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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

宇宙で休日を・第2話

スウェナちゃんが書いた特集記事のせいで、危うくお坊さんとしての進路指導をされてしまう所だったジョミー君。会長さんの助け舟のお蔭で九死に一生を得たわけですけど、完全に逃げられたわけでもなく…。会長さん曰く、ジョミー君の未来を拓くためには私たちの結束だか団結力が必要だとか。
「たった一人で頑張るというのはジョミーには無理があるんだよ。ぼくは一人で修行したけど、お寺にはぶるぅが一緒に来てくれたしねえ…。本当に一人ぼっちの修行だったら途中で挫けていたかもしれない。キースにも大学の仲間がいたから、まるで孤独ってわけじゃないよね」
道場で私語は禁止だけれど、と会長さん。
「覚悟して修行の道に入ったぼくやキースでもキツイんだ。そうじゃないジョミーは挫折する可能性も高いわけ。それを防ぐには団結力! 一人じゃないんだ、という心の支えが必要不可欠」
「そっか…。俺じゃ足りねえかな?」
名乗りを上げたサム君に、会長さんは。
「もちろんサムには期待してるよ、ジョミーと一緒に修行してくれそうなのはサムだけだしね。でもさ、苦楽を共にするかどうかはともかくとして、応援してくれる仲間というのは多いほどいい。そこで団結力の出番だ。友達というのは一生モノの財産だよ」
「なるほどな…。それで俺たちの結束を高めようと言うわけか」
キース君が頷いています。
「で、シャングリラ号に誘うってことは、合宿か? また強化合宿をしようと言うんじゃないだろうな」
「「「強化合宿!?」」」
私たちの脳裏に蘇ったのは抹香臭い思い出でした。去年の三月末にパパやママたちがシャングリラ・プロジェクトで宇宙の旅をしていた間、会長さんのマンションで行われていたのがサイオン強化合宿です。集中力の訓練だとかでキース君の指導でお勤め三昧、鐘や木魚を叩き続けてお経を読んで…。まさかシャングリラ号でアレをやるとか?
「ちょ、ちょっと…。なんで宇宙で強化合宿?」
あんまりだよ、とジョミー君の泣きが入りました。
「そりゃあ、ぼくだって……あんな記事が出ちゃった以上はマズイってことは分かるけど……でも…! せっかくシャングリラ号に乗り込めるのに、どうしてお経の練習なのさ!」
「…それを言うなら他のみんなの方が気の毒だと思うけど? 完全に君の巻き添えなんだし」
会長さんがフウと溜息をついて。
「やっぱり団結力に問題アリだね。一枚岩には程遠い。みんなが自分の好きにしてたら結束どころかバラバラだってば。…こんな調子じゃ心を一つにして事に当たるのは難しそうだ。いい機会だから頑張りたまえ」
えぇっ、やっぱり強化合宿ですか? シャングリラ号でお経の練習? 指導役がキース君から会長さんに変わるってだけで、宇宙に行っても木魚をポクポク…? あんまりだ、と肩を落とした私たちに向かって、会長さんは。
「どんな場所でも努力は大切! シャングリラ号ではクルーのみんなも期待してるよ」
「「「………」」」
そういえば月刊シャングリラは宇宙にだって届くのです。会長さんの話によるとシャングリラ号のクルーに配られる分は船の中で印刷製本されているそうで、発行日は地球と全く同じ。つまり今頃はジョミー君たちの特集記事がクルーの話題になっているわけで…。
「特集されたお坊さんが三人も乗り込むんだから、注目の的になるのは間違いないね。それに二人はぼくの直弟子! 何かと耳目を集めると思う。きっと楽しい旅が出来るよ」
ソルジャーのぼくが保証する、と断言されても嬉しくはありませんでした。シャングリラ号に乗って二十光年の彼方で読経三昧。これなら混み合ったドリームワールドとかで行列に並ぶ方が遙かにマシかも…。とはいえ、今更遅いですよね? 会長さんに逆らったりしたら、強化合宿の訓練メニューが大幅に増えるだけですってば…。

こうしてGW後半戦の予定が強引に決められてしまいました。5月3日から6日までの間はシャングリラ号でサイオン強化合宿。そう言えば聞こえはいいんですけど、中身はお勤め三昧です。それを言い渡した会長さんはGWに入るなりフィシスさんと旅行に出掛けてしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついて行って…。
「あーあ、なんだか鬱になりそうですよ…」
シロエ君が愚痴っているのはアルテメシアの繁華街にあるファミレスです。会長さんは旅から戻っているようですけど、シャングリラ号に乗り込む準備だとかでシャングリラ学園には来ていません。当然「そるじゃぁ・ぶるぅ」も登校しておらず、いつもの溜まり場は使えないのでした。それで放課後はファーストフード店やファミレスに…。
「鬱って…。だったらカラオケでも行く?」
ジョミー君の提案に、シロエ君は。
「遠慮しときます。どうせ明日から四日間ほどお経ばかりで、声が嗄れるに決まってますし…。今、カラオケなんかに出掛けて行ったら喉を痛めるじゃないですか! ただでも鬱になりそうなのに、喉までやられたら悲惨です」
「そうよね…。ホント、考えただけでも暗くなりそう」
あんな記事を書くんじゃなかったわ、とスウェナちゃんが頭を抱えました。
「あれさえ無ければジョミーのおバカ発言は無かったわけだし、会長さんも強化合宿なんて言い出さなかったと思うのよね。普通にシャングリラ号に乗せて貰って自由にあちこち見られたんだわ」
「それはそうかもしれないな…」
相槌を打つキース君。
「完全に自由かどうかはともかく、サイオン強化合宿だけは無かっただろう。…もっとも、去年のパンケーキレースとどっちがマシかって話もあるが」
「「「あー…」」」
あれか、と遠い目になる私たち。去年のGWもシャングリラ号で三日間を過ごしたのですが、乗り込んで間もなく渡されたものはフライパン。シャングリラ号のクルーたちが熱くなっていたのもフライパン料理の練習でした。噂は色々ありましたけど、結局、フライパンはパンケーキレースに使用するもので…。
「あれも酷かったと思うけど?」
筋肉痛になったじゃない、とジョミー君が言えばサム君が。
「でも、パンケーキレースは元から決まっていたんだぞ? 俺たちが後から混ざっただけで…。賞品も用意してあったんだし」
「一昨年は餅つき大会と福引でしたね…」
マツカ君の言葉で私たちの記憶は更に過去へと遡りました。あの年はマザー農場でヨモギを摘んで行ってクルー総出の草餅作り。それを美味しく頂いた後で福引があって、豪華賞品が色々と出て…。特別賞の会長さんを引き当ててしまったキース君が、緋の衣を着た会長さんに坊主頭にされそうになった事件もありましたっけ。
「ね、普通にシャングリラ号に乗せて貰ってもヤバイ時にはヤバイんだよ」
鬱になるより踊らにゃ損々、と笑うジョミー君の頭をキース君が拳でゴツンと一発。
「いたたた…! キース、何するのさ!」
「自覚が全く無いようだから、目が覚めるかと思ってな。パンケーキレースにしても福引にしても、黒幕と言うか……戦犯はブルーというヤツだ。だが今回は事情が違う。念仏三昧になってしまったのは誰のせいなのか分かっているか?」
「うーん…。やっぱり、ぼくのせいってことになるわけ?」
「決まってるだろうが! 喜んで朝のお勤めをしているサムと元から坊主の俺はともかく、他の皆にはいい迷惑だ。お詫びの気持ちを示すためにも、今日はお前の奢りだな」
此処で謝罪をしておくべきだ、とキース君は私たちにメニューを差し出しました。
「ブルーが強化合宿と言い出した以上、俺たちの食事は精進料理かもしれないぞ? 今日の間に納得がいくまで食っておけ。肉でも魚でもデザートでも…だ。ジョミーの財布が空になったら俺が貸す」
「えっ、キースが?」
いいのかよ、と目を丸くするサム君に向かってキース君は。
「大学に行く時に親父がカードを作ってくれた。だから安心して食ってくれ」
「本当ですか? うわぁ、ぼく、何にしようかなぁ…」
鬱な気分が吹っ飛びました、とシロエ君がメニューを覗き込んでいます。スウェナちゃんも私も早速デザートのページを端から物色中。ジョミー君のお小遣いが何ヶ月分吹っ飛ぼうとも、明日からの地獄の日々を思えば羽を伸ばしておかなくっては…!

心置きなく食べまくった私たちは家で一晩ぐっすり眠って、翌朝早くシャングリラ学園の職員さんが運転するマイクロバスに乗り込みました。パパもママも今は仲間ですから家の前までお迎えが来ても大丈夫。ただ、遊びに行くのだと思われているのが悲しいような…。
「そう? ぼくは頑張って修行しなさいって言われたけどなあ…」
ジョミー君は仏頂面です。昨日、財布が見事に空になってしまい、キース君に返すお金を前借りするのに事情を話すしかなかったらしく、仏道修行のサイオン強化合宿だとバレバレになっているのだとか。そんなジョミー君を「自業自得だ」と皆で囃し立てている内にマイクロバスはシャングリラ学園専用の空港に着いて。
「おはよう。みんな元気そうだな」
シド先生がシャングリラ号のクルーの制服を着て滑走路の手前に立っています。
「ソルジャー……いや、ブルーは先に行っているから、俺たちのシャトルが到着したら宇宙に向かって出発だ。今年も楽しくなりそうだぞ」
「「「はーい…」」」
仏道修行の何処が楽しいんだ、と私たちは心で半泣きでしたが、そんなことを言える筈もなく。シド先生が操縦するシャトルは私たちを乗せて滑るように離陸し、雲海を抜けて青い空に浮かぶシャングリラ号へ…。白く輝く宇宙クジラが四日間の合宿所です。あぁぁ、もう格納庫に着いちゃいましたよ~! シド先生はシャトルを降りると居住区へ案内してくれて。
「君たちの部屋は去年と同じでこのブロックだ。一人部屋にするも良し、相部屋も良し。俺は出航の準備があるからブリッジに行くが、君たちは自由にすればいい。集まるのなら大きい部屋は其処にあるから」
そう言い残してシド先生はブリッジへ。私たちは部屋に荷物を置いて、シド先生が教えてくれた大きい部屋に行ってみました。去年のような会議室かと思いましたが、これはどう見ても休憩室です。
「…なんだか居心地良さそうだね」
絨毯もソファもフカフカだ、とジョミー君。観葉植物なんかも飾られ、サイオン強化合宿という名の仏道修行をしに来た身には贅沢すぎる部屋ですけども。
「…このくらい心安らぐ空間が無いと耐えられないほどビシバシ修行の日々かもしれんぞ」
キース君の鋭い指摘に私たちはズーン…と落ち込みました。その間に出航準備が整ったらしく、全艦放送で教頭先生の号令が。
『シャングリラ、発進!』
何の振動も感じさせずに宇宙クジラの出航です。いよいよ二十光年の彼方へ修行の旅に出発ですか…。

シャングリラ号は地球を離れ、月の裏側からワープイン。私たちの部屋に船の外を覗ける窓は無いので分かりませんが、外は緑色を帯びた時空間になっているのでしょう。間もなくワープアウトの放送が流れてシャングリラ号の定位置に到着。ということは…。
「そろそろブルーが来るんだろうな」
覚悟しておけ、とキース君が表情を引き締めました。
「恐らく修行するのはこの部屋ではない。此処には阿弥陀様も置かれていないし…。何処かに本格的な修行部屋を作っていると見た」
「本格的…?」
それって何さ、とジョミー君が尋ねると。
「俺たちが知っているシャングリラ号に和室は無かったが、模様替えくらいは何とでもなる。ソルジャーの意向となれば尚更だ。まず間違いなく畳だな。四日間みっちり正座だろう」
「「「………」」」
うわぁ、と青ざめる私たち。正座と読経がセットとなるとキツさは一気にグレードアップ。今いる部屋が息抜き用に用意されたのも納得です。たまにはのんびり足を伸ばせないと倒れてしまいますってば…。こうなったのもジョミー君の迂闊な発言のせいだ、とブチ切れたって許されますよね? 責められまくったジョミー君は。
「昨日、みんなに奢ったじゃないか! あれでチャラだと思うんだけど…」
「甘いですよ、ジョミー先輩! ぼくたち、四日間も精進料理なんですからね!」
食べ盛りには耐えられません、とシロエ君が文句を言えばキース君が。
「ブルーのことだ、精進料理も恩着せがましく出すだろうさ。宇宙船の中では考えられない贅沢メニューだとか、食堂のメニューとは別に作らせているんだからとか…。そうなると般若心経もセットか」
「「「般若心経?」」」
なんですか、それは? 般若心経は食べるものではないんですけど、どうして精進料理とセット…? ジョミー君への怒りも忘れて目を丸くする私たちに向かって、キース君は。
「俺たちの宗派が般若心経を使わないのは気付いているだろう? 前のサイオン強化合宿でも唱えていないし、俺の家でやる法要にも般若心経は入っていない。だが、一つだけ例外がある。…食事の前だ」
え? それってまさか、食事の前に般若心経を唱えるとか…? でも、そんなこと、やった覚えは…。
「やった覚えは無いだろうな。恐らくサムも知らない筈だ」
なんと言っても道場で修行する坊主専用、とキース君は続けました。
「住職の資格を貰う時に限らず、寺でやってる道場に行くと作法は一気に厳しくなる。あれこれ細かく守らなくてはいけない決まりが出てくるわけだが、般若心経もその一つなんだ。食事の前には必ず唱えなくてはならない。…まあ、初めて唱えるお経じゃないから大丈夫だろう」
多少年数は経っているが、と言われなくても般若心経の思い出はガッツリ残っています。シャングリラ学園を普通の生徒として卒業した時、卒業旅行先にチョイスされたのはソレイド八十八ヶ所お遍路の旅。キース君が歩いて巡拝すると決めたので見物がてら出掛けたのですが、会長さんが八十八ヶ所の御朱印を集めていたもので…。
「あの時は大変でしたよねえ…」
シロエ君が天井を仰ぎました。
「お寺に着いたら般若心経を唱えなくちゃいけなかったんですし! それも二ヶ所も!」
「本堂と大師堂でしたっけ?」
唱えたかどうかチェックしているお寺が幾つもありましたっけね、とマツカ君。とにかく般若心経をメインに据えた数分間の読経をしないと御朱印が貰えなかったのです。ですから八十八のお寺で般若心経を二回ずつ唱えて回ったわけで、その大変さは今も忘れていません。なのに食事の前に般若心経を唱えろですって?
「いや、確証はないんだがな。…大丈夫だと言い切る自信も無い」
心の準備はしておいた方が…、とキース君が私たちを見渡した所で部屋の扉がシュッと開いて。
「やあ。…暗い顔してどうしたんだい?」
颯爽と入って来たのはソルジャーの正装をした会長さん。記憶装置も着けています。
「かみお~ん♪ 朝、早かったからお腹が空いてるんじゃない? 差し入れ持ってきたよ」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルに置いたバスケットの中身はサンドイッチ。美味しそうなコロッケサンドにカツサンド、スタンダードな卵やハムも…。あれ? 精進料理じゃ…ない…? それとも最後の晩餐ならぬ精進料理突入前の最後の朝食?
「えっ、最後の晩餐って……なんの話さ?」
誰の心が零れていたのか、会長さんが首を傾げました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も不思議そうに。
「えっと…お昼御飯は普通にあるよ? まだ食堂はランチメニューの時間じゃないから作って来たけど、もしかしてケーキセットとかを食べに行く方が良かったのかなぁ?」
「「「???」」」
精進料理一直線だと思い込んでいた私たちは意表を突かれ、全く状況が掴めません。ぐるぐるしている頭の中を会長さんが読み取ったらしく、いきなりププッと吹き出して…。
「そうか、そういう話になっていたんだ? シャングリラ号で精進料理に般若心経とはゴージャスだねえ…。誰もそこまで言ってないけど?」
「えっ、じゃあ……もしかして、ぼく、大損したわけ?」
昨夜は奢らされたんだよ、というジョミー君の必死の訴えは会長さんに大ウケしました。おかしそうに笑い転げてますけど、精進料理じゃないんですか? ちょっとだけ救いが見えてきたかも…。

食事は普通のメニューらしい、と知った私たちは差し入れのサンドイッチを早速パクパク。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物も用意してくれます。この部屋にはキッチンもあるのでした。座り心地のいいソファで寛いでいると、サイオン強化合宿に連れて来られたことを忘れてしまいそう。気を引き締めてかからないと…。
「おやおや、まだ勘違いしているのかい?」
クスクスクス…と笑う会長さん。私たちは顔を見合わせ、勘違いとは何のことかと揃って首を捻ったのですが。
「ホントに分かってないみたいだね。精進料理と般若心経も凄かったけど、思い込みの勝利と言うべきか…。ジョミーにファミレスで奢らせるほど追い詰められていたんだったら、期待に応えてあげようか?」
「「「は?」」」
「だから、期待に応えて仏道修行! 一応、青の間にも緋色の衣は置いてあるんだ。着替えてきて指導をしてもいいんだけれど、それだとクルーの期待を裏切る」
「「「えっ…?」」」
会長さんが何を言っているのか、全く分かりませんでした。私たちがシャングリラ号に乗り込んだ目的は結束と団結力を高めるためのサイオン強化合宿です。なのに会長さんが指導役を買って出るとクルーの期待を裏切ることになるんですか? クルーの人もジョミー君たちの将来を期待してるんじゃあ…?
「ああ、サムとジョミーの将来ねえ…。キースともども注目されているようだけど、期待と言ってもそれほどのことは…。だって、所詮はお坊さんだよ?」
実生活では役立たないよね、と会長さん。
「ぼくの直弟子のサムとジョミーが高僧になれるかどうかで賭けをしようかって話ならあった。でもさ、住職の資格が取れるまでに何年かかるかってことを思うとすぐに結果は出ないよねえ…。だから立ち消え。とりあえず一時的なスターに過ぎない」
人の噂も七十五日、と会長さんはペロリと舌を出しました。
「シャングリラ号の中でジョミーたちを見ても「ああ、特集記事に載ってたな」くらいの認識だよ。ソルジャーの悪友という印象の方が遙かに強い」
「「「悪友……」」」
酷い話もあったものです。真面目に修行に来たというのに、これでは私たちも浮かばれません。会長さんに指導して貰うとクルーの期待を裏切るだなんて、会長さんには他に重大な役目でも…?
「それなんだけど、大前提からして激しく間違っているんだってば」
会長さんがクッと喉を鳴らして。
「ぼくは君たちの結束を高めようと言っただけだよ? サイオン強化合宿をするとは一言も言っていないんだけれど…?」
「「「えぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天。慌てて記憶を辿りましたが、確かに会長さんは合宿とは言っていませんでした。思い込みと憶測で話を進める私たちに相槌を打っていただけで…。それじゃ、シャングリラ号に連れて来られた目的は? クルーの人たちも期待していると聞きましたけれど…?
「うん、思い切り期待はされてる。…ただしクルーの半数から…ね」
「半数だと?」
なんだそれは、とキース君が突っ込みました。
「あんた、投票でもさせてたのか? 坊主に期待するかどうかで」
「違うよ、まだ思い込みが抜けないかな? 坊主は何の関係も無い。ついでに期待しているクルーはクジ引きでソルジャー側に決まったクルーで、長老側になったクルーは恐れていると言うべきか…」
「「「???」」」
今度こそ何が何だか分からなくなってしまいました。ソルジャー側だの長老側だの、いったい何の話でしょうか? 私たちの団結力に期待する人と恐れている人、おまけにクジ引きがどうのとか…。仏道修行は確かに関係なさそうですけど、だったら何で団結しろと?

「5月5日は子供の日という祝日だけど、本来は端午の節句なんだよ」
会長さんの言葉は思い切り斜め上でした。私たちが尋ねているのは祝日の由来なんかではなく、シャングリラ号で何をすべきか、何処で団結するべきなのかで…。
「話は最後まで聞きたまえ。端午の節句と言えば菖蒲だ。菖蒲は勝負に通じるからね、男の子の節句で兜なんかも飾るだろう? この日に凧上げ合戦とかをやってる地方なんかもあって…。今年はシャングリラ号でも勝負しようかって話になった」
「「「勝負?」」」
「そう、勝負。クルーを二手に分けて賑やかに競い合おうってわけ。それでクジ引きで決めたのさ」
やっと話が見えてきました。要するに私たちはソルジャーである会長さん側というわけです。クルーの人から期待されてるのは戦力としてだったんですねえ…。
「そういうこと。長老側との勝負となれば力を合わせて頑張らないとね? だから結束を高める必要がある、と言ったんだよ。団結力も欠かせない。…その辺の所を君たちが一方的に勘違いして暴走したのさ。面白いから黙っていたら、まさかジョミーが毟られるとはね」
「どうして教えてくれなかったのさ! ぼく、向こう三ヶ月間、お小遣い無しだよ! 赤貧だよ!」
あんまりだよ、と食ってかかったジョミー君に、会長さんは。
「大丈夫。御両親にはちゃんと訂正してあげるから。ちょっと行き違いがあって不幸な事故になったんです、とお詫びの電話をしておくよ。地球に帰ったらぼくが弁償したっていいし…。もっとも、払うと言っても遠慮されちゃいそうだけどね」
そりゃそうだろう、と溜息をつく私たち。会長さんの正体が知れている以上、よほどの大金でない限り請求しにくいものがあります。第一、勘違いをして毟り取ったのは会長さんじゃないですし…。とはいえ、ジョミー君のお小遣い差し止めが解除されるのは喜ぶべきことで、おまけに仏道修行も無し。勝負が何かは知りませんけど、修行よりかは楽しいですよね?
「もちろんさ。クルーのみんなも盛り上がってるよ。勝負は今日から始まるんだ」
「端午の節句だけではないのか?」
えらく長いな、とキース君が言うと、会長さんは。
「最終的には大将同士の一騎打ちかもしれないけどね。そうなれば勝負は一瞬だからつまらない。どっちが勝つのか、三日間ほど競い合うから楽しいんだよ。その過程で団結力も生まれる」
なるほど、私たちが勘違いをした団結力とはこれでしたか! 会長さんはニッコリ笑って。
「シャングリラ号も定位置に着いたし、昼食の前に前哨戦だ。ソルジャー側が勝つか、長老側が勝つかでチームの衣装を決定するのさ」
「「「衣装?」」」
「うん。せっかく勝負をするわけだしね、どちらのチームか一目瞭然というのがいいだろ?」
おおっ、ユニフォームまで揃えて本格的に勝負ですか! これは絶対勝たなくちゃ、とジョミー君たちが拳を握り締めます。更に会長さんが気合を入れるように。
「ここで負けたらハーレイたちが選んだ衣装になっちゃうんだ。あっちのセンスは期待できない」
なんと言っても長老チーム、と言われて頭に浮かんだのは長老組の制服です。キャプテンはともかく、あの服はちょっと…。負けてしまったらあんな衣装を着せられるのか、と思っただけで背筋が寒くなりそうでした。
「ね、負けるわけにはいかないんだよ。おっと、そろそろ時間かな?」
前哨戦の会場は公園なのだ、と会長さんが立ち上がりました。長老の先生方が選んだ衣装を着たくなければ勝負に勝つしかありません。ここ一番の勝負、勝ち星を挙げてみせますよ~!




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