忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢見る春の日・第2話

新学期恒例の紅白縞のお届け行列。中庭を抜けて本館に入り、教頭室の重厚な扉の前に立った会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」から箱を受け取ると大きく息を吸い込んで。
「失礼します」
軽くノックして扉を開けた会長さんの後ろに私たちも続きました。教頭先生が嬉しそうに微笑んでいます。
「おお、来たか。…遅いから心配していたのだが」
「もう貰えないんじゃないかって? 大丈夫、ちゃんと届けに来てあげたよ。はい、青月印の紅白縞を五枚」
「いつもすまんな。ありがとう」
机の上に置かれた箱を押し頂いている教頭先生。やっぱり手放しで喜んでいます。会長さんったら「喜んでくれるかな?」なんて言ってましたけど、教頭先生が紅白縞を大切にしているのは周知の事実。五枚では足りないからと自分のお金で買い足す品も紅白縞で…。
「ふうん、やっぱり嬉しいわけだ。無いよりはマシっていうんじゃなくて?」
「は?」
会長さんの妙な台詞に怪訝そうな顔の教頭先生。私たちも首を傾げました。無いよりはマシって、どういう意味で言ってるのでしょう?
「紅白縞よりも欲しいものがあるのは知ってるんだよ。バレてないとでも思ってた?」
「な、なんの話だ?」
「白々しい…。これでも知らないと言う気なのかな?」
会長さんが宙に取り出したのは一冊の本。教頭先生がウッと息を飲み、私たちの方は目が点です。淡いピンクの表紙の本には金色の文字で『旅の思い出』と書かれていますが、その下に入ったサブタイトルは『ハーレイ&ブルー』の名前とハートマーク。この装丁はどう見ても…。
「あ、君たちも気が付いた? 例のバカップルの旅のアルバムなんだよ、ハーレイはちゃんと謝礼を貰ったらしいね」
「「「………」」」
ソルジャーは約束を守りましたか! ということは、本の中身はバカップルの写真がてんこ盛り。でも、このアルバムと紅白縞にいったいどんな関係が? 教頭先生、アルバムを既にお持ちだったら、紅白縞よりも欲しいものがあるとは思えませんが…。顔を見合わせる私たちの前で会長さんはアルバムの最後のページを広げました。
「ほら、ここ! この写真がハーレイの夢なわけ」
「「「???」」」
そこに1枚だけ貼られていたのはバカップルの写真ではなく、二つ並んだお揃いの湯呑み。片方は大きくどっしりとして、もう片方は小さめで…。いわゆる夫婦茶碗です。温泉旅行で出掛けたホテルの売店でソルジャーがキャプテンにねだって買わせてましたっけ…。
「ハーレイはねえ、ぼくとセットで夫婦茶碗を持ちたいという妄想が止まらないんだよ。バカップルの写真を堪能した後でこの写真を見ると羨ましくてたまらないらしい。…そうだよね、ハーレイ?」
「う…。そ、そのぅ……なんと言うか、微笑ましいな…と…」
「そりゃあそうかもしれないけどさ、夫婦茶碗なんていうのは一緒に暮らして使わなければ意味ないよ? 君の家に一つ、ぼくの家に一つと分けて持つんじゃ夫婦じゃなくて離婚じゃないか」
「……離婚……」
青ざめている教頭先生。まだ結婚もしていないのに離婚も何もあったものではないんですけど、会長さんに言われてしまうと心にグサッとくるみたいです。会長さんはクスクスと笑い、夫婦茶碗の写真を指差して。
「これは仲良く並んでるけど、分けちゃったらホントに離婚と言うか別居と言うか…。それに夫婦茶碗にこだわらなくても、究極のお揃いがあるだろう?」
「…究極?」
「ああもう、全然分かってないし!」
会長さんは唇を尖らせ、教頭先生にズイと詰め寄りました。
「見ないと分からないのかな? じゃあ…」
「「「!!!」」」
教頭先生のベルトをガシッと掴んだ会長さん。いきなり何をやらかす気ですか?

突然のことに教頭先生は固まってしまい、思考も停止した様子。会長さんは涼しい顔で教頭先生のベルトをカチャカチャと外し、続いてズボンのジッパーを…。
「お、おい!」
声を上げたのはキース君でした。
「それはいったい何の真似だ!?」
「ん? ハーレイは分かっていないようだし、ちょっと自覚して貰おうかと…。ハーレイ? ちゃんと聞こえてる?」
会長さんに頬をピタピタと叩かれ、我に返った教頭先生は耳まで真っ赤になりました。そりゃそうでしょう、片想いして三百年以上の会長さんの手で脱がされかかっているのですから。しかもズボンを…。
「よし、現状は把握したみたいだね。それじゃ聞くけど、このトランクスは何なのかな?」
「お、お前に貰ったヤツなのだが…。今日はお前が来るのが分かっているから、そういう時には取っておきのを…」
「だよね、青月印の紅白縞! で、ぼくもお揃いで履いているわけ。紅白縞じゃなくって黒白縞だけど……せっかくだから確認してみる?」
一歩下がった会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「君がその手で脱がせられたら黒白縞を御披露しよう。ぼくから脱いであげる気はない」
「……そ、それは……」
「出来ないって? そりゃ無理だろうね、出来るんだったらとっくの昔に体当たりでプロポーズとかをやってそうだし…。そして賢明な判断でもある。君が脱がせにかかった途端にぼくが叫ばないという保証は無いしさ。ここで一声、痴漢と叫べばゼルが走って来るかもねえ?」
言い訳できない状況だよ、と会長さんは楽しそうです。確かにヤバイ光景でした。教頭先生のズボンの前は見事に全開、紅白縞が丸見え状態。そんな教頭先生が会長さんのベルトやジッパーに手を掛けていたら、誰が見たって痴漢行為の真っ最中で…。脂汗を流す教頭先生に向かって、会長さんは。
「こんな目に遭っても分からないかな? 夫婦茶碗よりも凄い究極のお揃いっていうのが何なのかが。いいかい、君のが紅白縞で、ぼくが履いてるのが黒白縞! カップルでペアの下着をオーダーするのが最近人気らしいんだけど…ぼくたちのだってペアパンツだよ?」
「…ペアパンツ…」
鸚鵡返しに口にした教頭先生、鼻血が出そうな顔つきです。頭の中では会長さんが履いているという黒白縞がグルングルンと回っているに違いありません。
「そう、ペアパンツ。…言い換えるなら夫婦パンツってところかな」
「め、夫婦…」
バッとティッシュを握って鼻を押さえる教頭先生。あーあ、またしても切れちゃいましたよ、鼻の血管…。そんなことにはお構いなしに会長さんは自分のベルトに手をやっています。
「夫婦パンツだと思うんだけどねえ、紅白縞と黒白縞。ホントに今日も履いてるんだよ? 想像しただけで鼻血なんかを出されてしまうと、ちょっと見せたくなってきたかな」
「「「!!!」」」
硬直してしまった私たちの中から飛び出したのはキース君。
「させるかぁ!」
叫ぶなり会長さんの腕を掴んでベルトから剥がし、ゼイゼイと肩で息をして。
「…あんたが脱いだらロクなことにならん。ゼル先生を呼ぶ気だったな?」
「おや。ぼくの心が読めるのかい? それは凄いね」
「読めなくってもそのくらい分かる! …教頭先生、今の間に早くズボンを…」
「す、すまん…」
ゴソゴソとズボンを引っ張り上げる教頭先生。ジッパーを閉め、ベルトをきちんと直した所で会長さんがチッと舌打ちを。
「…確認できない夫婦パンツより、いつも見られる夫婦茶碗というわけか…。離婚茶碗になっていいなら付き合ってあげてもいいんだけどさ」
「いや、それは…」
困る、と教頭先生は即答でした。結婚もしない内から離婚されてはシャレになりませんし、夫婦茶碗は諦めたのでしょう。ソルジャーとキャプテンみたいな仲だからこそ持てるんですよね、夫婦茶碗って。教頭先生の場合は夫婦パンツで良しとしておくのがお勧めです。会長さんの黒白縞が大嘘なことに気付かなければ無問題!

夫婦茶碗の夢が無残に砕けた教頭先生に別れを告げて、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってきました。今回はとっても疲れましたが、新学期恒例の紅白縞は次は二学期まで無いわけで…。
「まったく…。どうなることかと思ったぜ」
キース君がコーヒーを啜りながら愚痴り、コクコク頷く私たち。あそこでゼル先生が呼ばれていたら大惨事です。教頭先生、その場で張り倒されてタコ殴りの刑か、はたまたサイドカーでの爆走か。サイドカーの方だと、後遺症が出たら大変ですしね…。
「後遺症?」
なんだったっけ、と会長さんは綺麗サッパリ忘れていました。おめでたいと言うか、なんと言うか…。溜息をつく私たちを代表する形でキース君が。
「あんた、本気で忘れたのか? そりゃあ…あれから一年も経つし、ソルジャーとしての仕事も色々あるんだろうから忘れても仕方ないのかもしれん。いや、それよりも数の内にも入っていない悪戯だったということか? あの時は真剣に心配していたと思ったが」
「心配? ぼくが? …ちょっと待ってよ、一年前だね? んーと…。ああ、あれか!」
思い出した、と会長さんは手を打って。
「ハーレイがEDになったヤツだろ? そう言えばあったね、そういうのが。ゼルにお仕置きされてサイドカーで爆走したショックで再起不能に…。うん、あの時は大変だった」
「思い出したんならそれでいい。教頭先生はスピードが大の苦手なんだ。いいか、ゼル先生をけしかけるなよ」
「そんなことを言われても…。ハーレイの焦った顔って、見ていて凄く面白いんだよ。でもEDは確かに困るな、治療するのに苦労するしね」
「…まあな…」
疲れ切った顔のキース君。教頭先生のED騒動は一年前のことでした。会長さんにフォトウェディングをしようと誘き出されてホテルにやって来た教頭先生、通報を受けていたゼル先生に罵倒された上にサイドカーでアルテメシア市中引き回しの刑に。その衝撃でEDになり、治療したのが会長さんです。
「EDの原因を取り除くためにデートをしてあげたんだっけ。勝負パンツを履いてスピード克服、絶叫マシーンもドンと来い、ってね。ハーレイにとってはいい思い出じゃないのかなあ」
「だが、教頭先生は今もスピードは苦手なままだぞ。柔道部の連中が誘っても、絶叫マシーンには乗れないからとドリームワールドは断ってらっしゃる」
「勝負パンツの効果は一日限りだったしね。調子に乗られたら困ると思って期限付きにしておいたんだけど、ぼくと一緒でも絶叫マシーンはダメなのかな?」
「知るか! 自分で訊けばいいだろうが」
やってられん、とキース君がコーヒーを呷っています。会長さんは少しの間、考え事をしていましたが…。
「ちょっといいかもしれないね、それ」
「「「は?」」」
「自分で訊くっていうヤツさ。ぼくと一緒なら絶叫マシーンに乗ってくれるのか訊いてみるわけ。でも、それだけじゃイマイチだなぁ…。他に何かこう、オプションと言うか…」
あらら。会長さんったら教頭先生とデートする気になっちゃいましたか? 絶叫マシーンで泡を噴かせて笑い物にするとか、そういう良からぬ考えに…? どうせ私たちもオマケで連れて行かれるのでしょうが、温泉旅行に乱入してきたバカップルよりはマシですよねえ? あれはホントに目の毒でしたし!
「なるほど…」
キラッと光った会長さんの目がこちらに向けられ、クックッと小さな笑いが漏れて。
「バカップルというのがあったね。…あれはハーレイが頑張って指導してたんだっけ。他人にはあれこれ指図できても自分じゃ何も出来ないというのは片手落ちだ。そんなヘタレには実践あるのみ!」
「「「実践?」」」
「うん、実践。バカップルを机上の空論で終わらせないで真面目に取り組んでみればいい。ぼくも遊び感覚でならハーレイの妄想に付き合えるしね」
これはなかなかに面白そうだ、と瞳を輝かせている会長さん。
「だけどデートと言っただけではハーレイも用心していて釣れないだろうし、夫婦茶碗を餌にしてみよう。ぼくとのデートを成功させれば夫婦茶碗をお買い上げ!」
「ちょっと待て! あんた、どういう思考回路をしてるんだ?」
キース君が突っ込みましたが、会長さんはサラッと右から左に聞き流しました。
「デートに行くのはいつにしようか? 今度の日曜、予定は空いてる?」
あぁぁぁぁ。ここまで来たら逃げられません。私たちの日曜日は会長さんに押さえられてしまい、おまけに今夜は…。
「かみお~ん♪ 頑張って御馳走作るからね!」
「ハーレイの家に一人で行くのは禁止されてるって知ってるだろう? 夕食が済んだら、みんなでデートのお誘いに行こう」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大乗り気でした。御馳走はとっても嬉しいですけど、その後が…。教頭先生をデートに誘おうだなんて、会長さんの発想はサッパリ分からないです~!

会長さんのマンションに瞬間移動で連れて行かれた私たち。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が沢山の餃子を作ってくれて、何種類ものスープで楽しむ餃子鍋でした。豚骨スープや味噌スープなど基本のものからトマトスープまで! 締めのラーメンを入れる頃には誰もが此処に来た目的をすっかり忘れていたんですけど…。
「ぶるぅ、ハーレイの様子はどうかな?」
デザートの杏仁豆腐を掬いながら尋ねる会長さんの姿に私たちの背筋が凍りました。食事を終えたら教頭先生の家までお出掛けでしたっけ…。震え上がる私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「えっとね、晩御飯は終わったみたいだよ。お皿を洗って片付けてるし、もう少ししたらテレビの時間じゃないかと思う」
「了解。それじゃこっちも後片付けが済んだら出発しようか」
「オッケー! みんな、杏仁豆腐のお代わりは? いっぱい作ってあるからね♪」
「おかわりっ!」
もうヤケだ、と器を差し出すジョミー君にサム君が続き、キース君たちも。そして杏仁豆腐がすっかり無くなり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキと後片付けを済ませた所で…。
「出掛けるよ。ハーレイが釣れるように祈ってて。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァァッと溢れる青いサイオン。私たちはアッと言う間に教頭先生の家のリビングに立っていました。
「な、な……なんだ!?」
ソファに腰掛けていた教頭先生が飛び上がらんばかりに驚いています。その隣には会長さんが贈ったばかりの紅白縞が入った箱。テーブルの上にはバカップルの思い出アルバムが…。
「こんばんは、ハーレイ」
会長さんがニッコリ微笑みかけて。
「そのアルバム、無事に持って帰れたみたいだね。君の家から教頭室まで移動させたのはいいけど、元に戻すのを忘れてた。…ゼルに見つかったら没収だけでは済まないだろう?」
「…謝りに来てくれたのか? 正直、学校を出るまで生きた心地がしなかったぞ」
「ごめん、ごめん。…そのお詫びってわけじゃないけど、今度の日曜日は空いてるかな?」
「日曜日? 今のところ特に予定はないが…」
カレンダーを見る教頭先生。
「暇なんだね? だったら遊びに行かないかい? ぼくと一緒にバカップル!」
「…バカップル…?」
「うん。そのアルバムを見てるだけではつまらないだろ? バカップルごっこをしたいんだったら付き合うよ。ぼくは退屈してるんだ。何か面白いことは無いかなぁ、って」
ね? と会長さんは教頭先生の隣に座ると紅白縞が入った箱をポンと叩いて。
「夫婦パンツよりも夫婦茶碗が欲しいんだろう? バカップルごっこで楽しませてくれたら夫婦茶碗をオーダーしよう」
「オーダーだと? ああいうのは既製品ではないのか?」
教頭先生、早くも釣り餌に食らいついてしまっているようです。バカップルごっことは何かとか、そういうことを問いただす前に夫婦茶碗が気になりますか、そうですか…。会長さんは軽く片眼を瞑ってみせると。
「ぼくは知り合いが多いんだ。その中に陶芸作家がいてさ。気難しくって数も殆ど作らないけど、人間国宝になっている。ぼくの頼みなら夫婦茶碗を作ってくれるよ、その写真なんか目じゃないヤツを」
「し、しかし…。そういう品は高いのでは…」
「夫婦茶碗が欲しくないのかい? ぼくは安物はお断りだな。あっちのハーレイだって思い切り奮発してたじゃないか」
「…並べておけるわけではないしな…」
口籠っている教頭先生に、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「ぼくと君とで別々に持つから離婚茶碗になるって話? それなら全く問題ないよ、誂えたヤツは君に預けておくからさ。いずれはぼくの嫁入り道具に…」
「よ、嫁に来てくれる気になったのか!?」
「残念ながら予定は未定。…だけどバカップルが癖になったら考えるかもね。…どうする? バカップルごっこをやってみる?」
会長さんが持ち出した餌は特大でした。人間国宝が作った夫婦茶碗を嫁入り道具にすると言われては、釣れない方がどうかしています。教頭先生はバカップルごっこの意味を深く追求しようともせず、二つ返事で承諾を…。
「決まりだね? じゃあ、日曜日はバカップル・デート! そこの子たちもついて来るけど、外野のことは気にしない! それからねえ…」
耳元で何か囁かれた教頭先生はバッと立ち上がり、ティッシュの箱へと突進しました。せっせと鼻に詰めている後ろ姿に会長さんが「お大事に」と声を掛け、私たちは青いサイオンの中へ。フワリと身体が浮いたかと思うと、もう会長さんの家のリビングです。
「みんな、今日はお疲れ様。日曜日のバカップル・デートもよろしく頼むよ」
上機嫌の会長さんに逆らえる人はいませんでした。新学期早々、とんでもないことに巻き込まれている気がしますけど、今更どうにもなりませんよね…。夜はとっぷり更けています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家まで送ると言ってますから、帰り路だけは楽々かな?

翌日からの私たちは毎日戦々恐々でした。シャングリラ学園の年度始めは校内見学やクラブ見学などが続きますから授業は全くありません。特別生には校内見学もクラブ見学も無関係じゃないのかって? クラブ見学の方は柔道部三人組には重要な行事の一つです。
「かみお~ん♪ 今日も実演お疲れさま!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にキース君たちがやって来ました。柔道部に入って五年目ともなると、クラブ見学で担当するのは実演部門。顧問の教頭先生相手に色々な技を繰り出してみたり、部員同士で練習したりと忙しくしているみたいです。
「はい、焼きそば! お腹すいてるでしょ?」
絶妙のタイミングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き上げて山盛りにしたのを平らげていくキース君たち。いつ見ても気持ちのいい食べっぷりですが、クラブ見学期間は特にお腹が空くらしく…。
「その様子だと今日もハーレイは絶好調だったみたいだね」
会長さんの問いに頷く三人組。シロエ君がお代わりのお皿を受け取りながら。
「凄いですよ、教頭先生! キース先輩でも歯が立ちません。ぼくなんか何度投げられたことか…。そうですよね?」
「ああ。俺もシロエも普段だったら立て続けに投げられるような無様な真似はしないんだが…。こう、なんと言うか、隙が全く無いと言うのか…。一瞬でも気を抜いたら最後、見事に技をかけられてるな」
二人の言葉にマツカ君が相槌を打っています。教頭先生が絶好調なのは日曜日の予定のせいでしょうか? 会長さんとデートだと思っただけで高揚してきて、柔道の技も冴えているとか?
「決まってるじゃないか。武術は精神状態も大切だから、今のハーレイは無敵状態」
君たちではとても勝てないよ、と会長さんが紅茶のカップを口に運んで。
「でもね、投げられてばかりは嫌だと言うなら反則技が無いわけでもない。…これを言えばハーレイに確実に隙が生じるという魔法の言葉があるけれど?」
「「「魔法の言葉?」」」
反応したのは全員でした。柔道部三人組も興味津々かと思ったのですが、さにあらず。
「俺は反則というのは好かんな」
キース君が言い、シロエ君が。
「魔法の言葉は気になりますけど、使おうって気にはなれませんね。勝負は正々堂々と、です」
「ふうん? だったらコレは要らないか…。ハーレイのためにも封じておこう」
思わせぶりな会長さんの台詞はそこで終わってしまいました。代わりに出てきた話題は私たちが恐れているもので…。
「ところで、バカップルごっこのことだけどね。何処に行ったらいいと思う?」
「「「………」」」
またか、と頭を抱える私たち。万年十八歳未満お断りな精神年齢のせいで、私たちはこの手の話題に疎いのです。流行りのデートスポットを尋ねられても答えられませんし、そういうのって会長さんの方が詳しいに決まっているじゃないですか! なんと言ってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーですもの。
「絶叫マシーンは外せないからドリームワールドでいいのかな? でも、ハーレイの頭の中ではドリームワールドは妄想から除外されていそうでねえ…。そんな所でバカップルごっこが出来るのかどうか…」
「だから何度も訊いてるだろうが、俺たちも!」
ついにキース君がキレました。
「あんたはバカップルを楽しみたいのか、バカップルを演じ切れなくて脱落していく教頭先生が見たいというのか、どっちかハッキリしてくれとな! 行き先は目的によって違うだろうが!」
「うーん…。どっちだろう? ぶるぅ、どっちがいいのかな?」
「えっ? んーと、んーと…ブルーはどっちが好きなわけ?」
「小さな子供まで巻き込むな! もういい、尋ねた俺が馬鹿だった…。結局、何も考えていないんだな」
溜息をつくキース君に会長さんは悪びれもせずに「うん」と応じています。
「ハーレイの妄想どおりに突っ走ってみるのも楽しいかなぁ、って思うんだよね。ほら、超のつく奥手じゃないか、ハーレイは。いつも妄想している通りに身体が動くとは限らない。躓いた所で揚げ足を取るのも素敵だろう? 明日は一日イメージトレーニングに燃えるんじゃないかと予想してるんだ」
「そういえばもう明後日だったな、日曜は…」
キース君の言うとおり、バカップルごっこの日は明後日でした。会長さんはロクでもない罠を張り巡らすのかと思ってましたが、ぶっつけ本番で挑む可能性が高そうです。つまり何が起こるのか予測は不可能。
「いいじゃないか、そんなに身構えなくても。バカップルは周りは見えていないし、君たちは好きにすればいい。もしも夫婦茶碗を誂えるような結果になったら、砂でも吐いてくれればいいよ」
「「「え?」」」
「ハーレイには本気を見せるようにと煽っておいた。三百年以上もぼくに惚れているんだ、万に一つくらいは成功する可能性もある。その時は祝福してくれるよね?」
サラリと告げられた言葉にサム君の顔が歪んでいます。ひょっとして公認カップル崩壊の危機が迫ってますか? まさか、まさか…ね…。
「君たちは日曜日に備えて明日はゆっくり休んでおいて。そうそう、さっきの魔法の言葉だけれど…。ヒントは赤さ」
意味の分からないヒントだけを貰って、私たちは解散させられました。教頭先生に隙が生じる魔法の言葉を教わった方が良かったでしょうか? 会長さんが教頭先生と夫婦茶碗を誂えるようなことになったら唱えてチャラにしてしまうとか…?
「なあ…。ブルー、本気じゃないんだよな?」
弱々しく呟くサム君の背中がとても小さく感じられます。夫婦茶碗で教頭先生を釣ったつもりの会長さんが逆に釣られてしまったら…? それだけは無いと思いますけど、魔法の言葉が知りたいです~!



PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]