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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夏もう一度  第3話

無事に到着したマツカ君の家の海辺の別荘。今日から男の子たちの「顔だけ日焼け」状態を解消するべく一週間の別荘ライフです。ゲストルームに荷物を置いたら早速、水着に着替えてプライベート・ビーチへお出かけすることに決まりました。スウェナちゃんと私が玄関に行くと、もう全員揃っていましたが…。
「お揃いの水着なの?」
スウェナちゃんが二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねます。全く同じデザインの海水パンツは色違いになっていましたけれど、どっちが私たちの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「あのね、朝から一緒に買いに行ったの! ね、ぶるぅ?」
「うん! ブルーも色々買ったんだ。ぼくたち、海で泳ぐの初めてだから」
ほらね、と「ぶるぅ」が指差した先で大きなトートバッグを提げているのがソルジャーみたい。会長さんとソルジャーも色違いの海水パンツときましたか…。しかもパーカーはお揃いですし、なんだか混乱してきそうです。
「大丈夫だよ。海で泳ぐ気満々なのがブルーで、ぼくは昼寝をするつもりだから」
会長さんが軽くウインクしてみせました。
「そういうわけで、ブルーの相手はお願いするね。サイオンを使わずに潜ってみたいって言っているから、シュノーケルとか教えてあげて」
「「「えぇっ!?」」」
シュノーケルと足ヒレを持っていたのは男の子全員。去年は二泊三日でしたし、海の様子も知らなかったので普通に海水浴でしたけど、今年は潜る気だったようです。
「…ぼくに教えるのはイヤってこと?」
「そ、そうじゃなくて…」
ジョミー君がしどろもどろになり、キース君が。
「いきなりシュノーケルだなんて言い出されても…。そもそも泳ぎは出来るのか? 潜れる場所は少し遠いぜ」
あそこなんだ、と示した場所は海に突き出した岬の岩場。浜辺からだと数百メートルありそうです。ソルジャーはニッコリ余裕の笑みを浮かべて。
「たまに青の間で泳いでる。あのくらいなら多分大丈夫だと思うけど?」
「…多分ときたか…。仕方ない、ゴムボートも用意していこう。あったな、マツカ?」
「はい! すぐに支度をさせますね」
マツカ君が玄関先にいた執事さんに頼み、ゴムボートは後から浜辺に運んでもらえることになりました。
「大丈夫だって言ってるのに…」
ソルジャーは少し不満そうですが、キース君は頑として譲りませんでした。
「ダメだ! 海で泳ぐのは初めてだと聞かされた以上、念には念を入れないと。海を甘く見てはいけないと教頭先生にも言われたからな」
「教頭先生? …ハーレイも去年此処に来たとは聞いていたけど…」
「俺たちに古式泳法を教えてくれた。いわば師匠だ。俺の柔道の師匠でもあるし、教えは守る必要がある」
「ふぅん…。ハーレイがそう言ったんなら従おうかな。じゃあ、初心者だけど、みんなよろしく」
そう言って微笑むソルジャーを囲むようにして、私たちは浜辺に向かいました。ちゃんとパラソルと椅子が幾つか用意されていますが、日焼けが目的の男の子たちには無用の長物になりそうですね。

パラソルの下に荷物を置くと、男の子たちとソルジャーは早速海へ。シュノーケルの練習の前にひと泳ぎするみたいです。浮き輪を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も大はしゃぎで一緒に泳いでいました。スウェナちゃんと私は途中までついていったものの、足がつかなくなった辺りで怖くなって引き返し、浅めの場所を行ったり来たり。もちろん日焼け対策はバッチリですとも! 会長さんはパラソルの下に置かれた真っ白な椅子でお昼寝でした。
「半時間ほど休憩するぞ」
キース君がそう言いながら戻ってきたのは一時間ほど経った頃。後ろにソルジャーたちが続いています。水泳部隊を仕切る役目はキース君になったのかな? 確かに男の子たちの中では一番運動神経が良さそうですし、大学生でもありますし…。私たちが浜辺に上がると、賑やかな気配のせいか会長さんが目を覚ましました。
「やあ、お帰り。休むんなら日陰に入ればいいのに」
「やだよ! ぼくたち日焼けしに来たんだから!」
ジョミー君が叫び、男の子たちは浜辺でゴロゴロ。私とスウェナちゃんはパラソルの下に座り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は波打ち際で遊んでいます。そしてソルジャーは…。
「紫外線っていうんだっけ? 肌にあんまり良くないらしいね。地球の太陽は魅力的だけど、日陰に入った方がいいかな」
銀色の髪をかき上げながら会長さんと同じパラソルに入り、トートバッグからスポーツドリンクを取り出して一気飲み。初日から馴染んでいるようですけど、サイオンで情報を教えてもらったのかな? そんなソルジャーの横で会長さんが自分の荷物から絵葉書とペンを取り出しました。
「なんだい、それは?」
「絵葉書だよ。ぼくの可愛い恋人たちが待ってるからね、潮の香りと海風の中で書いてあげたくて」
げげっ。もしかしなくてもアルトちゃんとrちゃん用の絵葉書ですか? 会長さんはソルジャーが覗き込んでいるのも気にせず、サラサラとペンを走らせています。
「埋蔵金探しに行ってたことは内緒だったんだ。その間は消印でバレないように、家に帰った時にフィシスに頼んで投函してもらっていたんだけれど…もう終わったから教えちゃおうと思ってさ」
「…消印? 投函…?」
「あ、ごめん。君の世界には無い制度かな? 郵便物には最初に扱った場所を示すスタンプが押される決まりになっててね…。アルテメシアだけでも中央とか西とか色々あるんだ。それを見れば何処で出した手紙かすぐ分かる。だから埋蔵金探しをしていた場所から出すと、いつもの場所にいないってことがバレちゃうんだよ。投函っていうのは郵便物をポストに入れることさ」
別荘の人に頼んで出してもらおう、と会長さんが書き上げた絵葉書は埋蔵金探しの最終日に蓮池で撮った集合写真でした。胴長を着た男の子たちがレンコンを抱え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が黄金の阿弥陀様を持っています。会長さんも私たちも最高の笑顔の一枚ですし、アルトちゃんたちにもウケるでしょう。
「どれどれ? …実は埋蔵金を探しに行っていました。これは現地で採れたレンコンと黄金の阿弥陀様です…って、嘘つきな上に不実だね」
ソルジャーが文面の一部を朗読してから会長さんに責めるような目を向けました。
「砂金のことは書かないんだ? それに恋人に出す手紙とも思えない。ただの挨拶状じゃないか」
「埋蔵金はシャングリラに送っちゃうから、シャングリラの存在を知らない人に教えるわけにはいかないよ。それと愛の言葉を書いてないのは、家族の人に見つかっちゃうとマズイから。ぼくたちの学校は男女の深い交際がバレると退学になってしまうんだ」
「文字通り秘密の愛人ってわけか。その情熱を君のハーレイにも向けてあげればいいのにさ」
「いやだね。…ほら、休憩は終わりみたいだよ。キースが呼んでる。…シュノーケルを教えてもらうんだろう?」
早く行かないと置き去りだよ、と会長さんはソルジャーを海へと送り出しました。ゴムボートも用意されていますし、練習が上手くいったらそのまま岩場へ行くのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は砂のお城作りに夢中です。別荘ライフは一日目からとても充実していました。

昼間は海でたっぷり遊んで、夜は美味しい御飯を食べてボードゲームにトランプ大会。四日目の夜は近くの村で盆踊りと夜店があって、浴衣姿でお出かけも…。みんなで金魚すくいに興じた結果、一番上手だったのはソルジャーでした。サイオンは使ってないそうですが、文字通りの戦士だけあって勘がいいのかもしれません。
「この金魚。ぼくの世界に持って帰れないのが残念だな…」
大きな水槽に放した戦利品の金魚を見ながら、ソルジャーが溜息をつきました。
「なんで? ごちゃ混ぜになっちゃってるけど、色と模様で分かる金魚も沢山いるし…分からないのは数で分ければいいと思うよ」
ジョミー君の言葉にソルジャーは「駄目なんだ」と首を横に振って。
「別の世界から持ち帰った生き物を飼育するとなると、ぼく一人だけの問題じゃない。こっちの世界では大丈夫でも、ぼくの世界には壊滅的な被害を及ぼすウイルスを持っているかもしれないからね」
真剣な面持ちのソルジャーに、会長さんが頷きました。
「…ウイルスか…。ぼくの世界でも他の国から生き物を持ち込む時には検査が必要だったりするな」
「君もソルジャーなら分かるだろう? シャングリラは閉じられた世界なんだ。ぼくの我儘を通すわけにはいかないよ。養殖中の魚が全滅したら大打撃だ。貴重なタンパク源なのに」
なるほど…。たかが金魚でも生き物ですから検疫が要るというわけですか。ソルジャーと「ぶるぅ」が私たちの世界に出入りしていることはキャプテンしか知らない秘密なんですし、金魚の検疫は無理そうです。
「可愛い魚なんだけどね…。ぼくの分の金魚はみんなで分けて」
そういうわけでソルジャーがすくった金魚は私たちのものになりました。更に水槽よりも池の方が長生きするという話になって、金魚は纏めて元老寺の池に放すことに。私たちが別荘を引き払った後、専門の業者さんがキース君の家へ運んでくれるのです。
「うちは放生会はやっていないんだがな…」
キース君が苦笑し、サム君が。
「ホウジョウエ…? それってなんだ?」
「日々の食事で魚や動物等の命をいただく事に感謝して、池に魚を放す儀式だ。それ専門の池を持ってる寺もある。わざわざ金魚を運んで来て池に放すんだから、親父が勘違いをしそうな気が…」
「いいじゃないか、キース。勘違い、大いに結構だよ」
爽やか笑顔の会長さんがキース君の肩を叩きました。
「この際、放生会をやっておきたまえ。お父さんは手順をご存じだろうし、これから毎年やるといい」
「ちょっ…。他人事だと思って楽しそうに!」
「他人事なのは事実だろう? なんなら一筆書いてあげようか、お父さんに。住職を目指す君の決意表明として、新たに放生会を始めることになった…って」
「やめてくれーっっっ!!!」
悲鳴を上げるキース君は、まだまだ住職への覚悟が足りないようです。住職になるには道場入りが必須。それには剃髪が絶対条件なんでしたっけ…。

楽しい日々はあっという間に過ぎ、明日は帰るという日の昼下がり。男の子たちは望みどおりに見事に日焼けし、もう充分と日陰で昼寝をしていました。ソルジャーは浮き輪を着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」を連れて岩場まで泳ぎ、潜って遊んできたのですが…。
「ブルー、ちょっといい?」
浜辺に上がって身体を拭いたソルジャーが会長さんの頬を両手で包み込みました。
「………!!!」
「あ、違う、違う。キスしようってわけじゃないってば」
引き攣った顔の会長さんの頬をソルジャーは何度か撫でて、それから自分の頬を撫でて。
「…うーん、やっぱり…ガサガサかな?」
肌が荒れているような感じがする、と言うソルジャーの頬に会長さんが触れ、自分の頬に触れてみて…。
「荒れちゃったね。海水はけっこうキツイんだよ。日焼けはしてないみたいだけれど、日焼け止めも肌荒れの原因になるし…海は何かとトラブルの元」
「知らなかった…。まあ、ハーレイは鈍いから触っても気付かないかな。そのうち元に戻るだろうし」
「ハーレイ!?」
会長さんの顔が赤くなり、聞いていたスウェナちゃんと私も言葉の意味に思い至って耳まで真っ赤に。ソルジャーの肌に向こうの世界のキャプテンが触れるというのは偶然とかではありません。明らかに目的があり、その先は…。会長さんはソルジャーから視線を逸らして水平線を見ていましたが、赤い瞳が不意にキラリと輝きました。
「ブルー。…その肌、元に戻るよ。ハーレイはその道のプロだから」
「えっ?」
「ほら、前に話をしただろう? エステティシャンの技術を植え付けた、って。お風呂オモチャをプレゼントした御礼に頑張って磨いて貰えばいい。全身エステでピカピカにね」
そして会長さんはマツカ君を呼び、色々と打ち合わせてから自分のケータイを取り出して…。
「もしもし、ハーレイ? 今、マツカの別荘に来ているんだ。それでね…」
これでオッケー、とニッコリ笑う会長さん。ジョミー君たちも集まってきて聞き耳を立てていたので、悲鳴に似た叫びが上がります。
「「「教頭先生を此処へ!?」」」
「うん。ブルーの肌が荒れちゃったから、帰る前に全身エステを受けておくのがいいと思って」
しれっと答える会長さんに砂浜は上を下への大騒ぎ。いくら教頭先生がプロだといっても、ソルジャー相手のエステとなれば大惨事かもしれません。エステの最中はプロ根性で平気でしょうけど、後の鼻血で失血死とか…。けれど全ては決定済みで、教頭先生は夕方に到着するのです。おまけにマツカ君の家の別荘にはエステ専用のお部屋があって、執事さんはエステに使う品を揃えに使用人さんを街へ走らせた後。
「平気だってば、ただのエステだし。ブルーには頼む権利もあるしね」
お風呂オモチャの御礼代わりさ、と言われてしまうと誰も反論できませんでした。ソルジャーは懲りずに海へ泳ぎに行っちゃいましたし、後は野となれ山となれです。

夏の遅い陽が暮れ始める頃、教頭先生がタクシーで別荘に到着しました。去年は会長さんの悪戯でストリーキングをさせられてしまった先生ですけど、執事さんと普通に会話を交わしています。この落ち着きはやっぱり大人。会長さんとソルジャーが二人並んでクスクス笑いを漏らしていても、教頭先生は穏やかに微笑んだだけでした。みんなで夕食を済ませた後は…。
「じゃあ、エステを受けに行ってくるね。ブルーから話は聞いていたけど、体験できるとは思わなかったな」
「とても気持ちがいいんだよ。今日のコースはハーレイのお薦め。肌荒れに効果抜群だってさ」
ソルジャーと会長さんが立ち上がり、執事さんが「こちらでございます」と二人を案内してゆきました。教頭先生は一足先に行っていますし、すぐにエステを始めるのでしょう。会長さんは付き添いかな、と思っていた私たちですが…。
「後はハーレイに任せてきたよ。ブルーは初めてだからオイル選びとか手伝ったけど、ぼくと好みが似ていて笑っちゃった」
食堂に戻ってきた会長さんは御機嫌でした。エステには二時間半もかかるそうですし、私たちはいつも夕食後に遊ぶ広間で別荘ライフ最後の夜を楽しむことに決定です。そこには金魚すくいで捕った金魚たちが泳ぐ水槽があり、お菓子や飲み物も揃っていました。ワイワイ騒いで盛り上がっていると、「失礼します」と声がして。
「ご注文の品が届きました。こちらへお持ち致しましょうか」
ドアをノックして入ってきたのは執事さん。注文の品って、誰が何を?
「ありがとう。…そうだね、一時間ほど後で持ってきてくれると嬉しいな」
会長さんが答え、執事さんは「かしこまりました」と頭を下げて出てゆきます。えっと…一時間といえばソルジャーのエステが終わる頃ですが、スペシャル・ドリンクか何かでしょうか?
「ブルーにね、ちょっとプレゼントなんだ。ぼくからってわけじゃないけれど」
「「「???」」」
謎の言葉に首を傾げる私たち。会長さんはクスッと笑い、何を注文したのか話すつもりは無さそうでした。代わりに教えてくれたのは…。
「ブルーって度胸があるんだよ。下着なしでエステを受けるってさ」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくには無理。絶対、無理。…ハーレイ、極楽気分だろうね。あ、エステの最中はプロだったっけ。後からドッとくると思うよ、鼻血は間違いないと思うな」
そう言いながら会長さんはサイオンで覗き見したようです。
「うん、本当に何も着てない。今は海藻パック中。最後の仕上げがフラワーバスとトリートメントで、しっとり肌になる筈なんだ。ハーレイも自信たっぷりだったし」
施術中はプロ中のプロと化す教頭先生。ソルジャーの肌荒れを解消すべく奮闘中なのはいいですけれど、全て終わったら倒れてしまうかもしれません。どうなるんだろう、と話している間に時間が過ぎて広間の扉が開きました。
「ただいま。身体中、艶々にして貰ったよ」
頬をほんのりと上気させたソルジャーが浴衣姿で現れます。後ろにはラフな格好の教頭先生が続いていますが、案の定、鼻をティッシュで押さえて真っ赤な顔。マツカ君の別荘という場所柄、倒れるわけにはいかないと気合を入れているようでした。ソルジャーはソファに座ると満足そうに伸びをし、会長さんを呼んで頬の手触りを比べてみて。
「ふふ、ぼくの方がしっとりしてる。こんなに効くとは思わなかったな」
「そうだろう? ハーレイの腕は確かなんだよ」
会長さんがそう言った時、ノックの音が聞こえました。そういえば約束の時間です。会長さんが扉を開けると、執事さんが黒い布をかけた箱を運び込んで扉のすぐ横に置いて。
「今は静かにしております。…布をどけると騒ぎますので、お気をつけて」
「ありがとう。無理を言ってすまなかったね」
「いいえ。皆様、どうぞごゆっくり」
執事さんは深々とお辞儀して立ち去り、残されたのは大きな箱。それを教頭先生が持ち上げ、ソルジャーが座っているソファの足許に置きました。鼻血は止まったみたいです。
「ソルジャー、先日は素敵な贈り物をありがとうございました。大切にさせて頂きます。何か御礼を…と思っておりましたら、あなたが欲しがってらっしゃるものをブルーが教えてくれまして…。急いで手配いたしました。お納め頂ければ嬉しいです」
「なんだろう? 布を取ってもかまわないかな?」
「ぜひ」
教頭先生が答え、ソルジャーが布をパッと外すと…。
「コケコッコー!!!」
けたたましい雄叫びが響きました。ケージの中身は茶色の雄鶏。これって…ソルジャーに雄鶏をプレゼントって、教頭先生、意味が分かっているのでしょうか?
「雄鶏…だね。もちろん貰うよ、喜んで」
ソルジャーは満面の笑顔でケージを覗き込み、教頭先生も嬉しそうですが、突然パァッと青い光が部屋に溢れて…。
「「「えぇっ!!?」」」
教頭先生がもう一人。いえ、あの服は…マントのついた制服姿は、まさかソルジャーの世界のキャプテン…?

「…ソルジャー…?」
急に現れた教頭先生のそっくりさんはキョロキョロと周囲を見回してから、ソルジャーに視線を向けました。
「私は自分の部屋にいた筈ですが…何故ここに?」
「自分に嫉妬しただろう? こっちのハーレイがぼくの身体を触りまくって、プロポーズして…それをぼくが受け入れた。ぼくが思念で中継するのを歯噛みしながら見ていたよね。そろそろ我慢の限界の筈だ」
「お分かりになっているなら、どうして見せたりなさったのですか。知らなかったら嫉妬など…」
言い争いを始めた二人に、教頭先生が困惑しきった表情で。
「すみません…。エステがお気に障ったのなら、お詫びします。ですが、プロポーズは覚えがありません。何か勘違いをなさってらっしゃるのでは?」
「ハーレイ」
割って入ったのは会長さん。
「雄鶏をプレゼントするのは男から男への求愛なんだ。古代ギリシャの習慣だよ。ぼくがブルーにそれを教えた。で、ブルーが雄鶏を欲しがってるというのは二人で考えた計略で…。エステとセットで中継すれば、あっちのハーレイが嫉妬に燃えて殴り込みたいと思うだろう? その瞬間にこっちの世界へ引っ張り込もうと…」
「では、私たちは…」
「「はめられた、と?」」
教頭先生とキャプテンの声が重なりました。何の為に、と尋ねる二人にソルジャーが。
「…お前に地球を見せたかった。ほんの少しの時間でいいから、二人で地球で過ごしたかった。明日はシャングリラに帰るから…その前に。ほら、暗くてよくは見えないけれど、窓の向こうが地球の海。日の出が凄く綺麗なんだ。お前も見たいと思わないか?」
「ですが…シャングリラを留守にするわけには」
「大丈夫、当分は何も起こらない。明日は二人揃って休暇を取っても平気なくらいに」
「しかし…こちらの皆様にご迷惑では…」
キャプテンの言葉にアッと息を飲む私たち。教頭先生が二人に増えたら流石に言い訳できません。けれどソルジャーは微笑んで。
「夜明けを見たら送り返すよ。それなら問題ないだろう? ぼくのベッドで眠ればいいし」
朝まで二人で一緒にいたい、というソルジャーの思い。それを後押しするように…。
「ならば私になってみては?」
教頭先生が言いました。
「ブルー、私を家に送ってくれないか? そうすれば私が二人になることはないし、夜明けどころかアルテメシアに帰り着くまで一緒にいられると思うのだが」
「いい案だね。ダテに三百年以上も片想いしてないっていうわけか。…どうする、ブルー? 君のハーレイと一緒に過ごして、アルテメシアまで旅をする? もちろん君が良ければ…だけど」
会長さんと教頭先生の提案に、ソルジャーは赤い瞳を見開いて。
「…本当に? 本当にハーレイと…アルテメシアまで一緒にいても…?」
「うん。君のハーレイはこっちの世界に決して来ようとしなかった。次は無いかもしれないんだし」
「そうです。この機会に地球の空気を満喫されては…」
ソルジャーは暫く考えを巡らせてから、キャプテンの顔を窺って。
「ぼくは明日まで休暇中。皆はお前と過ごしていると思ってる筈だ。その最終日にお前が無断欠勤しても、スタミナ切れでダウンしたんだと判断されて終わりだろう。…シャングリラはぼくがサイオンで監視するから、お前も一緒にこっちの世界に…」
「…ソルジャー…」
返事を渋るキャプテンをソルジャーの赤い瞳が見詰めます。二人揃ってシャングリラを離れる計画にソルジャーは完全に乗り気でした。どうなることかと息をひそめて見守る内に、キャプテンは静かに頷いて。
「来てしまったのも何かの縁でしょう。お世話になります」
「決まりだね。ハーレイ、お前の荷物を貸してあげてくれないか? アルテメシアまで運んでもらう代わりに」
「ええ。着替えなどはサイズも同じですから、どうぞ御自由に」
教頭先生は笑顔で答え、それから間もなく会長さんの青いサイオンの光に包まれて家に帰ってゆきました。

海の別荘の最後の夜は、ソルジャーが教頭先生…いえ、キャプテンの部屋に泊まったみたいです。翌日、ソルジャーはキャプテンも泳いでいるというのに海に入りませんでした。悪びれもせずに「痕をつけるな、って言うのを忘れたんだ」と微笑んだソルジャーは、帰りの電車でもキャプテンと並んで座って幸せそうで…。
「あれってハネムーンみたいなもの?」
「多分ね。ハーレイの夢を実現したらああいう風になるんだろう。ぼくは絶対ごめんだけれど」
ジョミー君と会長さんの会話と重なるように「ぶるぅ」のイビキが聞こえます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も今にも瞼がくっつきそう。一週間の別荘ライフは充実していて、私もなんだかウトウトと…。えっ、雄鶏はどうなったかって? ソルジャーの世界に生き物を送るわけにはいきませんから、私たちの世界のシャングリラ号に送るんです。今はケージに入って電車の中。いずれ繁殖用の鶏として、埋蔵金の箱と一緒にシャングリラ号へ…。
「ねえ、ハーレイ。地球もなかなかいいものだろう?」
「そうですね。あなたをこちらへ逃がしたい気持ちが前よりも強くなりました」
このまま私だけを元の世界に…、というキャプテンの声。ソルジャーは聞き入れないでしょう。電車がアルテメシアの駅に着いたら、ソルジャーたちともお別れです。窓の外は海から田園地帯に変わり、真っ青な空に白い雲。アルテメシアの駅に着くまで、幸せな時間はまだたっぷりと…。ソルジャーもキャプテンも、そして「ぶるぅ」も、このまま地球に住めたら素敵なのに、と考えながら私は眠ってしまいました。神様、いつかソルジャーたちも憧れの地球へ着けますように…。




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