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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

俗人たちの宴・第2話

道場の寒さで霜焼けになってしまったキース君は、お泊まり会で初の一人部屋を希望でした。理由は言えないらしいのですが、そこへ現れたのがソルジャーです。霜焼けの特効薬を届けに来たとかで、好意を有難く頂くかどうかが難しいところ。なにしろ相手はソルジャーですし…。
「それ、本当に効くのかい?」
会長さんの質問に、ソルジャーは「当然だろう」と答えると。
「偽薬なんか持ってこないよ。思い切り恩を売っておかないと明日のパーティーに出られないしね?」
「「「………」」」
やっぱりそれが目当てだったか、と私たちは額を押さえました。ソルジャーは無類のイベント好きです。自分の世界でもシャングリラ中を巻き込んで色々やっているそうですから、パーティーと聞けば参加したくなるのでしょう。去年も一昨年も一緒にクリスマス・パーティーをしましたし…。
「ぼくが来ると何か不都合でも? 料理は多めに注文してたと思ったけどな。そうだよね、ブルー?」
「……君のために増やしたわけではないんだけれど? 食べ盛りの子たちが揃っているんだ、余裕を持たせておくのは常識」
「そんなものかな? でもね、本当にこれは効くんだよ」
ソルジャーは軟膏入りのチューブを弄びながら。
「キースの道場は余程寒かったみたいだね。建物の中にいるのに霜焼けだなんて、どんな修行をしたんだい? こっちの世界も暖房とかの設備はきちんとあるんだろうに」
ぼくの世界ほどには進んでないけど、と言うソルジャーにキース君が。
「設備があっても使えないんだ! いや、使わせて貰えないと言うべきか…。道場で甘えは許されない。どんなに寒くても暖房は無しだ。ただ、今年は寒波が強かったから、手まで霜焼けなヤツが続出で…」
俺もそうだが、と両手を差し出すキース君。その手はいつもより指が太めで、暖房で血行が良くなったせいか痒くてたまらないのだそうです。逆に冷えると痛みが酷くて…。
「手が霜焼けになってしまうと、道場での修行に支障が出る。掃除なんかは全く斟酌してくれないが、お勤めの方が問題でな。…お経本を持って本堂までの長い廊下を歩く間に、手指が痺れて取り落とすヤツが何人も出た。吹きっ晒しの廊下だったから、寒風がモロに吹き付けるんだ」
璃慕恩院の廊下や渡り廊下は先日見て来たばかりです。最後のお勤めに向かうキース君の手が真っ赤になっていましたっけ。あんな環境では霜焼けの痛みでお経本を落とすのも無理はありません。しかし…。
「坊主がお経本を床に落とすなど、本来あってはならないことだ。おまけに落としたお経本をウッカリ踏んだヤツまでいてな。もちろん罰礼をやらされるんだが、そんなヤツらが続出しては御本尊様に申し訳が立たん。…そういうわけで、お経本の落下を防ごうと手火鉢の使用が許可された」
「なんだい、それは?」
首を傾げたのはソルジャーです。火鉢は私たちの世界でも滅多にお目にかかれませんから、ソルジャーは知らなくて当然でした。会長さんが「こんなのだよ」と思念でイメージを伝えたようで…。
「ああ、なるほど。随分と原始的な暖房だけど、それでも無いよりマシなんだろうね?」
「使用時間は厳しく制限されていたがな。火鉢は一度火を熾したら炭さえマメに継ぎ足していれば一日中でも使えるんだ。ただし、俺たちの場合はお勤めの前に手を炙るだけ! 時間になったら部屋の中に火鉢を運んでくれるが、それ以外の時は火鉢は廊下に出されていた」
何の役にも立ちはしない、とキース君は顔を顰めました。修行仲間は「火鉢でアルテメシアの空気を温めている」と陰口を叩いていたようです。それでも火鉢が用意されただけマシというもので…。
「本来、道場で暖房は一切禁止だ。お経本を踏むような失礼が無ければ手火鉢も出ては来なかっただろう。…だがな、お勤めの前だけ手を温めていいと言われても…。一時的に血行が良くなるだけで冷えたら元の木阿弥だ。お蔭で未だに痛いし痒いし、足は真っ赤に腫れてるし…」
「だから薬を分けてあげると言ったじゃないか」
これ、とチューブを示すソルジャー。
「効き目の方は保証付きだよ。アルタミラの研究施設で何度もお世話になったしねえ」
「「「は?」」」
「人体実験をされていたって話しただろう? 高温の部屋に放り込まれたり、とてつもなく寒いケージに入れられたりさ。…で、実験を続けるためには治療もしなくちゃいけないわけで…。低温でダメージを受けた皮膚にはコレが一番! ぼくの身体で治験した分、色々改良されたのさ」
これでも一応人間だし、とソルジャーは笑顔だったりします。悲惨な過去を語っているのに…。
「薬の効果を確認するのに動物実験だけではちょっとね…。その点、ミュウなら遠慮しないで人体実験できるしさ。極寒の惑星で資源を採掘したりするから、ぼくたちの世界に霜焼けの薬は必須なんだよ。ついでにミュウは虚弱体質が多い。そんなミュウでも一晩で治る特効薬!」
ぼくの身体で証明済み、とソルジャーはキース君にチューブを手渡しました。
「とりあえず今、塗ってみたら? 君の身体は健康そうだし、痒みが収まるのも早いと思う。数時間あれば綺麗に治るさ、お風呂に入ったら塗り直さないといけないけどね」
「………。俺がこれを貰ってしまうと、あんたがパーティーに来るわけだよな?」
「心配しなくても、薬は口実。来てしまったからにはパーティーが終わるまで居座るよ。君が薬を突き返したって帰るつもりは無いってわけ。…それとも君たちはSD体制下で迫害されているぼくを追い出すとでも? パーティーに出たいと言ってるのに?」
「「「………」」」
ソルジャーの言葉は『お願い』ではなくて脅しでした。人体実験やSD体制の話を持ち出されると断れる人はいないのです。明日のパーティー、大荒れにならなきゃいいんですけど…。

会長さんの家に居座る権利を得たソルジャーは早速おやつを食べ始めました。夜食用に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作っておいたリンゴのクラフティです。服の方も会長さんのを勝手に借りて着替えていますし、こうなったらもう諦めるしか…。
「どうだい、キース? 霜焼けの具合は」
「あ、ああ…。随分マシになったな。礼を言う」
頭を下げるキース君。ソルジャーが持参した薬の効果は抜群らしく、私たちの世界の薬では引かなかった痒みが消えて、腫れだって引いてきています。手なんかすっかり元通りですし、腫れ上がっていた足も今では「少しだけ腫れている」程度。
「ほらね、効果があっただろう? これで一人部屋にする必要は無いと思うけどな」
「え? い、いや、それは…」
「霜焼けが治っても一人部屋かい? その調子なら寝るまでに治りそうだけど…。多分、一時間もかからないよ。まだ寝る予定はないんだろ?」
健康で頑丈な身体は治りも早い、と感心しているソルジャーによると、この薬は即効性が売りだそうです。ソルジャーの世界で『ミュウ』と呼ばれるサイオンを持った仲間は虚弱な人が多いので治癒には一晩かかりますけど、普通の人間なら数時間。つまりキース君でも数時間あれば充分なわけで…。
「布団に入る前には治るし、いつもの相部屋でいいじゃないか。霜焼けが完治するまで一人部屋を希望だったよね?」
「…それはだな…。確かに霜焼けが治るまでとは言ったんだが…」
口籠っているキース君に、会長さんが。
「物事を正確に伝えないから、困ったことになるんだよ。道場での体験を引き摺ってる間は相部屋は無理だとスッパリ言えばいいのにさ。…理由もきちんと説明してね」
「…………」
キース君は応えませんでした。代わりにソルジャーがクスクス笑いながら。
「そんな話もしてたっけね。相部屋だと何かが起こるんだっけ? ぜひ聞きたいな、君と相部屋になると恐ろしいことになるかもしれない…っていう面白そうな話の真相をさ」
「…霜焼けの薬は感謝している。だが、俺は一人部屋に隔離されるべきなんだ。同室になったヤツに迷惑をかけてしまってからでは遅い。誰だって安眠したいだろう?」
「言えないってわけか。…だったら一人部屋も相部屋も無しというのはどうだろう? リビングは広いし、全員ここで雑魚寝ってことで! この際だから女子も一緒にしちゃおうよ。間に何かを置けばいいだろ」
こんなのとか、とソルジャーが瞬間移動で取り寄せたのは和室にあった大きな屏風。会長さんと親交のある名僧たちが詠んだ和歌の貼り雑ぜ屏風です。ソルジャーはそれをリビングに設置し、「これでOK」と頷いて。
「こうしておけば間仕切りになる。後は布団を運べばバッチリ! どう思う、ブルー?」
「うーん…。悪い案ではない……かもね。キースと相部屋になる楽しさは分かち合った方がいいかもしれない。ついでに此処で雑魚寝となったら、お客様用の布団を出してこなくっちゃ。ベッド用のを転用したんじゃ寝心地が悪いし、この人数が使った布団をハーレイ一人で片付けするのは重労働だ」
よし、と会長さんは指を鳴らしました。
「ブルーの案に乗ることにする。今夜は全員、キースと相部屋! クラフティを食べ終えたら布団を運ぶよ。お客さんに備えて和室用の布団も二十組ほどあるからね」
「ちょっと待て! お、俺の立場は…」
キース君が叫びましたが、会長さんはニッコリ笑って。
「決まってるだろう、掃除係さ。さっきから掃除に燃えてたんだし、布団を運ぶ前にリビングの床を綺麗にね。此処に布団を敷くとなったら、やっぱり掃除をしておかないと…。布団を汚すと大変なんだ。カバーを外して洗ったくらいじゃ落ちない汚れもあるからさ」
よろしくね、と肩を叩かれたキース君は逆らう気力も失せたようです。そんなキース君と相部屋になると何が起こるのか分かりませんが、全員揃って相部屋というのは初体験。間仕切りの屏風もあることですし、今夜は眠りに落ちてしまうまでワイワイ賑やかに騒ごうかな?

夜食が済んだ後、私たちは一旦ゲストルームに引き揚げました。各部屋にバスルームがついているので、ゆったり入ってパジャマに着替え。その間にキース君がリビングを掃除し、会長さんが瞬間移動で布団を運んでいる筈です。スウェナちゃんと私がフィシスさんのガウンを羽織ってリビングに戻ると、ズラリと布団が敷かれていて…。
「かみお~ん♪ みゆとスウェナはこっちだからね! ぼくも一緒だよ」
こっちこっち、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼んでいます。アヒルちゃんパジャマは明日のために取っておくのだそうで、今は普通の子供パジャマ。土鍋の代わりに子供布団が屏風の横に延べてありました。
「ブルーがね、女の子の方にいてあげなさい…って。人数が多い方が楽しいでしょ?」
それはそうかもしれません。スウェナちゃんと二人きりより、三人の方が面白そう。男子の方はソルジャーも入れて七人ですし、人数の差があり過ぎですもの。…こうして寝場所は分かれたものの、眠くなるまでは男子のスペースに出掛けて行って雑談したりトランプをしたり。最後は枕投げまで始まって…。
「やれやれ、屏風をサイオンでガードする羽目になるとはねえ…」
派手だったよね、と会長さん。男子のスペースの布団は踏みまくられてグチャグチャでした。それをなんとか寝られる程度に整え直し、部屋中に飛んだ枕を拾い集めて、消灯時間。スウェナちゃんと私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が屏風で仕切ったスペースに戻ると、誰からともなく「おやすみ」の声が上がって電気が消され…。
(…………)
ぐおーっ、と早速イビキが聞こえてきます。これって「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうね。子供のくせにイビキのボリュームは一人前。あっちのイビキはサム君かな? まだ喋ってるのは会長さんとソルジャーで…。んーと……んーと……。ダメだ、眠いや…。
(……あれ……?)
どのくらい眠っていたのか、ふと目を覚ますと部屋の中はまだ真っ暗でした。何か聞こえたと思ったんですけど、気のせいかな? 闇を揺らす音はイビキだけです。夢だったのかも、と瞼を閉じると。
「…………ブ……」
(……?)
「ブ、………ブ……」
あれれ? やっぱり誰か起きてる? 
「…ナ…………ブ、…ム………ブ…」
これは誰かの寝言でしょうか? 歌のように聞こえないことも…。
「………ブ、…ム……ダブ、ナムアミダブ…」
え。ナムアミダブって…お念仏!? なんで夜中にお念仏が? 会長さんの家に『出る』という噂は聞きませんけど、もしかしなくても出るんですか? これって心霊現象ですか? 低くブツブツと繰り返される南無阿弥陀仏はなんとも不気味で、私は頭から布団を被りました。それでも聞こえるお念仏。
(ど、どうしよう…。このまま寝ちゃったら祟られるよね? 聞いただけでも祟られちゃうとか? 悪霊退散の呪文とかってあったっけ?)
キース君に習っておくべきだった、とガタガタ震える私でしたが南無阿弥陀仏は止みません。ふと気がつくとスウェナちゃんも隣で震えている様子。スウェナちゃんばかりか「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
(うわぁぁん、これって夢じゃないんだ! 出るって話をしてくれていたら、リビングなんかで寝なかったのに~!)
けれど後悔先に立たず。地縛霊だか悪霊なんだか知りませんけど、伝説の高僧である会長さんの家に出る霊となれば半端なものではないでしょう。弱い霊ならとっくの昔に会長さんが成仏させてる筈ですし…。
(会長さん、起きてくれないかな? サム君も霊感あるって話なんだし、こんな時くらい起きてくれても…。キース君だって一人前のお坊さんになったんだから、起きたっていいと思うんだけど~!)
パニックに陥りそうな私と、震えまくっているスウェナちゃんたち。南無阿弥陀仏の声は今や朗々とリビングに響いています。もうダメかも…。私たち全員、祟られちゃうかも…。だ、誰か…。誰か、助けて~!
「喝!!!」
会長さんの気合が迸り、ピタリと止まったお念仏。そして代わりに…。
「いたたた…。くっそぉ、いきなり何しやがる…」
「…御挨拶だね、キース・アニアン」
部屋に煌々と電気が灯って、おっかなびっくり屏風の陰から顔を出してみると会長さんがスックと立っていました。足元にはキース君が転がっており、痛そうに肩を押さえて呻いています。ジョミー君たちは布団の上に起き上がっていて青ざめた顔をしていますから、お念仏の声を聞いたのでしょう。…で、霊は? お念仏をしていた霊は…?
「南無阿弥陀仏なら退治したよ」
会長さんが軽く両手をはたきながら。
「さて、ブルー? 狸寝入りはやめたまえ。…君の提案で雑魚寝にしたら、こういう結果になったんだけど?」
「…君だって承知していたくせに」
面倒そうに布団から出てきたソルジャーはクックッと喉の奥で笑っています。
「キースが一人部屋を希望だってこと、言い出したのは君だよねえ? 君は最初から知っていたんだ。キースには寝言でお念仏を唱える癖がついている…ってね」
「「「キース!!?」」」
「「キース君?」」
男の子たちと女子組の叫びが重なりました。あのお念仏はキース君? どうして寝言でお念仏を…?

「………すまん」
本当にすまん、とキース君は布団の上で土下座を繰り返しました。お念仏の声を心霊現象だと勘違いしたのは会長さんとソルジャーを除く全員で、その誰もが怖い思いをしたのですから土下座は当然の成り行きです。暗闇に流れるお念仏なんて、知らずに聞いたら怪談以外の何ものでもなく…。
「キースってさぁ…」
ジョミー君がシロエ君の顔を見詰めて。
「前から寝言はアレなわけ? シロエは付き合い、長いんだよね?」
「あんなの、ぼくも初めてですよ! ですから先輩だとは気が付かなくて、てっきり霊が出たんだとばかり…。マツカ先輩も知りませんよね?」
「…少なくとも、ぼくが相部屋の時は一度も聞いていませんね。柔道部の合宿の時にも無かったですし…。そもそも、キースが寝言だなんて全く記憶に無いんですけど」
いつも静かな寝息だけです、とマツカ君とシロエ君は証言しました。ジョミー君とサム君も、キース君との相部屋の時に寝言の記憶は無いそうです。それほど静かに寝ている人が今日に限ってお念仏とは…。
「だから一人部屋にしておいてくれと言ったのに…」
「理由を説明しないからだよ。予めちゃんと申告してれば同じことをやったとしても退治されてはいないだろうに」
怖がる人がいないんだから、と会長さんがキース君を冷たい瞳で見下ろして。
「霜焼けの次は青アザになってしまうかもね? 手加減はしたつもりだけれど、肩に一発お見舞いしたから。…きちんと全てを打ち明けていたら、揺すって起こしてあげたのに」
会長さんはキース君に手刀を食らわせたのでした。キース君は痛みで飛び起き、私たちを震え上がらせたお念仏の声も同時に止んだというわけです。
「こうなった以上、隠しておいても無駄だよ、キース。みんなは生きた心地もしなかったんだし、人騒がせな寝言に至った原因ってヤツを明らかにするのが筋だろうね。…でないと誰も納得しないさ」
さあ早く、と急き立てられたキース君は観念したように口を開きました。
「………。あれは道場の後遺症で……」
「「「後遺症?」」」
「そうなんだ。あの道場には俺と同じような状態に陥ったヤツが沢山いた。ブルーがそれに気付いていたのは経験者だからか、覗き見をしていたせいかは知らないが…。とにかく道場で三週間も修行してると寝言まで念仏になるらしい。寝言を言う癖が無かったヤツでも、寝ている間に南無阿弥陀仏だ」
そんなことってあるのでしょうか? 現実に耳にしたこととはいえ、今一つ信じられない思いで私たちが顔を見合わせていると。
「キースの言うことは本当だよ」
割り込んだのは会長さんです。
「行住座臥にも念仏の行、という言葉があってね」
「「「ギョウジュウザガ…?」」」
なんですか、それは? きっと専門用語でしょうが…。
「歩いている時も、立っている時も、座っていても眠っていても、どんな時でもお念仏! これがぼくたちの宗派の開祖のお言葉。修行を積んだお坊さんになると、「よいしょ」の代わりに「南無阿弥陀仏」の境地なんだ。ぼくはそこまで抹香臭くなりたくないから、適当に手を抜いているんだけどさ」
でないと女性にモテないし、と余計な一言を付け加えながら会長さんは続けました。
「とにかく道場ではその精神を徹底的に叩き込まれる。来る日も来る日も念仏三昧、ただひたすらにお念仏だ。要領のいい人はクチパクで済ませていたりするけど、真面目な人は声が嗄れてもお念仏! もちろんキースも大真面目だった。そうやって南無阿弥陀仏を続けていると、三日目頃からアヤシイ寝言が…。そうだよね、キース?」
「…初めて自分の寝言で目が覚めた時は仰天したな。なにしろ南無阿弥陀仏だし…。おまけに大広間のあっちこっちで念仏を唱える声がするんだ。どいつもこいつも熟睡しながら念仏だぞ? あれは一種の洗脳に近い」
キース君たちは百数十人が同じ大広間で寝起きしていたらしいのですが、その中のかなりの人数が夜な夜な寝言でお念仏。毎日々々、一心不乱に唱え続けた結果でしょう。そんな道場を終えた今でも、キース君は寝言でお念仏を唱える癖が抜けなくて…。
「…三学期が始まる頃には流石に元に戻るだろうと…。霜焼けも治るのに時間がかかりそうだし、霜焼けが治ったら相部屋にするつもりだったんだ。…夜中に念仏を聞かされて喜ぶヤツがいると思うか? 気味の悪い夢を見るかもしれんし、目が覚めたって騒音なんだぞ」
大音量だからな、と項垂れているキース君。あのお念仏は寝言とは思えないほどの大きな声にまでなったのですから、騒音の内に入るでしょう。でも、それ以前にアレは怖かったです。ソルジャーが雑魚寝だなんて言い出さなければ朝まで安眠出来たのに…。
「とにかく俺が悪かった。またやらかしたら申し訳ないし、別の部屋で一人で寝ることにする」
しおしおと去ってゆくキース君を引き止める人はいませんでした。雑魚寝の提案者だったソルジャーも我関せずと布団の中。そういえばソルジャーは騒ぎを起こすのが好きだったっけ、と今更ながらに気付きましたが、背筋が寒くなる体験ってヤツは夏場にお願いしたかったです…。

翌朝、私たちが起き出したのは朝の九時過ぎ。キース君の寝言騒ぎで少々寝不足気味でしたけど、十時に教頭先生が来るというので会長さんに起こされたのです。
「おはよう。ハーレイが来るまでに着替えくらいはしておかなくちゃね? あ、布団はそのまま放っておいて。片付けはハーレイがするんだからさ」
仕事は多ければ多いほどいい、という悪魔の笑みで脳味噌が一気に覚醒しました。午前十時から午後三時まで有効だという『お願いチケット』。今日はチケットを行使する日で、教頭先生が私たちのパーティーの裏方で…。
「かみお~ん♪ おはよう、キース! 霜焼け、治った?」
「ああ。痒みも痛みも無くなった」
ゲストルームから身支度を整えて出てきたキース君はソルジャーに特効薬の御礼を言って深々と頭を下げています。お念仏な寝言で遊ばれたのに御礼というのは礼儀正しいキース君ならではの美点でした。そんな姿にソルジャーは「敵わないね」と苦笑して。
「改めて御礼を言われてしまうと、謝らざるを得ないじゃないか。…君で遊んで悪かったよ。だけど大いに参考になった。同じ言葉を繰り返していると癖になるのは使えそうだ」
「「「は?」」」
「口癖になってしまうんだろう? これは応用が利くと思うね。ぼくのハーレイはヘタレてるから、愛の言葉もロクに言ってはくれないんだけど…強制的に繰り返させたら癖になるんじゃないのかな。ブリッジクルーとかの前でもポロッと言ったら最高だよ」
「「「………」」」
それは流石にマズイんじゃあ……と私たちは一様に押し黙りました。ソルジャーとキャプテンの仲はとっくにバレバレらしいですけど、ブリッジで愛の言葉を言わせるというのはシャングリラ号の士気に関わりそうです。そういう遊びは青の間かキャプテンの部屋かに留めておくのが一番では…?
「黙ってるってことは賛成できないって意味なのかな? 楽しそうだと思うんだけど…。だったらこっちのハーレイはどう? これから来るって話なんだし、遊ばせてもらっても問題ないよね?」
ぼくもパーティーのゲストなんだし、とソルジャーは胸を張っています。えっと、そういう展開ですか? お願いチケットは私たちが根性でゲットしたもので、ソルジャーは関係ないんですけど…。教頭先生で遊ぶにしたって、お願いチケットの範囲内でしか遊べないんじゃないかと思うんですけど~!
「名案を思い付いたんだよ。お念仏みたいに単純明快、これを使えばハーレイで遊び放題になる名台詞! お願いチケットが使える間はハーレイはこれしか言えないという縛りをかけたら素敵じゃないかと」
聞きたいだろう? と微笑むソルジャーに会長さんが。
「…危ない台詞じゃないだろうね? その手の言葉はお断りだよ。それを承知の上でだったら聞きたいな」
「喜んで」
ゴクリと唾を飲む私たち。さて、教頭先生に言わせたい台詞とは何なのでしょう? ソルジャーはニヤニヤしています。え? もしかしなくても今のがソレ…? そういえば威勢よく「喜んで!」と響き渡る声を何処かで耳にしたような…?




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