シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
新しい年が明け、今年も行事が盛りだくさんに。元老寺での年末年始に始まり、初詣やらシャングリラ学園名物の闇鍋などを経て水中かるた大会で一応、一区切りつきました。かるた大会優勝の副賞でゲットしたグレイブ先生と教頭先生による寸劇は素敵なもので…。
「グレイブ先生、今日もなりきってたね」
終礼でもポーズをキメていたよ、とジョミー君が教室のある校舎の方向を眺め、キース君が。
「当分は後遺症が残るんじゃないか? ギターを鳴らせばこう、ジャンッ! と」
「思いっ切り情熱的でしたしねえ…」
凄かったです、とシロエ君。
「教頭先生も残ったままでらっしゃるんでしょうか、後遺症…」
「とっくにバレエになってんでねえの?」
あっちの方が長いもんな、とサム君が言う通り、教頭先生の十八番はクラシックバレエ。今もレッスンに通っておられますけど、その発端は私たちが普通の一年生だった時の寸劇です。それが今回はフラメンコ。例によって会長さんがサイオンで技術を叩き込んだわけで。
「でも女性役の方が大きいってだけでお笑いになるのね、フラメンコ…」
スウェナちゃんが思い出し笑いをすれば、マツカ君が大真面目に。
「衣装のせいもありますよ、きっと。教頭先生にあのドレスは……ちょっと…」
「グレイブ先生はカッコ良かったけどね」
その落差がね、とジョミー君。グレイブ先生は黒い衣装に赤のベルトでビシッと決めてらっしゃいましたが、教頭先生のドレスは真っ赤な地色に黒の水玉という派手さ。フラメンコだけにフリルびらびら、それを翻して華麗にステップ。
「…教頭先生はともかく、グレイブ先生はノッておられるしな…」
「教室に来るなり「オレ!」だもんねえ…」
そしてビシッと決めポーズ、と回想モードなキース君とジョミー君に釣られて、私たちも昨日のフラメンコを熱く語っていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して来ました。
「かみお~ん♪ 今日はクレープシュゼットだよ! アーモンドのヌガーペースト入りなんだ♪」
「「「えっ?」」」
なんじゃそりゃ、と聞いてビックリ。クレープシュゼットってオレンジなんじゃあ…?
「あのね、フラメンコの国のお菓子はヌガーが多いの! ちゃんと仕上げはオレンジだよ」
クルクルクル…とオレンジの皮を剥き、ジュースを絞ってグランマニエも加えてフランベ。冬に嬉しい温かいお菓子、アーモンドヌガーでちょっと特別。
「うん、美味しい! フラメンコ万歳!!」
たまに変わったお菓子もいいよね、とジョミー君が絶賛、私たちも揃って舌鼓。あれ? だけどなんだかノリが変な……ような……?
不思議な風味のクレープシュゼット。情熱の国に相応しく甘く、グレイブ先生に差し入れしたら「オレ!」と踊り出しそうです。教頭先生も踊るかもよ、と笑い転げていたのですけど。
「………おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「あんた、さっきからどうしたんだ? 全然、話に入って来ないが」
あっ、違和感の正体はソレでしたか! いつもだったら先頭に立ってワイワイ騒ぐ会長さんが変なのです。黙って紅茶のカップを傾け、黙々とお菓子を頬張るだけで…。
「……返事どころか、まるっと無視か?」
何処か具合でも悪いのか、とキース君が重ねて訊くと、会長さんはハッと顔を上げて。
「…えっ? ごめん、今、何か話しかけてた?」
「………重症だな………」
帰って寝ろ、とマンションの方角を指差すキース君にジョミー君たちも加わりましたが、会長さんは「大丈夫だよ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に同意を求め…。
「ちょっとね、夜更かししちゃったものだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「んとんと…。先に寝ちゃったからよく知らないけど、ブルー、寝起きが悪かったよ」
「え? 俺は全然気付かなかったぜ?」
朝のお勤めに行ったけど、と驚くサム君。
「いつもどおりにシャキッとしてたし、朝飯も普通に食ってたし…」
「そりゃあ、ぼくも一応、高僧だしね? お勤めとなれば自然と背筋が伸びるものだよ、お弟子さんの前で欠伸をするようなヘマはしないさ」
だけど眠気は残るもの、と会長さん。
「君たちが授業に出ている間に昼寝をすれば良かったんだろうけど…。ついついウッカリ」
「何してたわけ?」
ジョミー君の遠慮ない問いに、返った答えは。
「アニメ観賞」
「「「は?」」」
会長さんってオタクでしたっけ? 夜更かしの果てに寝起き最悪、それでも延々と見続けるほどアニメにハマッてましたっけ…?
「あ、違う、違う! オタクがどうこうって言うんじゃなくって、懐かしのアニメってヤツを見始めたら止まらなかっただけ! なにしろ劇場版も沢山」
「「「………」」」
オタクじゃないか、と喉まで出かかった台詞を全員がグッと飲み込みました。伝説の高僧、銀青様にして三百年以上も生き続けている私たちの長のソルジャー・ブルー。長生きしてれば趣味の範囲も広がるだろう、と納得するのが無難そうです…。
会長さんが観賞していたらしい劇場版も多数のアニメ。昨日は寸劇のフラメンコで学校中が盛り上がったのに、どうして急にアニメなんかを……と思ったら。
「コレ、コレ。…突然、思い出しちゃってさ」
フラメンコとは無関係だけど、と再生された短い動画。クラシック風の曲に合わせて巨大ロボットならぬメカっぽいものが二体、飛んだり跳ねたりしながら敵を攻撃してゆきます。えーっと、これって有名なアニメでしたよねえ? 多分…。
「君たちも知っているんじゃないかな、思い切り有名なヤツだから」
「…俺たちの宗教とは真逆だがな。アダムとイブに使徒とくればな…」
そんなヤツまで見ていたのか、と呆れ顔のキース君の横から、シロエ君が。
「ぼくも興味はあったんですけど、なんだか話が難しすぎて…。でも、この回は面白かったです。二つに分身した敵が本領を発揮する前に二体同時に攻撃を、ってコンセプトでしたっけ?」
「そう! 初号機と弐号機でユニゾン攻撃。いつか寸劇をコレの着ぐるみでやるのもいいかな、と思い付いたら、ついつい全部…。いい感じだと思わないかい、寸劇で踊って見せるユニゾン攻撃!」
こんな風に、と再び動画。えーっと……派手にドンパチやってますけど、その辺は会長さんなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと銘打って適当に誤魔化しそうです。元ネタは1分となっていますが、そこも適当にアレンジしちゃって…。
「きっとウケると思うんだよねえ、元ネタを知らなくってもさ。ビジュアルだけで人目を引くし、フラメンコよりも華々しいかと」
「あんた、なんでこんなのを思い出したんだ? 何処でフラメンコと繋がると?」
分からんぞ、とキース君が尋ねれば、会長さんは舌をペロリと出して。
「人型の兵器を意のままに操るって辺りかな。昨日のフラメンコは技を伝えて踊らせてたけど、ハーレイもグレイブも自分の意思で踊ってる。そこをもう少し突っ込めないかな、と…。で、二人揃って見事に動かせたら凄いよね、と考えていたら…」
「こうなった、ってわけですか」
分からないでもないですが、と相槌を打つシロエ君。
「でも、会長…。汎用人型決戦兵器って暴走が売りじゃなかったかと」
「「「…汎用…???」」」
長ったらしい名称を出されても分かりません。会長さんがゆっくり復唱してくれました。
「汎用人型決戦兵器。コレの正式名称なんだよ、シロエの言う通り、意思を持ってて暴走する。これ自体が一種の生命体でね、乗り込んだ人間がシンクロすることで意のままに動かすことが出来るという…」
ハーレイとシンクロする気はないけど面白そうだ、と会長さん。寸劇程度の時間だったら暴走されずに操れるかも、と思い付いちゃったらしいです。フラメンコの次はオタク趣味ですか、そうですか…。
教頭先生とグレイブ先生を意のままに操り、アニメの名シーンを舞台で再現。会長さんのぶっ飛んだ発想には驚きですけど、次の寸劇は一年後です。それまでに忘れるに違いない、という気がするのもまた事実。ボーッとするほど一気に見ていた懐かしアニメでも、きっと…。
「ふうん…。こっちの世界って独特だよねえ…」
まさに異文化、とフワリと翻る紫のマント。
「「「!!!」」」
「こんにちは。…ぼくの分もクレープシュゼット、あるかな?」
「かみお~ん♪ お代わりついでに作れるよ!」
お代わりが欲しい人は手を挙げて、と言われて全員が勢いよく挙手。会長さんも先刻までとは打って変わって素早く反応しましたけれど、右手を挙げた状態で視線はソルジャーに。
「…なんで来たわけ?」
「話が面白そうだったから」
ついでにお菓子にも興味アリ、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「汎用人型決戦兵器ねえ…。ぼくの世界はこの世界よりも科学が発達しているけれど、こういうのとか巨大人型ロボットとかに乗り込んで戦った時代は無いよ? 効率的な兵器だったら実用化されていただろうから、お伽話の兵器だよね」
「うーん…。言われてみればそうなのかも…」
よくあるパターンだから馴染んでいた、と応える会長さん。地球が荒廃してしまうような遙かな未来に生きるソルジャーが「存在しない」と言い切るからには、巨大な人型兵器は恐らく実現しないのでしょう。まあ、実用化されるような物騒な世界になっても困るんですけど…。
「それでさ、夢の汎用人型決戦兵器だけどさ。…寸劇とやらで披露するより内輪で楽しくやらないかい? ぼくも協力しちゃうから」
「「「は?」」」
妙な台詞を吐いたソルジャー。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して現れ、クレープシュゼットの時間です。オレンジを剥いて、照明を落としてしっかりフランベ。熱々がお皿に取り分けられるまで、話はクレープ一色でしたが。
「…うん、美味しい! 昨日のフラメンコも凄かったけれど、ハーレイならもっと…」
楽しく面白くやれるのでは、とフォークを手にして微笑むソルジャー。
「汎用人型決戦兵器にするなら、踊らせるよりも暴れてなんぼ! 暴走が売りの兵器なんだろ、破壊の限りを尽くすとかさ」
「…何処で?」
まさか校舎のガラスを割るとか、と会長さんの顔が引き攣り、キース君が。
「その手の古い歌があると聞いたな、盗んだバイクで走り出すとか」
「何さ、それ?」
知らないよ、とジョミー君が言い、コクコク頷く私たち。キース君は「しまった」という顔をしています。
「…お前たちには古すぎたか…。大学のOB会で人気の曲なんだ。夜の校舎窓ガラス壊して回ったと歌うヤツもあってな、こう、替え歌が色々と」
阿弥陀様は流石に壊さないが、と話すキース君の先輩たちが何を壊す歌を作っていたのかは聞きそびれました。え、何故かって? それはもちろん…。
「いいねえ、壊して回るんだ? それで行こうよ」
絶対ソレ、とソルジャーの瞳が輝いています。
「ハーレイだったら瓦を割るとか出来るだろう? 何枚も重ねたヤツをドカンと」
「…あれは空手で柔道じゃないよ」
出来ないと思う、と会長さんが返すと、ソルジャーは。
「分かってないねえ、そこを操って意のままに! 汎用人型決戦兵器は瓦くらいは割らなきゃね。もちろん怪我をしたら困るし、フォローしながら」
「うーん…。瓦を割るなら寒稽古もセットでつけたいかも…」
フォローつきなら、と会長さん。
「寒稽古? なんだい、それは?」
「今みたいに冬の寒い最中を寒と言ってね、その時期に川に入ったりする武道の修行さ。川にザブザブ入って行ったら楽しいかなぁ、と。本人の意識は消えていないし、さぞパニックになるだろうと」
瓦割りだと自分に自信がつくだけだ、と会長さんも乗り気になってきたらしく。
「君が壊させるのは瓦なんだよね、他には何を?」
「ハーレイの反応次第かなぁ? 夢の新居をブチ壊させたら楽しそうだけど、家を壊すほどのパワーは無いから窓くらい…?」
「家具なら頑張れば壊せると思うな」
それこそ泣きの涙だろうけど、と会長さんの瞳もキラキラ。
「ハーレイの夢の夫婦茶碗は壊しておきたい。自分で叩き割ったんだったら嫌でも諦めがつくだろうしね」
「「「………」」」
夫婦茶碗というのはアレか、と頭を抱える私たち。教頭先生が欲しくてたまらなかった夫婦茶碗を餌に会長さんが遊びまくって、挙句の果てに片方を真っ二つに割ってプレゼントしたことがあるのです。教頭先生は割られた方を修理に出して、今も大切に飾っているわけで。
「じゃあ、コースとしては瓦を割ってから寒稽古かな? 川から瞬間移動で家に送り届けて破壊の限りって感じになりそうだけど」
どうだろう、とソルジャーが挙げたプランに親指を立てる会長さん。OKというサインです。教頭先生を操りまくる日は今週末の土曜日と決まり、本人への相談は一切無しで。つまり土曜日、教頭先生は電撃訪問を受けて、そのまま汎用人型決戦兵器とやらにまっしぐら……ですね?
戦々恐々としている間に早くも土曜日。教頭先生が操られる日がやって来ました。集合場所の会長さんのマンションに朝一番に出掛けてゆくと…。
「寒稽古だって言ったじゃないか!」
「でもさ、せっかく川に入るんだしさ! やらなきゃ損だよ!」
会長さんとソルジャーがリビングで言い争いをしています。教頭先生を川に入れるとは聞いてましたが、何かオプションがつくのでしょうか?
「鯉だよ、鯉!」
地球の川にはいるんだよね、とソルジャーが窓の外に視線を投げて。
「あれからノルディと食事に行ってさ…。こっちのハーレイを川に入らせようと思うんだ、と話していたら「鯉ですか?」と訊かれたわけ。この時期の鯉は美味しいらしいね」
「寒鯉ですね。冬が旬だと聞いています」
臭みが少ないそうですよ、とマツカ君が答えるとソルジャーは至極満足そうに。
「おまけに栄養満点だって? 精がつくんだと教えてもらった。これは絶対、ゲットしなくちゃ! 寒鯉でパワーアップだよ、うん」
「…期待してる所を悪いんだけどね、パワーアップはしないと思う。鯉は産後の女性に効くんだ。滋養強壮、それと母乳の出が良くなるとか」
君のハーレイには効かないよ、と会長さんはピシャリと言ったのですけど。
「滋養強壮なら充分だよ! ぼくは普段から満足してるし、劇的にパワーアップしなくても…。母乳の出が良くなるって言うんだったら、男だって持ちが良くなるとかさ」
少し長持ちでも充分満足、と胸を張るソルジャーが求める持ちの良さとは何でしょう? 会長さんが柳眉を吊り上げてますし、ロクな意味ではなさそうですが…。
「そういう理由でハーレイに鯉を獲らせるわけ? ぼくは手伝わないからね!」
「手伝わなくていいから教えてくれれば…。素手で捕まえるって聞いてきたけど、ノルディは詳しくなかったんだよ! 追いかけて泳いでも無理だよね?」
「……素手で獲るなら鯉抱きだよ……」
ぼくもトライしたことはない、と腰が引けている会長さんに、ソルジャーは。
「それこそ汎用人型決戦兵器の出番じゃないか! 君もチャレンジ出来なかったことをやり遂げるんだよ、素晴らしいとは思わないわけ?」
「…見世物としてはいいかもだけど…。寒鯉なんか獲らせても……」
「ぼくのハーレイが美味しく食べる、って説明したら暴走するかもしれないよ? 君はそっちに期待したまえ、夫婦茶碗を叩き割って夢の新居をメチャクチャに破壊」
「暴走ねえ……」
どうなることやら、と溜息をつきつつ、会長さんは寒鯉獲りを了承せざるを得ませんでした。素手で鯉を捕まえるなんて、いったいどんな漁法でしょう? ちょっと楽しみになってきたかも…。
教頭先生の家へは瞬間移動でお邪魔することに。リビングで食後のコーヒーを楽しんでらっしゃるらしいです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーのサイオンが迸り…。
「かみお~ん♪」
「「やあ、こんにちは」」
「!!?」」」
会長さんとソルジャーの声がピタリと重なり、教頭先生の目が点に。そりゃそうでしょう、私たちまでゾロゾロと湧いて出たのですから。
「…な、何か用でも…?」
「うん。ちょっとね、君の身体を借りたくってさ」
恥じらうように口にした会長さんの台詞に、教頭先生は耳まで真っ赤に。
「わ、私の…?」
「そうなんだ。その逞しくて大きな身体を、是非使わせて欲しくって…。かまわないかな?」
「そ、そ、それは……別にかまわないが……」
何をするのだ、と訊き返しながら、教頭先生の視線は会長さんとソルジャーの上を忙しく往復しています。会長さんがチッと舌打ちをして。
「………スケベ」
「何か言ったか?」
「ううん、なんにも。…それでね、使いたいのはブルーも同じで…。ぼくとブルーと、二人で使わせて欲しいんだけど」
「………!!!」
教頭先生の鼻からツーッと赤い筋が垂れ、ソルジャーがティッシュを。
「…す、すみません…」
「どういたしまして。借りる身体は大事にしないと…。あ、3Pではないからね?」
「は? で、では、どういう…」
「3Pのつもりだったんだ…?」
ヘタレのくせに、と会長さんが吐き捨て、空気はたちまち氷点下。外気温より寒いんじゃないか、と私たちの背筋も凍りつく中、青いサイオンがキラリと光って。
「それじゃ借りるね、君の身体。えーっと、道着は何処だっけ…」
鯉獲りをするなら褌も、と会長さん。
「ハーレイ、まずは道着に着替えてよ。それと紅白縞じゃなくって水泳用の褌で! 君が嫌なら着替えを手伝うことになるけど、どうするんだい?」
「……??? よく分からんが、とにかく着替えればいいのだな?」
待っていてくれ、と二階の寝室へ向かう教頭先生。動きに不自由は無いようですけど…。
「「見た目だけはね」」
会長さんとソルジャーの声がハモりました。
「今の所はやらせたいこととハーレイの意思が一致しているから問題ない。でもね…」
「着替えた後はどうなることやら…」
クスクスクス。二対の赤い瞳が悪戯っぽく煌めく様に、私たちは無言で後ずさり。瓦割りはともかく、そこから先は無茶な注文としか言えないのでは…?
間もなく柔道用の道着に着替えた教頭先生が二階から下りて来ました。会長さんとソルジャーは揃って「よし」と頷くと。
「身体を借りて、第一弾! ブルーが瓦を割りたいそうだ」
「…瓦?」
怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「ブルーは無理だと言うんだけどねえ、瓦を何枚も重ねて素手で割るのがあるだろう? あれを一回、見てみたいんだ。君ならきっと出来るよね?」
「あ、あれは柔道とは違いますので…! わ、私に空手の心得は…」
「やっぱりダメかぁ…。だったら身体を借りるしかないね」
ちょっと失礼、とソルジャーが言うなり、教頭先生の足はスタスタと廊下を玄関の方へ。
「な、なんだ!? か、身体が勝手に…!」
「お借りしてるよ、瓦は庭に用意したんだ。華麗な技に期待ってね」
「そ、そんな…!」
無茶な、と叫びつつ教頭先生は扉を開けて冬枯れの庭へと。私たちもコートを羽織った防寒装備で外に出てみると、茶色くなった芝生のド真ん中に積み上げられた瓦の山が。教頭先生はその前に立って構えのポーズを取っておられます。
「む、む、無理だと思うのですが……!」
「平気だってば、ファイトいっぱぁ~つ!!!」
何処ぞのドリンク剤のCMよろしくソルジャーが声を張り上げ、振り下ろされる教頭先生の右手。パァーン! と鋭い音が響いて瓦の山は真っ二つに…。
「「「………」」」
「ほらね、やったら出来ただろう? 男らしくて素敵だったよ」
「…そ、そうでしょうか……」
教頭先生はソルジャーと自分の右手とを交互に見詰め、まんざらでもない様子です。褒めて貰えたのもさることながら、空手家並みの技を発揮した自分にも自信がついたようで。
「身体を借りるとはこういう意味か…。次はブルーの番なのか?」
「察しが良くて助かるよ。場所を移して頑張って」
「ほほう…。何処だ?」
何処の道場でも付き合うぞ、と教頭先生は腕組みをして余裕の笑み。
「すぐに飛ぶから、是非よろしく。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアァッと溢れるタイプ・ブルーの青いサイオン、三人前。次の瞬間、私たちは無人の河原に立っていました。どうやらド田舎みたいですけど、吹きっ晒しの風が冷たいです~!
空は生憎の雪曇り。ちらほらと白いものが舞う中、教頭先生はキョロキョロと。
「す、水泳用の褌にしろと言われたが……。まさか…」
「そのまさかだよ、瓦を一発で割れる武道家だったら寒稽古!」
いざチャレンジ、と会長さんがゆったりと流れる川を指差せば、教頭先生の逞しい二本の足が広い河原をノシノシノシ。
「ま、待ってくれ、ブルー! わ、私には寒稽古とか寒中水泳の趣味は…!」
「寒中水泳とは話が早いね、道着はその辺で脱いで行ってよ」
「なんだって!?」
「褌一丁で行った方がいいって言ってるんだよ、水泳だから!」
着衣泳法はお勧め出来ない、と会長さん。
「寒稽古を兼ねて素潜りするのさ、向こうに淵が見えるだろう? あそこに寒鯉が潜んでる。大きいヤツを見つくろってね、一匹捕まえて欲しいんだ」
「こ、鯉…?」
「寒鯉は精がつくらしい。是非、寒鯉を手に入れて…」
「分かった、鯉だな!?」
会長さんの台詞を最後まで聞かず、教頭先生は道着をパパッと脱ぎ捨てました。褌一丁で川に踏み込み、ザブザブと…。
「………。パニックどころか自発的に入って行っちゃったよ、うん」
人の話を聞かないからだ、と会長さんは可笑しそうに。
「自分が食べると思っているのさ、精をつけて挑んで欲しいとリクエストされたつもりでね。食べるのは同じハーレイでも別人なのに…。おっと、いけない」
『おーい、ブルー!!』
鯉はどうやって捕まえるのだ、と教頭先生の思念波が。ソルジャーも私たちも興味津々で見守っている中、会長さんは。
『そのまま潜って、目標の鯉の近くで両手を広げて』
『…こ、こうか…?』
『後は静かに待つだけでいい。鯉の方から寄って来るから、そしたら優しく抱き締めて浮上』
「「「えぇっ!?」」」
そんな方法で獲れるのか、と驚きましたが、間もなく大きな鯉を抱えた教頭先生が上がって来たから仰天です。寒風に凍える教頭先生を他所に、会長さんは宙に取り出した新聞紙で鯉を包みながら。
「寒鯉は冬眠に近いからねえ、人間の体温に気付くと寄って来るんだってさ。暖を取ろうとすり寄った所をガッツリ捕獲! ついでに水から上げても簡単には死なない生命力が売り」
水槽が無くても平気なのだ、と新聞紙の中にクルクルと。
「はい、ブルー。御注文の寒鯉、一丁上がり!」
「やったね、後はぶるぅに頼んで…」
どう料理して貰おうかなぁ、と嬉しそうなソルジャーに、教頭先生が寒さに震えつつ。
「ひ、ひょっとして、その鯉は…」
「ぼくが頼んだ鯉だけど? ノルディに教えて貰ったんだよ、とっても精がつくんだってね」
ぼくのハーレイと思いっ切り! と燃えるソルジャーと、打ちひしがれている教頭先生と。そう簡単に会長さんが落ちるわけないのに、何度やられたら懲りるんでしょうか…。
褌一丁で項垂れておられる間に、濡れた身体はすっかり冷えてしまったようです。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一時的に姿を消して鯉を会長さんのマンションに届け、盥に放してきた模様。暫く泳がせ、泥を吐かせてから調理するのが良いらしく…。
「ただいま~! 今日はまだ食べるには早いんだってさ」
「かみお~ん♪ 明後日あたりじゃないかな、どうやって食べるか考えといてね!」
洗いに鯉こく、甘露煮、唐揚げ…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挙げる料理を全部作っても充分なサイズの特大の寒鯉。キャプテンのパワーは漲りそうですが、教頭先生はクシャミ連発で。
「…は、ハーックション!」
「風邪かい、ハーレイ? 寒稽古なのに本末転倒」
柔道十段の名が泣くよ、と会長さんに馬鹿にされてもクシャミは止まらず、タオル代わりに着込んだ道着が凍りそうな勢いで寒風が…。
「やれやれ、帰って温まる? 冷えた身体には熱いお茶だよね」
ぼくと一緒に夫婦茶碗で、と微笑まれた教頭先生はボンッ! と瞬間湯沸かし器の如く身体も心もホカホカに。サイオンに包まれて自宅のリビングに帰還するなりウキウキと…。
「出掛けている間にリビングも冷えてしまったな。すぐに暖房が効くと思うが…」
その前に身体を温めねばな、と濡れた道着を着替えるのも忘れてキッチンへ。カチャカチャと食器の触れ合う音がし、ケトルがピーッと鳴り出して…。
「待たせてすまん。こんな菓子しか無いのだが…」
甘い物が苦手なもので、とテーブルに置かれた御煎餅が盛られた器。コーヒーやココアが順に配られ、最後に別のお盆で急須が。
「ブルー、お前は夫婦茶碗を希望だったな。とっておきの玉露だ」
今、茶碗を…、と教頭先生は飾り棚から夫婦茶碗を出して来ました。会長さんの前に小ぶりの茶碗。教頭先生用の大ぶりの茶碗は会長さんが真っ二つに割ったものを金継ぎなる伝統技法で修復した品、お茶を注いでも中身が零れはしないそうで。
「お前と一緒に飲める日が来るとは思わなかったな」
「うん。ぼくも堂々と割れる日が来るとは思わなかったよ、どうぞよろしく」
空手の腕に期待している、と会長さんが片目を瞑ると、まさにお茶を注ごうとしていた教頭先生の手が意思に反して急須をテーブルの上にコトリと。
「…ブ、ブルー…? なんの真似だ?」
「空手だけど? 空手に急須は要らないよ。お茶が零れても困るしねえ…」
服に飛び散ったらシミになるし、と会長さんの指がパチンと鳴って、教頭先生の右手が構えのポーズを。金継ぎで直した夫婦茶碗の真上ですけど、これはあえなく真っ二つ…?
瓦の山も一刀両断、空手も可能な教頭先生。会長さんのサイオンに操られ、夫婦茶碗を叩き割るかと思われましたが…。
「くぅっ……」
割ってたまるか、とギリギリギリと奥歯を噛み締め、眉間の皺がググッと深めに。会長さんの方も身体がほんのり青く発光するほど気合を入れているようです。茶碗が割れるか、会長さんがギブアップするか、二つに一つ、と誰もが息を詰める中…。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
猛獣の雄叫びもかくやとばかりにリビングを揺るがせた教頭先生の腹の底からの叫び声。会長さんのサイオンを振り切り、すっ飛んで行ったその先は。
「「「あーーーっ!!!」」」
ガッシャン、パリーン! と床に砕け散る普段使いの茶碗やお皿。棚や引き出しから次々に取り出し、ガッシャン、ガッシャンぶん投げています。
「せ、先生…!」
落ち着いて下さい、とキース君が腕に飛び付いたものの、あっさりと床に転がされて。
「ど、どうなっているんだ、これは…!」
「…多分、暴走したんじゃないかな…」
汎用人型決戦兵器にありがちな末路、と会長さんが急須の玉露を小ぶりの湯飲みにトポトポと。
「ぼくのサイオンは効かなくなったし、放っておくしかなさそうだ。とりあえず、暴走している間に夫婦茶碗だけは割りそうにないから有効活用。…ちょっと苦いや」
出すぎちゃったかな、と顔を顰める会長さんの横から、ソルジャーが。
「君のサイオンを振り切っただけあって、ぼくでも止められるかどうか…。鯉の御礼に止めてもいいけど、破壊活動は歓迎だっけ?」
「大歓迎だよ、この家、妄想の産物だしね。やってる、やってる」
新婚仕様の夢のカーテンが、と会長さんが楽しそうに笑い、教頭先生はレースのカーテンを両手で掴んでビリビリと。どう考えても正気の沙汰ではなさそうです。あのレース、高いと思うんですけど…。
「え、あれかい? 高いよ、輸入物だしね。ホントはレースのガウンとかをさ、引き裂いてくれると嬉しいんだけど…。夫婦茶碗を割りに来ないのと同じ理屈で、ギリギリ理性があるらしい。頭の中身は真っ白なのにさ」
我に返った後が最高かも、と御煎餅に手を伸ばす会長さんや私たちにも教頭先生は手出ししませんでした。暴力の矛先は家財道具限定、バスルームのボディーソープなども撒き散らしたのに、会長さん用に揃えてあったアメニティグッズには手を付けず…。
「うっわー…。いいのかよ、コレ、止めなくて…」
マジで終わりだぜ、とサム君が額を押さえる二階の廊下。破壊の限りを尽くした教頭先生は二階へ向かい、あちこちの備品を壊しまくった果てに寝室に辿り着きました。そこでもカーテンを派手に引き裂き、椅子を蹴倒し、クローゼットの中身をビリビリと。
「紅白縞まで引き裂いてますよ、いいんですか?」
シロエ君が不安そうに尋ね、会長さんとソルジャーが。
「いいって、いいって。あれでも理性は残ってる」
「ブルーが贈った紅白縞は避けてるようだよ、自前のヤツを血祭りってね」
ぼくは血祭りなら寒鯉だけど、とソルジャーの喉がゴックンと。
「ブルーの家で泳がせてるから、血祭りはまだ先なんだよねえ…。早くハーレイに食べさせたいけど、泥抜きしないとダメって言うし…。ここが我慢のしどころなんだよ、ベッドでじっくり寒鯉パワーを楽しませて貰うためにはね」
「うおぉぉぉーーーっ!!!」
ひときわ大きく教頭先生が吠え、ベッドの上にあった会長さんの抱き枕を壊れ物のように優しく抱えて絨毯の上へ。こんなポーズを何処かで見たような…。
「まるで寒鯉だねえ…」
ソルジャーがのんびりと呟き、会長さんが。
「それを言うなら鯉抱きだってば、あれはそういう漁法だからね」
人肌恋しい鯉を優しく、と教頭先生の背中に向かって。
「どうする、ハーレイ? ブルーはあっちのハーレイとベッドで過ごすらしいけど?」
「うおぉぉぉーっ!!!」
「「「ひぃぃぃっ!!」
殺される、と首を竦めた私たちの前で教頭先生はダブルサイズのベッドを頭上に差し上げ、渾身の力をこめて放り投げ……。ガッシャーン! とガラスの砕ける音と、少し遅れてドスンという音。庭に転がったベッドを追って教頭先生が飛び降りて行って…。
「寒鯉とベッドがトドメだったかな?」
「間違いなくソレだよ、放っておいても問題ないよね?」
一応、自宅の敷地内だし、とソルジャーが割れた窓から見下ろしています。教頭先生はベッドの上でシーツを引き裂き、ビョンビョンと飛び跳ねておられますが…。
「えとえと、ハーレイ、どうしちゃったの?」
なんだか赤ちゃんみたいだよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに理性を持たない幼児はあんなものかもしれません。キャプテンが寒鯉を食べる頃には元に戻っているんでしょうけど、ご自宅が元に戻るまでには時間もお金もかかりそう。会長さんもソルジャーも、汎用人型決戦兵器は今回限りにして下さいね~!
噂の人型兵器・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
生徒会長が見ていたアニメのモデルは、もちろんエヴァンゲリオンです。
そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年を迎えます。
6周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
次回は 「第1月曜」 11月3日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、10月はソルジャー夫妻とスッポンタケ狩りにお出掛けだそうで…。
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