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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢を売ります

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






厳しかった残暑も落ち着き、今年も秋らしくなってきました。学園祭までは日がありますけど、アルテメシアのあちこちの神社で秋祭りなどが。今日は土曜日、私たち七人組は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と幾つものお祭りをハシゴし、夜は会長さんの家にお泊まりです。
「かみお~ん♪ お祭り、楽しかったね!」
お腹いっぱい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。お料理大好きでプロ顔負けの腕前のくせに、屋台の食べ物も大好きなのが可愛いところ。もちろん私たちも食べまくったわけで。
「よーし、明日も沢山食べるぞ!」
ジョミー君の決意表明に会長さんがクスクスと。
「明日は自前で食べるのかい?」
「えっ? え、えっ?」
どういう意味? と首を傾げるジョミー君に、会長さんは。
「予算のことだよ、君のお財布! とっくの昔にすっからかんじゃなかったかと」
「うー…。おごってもらって感謝してます、明日もよろしくお願いします…」
このとおりです、とペコリと頭を下げるジョミー君。私たちの財布はマツカ君を除いて空っぽに近く、会長さんが飲食代を払ってくれていたのでした。
「分かればいいんだ、分かればね。それに明日はそんなに予算は要らないだろうし」
天気予報は午後から雨、と言われて誰もが大ショック。お祭りは明日が本番の所が多くて、屋台の数も増える筈です。なのに午後から雨なんですか?
「こればっかりは仕方ないよね、天気図を見てもモロに降りそうだ。さっきフィシスに思念で訊いてみたけど、しっかり降るって言われちゃったよ」
土砂降りらしい、と聞いて気分はガックリ、さっきまでのウキウキ気分も何処へやら。土日はお祭りで遊びまくると決めて来たのに大雨だなんて…。
「そんなにガッカリしなくても…。雨なら雨で遊びようはあるよ」
「えとえと、お家でパーティーする? お好み焼きとか!」
屋台っぽいのも作れるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お天気ばかりは会長さんでも変えられませんし、ここは諦めてパーティーかなぁ…。



夜遅くまでワイワイ騒いで、それからゲストルームに引き揚げて。グッスリ眠って起き出してみると、お日様が高く昇っていました。もしかしたら雨の予報が外れるかも、と朝食もそこそこに飛び出したのに、お昼過ぎから一天にわかにかき曇り…。
「うっわー、ビショビショ……」
なんでいきなり、と嘆くジョミー君以下、男子は全員ずぶ濡れでした。スウェナちゃんと私は会長さんが素早くシールドしてくれたのでポツポツと濡れた程度です。ついでにゲリラ豪雨の襲来と共に瞬間移動で逃げてきたため、さほど被害は蒙っておらず。
「酷いや、女子だけ濡れてないだなんて!」
差別反対、と叫んだジョミー君に会長さんが窓の外を指差して。
「それじゃ自力で帰ってくるかい、神社から? お望みとあれば今すぐ送ってあげるけど」
「えっ?」
「屋台は沢山並んでるけど、傘を売ってる店は無いねえ…。雨宿りしようにも屋台じゃ無理だし、神社の軒下は満員御礼。それで良ければ行くんだね」
どうするんだい、と問われたジョミー君はグッと詰まって目を白黒と。
「…あ、あそこ、バス停から遠かったんじゃあ…」
「もちろんさ。ついでに近所にコンビニも無いし、バス停の屋根も無いわけだけど」
「……い、いいです、ずぶ濡れで我慢します……」
帰れただけでも充分です、と腰が引けているジョミー君。この状態では他の男子も文句は言えず、シャワーを浴びにゲストルームへ。その間に会長さんが男子の家から瞬間移動で服を取り寄せ、着替えが済んでサッパリした所でお好み焼きパーティーの始まりです。
「かみお~ん♪ 伊勢エビ、入れたい人~!」
「「「伊勢エビ!?」」」
「うんっ! ブルーがね、屋台じゃ出来ない豪華版で、って!」
上等のお肉もマザー農場で貰って来たよ、とお肉のお皿がドッカンと。伊勢エビの他にもホタテにタコにローストビーフなどなど、おまけに香り高い松茸までが。
「「「……スゴイ……」」」
「でしょ? お祭りもいいけど、お好み焼きの超豪華版~♪」
アレもコレも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく具を入れて焼き上げたお好み焼きは絶品でした。特製ソースもよく合います。ソースの材料もお高いそうで、屋台めぐりが消し飛んだ上にビショ濡れになった男子たちの恨みも何処へやら。これは大雨に感謝かも…。



ガッツリ食べて、会長さんは生ビールまで。お好み焼きパーティーは大いに盛り上がり、デザートにはタピオカココナッツソースのマンゴープリン。大満足の私たちはリビングに移動し、飲み物を手にしてのんびり、まったりしていたのですが。
「……うーん……」
会長さんが顎に手を当て、困ったように。
「秋はやっぱり物入りだねえ……」
「「「は?」」」
「全員分の屋台の飲食代と、さっきの豪華お好み焼きと。…この先も色々とイベントがあるし、赤字街道まっしぐらかなぁ」
大いにヤバイ、と呻く会長さんの隣に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコンと座って。
「ブルー、家計簿、つけてないでしょ? まだまだ黒字だと思うんだけど」
ソルジャーのお給料がこれだけだから…、と流石は家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。電卓を持ってきてカタカタと叩き、ニコッと笑うと。
「うんっ、全然大丈夫! 赤字になる前に次のお給料が入って来るから、余った分は貯金だよね」
これくらい貯金できると思うの、と出て来た数字はゼロが沢山。ソルジャーのお給料って、想像もつかない額みたいです。会長さんって実はとってもお金持ちでは…? しかし当の会長さんは。
「……これじゃダメだね、いつもの額より少ないじゃないか」
「でもでも、ほんの少しでしょ?」
大丈夫だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うとおり、屋台と豪華お好み焼きにかかった費用なんかは「ほんの少し」でしかありません。なのに会長さんはブツブツと。
「ほんの少しでも減るのは事実! 塵も積もれば山となるってね」
何処かでコレを埋め合わせないと…、と真剣に悩む様子に、マツカ君が。
「あのぅ…。ぼくも沢山食べましたから、お好み焼きの分は払いましょうか?」
「それは要らない。友達からお金を毟ろうだなんて、やってはいけないことだしね」
最初から決まっていたならともかく、と会長さんは大真面目。
「マツカには日頃から色々とお世話になってるし…。足りなくなったから払って下さい、と甘えられる立場じゃないんだよ。お金があるからって何でもかんでも貰うのはアウト」
それじゃ賽銭泥棒だ、と会長さん。えーっと、確かにお祭りの屋台巡りで赤字っぽいとか騒いでますけど、マツカ君に出して貰うと何故に賽銭泥棒に?



会長さんが言う賽銭泥棒の定義が掴めず、顔を見合わせる私たち。マツカ君は普通にお金持ちなだけで、神社もお寺も全く関係無さそうですが…。
「分からないかな、君たちには。…じゃあ、キース」
名指しで呼ばれたキース君が「なんだ?」と返すと、会長さんは。
「君なら分かってくれると思う。子供の頃にさ、お賽銭箱からお小遣いを貰ったことは?」
「出来ると思うのか、そんな真似が!」
親父にバレたらブチ殺される、とキース君が叫び、アドス和尚の恐ろしさを知る私たちも揃って「うんうん」と。お賽銭箱からお小遣いを持ち出すなんて、命知らずとしか言えませんってば…。
「そうじゃなくって。…君の家はお寺だからねえ、お賽銭も収入に含まれる。君のお小遣いはお賽銭から出ていたかもだけど、それを直接お賽銭箱から出して渡してくれてたかってこと」
「…それは無いな。俺の同期の連中もそうだが、小遣いを貰う場所はあくまで庫裏だ。小さい頃に檀家さんから本堂や墓地で頂いた金も全部おふくろに渡していたしな」
そこが坊主の厳しいところ、とキース君。生活費はまるっとお布施やお賽銭なわけですけども、ダイレクトに使うわけにはいかないそうです。間にワンクッションが必要で…。
「だからだ、明らかに賽銭箱に入っていたな、と思う小銭でも一度は必ず家の財布に」
「そこなんだよねえ、ぼくが賽銭泥棒って言った意味はさ」
使ってしまって足りないからとマツカに頼るというのは反則、と会長さん。
「マツカがお金を持っているから貰っちゃおう、だと賽銭箱に入ってるから貰っておこうと手を突っ込むのと変わらないわけ。…今回の赤字は自力で埋めなきゃ」
「…押し掛け導師はお断りだぞ」
キース君が釘を刺しました。
「銀青様に来て頂くと高くつくんだ。親父は喜んで出すだろうがな、不純な動機で来られちゃたまらん。遊興費なら他で稼いでくれ」
「分かってるってば。ハーレイから毟るのが一番なんだけど、せっかくだから稼ぎたいなあ…」
「バイト先なら紹介するぞ?」
前から頼まれていたんだよな、とキース君が手帳を取り出して。
「あんたの正体が銀青様とまではバレていないが、とてつもなく偉い坊主らしいと俺の知り合いの間で話題になってる。是非、法要に来て欲しい、とコネをつけたいヤツが多くて」
アルテメシアに近い寺なら此処と此処と…、と読み上げ始めたキース君に、会長さんは。
「そういうのはいいよ、面倒だから。稼ぐならボロい相手がいるしね」
これ以上の儲け話はまず無い、と自信たっぷりに言われましても。会長さんがボロ儲け出来る相手って……誰?



沢山お金を持っているくせに、まだ稼ぎたい会長さん。儲け話があるようですけど、いったい誰がカモられるのやら、まるで見当もつきません。まさかのドクター・ノルディとか?
「ノルディは勘弁願いたいね。…第一、ノルディには使えない手だし」
「「「は?」」」
「何度も言っているだろう? ノルディにはサイオニック・ドリームが通用しない。ただし大人の時間限定」
それ以外なら使えるのに、と唇を尖らせる会長さん。
「百戦錬磨のツワモノだからか知らないけどねえ、そっち方面だけはサイオニック・ドリームが効かないんだよ。それさえ無ければとっくの昔に手が切れていると思うんだけど…」
未だにぼくを狙ってウロウロ、という会長さんのぼやきは本当です。エロドクターことドクター・ノルディは会長さんを食べたくてたまらず、そこに付け込んでデートをしてはお小遣いを稼いでいるのがソルジャーで…。
「だからノルディじゃ稼げない。サイオニック・ドリームを売るつもりだから」
「「「えぇっ!?」」」
「何を驚くことがあるのさ、学園祭でも売ってるだろう? それの大人の時間バージョンをハーレイに売り付けて稼ぐだけ!」
これはボロいよ、と会長さんは指を一本立てました。
「なにしろハーレイはヘタレだからねえ、夢を買ってもモノに出来ない可能性の方が大なんだ。そこへ博打の要素も入れる。当たりが出たら最後まで! ハズレだったらキスまでってことで」
「「「………」」」
「ぼくはその道のプロなんだ。ずーっと昔、ぶるぅと二人きりだった頃にはコレで稼いでいたんだからね? 住み込んでいた宿の主人に売り飛ばされる度にサイオニック・ドリームで切り抜けてチップもゲット!」
言われてみれば、そんな話もありました。会長さんの故郷の島、アルタミラが火山の噴火で海に沈んだ後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人で宿に住み込んで働いていたと聞いています。超絶美形の会長さんは宿の主人に「お客さんの相手をしろ」と何度も売られて、その度に…。
「もう長いことやってないけど、腕は鈍っていない筈! ついでにハーレイが旅の仲間に加わった後にもやっていたから、ハーレイにとってもコレは絶対に美味しいんだよ」
一度は買いたい夢の商品! と会長さんはブチ上げました。
「早速、明日から商売しよう。稼がなくちゃいけない理由の発端が屋台だしねえ、ハーレイの家の庭に出店を出すのがいいかな」
雨が降っても大丈夫なようにテントを張ろう、と燃え上がっている会長さん。教頭先生、明日からどうなってしまうんでしょう…?



屋台巡りと豪華お好み焼きパーティーな土日が終わって、月曜日。会長さんの儲け話については考えないようにしていた私たちが放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けてみると。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。お蔭様で今日は準備バッチリ!」
おやつを食べたら手伝いよろしく、と会長さんが微笑み、洋梨とカラメルのロールケーキが出て来ました。カラメル味のふわふわスポンジが美味しいですけど、このケーキを食べてしまったら…。
「そう、男子はテントの設営ってね。女子は見学していればいいよ」
力仕事は男子にお任せ、と会長さんに言われてズーン…と落ち込む男子たち。教頭先生にサイオニック・ドリームを売り付ける計画は着々と進んでいるようです。
「ハーレイの家は庭だって無駄に広いしね? テントも大きいヤツを借りたよ」
マザー農場でイベントに使うヤツなんだ、と会長さんが自慢するテントは屋根だけでなく壁の部分もあるそうです。入口をピッタリ閉じてしまえば中は真っ暗になるらしく。
「大人の時間なサイオニック・ドリームを売るんだからねえ、真っ暗な方がいいだろう? 蝋燭とランプの明かりだけでさ、こう、好きなカードを選んで貰って」
ちゃんと作った、とテーブルに裏向きに重ねられたカードは、フィシスさんが占いに使うタロットカードみたいに本格的。しっかりと厚みがあって、裏面の模様も綺麗に印刷されていて…。
「会長、そこまでやったんですか?」
凝ってますね、とシロエ君が呆れ、サム君が。
「作るだけでも金がかかっていそうだぜ、それ。…お好み焼きより高くねえか?」
「まあね。だけど元手をケチるのは良くない」
ぼったくるには投資も必要、と会長さんはカードを手に取り、トランプのように切りながら。
「なにしろ特注品なんだ。この模様のカードだと普通はタロットなんだけどねえ、表を返すとこんな感じで」
「「「!!?」」」
シャッと一枚抜き出されたカードの表にはイノシシの絵が描いてありました。イノシシだけではありません。萩と思しき赤い花。…コレって花札とか言いませんか? おまけに右上に「大吉」と書かれた短冊が…。
「いいだろう? 博打とくれば花札だよね? ついでにおみくじ感覚で! 大吉だったら最後までだよ、サイオニック・ドリームの中身がさ」
ちなみに凶だと振られておしまい、と出て来たカードはいわゆる坊主。月も無ければ雁も飛んでおらず、ただススキだけの味気ない札の右上に「凶」という短冊がヒラリと一枚。
「これだけ遊び心があるとさ、ハーレイも燃えると思うんだ。大吉を引いて最後まで! もう最高の夢だってば!」
絶対にコレは商売になる、と自信満々の会長さん。教頭先生が透視出来ないようカードはしっかりガードするそうで、文字通り運が命の博打ですねえ…。



こうして会長さんのトンデモ計画がスタートしました。おやつを食べ終えた私たちは瞬間移動で教頭先生の御自宅の庭へ。同じく瞬間移動で運び込まれた大型テントは派手な紫色をしています。男子が組み立てたソレは八畳サイズ。入口を閉めれば本当に中は真っ暗で…。
「ここにテーブルを置くんだよ」
こう、と会長さんがテーブルを据え、自分用の椅子と教頭先生用の椅子を設置し、テーブルの上に燭台をコトリと。
「これだけじゃ暗いし、後はランプで。そしてお客を待つだけってね」
ハーレイが帰る時間まで少し休憩、と会長さんの家へ瞬間移動し、飲み物とスイートポテトのフィナンシェなんかを食べている内に日が暮れてきて…。
「来た、来た。車をガレージに入れるトコだよ」
テントが思い切り気になるようだ、と会長さんが教頭先生の家の方角を指し示し、私たちはテントへと瞬間移動。会長さんはテーブルを前にして座り、私たちが左右に並んでいると。
「…なんだ、これは?」
不審そうな声と共に教頭先生がテントの入口から覗き込み、ポカンと口を開けました。
「……な、なんの真似だ?」
「御挨拶だねえ、夢を売りに来てあげたのに」
会長さんがテーブルの上に例のカードを揃えて置くと。
「旅をしていた頃を覚えているかい、ぼくとぶるぅと、三人で?」
「あ、ああ…。それが何か?」
懐かしいな、と教頭先生はテントに入って会長さんのすぐ前へ。
「まあ、座ってよ。遠慮しないで」
「………???」
促されるままに椅子に腰掛けた教頭先生に、会長さんは艶やかな笑みを浮かべてみせて。
「あの頃の、ぼくの特技を覚えてる? お金を持っていそうな人を見付けたら、近付いていって一晩一緒に」
「…覚えている。確かサイオニック・ドリームだったな、酷く心配させられたものだ。そのぅ…」
「ぼくが本当に身体を売っていると思い込んでいたらしいしねえ?」
その節は御心配ありがとう、と頭を下げる会長さん。
「それでさ…。実は金欠気味なんだ。君から毟ろうかとも思ったけれど、たまにはサービスしようかと…。ぼくから夢を買わないかい? あのサイオニック・ドリームを?」
とびっきり安くしておくよ、と会長さんが出した料金表はゼロが四つも並んでいました。どう安いのか知りませんけど、昔はもっとボッてたのかな…?



「これでも安くしてあるんだよ」
会長さんは料金表を指差し、一番上の位の数字が「1」であることを強調中。
「あの時代の相場から考えてみると、ここは安くても5になるトコだね。そこを出血大サービス! たったの1だよ、それで素敵な夢が買えるわけ」
ぼくを一晩好きに出来る、と聞かされた教頭先生の喉がゴクリと。
「ただし、ぼくも稼がなくっちゃいけないからね? 博打の要素を取り入れてある。一回分の料金を払うとカードを一回引けるんだ。それ次第で夢の中身が変わるんだけど…」
買ってみる? と尋ねられた教頭先生は懐に手を入れ、財布を引っ張り出しました。そして料金をポンと支払い、会長さんがカードの山をテーブルの上に。
「じゃあ、今からカードを混ぜるから。…混ぜ終わったら引いてみて」
タロットカードよろしくカードを切り混ぜる会長さん。教頭先生がカードを凝視していますが、透視は不可能と聞かされたとおり何も分からないみたいです。カードを混ぜ終わった会長さんはカードをズラリとテーブルに並べ、ニッコリと。
「はい、どれでも一枚、好きなのをどうぞ」
「…分かった。コレにしておこう」
「了解」
教頭先生が指差したカードを会長さんがクルリと裏返し、現れた模様は桜でした。これは見るからに大吉っぽい、と思ったのですけど、右上の短冊は「末吉」で。
「悪いね、これだとキスまでかな。…ここに末吉と書いてあるだろ? 吉だとイイところまでは行けるんだ。最後までなら大吉でないと…。ついでに凶だと振られておしまい」
「…そ、そうか…。だが、キスまでは出来るのだな?」
「夢だけどね」
それでも良ければ、と念を押された教頭先生は「充分だ」と立ち上がりました。
「お前とキスが出来る夢ならラッキーとしか言いようがない。今日の私はツイているようだ」
「欲が無いねえ…。それじゃ、寝る前にコレを食べること! 大丈夫、普通に塩煎餅だし」
甘くはないから、と会長さんが袋入りの塩煎餅を一枚、手渡して。
「ぼくにも眠る都合があるから、君の都合には合わせられない。これがサイオニック・ドリームの引き金になる。いい夢を見られますように」
今日は閉店、という声で蝋燭とランプが消えて、私たちも瞬間移動で会長さんの家へ。今夜はお泊まりの予定ですけど、あの塩煎餅、効くんでしょうか?



夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ビーフストロガノフ。教頭先生が支払っていた料金で充分出来るでしょうけど、ボロ儲けするなら食費の方もケチッた方が良さそうな気が…。キース君たちもそう考えたらしく。
「おい、別にカップ麺でも良かったんだぞ?」
「ですよね、これじゃ儲けがあまり…」
シロエ君の指摘に、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「平気だってば、赤字になっても気にしない! 最初からそういう遊びなんだな、赤字ごっこで」
「「「赤字ごっこ!?」」」
「そう! たまには悩んでみたくなるよね、懐具合で」
「「「…………」」」
愕然とする私たち。やはり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり、赤字決算ではなかったのです。そうなると教頭先生は…。
「ハーレイかい? 今夜の夢で味を占めたら欲が出るから、カモ一直線!」
「…ふうん? 面白そうなことをやってるじゃないか」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先で紫のマントがフワリと揺れて、会長さんのそっくりさんが。
「こんばんは。ハーレイに夢を売るんだってねえ、ちょっと見学してっていいかな?」
見学だけで、と言いつつソルジャーの視線はテーブルの方をチラチラと。
「かみお~ん♪ 御飯、まだだったら食べて行ってね!」
「いいのかい? 嬉しいな、地球の食事は美味しいからさ」
お言葉に甘えて、とソルジャーもちゃっかり食卓に。なんだか面子が増えちゃいましたが、見学だけでは済まないような…。
「あ、そこは心配要らないよ。今夜はハーレイと楽しむ予定で、泊まってく時間は無いんだよね」
ブルーのお手並みを拝見したら急いで退散、とソルジャーは唇を指で撫でながら。
「キスまでの夢でラッキーだなんて、どんなキスかな? ワクワクするよ」
「さあねえ、相手はハーレイだしさ…。呆れるような結末かもね」
生中継でも無問題なレベル、と会長さんはニヤニヤと。そうとも知らない教頭先生、夕食を終えると早速お風呂。そそくさとパジャマに着替えてベッドに腰掛け、塩煎餅をボリボリと。間もなく眠気に襲われたらしく、横になるなり大イビキで…。



「中継開始。よく見ていてよ?」
これがハーレイの夢の中、と会長さんが指を鳴らすと中継画面が壁に現れました。スーツでキメた教頭先生が会長さんと腕を組んで歩いています。いわゆるデートというヤツでしょうか?
「ハーレイ的にはそのつもりらしい。健全過ぎて涙が出るよ」
もっと大胆に始まるかと思った、と会長さん。大胆にって……例えば、どんな?
「ん? そりゃねえ、デートなんか綺麗にすっ飛ばしちゃってホテルの部屋から始まるとかさ。キスまでって言ったら本気でキスが最終目標な夢ってところが泣けるよね」
「…君の方でどうとでも出来るだろう?」
サイオニック・ドリームなんだから、とソルジャーが訊くと、会長さんは。
「このタイプはちょっと違うんだ。相手の願望に合わせるんだよ、でなきゃ話にならないからね。ぼくを買った人に見せてた夢だし、ご注文に応じてなんぼなわけ」
「ああ、なるほど…。そういう使い方もアリだよね、うん」
こっちのハーレイのキスのテクニックはどの程度? と興味津々なソルジャーに、会長さんが吐き捨てるように。
「テクニックも何も無いと思うよ、妄想だけは凄いけど…。ついでにこの夢、ハーレイに都合よく出来ているから、ド下手なキスでも相手の反応は最高かもねえ…」
そして要らない自信がつく、と嘲笑っている会長さん。えーっと、ド下手で最高って?
「万年十八歳未満お断りだと分からないとは思うけど…。巧いキスだとそれだけで…ねえ?」
「そうそう、キスされただけでイッちゃいそうになることがあるよ」
ぼくのハーレイも最近巧くて、とソルジャーが頬をうっすら染めてますから、凄いキスというのがあるようです。それってどういうキスなのかな、とジョミー君たちと顔を見合わせていると。
「来た、来た! シチュエーションだけで笑えるよ、うん」
「いつの間に海辺に来たんだい? まあ、地球の海は綺麗だけどさ…」
浜辺でキスも全然悪くはないんだけれど、とソルジャーが。教頭先生は会長さんと夕暮れの浜辺に並んで座り、二人の顔がゆっくりと重なって…。ん? んん?
「はい、おしまい~」
どうやらぼくはイッちゃったらしい、と会長さんがお腹を抱えて笑っています。今のキスって凄かったんですか? ほんの数秒だけでしたが…?
「たった数秒で昇天ねえ…。そこまでのキスはぼくのハーレイにもまだ無理だけど?」
妙な自信はついただろうね、とソルジャーまでが大爆笑。今夜はキャプテンにキスを頑張らせるらしいです。目指せノルディのテクニック! とか叫んでますから、エロドクターなら数秒で昇天とやらのキスが可能なわけですか…。



次の日も会長さんは教頭先生の家の庭に張られたテントで待ち受け、仕事帰りの教頭先生が入口をくぐっていそいそと。
「聞いてくれ、ブルー! 私もキスが巧くなってな、昨夜の夢ではお前がフニャッと」
「はいはい、そこまで! 周りに大勢いるんだからね」
生徒の視線は気にするように、と注意された教頭先生は肩を落として。
「…す、すまん…。それで、そのぅ……」
「夢を買うって? 昨日の続きを見たいわけだね」
どうぞ、と会長さんがカードを切り混ぜ、テーブルの上にズラズラズラ。それを端から何度も眺めた教頭先生、気合をこめて一枚を選び出したのですが。
「…ボウズに凶。別れ話は確実かと」
残念でした、とススキと凶の短冊のカードを会長さんがヒラヒラと。
「…そ、そうか…。この店は明日も出しているのか?」
それなら明日に、という問いに会長さんは極上の笑みを湛えて。
「当分の間は店を出そうと思ってるけど、ぼくも儲けが欲しいんだよね。…カードは一日一枚だけとキッチリ決まったわけじゃない。一回引くのがあの料金だっていうだけさ」
「なんだって? なら、もう一回金を払えば…」
「引き直せるねえ、凶じゃないかもしれないカードを」
「買った!」
教頭先生は財布を取り出し、本日二度目のお支払い。会長さんがカードを切り直し、ズラリ並べてもう一度。しかし……。
「牡丹に凶。どうする、ハーレイ?」
「引き直す!」
せめて末吉、と頑張りまくった教頭先生は更に五回も支払いを重ねて菖蒲に末吉のカードをなんとか引き当てました。サイオニック・ドリーム用の塩煎餅を受け取り、大喜びで去ってゆかれた教頭先生のその夜の夢は夜景が美しい展望台でのデートとキスで…。
「あーあ…。なんか今夜も君がフニャッと」
笑えるねえ、と見学に来ていたソルジャーがニヤニヤ。
「こんな調子で自信をつけたら君もマズイんじゃないのかい? いずれ実地で試そうとするよ?」
「試されたって平気だってば、テクニックが伴っていないんだしね。どちらかと言えば試したが最後自信喪失、二度と立ち直れないほどのダメージとかさ」
「どうかなぁ? 諦めの悪さは超一流だよ、こっちのハーレイ」
それじゃまたね、とソルジャーはキャプテンのキスのテクニックに磨きをかけるべく退場してしまい、教頭先生は夢の世界で大満足。この夢、先行きが心配ですが……。



「…いい加減、今日は諦めたら?」
末吉のカードを引き当てたんだし、と紅葉に末吉の短冊のカードを会長さんが示しています。
「いや、もう一度だ! 二度も続けて末吉なんだ、次こそ吉か大吉だ!」
引かせてくれ、と教頭先生、本日は八度目のお支払い。会長さんがカードを切り混ぜ、並んだカードを教頭先生がガン見して…。
「これだ!」
「…残念、桐に末吉ってね。これ以上やると凶になるかも…」
「う、うむ…。そうだな、三度目の正直だしな…」
なかなか先へ進めんものだ、と溜息をついてテントから出てゆく教頭先生。庭にテントが設置されてから今日で十日が経ちました。最初の内こそキスの夢の中継を見るべく会長さんの家に泊まり込んでいた私たちも飽き、ソルジャーだけが夜な夜な遊びに来るそうですが…。
「教頭先生、運が無いねえ…」
ぼくでも普通に引けちゃうんだけど、とジョミー君が適当に引いたカードは桜に大吉。
「だよなあ、俺でも吉くらい引ける筈だぜ」
凶かもだけどな、とサム君が引くと松に大吉。キース君が桐に吉を引き、マツカ君は柳に大吉、シロエ君だって梅に吉。そもそも絵柄ごとに大吉と吉と末吉と凶しか無いのですから、確率の問題からしても教頭先生は運が無さ過ぎで…。
「そこなんだよねえ、まさかあそこまでとは思わなかったよ」
何の細工も要らないだなんて、と会長さんがケラケラと。
「ぼくだって儲けが第一だからさ、あまり早くに吉とか大吉は出て欲しくない。引こうとしたら意識に介入してやろう、と思ってるのに見事にハズレを引くんだな、これが」
ここまで来たら是非大吉を引かせたい、と会長さんは妙な方向で燃え上がっています。とは言うものの、誘導して大吉や吉を引かせるコースは有り得ないらしく。
「運試しってことで始めたんだし、ハーレイが引かなきゃ意味が無い。…だけどトコトン運が無いから、引き当てる前に財布が空になりそうだよねえ…」
「そろそろ危ない気がするんだが?」
あんた相当儲けただろう、とキース君が言い、シロエ君が。
「冗談抜きでヤバそうですよ。…最近、お弁当持参で学校に行っておられるんでしょう?」
「うん。どうやら食費が惜しいようだね」
大いに頑張って貢いで欲しい、と会長さんは悪魔の微笑み。教頭先生、食費をケチッてサイオニック・ドリームを買いに来ておられるとは、既にギャンブル依存症では…?



秋も深まり、学園祭が開幕しても教頭先生は末吉より先に進めないまま。懐は大概寂しいことになっている筈ですが、それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋での催し、喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』を開催中の私たちにケーキを差し入れして下さいました。
「…なんだか申し訳ないですね…」
頂いちゃって、とマツカ君。
「下さると仰ったのだから、有難く頂いておくべきではあるが…」
カードはなんとか出来ないものか、とキース君が天井を仰いでいます。
「このまま行ったら破産なさってしまうかもしれん。ゼル先生とブラウ先生に借金を申し込まれたんだったか?」
「ヒルマンもだよ」
後はエラしか残ってないね、と会長さんの目が教頭室の方角へ。
「エラはけっこう貯めているから、気前よく貸してはくれるだろうけど…。問題は返すアテの方だね、向こう数ヵ月は無給と言ってもいい状態まで来てるしさ」
自力でカードを引けないのなら閉店という手もあるんだけれど、と会長さんは口にしましたが、このコマンドは教頭先生が御自身で封じてしまわれた手段。吉か大吉のカードを引き当てるまで店の営業を続けてくれ、と毎日のように懸命に頼んでおられるのです。
「…学園祭も今日で終わりだし、打ち上げ気分でパァーッと一発、引いてくれれば…」
ぼくもそろそろ疲れて来たんだ、と言い出しっぺの会長さんまでが些か弱気。教頭先生の運の無さと無駄に自信がついたキスの夢とに付き合い続けてストレスが溜まってきたのだそうです。
「もうね、ブルーも呆れて来なくなったし、どうにもこうにも…。大吉が出たら呼んでくれ、って逃げられちゃったよ、あのブルーにもね」
「「「………」」」
それはキツイ、と私たちは会長さんに心の底から同情しました。本当だったら同情すべきは教頭先生の方なのでしょうが、ソルジャーにさえも見放されたと聞いてしまうと気の毒度がググンとアップです。教頭先生、吉か大吉を引けるといいんですけれど…。



学園祭の後夜祭パワーの勢いに乗って大吉を! と心の底から応援していた私たちの祈りが天に通じたか、はたまた最後に借金出来る相手なエラ先生から借りたお金を全力でブチ込んだ教頭先生の執念の賜物か。
「…おめでとう。菊に大吉」
頑張ったよね、と会長さんが菊に盃の柄のカードの右上に書かれた大吉の短冊を示し、教頭先生が男泣きに泣いておられます。
「で、出たか…。ついに出たんだな、これでお前と……」
「間違えないで欲しいね。あくまで夢の中での話なんだからね、最後までお付き合いするのはさ」
はいどうぞ、とサイオニック・ドリーム用の塩煎餅を差し出した会長さんの手を教頭先生がグッと握って引き寄せて。
「そう言うな、ブルー。…巧くなったのだぞ、私のキスも」
私の想いを受け取ってくれ、と教頭先生は強引に会長さんの唇を。
「「「!!!」」」
ヤバイ、と固まる私たち。会長さんも目が点です。ここでフニャッとなってしまったら、会長さんはサイオニック・ドリームどころか本当に食べられてしまうかも…! もうダメだ、と誰もが思った瞬間。
「ハーレイのスケベーーーッ!!!」
ドンッ! と会長さんが教頭先生の身体を突き飛ばし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「飛ぶんだ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアァッと溢れる青いサイオン。私たちはアッと言う間に会長さんの家のリビングに立っていて、会長さんは怒り心頭。
「よくも勝手な自信だけつけて…! もう夢なんか売ってやらない!」
「あーあ…。だから言ったろ?」
こっちのハーレイの思い込みの強さは超一流、と空間を超えてソルジャーが。
「諦めの悪さも超一流だし、当分はキスを迫られるかと…。半径一メートル以内には近付かないのが君のためだよ。で、大吉の夢はどうなるわけ?」
「塩煎餅を叩き割る! そしたら絶対見られないから!」
「そうか、塩煎餅なんだ? だったら死守だね、ぼくはハーレイの肩を持つ」
借金までして貢いだ男が報われないのはどうかと思う、とキィン! とソルジャーのサイオンが走り、塩煎餅をシールドしちゃったらしいです。叩き割れないように守ってるのはいいんですけど、その状態では教頭先生の歯も立たないんじゃあ?
「…だよね、普通は無理だよねえ…?」
大丈夫かな、とジョミー君も。会長さんとソルジャーは睨み合ったままギャーギャーと喧嘩の真っ最中。塩煎餅が割れるのが先か、教頭先生の歯が欠けるのが先か。それとも大吉な夢の世界が展開するのか、もはや誰にも分かりませんです~!




         夢を売ります・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長が悪辣な手段で儲けてましたが、いつもありがちなパターンかと…。
 固すぎる塩煎餅、教頭先生の歯が無事だったらいいんですけどね?
 7月28日はブルー様の祥月命日ってことで、毎年恒例、月2更新。
 次回は 「第3月曜」 7月20日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、7月は果たしてどうなりますやら、お中元かな…?
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