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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢見る春の日・第3話

ついにやって来た日曜日。私たちはドキドキしながらアルテメシア公園の正門前に集合しました。ここからだとドリームワールドへの直通バスがありますし、公園自体も立派なデートスポットです。バカップル・デートの提案者の会長さんは私服でキメて御機嫌だったり…。
「もうすぐ約束の時間なんだ。ハーレイは遅れずにやって来るかな?」
「さあな。で、結局ドリームワールドなのか?」
キース君が尋ねた所へ教頭先生の到着です。いつものスーツ姿ではなくて私服ですけど、デートを意識してコーディネートしたのか、上着をきちんと着込んでいるのはナイスかも。会長さんは「やあ」とニッコリ笑って挨拶すると。
「今日はよろしくお願いするよ。あのね、ぼくはドリームワールドに行きたいんだけど…」
「そうか、ドリームワールドか。だが、その前にお茶でもどうだ? ホテル・アルテメシアのラウンジのケーキが美味いそうだぞ」
「え? でも、ハーレイは甘いものは…」
「コーヒーの方も評判らしい。ちゃんと下調べをしてきたんだ。あのホテルはお前も好きだろう?」
教頭先生は会長さんの好みをガッチリ把握済みのようです。会長さんは少し考えていましたが…。
「みんなにも御馳走してくれるんなら、ドリームワールドの前にお茶でもいいかな」
「よし。バスよりもタクシーの方が早いだろう」
太っ腹な教頭先生は私たちにもタクシー代を渡してくれて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れてタクシー乗り場へ。なるほど、最初はお茶ですか…。
「お茶ってデートの定番だよね?」
ジョミー君が納得しています。美味しいケーキが食べられるなら私たちも異存はありません。タクシーに乗ってホテルに着くと、日曜日だけあってロビーも賑やか。そんな中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手を振っていて…。
「かみお~ん♪ こっち、こっち! 席、取っといたよ!」
落ち着いた内装のラウンジの奥が私たちの席。教頭先生はコーヒーを頼み、会長さんと私たちは見本のケーキから幾つか選んで食べ始めました。うん、美味しくて見た目も綺麗! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は特製のチョコレートパフェに舌鼓です。会長さんと教頭先生はデートっぽく並んで座っていたのですが。
「ブルー、ロビーにあった案内を見たか?」
教頭先生の問いに、会長さんが首を傾げて。
「え? 披露宴の会場とかを書いたヤツかな?」
「そうか、見ていなかったのだな。…今日はブライダルフェアをやっているんだ」
ニコニコと微笑んでいる教頭先生。
「せっかくだから見て行かないか? バカップルごっことやらに相応しいかと思って来てみたんだが…」
「ブライダルフェアか…。うん、そういうのもいいかもね」
「決まりだな? 実はスペシャル・コースを予約したんだ。先に受付を済ませてくる」
いそいそと出て行く教頭先生。ブライダルフェアって何なんですか~!?
「知らないかな? 結婚式場の下見を兼ねて色々と楽しめる催しなんだよ。デートに使われることもあるけど、ハーレイにしては上出来だよね」
面白いことになりそうだ、と会長さんの瞳が輝いています。
「ブライダルフェアに行くなら子供はお邪魔! ぶるぅは君たちにお願いしよう」
「「「え?」」」
「バカップルごっこを極めるためには二人きりでないと…。ぶるぅ、ジョミーたちと一緒に待っておいで。終わる頃には連絡するから」
分かったね? と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は素直に「うん!」と頷いて。
「バカップルごっこ、楽しんできてね♪」
分かっているのか、いないのか…。やがて戻って来た教頭先生は私たちの分の伝票を持ち、会長さんと語らいながらラウンジを出て行ってしまいました。えっと、私たち、これからいったいどうすれば…?

しばし呆然としていた後で行動したのはキース君です。フロントで貰って来たというブライダルフェアのチラシを眺める私たち。結婚式場の下見やケーキの試食、ドレスの試着もあるみたい。でも…。
「俺たちが入り込むのは場違いだろうな…」
「うん、多分…」
キース君とジョミー君が話している所へ聞こえてきたのは向こうの席の女子大生たちの会話。
「そろそろ行こっか?」
「人数も増えてきた頃よね、きっと。ドレスの試着が楽しみだわ」
「それよりビュッフェとウェディングケーキよ!」
はしゃぎながら席を立った女子大生は五人グループ。男子の姿はありません。
「おい。遊び感覚でも参加できるのか、ブライダルフェアというヤツは?」
キース君が尋ね、シロエ君が。
「会場がガラガラよりかは賑やかな方がいいですしね…。ぼくたちでも参加できるんでしょうか?」
「試してみる価値はあるかもな。だが、料金が…。ん? 入場無料か」
「ウェディングメニューの試食会とスペシャル・コース以外はタダみたいですよ」
チラシをチェックしたシロエ君が答え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ぼくも行きたい!」と言い出して…。
「ダメ元で行くか、ここで待つのも退屈だ」
「だよね。このままじゃ、ブルーが戻るまでダラダラ食べてるだけだろうし!」
行ってみようよ、とジョミー君。私たちは揃ってロビーに戻り、ブライダルフェアの受付デスクを探しました。なんだ、けっこう目立つ所じゃないですか!
「それでは七名様とお子様が一名様ですね。会場は五階の広間になります」
どうぞ、と渡された案内状を手に五階へ上がると華やかな生花が飾られていて『ブライダルフェア』の看板が。チャペルの見学なども出来るようですけど、まずは会長さんと教頭先生を探さないと…。
「あれっ、いない?」
キョロキョロしているジョミー君。超絶美形の会長さんと長身の教頭先生は目立つ筈ですが、会場にいるのは明らかに物見遊山な若い女性のグループ多数と何組かの男女のカップルです。会長さんたちは何処なのでしょう? 戸惑っている私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はビュッフェに突撃!
「チャペルの方に行ったかもしれん。ウロウロするより此処で待つか」
「そうですね。せっかくですから試食しましょう」
キース君とシロエ君の提案で私たちもビュッフェのコーナーへ。立食ですけど、けっこう色々あるものです。ウェディングケーキも食べられますし、これが無料ならカップル以外のお客さんでも楽しめますよね。と、係員の女性が近付いてきて。
「ドレスの試着は如何ですか? オプションでメイクも出来ますよ」
「え?」
どうしよう、とスウェナちゃんと顔を見合わせていると、キース君が。
「ちょっとお尋ねしたいんですが…。試着とかは別の会場ですか? 先に入った知り合いが見当たらないんです」
「お知り合いの方…ですか? ドレスの試着をお申込みになられました?」
「いえ、スペシャル・コースだと言っていました」
おおっ、流石はキース君! 冴えていますよ、係の人なら詳しいですよね、そういうことは。制服の女性は「それでしたら…」と微笑んで。
「本日はウェディングメニューの試食会もございまして、そちらは有料で別室となっております。スペシャル・コースは試食も試着も個室で三組様限定、プロのカメラマンによる記念撮影などもつきますが」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんったら、そんなコースに出掛けて行ってしまったんですか? どおりで見つからない筈です。個室だなんて、私たちには潜り込む隙がありませんよ…。
「おい、どうする?」
係員が立ち去った後でキース君がヒソヒソと。
「さっきの人に終了時間を聞いて何処かで待つか? 男はドレスの試着も出来んし、此処にいても仕方ないだろう」
「ブルーの行き先が分からないしね。…もしかして、ぶるぅは分かるのかな?」
聞いてみようよ、とジョミー君が尋ねてみると。
「えっ、ブルー? んーと…。ドレスを選んでいるみたいだよ? あ、ちょっと待ってね」
思念で会話していたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ごめんなさい…」とペコリと頭を下げました。
「ブルーが覗き見しないでくれ、って。終わったら連絡するからロビーか何処かで待ってなさい、って」
「「「………」」」
どうやら会長さんはスペシャル・コースを堪能している様子です。私たちは仕方なくブライダルフェアの会場を出て、ホテルの中ではリーズナブルなお値段のカフェレストランに移りました。ここなら飲み物のお代わりも出ますし、長居したって大丈夫でしょう。
「スペシャル・コースというのはコレか…」
詳しいことは書いてないな、とキース君がさっきのチラシを見ています。先着三組様、と書かれたそれは料金の方もゴージャスでした。分かっているのは個室での試食と試着、プロのカメラマンが記念撮影をするということだけ。会長さんと教頭先生、今頃は何をしているのかな…?

バカップルごっこの付き添いを覚悟してきた私たちですが、肝心のバカップルがいないとあって拍子抜けするほど平和な時間が流れました。のんびりお昼ご飯を食べて、コーヒーや紅茶のお代わりをして…。お次はケーキでも頼もうか、と話し合っていると。
『待たせてごめんね。今、終わったから、そこで待ってて』
会長さんの思念が飛び込んできて、それから間もなく会長さんと教頭先生の登場です。
「遅くなってすまん。ここは私が支払っておこう」
「悪いね、ハーレイ。それで、この後なんだけど…。上の階のカフェに個室があるから、そっちでケーキタイムはどうかな?」
どうかな、と言いつつ会長さんには有無を言わさぬ雰囲気が。私たちはゾロゾロとカフェに移動し、奥の個室に案内されてケーキセットを注文しました。教頭先生は今度もやっぱりコーヒーだけです。注文の品が揃った所で会長さんが微笑みながら。
「楽しかったよ、ブライダルフェア。最初にドレスを幾つか選んでさ…。何着でも試せるっていうのがいいよね。それからメイクをしてくれるんだ。ドレスに合わせてメイクも変わるし、なんだか新鮮」
「うむ。メイクの間、待っているのは退屈なものだと話に聞いたがそうでもないな。見ていて飽きない。ブルーだからかもしれないが…」
教頭先生も大いに楽しんできたようでした。しかも…。
「ハーレイもタキシードを色々試着したんだよ。そうだよね?」
「カップルで記念撮影となると、いい加減なものは着られないしな。ブルーのドレスに合わせて選ばないと」
あらら。プロのカメラマンによる記念撮影って、カップルで写すものでしたか! てっきり会長さんのドレス姿だとばかり思っていた私たちには衝撃です。おまけにチャペルで撮影ですって?
「だって、ブライダルフェアだしね? チャペルに映えるドレスかどうかも気になるじゃないか。その場でも一応チェックしたけど、台紙つきの仕上げも頼んだんだ。せっかくだから」
別料金になるんだけれど、と会長さん。でも教頭先生の頬は緩んでいます。花嫁姿の会長さんと一緒にチャペルで写した写真となれば別料金でも嬉しいのでしょう。
「でね、写真撮影の後が試食でさ…。披露宴にどんな料理を出すかを検討するには便利だよね。だいたいの見当はついたし、後は式場の仮予約かな。夏は暑いし、秋はどうかなぁ…って」
「「「仮予約!?」」」
私たちの声が見事に引っくり返りました。仮予約って……式場の仮予約って、なに?
「君たちも来てくれるだろ? ぼくとハーレイの結婚式だよ」
「「「えぇっ!?」」」
「試食の後でハーレイがこれを出してきたんだ。ついつい、その気になっちゃって…。ブライダルフェアでデートをすると結婚を決めるカップルが多いって聞いていたけど、本当なんだね」
ほら、と会長さんが私たちに見せた左手の薬指にはルビーの指輪。私たちが普通の1年生だった頃に教頭先生がプロポーズをして突き返された因縁の指輪なのですが……それを会長さんが嵌めているっていうことは…。
「も、もしかして…」
キース君が震える声で。
「あんた、プロポーズを受けたのか? 結婚する気か!?」
「そのつもりだけど?」
「「「………!!!」」」
あまりの急展開についていけずに、私たちの頭の中は真っ白です。バカップルごっこだと聞いていたのに、いきなり婚約発表ですか? こ、こんな時ってどうすれば…。サム君なんか顔面蒼白になっていますよ~! と、キース君が周囲を見回し、人影が無いのを確認してから。
「赤!」
鋭い叫びで思い出したのは、会長さんが口にしていた魔法の言葉。それを唱えれば教頭先生に隙が出来ると聞きましたっけ。言葉は教えて貰えませんでしたがヒントは『赤』です。キース君が叫んだ言葉に驚いた教頭先生が思い切りドジを踏んでくれれば、婚約の話は御破算とか? …なのに。
「うん、綺麗だよね」
会長さんがウットリとルビーの指輪を眺めました。
「ノルディがブルーにプレゼントしちゃったルビーの指輪も凄かったけど、ぼくはこっちの方が好きかな。婚約指輪はダイヤって人が多いけれども、瞳の色に合わせてあるのも御洒落だろう?」
あぁぁぁぁ。赤は赤でもルビーの赤に話が行ってしまいましたか! 婚約指輪を嵌めた会長さんは幸せそうで、教頭先生も嬉しそうです。バカップルごっこ転じて御婚約。お次は嫁入り道具の夫婦茶碗のお誂えか、と頭を抱える私たちの横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが大喜びで…。
「ブルーがお嫁に行くってことは、ハーレイがパパになってくれるの? わーい!」
小さな子供は無邪気でいいな、と私たちは泣きそうでした。サム君は涙を拭って会長さんを祝福しています。大好きな会長さんの幸せのためなら恋をスッパリ諦められるって、とっても男らしいかも…。

ティータイムを終えた会長さんはドリームワールド行きを提案しました。ドリームワールドと言えば絶叫マシーンが人気です。けれど教頭先生は絶叫マシーンが大の苦手で、会長さんがバカップルごっこを思い付いた時点では絶叫マシーンで教頭先生を脱落させる予定だったかと…。
「ブルー、私はドリームワールドは…ちょっと…」
「分かってるよ、苦手だからブライダルフェアに逃げたってことは。…でもさ、ちゃんと付き合ってあげたんだから、ぼくの方にも付き合って」
「……仕方ないな……」
渋々腰を上げる教頭先生に、私たちが見出したのは一縷の希望。会長さんが教頭先生を油断させておいて奈落の底へ突き落す…、という展開は王道です。今回は結婚話という破格のネタが飛び出しただけに、絶叫マシーンで引っ張り回した挙句に「男らしくない」と切り捨てる結末は如何にもありそう。
「諦めるな、サム。まだ希望はある」
キース君が言い、私たちも一発逆転を夢見てドリームワールドへ出発しました。もちろん教頭先生がタクシー代を出してくれたんですけど、いざ着いてみると。
「じゃあ、ぼくはハーレイと観覧車に乗ってくるからね。ぶるぅをよろしく」
「それは可哀想だろう。私はかまわないから一緒に行こう」
「でもさぁ…。あれってカップルで乗るものだろう?」
いいから行こう、と会長さんは私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を預けて教頭先生と出掛けてしまいました。小さな子供連れでは私たちも揃って絶叫マシーンに乗るわけにもいかず、留守番組と乗車組とに分かれる羽目に。
「…さっきチラッと見えたんだが…」
留守番組だった私たちの所に戻って来たキース君が向こうの方を指差して。
「教頭先生とブルーがカフェにいたぞ? 俺たちは完全に蚊帳の外だな」
「宙返りの真っ最中に見てたわけ?」
ジョミー君が目を見開くと、キース君は。
「いや、宙返りの後の逆落としだ。見ているつもりはなかったんだが、あの二人は目立つ」
「カフェですか…。ぶるぅまで放って何してるんだか…」
シロエ君が嘆きましたが、バカップルには言うだけ無駄というものです。絶叫マシーンで破談どころか、観覧車にカフェでのティータイム。ドリームワールドまで来ても亀裂が入らない以上、会長さんの婚約と結婚は本決まりと思っていいでしょう。バカップルは終日、二人きりでデートを楽しんで…。
「今日はぶるぅを預かってくれてありがとう。ぶるぅ、一人で帰れるね?」
別れ際の会長さんの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「えっ?」と瞳を丸くしました。
「ブルー、お出掛け? まだ何処か行くの?」
「ハーレイの家へ結婚式の打ち合わせにね。もう婚約まで済ませたんだし、一人で行っても叱られないだろ?」
「ちょっと待て!」
遮ったのはキース君です。
「ぶるぅを一人で帰らせるのか? 可哀想じゃないか!」
「でも…。打ち合わせだけで済むなら一緒でいいけど、泊まってくるかもしれないし…」
その先は言われなくても分かりました。大人の時間に突入するなら子供は邪魔だというわけです。つい一昨日まで嫁入り道具の予定は未定だなんて言っていたくせに、会長さんは何処まで行ってしまうのでしょう? サム君がズーンとめり込み、私たちが宥めている内に。
「じゃあね、今日は付き添いありがとう。ぶるぅは一人に慣れているから大丈夫だよ。フィシスが泊まりに来ている時には一人だしさ」
バイバイ、と軽く手を振った会長さんは、教頭先生の腕に両腕を絡ませてタクシーに…。走り去るタクシーを見送った私たちはポカンと口を開けていましたが。
「……ブルーのヤツ……。正気なのか?」
信じられない、とキース君が呟き、ジョミー君が。
「ブライダルフェアに行ったってだけで結婚する気になるものなの? そりゃあ、万に一つくらいは可能性もあるって言ってたけれど…」
「バカップルごっこがツボったのかもしれないな。教頭先生も指輪まで用意しておられたし…。だが、それにしても…」
急すぎる、とキース君が呻いた時。
『舞い上がっているのはハーレイだけだよ』
馴染んだ思念が流れてきました。
『敵を欺くにはまず味方から! 君たちが呆れたり祝福したりしてくれたから、ハーレイは完全に騙されてるさ。今から仕上げにかかるんだ。ぶるぅを連れてついておいでよ、ぶるぅ一人でも玄関先から家の中への瞬間移動は出来るしね。後はシールドで隠れればいい』
到着を楽しみにしてるから、と会長さんの思念がクスクス笑っています。そう、これでこそ会長さん! どんな仕上げが知りませんけど、急がなくっちゃ~!

タクシーに分乗して着いた教頭先生の自宅前。私たちは周囲を見回し、誰もいないのを確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンで家の中へと移動しました。シールドで姿を隠して抜き足差し足、声のする方へと歩いて行くと…。
「やっぱり料理は試食したヤツに一品加えるのがいいんじゃないかな? ジョミーたちは食べ盛りだしね」
「そうだな。ぶるぅも子供用のコースは特に必要なさそうだし…」
リビングでは会長さんと教頭先生が披露宴の料理の打ち合わせ中。私たちがリビングの床に腰を下ろして見物していると、会長さんがテーブルの下でVサインを作って寄越します。そんなこととは夢にも知らない教頭先生、打ち合わせが済むと憧れの夫婦茶碗のデザインについて語り合って。
「…お前が一人で来てくれるとは夢のようだ。秋には此処で一緒に暮らせるのだな」
「別に秋まで待たなくっても…。それとも、けじめ? 結婚式も挙げない内から生徒を家に泊めるのはまずい?」
会長さんが教頭先生の手をキュッと握って。
「ぼくもね、その気になるとは全く思っていなかったんだけど…。だから冗談のつもりで言ったんだけど、デート前の約束、覚えてる?」
「約束?」
「ほら、ぼくをモノにしたいんだったら赤いパンツを履いておいで…って言っただろう? お正月明けにプレゼントした勝負パンツの赤トランクス」
その瞬間、私たちの脳裏を掠めていったのは魔法の言葉。ヒントは赤だと聞いてましたが、赤いトランクスのことでしたか! 勝負パンツの名を出されたら、そりゃあ教頭先生だって動揺します。だって、あれは…。
「ねえ、ハーレイ? あれを履いてきて「今日の私は赤パンツだ」って言ってくれたら、ぼくがその気になるかもね…ってプレゼントした時に言ったよね。今日は履いてる? それとも…」
「…も、もちろん…今日は赤パンツだが…。もしかしたら、とは思っていたし…」
しどろもどろな教頭先生。あーあ、あれじゃ赤パンツが泣きますよ! けれど会長さんは「分かった」と微笑んで立ち上がると。
「それじゃ今夜は君の家に泊めて貰おうかな? ぼくの着替えはあるんだろう?」
「き、着替え? お前と私ではサイズが違うし…」
「大丈夫。明日は月曜だから学校に行くし、制服は自分で取り寄せるさ。…そうじゃなくって、君と一晩過ごすための服。…色々揃えてくれてるよね?」
教頭先生はたちまち耳まで真っ赤になったのですけど、会長さんは気にせずに。
「今日まで散々焦らしちゃったし、夕食よりもぼくを食べたいだろう? でも、先にお風呂に入ってきたいな。その間に着替えを揃えておいてよ、君の好みのを着るからさ」
それじゃ、とバスルームに向かう会長さんを見送った後の教頭先生は見ものでした。ウロウロ、ソワソワとリビング中を歩き回って、それから一人で万歳をして二階の寝室へ猛ダッシュです。クローゼットから引っ張り出したのはレースとフリル満載のガウンやシースルーのネグリジェなどなど妄想の副産物の山。
「どれもブルーに似合いそうだが、初めての夜だし清楚なものがいいのだろうか? それとも…」
あれこれと悩む教頭先生を笑いを堪えて見守っていると、会長さんの思念波が。
『ハーレイ、もうすぐ上がるから! ぼくの下着だけ洗って干しておいてくれると嬉しいな』
『そ、そうなのか? 今、そっちへ行く!』
私たちにも届くレベルの思念で叫んだ教頭先生が選び出したのはミントグリーンの清楚なガウンと白いレースの下着でした。それを抱えて階段を駆け下り、脱衣室へと飛び込んでゆきます。
「ブルー、バスタオルの上に置いておくぞ。で、下着だったな?」
「うん。そこに脱いであるだろ、夫婦パンツの片割れが」
「め、夫婦…」
教頭先生の視線は脱衣籠に釘付けでした。無造作に放り込まれた会長さんの衣類の一番上にチョコンと置かれた黒白縞のトランクス。まさか会長さん、本気でコレを履いてきたとか?
『勘違いしないでほしいね、見せパンツだよ。…ふふ、ハーレイもそろそろ限界かな?』
クスクスクス…、と笑う思念は私たちだけに伝わったもの。そうとも知らない教頭先生、破裂しそうな心臓を押さえて黒白縞に手を伸ばしましたが、その瞬間に。
「お待たせ、ハーレイ」
ふわり、と薔薇のボディーソープの香りが漂い、バスルームから湯気を纏った会長さんが現れたからたまりません。黒白縞を引っ掴んだまま、教頭先生は哀れ仰向けに…。ドッターン…!

「やっぱり耐え切れなかったか。赤パンツには百年早いね。…いや、千年か…」
会長さんはしっかり水着を着けていました。更にサイオンでササッと服を着、教頭先生が用意してきたガウンとレースの下着のセンスを思い切り馬鹿にした上で。
「バカップルごっこの締めに相応しい盛大に派手な鼻血だよ、うん。まさに出血大サービスだ。ぶるぅ、ティッシュを詰めといてあげて。それからマジックをくれるかな?」
「お、おい…。何をする気だ?」
私たちを包んでいたシールドが解かれ、心配そうに覗き込むキース君に向かって会長さんは。
「お仕置きだよ。結婚しようって大口を叩いたくせに、未来の花嫁に赤っ恥をかかせるような男にはこうだ」
会長さんの手が教頭先生のベルトを外し、ズボンのジッパーを手早く下ろすと現れたのは赤いトランクス。そのトランクスに黒いマジックでデカデカと書かれた文字は『役立たず』でした。
「一世一代の勝負パンツも、これで一巻の終わり…ってね。ついでにこれも」
左手の薬指から指輪を外した会長さんが宙に取り出したのは一対の夫婦茶碗です。
「はい、フィニッシュ」
キラッと青いサイオンが走り、真っ二つになって床に転がったのは大きい方の湯呑み。
「やっぱり割るならハーレイの分の湯呑みだろ? ぼくの分を割るのは縁起が良くない」
会長さんはルビーの指輪を割れた湯呑みの上に転がし、小さな湯呑みを隣に並べて下に紙片を敷いています。
「夫婦茶碗の請求書だよ。人間国宝のヤツではないけど、ブルーが買ってたヤツより高い。役立たずな旦那の湯呑みは割られて当然! ハーレイは片方だけになった夫婦茶碗の代金を支払わされるわけ」
これがホントの離婚茶碗、と笑い転げる会長さん。教頭先生、勝負パンツはオシャカになるわ、夫婦茶碗は割られてしまうわ、婚約指輪まで返されるとは気の毒な…。
「いいんだってば、バカップルごっこは出来ただろ? それにブライダルフェアで撮った写真はハーレイの家に届くんだ。それで満足しておけばいい。どうせハーレイは懲りやしないし、結婚への夢が膨らむだけさ」
今日はとっても楽しめた、と会長さんは上機嫌でした。
「ハーレイはここに転がしておこう。黒白縞は握らせておくよ、ぼくの生パンツだと信じているから家宝にするかもしれないし」
「気持ち悪いとは思わんのか!?」
キース君の突っ込みに、会長さんは涼しい顔で。
「別に? 黒白縞なんて履いたことないから、どう使われても平気だってば。…それより、今夜は慰労会! みんなをハラハラさせちゃったからお詫びに何か御馳走しよう。ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 家に帰って出前を取ろうね!」
ハーレイがパパになってくれないのは残念だけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの結婚騒ぎで一番大きな夢を見たのはパパが欲しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのかも…?
「おやすみ、ハーレイ。ぼくの生パンツでいい夢を」
黒白縞を大事にね、と会長さんが教頭先生の耳元で囁き、私たちは青いサイオンに包まれました。会長さんの家へ着いたら慰労会! ハラハラドキドキのバカップル・デート、魔法の言葉の意味も分かって気分スッキリ、大団円で終了です~。

 

 

 

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