シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
終礼が済んでクラスメイトたちが家へ部活へと散って行った後、私たち七人グループは1年A組の教室に残ったままでした。グレイブ先生の置き土産の教頭先生からの伝言とやらが足を教室に縫い止めています。いえ、伝言はそういう内容では無かったのですが。
「…ブルー、来ないね…」
返事も無いよ、とジョミー君が呟きます。私たちは会長さんに思念波を送ってみたのですけど、答えは返って来ませんでした。もちろんメールにも返信は無し。そういう時は大抵、会長さんの方から出向いてくるか、何らかの動きがあるものですけど…。
「もしかすると先に行ったのかもしれませんよ?」
シロエ君の言葉にアッと息を飲む私たち。その可能性がありましたっけ。なんといっても伝言は…。
「教頭室まで来るように……だしな。行ったかもしれん」
大いに有り得る、とキース君。柔道部所属のキース君たちはともかく、私たちは教頭室にはあまり馴染みがありません。行く時は必ず会長さんが一緒ですから、教頭室と聞けば会長さんの顔が頭に浮かぶほどです。そんな教頭室への呼び出しとあれば、会長さんは確かに一足お先に行っていそうで…。
「あいつだけ先に行ったとしたら、ロクなことにはならないぞ」
キース君に言われるまでもなく、私たちの思いは全く同じ。悪戯好きの会長さんを自ら召喚してしまったら、教頭先生、何をされても抵抗できない立場です。これは急いだ方がいいかも…。
「もう手遅れかもしれませんけどね」
「シロエ! 言霊と言うから黙っておけ!」
行くぞ、と駆け出したキース君を追い掛ける形で私たちは走り出しました。いつもは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から教頭室のある本館へ向かっているため、今日のルートはなんだか新鮮。その分、妙に緊張感も高まるのですが、教頭先生、どうか御無事で…! 祈るような気持ちで本館に飛び込み、走りの方はそこでストップ。
「くそっ、走るのは禁止だからな…」
キース君が『走るな』の注意書きに舌打ちしながら早足で歩き、私たちも叱られない程度のスピードで教頭室を目指します。そうそう、あそこの重厚な扉! 現時点では飛び出してくる人影は無く、会長さんが来ていたとしても騒ぎは起こっていなさそう。静かに現在進行中かもしれませんけど。
「…みんな、心の準備はいいか?」
扉の前でキース君が振り向き、私たちが無言で頷いて。
「失礼します」
会長さんがしているように軽く扉をノックしたキース君に「入りなさい」と教頭先生の声。扉を開けて入って行くと…。あれっ? 会長さんは? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は?
「なんだ、どうしたんだ?」
キョロキョロと部屋を見回す私たちに教頭先生の視線も釣られて移動。ということは……会長さんの到着はまだ? 私たちが先に着いちゃいましたか? 教頭先生は部屋を一通り見渡してから。
「何か気になるものでもあったか? 虫などは入っていないようだが…。そうだ、呼び出してすまなかったな。実はお前たちに頼みたいことが…」
「「「えっ?」」」
私たちに頼みごとですか? いったい何を、と思う間もなく教頭先生は書き物をしていた机から立ち、奥の仮眠室へ。まさか其処に会長さんが隠れているというオチとか? 引っ張り出して連れ帰ってくれとか、そういう依頼が来るのだろうか、と私たちが顔を見合わせていると。
「…すまないが、これを届けてもらいたい」
教頭先生が持って来たのはアルテメシアでも指折りのケーキ屋さんの紙袋でした。
「私は甘い物は苦手だからな、今一つ良く分からないので売れ筋のを詰めて貰ってきた。ブルーが一人で食べるのも良し、ぶるぅと分けて食べるのも良し。…とにかく頼む」
「あ、あのう…」
口を挟んだのはキース君です。
「それをブルーに届けるんですか? 俺たちが?」
「ぶるぅの部屋は教師は立ち入り禁止だろう? だからと言って呼び出したのでは感謝の印にならないし…。お前たちは毎日行っているから、ついでに頼んでも大丈夫かと…」
「届けるのは別に構いませんが……それでわざわざ呼び出しを?」
「うむ。でないと届けそびれるからな。いつも終礼が終わった後は一直線だと聞いているぞ」
私たちは配達係でしたか! ケーキが部屋まで届くとなれば会長さんが来ない筈です。余計な心配をして損をした、とケーキの袋を謹んで預かる私たち。キース君が代表で受け取り、教頭先生は「メッセージカードを添えてあるから」と特に伝言を頼むでもなく…。
「なあんだ、ケーキの宅配便かあ…」
お使いの御礼に1個欲しいな、とジョミー君が紙袋を覗き込んだのは廊下に出てから。袋の中には大きな箱が入っています。一人1個なら全員で食べても問題なさそうなサイズでした。どうしていきなりケーキなのかは謎ですけども、こんなお使いもたまにはいいかな?
大きなケーキの袋を提げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、案の定、会長さんが待ちかねたように。
「やあ。ハーレイからの預かり物は?」
「これだ。やっぱり知ってたんだな」
キース君が差し出した袋を受け取った会長さんは早速、中から箱を引っ張り出して。
「ぶるぅ、みんなに飲み物を淹れてあげて。お茶にしようよ」
「オッケー!」
すぐに紅茶やコーヒーが揃い、お皿とフォークも出て来ます。会長さんが箱を開けると美味しそうなケーキが何種類も詰め込まれていて、思わず唾を飲み込んでみたり…。
「どれが食べたい? 重なった時はジャンケンだね。あ、でも…優先権はぼくにあるのかな?」
「そうだと思うぞ、あんたに届けるようにと仰っていたし…」
キース君の答えを聞いた会長さんは「じゃあ、これ」とカシスのムースケーキをお皿に載せて、残りは私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が分けることに。それでもケーキは余りますから、希望者がお代わりと決まったのですが。
「ちょっと待った!」
いきなり部屋の空気が揺れて紫のマントが翻りました。言わずと知れたソルジャー登場。ケーキに釣られてやって来たのか、と私たちはゲンナリです。
「えっとね…。そのシブーストにしようかな? だけどフランボワーズのムースも捨て難いし…。最初から貰っておいてもいいよね、お代わりの分」
ここに載せて、と厚かましくお皿まで手にしていたり…。テーブルのお皿は減ってませんから、キッチンの棚から瞬間移動で失敬してきたものでしょう。どうしてこうも鼻が利くんだか、と溜息をつきたい気分でしたが。
「どうしたのさ? 2個貰っても数は全然問題ないだろ? 第一、これは本来ぼくのケーキだ」
「「「は?」」」
どういう理屈でそうなるんですか? ケーキの箱は教頭先生から会長さんへのお届けもので、私たちが預かってきたのです。ソルジャーが立ち入る隙は何処にも無いと思いますけど? 会長さんも呆れた顔で。
「君がケーキに目が無いことは知っているけど、妙な主張をしなくても…。これを貰ったのはぼくなんだから」
「それが間違っているんだってば!」
ソルジャーは譲ろうとしませんでした。
「メッセージカードがついてる筈だよ、ハーレイからの。カードを見ればすぐ分かるって!」
「カード? そういえば何か入っていたね」
床に捨ててあった袋の中から封筒を取り出す会長さん。キース君が「すまん」と頭を下げて。
「教頭先生がメッセージカードを添えておいたと仰っていた。ウッカリ伝え忘れていたんだ。申し訳ない」
「…ハーレイには申し訳ないかもしれないけどさ、ぼくはカードは気にしないよ」
ケーキに意義があるんだし、と封筒に入っていたカードを開いた会長さんですが。
「えっと…。なんだろう、これ? 日頃の気遣いに感謝をこめて…って、何の冗談?」
「「「気遣い!?」」」
何ですか、それは? 会長さんが教頭先生に気遣いって……そんなの覚えがありませんけど?
「だからぼくのケーキだって言ってるだろう?」
ソルジャーが胸を張りました。
「色々お世話になったからねえ、感謝をこめて恩返し強化月間なんだ」
「「「恩返し!??」」」
私たちの声が揃って引っくり返り、会長さんは目が点です。恩返し強化月間って、なに? まさかソルジャーが教頭先生に恩返しをしてたりするのでしょうか? 恩返しって、鶴が助けられた御礼に機を織ったりするヤツのことで合っているのか、それとも他に何らかの意味が…?
「…恩返し強化月間って何さ?」
辛うじて声を絞り出したのは会長さんでした。
「感謝をこめてとか言っていたけど、誰が誰に恩返し? そもそも恩返しってどういう意味?」
「知らないかなぁ、恩返し。SD体制よりもずっと昔の伝説が色々残っているよ。亀を助けたら竜宮城に連れてってくれるってヤツとか、君たちの世界にもあるだろう?」
あらら、本当に文字通りの恩返しというヤツなんですか? でも、なんで…? 会長さんも其処が気になるらしく。
「分かった、鶴が機を織るという類のアレだね。で、その恩返しが何だって?」
「ぼくが恩返しをしてるんだよ。こっちの世界のハーレイのお蔭で、ぼくのハーレイが最近けっこういい感じなんだ。バカップルごっこで覚えたシチュエーションを生かしてくれる時もある。…通路なんかでいきなり抱き締められてキスされちゃうと燃えるものだね」
「「「………」」」
そりゃまた随分積極的な…。ソルジャーとキャプテンの仲はバレバレだとは聞いていますが、バレていないと思い込んでいるらしいのがキャプテンです。それだけに二人の仲を知られないよう努力していると聞いているのに、なんと通路でキスですか!
「バカップルは周りが見えないものだ、っていう教えをアレンジしているみたいだよ。人がいないことを確認済みでやってるんだと分かってはいても、公共の場で仕掛けられるとグッとくるんだ」
「…ふうん…。そりゃ良かったねえ、お幸せに」
会長さんの顔には「さっさと帰れ」とデカデカと書いてありました。ソルジャーがアヤシイ話を始めない内に放り出そうという魂胆でしょう。けれどソルジャーは気にも留めずに。
「ハーレイはぼくとノルディの結婚式もどきで真剣に危機感を覚えたらしい。こっちの世界で現地妻なんかを作られちゃったら自分の立場が無いだろう? なんと言ってもノルディはテクニシャンが売りなわけだし、ぼくがそっちに溺れないという保証は無い」
夜な夜なノルディを引っ張り込むというのもアリだ、とニヤニヤ笑っているソルジャー。
「ぼくがこっちの世界に来るより、ノルディを呼ぶ方が遙かに楽だろ? ベッドで楽しく過ごすだけだし、後腐れも無いし…。そうならないよう努力しているのさ、ハーレイは。あの時、チャペルで叫んだとおりに」
えっと。キャプテンが叫んだ台詞といえば…。顔を見合わせる私たちに向かってソルジャーは。
「そう、一生満足させてみせます、って言い切ったヤツ。…なかなか頑張っていると思うよ。マンネリに陥ったらマズイからだろうね、四十八手にも挑戦中! 前は薬を飲まされた時しか絶対挑戦しなかったくせに」
「………ブルー。言いたいことはよく分かったから、ケーキを持って帰りたまえ」
会長さんが深い溜息をつき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けると。
「ぶるぅ、お客様のお帰りだ。持ち帰り用の箱を用意して」
「はぁーい!」
けれど、駆け出そうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」のマントをソルジャーがハッシと引っ掴んで。
「ケーキは此処で食べるからいいよ。ああ、でも、そうだね…。ぼくのぶるぅが青の間で留守番をしてくれているから、1個届けてあげようかな? 小さな箱は?」
「分かった、1個だけ入るサイズのだね!」
大人の話がサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな紙箱を持って戻ってきました。ソルジャーはケーキの箱を覗き込み、「これがいいかな」とモンブランを指差して。
「ぶるぅはボリューム第一なんだ。ぼくは上手に入れられないからお願いするよ」
「うん!」
いそいそとモンブランを箱詰めしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。詰め終わると箱を閉じ、綺麗にラッピングしています。ソルジャーは満足そうにそれを眺めて、空間を越えて「ぶるぅ」にお届け。…つまりソルジャーは居座ったままというわけで…。
「まだ恩返しのことを全く話してないだろう? 謎が多いと思うんだけどねえ、このケーキとか、最近のハーレイの様子とか」
そう言いながらソルジャーはシブーストを一口頬張りました。
「日頃の気遣いに感謝をこめて…、ってカードに書いてあるのは何故なのか。ブルー、君はハーレイに気遣いなんかしていない。ついでに球技大会の日にも言われた筈だよ、お前のお蔭で頑張れた…ってね」
「「「あ…」」」
その言葉には確かに覚えがあります。御礼参りが終わった後で、教頭先生が会長さんに向かってそんなことを…。御礼参りに指名されたことへの感謝なのかと思ってましたが、違うんですか?
「ほらね、やっぱり分かってないし! 話は最後まで聞くものだよ」
ソルジャーはゆったりとソファに腰掛け、リラックスモード。お帰りになる気は無いようです。恩返し強化月間とやらについて語り終えるまで、ケーキを食べつつ此処でのんびり過ごす気ですね…。
歓迎とは程遠いムードの私たちを他所に、ソルジャーは意気揚々と。
「恩返しってヤツは押し付けになってはダメなんだよね。こう、控えめにこっそりと! 竜宮城くらいのレベルになったら派手にやっても値打ちがあるけど、王道は鶴の恩返しとか笠地蔵とか…。秘すれば花って言うんだっけ?」
とにかく目立つとアウトなんだ、と自説を展開するソルジャー。
「恩返しをさせて頂いてます、と主張したんじゃ恩着せがましくて興醒めだろう? だから黒子に徹したわけ」
「「「黒子?」」」
「そう、黒子。幸い、ぼくとブルーは筆跡まで完璧に瓜二つだしね。ブルーの名前でカードを書いては、あれこれ差し入れしていたんだよ」
「なんだって!?」
会長さんが聞き咎めましたが、ソルジャーの話は途切れずに。
「いつも覗き見してるんだけど、教師ってけっこう大変じゃないか。しかもハーレイは教頭だから雑務も沢山あるだろう? なのに仕事で疲れて家に帰っても、迎えてくれる人はいないよね」
それは教頭先生が会長さんにこだわるからで…、と溜息をつく私たち。縁談が持ち上がったこともあったのですし、教頭先生さえその気になれば迎えてくれる奥さんは居た筈です。好きでやってる独身生活、放っておいても無問題! なのにソルジャーは「ダメダメ」と人差し指を左右に振って。
「普段だったらぼくも知らんぷりだけど、ハーレイのお蔭で自分が幸せたっぷりなんだよ? 大恩人が帰宅する度に真っ暗な玄関先で溜息をつくのを見ないふりっていうのはねえ…。それで恩返しをすることにした。お帰りなさいのメッセージカード」
「お帰りなさい? なんなのさ、それ…」
あまり聞きたくないけれど、と眉を顰める会長さんに、ソルジャーは「そのまんまだってば」と笑みを浮かべて。
「ハーレイの家のポストに入れておいたんだ。『お帰りなさい、いつもお仕事お疲れさま』って書いて差出人はブルー」
「ちょ、ちょっと…! それだと君だと分からないし!」
ぼくと間違えられちゃうよ、と真っ青な顔の会長さん。
「ブルーの名前でカードというのは、ブルーとだけ? どっちのブルーとも書き添えずに?」
「決まってるじゃないか。…さっきからの話をよく聞いてた? 恩返しってヤツは控えめに! ぼくがやってるって見え見えだったら押し付けになってしまうんだよ」
「じゃあ、名前を書かなきゃいいじゃないか!」
「それだと恩返しにならないんだ。…ハーレイが喜んでくれないからね」
名前も書かずに「お帰りなさい」のカードを贈れば一つ間違えるとストーカー、と言われてみればその通りかも…。ストーカーとまで行かなくっても気味が悪いかもしれません。ソルジャーは「ね、そうだろう?」と私たちを見回して。
「そりゃあ、ハーレイは教師だからさ、教え子からのカードだって線もゼロではないかもしれないけれど…。どうせなら貰って嬉しい差出人! ブルーが労ってくれたと思えば疲れも一気に吹っ飛ぶよ。現に吹っ飛んじゃったしね」
「「「………」」」
残業を終えて帰宅してきた教頭先生、いつもの習慣でポストを開けてダイレクトメールなどを取り出し、玄関へ。門灯は暗くなると自動的に点灯するそうですが、家の中まではそういう仕組みにしていないので真っ暗です。誰もいない家の鍵を開け、明かりを点けて…。
「炊飯器だけはセットしていくらしいんだよ。その日はおかずを作る気力も無かった上にスーパーに寄るだけの余力も無かった。レトルトカレーで済ますつもりでキッチンに行ってさ、ポストの中身をテーブルに置いた所でメッセージカードに気がついたわけ」
自分の世界から覗き見していたソルジャーによると、カードを見付けた教頭先生は何度も繰り返し確認してからカードにキスをし、その場で万歳したのだとか。
「しかも思いっ切り疲れ果てていたから、夕食の後でお風呂に入ってそのまま寝ようとしていたくせに……予定変更で熱いシャワーでリフレッシュ! でもってきちんと部屋着を着込んで、おかずに味噌汁、サラダも作って夕食なんだよ。テーブルの上にカードを飾って缶ビールを開けて乾杯してた」
それは凄い、と私たちは思わず感動。会長さんから「お疲れさま」と労いのカードを貰っただけでパワーがチャージされるんですか! そこまで惚れ込んでいたなんて…。
「正直、ぼくもビックリしたよ。あそこまで喜ばれるとは思わなかった。でも恩返しした甲斐があったな、って実感できたし、その路線で続けることにしたわけ」
手応えを感じたソルジャーはメッセージカードをポストに入れる代わりにキッチンのテーブルに置くようになり、コンビニおにぎりとか、おつまみに良さそうな柿の種なども添えるようになって…。
「球技大会の前の夜には栄養ドリンクを差し入れたんだ。…ハーレイが「お前のお蔭で頑張れた」って言っていたのはドリンク剤への御礼なんだよ」
「…じゃ、じゃあ……日頃の気遣いに感謝をこめて、っていうこのケーキは……」
愕然としている会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクすると。
「ぼくのケーキだって言ったじゃないか。あれこれ届けて労っていたぼくへの感謝の気持ちなのさ。ハーレイは君がやったんだと思い込んでるから君の所に届いただけで。…でも恩返しってそういうものだし、ぼくは全然気にしない。みんなも食べてよ」
遠慮しないで、と言われても……本当に食べていいのでしょうか? 食べたらソルジャーに恩返ししなくちゃならなくなるとか、そういう展開じゃないでしょうね? 不信感丸出しの私たちですけど、ソルジャーは。
「警戒しなくても平気だってば。恩返し強化月間はぼくが勝手にやってることだ。ハーレイが喜んでくれればそれで満足! 君たちに何かしろとは言わないよ」
気遣い無用、と微笑まれると断れないのもまた事実。えーい、気にせず食べちゃいますか!
こうして教頭先生が用意したケーキは私たちの胃袋に収まりました。ソルジャーが自分の世界に送ったモンブランも「ぶるぅ」が一口でペロリと食べたようです。教頭先生は会長さんが食べてくれたと思い込んでいるのでしょうけれど…。
「いいじゃないか、君たちに届けてくれるようにと頼んだ時点でお裾分けの方も計算済みだよ」
ハーレイだもの、とソルジャーが断言します。
「ブルーが気遣ってくれるっていうだけで嬉しくて嬉しくて堪らないんだ。そのブルーが大事にしている友達の分までケーキを買うのは当然だろう? 試験の打ち上げパーティーだってその精神で毎回御馳走してるじゃないか」
ああ、なるほど。そう考えれば私たちにもケーキを食べる権利はあります。本当はソルジャーが貰うべきケーキであったとしても、贈られたのは会長さんだったわけですし…。それに善行をした人とは別の誰かが御礼を貰ってしまうケースというのも昔話にはありがちですよね。人魚姫とか…って、あれは童話でしたっけ。
「そうだよ、ぼくのポジションは人魚姫さ。まさにそんな感じ」
私たちの会話を聞いていたソルジャーが我が意を得たりと頷きました。
「せっせと労いのカードを書いて、あれこれ頑張って差し入れしても全く気付いて貰えない。でもってブルーが代わりに御礼を言って貰って、こうしてケーキを贈られる……と。恩返しってそういうものだよ」
「それで文句を言わないだなんて、なんだか裏がありそうだけど…」
疑心暗鬼な会長さん。それをソルジャーは笑い飛ばして。
「無い無い、今回は裏なんて無いよ。本当に感謝してるんだ。…ぼくのハーレイは根がヘタレだから、その内に元の木阿弥だとは思うけど……今の所はパートナーとして文句なし! こんなに幸せでいいのかな、って思っちゃうから恩返しなんだ。幸せは還元しないとね」
「…君がそれでいいなら恩返し強化月間でもいいけどさ…。勘違いされてるぼくの立場は? こっちのハーレイだってヘタレだけどね、ブライダルフェアの例もある。舞い上がっちゃってプロポーズされるとか、御礼代わりにってデートの誘いが来るとか、そうなっちゃったらどうしろと?」
おっと、その心配がありましたか! 教頭先生は会長さんが気遣ってくれていると信じてケーキを寄越したのですし、恩返し強化月間がこのまま続くようなら更なる御礼が来そうです。それもグレードアップして…。
「あ、そうか。…そこまで考えてなかったよ」
悪びれもせずに答えるソルジャーに会長さんは頭を抱え、私たちも額を押さえました。密かに恩返しは美談ですけど、問題なのは教頭先生の勘違い。ソルジャーが幸せのお裾分けだか還元セールだかに燃えている内に、教頭先生の頭の中では「会長さんに気遣ってもらえる自分」が大きく育っていそうです。
「……考えていなかったって……君は人の迷惑を顧みないで恩返しとやらをしてたわけ? 今はケーキで済んでいるけど、この先、何が起こるやら…。フォローする気が無いんだったら恩返しはすぐに中止して!」
これ以上ハーレイに近付くな、と会長さんはソルジャーにビシッと指を突き付けて。
「いいかい、ハーレイは本気でぼくに惚れているんだ。勘違いして暴走されたらツケが回ってくるのはぼくだ! 今なら単なる気まぐれでした、でカタがつく。ぼくが適当にあしらっとくから恩返し禁止!」
「うーん…。恩返し禁止? ぼくはこんなに幸せなのに、恩返しをしちゃいけないのかい?」
ハーレイは大恩人なのに、とソルジャーは納得がいかない様子です。恩返しをしたい気持ちも分からないではないですけれど、ソルジャーが頑張って恩返しとやらを重ねてゆけば教頭先生の勘違いの方も積もり積もって雪だるま式に膨らんでいくのは確実でした。
「禁止と言ったら絶対禁止! ぼくが迷惑!」
「でもハーレイには恩があるんだ。ぼくは恩返しをしたいんだよ」
「だったらコソコソ隠れていないで表に出たらいいだろう!」
鶴の恩返しじゃないんだから、と会長さん。
「正体がバレたら二度とハーレイの前に出て行けないってわけじゃなし…。恩返しなら堂々と!」
「堂々と…?」
それじゃ恩返しにならないような…、とソルジャーは腕組みをして悩んでいます。だったら中止の方向で! それが一番の上策ですよ~!