シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんのマンションに来てから早くも二時間。陽が暮れてきたというのに、エロドクターと一緒に消えてしまったソルジャーの行方は杳として知れませんでした。最初の内はショックで呆然としていた会長さんも、流石に普段の調子を取り戻して不機嫌そうに時計を気にしています。
「…ぶるぅ、ブルーはまだ何も言ってこないのかい?」
「うん。ハーレイに帰りは遅くなるよ、って言っていたから、まだまだ平気じゃないのかなぁ?」
のんびりとした声で答える「ぶるぅ」。
「晩御飯、御馳走してくれるんでしょ? ぼく、楽しみにしてるんだ」
「……晩御飯ね……」
会長さんはフゥと溜息をつき、リビングで「ぶるぅ」や「そるじゃぁ・ぶるぅ」とトランプをしていた私たちに向かって尋ねました。
「せっかく君たちも来てくれたんだし、ゴージャスなのを御馳走したいところなんだけど…ゴージャスでなくてもかまわないかな? 思い切り普段通りでも?」
「「「え?」」」
普段通りの食事といっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る食事はいつも美味しくて絶品です。わざわざ念を押されなくても、文句を言う人はいないでしょうに…。
「それがね…。本当に何の捻りもないメニューなんだ。ブルーが学食気分で食事したいって言ったから」
「なんで学食?」
ジョミー君の問いに会長さんは肩をすくめて。
「…こないだのゼル特製のせいさ。ブルー、けっこう気に入ったらしい。それで学食に興味が出てきて、学食の人気メニューを食べてみたいって言うんだよ。でも、ぼくと入れ替わるのはもう御免だし、ぶるぅにメニューだけ再現してもらって今日の夕食にしよう、って…」
「なんだ、学食の定食か」
キース君がニッと笑いました。
「同じ定食でも、ぶるぅが作れば味が違うかもしれないな。俺はそいつで構わないぜ」
「俺も! 急に押しかけてきちゃったんだし、御馳走なんてどうでもいいや」
それよりもブルーが心配だ、とサム君が会長さんを眺めます。この場合、ブルーというのはソルジャーでしょうか?
「ブルーのヤツ、いったい何処へ行ったんだろう? ブルーに迷惑かけたりしたら許さないぜ」
「無理無理、勝てっこありませんよ」
シロエ君がズバッとキツイ言葉を口にしました。
「言葉で敵う相手じゃないし、おまけにタイプ・ブルーなんです。殴りかかっても無駄ですってば。…それに、あなたは殴れるんですか? ブルーと同じ顔をした人を」
「…うう…。それは…。でも、本当にブルーを困らせたら…一発くらい…」
グッと拳を握るサム君に、会長さんが柔らかく微笑んで。
「その気持ちだけで嬉しいよ、サム。…だけどブルーを殴っちゃいけない。ぼくに弟子入りしたんだろう? 立派なお坊さんを目指すんだったら、暴力は控えた方がいい。慈悲の心は大切なんだ」
「…でも…」
「慈悲っていうのをひらたく言えば、いつくしみと思いやり。他の人に安らぎを与え、悩みや苦しみに同情して解決してあげようと努力するのが慈悲の実践。殴ったりしたら安らぎどころか、苦痛を与えてしまうだろう? だからブルーを殴るなんてことは仏様の教えに反するのさ」
暴力反対、と会長さんが言った時です。玄関のチャイムが鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走って行って…。
「かみお~ん♪ お帰りなさい! みんなリビングで待ってるよ!」
「ただいま。…まだ門限ってわけじゃないよね?」
大きな花束を抱えたソルジャーはとても御機嫌でした。綺麗にラッピングされた真紅の薔薇の花束です。贈り主はどう考えてもエロドクターしかいないでしょうねぇ…。
「どう? 素敵な花束だろう。帰りに買ってくれたんだ。わざわざ花屋に寄ってくれてさ」
ドクターの車で送って貰って帰って来たというソルジャーは花束を大切そうにソファの一つに置きました。
「シャングリラでも花は栽培しているけれど、ハーレイは度胸が無いからね…。こんな花束、一度も貰ったことがない。ぼくにプレゼントするんだって言えば、好きなだけ切って貰えるだろうに」
「うん、ハーレイってヘタレだもんね」
相槌を打った「ぶるぅ」もおかしそうに笑っています。あちらのキャプテンはソルジャーと両想いですが、ヘタレは教頭先生の専売特許ではないようでした。会長さんは花束を不快そうに眺め、それからソルジャーに視線を移して。
「その紙袋は? それもノルディからのプレゼント?」
「これ? これはプレゼントとは違うんだ」
ソルジャーは提げていた紙袋を得意げに掲げて見せました。
「ぼくの労働の対価だよ。見る?」
ほら、と取り出して広げられたものは…。
「「「!!!」」」
私たちの目は点になってしまっていたと思います。ソルジャーが手にしているのは紺色の女子用スクール水着でした。ゼッケンこそついていませんけれど、シャングリラ学園指定の見慣れたヤツです。そう、この間、会長さんが教頭室で着ていた水着と同型の…。会長さんがワナワナと震えだし、信じられないといった表情で。
「…ブルー…。そ、それはいったい…」
「ん? 見てのとおりの水着だよ。ノルディに買って貰ったんだ」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声は完全に引っくり返ってしまいました。エロドクターが何故に水着を…。しかも労働の対価だなんて、ソルジャーは何をしてきたんですか! 会長さんの顔が引き攣る様子をソルジャーは面白そうに見ています。
「ノルディに買って貰ったっていうのがダメなのかい? でも、ぼくはこっちの世界で使えるお金を持っていないし…ブルーに買って貰おうとしたら使い道を言わなくちゃいけないし。使い道を言ったら絶対ダメだって断るだろう? ぼくのハーレイに水着姿を見せたいなんて、君は断るに決まってる」
「……見せるだけではないだろうしね……」
憮然として答える会長さんに、ソルジャーは喉の奥でクッと笑って。
「ご名答。君の水着姿がとても煽情的だったから、ぼくも着てみたくなったんだ。ハーレイに見せたら喜んでくれると思うんだよね。いつもと違った刺激的な時間が過ごせそうだし、そのためには水着を手に入れないと…。ぼくの世界にもあるのかな、と一応探してはいたんだけどさ」
見付ける前にエロドクターに会ったんだ、とソルジャーは得意そうに言いました。
「お金持ちだって分かっているし、好みも分かっているからね…。ブルーのふりをして挨拶しながら思念で尋ねてみたんだよ。水着を買ってくれるんだったら、少し付き合ってもいいけれど…って」
「つ、付き合うって…」
青ざめる会長さんにかまわず、ソルジャーは戦利品の水着を見せびらかします。
「水着って聞いただけでノルディったら目の色を変えちゃってさ。仲間と出かける予定はあっさりキャンセル。それから二人でタクシーに乗って…。どんな水着だ、って聞かれて答えたら大喜びで行先を決めて、ちゃんとお店に連れてってくれた」
「…まさか学校のすぐ近くの…?」
会長さんの声は震えていました。学校指定の水着を扱っているお店にソルジャーとドクターが出かけたのなら、会長さんの立場はマズイなんてものじゃありません。水泳大会用の水着を買いに行くのが嫌でスウェナちゃんと私を代理に立てたのに、瓜二つのソルジャーに出かけられては、顔を知っている店員さんなら明らかに変態扱いで…。
「ううん、ノルディが別の店にしておこう、って。アルテメシアには同じ水着を使ってる学校が沢山あるんだってね。ここならブルーが来ることはない、とか言ってたよ。んーと…場所はよく知らないけれど…」
ソルジャーが口にした店名は聞き覚えのないものでした。とはいえ、そこでサイズを測って女子用を…? 私たちの頭の中では『変態』の二文字がグルグル回っています。
「サイズなんか測ってないよ」
思考を読まれたのか、考えが零れ放題だったのか。ホッと息をついた所へ、ソルジャーがニッコリ微笑んで。
「ブルーのデータはノルディの頭に全部入っているんだってさ。迷いもせずに水着を選んで、ちゃんとお金を払ってくれた。店員さんはぼくが着るとは夢にも思っていないだろうね」
「「「………」」」
会長さんのサイズはエロドクターの頭の中…。エロドクターはもちろん派手に妄想したでしょう。ソルジャーが欲しがっている水着ですし、欲しがるからには着るわけで…。も、もしかしてソルジャーは…エロドクターに水着姿を…? 労働の対価とか付き合うだとか、アヤシイことを言ってましたけど…。
呆然としている私たちの前でソルジャーは水着を丁寧に畳み、紙袋に入れて花束の横に置きました。
「ふふ、いいものが手に入った。今夜はハーレイと楽しめそうだ。本物を目にしちゃったら仏頂面はできないさ」
仏頂面…? あちらのキャプテンはヘタレ以前にカタブツですか? それに本物って…どういうこと?
「ブルーの水着写真を撮った日にね…」
誰もが同じ疑問を持っていたのか、ソルジャーが口を開きます。
「定時報告に来たハーレイに訊いたんだ。ブルーの水着姿を見てきたけれど、お前もぼくの水着姿を見たいかい、って。そしたら青の間で水泳でもなさるおつもりですか、とつれなくて。…おまけに床を水浸しにするのは困ります、だって。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん。ハーレイ、いつもブルーが散らかした床の掃除をしてるもんねぇ…」
「とにかく、ハーレイは水着に興味を示さなかった。…ぼくも思念で画像を送ろうとまでは思わなかった。そんな手間をかけるよりかは、実物を見せてやるのが効果的だ。いつもと違うシチュエーションだとヘタレでも燃えてくれるだろうし」
水着を手に入れられて良かった、とソルジャーは満足そうですが…。
「…ブルー…。ちょっと聞くけど、労働って?」
会長さんの目は完全に据わっていました。
「ノルディのヤツに水着を買わせて、それから何を付き合ったわけ? ずいぶん帰りが遅かったよね」
「無粋なことを聞くんだね。…まぁいいけど」
ソルジャーはソファに腰掛け、焦らすように大きく伸びをしてから。
「ノルディに頼まれて写真のモデル。水着を欲しがった理由を聞くから、ブルーが着たのを見たって答えたら案の定、見たいって言い出してさ。でもブルーの水着姿は絶対無理だし、ぼくに着てくれって言うんだよね。ついでに写真も撮っていいか、って。…こっちのハーレイより遥かに積極的で貪欲だ」
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの水着写真を撮ろうとは思いもしませんでしたっけ。それでソルジャーが代わりに撮るという傍迷惑な行為に及んだわけですが…エロドクターは最初から写真を希望でしたか。しかもソルジャーはそれに応えてきたのですから、とんでもない写真を色々撮られていそうです。会長さんは額を押さえて「やられた…」と呻くように呟きました。
「よりにもよってノルディの前で水着なんか…。本当にモデルだけで済んだんだろうね?」
「帰るのが遅いって言いたいわけ? あの水着、洗濯済みなんだ。使用人の女の人がちゃんと洗って乾かしてくれた。待ってる間に口説かれたけど、水着写真で十分だろうって突っぱねたよ。…ブルー相手では撮れそうもないショットを沢山撮らせてあげたし」
こんな感じ、と思念で伝えられてきたソルジャーの姿はエロドクターの視点でした。ソファやら床やら、あちこちでポーズを取るソルジャー。ベッドで撮ったものまであります。しかし何より凄かったのは、肩紐を片方ずらすどころか水着で覆われた部分は腰のあたりだけ、というヤツで…。
「ブルーっ!!!」
真っ赤になった会長さんが激怒するのをソルジャーは涼しい顔で受け流しました。
「どうしたのさ? あの格好の何処が問題だって? 水着って普通はああいうのだろ、ぼくも君も男なんだから」
「…そ、それは……。それは…そうだけど…」
やり過ぎだ、と嘆く会長さん。けれどソルジャーは意にも介さず、薔薇の花束を手に取って。
「いいじゃないか、あれ以上のことはしてないし。でもエロドクターは流石だね。気が変わったらおいでなさい、って花束を買ってくれたんだ。この薔薇の花を散らしたベッドで楽しいことをしませんか…って。誘い文句としては最高だよ。早速活用させて貰おう、今夜ハーレイと青の間で。…だけど…」
まずは食事、とソルジャーは笑顔を向けました。
「学食の人気メニューをぶるぅが作ってくれるんだよね? どんなのかな?」
あぁぁ、ソルジャーときたら、会長さんに申し訳ないとは毛ほども思っていないようです。念願のスクール水着とオマケの薔薇の花束までゲットしてきて上機嫌ですが、会長さんはソファに沈没していました。
ソルジャーと「ぶるぅ」が加わった会長さんの家での夕食会。いえ、正確には私たちの方が後から決まったゲストです。なのでお手伝いしようと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に申し出たものの、いつものように「一人で平気!」と元気に言われ、リビングで座って待つだけでした。ソルジャーはエロドクターの家での撮影会の様子を楽しそうに話し、会長さんは溜息の連続です。
「…ブルー、次から欲しいものが出来たらぼくに頼んでくれないかな。その方が心臓に良さそうだ」
「そうかな? じゃあ、こんなのも買ってくれるわけ?」
「!!!」
会長さんがソファからズルッと滑り落ちそうになりました。
「ど、どこで…。そんな情報、いったい何処から…」
「エロドクターの頭の中に山ほど入っていたけれど? あ、紅紐はリボンで代用できるかな? だけど他のは難しそうだ。欲しいって言ったら買ってくれる?」
「断る!!」
柳眉を吊り上げる会長さん。エロドクターの頭の中には何が詰まっていたのでしょう? どうせロクでもないモノでしょうが…十八歳未満お断りの映像かな? 興味津々の私たちに会長さんは「覗き見禁止」と釘を刺して。
「ブルー、この子たちにその情報を流したりしたら本気で怒るよ。…もう十分に怒ってるけど、より酷いことになるからね!」
覚悟しといて、と指先に青いサイオンの光を浮かべます。
「ほら、やっぱり買ってくれないじゃないか。…ノルディなら買ってくれると思うよ、ぼくが欲しいと言いさえすればね。君がハーレイを財布代わりにしているみたいに、ぼくもノルディを財布に任命しようかな」
「ブルー!!」
「冗談だよ。…君のハーレイは見返りを要求しないけれども、ノルディはかなり強欲そうだ。利子がつくとか何とか言って理不尽なことをさせそうだろ?」
身体を売る気は全然無いし、と笑いを含んだ声のソルジャー。この調子なら売る気はなくても、大人の時間を楽しみに行ってしまうかも…。なんといっても前科一犯。ソルジャーの世界に出かけたドクターを手玉に取って遊んだ事件は今でも忘れられません。あの時は大変な騒ぎでしたが…。
「かみお~ん♪ ご飯、できたよ!」
ダイニングに来てね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を覗かせました。今日の夕食はソルジャーのリクエストで学食の人気メニューです。ソルジャーも頼みごとをするんだったら、こういう罪の無いものにすれば何の問題も起こらないのに…。
ダイニングに入ってゆくと香ばしい匂いがしていました。テーブルにズラリと並んでいるのは…。
「わぁ、カツ丼だ!」
ジョミー君が声を上げ、マツカ君が。
「人気メニューのランキングではいつも上位に入ってますね」
「豚カツ定食とどっちにしようか悩んだんだけど、ブルーがカツ丼の方が学生らしくていいだろう、って。豚カツはちゃんと揚げたてだよ! お味噌汁が欲しい人は言ってね」
学食だとお味噌汁は別料金だし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文を取りに回ります。大食漢の「ぶるぅ」の席にはカツ丼を特盛りにした土鍋がドカンと置かれていました。そして会長さんが恩着せがましく…。
「ブルー、君は夕食抜きの刑にしたい所だけれど、君のリクエストだからやめておく。ぼくの慈悲の心に感謝したまえ。ついでに慈悲を思い出させたサムにも感謝してほしいな」
「サムに…?」
「ぼくの代わりに心配したり怒ったり…。サムは君の行動次第によっては殴ろうとまで思ったらしいよ。とりあえず食事の前に、君の勝手な行動について謝罪の言葉がほしいんだけど」
会長さんが促しましたが、ソルジャーはクスッと笑っただけでした。
「謝るって? ぼくが? この世界での悪戯は大目に見てもらえるんだと思ったけれど…?」
「「「………」」」
やっぱり、と溜息をつく私たち。会長さんには気の毒ですが、ソルジャーが謝るなんて絶対に有り得ないでしょう。
腹を立てるだけ労力の無駄というものです。そんなことより晩御飯ですよ!
「「「いただきまーす!」」」
カツ丼は卵フワフワ、カツの衣はサクサクで…中のお肉がとっても柔らか。料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕は確かで、学食のカツ丼よりもずっと美味しく出来ていました。ソルジャーは嬉しそうに食べていますし、「ぶるぅ」はガツガツと豪快に…。男の子たちがお代わりをして楽しい時間が過ぎてゆく内に、会長さんの怒りも解けたみたいです。
「ブルー、デザートも食べて帰るよね? 学食にデザートメニューは無いけど」
「無いのかい? それじゃ、こないだのゼル特製は?」
「あれは幻の隠しメニューさ。ここは学食じゃないからデザートがあるよ。ブルーはデザート大好きだものね」
「うん。…お菓子ばかり食べて、ってよくハーレイに叱られる」
あちらの世界ではソルジャーは食が細いのだとか。その分を「ぶるぅ」が食べているのかもしれません。夕食が終わると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルを片付け、注文を取り始めました。
「えっとね、アイスクリームとフルーツ蜜豆、どっちがいい? フルーツパフェも作れるよ」
アイスだ、パフェだ、蜜豆だ…と乱れ飛ぶ注文を聞き終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに消え、やがてワゴンを押してきて…。
「お待たせ~! はい、蜜豆。ジョミーがアイスで、シロエがパフェで、ぶるぅもパフェで…」
全部配り終わったテーブルの上で、ソルジャーの前だけが空白でした。
「あれ? ぼくの分は?」
「ごめんね、ちょっと時間がかかるんだ」
そう言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の席でフルーツパフェを食べ始めます。ソルジャーが何を注文したかは知りませんけど、他のが全て出来ているのに一人分だけ後回しなんて…。もしかして「デザートおあずけ」が会長さん流の復讐だとか?
「…食べていけって誘ったくせに出さないだなんて! これはぼくへの嫌がらせかい?」
不満そうなソルジャーに会長さんが微笑みかけて。
「まさか。君には特製のデザートを御馳走しようと思っているよ? ただ、一度冷ましてから持って来るんで、少し時間がかかるんだよね」
「「「は?」」」
一度冷ましてから…? 私たちは首を傾げました。注文を取っていた中にそんなデザートはありません。冷やし固めるデザートの種類は多いですけど、いったいどんなスペシャルが…?
みんながデザートを食べ終えた後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が空いた器を片付けに行き、お盆を手にして戻って来ました。
「かみお~ん♪ 今日のスペシャル、豚かつパフェだよ!」
ドンッ! とソルジャーの前に置かれたものは、フルーツパフェの器の縁に切り分けた豚カツを何枚も突き刺したような代物でした。豚カツで縁取りされたフルーツパフェ、と表現すればいいのでしょうか。
「揚げたての豚カツだとアイスが融けるし、ちょっと待ってて貰ったんだ。一度作ってみたかったけど、ゲテモノだから諦めてたら…ブルーが作っていいよ、って」
「…ゲテモノ…」
愕然とするソルジャーに会長さんが勝ち誇った顔で。
「そう決めつけたものでもないよ? ぼくたちが卒業旅行で回ったソレイド地方の、とある地域の名物でね。ぶるぅはテレビで見て作りたがっていたし、君に出してみることにした。ノルディなんかを誘った罰だ。食べ終わるまで帰さないから、そのつもりで」
「「「うわぁ……」」」
あまりにも凄い復讐に、私たちは震え上がりました。会長さんは深く静かに怒り狂っていたようです。
「あ、君のぶるぅに食べさせるのはダメだからね。君が食べなくちゃ意味がない。いいかい、それの食べ方は…」
まずトンカツを持って、アイスとフルーツを一緒に乗せて、生クリームもつけて…とレクチャーを始める会長さん。聞くだに恐ろしい食べ方ですが、食べ切らないとソルジャーは…。と、サイオンの青い光がパァッと散って。
「しまった!」
会長さんが叫び、私たちもソルジャーは逃げたものだと思いました。ところが…。
「逃げないよ。要はぼくが食べればいいんだろう? …ハーレイ」
こちらへ、とソルジャーに腕を引かれて入れ替わりに椅子に腰掛けたのは船長服の教頭先生。いえ、補聴器をしていますから…この人はソルジャーの世界のキャプテン!?
「ハーレイ、これを食べないとぼくは帰して貰えないそうだ。理由は説明したとおり。頑張って食べてくれたまえ」
「は、はい…」
サイオンで説明を受けたらしいキャプテンが豚カツを一切れ手に取ります。
「ブルー! 代理は認めないよ!」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーは平然とした顔で。
「ハーレイとぼくは一心同体なんだよね。だからハーレイはぼくでもある。…認めないって言うんだったら、一心同体ぶりを証明するよ。君のベッドを拝借して…ね」
「………」
「沈黙ってことは代理を認めてくれるんだ? ハーレイは甘いものが苦手だけれど、ぼくのためなら食べてくれる。そうだよね? 早く済ませて帰ろう、ハーレイ。御褒美はちゃんと用意してあるし」
スクール水着と薔薇いっぱいのベッドだよ、とソルジャーは甘く囁きましたが、キャプテンの方はそれどころではありません。眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で豚かつパフェを食べるキャプテン。大盛りのパフェはすぐに無くなり、青い光が部屋を覆って…。
「じゃあね、今日は楽しかったよ。また来るから」
さよなら、という声が届いて、ソルジャーの姿は光の向こうに消えました。キャプテンと「ぶるぅ」の姿も消えて、リビングにあった薔薇の花束とスクール水着入りの紙袋も…。
「…逃げられたな」
キース君が苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。豚かつパフェの感想を聞きたかったらしいのです。会長さんも悔しそうに宙を見つめていましたが…。
「よし、決めた」
「「「えっ?」」」
「ぼくもハーレイに豚かつパフェを食べさせよう。ぼくを好きだって言うんだったら、食べてくれると思うんだよね。そしたらパフェの感想が聞けるし、水着の写真の仕返しもできる。一石二鳥だと思わないかい?」
パァァッと青い光が走って、現れたのは教頭先生。手には食べかけの親子丼とお箸を持っています。
「こんばんは、ハーレイ。食べて欲しいものがあるんだけれど」
ニコニコと笑う会長さんを止められる人はいませんでした。それどころかソルジャーが来ていたと聞いた教頭先生がうっかり笑みを浮かべたばかりに、一杯の予定だった豚かつパフェが三杯に増殖することに…。
「ブルーの名前を聞いた途端にイヤラシイ顔をしただろう? ぼくの写真で美味しい思いをしたんだったら、豚かつパフェも美味しく食べてくれなくちゃ。甘いものは苦手だなんて言わせないよ」
丸飲みせずに味わって、とクスクス笑う会長さん。教頭先生はアイスと生クリームまみれの豚カツを口に運んで呻き声を上げ、パフェの部分をスプーンで掬い…。
「頼む、これ以上は勘弁してくれ…!」
「まだ一杯目の半分じゃないか。リピーターも多い名物らしいし、三杯食べたら病みつきになるかもしれないよ。ぜひ感想を聞きたいな。ね、ぶるぅ?」
「うん! 食べ終わったら教えてね。お料理雑誌に投稿するんだ」
レポート用紙を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は好奇心の塊でした。ゼル先生の特製お菓子からデザート・バイキングに進み、締め括りが豚かつパフェなんて…誰が想像できたでしょう? 巻き込まれてしまった教頭先生、完食するしかありません。ソルジャーとキャプテンは水着と薔薇の甘い時間を過ごしに帰っていったというのに、教頭先生には甘いパフェ。同じパフェを食べたキャプテンが貰う御褒美のことは、知らない方が幸せですよね…。