シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんとのジャンケンに負けて真っ裸にされ、ゴザで簀巻きの教頭先生。脱いだスーツや下着は全部「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで行ってしまいました。よりにもよって私たちがいる部屋から遠く離れたトイレまで…。さっきまで酔いで顔が赤らんでいた教頭先生、すっかり青ざめてしまっています。
「かみお~ん♪ 置いてきたよ、ブルー!」
飛び跳ねながら戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張りました。
「一番奥の個室のタンクの上でいいんだよね? ちゃんとシールドしておいたから、普通の人がトイレに行っても大丈夫! サイオンが無いと見えないもん」
「御苦労さま、ぶるぅ」
いい子だね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「さあ、どうする、ハーレイ? 君の服を取りに行くには廊下に出るしかないわけだけど、今日は満席みたいだねえ。もちろんトイレに立つ人もいる。あ、男子トイレの奥には女子用トイレもあったっけ。その格好で女性客なんかと鉢合わせたら変態呼ばわり間違いなしだ」
「…うう……」
「店員さんと出くわしたって別室に呼ばれてしまうだろうね。事情聴取というヤツさ。…ぼくを素っ裸にしようだなんて不謹慎なことを考えなければ、ここまでやらなかったんだけど…。トランクス1枚でフラダンスでも踊ってくれたら十分だって思ってたのに」
スケベ心を出すからいけないんだよ、と会長さんは冷笑を浮かべています。
「君の服は君が自分の力で取り返すしかないようだ。代理の派遣は認めない。…キース、シロエ、マツカ……君たちが自発的に取りに行ってくるのも不可。…いつまでもそこに立っていられても目障りだし…そろそろ行ってもらおうか」
「ま、待ってくれ、ブルー! この格好でどうしろと!」
教頭先生が叫び、会長さんがハタと気付いたように。
「あ、そうか…。簀巻きは身ぐるみ剥がされた時の王道だけど、そのままじゃ手が使えないのか…」
コクコクと頷く教頭先生。両手はゴザの中に押し込められて上から紐がかかっていました。確かにこれでは歩いて行けても服の回収は無理そうです。会長さんは少し考えてからニコッと笑って。
「いいよ、服は風呂敷で包んであげよう。そしたら咥えて運べるんだし、ここまで持って帰って来たらゴザをほどいてあげるからさ」
「…く、咥えて……?」
「別に問題ないだろう? 歯は丈夫だと聞いてるよ。ビールの栓も開けられるくせに」
「そ、それは確かにそうなのだが…。しかし、私が言っているのは手がどうこうという話ではなく…。そのぅ、この格好で廊下を歩けば大変なことに…」
オロオロとする教頭先生の気持ちは私たちにもよく分かります。廊下で誰かに出会ったが最後、見世物どころか警察沙汰になりかねません。高級そうなお店ですから警察は呼ばないかもですけれど、お店の人にみっちり事情を聴かれることは間違いなし。なのに簀巻きで出歩けだなんて、会長さんったら酷過ぎるのでは…? 私たちの責めるような視線を受けた会長さんはプッと吹き出し、クスクスと笑い始めました。
「心配ないよ、その格好で廊下に出ても…ね。誰も簀巻きとは気付かない」
「「「えっ?」」」
「ほら、サイオンの応用だよ。キースやジョミーが坊主頭に見えてしまうのと同じ理屈さ」
服を着てるように見せかけるから、と自信満々の会長さん。教頭先生、これは最大のピンチかも…?
「ハーレイ、今のを聞いただろう? ゴザしか着てないってことは誰にもバレない。自分の心は騙せないけど、そこは男らしく我慢したまえ。…早く行って服を取り戻さないと、いつまで経ってもそのままだよ。それとも簀巻きが気に入った?」
教頭先生はゴザから突き出した首をブンブンと振り、情けなそうに廊下へと続く襖を見ています。簀巻きでトイレまで歩かされた上、帰りは服を包んだ風呂敷包みを咥えて戻ってくるなんて…泣きたいような気分でしょう。
「…ブルー…。一つ、訊きたいのだが」
「ん? なんだい、ハーレイ」
「風呂敷包みを咥えて戻ってこいと言ったな…? 私がそれを咥えているのも当然隠してくれるんだろうな?」
「…なんで? 風呂敷包みを咥えてるくらい、罰ゲームかもしれないし…。隠す必要ないじゃないか。君の服が一般人に見つからないようにシールドしているぶるぅの力は、服が回収されたら終わりだ。堂々と咥えて帰ってくればいいだろう」
もう風呂敷に包んだから、と会長さんは素っ気なく言い放ちました。いつの間にかサイオンで手配していたみたいです。
「それとも何か…? 風呂敷包みを咥えて歩くのは耐えられない? …ああ、その格好で往復するのも不自然といえば不自然かもね。服を着ているように見せてはいても、簀巻きじゃ身体の動きが変だ。おまけに口に風呂敷包み…。やっぱり人目を引いちゃうかな?」
「…私にはそう思えるのだが…」
「うーん、残念。…せっかく簀巻きにしてあげたのに無駄骨かぁ…。仕方ない、着替えさせてあげるよ」
キラッと青いサイオンが走り、教頭先生の身体を包んで…。
「「「!!!」」」
全員の目が見事に点になっていました。ゴザは消え失せ、逞しい身体を包んでいたのは真っ白でフリルひらひらの…可愛いエプロンだったのですから。もちろん服も下着も無しで、裸エプロンというヤツです。その姿には嫌と言うほど見覚えが…。
「どうだい、ハーレイ。その格好なら手足は自由に動かせる。風呂敷包みも咥えなくていいし、行ってきたまえ」
「…………」
気の毒な教頭先生は声も出せないようでした。会長さんが更に続けて。
「覚えてるだろ、そのエプロン? ずっと前にブルーが遊びに来た時、ぼくのベッドで不埒な真似をしてくれたっけね。鼻血に負けて何も出来ずに終わってたけど、素っ裸でぼくのベッドで寝ちゃってさ…。あの罰にベッドメイクをやらせた時のエプロンだよ、それ」
ああ、やっぱり…! 額を押さえる私たちを他所に会長さんはビシッと襖を指差しました。
「他の着替えは用意できない。裸エプロンが嫌だというなら簀巻きに戻す。…ぼくの気がまた変わらない内に服を取り戻してくるんだね」
「……本当に他の人には見えないんだろうな?」
「裸エプロンには見えないよ。きちんと服を着ているつもりで堂々と歩いていくといい。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
カラリと襖を開ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生はグッと拳を握り締め、エプロン1枚で廊下に向かって歩いてゆきます。見ちゃいけないと思ってはいても、ついつい視線が行ってしまうのは…リボン結びの真下のお尻。筋肉質の身体が廊下に出ると、会長さんがピシャリと襖を閉めました。
「…因果応報、世の習い…ってね。簀巻きの方が面白いとは思ったんだけど、裸エプロンにも恨みがあるし…。ほら、バレンタインデーにブルーがかけたサイオニック・ドリームで勝手に妄想されちゃったから」
「ああ、あれな…」
俺たちの目には見えなかったが、とキース君。教頭先生自身の記憶も会長さんが消去しています。幻の会長さんの裸エプロンを知っているのは会長さん自身と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が消えた廊下を眺めて…。
「ハーレイが着ると笑えるよね。ブルーだとお行儀悪そうって思うだけなんだけど、ハーレイがやるとオカマみたい。…ブルーに言われたとおり白にしたのに似合ってないや」
そういえば、あのエプロンを買ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたっけ。売り場にはピンクもあったと聞いています。ピンクだったら視覚の暴力度は更に上がっていたでしょう。会長さんはパチンとウインクして。
「ぼくとサイオンの波長を合わせてごらん。今のハーレイの姿が見られる」
「「「え?」」」
「いいかい? いち、にの…さん!」
一方的にカウントダウンをされたかと思うと、私たちの目に教頭先生の姿が映りました。廊下の壁に背中を押しつけて張り付いています。その前を不審そうに通り過ぎてゆく宴会帰りのおじさんたちと芸妓さんや舞妓さん。
「ハーレイったら、ホントに度胸が足りないんだから…。あんな風にしている方が変だよ、普通にしてればいいのにさ。…道草せずに直行したら許してあげてもよかったけれど、この道草は許せないな。あーあ、また向こうから人が来た」
今度は店員さんでした。「どうかなさいましたか?」と声をかけながら通り過ぎます。やっと通行人が途切れて、教頭先生は脱兎のごとくトイレに駆け込み、先客がいなかったのを幸い、一番奥の個室に入ってバタンと扉を閉めたのですが…。
『トイレの中での着替えは禁止!』
会長さんの思念波が響き渡りました。風呂敷包みを抱えた教頭先生の顔が引き攣り、周囲をキョロキョロ見回しています。
『そこでの着替えは認めない。…服を持って帰ってくること。着替えはこっちでやってもらうよ』
『この格好で戻れというのか!?』
『もちろん。…嫌なら両手を拘束してもいいんだけれど? そしたら風呂敷包みを咥えて帰ってくるしかないね』
『…そ、それだけはやめてくれ…!』
悲鳴にも似た思念波が届き、教頭先生は風呂敷包みをしっかり抱えて裸エプロンでトイレの外へ。帰り道でも人に出会う度に壁に張り付いてしまいましたから、戻ってくるのに時間がかなりかかったことは改めて言うまでもありません。…裸エプロンから服への着替えは会長さんが取り出したゴザの向こうで行われました。
「ハーレイ、今日は最高の宴会芸をありがとう。おかげでグッと盛り上がったよ」
会長さんがニッコリと笑い、教頭先生は悄然と肩を落としています。特別生1年目の最後の試験の打ち上げパーティーは、スポンサーの財布と心に甚大な被害を及ぼしまくってようやく幕を閉じたのでした。
期末試験の結果発表は次の週。3年生はもう学校に来ていませんし、私たち特別生にも登校義務はないんですけど…つい学校に足が向くのは楽しい仲間に会えるからです。キース君の大学の試験もとっくに終わって、終業式までの授業は全部出席するのだとか。いつもは途中で抜けたりしていただけに、ちょっと嬉しい気分になります。そんな中、グレイブ先生が足音も高く朝の教室に登場しました。
「諸君、おはよう。期末試験もよく頑張ってくれた。我がA組が学年1位だ。この一年間、学業も運動もA組は全てにおいて1位であった。ありがとう、諸君。私は諸君を誇りに思う。実に素晴らしい一年だった。進級しても新しいクラスで大いに活躍してくれたまえ」
「「「はーい!!!」」」
1年A組は全員元気一杯でした。グレイブ先生は満足そうにクラスを見渡し、いつもの癖で眼鏡をツイと押し上げてから。
「それと重大な発表がある。…諸君には話していなかったのだが、アルトとrが今年で卒業することになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たち七人グループと当事者を除くクラスメイトはビックリ仰天したようです。文字通り青天の霹靂というヤツですから。グレイブ先生は教卓をバン! と叩いて皆を黙らせ、踵をカツンと打ち合わせて。
「このシャングリラ学園には、とある条件を満たした者が一年間で卒業するという特例がある。該当者が出た場合は前倒しで修学旅行が実施されるから普通は事前に分かるのだがな…。知ってのとおりアルトとrは留年中だ。つまり去年も1年生をやっている。そして去年は1年生の修学旅行が行われた」
「「「…………」」」
「その時に卒業した七人は今も私のクラスにいるから、誰かはすぐに分かるだろう。そしてアルトとrは修学旅行を体験済みだ。だから今年は修学旅行をする必要が無かったというわけなのだよ。…二人は3年生と一緒に卒業するが、それまでは平常通りに登校する。諸君も特別扱いをせず、好奇心からの質問などは慎むように」
分かったな、と強く念を押すグレイブ先生。…私たちも去年通った道ですけれど、アルトちゃんたち、本当に卒業することになったんですねえ…。でも、お別れという気はしません。アルトちゃんたちは会長さんの大のお気に入り。特別生になるかどうかはともかく、また会えそうな予感がします。…グレイブ先生は咳払いをして。
「そしてもう一つ、お知らせがある。ホワイトデーだ」
「「「ホワイトデー!?」」」
それはまだ先の話なのでは…と誰もが考えているようです。けれどシャングリラ学園のホワイトデーは違いました。バレンタインデーを派手にやるだけに、カレンダーどおりのホワイトデーでは3年生が卒業してしまっていて上手くバランスが取れないから……と前倒しで実施されるのが慣例。グレイブ先生はその説明を終えてから…。
「今年の繰り上げホワイトデーは卒業式の三日前だ。チョコを貰った男子は礼を失することのないよう、心して準備しておきたまえ。当日は授業開始前に特別に受け渡しの時間を設ける。いいな!」
「「「はいっ!」」」
緊張した表情の男子たち。頭の中はきっと何をお返しにプレゼントするかで忙しく回転しているのでしょう。
卒業が決まったアルトちゃんとrちゃんに不安そうな様子はありませんでした。キース君みたいに秘かに進学先を決めているとか、就職先が決まっているとか…そんな話も聞きません。どうして知っているのかって? 私たちは去年からの友達ですし、一年早く卒業しちゃった特別生でもありますし…休み時間とかに色々話をするんですから。
「…あのね、質問があるんだけど…」
ほら、今日も早速来ましたよ~! 口を開いたのはアルトちゃんです。
「寮のお部屋とかどうなるのかなぁ? 卒業式が近付いてるから3年生の人は家に荷物を送ってるのに、私たち、業者さんの案内も貰えないままで…」
業者を決めるための見積もりなどを頼まなくてはいけないのに、とrちゃんも困り顔。
「会長さんなら詳しいかな、って尋ねてみたら、スウェナちゃんたちも知ってるからって…。でも、寮生じゃないのにね」
みんな家から通ってるでしょう、と首を傾げるrちゃんにジョミー君が。
「うん、寮生はいないけど…。寮のことなら数学同好会の人たちに訊けばいいんじゃないかな? ボナール先輩とかパスカル先輩とか…。同じ1年生ならセルジュもいるよね」
「あっ、そっか! みんな寮生だったっけ…」
忘れてた、と顔を見合わせるアルトちゃんとrちゃん。「ほらね」と笑うジョミー君の次にシロエ君が。
「正直に言うと、ぼくたちも去年は何が何だか分からない内に卒業したっていうのが本当なんです。それで気がついたら特別生ってことになってて、手続きも全部済んでいて…。ですからアルトさんたちが何も決めてなくても、なるようになると思いますよ」
「同感だな」
キース君が大きく頷きました。
「卒業してから分かったことだが、俺みたいなのは例外らしい。普通はフラッと卒業してって、それから進路が決まるらしいぜ。寮の荷物を送る手配がついてなくても心配無用ってことだろう。進路が何に決まったとしても、荷物は送って貰えるさ」
「…送らないってこともあるものね」
今のまんまで寮暮らしとか、とスウェナちゃんが微笑みます。
「二人とも、会長さんに夢中なんでしょ? だったら寮にいればいいのよ、今までどおり」
「そ、それは…」
「…どうなるか全然分からないし…」
アルトちゃんたちは謙虚でした。会長さんが目をかけている以上、二人とも寮生として居残りそうな気がするのですが…。けれど会長さんも二人については何も教えてくれません。勝手気ままな学生生活をしているとはいえ、そこはソルジャーゆえなのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じです。こればっかりはアルトちゃんたちの進路説明会が済むまで謎に包まれたままなんでしょうね。
そうこうする内に繰り上げホワイトデーがやって来ました。朝のホームルームが終わるとすぐにプレゼントの受け渡しタイムです。ジョミー君たちから義理チョコのお返しを貰い、クラスメイトたちもとっくに配り終えたというのに授業開始のチャイムが鳴らない理由は会長さん。学園でダントツの数を誇るチョコを貰った会長さんが3年生のクラスから順番に甘い言葉を配り歩いているのでした。
「…去年も一人で時間延長しまくってたよね」
キザなんだから、とジョミー君が言いましたけど、サム君は…。
「キザなんじゃねえよ。ブルーはとっても優しいんだから、みんなに挨拶してるだけだろ」
相変わらず会長さんにベタ惚れのサム君ですが、バレンタインデーのチョコは貰えずに終わってしまいました。シャングリラ・ジゴロ・ブルーな会長さんにとってバレンタインデーは『チョコを貰う日』であって、渡す日とは思っていないのです。教頭先生にバレンタインデー絡みの悪戯を仕掛けはしても、公認カップルのサム君相手に悪戯なんてあり得ませんし、こればっかりは仕方ないですよね。
「もしかしてサム、ブルーからチョコを貰いたかったとか?」
ジョミー君の問いにサム君は顔を真っ赤に染めて。
「そ、そりゃあ…欲しかったけど……くれるわけないし…。いいんだ、何も貰えなくっても」
「ええ、その方が賢明でしょうね」
貰ったら後が大変ですよ、とシロエ君が廊下の方を眺めています。隣のB組から女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえてきました。会長さんの登場に違いありません。シロエ君は様子を見に行き、すぐにA組に戻ってきて。
「やっぱり会長が来てました。うちのクラスは最後でしょうけど……ぼくは教頭先生のことが心配ですね」
「「「…教頭先生?」」」
「ええ。今年のチョコは自分だなんて恐ろしいことを言ってたでしょう。あの調子じゃホワイトデーは何をやらかすか…。ありきたりのプレゼントでは納得しない人でしょうから、サム先輩もチョコを貰わなくてよかったですよ」
財布が空になっちゃいます、と言われてサム君は深い溜息。
「…俺の場合、空になるほど頑張ったって高いプレゼントは無理だもんなぁ…。教頭先生には敵わねえや」
「だよね」
お小遣いの額が違いすぎるよ、とジョミー君がサム君の肩を叩いて励ましています。そこへ扉の方からワッと女の子たちの声が上がって…。
「待たせちゃってごめん。でもこのクラスで最後だからね、ゆっくり時間が取れるから」
「かみお~ん♪」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて入って来ました。女の子の前で立ち止まっては「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた大きな袋からラッピングされた包みを出して渡しています。去年はハンカチでしたけれども、今年は何をくれるのでしょう? アルトちゃんやスウェナちゃんたちと教室の隅っこにいると、配り終わった会長さんが甘い笑顔で近づいてきて。
「はい、ぼくからの今年のプレゼント。チョコレート、とっても嬉しかったよ。…まずアルトさん」
手のひらに乗っかるサイズの箱を手渡す会長さん。次がrちゃんで、その後がスウェナちゃんと私です。
「今年は小物入れなんだ。綺麗なガラスのが見つかったから、渡す子の名前を彫ってもらってさ…。でもね、君たちの名前はぼくの手彫り。グラスリッツェンって知ってるかい? ダイヤモンドの粒がくっついたシャープペンシルみたいな道具で模様を彫ったりできるんだ」
なんと! 手彫りとはポイント高いです。アルトちゃんとrちゃんは目がハート。そんな二人に会長さんは「可愛いね」と囁きかけるのを忘れません。
「君たちには今年も寮の方へプレゼントを送っておいたから。…もちろんフィシスの名前でだけど、部屋に帰ったら開けてみて?」
「あ、ありがとうございます…」
アルトちゃんたちは感激していました。去年はフィシスさんの名前でネグリジェを送ったと言ってましたが、またですか! 今度は夜着だか下着なんだか、いずれにしてもマメな人です。スウェナちゃんと苦笑し合っていると、袖がツンツンと引っ張られて…。
「あのね、ぼくもプレゼント持って来たんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな箱を差し出しています。
「みゆもスウェナもチョコを贈ってくれたでしょ? ブルーが手彫りガラスをやるんだって言い出したから、ぼくも
アヒルちゃんを彫りたくて…。だけどブルーがアヒルちゃんは子供用の模様だから、って…」
違う模様になっちゃった、と残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私が箱を開けると、透明なガラスの小物入れの蓋に見事な白鳥が彫られていました。うーん、流石は会長さんの提案です。でもアヒルちゃんも可愛かったかも…。
「ほんと? じゃあ、次はアヒルちゃんのを作ってみるね! 出来上がったらプレゼントするから!」
わーい! と嬉しそうに飛び跳ねながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんと一緒に帰って行きました。それからすぐにチャイムが鳴って授業の時間が始まります。二年目ともなれば慣れましたけど、この学校のバレンタインデーとホワイトデーはつくづく賑やかなイベントですよねえ…。
放課後、私たちはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出かけました。柔道部の部活は今日は朝練のみだったので柔道部三人組も一緒です。
「かみお~ん♪ 今日は生マシュマロだよ! イチゴに葡萄にパッションフルーツ!」
食べてみてね、と器を並べる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。生マシュマロだけでは足りないから、とエンゼルケーキも焼いてあったり…。会長さんは今日は授業に出ていませんから、一足お先に生マシュマロを食べていました。アルトちゃんたちの寮に送ったものが気になりますけど、男の子たちもいるんですから聞けませんよね…。
「…ペンダントだよ?」
いきなり会長さんが言い、私以外は顔中に『?』マークが飛び交っています。会長さんはおかしそうに笑い、アルトちゃんたちへのプレゼントだと説明しました。
「二人のイニシャルと誕生石をあしらったペンダントをプレゼントしたんだけれど…。それのオマケで着る物をちょっと。…そっちは御想像にお任せしとく」
フィシスの名前で送ったと言えば分かるだろ、とサラッと言い切る会長さん。男の子たちは頬を赤くし、キース君がヒュウ、と口笛を吹き鳴らします。
「アルトたちが仲間になったら愛人にでもするつもりか? あんたにはフィシスさんがいるというのに」
「分かってないね。フィシスはぼくの女神だよ? 女神は俗世間とは無縁なんだし、俗っぽいことは言わないさ」
「………。あんた、いつか女で身を滅ぼすぞ」
「身を滅ぼす? そういうのはハーレイに言ってあげればいいと思うな。ぼくに入れ上げて三百年以上の独身人生、酷い目にばかり遭っているのに全然懲りていないんだから」
人がいいにも程がある、と会長さんは教頭室がある本館の方を眺めました。
「今日のおやつを食べ終わったら、教頭室に行かなくっちゃね。バレンタインデーは奮発したんだ、ホワイトデーにはそれ相応のお返しってヤツを貰わないと」
「ちょっと待て!」
会長さんの不穏な言葉を遮ったのはキース君。
「バレンタインデーってチョコレート・スパのことを言ってるのか? あんなモノのお返しを教頭室で要求するって、あんた、本当に気は確かか…?」
「ふうん…。並大抵のことじゃ返せないって君にも見当がつくってわけか。じゃあハーレイにも分かるだろうね。安心した」
これで存分に絞り取れる、と笑みを浮かべる会長さん。チョコレート・スパ…。会長さん自身がチョコレートだと豪語していたアレのお返しって、会長さんはいったい何を…?