭先生が鼻に詰め込み、「すまん」と謝ったのですが…。
「今のはぼくに? それともブルーに?」
冷たい目をする会長さん。
「お前に決まっているだろう!」
「そうかな? サービスしてくれているブルーに対して申し訳ないように聞こえたけれど? その調子なら治りもきっと早いだろうね。ブルー、拭き終わったら薬を塗るのを忘れずに」
取ってくる、と会長さんの姿が消え失せます。鬼の居ぬ間になんとやら…でソルジャーが悪戯するのでは、と思う間もなく会長さんは戻ってきて。
「ふふ、サイオンは便利でいいね。アルトさんも仲間になったし、遠慮なく思念でお願いができる。メールするより早かったよ」
会長さんが手にしているのはアルトちゃんの家の秘伝の塗り薬。ギックリ腰によく効くとかで前もお世話になったのでした。難点は酷い悪臭がすることで…。
「嫌だよ、こんなの!」
薬の蓋を取るなりソルジャーは露骨に顔を顰めて。
「これはロマンに含まれないだろ? 悪戯は君が専門だよね」
交替しよう、と会長さんに瓶を突き付けたのですが、会長さんも心得たもの。
「よく効くんだよ、その薬がさ。花嫁修業なら早く治るよう尽くさなくっちゃ。腰に塗るんだし、身体を拭くより刺激的だと思うけど?」
「………。こんな匂いがする薬では刺激も何も…」
ソルジャーはブツクサと文句を言いつつ薬を塗りにかかりました。身体はじっくり拭いていたのに薬の方は最低限の時間しかかけず、終わるとサッと立ち上がって。
「手を洗ってくる! ハーレイの服の方はよろしく」
逃亡したソルジャーは暫く戻って来ませんでした。その間に会長さんとジョミー君たちが教頭先生にトランクスを履かせ、パジャマを着せて姿勢を整え始めます。
「横向きがいい? それとも仰向け?」
どっちが楽かを会長さんが尋ね、柔道部三人組が教頭先生の身体を抱えて動かしてみて…。
「仰向けの方が痛まないようだね。すると膝の下に枕ってことか…」
よいしょ、と抱き枕を持ち上げ、キース君が抱えた教頭先生の膝下に押し込む会長さん。教頭先生はシロエ君とマツカ君に手伝ってもらって身体を動かし、枕の具合を確かめると。
「うむ、このくらいがいいようだ。…すまんな、みんなに迷惑をかけて」
「まったくだよ。紅白縞はもっと大事にしてくれなくちゃ。運動したら破れるかもって思ったことはないのかい?」
「すまん、普段は大丈夫なのだが…」
「だろうね、紅白縞しか履かないもんね。あ、バレエのレッスンはビキニだっけか。今も熱心にやってるよねえ」
クスクスと笑う会長さん。教頭先生は私たちが普通の一年生だった時に覚えさせられたバレエのレッスンに通っています。残念ながら発表会には出ないらしくて目にする機会が無いのですけど…。それだけ身体を鍛えていてもギックリ腰になったというのはお気の毒としか言えません。教頭先生は腰をしきりに気にしながら。
「ブルー、あっちのブルーは何をしに来たんだ? 私にはサッパリ分からんのだが」
「花嫁修業って言ってたじゃないか、本人が。それにハーレイがOKしたから居座ることにしたんだろ?」
「う、うむ…。人手が多い方がお前たちの負担が減るかと思ってな。お前はともかく、他の子たちは学校にも行くという話だし…」
「それは確かにそうなんだけどね。でもさ、自分で気付かなかった? ブルーが来るとロクな結果にならないってこと」
既に鼻血が出ちゃったけれど、との会長さんの指摘に教頭先生は「すまん」と申し訳なさそうに。
「私の世話をしてくれると聞いて、深く考えずに答えてしまった。だが、あれでも役に立つんじゃないのか? 身体も拭いてくれたしな」
「かなりサービス過剰だったけどねえ? エプロンまで着けてハーレイ好みの演出だ。…おっと、ブルーが戻ってきたかな?」
会長さんが扉の方を向くのと扉が開くのは同時でした。
「いいお湯だった。広いバスルームは最高だね」
「「「!!!」」」
顔を上気させたソルジャーがバスローブを纏って立っています。
「どう? 薔薇の香りで纏めてみたけど、薬の匂いは消えたかな?」
「ブルー!!!」
入ってこようとするソルジャーを会長さんが廊下に押し出し、バタンと扉を閉めました。教頭先生が名残惜しそうに扉を眺めていますが、会長さんは廊下に向かって大きな声で。
「余計なことはしなくていいっ! 花嫁修業なら大人しくしてればいいだろう!」
初々しさが大切なんだ、と怒り心頭の会長さん。この調子では先々が思いやられます。私たちは大きな溜息をつき、我が身の不運を嘆きました。ソルジャーが来さえしなかったなら、会長さんの悪戯だけで済んだでしょうに…。ギックリ腰が悪化しない程度に教頭先生を弄ぶだけで済んだでしょうに…。
「…来ちゃったものは仕方がないよ」
会長さんが額を押さえて。
「よりにもよって花嫁修業か…。ぶるぅ、後でブルーに繕い物を教えてやって」
「繕い物?」
「そう。そこの紅白縞、昼間の騒ぎで少し綻びているからね。洗って干して、繕った方がいいだろう。花嫁修業なら洗濯と裁縫も教えないと」
「分かった! えっと、手洗いで陰干しだよね?」
大事な紅白縞だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生に確認を取り、ジャージと紅白縞を抱えて廊下へと出てゆきました。果たしてソルジャーは洗濯と繕い物をマスターすることが出来るのでしょうか? その前に今夜の夕食は…? 色々と問題が山積みの中、教頭先生はベッドの住人。早く治って頂かないとソルジャーが帰ってくれませんよ~!
花嫁修業に来たソルジャーに家事の能力は皆無でした。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作り、ソルジャーがしたのは教頭先生に食べさせる係。例によってエプロンを着け、ベッドサイドにテーブルを置いてスプーンで口に運ぶのですから、教頭先生が喜ばないわけがありません。見た目だけは会長さんにそっくりですし、正しく夢の光景です。
「忌々しい…」
監視中の会長さんが吐き捨てるように言いましたけど、教頭先生の耳には入っていませんでした。ソルジャーがせっせと「美味しい?」とか「熱くない?」とか言葉をかけているからです。どう見ても『新婚ごっこ』を楽しんでいるとしか思えませんが、あれで修業になるのでしょうか?
「…なるんだと思うよ、あっちのハーレイが望んでるのは尽くされる立場みたいだし…。もっともブルーの性格からして、本気の相手にああいう態度が取れるかどうかは謎だけど」
遊びだから喜んでやっているだけだ、と会長さんの分析は冷ややかなもの。
「あの調子でどこまで続けられるかが見ものだね。多分、明日にはギブアップだよ。ハーレイの下着なんかを手洗いできるとは思えない。だけど花嫁修業と言ったし、チャレンジだけはしてもらう」
「「「………」」」
私たちはソルジャーが少し気の毒になりました。教頭先生が履いた紅白縞を手洗いだなんて、ソルジャーはきっと嫌がるでしょう。言われただけでも不愉快になるのが目に見えるような気がします。
「だからこそだよ、ブルーのペースで遊ばれたんでは面白くない。もちろん手袋は使用禁止さ」
素手で優しく揉み洗い、と会長さんの唇に乗る微かな笑み。指導役をする「そるじゃぁ・ぶるぅ」は責任感に燃えていますし、明日、私たちが学校に行っている間に一荒れしそうな感じです。たかが洗濯、されど洗濯。紅白縞を洗う羽目になったソルジャーがブチ切れなければいいが、と祈るような気持ちで私たちは眠りにつきました。その前にソルジャーがガウンを羽織って教頭先生の寝室に行こうとしかける騒ぎなんかもあったんですけど…。
翌朝、朝食を作ってくれたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ホカホカご飯に卵焼きと焼き魚、お味噌汁というのは教頭先生のお気に入りメニューらしいです。ソルジャーがまたエプロンを着けて朝食を教頭先生の寝室へ運んで行くのを見送ってから私たちは登校しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお留守番をしてるんですし、ソルジャーの見張りは大丈夫でしょう。
「帰りにスーパーに寄るんだったな」
慣れない路線のバスの車内でキース君がメモを取り出しました。
「俺たちが押し掛けたから色々と食材が足りないらしい。米も買わないといけないし…」
「配達を頼めばよかったのよね? お米とかは」
スウェナちゃんが確認したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からの伝言です。重たいものと急ぎでないものは配達サービスでかまわない、とのことでした。その日の内に届くサービスは4時までなので学校帰りでは間に合わないかもしれないのです。
「お米くらい持てますよ。ね、キース先輩?」
シロエ君が言い、キース君が「そうだな」と頷いています。私たちの任務はお買い物。家に残った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの花嫁修業の監視と指導がお仕事です。いえ、本当は教頭先生の看病がメインの筈なんですが、いつの間にやら全く別の方向に…。ソルジャーは紅白縞を真面目に手洗いするんでしょうか?
「洗うわけがないと思うよ、ソルジャーだもん」
絶対逃げる、とはジョミー君の読み。
「そのまま逃げて帰ってくれればいいけどなあ…」
そうあって欲しい、と願うサム君。学校に着いた私たちは上の空で授業を受け、キース君は大学の講義に行くのをサボり、放課後はゼル先生たちに教頭先生の家での生活ぶりを思い切り端折って報告し…。
「あいつの存在が明かされていないのが癪に障るな」
仕方ないが、とキース君。ソルジャーの存在は未だに伏せられたままでした。SD体制を皆に知らせて不安を煽ることはしたくない、との会長さんの意向です。そのせいで先生方への報告は「教頭先生はお元気です」という事務的なものに終わってしまい、私たちの苦境を知らせる術も無いままで…。
「あっ、いけない!」
ジョミー君が慌ててバスの降車ボタンを押しました。いつもと違う路線な上に、声を潜めて話し込んでいたので乗り過ごすところだったのです。ゾロゾロと降りた私たちはバス停に近いスーパーであれこれ買い込み、予想以上の食材の量に一部は配達サービスを頼み…。
「これでよしっ、と」
今夜の分のおやつも完璧! とジョミー君が大量のお菓子をレジ袋に詰め、他の食材も皆で分担して手に持って…教頭先生の家へ帰るべく駐車場へと出てきた所で。
「「「あれ?」」」
駐車場の入り口に立っているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではないのでしょうか? 私たちは早足でそちらの方へと向かいました。二人とも教頭先生の家でソルジャーを監視中の筈なのでは…?
「かみお~ん」
「おかえり。学校、お疲れさま」
同時にかけられた声の主は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さん。特徴的な容姿は間違えようもありません。
「え? えっと…何かあったの?」
ジョミー君の問いは私たち全員のものでした。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も見るからに元気がなさそうです。もしかして、紅白縞の手洗いを命じられたソルジャーがキレて二人揃って追い出されたとか?
「…家に入れなくなっちゃったんだよ」
会長さんが答え、キース君が。
「本気であいつに洗わせたのか、紅白縞を!?」
「うん」
「あーあ…。それで追い出されてれば世話ないぜ。俺たちでさえ読めたんだ。そんなことしたらブチ切れるってな」
「ブチ切れなかった」
その段階では大丈夫だった、と会長さんは断言しました。
「下着を洗うというのもドキドキするね、と面白がってたみたいだよ? 今度ぼくのハーレイのを洗おうかな? とも言ってたし。ただし腕前は全然ダメ。手洗いに向くタイプじゃない。ね、ぶるぅ?」
「洗濯機でもダメだと思う。だって洗剤を適当に放り込むんだもん! 少しくらいならぼくだって目分量だけど…基本の量は量ってるもん!」
ソルジャーは紅白縞を入れた盥を泡まみれにしたらしいです。お蔭で濯ぎに普通の量の何倍もの水が必要になってしまったらしく…。
「あれじゃ布地が傷んでしまう。色落ちもするし、最悪だね。でも本当に最悪なのは今現在の状況かな」
そう呟いた会長さんに「何があった!?」とキース君。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、頷き合って。
「…ぼくたちにもよく分からないんだ。とにかく家から放り出されて、戻ろうとしても入れない。サイオンで覗くことも出来ない」
「「「………」」」
それってまずくないですか? ソルジャーがやっているのは明らかです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い出しておいて教頭先生と二人きり。しかも教頭先生はギックリ腰でトイレに行くのも困難という状況ですから、もう危険としか言いようがなく…。
「二人じゃないよ?」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、中には三人いるんだよ」
「「「三人!?」」」
いったい誰が、と大騒ぎになった私たちに会長さんが沈痛な声で。
「ノルディだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ハーレイを往診しに来たんだ。そしたらブルーが出迎えに出て、そのまま二人でハーレイの部屋へ…。追いかけようとしたら放り出されてしまったんだよ」
それで私たちと合流するべくスーパーの方へやって来たのだ、と会長さんは説明しました。
「よりにもよってエロドクターか…」
とてつもなく嫌な予感がするが、とキース君が天を仰いでいます。ソルジャーと教頭先生を二人きりにしておくだけでも危なそうなのに、ドクター・ノルディが加わったとなれば大惨事ではないのでしょうか? 会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も入れない家にその三人が…。教頭先生の安否も気になりますけど、エロドクターの動向も気がかりです。
「分かった、急いで家に戻ろう。教頭先生が心配だ」
いざとなったら強行突破だ、とキース君が荷物を抱えて駆け出しました。タイプ・ブルーの会長さんでも入れないのに強行突破は無理じゃないかと思うんですけど、急げばなんとかなるんでしょうか~?