シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園祭でサイオニック・ドリームを売り物にしようと計画中の会長さんと対立したのが長老会議。シャングリラ学園設立当初から教師を務め、長老と呼ばれる先生方です。サイオンの存在は公表されておらず、普通の人の前で自由自在に使うことが出来るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ただ一人。
そんな状態でサイオニック・ドリームを一般生徒に売るというのは如何なものか、と先生方は頑なに反対しているのでした。けれど会長さんは、お祭り騒ぎに便乗する形でサイオンを身近に感じて貰うのが将来のためだ、との考え方で…。
「どうなったんだろう、長老会議…」
ジョミー君が呟いたのは、会長さんから学園祭の話を聞かされた翌日の放課後です。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう途中でした。
「おい、そういう話は後にしろ」
まだ一般の生徒がいるぞ、とキース君が窘め、シロエ君が。
「気になるっていうのは分かりますけどね。ぼくたちも部活をサボッて来ちゃいましたし」
「確かにな…。だが、結論が出ているという保証は無い」
その時は部活に行くことにする、と言いつつもキース君も気になる様子です。昨日の長老会議には会長さんが行ったのですから、進展したにせよ停滞中にせよ、何らかの話は聞けそうですが…。いつものように生徒会室に入り、壁の紋章に触れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
「やあ。…みんな、長老会議の結果が気になるようだね」
どうぞ座って、と会長さんが促し、私たちはソファに腰掛けました。早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたのはリンゴとココナツのパウンドケーキ。サツマイモと栗のも焼いたようです。全員分の飲み物がテーブルに揃うと、会長さんは微笑みながら。
「結論から言うと、サイオニック・ドリームを売る許可は下りたよ。この部屋でカフェ形式でやる。君たちの協力も必要になるから、そのつもりでね」
おおっ、会長さんの意見が通りましたか! SD体制もソルジャーの存在も知らない先生方を説得するのは大変だったと思うのですけど、会長さんは苦労話はしようともせずに。
「せっかくのカフェだ、学園祭での一番人気をゲットしないと。君たちもしっかり頑張りたまえ」
「…許可が下りたのは目出度いことだが、また俺たちがウェイターか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「ウェイターなんだけど、同時にサイオンの中継係。注文の品をテーブルに置く瞬間が勝負になる。…そうは言っても、君たちにサイオニック・ドリームは無理だからねえ…。サービス精神旺盛に、としか」
「「「は?」」」
「どんな名前をつけようか、って話した筈だよ、合法ハーブじゃマズイよね、って。カフェのお客さんの注文に応じてサイオニック・ドリームを見せるわけだし、タイミングとして一番いいのが品物をお出しする時なのさ。口に入れてからじゃ合法ハーブか幻覚キノコだ」
それじゃトリップと変わらないじゃないか、と苦笑してみせる会長さん。
「口にした物が原因じゃない、とハッキリ理解して貰わないとね。ぶるぅの不思議パワーのお蔭でトリップしてます、っていうのが大切」
「今、トリップと聞こえたが? トリップなのか、違うのか…。あんたは何を目指してるんだ?」
分からんぞ、と突っ込むキース君。私たちにもサッパリです。会長さんがカフェでやろうとしているサイオニック・ドリームって、どんなもの?
「分かりやすく言えば疑義体験かな。君たちは今、コーヒーや紅茶を飲んでいるけど、見えているのは部屋のインテリアとか壁とかだよね? それを、こう…。何が見える?」
「「「!!?」」」
次の瞬間、私たちはグラウンドのド真ん中に座っていました。サッカー部がまさに活動中で、部員の一人が蹴ったボールが顔面めがけて飛んで来て…。慌てて避けようとしたのですけど、あれ? ボールは? グラウンドは…?
「はい、お試し期間終了…ってね。どうだった?」
クスクスクス…と会長さんが笑っています。それじゃ今のはサイオニック・ドリームですか? グラウンドに瞬間移動をしたわけじゃなくて?
「いくらなんでも、部活の邪魔は出来ないよ。瞬間移動も時期尚早だ。一般生徒への使用許可が出たのはサイオニック・ドリームだけさ。しかも一部はまだ審議中。これは後から話すとして…。カフェの売り物は今のヤツ。その場にいるようなリアルな体験」
サッカーボールが激突するわけじゃないけれど、と会長さん。
「世界には色々な場所がある。ぼくとぶるぅが今までに見てきた人気のスポットを再現するんだ。街角のカフェでもいいし、砂漠でもいい。何通りかのメニューを決めると言っていたのがそれだよ」
「へえ…。なんだか面白そうだね」
ジョミー君が応じ、キース君も。
「それは人気が出るんじゃないか? で、俺たちが中継装置になるわけか…」
「うん。ぼく一人でも出来るんだけどね、手伝ってくれると嬉しいな。品物を置くのと同時に「このお客にこういう夢を見せてくれ」って思念を送ってくれればいい。そうすれば絶妙のタイミングでサイオニック・ドリームを始められるから」
入り込む瞬間が大切なんだよ、と会長さんは強調しています。ドラッグなどを使っているわけではない、と明らかにするため、注文の品を手にしたらすぐにトリップさせるのが重要だそうで…。トリップする先は世界に散らばる人気スポット。私たちはグラウンドでしたけれども、砂漠とかならウケそうですよね!
長老会議で問題視されたのは麻薬の類と間違えられては困るという点と、サイオニック・ドリームの存在を公けにすること。麻薬問題の方は飲食物を口にする前にトリップ開始で解決しますが、それは同時にサイオニック・ドリームという特殊能力を一般の生徒に知らせることで…。
「本当に派手に揉めたんだよねえ、これに関しては…。絶対に秘密にしておくべきだ、と言われたんだけど、下手に隠してバレてしまったら大変じゃないか。人の意識を操れるんだよ? 悪用する方法はいくらでもある。見事に化かされてしまいました、ってレベルで済んでる間に表に出すべき力だと思う」
それなら不思議体験で済む、と会長さん。
「ぶるぅの力は知られてるんだし、実は化かす力も持っていました、ってバラした所で生徒は誰も気にしない。化かされた結果が悲惨だったら苦情も出るけど、楽しい体験が出来るんだよ?」
「…肥溜めに落ちるわけじゃないしな」
そっちだったら悲惨だが、とキース君が口にしてからアッと息を飲んで。
「もしかして狸や狐が化かすというのはソレなのか? 本当はサイオニック・ドリームだったりするのか、あんたやぶるぅの力と同じで?」
「さあ…。生憎、そっち方面に知り合いは一匹もいないから」
分からないや、と会長さんは笑っています。
「でもね、サイオンが存在するのは確かだし…。似たような力を持った生き物が存在したって不思議ではない。その可能性は否定しないけど、ぼくもぶるぅも人を肥溜めのお風呂に突っ込んだことは一度も無いよ。流石のぼくもハーレイを化かして肥溜めはちょっと」
面白そうだけど後が大変、と肩を竦める会長さん。肥溜めで入浴した人に惚れられるのだけは御免だそうです。それはともかく、長老会議をクリア出来たのは「化かす」という言葉のお蔭らしく。
「化かされたっていう昔話でも、憎めないケースってあるからねえ…。サイオニック・ドリームがそっちのケースに分類して貰える雰囲気の間にバラしておこう、って結論になった。もしも普通の人間との関係がこじれてごらんよ、同じ力でもどんな受け止め方をされてしまうか…」
「「「………」」」
それは容易に想像がつく問題でした。サイオニック・ドリームは使い方次第で人を肥溜め風呂に送り込むことが可能です。いいえ、肥溜めどころか、もっと危険な所にだって誘導出来てしまうのでしょう。私たちには悪意は無い、と絶叫したって聞き入れて貰えない世界だったら、その力は恐ろしいものと看做されて…。
「ね、少し考えただけでも分かるだろう? そうなってからでは遅いんだよ。力はあるけど悪用しません、って言える時代に表に出さなきゃ。…この考えに導いてくれたブルーの存在に感謝しないとね。それと、カフェをやろうって閃きをくれたベニテングダケにも大いに感謝だ」
「…あんたの中ではベニテングダケと同じレベルなのか、あっちのブルーは?」
酷すぎないか、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「ぼくにとっての危険度で言えば、似たようなものだと思うけど? こっちから食べに行かない限りは毒にならないベニテングダケの方がマシかもしれない。ブルーはキノコと違って自分の意思で自由自在に動けるからさ」
困るんだよ、と溜息をついている会長さん。毒キノコと同列に論じられてはソルジャーも立つ瀬が無さそうですけど、考えようによっては無言で生えているだけのキノコの方が害が無いかも…。あ、そう言えば、長老会議で審議中とかいう問題は? カフェの許可の他にまだ何か?
「ああ、後で話すと言ったっけね。…そっちもブルーと無関係ではないかもしれない。後夜祭でサイオニック・ドリームをやりたいって頼んであるんだけれども、昨日は許可が下りなかった」
「後夜祭でサイオニック・ドリームなんて今更だろうが」
キース君が指摘しましたが、会長さんは首を左右に振って。
「今までのヤツとはレベルが違う。ついでにカフェともレベルが別モノ。カフェだとお客の数に限りがあるから、遠慮がちな子とかは興味があっても入れずに終わってしまいそうだ。…それで全校生徒にもれなく体験して欲しい、と企画したけど、まだ揉めててさ…」
化かす点では同じなのに、と会長さんは残念そうです。それでも最終的には許可を得てみせる、と意気込んでいて。
「テーマソングは『かみほー♪』なんだ」
「「「は?」」」
「後夜祭のフィナーレにサイオニック・ドリームで誰もが仮装! それぞれが思い描いた衣装で全校生徒が楽しむのさ。ドレスでも良し、ゾンビも良し。ただし長時間だと夢っぽくないから、ぶるぅのお気に入りの『かみほー♪』が一曲流れる間だけ…ね」
なるほど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力だと主張するのですから『かみほー♪』は理屈に適っています。でも…それの何処がソルジャーと関係すると? キース君たちも口々に問い掛けましたが…。
「あの歌、どうやらブルーの世界の歌らしいんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
今度こそ私たちは目が点でした。長老会議が揉めているのも気掛かりですけど、『かみほー♪』がソルジャーの世界の歌だという方が遙かに気になる問題です~!
サイオニック・ドリームの件で盛り上がったり悩んだり…と忙しかった今日の私たち。その上へ更に『かみほー♪』が降って来たのですから、誰もがポカンとしています。あの歌は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の十八番で何かと言えば歌っているのに、ソルジャーの世界の歌らしいなどと言われても…。
「やっぱり混乱しちゃったか…。落ち着いてもらうためにも、まず訊こう。あの歌、いつから知ってるかな? 初めて聴いたのは何歳の頃?」
会長さんの問いに私たちは首を捻りました。『かみほー♪』は今でこそお馴染みの曲になってますけど、シャングリラ学園に入学するまでは聴いた覚えがありません。遠い思い出の中でサビの部分を歌っていたのは昔のママ? それともパパ? そんな程度の曲でしか無く、テレビなどから流れたことは一度も無くて。
「親父のカラオケセットで聴かされたのは……いつ…だ…? すまん、ハッキリとした記憶が無い」
キース君が答え、シロエ君が。
「幼稚園の頃に父が歌ってましたよ。でも、最近は聞きませんね」
他のみんなも似たようなもの。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて…。
「そりゃそうだろうね、古い歌だし。ちなみに作詞作曲は、ぼく」
「嘘をつくな、嘘を!」
それだけは無い、とキース君が激しく反論。
「なんであんたの歌になる! 親父のカラオケセットと言ったぞ、もっとメジャーな曲なんだ、あれは!」
「三十年くらい昔の…ね。当時の売れっ子フォーク・デュオが歌ってリリースしている。それは認める」
でもね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けると。
「ぶるぅ、ぼくが『かみほー♪』を初めて歌ったのはいつだったのか、覚えてるかい? ほら、シャングリラ号で地球に帰って来てさ…」
「初めて宇宙に出た時だよね! んーと、百年くらい前? 月の向こうに見えてた地球がどんどん近付いて来て、とっても青くて綺麗な星で…。その時、ブルーが歌ったんだよ。ブリッジにいたから、ハーレイもゼルも、みんな聴いてた!」
「「「え…?」」」
「嘘なんかじゃないさ。初航海でもワープ・ドライブを試したりしたし、地球どころか太陽も見えない所まで行った。…遠い宇宙を旅した後で帰って来た地球がどんなに懐かしく思えたか…。故郷なんだ、って気がしたよ。そしたら自然に胸の奥から湧き上がって来たのがあの歌だった」
そんな馬鹿な、と言おうとして誰も言えませんでした。会長さんが嘘をつくなら分かりますけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嘘をついて得をするとは思えません。じゃあ、『かみほー♪』は本当に会長さんが最初に歌って、それが世間に流出したと…?
「そういう流れになるのかな。君たちも今では歌詞をすっかり暗記してるし、ぼくが地球へ帰って来た時に思い付いた歌だと話しても信じられるだろう? なんと言ってもカミング・ホームだ。テラが地球の意味だというのもブルーに叩き込まれているしね」
会長さんの言葉どおりです。すると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「かみお~ん♪」と挨拶するのも百年前からということですか? 『かみほー♪』が一般の世界に流れたという三十年ほど前ではなくて…?
「ううん、ぶるぅの挨拶の方は筋金入りだよ、三百年以上の歴史があるのさ。あの頃は正真正銘、生まれたての子供だっただけにルーツはサッパリ謎なんだけど、アルタミラに住んでいた頃に言い出したんだ。誰に会っても元気に「かみお~ん♪」とやるものだから、真似して挨拶してくれる大人もいてね」
懐かしそうな瞳の会長さん。
「それで自分の挨拶に似ている歌詞が入った『かみほー♪』もお気に入りになったってわけ。シャングリラ号の歌でもあるから、乗り込めばクルーが歌っているし」
「「「は?」」」
「校歌みたいなモノなんだよ。作詞作曲はぼくだと言ったろ? 初めて宇宙へ出航してさ、帰って来た時にソルジャーが作った曲となったら別格だってば。…朝礼で必ず歌うんだけれど、知らなかった?」
「「「…朝礼…」」」
シャングリラ号には何度もお世話になっていますが、朝礼というのは初耳です。所詮はゲストだったのか、と残念なような、ゲストの方が気楽なような…。
「まあ、朝のお勤めでも文句を言ってるジョミーなんかに朝礼ってヤツは向かないね。とにかく、あれはシャングリラ号の歌だった。それが何処からどうなったのか…。いきなりテレビから流れて来た時は腰が抜けるほどビックリしたよ。原因は多分、ぶるぅじゃないかと思うんだけどさ」
お気に入りの歌を歌っている内に思念波に乗せてしまったのだろう、と会長さんは肩を竦めて見せました。御機嫌な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歌が広大な範囲に波紋のように拡がってゆき、それを意識の下で拾い上げたのが『かみほー♪』をリリースした人たちなのだ、と。
「なるほどな…。それで親父のカラオケセットにあんたの歌が入ってしまったのか。だが、その話だと、あいつの出番が無いようだが?」
どうなんだ、と尋ねるキース君に会長さんは。
「ブルーかい? 君たちには何度も話した筈だよ、シャングリラ号の設計図をくれたのはブルーだろう、って。ブルー自身は全く意識していないけれど、間違いないと思ってる。『かみほー♪』の方も同じなんだよ。あの歌はブルーの世界に遙か昔から伝わってる歌」
「かみお~ん♪ あっちのぶるぅも歌ってるでしょ? 地球へ帰ろう、って歌なんだって!」
地球が一番の世界だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。言われてみればソルジャーの世界では地球は聖地なのでした。私たちの世界よりも遙かに『かみほー♪』が相応しい世界なわけで…。
「分かったかい? ぼくはシャングリラ号の設計図とは別に『かみほー♪』もブルーから貰ったらしい。ブルー本人は教えた覚えもくれた覚えも無いそうだけどね」
だけど確かに貰ったんだ、と会長さんは微笑みました。シャングリラ号の設計図ばかりか『かみほー♪』までがソルジャーの世界から来ていたなんて…。SD体制の下で苦労しているソルジャーに少しばかりはお返ししないといけないのかもしれません。キース君に桜の数珠でお祈りして貰うのが一番いいかな?
サイオニック・ドリームを学園祭で売り物にするのと、長老会議と、『かみほー♪』のルーツ。知恵熱が出そうな気分で下校していった私たちですが、会長さんの方は長老会議に出たようです。しかし翌日も後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可は下りてはおらず、それでも会長さんは前向きで。
「少しずつだけどね、ハーレイの眉間の皺がマシになって来てるし、ゼルも瞬間湯沸かし器だった頃を思えば穏やかなものさ。…大丈夫、学園祭までには許可が下りると思ってる。そっちの方は任せといてよ」
「そもそも頼んでいないんだが?」
俺たちは蚊帳の外なんだぞ、とキース君がぼやきましたが、会長さんは意にも介さずに。
「そうだったっけ? それよりもカフェのメニューが問題なんだ。何がいいかな?」
「…去年のは…。そうか、坊主カフェでは参考にならんな」
あれはお茶席で抹茶だった、とキース君が呻けば、シロエ君が。
「最初の年は喫茶でしたよ? ケーキセットのスペシャル価格で会長を貸し切れましたけど」
「「「あー…」」」
そういうのもあった、と頭を抱える私たち。あの年はバニーちゃん喫茶で、男子は全員バニーちゃんコス。会長さんだけがタキシードを着てウサギ耳をつけ、スペシャルセットを注文して自分を貸し切りにしたお客の相手をするというホストまがいのアヤシイ行為を…。
「でもさ、メニューは普通だったよ? あれを参考にすればいいんじゃない?」
サンドイッチとかも人気だったし、とジョミー君。バニーちゃん喫茶はウェイターの男子こそイロモノでしたが、喫茶店としては特に問題は無く、スペシャルセットも価格を除けば単なるケーキと飲み物のセット。お客さんにも好評でしたから、あの時と似たようなメニューにすれば…。
「そういう意味のメニューじゃなくてさ」
会長さんが遮りました。
「お客さんに見せる夢の方だよ、どんなのを用意しようかなぁ…って。喫茶店で出す方のメニューは今度はドリンクだけなんだ。でないと扱いが大変になる」
「なんで?」
ジョミー君の疑問に、会長さんは。
「サイオニック・ドリームを売るという意味が分かっているのかい? 夢を売るには見せなきゃならない。お客さんが夢を見ている時間を揃えておかなきゃ大変なんだよ、サイオンを操る売り手の方が…ね。実質、ぼくが一人でやるんだからさ」
せめて時間は統一したい、というのが会長さんの譲れないポイントだそうです。トリップさせる先は何種類かに分かれていてもいいのですけど、サイオニック・ドリームを始める時間と終わらせる時間は部屋に入っているお客さん全員が同じでないとキツイらしくて…。
「本当はね、ソルジャーたる者、お客さんが部屋一杯に溢れていたって別々の夢をいろんな長さで見せられないと意味が無い。そして出来ないわけじゃないけど、学園祭のイベントだよ? 楽をしたっていいじゃないか。だから時間はキッチリ揃える! そのためにメニューはドリンク一本」
「「「一本?」」」
それは味わいが無さ過ぎないか、と私たちが異議を唱えると、会長さんはクッと笑って。
「額面通りに受け取ったのかい? ペットボトルだの缶ジュースだのって味気ないのはやらないよ。一本というのは一筋の意味。ドリンクだけしか出しません、ってこと。紅茶にコーヒー、ココアとか…かな」
「なぁんだ、ホントに缶とかボトルだと思っちゃったよ」
勘違いしちゃった、とジョミー君が頭をかけばキース君たちも。
「やりかねないしな、あんたなら。でもって値段が暴利なんだぜ」
「会長ですしね、それは大いにありそうですよ。缶ジュースとかが高くなるのって山の上とか観光地とか…。あっ、本当にそうでしたっけ…」
サイオニック・ドリームで観光地までお出掛けですよね、と笑うシロエ君の言葉に会長さんがポンと手を打って。
「なるほど、観光地価格ってヤツか…。それはいいかもしれないね。同じ紅茶でもトリップする先によって値段を変えれば価値が出そうだ。遠くへ行くにはより高く…、と」
あちゃ~…。シロエ君が口を押さえた時には既に手遅れ。会長さんは素晴らしいアイデアをメモに書き付けています。サイオニック・ドリーム喫茶の値段は良心的とは言い難いモノになってしまうかもしれません。トリップする先は外国旅行の行き先と同じで安い近場が一番人気になるのかな?
「ところで、店の名前だけれど…。何にするのがいいんだろう?」
会長さんが私たちを見回したのはシロエ君の発案を巡ってひとしきり騒ぎになった後。観光地価格設定は決定となり、細かい所はメニューを決めてから検討するということですが…。
「喫茶ぶるぅでいいんじゃないのか?」
シンプルだが、とキース君。
「あんたが何度も言っていたようにサイオニック・ドリームの名は出せないんだろう? だからと言ってトリップ出来ると一発で分かる名前というのは…。先生方から苦情が出るぞ」
「やっぱり文句を言われそうだよね…。長老会議で最初にやんわり断られた時がソレだったしさ。学園祭で合法ハーブの店を出す気か、と」
ぼくとしては幟を出したい気分だけれど、と会長さんは残念そうです。合法ハーブは流行りのトリップが売りのハーブで、お店で売られる時には『お香』。吸引目的の使用は禁止と書いておきながら、お店では吸引用の道具を扱っているのだとか。会長さんはそのノリでやってみたかったらしく…。
「トリップするのは間違いないんだ。合法ハーブどころか吸引用の道具が無くても飛べちゃいます、って大いに宣伝したかったのに…。コッソリお香を焚いてるだろう、と通報されたらどうするんだ、って叱られちゃった」
「当然だろうが! そうでなくてもスレスレだという気がしてきたぞ。…お香を焚くなんて言われるとな」
そっちの方もキッチリ固めておかないと…、とキース君は大真面目な顔。
「ぶるぅの力に間違いないと印象づけるためにも喫茶ぶるぅだ。ぶるぅのお部屋とか、そっち系にしろ」
「君までゼルたちの肩を持つのか…。そりゃね、慎重にやるべきだって分かっちゃいるけど、お祭りなのに…」
遊び心を入れたかったよ、と嘆く会長さんが何処まで本気か、私たちには分かりません。ソルジャーとしての決断でサイオニック・ドリームを表に出すと長老会議に計ったかと思えば、お祭り気分で合法ハーブ。でも、それでこそ会長さんだという気もします。ソルジャーの肩書きに相応しく長老の先生方より厳格だったら、私たち、此処にはいませんよね…?