シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
恩返しするなら堂々と、と会長さんに言われてしまったソルジャーは困惑し切っているようでした。黒子に徹して表に出ないつもりでいたのに、真っ向から否定されたのですから。…とはいえ、ソルジャーが正体を隠して恩返しを続けてゆくというのは危険極まりない行為です。
「堂々と出来ない恩返しなら中止だね。…君が恩返しをすればするほど、ぼくの立場が危うくなるんだ。ハーレイは思い込んだら一直線だし」
後先考えずに突っ走るタイプ、と会長さんは大きな溜息。
「そのハーレイにメッセージカードと差し入れだって? お帰りなさいのカードだけでも勘違いするには充分なのに、おにぎりと栄養ドリンクだって?」
「おつまみもだよ。いつも覗き見しているからね、大体の好みは見当がつく」
「それが余計にマズイんだってば!」
ハーレイの思い込みに拍車がかかる、と会長さんは呻いています。
「自分の好みに合わせたものを選んでくれているんだな、って幸せ気分に浸ってそうだ。しかも普段から理想の結婚生活なんかを飽きずに妄想しているし…。頭の中ではコンビニおにぎりが手作りおにぎりに変換されたに決まってる」
「そういうものかな? だったら思い込みと勘違いを正せば恩返ししても構わないわけ?」
ぼくは御礼をしたいんだ、とソルジャーが尋ね、会長さんが。
「堂々と表に出るんならね。…とにかく、ぼくがやってると思われないようにしてくれないと」
「分かった。じゃあ、堂々とやらせて貰うよ。その方がハーレイも喜びそうだ」
「え?」
怪訝そうな顔をした会長さんに向かってソルジャーは。
「カードを添えてこっそり陰から応援するより、家に帰れば出迎えてくれる人がいるって方がいいだろう? もっとも、ぼくも忙しいから毎日は無理だ」
「ちょ、ちょっと…。出迎えって何さ?」
「出迎えと言えばお出迎え! カードの代わりに直接ぼくが「お帰りなさい」を言うんだけれど?」
これぞ究極の恩返し、とソルジャーは得意げに言い放ちました。
「こっちのハーレイの理想だろ? 帰ってきたらエプロンを着けた君が出てきて「お帰りなさい。お風呂にする? 食事にする?」って微笑むヤツが。ぼくと君とはそっくりなんだし、たとえぼくだと分かっていてもドキドキすると思うんだ。…さて、ハーレイの予定を聞きに行こうかな? 善は急げって言うからね」
「ストーップ!」
ちょっと待った、と会長さんがソルジャーの手首を引っ掴んで。
「それって出迎えるだけでは済まないんだろう? その台詞を言ってコンビニおにぎりを差し出すだけってことはないよね?」
「………。他にオプションをつけろって?」
ソルジャーはポカンとしています。えっ、まさかソルジャー、それだけで終わる気だったんですか? アヤシイ何かがつくのではなく…? 会長さんと私たちを代わる代わる見ていたソルジャーが突然笑い出して。
「なるほど、お帰りなさいのメッセージだけでは足りないんだね? お風呂にするか食事にするかを尋ねた以上は責任を持ってフォローしろってことなんだ?」
「「「!!!」」」
その瞬間に墓穴を掘ったと気が付きましたが、後の祭りというヤツです。ソルジャーはクスクス笑いながら。
「ぼくとしては恩返し強化月間中に暇を見付けて通ってきては「お帰りなさい」を言うだけのつもりだったんだけどねえ? だってほら、ぼくのハーレイとは素敵な関係が続いてるんだし、夜は二人で過ごしたいじゃないか。…だけど……その毎日も大恩人のお蔭と思えば一日くらいは奉仕すべきか…」
「い、いや…。何もそこまでしなくても…! お帰りなさいでいいと思うよ」
それで充分、と会長さんは必死です。ここでソルジャーを止めなかったら恩返しは凄い方向に行ってしまって、教頭先生の勘違いよりも恐ろしいことになりそうな…。けれどソルジャーもまた、思い込んだら一直線のタイプでした。
「決めた、ハーレイに恩を返すには素敵な関係のフォローが一番! 君との仲が進展しなくて色々と辛い思いをしてるし、ここは一肌脱がせて貰うよ。花嫁が家にいる生活ってヤツを堪能出来ればハーレイもきっと男になれるさ」
目指せ、自信に満ちた生活! とソルジャーは拳を握っています。ま、まさか教頭先生を男にするって、大人の時間のことなんですか…?
とんでもない展開になってしまった恩返し。ソルジャーはやる気満々ですし、会長さんは顔面蒼白。こんなことならソルジャーがコッソリ恩返しをしていた方が良かったのでは…。凍りついた時間が流れて、私たちも固まっていたのですけど。
「…今更やめてくれって言っても君は絶対聞かないだろうね?」
会長さんが口を開くと、ソルジャーが。
「もちろんさ。大恩人に身体を張って御礼が出来るチャンスだよ? 週末あたりがいいのかな…。ハーレイの都合を聞くよりサプライズの方が断然いいよね」
「…堂々とやれと言ったのはぼくだ。君が恩返しだと主張する以上、仕方がない。サプライズでも何でも好きにしたまえ。ただし! 監視はさせて貰うから」
「監視?」
「そう、監視。君がハーレイをどう扱おうと知ったことではないけれど……ハーレイの関心がぼくに向くよう煽る行為は頂けない。途中で放り出してぼくのベッドに送り込まれてはたまらないしね」
そんな事態に陥らないように監視する、と会長さんは厳しい顔で。
「君は見られていても平気なんだと君のぶるぅが言っていた。シールドの中から見てるんだったら平気以上に気にならないだろ? ハーレイは気にする以前の問題だろうし」
「ああ、まあ……それどころではないだろうねえ」
恐らくぼくの身体に夢中、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。
「オッケー、監視つきでもいいよ。…で、そこの子たちは? 万年十八歳未満お断りだし来ないのかな?」
「連れて行くさ!」
会長さんの台詞に私たちはゲッと仰け反りましたが、ソルジャーはいとも楽しげに。
「なるほど、ボディーガードというわけか。君のシールドをブチ破る自信はあるんだけれど、これだけの人数で固められてちゃどうにもならない。…ハーレイを君の目の前に放り出すのは諦めるよ」
「そうして欲しいね。君が目指すのは恩返しであって、迷惑行為ではない筈だ」
「…ハーレイへの恩返しなんだし、君との仲を劇的に進展させるのもアリなのに…」
ちょっと残念、と呟きながらもソルジャーの頭は恩返しのプランで一杯になっているらしく。
「それじゃ週末ってことでいい? 監視の都合があるだろうから確認しとかないと…。ハーレイの家のカレンダーを見る限りでは土曜はどうやら暇そうだ」
「土曜日だね。何時に出掛けるか決定したら連絡してよ」
こっちの予定は空けておく、と会長さんは私たちの意見も聞かずに一方的に決めてしまいました。土曜日は元々空いていたので会長さんの家で食事という話があったんですけど、食事どころか監視ですって? いえ、監視という名の覗きですってぇ? えらいことになった、と顔を見合わせる私たちを他所にソルジャーは。
「じゃあ、土曜日に、ハーレイの家で。…ぼくのハーレイと週末を過ごせないのは寂しいけれど、たまには離れてみるのもいいよね」
それも恋にはスパイスの内、と軽く片眼を瞑ってみせるとソルジャーは姿を消しました。本気で恩返しをする気な上に、会長さんまで承諾するとは…。私たち、ドツボにハマッてしまったようです。万年十八歳未満お断りなのに、大人の時間の覗きにお出掛け。この週末は仮病を使って寝込むべきかも…。
お騒がせなソルジャーが帰った後は上を下への大騒ぎでした。会長さんが「恩返し禁止」の姿勢を貫いていれば、如何なソルジャーでも教頭先生の家に乗り込もうとまではしなかった筈。こっそり恩返しを続けた可能性はありますけれど、所詮はカードと差し入れなのです。
「あんた、どういうつもりなんだ!」
キース君が会長さんに食ってかかると。
「えっ、どういうって……あのとおりだけど? ブルーはハーレイの家に押し掛けるって言ってるんだし、監視しなくちゃいけないだろう? ハーレイをその気にさせといて丸投げされたらどうするのさ。…大惨事なんてレベルじゃないし!」
「断るという選択肢だってあっただろうが! あんた、最初は恩返し禁止とか言ってなかったか? 何処で話が間違ったんだ!」
考えただけで頭痛がする、と額を押さえるキース君。なのに会長さんは平然として。
「ぼくも初めは断ろうかと思ったさ。いや、断りたかったと言うべきか…。ハーレイの家で花嫁ごっこはともかくとして、その後が大変そうだったしね。…なんと言ってもブルーがその気だ」
「その分、余計にマズイだろう!」
「うーん…。マズイって気は確かにしたけど、ブルーの相手はハーレイなんだよ」
「それがどうした!」
分かり切ったことを、とキース君が怒鳴り、私たちもコクコク頷きます。ソルジャーの狙いは教頭先生を「男にする」こと。万年十八歳未満お断りの身でも意味する所は辛うじて理解出来ました。会長さん一筋に三百年以上、童貞人生まっしぐらで来た教頭先生に大人の時間を仕込もうとしてるってことで…。
「ちゃんと冷静に考えたかい? ハーレイがどういう人間なのか」
日頃の行動パターンとかを、と会長さんがニヤリと笑って。
「ハーレイと言えば鼻血、鼻血と言えばハーレイってほどにヘタレているのがハーレイなのさ。たとえブルーが誘った所で、コトに及べるわけがない。思い切り派手に鼻血を噴いてぶっ倒れるのが関の山かと」
「「「………」」」
言われてみればそうでした。いつぞやのバカップル・デートの締め括りの時も、教頭先生、湯上りの会長さんを見ただけで鼻血でダウン。勝負パンツまで履いていたのに倒れたのですし、ソルジャーが押し掛け女房の如く家に上がり込んで誘惑したって結果は見えているような…。
「ね? だから心配ないんだよ。それどころかブルーの誘い方によっては自信喪失しちゃうかも…。前にEDになった時にさ、自分から身を引くと言い出しただろう? あんな感じで落ち込んじゃったら笑えるな、と」
「………。笑うのはいいが、身を引かれたら困るとか言っていなかったか?」
オモチャはタフさが身上だとか、とキース君が指摘しましたが。
「EDになられたら困るけれども、そっちの方には行かないと思う。自分の役立たずっぷりを思い知らされて更なる努力に燃えると言うか…。まあ、努力するだけ無駄なんだけどさ」
努力したって直るものでなし、直した所で結婚の夢が叶うということも絶対無いし、と嘲笑っている会長さん。
「ハーレイが鼻血で倒れるのが先か、ブルーがブチ切れて帰るのが先か。…あっちのハーレイと円満に暮らしているって言っていただろ? 不毛な週末を過ごすよりかは帰って楽しむ方だと見たね」
ソルジャーの膨れっ面が目に浮かぶ、と会長さんは愉快そうに。
「アテが外れて文句たらたらのブルーが見られて、ハーレイの鼻血もセットでつくんだ。そう考えたら見なくちゃ損って気になった。……ただし鼻血で倒れる前のハーレイなんかを押し付けられてはたまらない。暑苦しくって迷惑なだけ! 大丈夫だとは思うけどさ」
ブルーはハーレイを仕込む気だから、と会長さん。
「でも万一ってことはある。備えあれば憂いなしって言葉もあるから、ボディーガードをよろしく頼むよ」
「結局そこに落ち着くのか…」
溜息をつくキース君。私たちには断るという選択肢はありませんでした。週末は教頭先生の家で大人の時間の覗き見です。教頭先生が早い段階で挫折することを祈っておくしかないでしょうねえ…。
ソルジャーの決意は鈍らないまま、ついに土曜日。私たちは昼前に会長さんのマンションに集合しました。サプライズを目指すソルジャーが教頭先生の家を訪問するのは夕方だそうで、それに備えて腹ごしらえです。こんなことさえ起こらなかったら普通に食事しておやつを食べて…。
「あーあ、どうしてこうなっちゃうのさ」
ジョミー君がぼやき、キース君が。
「運が悪かったと諦めるしかないだろう。俺たちだって煽ったようなものだしな…。あいつは出迎えと差し入れだけで済ますつもりでいたというのに、勘違いしたのは俺たちだ」
「でも、ぼくたちは何も言ってないし!」
「ハッキリ言ったのはブルーだとはいえ、俺たちの顔にも出ていたと思う」
うーん、と呻く私たち。ソルジャーの日頃の行いが行いだけに、余計なオマケがついてくるものと思い込んだのは仕方ありません。大変なことになった、と焦った顔をソルジャーはしっかり見ていたわけで…。
「あれって煽ったと言うんでしょうか…」
シロエ君が溜息をつきましたけど、ソルジャーの闘志に火が点いたのは確かです。教頭先生を男にするのだと決意した以上、大人の時間の実現を目指して突っ走るのは間違いなし。…あれ? でも、今日って休日なんじゃあ? 教頭先生をお出迎えなんて出来るのかな?
「そういえば…」
教頭先生もお休みだよね、とジョミー君が頷いてくれました。
「ソルジャーがやるって言ってたヤツは無理なんじゃない? 教頭先生、家にいるでしょ?」
「それなんだけどね…」
ブルーは実に上手くやった、と会長さん。
「ちゃんと手を打っているんだよ。ぼくも気になったからチェックしてたら、例のカードをハーレイの家に届けたわけ。でもって「土曜日の午後はフィットネスクラブでリフレッシュすれば?」と書き添えてあった」
「「「………」」」
流石はソルジャー、やると決めたら徹底的にやるようです。カードを貰った教頭先生はすっかりその気で、今日は午後からお出掛けの予定。プールで泳いで、それからサウナで寛いで…。
「ブルーはハーレイが帰って来る頃を見計らって家に乗り込むつもりなのさ。ぼくたちに指定してきたのもその時間だ。出迎えをしてそれから何をどうする気なのかは謎だけどね」
分かっているのは「お帰りなさい」に続くお約束の台詞だけだ、と会長さんは嘆いています。そのまま大人の時間に直行なのか、夕食くらいは挟まるのかも分からないとか。
「ぼくにも心の準備ってヤツがあるから教えてくれ、って頼んでみたけど無駄だった。カードを届けたのが分かってるなら読み取ってみればいいだろう、と笑って返されちゃったんだ。…ぼくには無理だと分かってるくせに」
会長さんとソルジャーは最強のタイプ・ブルーですけど、経験値の差が大きいのでした。数々の修羅場をくぐり抜けてきたソルジャーの方が何枚も上手。それだけにソルジャーが遮蔽してしまえば心を読むのは不可能で…。
「とにかく覚悟はしておいた方がいいだろうね。ハーレイを出迎えた後はベッドに直行という線で…。まあ、ぼくたちは見てるだけだし、モザイクの方は任せておいて」
「…本当に見ているだけで済むのか?」
キース君の疑問に、会長さんは「さあ…」と自信なさげに。
「万一、ハーレイの矛先がぼくに向くようなことになったら、君にお願いするしかないかな。遠慮なく投げ飛ばしてくれていいから」
「ボディーガードだっけな…」
承知した、と腹を括ったキース君。こういう時に頼りになるのは柔道部三人組の腕力です。
「かみお~ん♪ ブルーを守ってあげてね!」
しっかり栄養つけておいて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が具だくさんのオムレツなどを並べてくれました。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」も行くのですけど、なにしろ子供。シールド以外はお役立ちじゃないんですよね…。
会長さんが言っていたとおり、教頭先生は昼食を終えて一休みしてからフィットネスクラブに向かったようです。それから間もなくソルジャーから「来たよ」と連絡が入り、私たちも教頭先生の家へ瞬間移動。シールドはまだ要りません。
「やあ。みんな揃っているようだね」
リビングに陣取っていたソルジャーは紫と銀の正装ではなく、いわゆる私服というヤツでした。
「どうかな、これ? ブルーのを借りようかとも思ったんだけど、ぼくが来た目的が目的だしねえ…。借りて恨まれるというのも困るし、買って来たんだ」
「…ぼくのと見た目がそっくりだけど?」
何処から見ても全く同じだ、と苦い顔をする会長さんにソルジャーは。
「そりゃそうだよ、君の行きつけの店で買ったから! クローゼットの中身は把握してるし、やっぱりハーレイを喜ばせるには見た目が一番大切だろう? 君が出迎えに来てくれたのか、と勘違いしてくれなくっちゃね」
「すぐにバレるに決まってるよ」
「でも一瞬なら誤魔化せそうだ。恩返しだもの、一瞬といえども舞い上がらせてあげたい」
カードだってそうなんだし…、と自己満足に浸っているソルジャーの辞書には「糠喜び」という単語が無いようです。教頭先生、会長さんじゃないと知ったらガッカリすると思うんですけど…。
「平気、平気! ブルーじゃないから出来るってこともあるわけだしね。あ、そろそろハーレイが帰って来るみたいだよ」
「「「!!!」」」
それはヤバイ、と顔を引き攣らせた私たちは瞬時にシールドに包まれました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。教頭先生はスーパーで買い物をしてから帰宅する様子。無駄に広い家ですからシールドから出さえしなければ鉢合わせなどは有り得ません。
「そうそう、ぼくを監視するならその調子でね。…さてと、お出迎えの用意をしようか」
ソルジャーは二階へ上がってゆきます。教頭先生の寝室に入り、クローゼットの中から取り出したものはフリルひらひらの真っ白なエプロン。
「あ、あれって…」
ジョミー君が指差し、会長さんが。
「ハーレイの妄想の副産物の一つだよ。ブルーは花嫁修業に来ていた時にエプロンをしてたし、必需品だと認識したか…。さて、ハーレイがどう出るかな?」
「喜ぶに決まっているじゃないか」
自信たっぷりのソルジャーはエプロンを着け、キッチンへ。料理なんかが出来るのだろうか、と眺めているとヤカンをコンロに載せただけ。お湯を沸かすのが精一杯らしいのですけど、教頭先生、喜ぶのかな…? と、ソルジャーが玄関へ駆け出して行って。
「お帰りなさい!」
「…ブ、ブルー…?」
鍵を手にした教頭先生が呆然と立ち尽くしています。そりゃそうでしょう、鍵を開けて家に入ったらお出迎えされてしまったのですし! ソルジャーは気にせず、例の台詞を。
「食事にする? それともお風呂?」
「………。ブルーでは……ない…のか…?」
怪訝そうな顔の教頭先生に、ソルジャーはニッコリ微笑みかけて。
「あ、バレちゃった? 君には色々お世話になったし、恩返しってヤツをしたくてさ…。ブルーだと思って接してくれると嬉しいな。そのつもりで今日は押し掛け女房!」
「押し掛け女房?」
「うん。…料理は全く駄目なんだけど、コーヒーくらいは淹れられるかも…。やり方を教えてよ」
お湯は沸かしてあるからさ、とソルジャーが言い終えない内にキッチンの方からピーッとヤカンが鳴る音が…。
「あ、いけない。沸いちゃったかな」
「沸いていますよ!」
教頭先生はキッチンにダッシュし、ソルジャーが沸かしたお湯でコーヒーを淹れて差し出しながら。
「…料理には向いておられないようですね。恩返しだとか仰いましたが、いったい何の…?」
「ぼくのハーレイへのバカップル指南! あれ以来、いい雰囲気なんだよ。だからどうしても御礼をしたくて、カードとか差し入れを届けていたんだ」
「………。あなたが届けて下さったのですか? てっきりブルーがやっているものと…」
気付かなくてすみません、と教頭先生は平謝りですが。
「いいんだよ。恩返しは本来、そういうものだし…。でもね、君がブルーにケーキを届けたから、ブルーの方にバレちゃって。間違えられると迷惑だから堂々とやってくれってさ」
「は…?」
「だから、堂々と恩返し! 押し掛け女房をする件についてもブルーはちゃんと承諾済みだ。ぼくと二人で甘い一夜を過ごそうよ。いつかブルーを口説く日のために色々覚えておくといい。…大丈夫、初心者には優しくするから」
その誘い文句は間違ってるんじゃあ…、と私たちはシールドの中で激しいツッコミ。一方、教頭先生は…。
「お気持ちはとても嬉しいです。しかし、その…。私は初めての相手は絶対にブルーだと決めていまして…」
「そうなんだ? 真面目なんだね、ハーレイは。じゃあ、とりあえず添い寝だけでも」
ね? と囁かれた教頭先生、その誘惑もグッと堪えて。
「とにかく食事にしましょうか。…ブルーと結婚した時のために料理を頑張っているのですよ。作って貰うのも楽しみですが、私の手料理を食べて貰うのも夢でして…。お付き合い下さるのなら、そちらの方を」
「うーん…。恩返しに来て御馳走になるというのも何だかねえ…」
ソルジャーは渋りましたが、教頭先生はいそいそとキッチンに立って料理を始め、合間にお風呂の湯加減もチェック。出掛ける前にタイマーをセットしていたようです。
「ブルー、お風呂が沸いていますよ。よろしかったらお先にどうぞ」
甲斐甲斐しくソルジャーのお世話をしている教頭先生はとても満足そうでした。会長さんとの夢の結婚生活とやらを実行中に違いありません。大人の時間はきちんと断っておられましたし、心配しちゃって損したかも…?
「…添い寝どころか寝室も別か…」
無駄足だった、と会長さんが大きく伸びをしています。教頭先生は寝室に引き揚げ、ソルジャーも二階のゲストルームへ。私たちはシールドを張ってはいるものの、リビングですっかり寛ぎムード。
「教頭先生、喜んでたよね」
ジョミー君が二階の方へ視線をやって。
「見た目がブルーにそっくりっていうのはポイント高いっていうことかな? 別人だって分かっていても御機嫌だったし…」
「ブルーが恩返しに燃えていたのが良かったんだよ」
いつもだったら絶対に何か良からぬことが…、と会長さん。
「ハーレイがキッパリ断っていても無理やりベッドに押し掛けるとかね。…今日のでちょっと見直したかな、ブルーも、それにハーレイも」
「…教頭先生もなのか?」
なんだそれは、とキース君が尋ね、首を傾げる私たち。ソルジャーは分かりますけど、どうして其処で教頭先生?
「なんて言うのかな…。ぼくの外見に惚れてる部分も大きいのかな、と思ってたわけ。だけどブルーを前にしててもキス一つしないし、見た目で惚れたんじゃないんだなぁ…って見直した。それに理想の結婚生活ってヤツの気配りが凄い」
「なるほどな。…だったら嫁に行ったらどうだ」
「そんなつもりはないってば! 悪い相手じゃないっていうのと結婚するのとはまた別で…」
会長さんがそこまで口にした時。
「ブルー!!!」
「うわっ!?」
いきなり野太い声が響いて、会長さんは逞しい腕にガッシリ掴まれ、抱き寄せられて…。
「ハーレイ!? ちょ、なんで…!」
悲鳴を上げる会長さんはシールドの外に出されていました。教頭先生に抱き竦められ、逃れようと必死に暴れています。けれど教頭先生は頬を紅潮させ、会長さんを捕えたままで。
「お前が見直してくれたとはな…。ブルーが一部始終を見せてくれたんだ。そして此処まで瞬間移動で送ってくれた。どうだ、このまま嫁に来ないか? 今ならブルーが手順を教えてくれるそうだ」
「手順って何さ!?」
「私はお前が初めてだしな、不安もあるし自信も無い。…そこをブルーが指導してくれる」
「し、指導って…。ブルー!!」
会長さんの悲鳴が響き、ソルジャーがパジャマ姿でパッと姿を現して。
「呼んだかい? ぼくもあれこれ考えたんだ。恩返しに来て逆にお世話になるというのは心苦しい。…そしたら君が面白そうなことを言っていたから、今度こそぼくの出番かな…って。心配しなくても初心者向けの指導をするよ。大恩人には恩返し! ハーレイ、ブルーを君のベッドへ」
「ありがとうございます。…ご指導よろしくお願いします」
教頭先生が会長さんをサッと抱き上げ、私たちはパニック状態に。止めようにもシールドから出られません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもシールドを解くことが出来ないらしく、これはソルジャーの仕業としか…。どうするんだ、と飛び交う怒号も教頭先生には届かないようです。ああぁ、階段をスタスタ上がって行きますよ!
「ハーレイ!」
絶叫も空しく、寝室に運び込まれてベッドに下ろされた会長さん。教頭先生はソルジャーを指導係と心得てますから、見られていても全く平気。ソルジャーが「まずはキスから」と言った所で。
「ちょっと待った!」
会長さんが圧し掛かって来る教頭先生を押し戻して。
「満足させる自信はあるんだろうね? 指導係がついた以上はヌカロクでないと許さないから!」
「…い、いや、それは…」
教頭先生の額に脂汗が浮かび、ソルジャーの顔が青ざめて。
「い、いきなりそれは無理じゃないかな…。どう考えても上級者向け…」
絶対無理、と二人が揃って呻いた瞬間、ソルジャーの力が弱まったらしく、「かみお~ん♪」の雄叫びと共に私たちは青いサイオンに包まれました。やった、会長さんを連れて脱出成功! マンションに逃げ帰ってへたり込んだ私たちですが、ヌカロクって何のことなのかな? 未だに謎の言葉です。
「ああ、あれかい? ハーレイがヘタレる魔法の呪文と思えばいいよ」
ブルーもヌカロクが絡むと苦労してるし、と会長さん。魔法の呪文が功を奏して逃げ出せたものの、教頭先生はどうなったやら…。
「えっ、ハーレイ? ぼくに逃げられて落ち込み中。とんだ恩返しもあったものだね」
やらない方がよっぽどマシだ、と会長さんは毒づいています。ソルジャーはキャプテンと過ごすべく自分の世界に帰ってしまい、教頭先生は哀れ一人寝。鶴の恩返しは鶴に逃げられて終わりですけど、あれってこういう筋でしたっけ…? でもまあ、会長さんが無事なんですから「めでたし、めでたし」でいいんでしょうねえ?