シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
山間の駅で電車を降りると冷たい風が吹き付けてきました。駅の辺りに雪はありませんが、山には雪がたっぷりと。会長さんが「暖かい服を用意するように」と言っていたのも納得です。待っていた迎えのマイクロバスに乗り込み、カーブの連続の山道をぐんぐん登っていって…。
「うわぁ、真っ白!」
雪だらけだよ、と歓声を上げて喜ぶ「ぶるぅ」。道路の脇に除雪された雪が高く積まれて、山肌は深い雪の中。ソルジャーの世界のアルテメシアにも雪は降るそうですけど、遊びに行くことは出来ないだけに嬉しいのでしょう。やがて到着した宿は木造の立派な温泉旅館で、各自の部屋に荷物を置いた後、会長さんの部屋に集まると…。
「いいねえ、この宿、気に入ったよ。畳の部屋が最高だ。こうなると夜は布団だものねえ」
普段とは違った気分で楽しめそう、とソルジャーは早くも夜の算段。青の間もキャプテンの部屋もベッドですから布団は新鮮らしいのです。教頭先生は顔を赤らめ、会長さんが溜息をついて。
「はしゃぐのはいいけど、ほどほどにね。布団は乱れやすいんだ。それにベッドの部屋と違って毎朝片付けに来るからねえ…。あの部屋のお客さんはお盛んだった、と言われないよう気を付けたまえ」
「ぼくは全然気にしないけど? それにたったの二泊三日だ、エネルギー切れは有り得ないってば」
最近のハーレイはヘタレてないから、と真昼間からアヤシイ話題に突入しようとするソルジャーの隣で「ぶるぅ」が温泉饅頭を頬張りながら。
「そうだよ、ハーレイ、凄いんだから! 大人の時間は終わったかなぁ、って土鍋の蓋をちょっと開けてみたら、ブルーの声が聞こえてくるんだ。んーと、声って言わないのかな? 言葉になっていないしね」
「「「………」」」
どんな時間を過ごしているのだ、と頭を抱える私たち。会長さんは額を押さえ、教頭先生は鼻血の危機です。けれどソルジャーは涼しい顔で。
「新婚なんだし、夜は熱くて当然だろう? 君たちだって御成婚記念とか言って像を作っていたくせに」
見てたんだからね、と卒業制作の話をされると反論の余地はありません。ソルジャーとキャプテンは結婚してから一年も経たない新婚さんで、それも究極のバカップル。会長さんの部屋での雑談が一段落して温泉へ、という段になっても別行動を主張して…。
「とりあえず部屋付き露天風呂を堪能しなくちゃね。あ、ハーレイには痕を付けないように言っておくから、夜は普通に大浴場! そっちのお風呂は大きいんだろう、泳げるほどにさ。温泉に来たら大浴場にも入らなきゃ」
朝風呂はどっちにしようかなぁ、とキャプテンと仲睦まじくイチャつきながらソルジャーは去ってゆきました。部屋付き露天風呂を満喫する気の自分たちの代わりに「ぶるぅ」の面倒を押し付けて。
「かみお~ん♪ お風呂にアヒルちゃんを連れてってもいい?」
お風呂グッズを持って来たんだ、と胸を張る「ぶるぅ」を大浴場に連れてゆくのは男の子たちの役目。会長さんが「他のお客さんの迷惑にならないように」と言い聞かせています。ジョミー君たちの慰安旅行は既にソルジャーのものでした。この調子では先が思いやられるとしか…。
バカップルは夜も絶好調。夕食は部屋食も選べるのですが、みんな揃って食べたいですから適度な広さの宴会場へ。この地方の名産だという牛の陶板焼きがメインな会席料理が次々と運ばれてくる間にも二人は「あ~ん」とやらかしています。
「ブルー。…君たちはいつでもそうなのかい?」
目の毒なんだけど、と会長さんが文句をつければソルジャーは。
「えっ、流石にシャングリラの食堂なんかではやらないよ? その分、ぼくの部屋とかで二人で食べる時は愛情をこめて! そうそう、バレンタインデーの口移しのチョコは身体まで熱くなったっけ。あのチョコ、君たちも味わってくれた?」
「自分で口に放り込んだよ、チョコの味だけは良かったね」
「なんだ、口移しで食べてないんだ? こっちのハーレイとノルディが喧嘩してたと思うんだけどな、どちらが君に食べさせるか…って」
「あの二人だけは御免だってば!」
それくらいならフィシスに頼む、と柳眉を吊り上げる会長さん。もっともフィシスさんからは恒例のお菓子を貰ったのだそうで、チョコレートが割り込む余地は何処にも無かったようですが…。お菓子というのは会長さんの故郷の島で作られていたというクイニーアマンに似た物です。
「ああ、前にみんなで買いに行ってたお菓子だね? アルタミラの月って名前だっけ」
その名前だけは好きになれないけれど、と零すソルジャーにとってアルタミラとはミュウが虐殺された星。それでも会長さんの好物のお菓子は買い食いして気に入ってしまったらしく。
「甘いのにほんのり塩味っていうのが素敵なんだよ、たまに買うんだ。あ、君と間違えられないように注意はしてる」
そういう技は得意だから、と語る間もソルジャーとキャプテンの「あ~ん」は続いて、もう私たちには諦めあるのみ。バカップルに慣れた「ぶるぅ」を見習って料理に集中するだけです。なのにソルジャーは熱燗を頼み、キャプテンと差しつ差されつ飲み交わした末に…。
「ぼくたちはこれで失礼するよ。今なら大浴場が空いてそうだし、ハーレイとゆっくり入ってくるね」
「…それから後はどうするんだい?」
ぼくたちも大浴場に行くつもりだけれど、と会長さんが尋ねると。
「さあね? 会うかもしれないし、会わないかも…。会わなかったら、また明日! 今夜は思い切り楽しむんだ。だって浴衣と丹前だよ? 脱がす過程が普段と違うし、もうそれだけで燃えそうだよね。そうだろ、ハーレイ? この姿を見てそそられない?」
襟元からこう手を入れて…、と嫣然と微笑むソルジャーの仕草にキャプテンは耳まで真っ赤です。教頭先生は言わずもがなで、会長さんはブチ切れ寸前。
「いいからさっさと出て行きたまえ! 明日は健全に遊ぶんだからね、ぼくたちは!」
バカップルは一生引っ込んでいろ、と会長さんが投げ付けた杯をソルジャーはパシッと受け止め、「ぶるぅ」にヒョイと投げ渡して。
「ぶるぅ、ぼくたちは大人の時間! どうすればいいか分かっているね?」
「うん! 今日はぶるぅのお部屋で寝るんだ、ちゃんと約束してあるもん!」
でもその前に酔っ払いそう、と徳利の中に残ったお酒を「ぶるぅ」は杯にトクトクと…。会長さんの部屋には「ぶるぅ」も泊まるみたいです。酔っ払って悪戯しちゃわないよう、早めに寝かせるべきですよね?
明くる日は午前中から雪遊びでした。旅館の脇には谷川があり、そこへ至る斜面も雪にすっぽり覆われています。いい感じに傾斜していますから、滑り台を作って遊ぼうというのが会長さんの案。
「ゆっくり滑れるカーブつきのヤツと、直線コースを作ろうよ。直線はスリルがあると思うな」
「かみお~ん♪ 楽しそうだよね! 滑り台、大好き!」
道具は旅館で借りられるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて喜び、私たちだって大賛成。えっ、それは激しい肉体労働じゃないのかって? そこは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで上手に補助してくれますし、力はそんなに要りません。後から出て来たソルジャーも大いに乗り気です。
「此処に滑り台を作るんだって? ぼくも手伝うから滑らせてよ」
「それはもちろん。君のハーレイは?」
「滑ると思うよ、こういうのって協調性が大切だしね。あれっ、こっちのハーレイは?」
なんだか黄昏れているけれど、というソルジャーの指摘は大当たりでした。スピードが苦手な教頭先生は滑り台だって嫌なのです。おまけに直線コースとなると…。
「わ、私はいいから皆で滑って遊びなさい。滑り台作りは無論、手伝う」
「ダメだよ、ハーレイ」
さっきブルーが言っただろう、と会長さんが突っ込みを。
「協調性が無い教師というのは最悪だね。みんなで楽しく遊ばなきゃ! それにさ、滑り台って二人一緒に滑るのもアリって知っていた? ぼくの橇代わりになってくれたら嬉しいんだけど…。そう、君の足の上にぼくが乗っかって滑るわけ」
「ほ、本当か? 私がお前を乗せて滑ると…?」
「うん。上手くいったら何度でも…ね」
会長さんにウインクされた教頭先生は俄然その気に。先頭に立って滑り台作りを指図し、自らスコップをしっかり握って猛スピードで作業中です。会長さんや私たち、ソルジャー夫妻はマイペースなのに…。教頭先生の奮戦もあって滑り台は昼前に見事完成。宿に戻って昼食を摂り、休憩してからいざ初滑り!
「「かみお~ん♪」」
トップを切って滑っていったのは直線コースが「ぶるぅ」、カーブした方が「そるじゃぁ・ぶるぅ」。直線コースは加速も凄く、終点に着いた「ぶるぅ」は橇代わりのゴザごとコロコロと雪面を転がっていたり…。次は男の子たちがチャレンジを始め、人気はやはり直線コースで。
「ハーレイ、ぼくたちも滑ろうよ。膝に乗っけてくれるよね?」
ソルジャーが選んだコースはカーブの方。歓声を上げて滑ってゆくソルジャーをキャプテンが後ろからしっかり抱き締める姿を教頭先生が羨ましそうに見ています。その背中を会長さんがトントンと叩き…。
「ぼくも約束は守るよ、ハーレイ。…ただし直線コースだけどね」
「ちょ、直線…」
「スピードが出なきゃ面白くない。ぼくを離さずにクリア出来たら二度目のチャンス!」
教頭先生は直線コースを猛スピードで滑り降りてゆく男の子たちを何度か見送り、その後で。
「分かった。私も男だ、お前と一緒ならスピードくらい…」
眉間の皺を深くした教頭先生、会長さんを伸ばした両足の上に座らせると身体をぴったり密着させてスタートです。どうなるやら、とハラハラしていた私たちですが、会長さんを放り出してはいけないという根性だけで頑張り倒した教頭先生はゴールでグッと両足を踏ん張って…。
「流石だったよ、君の愛! それじゃもう一度チャレンジしようか、ぼくは今度は背中に乗るんだ」
「は?」
「背中だよ、背中! うつ伏せになってくれるかな? でもって頭を下にしてスーパーマンみたいにカッコ良く!」
会長さんの無茶な注文に教頭先生は真っ青ですけど、ここで断ったら二度と一緒には滑れません。私たちとソルジャーが囃し立てる中、スーパーマンな滑りは決行されて…。
「じゅ、寿命が百年は縮んだぞ…」
死ぬかと思った、と斜面を登って来た教頭先生に会長さんは。
「でもさ、気絶はしなかったし? スピード克服のために協力するからもう一度!」
「あ、ぼくもやりたい! ハーレイ、お前も挑戦してみて」
ソルジャーまでが悪ノリです。会長さんと教頭先生、ソルジャー夫妻の激しい滑りが直線コースに花を添える中、私たちや「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二つのコースを行ったり来たり。雪の滑り台って楽しいですよね、スキーやスノボが無くても最高!
日暮れまで滑り台や雪合戦などを満喫した後はゆったり温泉。宴会場で豪華料理に舌鼓を打ち、売店でお土産なんかも買って…。お財布の中身がまた減りました。キース君に貰った散華は効かないのかな?
「おや、浮かない顔をしてどうしたんだい?」
赤い瞳に覗き込まれたのは会長さんが泊まっている部屋。広い続き部屋があるものですから、旅の最後の夜はバカップルも顔を揃えています。机の上に積まれたお菓子が無くなる頃には消えるでしょうけど。
「え、えっと…」
口ごもっていると、会長さんはクスクスと。
「ふふ、顔にしっかり書かれているよ? いくら散華を入れていたって旅の間はお金は減るだけ!」
あちゃ~、心を読まれてしまいましたか! キース君がプッと吹き出しています。
「財布に散華を入れたのか? 即効性は無いと思うぞ、気長に待つのが一番だ」
「そうそう、慌てる乞食は貰いが少ない。それに感謝の心とお念仏だね」
そこが肝心、と会長さんの法話が始まりかけた所でソルジャーが。
「散華って何さ? お金が増えるアイテムかい?」
「罰当たりな…。こんなヤツだよ、ぼくも持ってる。財布には入れてないけれど」
ほら、と会長さんが宙に取り出したのは金の地色に天女が描かれた散華でした。家の仏具入れに仕舞ってあるそうで、ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」に見せると直ぐに戻してしまいましたが。
「あれはね、大切な法要の時に撒くんだよ。財布に入れるとお金が増えるとか言うけれど……本当は仏様をお迎えするための清めの花さ。ずっと昔は本物の蓮の花びらを撒いてたらしいね」
「蓮の花びら?」
そこでソルジャーの目つきが変わり、会長さんにグッと詰め寄って。
「思い出した! バレンタインデーの前に言っていたよね、ぼくの注文通りの蓮の花がどうとかって話。あれっきり忘れてしまってたけど、どうすれば手に入るわけ?」
「「「は?」」」
「極楽の蓮の話だよ! 阿弥陀様から遠い蓮の花で、ハーレイの肌の色が映えるヤツ! でもってハーレイと同じ蓮でさ。ハーレイと何度も話しているんだ、そういう蓮があったらいいね…って。ねえ、ハーレイ?」
「え、ええ…」
ゲホゲホとキャプテンが咽ていますが、ソルジャーはその背を擦りながら。
「確実に手に入れる方法があるなら知りたいな。お念仏はしたくないけれど」
「そのお念仏が必須なんだよ!」
会長さんがビシッと指を突き付けました。
「お念仏を唱えれば極楽に蓮の蕾が生まれるんだ。唱えた人が思い描いた理想の色の蓮だそうだよ。お浄土に行く時は観音様がその蓮を持って来て下さる。そして目出度く極楽往生。だから日頃からお念仏を…」
「そういうのは趣味に合わないなぁ…。君とキースに頼んだ方が気楽でいいや。ハーレイと同じ蓮の花をゲットするのも難しそうだし」
ブツブツと不満を漏らすソルジャーに、会長さんは呆れ顔で。
「だったら君のハーレイに頼むというのはどうなんだい? 一蓮托生の可能性が上がると思うけど」
「えっ?」
「私がですか?」
同時に返したソルジャーとキャプテンに頷いてみせる会長さん。
「他の人のためのお念仏というのもアリなんだ。ぼくやキースみたいなプロじゃなくても阿弥陀様はちゃんと聞いて下さる。そしてね、こういう歌があるのさ。『先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して』。…ぼくたちの宗派の開祖様の歌」
「「先立たば…?」」
「もしも自分が先に死んだら蓮の花を半分空けて待っていましょう、という意味。その心がけでお念仏を唱えていれば自分と相手の心に適った蓮が極楽に咲く。そこでいずれは二人仲良く、って。つまり君のハーレイがお念仏を唱えたならば、君たちにピッタリの蓮の花が…ね」
「それだ、ハーレイ!」
今日からお念仏を唱えるんだ、とソルジャーは思い切り燃え上がりました。会長さんとキース君に頼んであっても、念には念を入れたいもの。ましてキャプテンが祈るとなると蓮の花の色は更に理想に近付きそうです。新婚バカップルとお念仏。似合わないこと夥しいですが、仏前式の結婚式もあるんですから、まあいいか…。
その夜、キャプテンが早速お念仏を唱えさせられたのかどうかは私たちには分かりません。けれど翌朝もバカップルは熱々、二泊三日の休暇が間もなく終わりなことを二人で残念がっていて。
「次はぶるぅを置いてこようね、いるとやっぱり何かと邪魔だし」
「そうですね…。二人きりとはいきませんしね」
何処が二人きりじゃなかったんだ、と私たちは絶叫したい気分でした。ずっと「ぶるぅ」を預けっぱなしでいたくせに…。あ、でも雪遊びの時は「ぶるぅ」も一緒に遊んでましたし、キャプテンの膝に乗っかって滑り台を何度か滑っていたかも。そんな「ぶるぅ」は悪戯もせず、ちゃんと良い子で我慢して。
「ねえねえ、ブルー」
朝食の席で会長さんの袖を引っ張ったのは「ぶるぅ」でした。
「昨日、蓮の花の話をしてたでしょ? あれって、ぼくはどうなるの? ブルーとハーレイは同じ蓮でも、ぼくは違う蓮の花になっちゃうの?」
「えーっと…。御先祖様が蓮の花を空けて待ってて下さるって話もあるから、ブルーとハーレイ次第かな? ぶるぅのことを二人が大事に思っていたなら、同じ蓮の上に行けると思うよ」
「えっ、ホント? それって嬉しいけど、蓮の中に土鍋もあるのかなぁ…」
土鍋が無いと困るかも、と「ぶるぅ」は頭を悩ませています。蓮の花の上でヤリまくろうというソルジャーだけに、「ぶるぅ」が土鍋無しでチョコンと座っていたらどうなるか…。ソルジャーは平気でもキャプテンは確実にヘタレてしまいそうですし!
「…ぶるぅ、お前は目隠しだね」
割り込んだのはソルジャーでした。いつから話を聞いていたのか、赤い瞳を光らせて。
「ぼくたちと同じ蓮に来るというなら、目隠しと耳栓をしてもらう。大丈夫、ぼくたちだって四六時中はヤッていないさ。たまにはのんびり語り合ったりしたいしねえ? そういう時間は好きにしていいよ」
「そっか…。うん、目隠しと耳栓で我慢する! だって一緒にいたいんだもん」
一人ぼっちは嫌だもん、と主張する「ぶるぅ」にソルジャーとキャプテンは苦笑い。極楽へ行ってもコブつきだとは無念でしょうけど、理想の蓮に生まれられるなら充分なんじゃあ…?
こうして宿での朝食が終わり、昨日作った雪の滑り台で名残の滑りを楽しむ内に帰る時間になりました。マイクロバスから電車に乗り換え、貸し切りの車両で素朴な駅弁を開いていると。
「ああ、この辺りの木は桜ですね」
キャプテンが窓の外を指し、会長さんが。
「そうだよ、今は蕾だけれど暖かくなったら見渡す限りの桜なんだ。ただ、山奥で道も細いし、お花見に来る人は少ないね。…もしかしてブルーが好きだったって聞いた大きな桜もこんな所に?」
「ええ、そうです。桜の木は多くはなかったですが、人が滅多に足を運ばない場所でしたね」
この桜も咲いたら見事でしょうね、と外を見続けるキャプテンの首にソルジャーが腕を絡み付かせて。
「咲いてない桜より、目の前の花を見続けていて欲しいんだけど? さっきから手がお留守だよ」
「す、すみません。卵焼きでよろしいですか?」
「その前に他所見していた罰。…まずはキスから」
うんと情熱的なヤツ、と強請るソルジャーにキャプテンは蕩けるような笑顔で唇を重ね、それからはお決まりの「あ~ん」の連続で。御馳走様としか言いようのないバカップルとの慰安旅行はアルテメシアの駅に電車が滑り込むまで延々と続いたのでした。
「うーん、今年もツイてなかった…」
なんで毎年こうなるんだろ、とジョミー君がガックリと肩を落としています。ソルジャーとキャプテン、そして「ぶるぅ」の三人連れは温泉旅行を堪能しまくった末に会長さんの家へと引き揚げ、一休みしてから瞬間移動で自分たちの世界へお帰りに。
私たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りおやつに惹かれてお邪魔し、焼き立てのピスタチオのフィナンシェを美味しく食べている真っ最中。えっ、旅行帰りに手早く作れるわけがないって? そこは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならでは。フィナンシェの生地は冷蔵庫に入れれば三日ほど保存可能だそうです。
「かみお~ん♪ ツイてないなら握手する? ぼくの右手の握手はラッキー!」
はい、と差し出された小さな右手に重なったのは会長さんを除いた全員分の右手でした。会長さんが可笑しそうに笑っていますが、私たちは真剣です。一年の計は元旦にあり。一年ならぬ年度初めが近いこの時期にツキが落ちれば、新しい年度もロクな結果になりそうになく…。
「そんなに必死にならなくてもさ、君たちの運命はもう決まっているよ」
今度も1年A組なんだからね、と会長さん。
「特別生が所属するクラスは変更無しが基本なんだと言っただろう? 基本と言いつつ、ほぼ絶対。だって今までにクラスが変わった特別生は一人もいないし…。ぼくみたいに所属のクラスが最初から無ければ別だけどさ」
ついでに担任もグレイブが続投、と会長さんは片目を瞑ってみせました。
「ブラウが是非ともやってみたい、と名乗りを上げたから期待してたのに、ジャンケンでアッサリ負けちゃって…。だけどアレだね、愛っていうのは凄いよね。サイオンはブラウの方が強いし、グレイブに勝ち目は無い筈なのに…。そこを根性で突破したのがミシェルのために特別手当を、っていう一念」
グレイブ先生は自他共に認める愛妻家。1年A組の担任になると特別手当がついてくるので稼ぎがドカンと増えるのです。ミシェル先生と旅にグルメに…と夢を抱えたグレイブ先生、負けられないという一心だけでブラウ先生の手をサイオンで見事に読んだのだとか。
「ふふ、グレイブも頑張るよねえ…。ぼくとぶるうが1年A組に顔を出す以上、ババを引くしかないんだけどな。それを承知で続投とくれば心をこめて歓迎しなくちゃ。ブラウだったら多少は手加減したのにさ」
どんな趣向でもてなそうか、とニヤニヤしている会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そうだ、今年はぼくも悪戯しようかなぁ? ぶるぅは悪戯が大好きだって言っているから、習って試してみるのもいいかも…」
「お、おい…」
それはやめとけ、とキース君が止めに入って、サム君が。
「そうだぜ、ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだしさ、悪戯はブルーに任せとけって!」
ブルーの悪戯なら俺は何だって許せるんだ、と笑み崩れたサム君の頭を皆がコツン、コツンと軽く一撃。会長さんとの仲は全く進まなくてもサム君は変わらずベタ惚れです。公認カップルを名乗り始めてもうすぐ四年になるんですよね、朝のお勤めがデート代わりで…。
「いててて、みんな何するんだよ! いいじゃねえかよ、ブルーに惚れてるくらいはさ!」
教頭先生だって惚れてるんだし、ドクターだって…とサム君が叫び、会長さんが。
「おっと、そこまで! あんな連中と同列に並ぶ必要はないよ、サムは大切な弟子で公認カップルなんだから。もっと自分に誇りを持って進まなくっちゃ」
ジョミーよりも先に緋の衣だよ、と激励されたサム君は大感激。緋色の衣をゲットするには住職の資格が必須です。そのためにはキース君が出た大学に行くか専門道場で修行ですけど、そこまで考えているのでしょうか? ともあれ新年度は今まで通りの特別生。またしても波乱の一年のような…。
慰安旅行の帰りに車窓から見た山の桜はまだまだ蕾が固かったですが、アルテメシアの桜の花は入学式に満開になりました。シャングリラ学園の校庭の桜の下や『入学式』と書かれた看板の隣は記念撮影の人気スポットです。登校してみれば校門前でジョミー君たちが手を振っていて。
「おはよう! 今年もみんなで記念撮影しなくちゃね」
カメラを取り出すジョミー君に、シロエ君が。
「会長とか、ぶるぅとかも一緒に撮れればいいんですけどね…」
入学式の写真にだけは二人とも写ってないんですよね、と言われてみればその通り。二人とも入学式では大事な役目があるんですから仕方ないとは分かっていても、一度生まれた残念な気持ちは消えなくて。例年よりも少し寂しげな顔で看板を囲み、通りかかった職員さんにシャッターをお願いした時です。
「かみお~ん♪ 呼んだ?」
元気一杯の声が聞こえて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れたではありませんか!
「記念撮影をしたいんだって? まだもう少し時間があるから抜けてきちゃった」
超絶美形な会長さんに新入生の女子が黄色い悲鳴を上げていますが、今は急いで記念撮影。さっきまでとは打って変わった満面の笑みで私たちは写真に収まりました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はダッシュで入学式の会場に戻り、間もなく式が始まって…。
『居眠るな、仲間たち!』
長々と続く式の間に会長さんの思念が流れたものの、今年もサイオンの因子を持った生徒はいませんでした。私たちのクラスは会長さんの予言通りに1年A組、担任はグレイブ先生で……教室で起こった一連の騒ぎはお決まりのパターンなお約束です。会長さんは今年もしっかり1年A組に仲間入り。
「幸先がいいねえ、今年も楽しくなりそうだ」
あのグレイブの顔といったら…、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファで満足そうな笑みを浮かべています。テーブルの上には桜の花びらに似せたピンクのチョコの欠片を散らした綺麗なケーキが乗っかっていて。
「入学式には桜だよね。ブルーの世界のシャングリラ号の桜も満開だってさ、キースの数珠になった桜の子孫」
「そうなのか…。あいつらのためにも心をこめて祈らないとな、早く平和になるように」
俺たちの世界の平和の方も、と合掌しているキース君。そういえばキャプテンはお念仏を唱えているのでしょうか? ソルジャーの理想の蓮のためにはお念仏だと聞きましたが…。
「ああ、あっちの世界のハーレイかい? あれで真面目にやってるようだよ、ブルーへの愛で」
一日に一度はお念仏、と微笑んでいる会長さん。
「ぼくも負けずに頑張らなくちゃ。サイオンが普通に受け入れられる世界にするのが理想だからねえ、ぼくの寿命が続く限りは努力あるのみ」
「かみお~ん♪ ぼくも頑張る! ブルーといつまでも一緒だもん! みんなも一緒にいてくれるよね、みんな友達、いつまでも友達!」
シャングリラ学園で頑張ろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリと笑い、桜のケーキが切り分けられて賑やかなティータイムの始まりです。サイオンを隠さずに使える「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、ソルジャーである会長さん。二人に出会って私たちの人生が変わり始めたのは五年前の桜の季節でした。
桜の花は今年も変わらず、私たちの外見も変わらないまま。穏やかに流れる平和な時間がずっと続いてくれますように。私たちの学校と同じ名前の船に住んでいるソルジャーたちも念願の地球へ行けますように。
幸せの呪文はシャングリラ。みんなの幸せを目指す学校、シャングリラ学園、万歳!
巡りくる春へ・了
※お蔭様で年度末の全3話 『巡りくる春へ』 無事に終了いたしました。
シャングリラ学園シリーズを書き始めた時、いつか書きたいと思っていた
事が沢山ありました。キース君の仏道修行や、生徒会長の過去のお話。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻って0歳からやり直すお話などなど…。
書きたかった事の九割は書き終えましたが、残る一割が完結編です。
「どうしても完結させたい深い理由」に、お付き合い宜しくお願いします。
そして完結後も月イチ更新で続けますので、どうぞ御贔屓にv