シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
大いに盛り上がった慰労会の締め括りはデザートでした。ココナッツミルク入りの揚げ菓子やココナッツのケーキなどエスニック風味たっぷりです。それに見た目もとっても綺麗! 甘い物が大好きなソルジャーの口にも合ったようでした。それにしてもソルジャーと「ぶるぅ」、いつまで居座るつもりなんでしょう?
「ぼくたちがいては駄目なのかい?」
赤い瞳がこっちを向きます。私は慌てて首を左右に振りました。
「ふうん?…どうやら他のみんなも同じことを考えてるみたいだね。早く帰ってくれないかな、って」
「えっ? い、いや…そんなことは…」
会長さんが答えましたが、ソルジャーは容赦しませんでした。
「君もおんなじ意見だろう? 君はともかく、他の子たちが考えてることは簡単に読める。ぼくたちが帰らないと計画が立てられないっていうわけか。…明日から海辺の別荘暮らし。とても楽しい計画だよねぇ?」
「それは…ジョミーが日焼けしたいと…」
「なるほど。で、ぼくたちがいるとマズイってわけだ」
ソルジャーはココナッツミルクの餡で飾った一口大のゼリーを摘んで私たちをグルッと見渡しました。
「「「…………」」」
「ふふ、図星。ぶるぅ、ぼくたちお邪魔らしいよ」
え。ソルジャー、それは間違いです。確かに別荘行きの計画はソルジャーたちのいない所で…と思いましたけど、迷惑だからとかそんなのじゃなくて、ソルジャーに悪いと思ったからで…。
「悪い? ぼくに? どうしてそういうことになるのさ」
全員が同じ考えだったらしく、私たちは会長さんを見詰め、会長さんは大きな溜息をついて。
「…言葉にしなきゃいけないのかい? 答えはとっくに知ってるだろうに…。ここは君の生きている世界と違いすぎる。ぼくたちの能天気な日々を見せつけるような計画、君の前では話しにくいよ」
「そうかな? ぼくは全然気にしないけど。ぶるぅ、お前もそうだよね?」
「うん! で、どんなお話? 何の計画?」
ソルジャーと「ぶるぅ」は無敵の笑顔を向けてきました。けれど、やっぱり別荘ライフのお話なんて出来ません。ソルジャーにとっては平和な世界でさえ手の届かない代物なのに、その上、リゾートライフなんて…。私たちは何度も顔を見合わせ、会長さんを縋るような目で見て、会長さんはキュッと拳を握り締めて。
「…無理だよ、ブルー…。そんな無神経なこと、ぼくには出来ない」
「じゃあ、ぼくも一緒に行きたいと言ったら?」
「「「は!?」」」
「言葉通りだよ。ぼくとぶるぅも海の別荘に行きたいと言ったらどうなるのかな?」
「「「えぇぇっ!?」」」
それは思いもよらない発言でした。ソルジャーと「ぶるぅ」が一緒に海の別荘へ…って、そんなことが出来るんだったら、最初から悩みはしないんです。でも、どう考えても不可能ですよねえ?
「…ブルー…」
さっきよりも深刻な表情で会長さんが口を開きました。
「言いにくいんだけど、別荘行きは一日や二日で済まないんだ。一週間くらいは滞在することになるだろう。そんなに長くシャングリラを離れるなんて君には出来ない。…それとも君は一泊できれば満足なのか…? マツカ、別荘の方はぼくとぶるぅが二人ずついても平気かい?」
「それは問題ありません。お客様が誰であろうと、詮索するような者はいませんから」
「じゃあ、その方面は大丈夫だね。…ブルー、君が短期間でもいいのなら…」
「一日だけって誰が言った?」
ソルジャーの唇に不思議な笑みが浮かんでいます。悪戯が上手くいって大笑いしたいのを無理に抑えているような…笑いを噛み殺しているような。
「ぼくは一緒に行きたいと言ったんだ。一日だなんて言ってない」
「二日くらいは平気だとか…?」
「一緒に行くって言っただろう。一週間でも二週間でも、君たちと同じだけ行ってみたいな。…邪魔だっていうなら一日で我慢するけれど」
「一週間!?」
会長さんはポカンと口を開け、ソルジャーがクスクスと笑い出しました。
「ブルー、遮蔽が崩れているよ。…ぼくがシャングリラを捨てる気なのかと思ってるんだ? まぁ、それでも構わないんだけどね。実際、そうしろって言われているし」
「…シャングリラを…捨てる…?」
「そう。この世界に住み着いて二度と戻って来なければいい、と何度も進言されている」
「…誰に…?」
「決まってるじゃないか」
信じられない、という表情の会長さんを見つめるソルジャーの瞳は笑っていませんでした。
「シャングリラを…ぼくの世界を捨てろだなんて、ぼくに言えるのは一人しかいない。この世界のことを知っているのも、ぶるぅの他には一人しかいない。…分かるだろう?」
「…まさか……キャプテン…?」
「そのとおり。ハーレイはぼくがシャングリラに戻ると、いつも複雑な顔をする。実際に表情が変わるわけではないけれど…瞳の色で分かるんだ。ぼくが戻ってきたのを喜ぶ顔と、戻らないで欲しかったという顔。…本音は嬉しい筈なのに、いつも少しだけ悲しそうに見える。…どうしてか君に分かるかい?」
難しいかもね、とソルジャーは首を傾げてみせました。
「ハーレイはぼくを逃がしたいんだ。あの世界に…シャングリラにいれば、ぼくは戦いに出るしかない。タイプ・ブルーはぼくとぶるぅだけで、ぶるぅは三分間しか力が続かないんじゃあ…戦えるのはぼくだけだろう? 今までは怪我で済んできたけど、もしかしたら…。ハーレイはそれを恐れている。そこへ君たちが現れたのさ」
「…それじゃ、君は……これを機会に…?」
「逃げ出すわけがないだろう? だから分かってないって言うんだ。シャングリラも大切だけど、何よりシャングリラにはハーレイがいる。ハーレイと別れて生き延びたって何の意味も無いよ。だから…ぼくは必ず帰る。ハーレイのいる所がぼくの生きていける世界だから」
でも、とソルジャーは一息ついて。
「シャングリラを捨てろって言ったほどなんだから、ハーレイにも自信はあるんだろう。ぼくがいなくなってもキャプテンとして船を守っていくことは可能だ、と。…二度と戻ってこないことに比べたら、一週間や二週間くらい留守をするのは大した問題じゃないと思うな。ね、ぶるぅ?」
「そうだね! ダメって言われたら、家出しちゃえばいいんだもんね♪」
ソルジャーと「ぶるぅ」は自信満々で長期休暇を取る気でした。向こうの世界のキャプテンがソルジャーを大事に思っているのをいいことにして、こっちの世界でバカンスだなんて…そんな勝手が通るのでしょうか?
「大丈夫。安定した日が続いているし、ぼくだって定時報告くらいは聞きに帰るさ。駄目なようなら家出してくる。
それとも、ぼくたちと一緒に別荘に行くのは嫌なのかい?」
私たちは揃って首を横に振りました。ソルジャーに逆らうのは会長さんに逆らうのよりも恐ろしいかもしれません。
会長さんが承知するなら、その決断に従うだけです。会長さんは少し考えていましたが…。
「分かった。マツカ、悪いけど二人余計にお世話になるよ」
「はい! その人数で手配しますね」
ケータイを取り出し、執事さんを呼び出すマツカ君。あれこれと指図している様子をソルジャーが興味深そうに眺めていました。有能な執事さんとマツカ君のコンビネーションで、別荘ライフを巡るあれやこれやはアッという間に決定です。明日のお昼に別荘の最寄り駅へ着ける電車も手配済み。
「ありがとう、マツカ。集合はアルテメシア駅の改札でいいね」
会長さんが待ち合わせ場所を決め、ソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんと一緒に改札前に来ることに…。本当に休暇を取ってくるのか、家出してくるのか、どっちでしょう?
「さあね。それはハーレイ次第かな。明日、楽しみにしているよ」
ばいばい、と手を振ってソルジャーと「ぶるぅ」は自分たちの世界に帰っていきました。私たちも旅行の用意があるので解散です。去年よりも面子が増えた別荘ライフ、何事もなければいいんですけど…。
次の日、大きなボストンバッグを提げてアルテメシア駅の改札に行くと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」御一行様以外は全員集合していました。うーん、もう1本早いバスにした方が良かったでしょうか。
「気にすることないわよ。集合時間はまだだもの。それに、みんなが早く来ている原因は…」
スウェナちゃんがニコッと笑って。
「ズバリ野次馬根性よ! マツカは責任者だから違うかもしれないけれど、他は全員そうだと思うわ。本当にソルジャーが現れるかどうか、気になって仕方ないんでしょう? もちろん私もその一人」
「俺は野次馬根性じゃないぜ! ブルーのことが心配で…」
反論したのはサム君です。
「だってさ。ソルジャー…じゃなかった、あっちのブルーって変な趣味が…。別荘行きにかこつけてブルーの家に泊まり込んで、おかしなことをしてたらどうしよう…って…」
「そういうサムもブルーのことが好きなくせに」
変なの、とジョミー君。
「そうだ! ブルーはガード固いけど、ソル…ううん、あっちのブルーならいけるんじゃないの? 別荘に泊まってる間に口説いてみれば?」
「…えっ……」
サム君の頬は真っ赤になってしまいました。今までのソルジャーの言動からして、お試しでキスくらいは簡単にして貰えそうです。そりゃサム君も、ちょっと妄想しちゃうでしょうねぇ…実行するかどうかは別として。
「サムにはハードルが高いと思うぞ。俺たち全員がソルジャーって呼んでいるのに、頑固にブルーと呼び続けているほどクソ真面目だし」
絶対無理だ、とキース君が笑い、私たちも思わず頷きます。呼び分けるのが大変なので、いつの間にか定着してしまった『ソルジャー』という呼び名。最近でこそサム君も使ってしまうことが多いですけど、気付くと必ず『ブルー』と名前を言い直すのでした。理由を尋ねると「もう一人のブルーなんだし、ちゃんと名前を呼びたいじゃないか」と返され、納得したようなしないような…。
「で、本当に来ると思いますか?」
シロエ君が入口の方を眺め、マツカ君が。
「変更があるとは聞いてませんし、来るんじゃないかと思いますが…。別荘の方には今年のお客様は双子だから、と言ってあります」
「「「双子!?」」」
「他に理由が見つかりますか? あんなにそっくりな人たちですよ。おまけにブルーは黙ってても人目を引くんです。ぶるぅは子供だからまだいいとして、ブルーの方は…。話題に花が咲かない内に先手を打っておかないと」
マツカ君、凄い! 流石は未来の経営者です。きちんと根回ししてあるなんて…。それにしても、ソルジャーは本気でシャングリラを留守にする気でしょうか? ダメなら家出だなんて恐ろしいことを言っていましたが…。
「かみお~ん♪」
聞き慣れた声が響き渡って、駆けて来たのはリュックを背負った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その後ろには、お揃いのリュックを背負った「ぶるぅ」の姿が…って、どっちが「ぶるぅ」?
「こっち、こっち! お弁当を買えるの、こっちだよ!」
先に走ってきた小さな姿がお店の方へ向かいました。駅の構内を知ってるってことは、そっちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですね。そして「ぶるぅ」がいるからには…。
「やあ。みんな早くから来ていたんだね」
ボストンバッグを持った会長さんがソルジャーと並んで立っていました。うぅっ、この二人も区別がつきません。シャツの襟が少し違いますから、ここで認識しておかないと…。
「君たちはお弁当、買ったのかい? まだなら一緒に買いに行こうよ」
「うん。お薦めのお弁当があれば教えて」
なるほど、お弁当の種類を知らない方がソルジャー…ですか。私たちは違いを頭に叩き込みながら駅弁を買いに行きました。山ほどの駅弁を抱えた「ぶるぅ」の姿を笑いながら改札を通り、電車に乗って…。車両の中は貸し切りです。マツカ君、もしかして買い占めましたか…? 私たちの質問に、マツカ君は笑って答えませんでした。
「あのね、電車で旅行する時は駅弁が楽しみの一つなんだよ」
電車が走り出すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに説明し始めました。
「時間がある時は必ず買って食べるんだ。そこの場所の名物が入ってるのも沢山あるし、同じ名前のお弁当でも作ってるお店によって中身が違うから面白くって」
「駅のお店にもいっぱいあったね。どれにしようか迷っちゃったぁ♪」
そう言う「ぶるぅ」が座っている横には駅弁がドカンと積まれています。幕の内に懐石弁当、ステーキ弁当、海老フライ弁当、おまけに璃慕恩院ご用達の精進料理弁当まで…。もしかして全部の種類を買っちゃったとか?
「うん」
返事をしたのは会長さん。
「ずいぶん迷っていたからね。乗り遅れたら困ると思って、好きなだけ買っていいよって言ったら、こうなった」
「どのお弁当も美味しそうだったんだもん」
いっただっきまーす、と叫んだ「ぶるぅ」は割り箸を手に駅弁を食べ始めました。確かに駅弁は旅の楽しみの一つですけど、「ぶるぅ」を見ていると駅弁の方がメインのように思えてきます。窓の外なんか見ていませんし!
「ぶるぅ、海が見えてきたら教えてあげるよ。それまで食べていればいいから」
「うん!」
会長さんの言葉に頷く「ぶるぅ」。その間もお箸は止まりません。その姿を見ながら会長さんが。
「ちょっと早いけど、ぼくたちも食べる?」
「そうだね。このお弁当、まだ温かいし」
相槌を打ったソルジャーが持っていたのは鶏飯でした。えっと…誰のお薦めだったんでしょう? みんなが取り出したお弁当を見回しましたが、鶏飯は誰も持っていません。ひょっとして会長さんのお気に入りかな?
「鶏飯はぼくが選んだんだよ。みんなのお薦めより面白そうだし」
ソルジャーはクスッ笑って包み紙を開け、御飯の上に乗っかっている煮込んだ鶏を指差して…。
「この鶏肉。…お店のこだわりの鶏だってさ、地鶏の雄鶏。地鶏っていうのが地球ならではだし、雄鶏っていうのが最高じゃないか。ブルー、一口食べてみる?」
はい、とお箸で上手に摘んで会長さんの方に差し出しましたが、会長さんはキッとソルジャーを睨み付けて。
「遠慮しておく! その手には乗せられないからね」
「残念。…貰ってくれるかと思ったのに」
美味しいよ、と頬張ってみせるソルジャーの瞳に悪戯っぽい色が浮かんでいます。鶏飯の何処がいけないんでしょう…って、もしかして…雄鶏? 昨日、雄鶏をプレゼントするのはプロポーズだとかいう話を会長さんがしていましたが…。
「ブルーは雄鶏の話が気に入ったんだよ」
会長さんが深い溜息をつきました。
「今の鶏肉をぼくが受け取っていたら、それをネタにして迫る気だった。…違うかい?」
「…まあね」
鶏飯を食べながらソルジャーがニヤリと笑います。
「せっかく一緒に旅行するのに、ぼくのプロポーズを受けてくれてもいいじゃないか。食わず嫌いはよくないよ。君の身体はよく知ってるし、この機会にちょっと試してみても…」
「断る! 君の方こそ、昨夜プロポーズされたばかりのくせに、浮気している場合じゃないと思うけど」
「「「プロポーズ!??」」」
私たちの声が引っくり返りました。ソルジャーがプロポーズされたって…いったい誰に…? 仰天している私たちを他所に、ソルジャーは鶏飯をつつきながら。
「ぼくにプロポーズしようって人が何人もいると思うかい? ハーレイとぼくとの仲は暗黙の了解事項だよ。なのにプロポーズしにくる人がいるなら、是非とも御目にかかりたいな」
「でもプロポーズされたって…」
恐る恐る質問したのはジョミー君。タイプ・ブルーの度胸でしょうか? ソルジャーはクスクスと笑い、鶏肉をお箸で摘み上げました。
「これが大事な鍵なんだよ。ぼくにプロポーズをしたのはハーレイ。…正確にはプロポーズさせたんだけどね」
「「「えぇっ!?」」」
またしても雄鶏ですか! 雄鶏ネタが気に入ったらしいソルジャーですが、いったい何をやらかしたと…?
駅弁を食べながらのおしゃべりは電車の旅の楽しみの一つ。けれど話題は恐ろしい方向に転がっているようでした。わざわざ鶏飯を選んだほどのソルジャーが、昨夜キャプテンにプロポーズさせた鍵は雄鶏らしいです。会長さん曰く、雄鶏をプレゼントするっていうのは男同士の関係におけるプロポーズで…。
「せっかく素敵な地球の習慣を聞いたんだからね」
ソルジャーは瞳を輝かせました。
「やっぱり体験したいじゃないか。ぼくとハーレイは深い仲だけど、結婚しているわけじゃない。ブルーがお遊びでゼルと結婚式を挙げた話をハーレイに聞かせてみたのにさ……結婚しようとは言われなかった。シャングリラには結婚してるカップルだっているというのに、不公平だと思わないかい?」
「…まず第一に、男同士。おまけにソルジャーとキャプテンの結婚だなんて、難しそうだと思うけど」
口を挟んだ会長さんに、ソルジャーは人差し指を左右に振って。
「SD体制のいい所はね…結婚しても子供を作る社会じゃないって所かな。子供を作る必要がないから同性婚にも寛容だ。男同士というのは全く障害にならないんだよ。ソルジャーとキャプテンの結婚について言うなら、祝福されるだけだと思う。長と船長が結婚すれば、シャングリラは今まで以上に安定するし」
「…本当に…?」
疑わしそうな会長さん。けれどソルジャーは自信満々で答えました。
「当り前だろう? ソルジャーの役目はさほどでもないけど、キャプテンはとても多忙なんだ。ぼくと会えない日だって多い。報告は思念だけでおしまいってこともあるんだよ。だけど結婚したら同居だよね。ほんの僅かな時間だけでも共有できるし、そうなれば細かな所に目を配る余裕ができるかな…って」
もっともらしい説を唱えるソルジャー。それはそうかもしれませんが…。
「だから、ぼくの望みはハーレイと結婚することなんだ。なのに決してプロポーズしてはくれなくて……「愛してます」って言われるだけで。この際、体験したかったんだよ。ハーレイからのプロポーズを」
「…まさかと思うが、雄鶏をプレゼントさせたのか…?」
キース君の問いにソルジャーは大きく頷きました。
「うん。昨日、ぼくの世界に帰ってみたらハーレイはまだブリッジにいた。夜は青の間に来るっていうから、思念で直接伝えたんだ。家畜飼育部で雄鶏を調達してきて欲しい、ってね。もちろん理由を聞かれたけれど、調べ物だと誤魔化した。ついでに誰にも知られないよう、こっそり持ち出してくるように…って」
「真に受けたキャプテンはそれを実行したんだよ」
会長さんは全てを知っているようでした。ソルジャーは思い出し笑いをしながら鶏飯を食べ終え、「御馳走様」と包み直して片付けて。
「ハーレイは大真面目に雄鶏を運んで来たよ。もう笑うしかないんだけれど、仕事を終えた後で監視カメラとかをチェックしながら家畜飼育部に忍び込んで…無事に雄鶏を一羽、盗み出した。でも雄鶏って大きな声で鳴くだろう? 運ぶ途中で鳴いたらバレるし、麻酔剤を吸入させてさ。それを上着の中に隠して、誰とも会わない通路を選んでコソコソと…」
シャングリラ号の構造は私たちの世界もソルジャーの世界も同じです。気の毒なキャプテンが雄鶏を盗み出して運ぶ様子は容易に想像できました。家畜飼育部と青の間の間はかなり離れていた筈ですし、キャプテンはさぞ心臓と胃が痛かったでしょう。
「やっとのことで雄鶏を届けに来たハーレイは「どうぞ」とぼくに差し出した。貰ってもいいのか、と尋ねたら「お望みの雄鶏ですから」と渡してくれたよ。ハーレイが何も知らないと分かっていても嬉しかったな。苦労して手に入れた雄鶏をぼくにくれたんだしね」
「…意味は言わないままだったの?」
ジョミー君が尋ねると、ソルジャーは「まさか」と微笑んで。
「受け取ってすぐに教えたよ。こっちの世界のずっと昔の習慣で…男から男へのプロポーズだ、って。怒られるかと思ったけれど、ハーレイは照れてこう言った。「私たちの世界では失われてしまった文化ですね」と。…その後かい? 雄鶏はぼくが家畜飼育部のケージに送って、後はベッドで二人きりさ。ぶるぅは土鍋で寝ていたし」
とても幸せな夜だったんだ、とソルジャーは夢見るような瞳を窓へ向けました。キャプテンと両想いなのに結婚できず、プロポーズもされたことがなかったなんて…。ソルジャーが会長さんを羨ましがる理由が分かったような気がします。世の中、うまくいかないものなんですね。
窓の外に海が見えてくる頃、「ぶるぅ」は山ほど買い込んだ駅弁を食べ終えて「海だ!」とはしゃぎ始めました。まだまだ残暑も厳しいですから、海で泳ぐにはもってこいです。駅には迎えのマイクロバスが待っている筈。今年もプライベートビーチで遊び放題の日々ですが…。
「結局、休暇は取れたのか?」
キース君が駅弁の空箱をゴミ袋に纏めながら言いました。休暇…。そういえば、ソルジャーが休暇を取ってきたのかどうかは聞いていません。もしかして、雄鶏プロポーズで全てをなし崩しにして荷物を纏めて出てきたとか…?
「ああ、休暇ね。ハーレイには今朝、言ったんだ。ぼくがいなくても大丈夫か、って。なんとかします、と答えてくれた。一応、サイオンで連絡が取れるようにはしてきたよ。定時報告は要らないそうだ。せっかく自由に過ごせるんだから、シャングリラのことは忘れろってさ」
ぶるぅと一緒にバカンスだ、とソルジャーはニッコリ笑いました。電車が駅に滑り込みます。私たちは荷物を持ってホームに降り立ち、ソルジャーと「ぶるぅ」は微かに潮の香りが混じった空気を嬉しそうに吸い込んで…。マイクロバスに乗って海辺を走り、マツカ君の家の別荘に着くと、いよいよバカンスの始まりです。レンコン掘りに費やしてしまった夏をここで一気に取り戻さなくちゃ。
「連れて来てもらえて良かったね、ぶるぅ」
「うん! 凄いや、地球の海で遊べるなんて! ぼく、何をして遊ぼうかな?」
ソルジャーと「ぶるぅ」も御満悦。別荘の人たちは二組の『双子』を驚きもせずに迎えてくれて、部屋に案内してくれました。今年の海の別荘はソルジャーたちが増えて賑やかですけど、その分、きっと楽しいですよね!