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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

巣立ちの季節  第3話

教頭先生からバレンタインデーのお返しを貰うのだ、と会長さんは上機嫌でした。正確に言えば絞り取るつもりらしいですけど、教頭先生のお財布、空っぽになってしまうのでは…。会長さんのバレンタインデーのプレゼントがアレだっただけに、なんとも心配でたまりません。
「いいんだよ。ハーレイに呼ばれているんだからさ」
ほらね、と会長さんが取り出したのは小さな封筒。今朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に滑り込ませてあったそうです。壁から手だけを突っ込んで入れて行ったということでしょうが、差出人は教頭先生。
「放課後、教頭室にバレンタインデーのお返しを取りに来いっていうんだよね。じゃあ、行こうか」
立ち上がる会長さんにキース君が顔色を変えて。
「おい! 行こうか…って、俺たちもか?」
「当然だろう?」
会長さんは自信に溢れていました。
「この封筒、宛名が書かれていないんだよ。中のカードもおんなじだ。…つまりこの部屋を溜まり場にしている全員に権利があるってことさ」
「し、しかし…。俺たちはバレンタインデーには何もプレゼントしていないぞ。お邪魔虫になってしまうじゃないか!」
「そんなこと、今更気にしなくても…。こないだの打ち上げパーティーでぼくを脱がせようとしたハーレイだよ? あの時、みんな現場にいたからハーレイの下心ってヤツはバレバレだ。その報いだと思って耐えて貰うさ」
出かけるよ、と会長さんが促します。いつもの『見えないギャラリー』ではなく、堂々と一緒に来いという意味でした。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついてきて、私たちは会長さんを先頭にして本館へ…。階段を上り、廊下の先の重厚な扉を軽くノックする会長さん。
「失礼します」
「おお、来たか」
顔をほころばせた教頭先生でしたが、会長さんの後ろに続いた私たちを見るなり落胆して。
「…ブルー、この連中はいったい何だ?」
「えっ? お返しを取りに来いとは書いてあったけど、宛名が書いてなかったから…。とりあえず全員連れてきちゃった」
「…………」
教頭先生は額を押さえ、深い溜息をつきました。
「…私にバレンタインデーのプレゼントをくれたのは一人だけだと思うのだがな…。ブルー、人払いは出来ないのか?」
「人払い? そこまでしなくちゃ渡せないほど物騒なモノを用意したわけ? 用心棒を大勢連れて来て正解だったと思っちゃうな。…まさかハーレイもお返しは自分だなんて恐ろしいことは言わないだろうね?」
会長さんの軽口に頬を赤らめる教頭先生。えっ、もしかして本当に…教頭先生がお返しですか? 私たちの顔が引き攣り、会長さんの眉がピクリと動いて。
「…図星? ハーレイ、まさか学校でぼくを押し倒そうと…?」
「ち、違う…! いくらなんでもそこまでは…」
「そこまでは…? どうやら疚しい何かがありそうだね。お返しって何さ? 白状しないと心を読むよ」
ズイと近付いた会長さんに教頭先生は脂汗を浮かべ、引き出しから包みを取り出しました。
「…これを渡したかったんだ…。そのぅ…」
「伝えたいことはハッキリと! ぼくだけに伝わる思念波は禁止。さあ、堂々と声に出して!」
「……言葉にしないと駄目なのか…?」
「もちろん」
そうでなければ受け取れないよ、と不敵に笑う会長さん。教頭先生はリボンがかかった包みを手にして悩みまくっていたのですけど、会長さんが踵を返そうとした瞬間に。
「待ってくれ、ブルー! これは……このチケットは奮発したんだ。だから貰ってくれないか?」
「チケット…ね。コンサート? それともスポーツ観戦かな? 趣味じゃないのは困るんだけど…」
「…スイートルームだ」
教頭先生が拳を握り、会長さんをじっと見つめて。
「ホテル・アルテメシアのスイートルームのペアチケット。…お前の都合のいい日に、私と二人で泊まりに行こう」
なんと! 教頭先生、思い切ったモノを出して来ました。ヘタレ卒業か、御乱心なのか。会長さんと二人でホテル……それもスイートルームだなんて、エロドクターもビックリですよ!

とんでもないチケットを贈られてしまった会長さん。受け取るわけがないだろう、と私たちは思ったのですが…。
「ありがとう、ハーレイ」
会長さんは花のような笑みを浮かべてチケット入りの包みをしっかり貰ったのでした。教頭先生は感極まった様子で壁のカレンダーを眺め、震える声で。
「…ブルー、私の予定はまた改めて連絡しよう。…春休みの間に都合が合えばいいのだが…」
「ぼくの方はいつでもOK。ハーレイと違って仕事もないしね」
「そ、そうか…。そういえばそうだな、シャングリラ号に乗る時以外は暇なんだったな。では、私の予定次第というわけか」
「ううん、ぶるぅの気分次第さ。家のことは全部ぶるぅに任せているから」
たまには休みをあげないと、と会長さんは微笑んでいます。
「ぶるぅ、ハーレイがいいものくれたよ。ホテル・アルテメシアのスイートルームに泊まれるんだって。たまには二人でホテルもいいね」
「えっ、いいの? それ、ハーレイと使うんじゃあ…」
そう聞いたよ、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんはウインクして。
「平気だよ。ぼくが貰ったチケットだから、誰と行くかを決めるのはぼくだ。えっと…」
包みを開いた会長さんの瞳が嬉しそうに輝きました。
「うん、朝食つきのプランだね。ディナー券もあるし、有効期限も半年間。…ハーレイ、粋なプレゼントをありがとう。ぶるぅと存分に楽しんでくるよ」
「……ブルー……。そのチケットは私と二人で…」
「えっ? ハーレイと二人で…何さ?」
聞こえないよ、と会長さんは耳の後ろに手を当てます。
「ちゃんと大声で言ってくれないと…。最近、耳が遠いんだ。ぼくと二人でホテルに泊まって何をしようと思ってたって? ベッドに押し倒して嬲りまくろうとか、バスタブの中で…」
「ブルーっっっ!!!」
意味不明の単語を並べまくった会長さんを遮ったのは教頭先生。顔は真っ赤で額には汗がびっしりと…。
「も、もういい、ブルー…。すまん、私が悪かった。バレンタインデーのチョコはお前だなんて言っていたから、私も悪ノリしてみただけだ」
「………。本当に? それにしては奮発しすぎだけれど? あ、ダメ元っていうヤツだった?」
「…うっ…。ま、まあ……そんなところだ」
「なるほどね…。あわよくば、と良からぬことを思ってたワケだ。…ハーレイ、これは高くつくよ。ぼくをホテルに引っ張り込もうとしたっていうのが学校にバレたらどうなると思う?」
謹慎処分は間違いないね、と会長さんは冷たく笑いました。
「言い訳しようにも証人が大勢揃っているし、チケットだってあるわけだし…。卒業式を間近に控えて謹慎食らって大恥をかくか、口止め料を支払うか。…どっちがいい? って、聞くまでもないか」
蒼白になった教頭先生に会長さんはパチンと指を鳴らしてみせて。
「いいかい、恥をかきたくなかったら……ぼくが思念で伝えたとおりに。もしも従わなかった場合は、明日の朝一番でゼルの所に駆け込んじゃうから覚悟しといて」
「…………」
呆然としている教頭先生に「さよなら」と軽く手を振り、会長さんは教頭室を出て行きます。私たちも慌てて続きました。会長さんが教頭先生に何をするよう命令したのか、傍受できた人は一人もいません。まさか校内で裸エプロンをさせる気なんじゃあ…? ヒソヒソ話をしながら歩く私たちですが、教頭先生の運命や如何に…?

「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に帰り着く頃、私たちは教頭先生の末路は裸エプロンで校内一周という意見の一致を見ていました。先日、焼肉屋さんでやらかしたのと同じ方法で、一見スーツで実は…というヤツ。この時間でも部活の生徒が残っていますし、職員さんや先生たちは全員います。そこを回るのはかなり勇気が要るでしょう。
「…普通に一周するだけじゃないと思うわ」
スウェナちゃんが恐ろしいことを言い出しました。
「先生方に会ったら必ずお茶を飲んでいくとか、そういう何か余計なものが…」
「正門で仁王立ちとか、帰っていく生徒にもれなく声をかけるとか…?」
ありそうです、とシロエ君。この寒空にエプロン1枚とは、教頭先生、お気の毒に…。柔道で鍛えてらっしゃるだけに肉体的なダメージは少ないのかもしれませんけど、心の中はさぞ寒々と冷えて凍えることでしょう。ひょっとして、今頃はもう校内一周の旅に出ておられるとか…?
「…さっき出発したみたいだよ」
クスクスクスと会長さんが笑っています。奪い取って来た宿泊券の包みを広げ、中を確かめて満足そう。
「なにしろ急な話だらねえ、言い訳が大変そうだった。仕事も途中で放り出したし」
「全部あんたのせいだろうが!」
キース君の叫びを会長さんはサラッと無視しました。
「努力の成果はたっぷり拝見しなくちゃね。…君たちだって見たいだろう? だから今夜は遅くなりますって家に連絡しておいて」
「「「は?」」」
「遅くまでかかるって言ったんだよ。家の人に心配かけるといけないからね、今の間に」
有無を言わさぬ会長さん。教頭先生の校内裸エプロン行脚、やはり一周だけでは済まないようです。私たちは家に連絡を入れ、教頭先生が遭遇なさるであろう様々な難局に思いを巡らせていたのですが…。
「そろそろいいかな。ぶるぅ、ハーレイの様子はどうだい?」
「うん、バッチリ!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頷き合って、私たちは鞄を持つように言われました。下校がてら教頭先生を見物するっていう趣向ですか? 会長さんは微笑んで…。
「まあね。それじゃ行くよ」
「かみお~ん♪」
パアッと青い光が溢れて身体がフワッと浮き上がります。瞬間移動でいったい何処へ…と思った次の瞬間、私たちは会長さんのマンションの前に立っていました。
「「「えっ…?」」」
見慣れた建物を見上げていると会長さんが暗証番号を打ち込んで玄関を開け、エレベータに乗って最上階に到着です。いつもはリビングとかに直接飛ぶのに、どうして今日は回り道を? いえ、それよりも校内を裸エプロンで歩いてらっしゃる教頭先生を見捨ててきちゃっていいんですか? 騒ぎ始めた私たちですが、もうどうしようもありません。
「…教頭先生、大丈夫でしょうか…?」
マツカ君が言い、サム君が。
「大丈夫だろ、ブルーはいつも完璧だから。そう簡単には裸だってことバレないって!」
「裸の王様って童話もあるけどね…」
一人くらいは見破るかも、とジョミー君。それを聞いたキース君の目が細められて…。
「…それを狙っているんじゃないだろうな? 騒ぎになった時にバックレるために俺たちを連れてトンズラしたとか…?」
「「「うわぁ……」」」
なんて悲惨な、と頭を抱える私たち。だったら遅くなるのも納得です。会長さんがそう簡単に教頭先生を助けに行くわけがありませんから、夜が更けるまでほったらかしの放置プレイで、他の先生方に糾弾される光景だけを中継で楽しみ続けるとか…。
「それもなかなかいい趣向だね」
でも、と会長さんが玄関のチャイムを鳴らしました。あれ? フィシスさんがお留守番をしてるのでしょうか? ガチャリ、と内側から扉が開いて…。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「「「!!!!!」」」
私たちは通路の反対側まで飛びすざっていたと思います。こ、この光景はいったい何ごと~!?

玄関ホールに立っていたのは膝丈くらいの大きく膨らんだスカートが印象的な黒いドレスのメイドでした。レースとフリルで飾られた白いエプロンと可愛いキャップを着けていますが、ガタイの良さと浅黒い肌、くすんだ金髪はどう見ても…。
「「「教頭先生!?」」」
裸エプロンで校内巡りをしている筈の教頭先生がどうして此処に…? と、会長さんが口を開いて。
「君は誰なのか、と不思議がられているようだよ。今夜はぼくの家のメイドだけれど、その正体はシャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ。…そうだよね?」
「…はい、御主人様…」
消え入りそうな声で答える教頭先生。会長さんは手に提げていた鞄を教頭先生に渡し、靴を脱いで家に上がると。
「ハーレイ、お客様たちにお茶とケーキをお出しして。夕食は舌平目のグラタンとチキンガーリックソテー、カブのスープが食べたいな」
「かしこまりました、御主人様」
教頭先生はお辞儀をしてからキッチンの方へ向かいます。えっと…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお手伝いをしないのかな?
「ぶるぅは今日はお休みだよ。ハーレイに全部やってもらうと決めたんだ。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん! ぼくのレシピはキッチンにあるし、ハーレイは家で自分の御飯を作ってるから出来る筈だよ。…ちょっと時間はかかりそうだけど」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に立ってリビングに入り、ソファに腰掛けてしまいました。私たちも座った所で教頭先生がワゴンを押して入ってきます。切り分けられたシフォンケーキは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作っておいたものらしいですが、紅茶とコーヒーは教頭先生が淹れたわけで…。
「気にしない、気にしない。冬休みにハーレイの家に泊まった時にも食事を作って貰っただろう? 安心してドンと任せるといいよ、今夜のハーレイはメイドだから」
偉そうに言い放つ会長さん。実際、ソルジャーの肩書きを持つ会長さんは教頭先生よりも地位は上なんですけど、普段の学校生活の中では教頭先生の方が強い立場です。なのにメイドにしてしまうなんて……こき使おうとしてるだなんて…!
「あんなチケットを寄越すからさ。ヘタレのくせに、時々突っ走るんだから」
会長さんの視線はキッチンで夕食の支度を始めた教頭先生を監視しているようでした。私たちには無理ですけれど、サイオンを使えば朝飯前のことらしいです。会長さんは教頭先生に貰ったチケットを宙に取り出し、ヒラヒラと振って。
「スイートルームのペアチケットなんて、暴走するにも程がある。…ノルディが寄越すなら分からないでもないんだけどね……癪だけど使い方もよく心得てたし。でもハーレイがあの部屋を使って何をすると? 下手くそなキスくらいしか出来ないくせに。キスマークだってつけるだけでは意味ないんだよ」
ヘタレっぷりはバレバレだから、と去年の春休みのシャングリラ号での一件を引き合いに出す会長さん。私たちがシャングリラ号に乗り込んだ時、会長さんは教頭先生を青の間に呼び出してオモチャにして遊んだのでした。
「…だからといってメイドというのは…」
あんまりじゃないか、と言ったキース君に会長さんは。
「じゃあ、君たちの想像どおりに裸エプロンの方が良かったと? 今からそっちに切り替えたっていいんだけどね、まだ先生も職員さんも残っているし、サッカー部とかも活動中だし…送り返そうか、学校に?」
「い、いや…。それよりは…」
「ずっとマシだろう、メイドの方が? 元から計画してはいたんだ、チケットの件がなくても…ね。チョコレート・スパのお返しだからハーレイにも身体を張って貰おうか、と。そしたらチケットを出してきたから、もう問題は無いと思うんだ。…悪戯じゃなくて仕返しってことで」
ぼくは無罪さ、と会長さんは余裕たっぷりでした。教頭先生も裸エプロンで校内一周よりかはメイドさんがいいと思うでしょうけど、それにしたってあの格好は…。会長さんが言うにはメイド服は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手製で、教頭先生の早退の理由は「急な腹痛」。会長さんの家には瞬間移動で送り込まれて私たちを出迎えたのだそうです。
「御主人様、お夕食の用意が整いました」
教頭先生が作ってくれたカブのスープに舌平目のグラタンとチキンのガーリックソテー。温野菜のサラダもいける味です。多分「そるじゃぁ・ぶるぅ」のレシピが細かく書かれているのでしょう。デザートはなんとキャラメル仕立ての焼きリンゴ! 教頭先生、頑張ってます~。そして食事が終わった後は…。
「ああ、ハーレイ。お客様たちが裸エプロンを御所望だそうだ」
「「「えぇっ!?」」」
そんなこと誰も言ってないのに、会長さんは勝手に話を進めました。
「いいね、ぼくがサイオンでスーツ姿に見せかける。君は玄関から下の駐車場から車に乗って、学校まで行って帰ってくること。…そうそう、学校に着いたら守衛さんに忘れ物をしたからと言って中へ入って貰おうか。で、入った証拠に教頭室から君の置き傘を取ってくるんだ」
「ちょっ……ブルー!!」
「御主人様と呼べ、と言った筈だよ。ぼくの命令は絶対だ。…返事は?」
「はい…御主人様…」
泣きそうな顔の教頭先生。青いサイオンがキラッと光り、教頭先生のメイド服がエプロンを残して消え失せました。車のキーを渡された教頭先生がどうなったかは語るまでもありません。私たちは全てを会長さんのサイオン中継で見ていましたけど、他の人の目にはスーツ姿に映るというのに私たちが見ると裸エプロン。裸エプロンでの運転姿は最高に笑える光景でした。置き傘を持って戻った教頭先生を待っていたのは…。
「御苦労さま。君の任務はこれでおしまい。…帰ってくれていいからね」
「ありがとうございます、御主人様」
「ブルーでいいよ。それじゃ、さよなら」
会長さんがニッコリ微笑み、教頭先生はホッとした様子で裸エプロンのままリビングを出て行ったのですが。
「ブルー!!!」
バタバタという足音と共に凄い勢いで戻って来ると、扉から顔を覗かせて。
「私の服を何処へやった!? 着替えて吊っておいた筈だが…」
「ああ、瞬間移動で君の家に送ったけれど…。悪かったかな? 服ならメイドのがあるだろう」
「私にアレを着て帰れと…?」
「要らないのかい? 嫌なら裸エプロンのままでもいいよ。ただしサイオンで細工はしてあげないから、途中で警察に捕まるかもね」
どこから見ても変態だし、と会長さんは冷たい目です。
「メイド服なら仮装パーティーの帰りってことで通るだろうけど、裸エプロンは無理だろうねえ…。どうする、ハーレイ? 裸エプロン? それともメイド?」
「…エプロンなしのメイドでいいっ!」
「それは不可。メイド服ならエプロン付きで」
結局、教頭先生はメイド服一式を着込んで帰らされる羽目になりました。私たちは散々笑い転げて夜遅くまで会長さんのマンションで騒ぎまくっていたんですけど、裸エプロンで学校まで…という悪戯が私たちのせいか会長さんの思い付きかは、最後まで謎で終わったのでした。

繰り上げホワイトデーの三日後は卒業式。いよいよアルトちゃんとrちゃんが卒業です。その前夜、グッスリ眠っていると…。
『起きて。そして何でもいいから、外に出られる服を着て』
会長さんからの思念波が届き、着替えをすると青い光に包まれて…。
「「「あれっ?」」」
ジョミー君たちの驚いた声が聞こえました。私たちはシャングリラ学園の校庭にいて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿もあります。その他に見える人影は…ボナール先輩にパスカル先輩、欠席大王のジルベールまで!?
「いやあ、今年はウチの同好会から卒業生が出るもんでな」
ボナール先輩は大きな袋を提げていました。こんな夜中に何をしに…?
「シャングリラ学園の伝統だよ」
そう言ったのは会長さん。
「いつもはぼくがやってるけれど、やりたいって仲間は多いんだよね。で、パスカルとボナールが今年は数学同好会に権利をくれって言ってきて…。アルトさんたちがお世話になったし、ここは譲っておくべきだろうと」
「「「???」」」
「でも来年はぼくがやる。その時は君たちにも手伝って欲しいと思ってるから…後学のために呼んだんだ」
「おい。話が全然見えないんだが」
キース君の質問に会長さんはクスッと笑って。
「すぐに分かるさ。ほら、始まった」
会長さんが指差す先でパスカル先輩が梯子をかけようとしていました。校長先生の銅像に…です。ボナール先輩やセルジュ君たちが袋を持って周囲に集まり、ジルベールが提げているのはバケツ。数学同好会の面々は袋から取り出したパーツを次々にパスカル先輩に渡し、最後に交代したボナール先輩が塗料が入ったバケツ片手に梯子を登って…。
「どうだ、俺たちの力作だぞ! ブルーには絶対出来ないネタだ。これから先は更に無理だな、キースという新たな面子が増えたし」
「……悔しいけれどその通りだよ……」
会長さんが唇を尖らせて見ている前で銅像の台座に張り紙がペタリとくっつけられます。キース君が張り紙と像を交互に眺めて「罰当たりな…」と呟きました。書かれた文字は『創立者坊主』。校長先生の像は大きな笠をかぶって錫杖を持ったお坊さんの姿に変身させられ、ご丁寧に数珠まで持たされていたり…。しかも全身、塗料でしっかりブロンズ色。そういえばこの像、去年は『くいだおれ人形』に変身してましたっけ。
「これ、目からビームが出るんだぜ」
パスカル先輩が自慢しました。
「俺のケータイがリモコン代わりになっててさ。目からビームはこのボタンな。でもって、こっちのボタンを押すと、お数珠パンチで数珠が飛び出す」
バヒューン…と数珠が飛んで行くのを私たちは点になった目で見送りました。卒業式にビームもパンチも必要ないと思うのですが、数学同好会って何を考えているんでしょうか…。しかし会長さんは私たちの方を振り返って。
「シロエ。君はメカには強かったよね?」
「え? は、はいっ!」
「来年から君に頑張ってもらう。目からビームは標準装備だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
そんな馬鹿な、と騒いでいる内に数学同好会の人たちは撤収していってしまいました。残されたのはお坊さんと化した校長先生の銅像だけ。来年の卒業式にはこの像を何かに変身させろと? しかも目からのビームとセットで…。ちょっとクラクラしてきましたけど、伝統だったら仕方ないかな? 私たちは苦笑し合って、青い光に包まれて…気付いたら自分の部屋にいて。ひと眠りしたら卒業式の朝でした。

「アルトさんたち、卒業だね」
制服を着て登校するとジョミー君に声をかけられました。キース君もサム君も、みんな銅像の前に集まっています。一般の生徒も像を見上げて騒いでますけど、アルトちゃんにrちゃん、数学同好会の面々も銅像前にいたりして…。
「かみお~ん♪ アルトもrも卒業だよね」
クルリと宙返りしながら出現したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが笑顔で歩いてきます。
「アルトさん、rさん。…二人とも卒業おめでとう。君たちに似合うドレスを用意したから、式の前に着替えてくれるかな? もちろん、ぼくからのプレゼントだよ」
遠慮しないで、と二人の手を取り、連れて行こうとする会長さん。これがホントの両手に花?
「くそっ、相変わらず気障なヤツだぜ」
ボナール先輩が舌打ちをして、パスカル先輩が上着の中からケータイを…。
「アルト、r、二人とも今日はおめでとう! 数学同好会からのお祝いメッセージは目からビームだ!」
キラッと銅像の目が輝いて、校舎の壁に「おめでとう」の文字が浮かびました。ワッと大きな歓声が上がり、パスカル先輩は得意顔。
「ついでに祝砲、お数珠パーンチ!」
銅像の手から飛び出した数珠が空中でパァン! と音を立てて弾け、紙吹雪がヒラヒラと舞い降ります。アルトちゃんとrちゃんは感激に頬を染め、会長さんにエスコートされて講堂へ入っていったのでした。卒業式では二人とも華やかなドレス。クラスメイトに仮装させられて卒業式に出た私たちとは大違いです。校長先生の挨拶に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場しての三本締め。卒業式はつつがなく終わり、アルトちゃんとrちゃんは無事に卒業していきました。
「…行っちまったな…」
キース君がポツリと呟き、マツカ君が。
「二人ともシャングリラ号に乗るんですよね。また学校に来るでしょうか?」
「来るわよ、きっと」
会長さんがいるんだもの、とスウェナちゃんが言い終わる前に。
「呼んだ?」
「かみお~ん♪」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイと姿を現して。
「卒業式が終わってしまうと特別生の出番はないよ。明日から怠惰な春休みだ。もちろん登校してもいいけど」
「ぼくのお部屋も開いてるよ! 授業に出なくても遊びに来てね」
待ってるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。そっか、春休み扱いになっちゃうんですね。そういえばグレイブ先生が終礼の時にそんな話をしていたような…。だけどなんだかピンと来ません。きっと明日からも普通の日々。シャングリラ学園特別生の1年目は終わったみたいですけど、まだまだ遊び足りないんです~!




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