忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

学園祭に夢を・第3話

学園祭で出す喫茶店の名前は二転三転。トリップ効果を前面に出したい会長さんの意向は変わらず、長老の先生方と同じ慎重派であるキース君とのガチンコ勝負の様相です。私たちは横からアイデアを捻り出しては二人に却下され、案を練っては蹴り飛ばされて…。
「喫茶ぶるぅでいいじゃない!」
そのまんまだし、とジョミー君がブチ切れました。
「ぶるぅの部屋を使うんだしさ、サイオニック・ドリームもぶるぅだし!」
「違うと言っているだろう! サイオニック・ドリームを使うのはぼくだ! ぶるぅは気ままに遊んでるだけ!」
もっと気の利いた意見を出したまえ、と会長さんは不満そう。でも『トリップぶるぅ』はキース君が却下でしたし、『ぶるぅトラベル』は会長さんがダサイと却下しましたし…。
「ツーリストもダメ、ツアーもダメ。他にどう言えって言うんですか…」
シロエ君が心底疲れ果てた顔で。
「旅行関係のヤツは全部ダサくてダメなんでしょう? エアラインも却下されちゃいましたし、もう世界のあちこちへ飛ぶ方法が残ってませんよ。それとも絨毯で飛べとでも?」
「絨毯…」
呟いたのは会長さんです。白い指先を顎に当てると、暫くの間、考え込んでいましたが…。
「そうだ、空飛ぶ絨毯だ! あれなら何処へでも飛んで行けるし、夢もあるよね。よし、決めた。店の名前は『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』で! これなら文句は無いだろう、キース」
「確かに怪しい感じは無いな。…店の内装が限定されてしまいそうだが」
「ダメダメ、それだとお香を焚くのが似合いのスタイルになってしまうよ。魔法のランプの世界だろう? そっちは却下。このままの部屋で喫茶店!」
トリップの件はチラシに書くのだ、と会長さんは胸を張りました。
「許可は貰っているんだよ。ぶるぅの力で好みの場所が見られます、って書くんだけどね。どんな感じで見られるのかは来店してのお楽しみ。後はクチコミで広がればいい」
「かみお~ん♪ 空飛ぶ絨毯、楽しそうだね! 絨毯でもホントに飛べちゃうけれど」
「「「わわっ!?」」」
次の瞬間、私たちはソファに座ったまま絨毯ごと床から浮き上がっていたり…。すぐにフワリと着地したものの、悪い気分ではありません。空を飛ぶ代わりに世界中へとトリップ出来る『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の方も喜んで貰えそうですよ~!

お店の名前が決定すると、次に決めるのは営業形態。ドリンクしか出さないと会長さんが言っていただけに、紅茶にコーヒー、ジュースなんかを一人一杯にするとして…。
「入れ替え制も必須だよ」
出来るだけ多くのお客さんをお迎えしなきゃ、と会長さん。
「ドリンク一杯で十分間って所かな。出入りする時間と注文の時間、その辺を引けばトリップの時間は八分くらい? 充分だろうと思うけれども」
「八分ですか…」
長いような短いような、とシロエ君が言えば、サム君が。
「短くねえだろ、カップ麺が食えるぜ」
「なるほどな」
頷いたのはキース君です。
「湯を沸かす時間も込みなら少しキツイが、湯さえ注げば三分で…五分もあれば食い終わるし」
「いいね、それ」
会長さんが赤い瞳を輝かせて。
「好みの景色を見物しながら三分待つのも良さそうだ。スペシャル価格でカップ麺もメニューに加えよう。タイマーを一緒に置いてあげればいいんだからさ」
「でも…」
他のお客さんの迷惑になるよ、というジョミー君の指摘は尤もでした。喫茶をやるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。防音設備は完璧ですけど、同じ部屋にいればタイマーの音は当然耳に届くでしょう。
「トリップの最中にタイマーはねえなぁ…」
頼んだヤツはともかくとして、とサム君が言い終えない内に。
「そこは心配要らないよ。サイオニック・ドリームは人の意識を操るんだから、隣の人が見ている世界は無関係! タイマーが鳴ろうがカップを倒して騒ぎになろうが、間に入るのはウェイターだけさ」
だから全く無問題、と会長さんは自信満々。その代わり、ウェイターの責任は大きいそうで…。
「お客様に夢を満喫して貰うためには環境ってヤツが大切になる。ドリンクが零れたら即、フォロー! テーブルを綺麗にするのは勿論、場合によっては代わりの品をお持ちしなきゃね」
「それを俺たちがやるんだな? 女子は除外で」
「決まってるじゃないか」
キース君の仏頂面にも、涼しい顔の会長さん。
「去年も一昨年も実動部隊は男子だけ! 今更女子に手伝えと? ぼくはフェミニストだから手伝わせたくないけど、どうしてもって言うのなら…。その代わり、制服を設けるからね」
「「「は?」」」
どういう意味だ、と誰もが首を捻ったのですが。
「今年はサイオニック・ドリームを売り込むんだから、奇をてらう必要は全く無い。バニーちゃんコスも坊主も余計だ。むしろ無い方がいいと考えていたし、ウェイターの衣装も学校指定の制服で…と思ってた。だけど、女の子たちまで働かせたいと言い出すんなら話は別! それ相応の制服を…」
「「「わーっ!!!」」」
要らないだとか、お断りしますとか、男子はたちまちパニックでした。なにしろ店の名前が『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だけに、どんな制服が登場するかは予測不可能というヤツです。ランプの精な民族衣装で済めば御の字、悪く転べばハーレムパンツな女性の衣装が出たりして…。
「分かったんなら真面目にね。…最近は男のベリーダンサーもいるそうだ。そっち系の衣装を着たくなければ、キリキリ働いてくれたまえ」
健闘を祈る、と鼻先で笑う会長さんに歯向かう男子は一人もおらず、喫茶店の実動部隊も準備をするのも男子ばかりということに。スウェナちゃんと私は毎日のんびり過ごしていればいいようです。メニュー作りやチラシ作りと雑用が多いみたいですけど、学園祭まで頑張って~!

校内のあちこちにポスターが貼られ、学園祭の日が迫って来る中、ついに長老会議が後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可を出したのは残り一週間というギリギリの時点。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でそれを教えてくれた会長さんは大張り切りで。
「今日は朝から挨拶回りをしてたんだ。…ぼくが勝手にそう呼んでるだけで、挨拶された相手の方は何も気付いていないだろうけど…。こういうのは根回しが大切だからね」
「「「???」」」
「全校規模でのサイオニック・ドリームをやろうというんだよ? 喫茶と同じで楽をするには協力者! 先生方や職員さんに中継をして貰うのさ。『かみほー♪』が流れている間はサイオニック・ドリームの時間なんだ、と意識して貰えればそれで充分」
そういう意識を持っている人が多ければ多いほど楽になるのだ、というのが会長さんの説明です。その人がサイオニック・ドリームを見せる能力を持っているかどうかは問題ではなく、思念の一部が会長さんと同調すればいいのだそうで…。
「そこは君たちも同じだね。『かみほー♪』と同時にサイオニック・ドリームなんだと知っているから役に立つ。…サイオンってヤツは相乗効果があるんだよ。一人ずつでは大した力が無くても、二人揃えば二×二で四人分。三人いれば九人分さ。先生方だけでも凄い計算になるだろう?」
「…全校生徒を軽く超えるということか?」
キース君の問いに、会長さんはパチンとウインクしてみせて。
「そうなるね。ぼくが目指すのは全校生徒の仮装なんだから、その人数を余裕でカバーするだけのサイオンを持った仲間が必要。…楽勝コースの場合は、だけど」
「楽をしないならブルーだけでも出来るわけ?」
ジョミー君も興味津々ですが。
「うん。ジョミー、君にもそれだけの力は潜在的にあるんだけどねえ? いつになったら…」
「わーっ、その話は勘弁してよ! お坊さんになったんだから、無効ってことにしといてよー!」
特訓は無し、とジョミー君はたちまち大騒ぎです。会長さんと同じ力を持つタイプ・ブルーだと認定されているというのに、ジョミー君のサイオンは私たちとレベルが変わりません。今後、劇的に伸びる見込みも現時点では無いらしく…。
「あーあ、ホントにジョミーときたら…。まあ、それが平和の証拠だと思えば腹も立たない。学園祭でサイオニック・ドリームなんかをやっていられる素敵な時代で良かったよ。えっと、そろそろ数学同好会が揃う頃かな?」
挨拶回りに行ってくる、と会長さんは出掛けてゆきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の話によると、私たちが授業に出ている間も寮などを訪ねて『かみほー♪』を合図に何をするかを知らせて回っていたのだとか。
「あのね、ジルベールも来てくれるって! 長いこと学校に行ってないけど楽しそうだ、って♪」
「「「ジルベール!?」」」
かの有名な欠席大王、1年B組の幻の特別生のジルベールまでが出て来るんですか、後夜祭! サイオンを表に出そうという会長さんの企画の反響は思った以上に大きそうです。ジルベールの名前は知っていますし、数学同好会に籍があるとも聞いていますが、一度も会ったこと無いですもんねえ…。
「それでね、ブルーが許可が出たからお祝いを兼ねて腕試しって言ってたよ!」
ちょっとだけ待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、お祝いに腕試し? それって何?
「え? んーと、んーとね…。あ、ブルー! お帰りなさい!」
「あれ? どうしたのさ、みんな変な顔して…。ああ、そうか。ぶるぅが喋っちゃったんだ?」
「おい、腕試しというのは何だ!」
聞き捨てならん、とキース君が咬み付いた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方から腕一杯にカップ麺を抱えて来ました。
「かみお~ん♪ 色々あるけど、どれにする? 味噌に醤油に豚骨に…。みんな同じのを選んでもいいよ、学園祭で使うヤツだもん!」
食べちゃった分は買い足すもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔。大量のカップ麺は学園祭用で、会長さんが腕試しってことは、もしかして…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「うん、喫茶メニューのスペシャル版を無料で提供! 君たちは思念波が使えるからね、ウェイターなんかは必要ない。好きな所へトリップさせるよ、砂漠のド真ん中でも南の島でも」
何処へ行く? と会長さんが差し出すメニューは『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』でお客様にお出しするために作られたモノ。紅茶やコーヒーといったドリンクの横にランク分けされた値段があります。星の数が増えてゆくほど遠くだったり、普通じゃ行けない所だったり…。五つまである星のそれぞれに選べる行き先が数種類。

「ぼく、ベースキャンプ!」
真っ先に叫んだのはジョミー君でした。世界最高峰を目指す登山家たちが拠点にすることで名高い場所です。そこの中でも山が一番綺麗に見える地点を選んだのだ、と会長さんが自慢してましたっけ…。
「俺もベースキャンプ! 観光客気分でカップ麺なんて有り得ねえしな」
食べ甲斐がある、とサム君が注文すると、会長さんは嬉しそうに。
「あっ、このメニューの値打ちを分かってくれた? 流石サムだね、ぼくの愛弟子で公認カップル! あそこじゃお湯が充分に沸かないんだよ。なにしろ標高が高すぎて…。サイオンを使うなら別だけれどさ」
ベースキャンプは標高五千二百メートルなのだそうです。沸点が低くなるためカップ麺を作っても平地のようなわけにはいかず、ぬるめのスープで味もイマイチだと聞いてしまうと…。
「なんだ、全員ベースキャンプでカップ麺? 確かに一番高い値段のメニューだけどねえ、腕の揮い甲斐が無いったら…。みんなバラバラの場所を希望というのが理想だったな」
腕試しだし、と苦笑しつつも会長さんは約束を守ってくれるようです。私たちは好みのカップ麺を選び、それぞれの席で蓋を半分だけ開けて粉末スープや具などを入れて用意して…。
「かみお~ん♪ 沸いたよ、順番だからね!」
熱いから少し避けててよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお湯を注ぎ終えると、会長さんが。
「始めるよ? タイマーが鳴ったら蓋を取るのを忘れずに。山に見惚れて食べないでいると麺がデロデロに伸びちゃうからね」
気を付けて、と声を掛けられたと思った途端にサーッと景色が広がりました。私は荒涼とした茶色い地面に置かれたソファに腰掛け、目の前のテーブルにカップ麺。一緒にいた筈のジョミー君たちの姿は見えず、代わりに真っ白な雪を頂いて天空に聳える高峰が…。
(うわぁ…。こんなの初めて見るし!)
信じられない、と怖いほどに青い紺碧の空と神々の座と呼ばれる山を食い入るように眺めていると、ジリリリリ…と鳴るタイマーの音。おっと、カップ麺が出来ちゃいましたか、もう三分も経ったんですか?
(ジョミー君たちも食べてるのかな? 同じ景色を見てるんだろうけど…。あっ、何か飛んでく)
飛行機とは違う小さな点の群れが遙か頭上を飛んでゆきます。鳥のようにも見えますけれど、こんな高い所に鳥なんて…?
『アネハヅルだよ』
頭の中に響いてきたのは会長さんの思念波の声。
『八千メートルを超える世界の屋根を越えて飛んでゆくのさ。アネハヅルが飛ぶ日は天気が崩れることはない。登山家たちの強い味方だ。…あ、この解説は特別サービス! 一般のお客さんにはつけないよ』
ぶるぅの力でやっているんじゃないとバレちゃうからね、と思念波が消え、戻る静寂。アネハヅルの群れを見送りながらカップ麺を食べ終え、世界最高峰の眺めを堪能する内にスウッと身体が引き戻されて。
「はい、おしまい。…どうだい、ベースキャンプまで旅した気分は?」
私たちは何度か瞬きした後、興奮気味に見て来た景色を語り合ったり、会長さんに御礼を言ったり。この体験はヒット商品になること間違いなしです。サイオニック・ドリームとかの仕掛け以前に、誰でも感動しますって! 行き先の方はお値段次第。喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』、間もなく開店いたしまぁ~す!

そして学園祭の日がやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段は入口がありませんけど、例年どおり夜の間に私たちの仲間の業者さんが来て壁に隠されているドアが外に出るように工事してくれ、真鍮のドアノブも取り付けてくれて重厚な雰囲気を醸し出しています。
「うん、いいね。これが出来ると気が引き締まるよ」
会長さんが生徒会室側から扉を眺めているのは朝のひととき。二日間にわたる学園祭の間、終礼と朝のホームルームはありません。普段の教室はクラスとクラブ、それに有志の展示や催しに占拠されるため、出欠は定時に講堂脇で。今頃はグレイブ先生も出席簿を広げているのでしょうけど、特別生に出席義務は無く…。
「もうすぐチャイムが鳴るのかな? チラシとポスターの評判はどう?」
「上々だ」
キース君が親指を立てています。
「俺が登校してきた時点で既に話題になってたぞ。一番に行くなら『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と話している生徒が多かった」
「ぼくも聞かれたよ、整理券とか出るんですか、って。用意しといて良かったよね」
ジョミー君はクラスメイトに質問を受け、サム君は気の良さそうな顔立ちだけに男女やクラス、学年を問わず色々訊かれてきたのだそうで。
「好きな場所を見られるっていうのが気になるらしいぜ。眼鏡をかけたりするんですか、って訊いてきたヤツもいたっけなぁ…」
なるほど、眼鏡は無難な発想です。そういう仕掛けは一切無いと知れ渡ったら更に評判が上がりそう。おっと、開幕のチャイムの音が…。
「かみお~ん♪ みんな、頑張ってね!」
「よろしく頼むよ、ぼくが倒れたら店は閉めなきゃいけないんだから」
サイオニック・ドリームあっての『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と会長さんが発破をかけると男子は揃ってビシッと敬礼。
「「「頑張りまーす!」」」
「それじゃ、持ち場に。ぼくへのフォローも忘れないでよ、休憩時間には飲み物とお菓子。何にするかは気分次第さ。きめ細かい心配りを期待している」
会長さんが扉を開けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入り、壁際の一角に置かれたソファにゆったり腰掛けました。隣にチョコンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ります。そこがサイオニック・ドリームの発信地点で、部屋に設置されたテーブルのお客さんとの間を中継するのが男の子たち。
「おい、キッチンの方は確認したか? 俺たちで全部やるんだぞ?」
キース君の声にシロエ君がキッチンに走り、「バッチリです!」と戻って来ると、マツカ君が閉めてあった扉を開けに行って。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯へ」
「「「いらっしゃいませー!」」」
ゾロゾロとお客様たちが入って来ました。入口に『相席でお願いします』と注意書きが貼ってあるため、大人数のグループで来た人も心得た様子で分散します。一つの丸テーブルに五人まで。ウェイターの男子は五人ですから、定員は二十五名という勘定で…。
「お手伝いに来ました、会長!」
リオさんが扉から顔を覗かせ、整理券の配布と時間待ちのお客様への説明係を引き受けてくれるらしいです。スウェナちゃんと一緒にやるしかないと思ってましたが、リオさんだったら任せて安心。喫茶の方を見学しながら会長さんのお世話でも…。
『ありがとう、女の子はやっぱり優しいね。向こうの椅子で控え要員っぽく座っていれば楽だと思うよ』
会長さんの思念に従い、スウェナちゃんと私は隅っこにあった予備の椅子へ。喫茶店用のテーブルと椅子は業者さんが揃えてくれましたから、ジュースが零れた時などに備えて充分な数があるのです。私たちが座る間に男子は注文を取り終えたようで。
「かみお~ん♪ ぼくのお店へようこそ!」
楽しんでいってね、とソファの上に立ち上がる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、ここの仕組みはね…。んーと、難しいことは分からないから、ブルーと交替!」
「了解。ぶるぅの空飛ぶ絨毯へようこそ」
歓迎するよ、とソファに腰掛けたままでニッコリ微笑む会長さん。
「此処での体験は早い話が化かされるって感じかな? 君たちは注文通りの景色の中へと旅をするわけさ、ぶるぅの力で意識だけが…ね。ドラッグや麻薬の類じゃないから副作用も後遺症も無い。ドリンク片手にゆったり過ごしてくれたまえ」
会長さんの言葉に満員のお客様たちはビックリ仰天。
「化かすんですか?」
「そるじゃぁ・ぶるぅにそんな力が?」
あちこちから飛ぶ声を会長さんはスッと右手を上げて制すると。
「百聞は一見にしかず、ってね。時間をロスしたくないだろう? ほら、オーダーしたドリンクが来たよ、後はぶるぅに任せておいて」
「「「???」」」
男の子たちの仕事は見事でした。無駄のない動きでドリンクを配り終えたのは全部のテーブルで殆ど同時。それはいいとして、お約束の「かみお~ん♪」は? いつ言うんですか?
『もう始まっているんだよ。ズレたらアウトだと言っただろう?』
会長さんの思念が私たち全員に届きました。
『ドリンクを受け取ったお客さんは端から夢の中へと飛ばしていった。ぶるぅの力だと印象付けてあるんだからさ、合図は特に要らないよ。終了時間が同時なだけに、先にドリンクを貰った人が少しだけ得をするのかな? 受け取ってすぐに飲まれて麻薬と間違えられたら大変だから、飲む前に飛ばす』
時間差は内緒、と会長さんの思念は笑っています。その一方で何通りものサイオニック・ドリームを操っているのですから、流石はソルジャー。別の世界に住むソルジャーには敵わないとか言ってますけど、やっぱり凄いサイオンですよ…。

喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の最初のお客様たちは大感激で部屋を後にし、会った人たちに喋りまくって「絶対、行くべき!」と宣伝してくれ、第二弾のお客様が部屋を出る頃には行列は倍の長さになっていました。会長さんの休憩時間を入れても、その間、僅か十五分。クチコミ効果はバッチリです。
「えっと、紅茶で。オーロラ見物でお願いします」
「コーヒーと…これこれ、灼熱の砂漠ってヤツで!」
リオさんが先にメニューの解説をしてくれるお蔭で、予め決めて入ってくる人が大多数。迷っていた人もポンポンと行き先が飛び出す雰囲気に飲まれ、エイッと思い切って…。えっ、何を決断するのかって? 安いメニューで無難に行くか、お小遣いをはたいて高いメニューを頼むかですよ。こうして午前が無事に終了。
「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様!」
「ぶるぅ、お昼はキースたちに任せておけば? パスタくらいは作ってくれるさ」
「平気、平気! ブルーと違って頭は使ってないもんね♪」
お昼はガッツリ食べなくちゃ、とキッチンに向かう「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ひょっとしてサイオニック・ドリームのお手伝いをしていたんでしょうか? 顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんが。
「大丈夫だって言ったんだけど、お手伝いするって聞かなくて…。サイオニック・ドリームを見せ始めた後、維持するサイオンを補助してくれた。よく頑張ってくれたよ、ぶるぅは」
これで予定外の休憩をせずに済みそうだ、と会長さんは嬉しそうです。チラシには『予告無しにお休みする場合があります』の一文が入っていますが、それは会長さんが疲れた時のため。休憩時間は取ってあるものの、不測の事態も有り得るわけで…。
「お昼、出来たよ! ふわふわ卵のオムライス!」
沢山食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯。うん、この調子なら二日間の学園祭は余裕で乗り切れちゃいますよ! カップ麺を注文するお客さんが初めて出るのは今日の午後かな、それとも明日…? そんな話をした昼食が済むと、部屋の外には長蛇の列。リオさんが整理券を配っています。
「会長、凄い人気ですね。もう明日の券まで出始めてますよ」
「そうなのかい? じゃあ、明日はテーブルを六人掛けにしようかな」
ぶるぅも頑張ってくれてるし、と微笑んだ会長さんは本当に翌日、テーブルに椅子を増やしました。評判が高まる中で最初のカップ麺を注文したのはリピーターの男子。これが人気を呼び、最後に入ったお客様たちは全員もれなくカップ麺で。
「「「ありがとうございましたー!」」」
みんなでお辞儀してお見送りして、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』は大盛況の内に閉店です。さあ、この次は後夜祭! 恒例のダンスに人気投票、それに全校規模でのサイオニック・ドリームというシャングリラ学園始まって以来の一大イベントの時間ですよ~。

「うーん、危なかった。…まさに藪蛇」
危機一髪だ、と会長さんが笑っているのは人気投票で一位に決まって特設ステージに上がる直前。女子の一位はフィシスさんですが、今年は二人とも例年ほど票が伸びなくて…。その原因は投票用の薔薇の造花を溢れるほどに籠に詰め込んだ美少年。欠席大王、ジルベールです。
「すげえ顔だよなぁ、男か女か分からねえや」
サム君がフウと溜息をつき、キース君が。
「黙って立ってるだけだからな…。男装の麗人と間違えるヤツが出るのは当然だ。ブルーへの票が流れた上に、フィシスさんの票まで流れたか…。いっそブルーが蹴落とされれば笑えたのに」
「笑えねえよ! サイオ…むぐっ!」
キース君に口を塞がれたサム君の言葉の続きは思念波で私たちに届きました。
『サイオニック・ドリームはどうなるんだよ、ステージの上で発表だろ!』
『『『そうだった…』』』
会長さんはステージに上がる必要があったのです。フィシスさんを伴い、優雅にお辞儀する会長さん。
「みんな、今年もぼくを一位に選んでくれてありがとう。御礼にプレゼントさせて貰うよ、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のスペシャル・バージョン! ぶるぅが全校生徒を化かす!」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくたちの店に来てくれた人も、来られなかった人も、存分に楽しんでくれたまえ。ぶるぅのお気に入りの曲、『かみほー♪』が流れる間は着替え放題! こんな服を着たいな、と思えばそれを着られる」
ただし他の人には見えないけれど…、と注意があっても校庭は歓声に包まれています。ステージに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出すと拍手喝采、そこへ『かみほー♪』が流れ始めて…。
「凄い、凄かったよ、俺、本当に勇者だったよ!」
「あ~ん、お姫様、もっとやってたかった~! また化かされたい~!」
アンコール、アンコール、と叫び始めた全校生徒に会長さんが。
「欲張っちゃダメだよ、今日の体験は心の宝物にしておいて。ぶるぅの不思議パワーがあるこの学校に来られたことを誇りにして…ね」
「かみお~ん♪ みんな友達、いつまでも友達! シャングリラ学園、バンザーイ!」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!」」
全校生徒が連呼する中、沢山の花火が打ち上げられて学園祭は幕を閉じました。『かみほー♪』で化かされた思い出を胸に生徒たちが下校してゆきます。
『ありがとう、みんな。…サイオニック・ドリームは成功したよ、みんなのお蔭で』
静かに流れる会長さんの思念。
『許可してくれた長老のみんな、此処に集まってくれた人たち。みんなを中継ポイントにして全校生徒に夢を送った。ぼく一人でも出来ないことはなかったけれど、みんなの力を使いたかった』
先生方や特別生の間から上がる驚きの思念に、会長さんは力強く。
『学校の中だけとはいえ、サイオニック・ドリームは受け入れられた。行こう、サイオンが普通な未来へ。遠い未来のことであっても、誰一人として欠けることなく』
「…シャングリラ学園、万歳!」
一番最初にそう叫んだのは誰だったのか。一般生徒が消えた校庭に万歳の声が何度も響き、『かみほー♪』の合唱が始まりました。シャングリラ号の歌だけあって仲間は全員歌えるようです。私たちも歌の輪の中に入り、ソルジャーの世界から来た『かみほー♪』の歌を元気良く…。
サイオンを隠さずに使える時代へ皆で揃って行けますように。この学校がその礎になりますように…。私たちの大切な学校、シャングリラ学園、万歳!



 

PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]