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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

俗人たちの宴・第3話

キース君の寝言に端を発した「同じ言葉を繰り返させて癖にする」案。お願いチケットが有効な間は教頭先生がそれしか言えないようにしてしまおうというのですけど、提案したのがソルジャーだけに用心せずにはいられません。どうせロクでもない言葉であろう、と誰もが予想していました。けれど…。
「……喜んで……?」
ソルジャーの言葉を鸚鵡返しに口にしたのは会長さんです。
「まさかと思うけど、それなのかい? 君が思い付いた名台詞って…?」
「もちろんさ。なかなか素敵な言葉だろう?」
得意げな笑みを浮かべるソルジャー。
「何を言われても、ハイ、喜んで! 注文取りにはもってこいだと思うけどねえ?」
「…やっぱり元ネタはアレなんだ…」
会長さんが頭を抱え、私たちもようやく何処で「喜んで!」という声を聞いたか思い出しつつありました。チェーン店の居酒屋さんです。未成年の私たちですが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそんなことにはお構いなし。居酒屋メニューが食べたくなれば引っ張って行かれることも度々で…。でもソルジャーと一緒に出掛けた記憶は無いんですけど…? 首を傾げる私たちに、会長さんが。
「ブルーは何度も行ってるんだよ。ぼくの家に泊まりに来たら居酒屋は必須みたいでさ…。君たちが一緒じゃお酒はあまり飲めないだろう? だからお供はぼくとぶるぅで」
「そういうこと。地球のお酒は美味しいからねえ…。やっぱり水がいいのかな? ぼくの世界じゃ超のつく高級品みたいなヤツを居酒屋価格で思う存分飲めるというのは嬉しいよ。ブルーにも遠慮しなくて済むし」
「ふうん? ノルディに高いワインをたかっているのも君だよね? …まあいいけどさ」
どうやらソルジャーは私たちの世界のお酒に目が無いようです。エロドクターと食事に行くのも案外お酒が目当てかも…? そんなソルジャーが居酒屋チェーンで覚えた台詞が「喜んで!」で…。
「絶対いいと思うんだよ」
ソルジャーは改めて力説しました。
「何を言われても「喜んで!」。繰り返していれば洗脳される。とんでもないことを命令されても「喜んで!」と答えた後では従うしかないし、そうでなくても『お願いチケット』はお願いを聞いて貰えるものなんだろう?」
「…常識の範囲内で、と書いてあるけど?」
会長さんはチケットを取り出し、裏の注意書きを示しながら。
「風紀の乱れに繋がるものや、社会通念上どうかと思われることには従いません…とも書いてある。判断するのは対象にされた教師だそうだよ。つまりハーレイが決めることだ」
「だったら、やっぱり例の台詞で縛りをかけておかなくちゃ! 従えません、と言われる前に「喜んで!」と言わせておけばバッチリだってば」
「…君のチケットじゃないんだよ? ぼくたちが使うヤツなんだから、妙な命令をされてはねえ…。パーティーの裏方がいなくなるじゃないか」
難色を示す会長さんに、ソルジャーは。
「でも面白いと思わないかい? 何を頼まれても「喜んで!」と言ってくれるんだよ? 君が嫌ならぼくは大人しくゲストしてるし、君が遊べばいいじゃないか」
「……うーん……?」
考え込んでいた会長さんですが、根っからの悪戯好きだけに「教頭先生で遊びたい」気持ちを抑えつけるのは無理だったらしく。
「やってみようかな、そのアイデア。…ハーレイの口癖が「喜んで!」になったら楽しそうだ。せっかく家事を溜めたことだし、喜んで働いて貰おうか」
返事は爽やかに元気よく、と会長さんはやる気でした。教頭先生、無理難題を押し付けられなきゃいいのですけど、ソルジャーが大人しくしていると言った以上は大丈夫…かな?

怪しげな案が練られている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパンケーキとソーセージを焼き、スープとサラダもダイニングのテーブルに並びました。卵料理の注文を取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスクランブルエッグやオムレツを仕上げ、アヒルちゃんパジャマに着替えてきて…。
「フライパンとか放ってきたけど、いいんだよね? もうすぐハーレイ来るもんね」
「うん。今日のハーレイは何でも喜んでやってくれる筈だよ、そう決まったし。お願いチケットは全員に使う権利があるから、ぶるぅもジョミーたちも大いに使ってくれたまえ」
えっと。頷いちゃってもいいんでしょうか? 会長さんが「返事は?」と私たち全員を見詰めています。
「喜んで!」
景気良く返事したのはジョミー君でした。私たちはプッと吹き出し、それもいいかな、と笑い合ってから。
「「「喜んで!!!」」」
「いい返事だよね。ハーレイにもそんな調子で大いに頑張って貰わなくちゃ」
掃除に洗濯、皿洗い…と指折り数える会長さん。リビングには布団が敷きっ放しになっていますし、キース君が使ったゲストルームも放置のままです。教頭先生、到着したら掃除が最初のお仕事でしょうか? と、ピンポーンとチャイムの音が響いて。
「かみお~ん♪」
飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を連れて戻って来ました。外は寒かったらしく、教頭先生は厚手のコートを手にしています。
「十時からというので少し早めに来たのだが…。ぶるぅは今日はアヒルなんだな」
「可愛いだろう? ただ、あの格好で家事をするのは無理があってね…。そうでなくても今日はぶるぅの誕生日とクリスマスの仕切り直しになってるからさ、裏方をお願いしようってわけ」
会長さんの言葉に教頭先生は「分かっている」と頷いて。
「そのつもりでちゃんと用意してきた。コートは玄関に掛けておこうかと思ったのだが、あそこはゲスト用だしな…」
「心得てるね。使用人がゲスト用のコート掛けを使うのは頂けない。君の居場所はキッチンだ。ゲストルームが勿体無いよ」
会長さんがビシッとキッチンの方を指差し、教頭先生はコートを抱えて消えました。それから間もなく伝わって来たのは動揺の思念。教頭先生、キッチンに山と積み上げられたお皿やお鍋を見つけたに違いありません。それでも会長さんは涼しい顔でパンケーキを頬張り、ソルジャーも我関せずとサラダを口に運んでいます。やがてダイニングの扉がキィッと開いて…。
「さて、十時だ。まずはキッチンの片付けからか?」
「「「!!!」」」
入って来た教頭先生の姿に私たちは思い切り目を剥いていました。さっきはセーターとズボンだったと思うのですが、その上に着込んでいるのは白い割烹着。頭にはバンダナならぬ三角巾で、こちらも同じく真っ白です。なんですか、この格好は? 板前さんとは違うようですし、お手伝いさんのつもりでしょうか?
「…おかしいか? 合宿で使うものなのだが…」
「「「合宿…?」」」
それって柔道部とかの合宿ですか? キース君たち柔道部三人組に視線を移すと、慌ててそっぽを向かれました。会長さんがクスクス笑いながら。
「ふふ、キースたちには藪蛇だったね。柔道部の合宿では料理もキッチリ仕込まれるから、当番になったら割烹着! ハーレイは衛生面にも厳しいんだ。髪の毛が料理に入らないよう、三角巾も必要不可欠。でもって指導役のハーレイ自身も手本を示すために同じ格好で監督するのさ」
合宿始めの数日間は…、と会長さん。そっか、キース君たちも合宿になると割烹着と三角巾で調理場に…。ちょっと想像できませんけど。
「おい」
私たちが凝視しているとキース君が不快そうに。
「…断っておくが、料理当番は下級生の仕事なんだ。俺たちも一年生の時はやったが、特別生になったら免除になった。いつまで経っても一年生から進級しないわけだしな。…まさか万年、料理当番ともいかないだろうが」
「そうなの?」
でも…、とジョミー君が教頭先生の方を眺めて。
「教頭先生は毎年これでしょ? キースは心が痛まないんだ?」
「うっ…。そ、それはだな…」
「指導役とはそうしたものだ。私は全く気にならないが?」
衛生第一、と教頭先生が穏やかな笑みを浮かべています。
「キッチンが不衛生なことになっているな。どうせ私に仕事をさせようと昨夜から放置したのだろうが、もう片付けてもいいだろう?」
「そうだねえ…」
会長さんが首を捻って。
「でも、その前にリビングかな? 布団が敷きっ放しなんだ。それと、お願いの一つ目をよろしく。チケットの有効期間中、返事は全て「喜んで」に統一して貰う」
「…なんだと?」
「聞こえなかった? 喜んで、って言ったんだよ。居酒屋でよくやってるじゃないか。何を言われても「喜んで!」。…口にしていいのはそれだけだ」
「ま、待て! それでは細かい意思の伝達が…」
目を白黒とさせる教頭先生でしたが、会長さんは容赦なく。
「意思の疎通は要らないのさ。君は何でも「喜んで!」と答えればそれでオッケー。それ以外のことを口にした時は罰ゲームだよ」
「…罰ゲーム?」
「そう。まずセーターを脱いで貰おうかな? 次がワイシャツで、その次がベルト? とにかく1枚ずつ脱いで貰うから」
会長さんの言葉に教頭先生は真っ青になり、ソルジャーが楽しげに手を叩いて。
「いいね、それ。失敗が続けば最終的に裸エプロンか…。そうならないよう頑張りたまえ。ぼくは大いに期待してるけど」
「…うう…。ブルー、本当にそうなるのか?」
「くどい。とにかく今から午後三時まで! 返事は、ハーレイ?」
「よ、喜んで!」
教頭先生は直立不動で叫びました。罰ゲームまでついちゃいましたが、今から午後の三時まで。「喜んで」としか答えられない教頭先生、無事に仕事が出来るのでしょうか…?

「まずはリビングの片付けをお願いしたいんだ」
会長さんが白い割烹着に三角巾の教頭先生の前で『お願いチケット』をヒラヒラさせます。
「それと一番端のゲストルームでキースが寝てたし、そっちの方もお願いするよ。リビングの布団は和室で乾燥機をかけてから納戸に入れて。…シーツと布団カバーと枕カバーは洗濯して、糊つけしてからアイロンかけを」
「この天気にか!?」
教頭先生が驚くのも無理はありません。窓の外は雪が降っていました。風花なんてレベルではなく、本格的な雪模様です。こんな天気にシーツや布団カバーを洗濯したって乾かないのではと思うのですが…。
「ハーレイ。…セーターを脱いでくれるかな?」
「なに?」
「ワイシャツもだね」
「お、おい…!」
矢継ぎ早な会長さんの言葉に教頭先生は慌てふためき、ソルジャーがクスクス笑いながら。
「今のでベルトも消えたかな? 君の返事は「喜んで!」だよ。…もう忘れた?」
「うっ…。よ、喜んで…」
悄然と割烹着を脱ぎにかかった教頭先生ですが、制止したのは会長さんです。
「ちょっと待った! こんなスピードで脱がれたんでは余興にならない。今のは警告ってことで無しにしておく。ただし次は無いからそのつもりで。…返事は?」
「喜んで!」
「よし、合格。で、お願いの続きだけども…。シーツとか布団カバーは家の中で干すのは無理がある。晴れた日でもベランダが一杯になってしまうし、そういう大物は地下に専用のランドリーと乾燥スペースがあるんだよ。そっちに運んで乾かしてからアイロンかけだ」
場所は此処、と思念で伝達したらしい会長さんに、教頭先生は「喜んで」と答え、出て行こうとするその背中に。
「さっきみたいな失敗を続けていたら、布団カバーを回収するまでに裸エプロンになっちゃうからね? そうなったとしても許しはしないし、その格好で地下まで行って取って来て貰う。…覚悟しといて」
「喜んで…」
泣きが入った声を残して仕事に向かう教頭先生。「喜んで」の威力は絶大でした。たとえ裸エプロン姿になったとしても、教頭先生は地下のランドリーまで下りて行かなくてはならないのです。嫌だと叫ぶことは許されませんし、「喜んで」と泣きの涙で出掛けるしか…。まあ、「喜んで」以外の言葉を言わなきゃ大丈夫という話もありますけど。
「ね、なかなかに楽しいだろう?」
ソルジャーが会長さんに笑い掛け、二人はサイオンでリビングの様子を窺って…。
「うん、いいね。ブツブツ文句を言ってるのかと思ったけれど、自分で自分を洗脳中って所かな」
こんな感じ、と会長さんが思念で私たちに伝えてきたのは布団を片付けている教頭先生の作業風景。せっせとカバーを外して積み上げ、布団も畳んで運びやすいように纏めていますが、掛け声の代わりに繰り返しているのは「喜んで」です。「よいしょ」の代わりに「喜んで!」。これって何処かで聞かされたような…?
「行住座臥にも念仏の行。…よいしょの代わりにお念仏、ってね」
会長さんがニヤリと笑いました。
「キースは三日でお念仏が身体に染みついたけど、ハーレイの方はどうだろう? 「よいしょ」の代わりに「喜んで」、と頑張ってるのは評価できるな。よほど裸エプロンが嫌らしい。割烹着まで用意したのに、そういうオチではキツイだろうしねえ…」
「普通は裸エプロンなんか避けたいだろう? 君はやらせているけどさ」
既に何度か、とソルジャーが言い、会長さんは。
「だけどハーレイ、何度やられても懲りないんだよ。惚れた弱みと言うのかな? でも、それなりに学習はしてるらしくって…。今日は裏方をお願いしたから、変な格好をさせられる前にと自衛に出た」
「「「えっ?」」」
「あの割烹着と三角巾さ。あれならキースたち以外には笑いが取れるし、使用人らしく見えるしね。ぼくがメイド服とかを用意してたら「自前の服がありますから」と断るつもりだったみたいだよ」
「「「………」」」
あれは捨て身の衣装でしたか! せっかく其処まで用心したのに、罰ゲームを食らえば裸エプロンならぬ裸割烹着にされてしまうとは…。そうならないよう「喜んで」を唱え続ける教頭先生は天晴れでした。シーツや布団カバーを抱え上げ、ランドリーに向かうにも「喜んで」。和室に運び込んで並べた布団に乾燥機をセットするにも「喜んで」…。
「ハーレイ、次はダイニングとキッチンの方を頼むよ、お昼になったらパーティー料理が届くんだ」
忙しく廊下を往復している教頭先生に、会長さんが声を掛けると。
「喜んで!」
掃除機を手にした教頭先生はテキパキとリビングの椅子やテーブルを整え、私たちの居場所を作りました。ダイニングから移動するのを見計らって朝食のお皿をキッチンへ運び、せっせと洗っているようです。お気の毒としか言えませんけど、『お願いチケット』で裏方を引き受けた以上、頑張って頂くしかないですよね…。

一人暮らしが長い教頭先生、家事はベテランの域に達しています。それでも十人分の布団やお皿を片付けた上に掃除するのは大変らしく、パーティー料理が届いた時間にはキッチンでお皿洗いの真っ最中。チャイムの音で会長さんがマンションの入口のロックを解除し、それから玄関のチャイムが鳴って…。
「ハーレイ、料理が届いたみたいだけど!」
「喜んで!」
会長さんがキッチンに向かって声を張り上げ、教頭先生が駆けて来ました。
「じゃあ、玄関で受け取ってくれるかい? それからダイニングで見栄えするようセッティングを…ね」
「喜んで!」
勢いよく飛び出して行った教頭先生はケータリングの業者が差し出す伝票にハンコを頼まれ、そのままの調子で「喜んで」と応じています。私たちは吹き出してしまいましたが、教頭先生は大真面目でした。業者さんも変だとは思わなかったようで、パーティー料理が入ったケースを次から次へと運び入れて…。
「へえ…。けっこう綺麗に出来てるじゃないか」
ダイニングのテーブルをチェックした会長さんが感嘆の声を上げましたけど、教頭先生は「喜んで」と椅子を引いて会長さんを座らせただけ。うーん、洗脳の効果があったようです。以前だったら絶対ここで「そうか?」と嬉しそうに答えて墓穴を掘った筈なんですが…。
「ターキーのソースはこれだったっけ? クランベリーとグレービーで頼んであったと思うんだけど」
「喜んで!」
ソース入れを二つ、サッと押し出す教頭先生。心得たもので、ソース入れの脇には業者さんがソースを入れてきた器についていたらしい札がきちんと添えてあります。会長さんはウッと詰まって、それから大皿に載ったローストターキーを指差して。
「三切れほど切って。ソース、ぼくの好みは分かるよね?」
「喜んで!」
げっ。教頭先生、会長さんの好みのソースを知っているのでしょうか? 仮に知っていたとしたって、この流れでは…。
『そうさ、どっちのソースを選んでもハズレ。…セーターくらいは是非とも脱いで欲しいじゃないか』
会長さんの思念が届き、私たちは額を押さえました。悪戯好きの会長さんは罰ゲームをやらせたくなったのです。ソースの説明で「喜んで」以外の言葉を言わせるつもりが失敗したので、今度は好みのソースを選ばせようというわけですが…。
「…えっと…」
会長さんの前にはお皿が二枚置かれていました。どちらにも切り分けられたターキーが載せられ、片方のお皿にはクランベリーソース、もう片方にはグレービーソース。教頭先生は会長さんの脇に控えて、不要なお皿を下げられるよう隙なくスタンバイしています。キース君がプッと吹き出し、ソルジャーがさも可笑しそうに。
「どうやら君の負けみたいだねえ? 手を伸ばした方のソースが君の好みというわけだ。要らない方はハーレイにサッと下げられて終わりなのさ。…ハーレイ、ぼくはどっちも食べてみたいし、残った方をくれるかな?」
「喜んで!」
「…分かったよ、ぼくの負けだよ、ハーレイ。…クランベリーソースで」
「喜んで!」
教頭先生はクランベリーソースのターキーのお皿を会長さんの食べやすい位置にセットし、グレービーソースの方をソルジャーの前に運ぶとテーブルの端まで移動して待機。後は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」が好き放題に料理の取り分けを頼み、私たちも促されるままに便乗して…。
「ハーレイ、そろそろシーツが乾いたと思うんだ。取り込んできてアイロンかけを…ね。こっちは好きにやってるから」
「喜んで!」
そそくさとランドリーへ向かう教頭先生の足取りは軽快でした。会長さんの罰ゲームに引っ掛かることなく頑張り続けて、時計は二時を回っています。洗濯物の片付けが終わる頃には三時になるでしょうし、お願いチケットの効き目はそこで終了。
「あーあ…。あそこまで洗脳されやすいとは思わなかったよ。掃除洗濯の合間にブツブツ唱えてただけのことはある。あれじゃ寝言も「喜んで!」かもね。…つまらないなぁ、失敗すると思ったのに」
不満そうな会長さんは山のような洗濯物を抱えた教頭先生が戻って来た所へ労いの言葉をかけ、アイロンかけが終わって時間があったら一緒に料理を食べるように…と言ったのですが。
「喜んで!」
満面の笑みの教頭先生はそれ以外は口にしませんでした。いつもだったら「いいのか?」くらいは言っただろうと思うのですけど…。もっと遠慮したんじゃないかとも思うんですけど、「喜んで」の洗脳、恐るべし…。

そしてチケットの制限時間が残り十分となった段階で教頭先生はパーティーのテーブルにやって来ました。割烹着と三角巾が少々場違いですが、この格好でパーティーに…? 私たちの視線を浴びた会長さんが「取っていいよ」と言うと、教頭先生は「喜んで!」と割烹着を脱ぎ、三角巾も畳んでしまって…。
「ハーレイ、今日は裏方、ご苦労様。ぶるぅもアヒルちゃんパジャマを満喫できたし、いいパーティーになったと思う。まだまだ料理も残ってるから、食べてってくれていいけれど……三時まではチケットが有効だからね?」
「喜んで!」
会長さんに御礼を言う代わりに「喜んで!」と返した教頭先生。全く御礼になってませんが、洗脳効果はバッチリです。割烹着を脱いでしまった今となっては裸エプロンも無いのでしょうし、私たちもちょっと拍子抜け。…いやいや、元々パーティーの裏方をお願いするという平和利用が目的だったんでしたっけ。これで平穏に終わるんですから、良しとするのが一番です。
「教頭先生、これもどうぞ」
キース君たちがお勧め料理を取り分けて渡し、時間はゆったり流れていって……十分間はアッと言う間。あと数秒で三時になる、という時です。
「時間延長してもいいかな? 君にしか頼めないことがあるんで、一時間だけ」
声を上げたのはソルジャーでした。私たちは「えぇっ!?」と叫びましたが、教頭先生は威勢よく。
「喜んで!」
「ありがとう」
ソルジャーがニッコリ微笑んだのと、壁の時計が三時を指したのはほぼ同時。…まさかの延長戦ですか? そんな姑息な手を使ってまで、ソルジャーは何をやりたいと? いえ、その前に延長戦は果たして有効…?
「ブルー!!!」
会長さんが柳眉を吊り上げ、ソルジャーに食ってかかりました。
「時間延長ってどういうつもりさ!? お願いチケットには三時までって…!」
「だから延長したんじゃないか。君が自分で言っただろう? そのチケットは君たちのもので、ぼくには使う権利が無い…って。仕方ないから大人しくしてた。今から一時間はぼくのものだ。ハーレイは確かにいいと言ったよ、ねえ、ハーレイ?」
「喜んで!」
言ってしまってから教頭先生は慌てて口を押さえましたが、時既に遅しというヤツです。ソルジャーは唇を舌先でゆっくりと舐め、値踏みするような目で教頭先生を見詰めながら。
「喜んで、って言ってくれたし、遠慮しないで頼んじゃおうかな? ハーレイ、君は柔軟性には自信がある?」
「…一応は…」
「セーター、脱いで」
ビシリと短く告げるソルジャー。教頭先生が固まっていると「手伝おうか?」と妖しい瞳で。
「時間延長なら「喜んで」としか言っちゃいけないと思うんだ。罰ゲームの方も当然有効。…もちろん脱いでくれるよね?」
「…よ……喜んで…」
教頭先生は蛇に睨まれた蛙に等しく、脱がざるを得ない状況に。会長さんが止めに入ってもソルジャーは聞く耳を持っていません。
「ぼくがゲットした時間延長で、罰ゲーム権もぼくに移ったと思うけど? 第一、ぼくの提案なんだよ、「喜んで!」って台詞はね。…君は充分楽しんだんだし、お裾分けしてくれていいだろう?」
「そ、それは……時と場合によると……」
「大丈夫、ごく簡単なことだから! これをね、予行演習しておきたくてさ…。ぼくのハーレイはヘタレてるから、選べないだろうと思うんだ。身体が柔らかくないと無理なのもあるし、どんな感じか絡みだけでも…」
ね? とソルジャーが宙に取り出したのは何かが描かれた極彩色の紙でした。
「ハーレイにも悪い話じゃないと思うよ。将来、きっと役に立つ。もちろん答えは「喜んで!」しか無いわけだけど」
ソルジャーが教頭先生に紙を広げて見せていると。
「お待ち下さい!!!」
いきなり空間がグニャリと歪み、現れたのはキャプテンです。な、なんでキャプテンが来るんですか~!
「ぶるぅが先程、これでいいのかと訊きに来まして…。そのゲーム、私が引き継ぎます! 喜んでとしか申しませんから、どうか私に御命令を…」
「ふうん? じゃあ、早速今から始めるけど? 本当に後悔しないんだろうね?」
「喜んで!!」
即答したキャプテンにソルジャーは極彩色の紙を突き付け、ニッコリと。
「ノルディに貰った四十八手というヤツなんだ。姫初めに楽しまれては如何ですか、と言ってたねえ…」
「…姫初め?」
「上着を脱いで貰おうか。…お前のことだから失敗続きは目に見えている。パンツまで脱がされてしまうのが先か、目ぼしい四十八手を見つけて雪崩れ込むのが先になるか…。続きはあっちに帰ってからだ」
「…よ、喜んで…???」
ソルジャーは狐に抓まれたような顔のキャプテンの腕を掴むと、私たちにパチンとウインクしました。
「ありがとう、パーティー、楽しかったよ。思いがけずハーレイも飛び込んできたし、こっちのハーレイはお役御免だ。次に会うのは来年かな? 良いお年を」
じゃあね、とソルジャーとキャプテンは消え失せ、残された私たちですが…。あれ? 教頭先生、鼻血ですか? 会長さんも心なしか顔が赤いような…?
「えっと…」
ジョミー君が首を捻って。
「姫初めって何のことなの? 四十八手は確か相撲の決まり手だよね? なんだかサッパリ分からないけど、お願いチケットはソルジャーの役に立ったわけ?」
あ、それは私も知りたいです! 姫初めとか、四十八手とか、誰か説明してくれないかな…。と、会長さんが教頭先生を振り返って。
「ハーレイ、ここは君に任せた。教師らしく生徒に解説したまえ、ブルーが残した謎の言葉を」
「喜んで! …って、おい、ブルー! お前、教師に何をやらせる!」
あらら。教育上良くない話でしょうか? もしかして大人の時間の専門用語…? それならそれでいいですけども、「喜んで!」の縛りの恐ろしさだけはバッチリ分かった私たち。ソルジャーに縛りをかけられてしまったキャプテンの今後が心配です。行住座臥にも念仏の行ならぬ「喜んで!」。キャプテン、ブリッジでウッカリ言わなきゃいいんですけど…。
「さあねえ…。キースの寝言の例もあるから、絶対無事とは言い切れないなぁ。まあ、こっちのハーレイで余計なことを試されなくって良かったよ。後は野となれ山となれ…ってね」
お願いチケットはこれでおしまい、と会長さんが教頭先生に使用済みのを渡しています。教頭先生、裏にサインしながら「喜んで!」と言ってしまって頭を掻いて笑っていたり…。午前十時から午後三時まで言わされ続けて染みついたらしい「喜んで!」。これから同じ運命を辿るキャプテンはどうなるのでしょう? 姫初めだとか四十八手だとか、どっちも楽しいことなのかな? 喜んで出来るものならいいな、と思いますけど、会長さんも教頭先生も教えてくれないみたいですから、キャプテンの御無事をお祈りしてます…。



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