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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

差がつく新婚

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







それは春休み前のとある一日。三月に入ってまだ日も浅く、シロエ君は卒業式で披露する技の仕上げに余念がありません。毎年恒例、校長先生の銅像を変身させるイベントです。とはいえ外見はほぼ完成だとかで、後は目からビームなどの仕掛けや配線なんかで。
「ふう…。これで動けばいいんですけどね」
トントンと肩を叩いているシロエ君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッとコーヒーのカップを。
「かみお~ん♪ お休みなのにお疲れ様ぁ! はい、どうぞ」
ホイップクリームたっぷりだよ、と差し出すコーヒーを淹れている所は見ていました。オレンジリキュールを加えてホイップクリームをふんわり沢山、トッピングにカラフルなお砂糖を散らしていたのです。なんだかアレって美味しそうかも…。
「あれっ、みんなもコーヒー欲しいの?」
ハイ、ハイ、ハイッ! と手が挙がりまくり、淹れて貰えました、特製コーヒー。今日は土曜日、シャングリラ学園はお休みです。私たちは会長さんの家に遊びに来ているわけですが…。
「いいなあ、ぼくにもコーヒー淹れてよ」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。リビングのソファに腰を下ろすとニッコリと。
「コーヒーと、それにケーキもね」
「はぁーい!」
ちょっと待ってね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。間も無くコーヒーのカップとアプリコットのタルトがソルジャーの前のテーブルに…。
「ありがとう。ちょうどね、暇にしていたものだから…」
「こっちは暇じゃないんだけれど?」
特にシロエが、と会長さんはしかめっ面。けれどソルジャーが気にする筈もなく、クリームたっぷりのコーヒーに顔をほころばせて。
「いいね、これ。コーヒーって感じがあんまりしないや、リキュールが入っているのも嬉しい。…で、暇じゃないってどういうことさ? ああ、これか…」
今年も慰安旅行なんだね、とソルジャーの視線が捉えた先には旅行パンフレットが山積みでした。卒業式と同じく恒例になってしまった春の慰安旅行。元老寺で春のお彼岸のお手伝いをするジョミー君とサム君の慰労会です。
「只今、行き先を検討中って所かな? ぼくの意見を言ってもいい?」
「乗っ取り禁止!!」
話に入るな、と会長さんの厳しい声が飛び、ソルジャーは。
「うーん…。でもさ、毎年、お邪魔してるよ? だからたまにはぼくの意見も」
「乗っ取られるだけでも迷惑なんだよ、ジョミーたちの身にもなってみたまえ! 毎年々々、君たちに旅行を乗っ取られてさ…。慰安旅行は君たちのためにあるんじゃないんだから!」
黙ってタルトを食べていろ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお代わりを用意させました。こっちに来るな、と顔に書いてあります。ソルジャーは大きく伸びをして。
「…分かったよ…。じゃあ、君たちだけでお好きにどうぞ」
もちろんお昼も出るんだよね、とソルジャーは居座るつもりです。来てしまったものは仕方ない、と私たちは無視する方向に。休日返上のシロエ君の作業が一段落したら、慰安旅行の相談ですよ~!



「暖かい所もいいんだけどさあ、温泉なんかもいいかもね」
ゆったり浸かって疲れを取って…、とジョミー君。
「お彼岸って正座地獄だし…。膝にくるから、露天風呂とかで温めたいな」
「若くねえなあ…。どうすんだよ、お前」
今からそれでは先がないぜ、とサム君は呆れ果てた顔。
「お彼岸くらいで地獄だったら締めの道場はどうなるんだよ? アレって相当キツイと聞くぜ。そうだよな、キース?」
「伝宗伝戒道場か? あれを終えないと住職の資格が取れないだけに、定年退職後に僧侶を目指すって人も何人か来ていたが…。正直、泣きの涙だったようだぞ、膝の問題は」
休憩時間にマッサージ、とキース君。
「正座もキツイが、五体投地を嫌と言うほどさせられるしな…。膝がヤバイという理由で下山した人は俺の年にはいなかったんだが、そういう人が出る年もある。ジョミーの外見で膝で下山だと、後々までの語り草だな」
「えーーー! げ、下山って、追い出されるって意味だっけ?」
「まあ、それに近い。お山を下りる…。つまり寺から出て行くという意味だが、膝で下山をしたいのか?」
恥さらしだぞ、とキース君は可笑しそうに笑っています。
「見た目年齢は高校一年生だしなぁ…。根性が足りないヤツと話題になるか、実年齢の方で評価されるか。何歳で道場に行くかにもよるが、四十代とかだと言われるぞ。これだからオッサンというヤツは…、とな」
「……お、オッサン……」
「オッサンでなければ中年ってトコか。道場のメインは大学三年生だってことを忘れるなよ? 四十代は立派な中年だ。下手をすれば三十代でも危ない」
オッサンが膝が辛くて下山していった、と津々浦々で語られるのだ、とキース君に言われたジョミー君は派手に打ちのめされています。
「そ、そんな…。オッサンだなんて……」
「嫌なら若い間に道場に行くか、正座を克服するかだな。ああ、正座だけでは足りないか…。五体投地もキッチリやって経験値ってヤツを上げとけよ」
「酷いや、お彼岸だけでも沢山なのに! それと棚経で充分なのに!」
「それで足りると思うんだったら、甘く見たまま道場に行け。そして落伍して見事にオッサン認定ってわけだ」
まあ頑張れ、とキース君はまるで他人事。そりゃそうでしょう、自分はとっくに道場を終えて今や立派な副住職です。ジョミー君が落伍したって法話のネタにしちゃうかも…。
「高校生なのにオッサン認定…。なんか物凄く傷ついたかも……」
傷を癒すにはやっぱり温泉、とジョミー君は温泉旅行のパンフレットを広げ始めました。この季節だとカニ料理がセットの温泉旅行が目立ちます。カニ料理なら食べるのに夢中で沈黙しがち。バカップル対策には最適かも、と私たちの気持ちも温泉ツアーに傾き始めていたのですが。
「…えーっと…。お取り込み中を悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「「「???」」」
掛けられた声は存在をスル―していたソルジャー。あれ? あんなパンフレットあったかな? って言うか、ソルジャーに旅行のパンフレットは渡していなかったと思うのですが…?



「これ、これ! これが気になるんだけど…」
ソルジャーが私たちの前に置いたパンフレットには見覚えがありませんでした。『プリンセスになれる旅』と大きく書いてありますけれど、誰がこんなの持ってきたわけ…?
「「「プリンセスになれる旅…?」」」
私たちは顔を見合わせ、パンフレットを持ち込んだ犯人探しが始まりそうになったのですが。
「ごめん、ごめん。パンフレットは君たちが独占しちゃってたから、旅行代理店に置いてあるのを見てたわけ。ぼくならサイオンで見放題だし…。そしたら、こういうパンフレットが」
面白そうだから瞬間移動で貰っちゃった、とソルジャーはパンフレットを広げました。
「お姫様扱いしてくれるらしいよ、ホテルとかレストランとかで! 朝食はルームサービスでどうぞって書いてあるしさ、こういう旅も良さそうだなぁ…って」
「じゃあ、そっちに行けばいいだろう」
今年の春は別行動だ、と会長さん。
「そもそも春の慰安旅行に君たちが来るのが間違っている。君のハーレイと行ってきたまえ、素敵にお姫様気分になれるさ」
「……ハーレイと……?」
お姫様ってキャラじゃないんだけれど、とソルジャーはパンフレットを眺めながら。
「食事はともかく、エステにスパだよ? 何かが違うと思わないかい?」
「それを言うなら慰安旅行だって同じだよ! こんな面子でお姫様も何も…。そりゃあ、女子には夢の旅行だろうけど、ジョミーたちはね…」
「うん、要らない!」
それは要らない、とジョミー君は即答でした。
「キャプテンと行けばいいじゃない! キャプテンがキャラじゃないって言うんだったら、エステとかスパは一人で行ってさ…。ちゃんとお金を払いさえすれば断ってもいいと思うんだよね」
「俺もジョミーに賛成だ。あんたはそっちに行くんだな」
そして俺たちは温泉だ、とキース君が話題を元に戻した途端に、ソルジャーは。
「いいかもねえ…。お姫様気分でハーレイと旅行ね、そういうヤツにも憧れないってことはない。ぼくたちは新婚旅行をしていないしさ、この際、ハネムーンと洒落込もうかな?」
「はいはい、ハネムーンでも何でも好きにしたまえ」
その代わり費用は自分持ち、と会長さん。
「慰安旅行に同行されたら支払い義務も生じるけどねえ、別行動なら無関係! 今年の春はハーレイの財布に優しい春になりそうだ」
慰安旅行の費用は何故か教頭先生の負担になっていました。会長さんと旅が出来る代わりに全額負担が条件なのです。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が割り込んでくると費用は馬鹿にならないわけで…。



「財布に優しく、目にも優しい旅ってね。君たちの熱々バカップルぶりを見せ付けられなくて済むんだからさ、もうハーレイは大喜びだよ」
「うーん…。だったら費用はノルディの負担ってコトになるのか…」
「別にいいだろ、しょっちゅうたかっているんだし…。そのパンフを持って行っておいでよ、きっと喜んで出してくれるさ。場合によってはノルディも参加するかもだけど」
「えっ、ノルディ?」
それは微妙、と呟くソルジャー。
「ハネムーンにノルディってお邪魔虫じゃないか! あれは二人の世界のものだろ?」
「そうと決まったものでもないよ? 昔はそういうツアーもあったし」
よく聞きたまえ、と会長さんは指を一本立てて。
「旅行が今ほどメジャーじゃなかった時代にはねえ、ハネムーン専門の団体旅行があったわけ。右も左も新婚カップル、移動の飛行機もバスの中でも他のカップルがついてくる。もちろん食事も隣のテーブルに同じツアーのカップルが…。二人の世界じゃないよね、それは」
それに比べればノルディくらい、と会長さん。
「他のカップルと自分たちとを比較して落ち込む必要もないし、ノルディを連れて行ってきたまえ。見せつけるのは大好きだろう?」
「…それはそうだけど……」
どうせなら何かもうちょっと、とソルジャーはパンフレットを見詰めて考え込んでいましたが。
「そうだ、他のカップルと一緒に旅行! 比較しながら幸せたっぷり!」
「「「は?」」」
「こっちのハーレイ、ブルーのためなら頑張るからねえ…。だけどブルーは突っぱねるしさ、喧嘩しそうなカップルを見ながらハネムーンというのも面白そうだよ」
そっちの線でノルディと相談、と意味不明な台詞を吐いたソルジャーはパッと姿を消しました。えーっと……。ソルジャー、なんて言いましたっけ?
「「「…ノルディと相談…?」」」
ソルジャーが何を言いたかったのか、理解出来る人はいませんでした。いえ、理解出来たら末期でしょう。とにかく今は慰安旅行のプランを練るべし、と再び話題は温泉ツアー。カニもいいですが、御当地グルメもそそられます。ジョミー君とサム君次第ですかねえ?



お昼も食べる、と言っていたくせにソルジャーは戻らず、私たちは有難く「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製の牛肉の赤ワイン煮込みの昼食を。デザートが出てもソルジャーはやはり戻って来ません。エロドクターとランチに出掛けたに違いなく…。
「これは間違いなくフルコースだねえ…」
そのまま向こうに帰ってしまえ、と会長さんが毒づき、シロエ君が。
「でも、お蔭で旅行のプランはほぼ決まったじゃないですか。それに今年は来ないようですよ」
「だよね、それだけでポイント高いってば!」
初めてのぼくだけの慰安旅行、とジョミー君はウットリと。
「これでお彼岸も頑張れるよ~。終わったら温泉と御当地グルメが待っているんだ~」
「おい、お前な…。親父の前で温泉気分を全開にするなよ、しごかれるぞ」
五体投地を百回とか、とキース君が脅した時です。
「…ごめん、ごめん。遅くなっちゃって。…あっ、サヴァランだ! ぼくの分は?」
シロップのラム酒がいいんだよね、と降って湧いたソルジャーにとってはデザートは別腹が基本です。エロドクターと豪華ランチをしてきたくせに、シロップたっぷりのサヴァランをペロリと平らげて…。
「慰安旅行の話だけどさ…。今年はうんと安く上がるよ、ノルディが出してくれるんだって」
「「「???」」」
「こっちのブルーとハーレイも連れてハネムーンツアーに行きたいんだけど、と言ったわけ。そしたら凄くウケちゃって…。こっちのハーレイがヘタレちゃったら自分の株が上がるかも、と大乗り気なんだ。ぜひカップルで別荘にどうぞ、って」
「「「別荘!?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もが目が点。エロドクターは大金持ちだけに別荘だって持っています。もしかして私たちに別荘へ行けと? エロドクターの…?
「そう、別荘。ジョミーが温泉に行きたがってたし、その話もした。条件にピッタリの別荘があるんだってさ、温泉付きの」
其処をみんなで使い放題、とソルジャーはパチンとウインクを。
「場所がノルディの別荘だからね、瞬間移動でお出掛けしたって全然問題ないらしいよ。でもって使用人さんたちにも気軽に御用命下さい、だって」
「「「………」」」
どうしろと、と愕然とする私たちを他所にソルジャーは夢のハネムーンに燃えていました。
「ハネムーンなんだし、ぶるぅは留守番させようかな? ハーレイにお姫様扱いして貰うといいですよ、ってノルディも言ってくれたしね…。ブルーはどうする? こっちのハーレイに甘やかして貰って、お姫様気分で旅行する?」
「……勝手に決めてくれちゃって……。ジョミーたちの慰安旅行だよ?」
「ああ、そこは心配無用だってば! ホテルだと思って出掛ければいい。食事だって希望すれば時間をずらせるらしいから」
ついでに食事の内容も、と語るソルジャーに罪の意識は無いようです。ジョミー君たちの慰安旅行を乗っ取ったばかりか仕切り倒しているわけですけど、こうなってしまったら逆らえません。今年の春の慰安旅行はエロドクターの別荘へ。温泉付きっていう所だけが評価の高いポイントかも…。



こうして強引に決められてしまったジョミー君たちの慰安旅行。会長さんは教頭先生に内緒で出掛けるつもりでしたが、しっかりバレてしまったようで。
「…ハーレイから電話が掛かって来たんだよ…」
昨日の夜に、と落ち込んでいる会長さん。今日はシャングリラ学園の卒業式で、私たちは卒業してゆく三年生たち………かつての1年A組のクラスメイトたちを校門前で見送りました。シロエ君の力作の校長先生の銅像の変身は今年も好評、目からビームも打ち上げ花火も完璧な出来。なのに…。
「シロエの仕事はホントに最高だったんだけど…。昨日の夜の変身作業も上手く行ったし、気分良く寝られる筈だったんだけど…」
そこに電話が、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファに沈んで呻いています。
「第一声は「今、帰ったのか?」ってヤツで、今年の銅像も楽しみだな、って。…だから適当に流していたら、旅行の話が出てきたわけ。ブルーが報告に行ったんだってさ、ぼくが内緒にしてたから」
日程も行き先も全部バレバレ、と会長さんの声は投げやりで。
「ブルーときたら、ハネムーンツアーをカップル二組でやりたいんだってキッチリ説明したらしい。それでハーレイが燃え上がっちゃって、旅は任せろと妄想爆発。…思い切り甘やかしてやるから、お姫様になったつもりでいてくれ、って」
もうダメだ、と会長さんはお手上げ状態です。教頭先生の思い込みの激しさと妄想の凄さは誰もが認識している事実。バカップルなソルジャー夫妻と張り合うつもりで爆発されたら何が起こるか、想像するだに恐ろしく…。
「…気の毒だが、ここは潔く諦めるんだな」
俺たちは普通に温泉旅行だ、とキース君が言えば、サム君が。
「真面目に対応しようとするからいけねえんだよ。気分が悪いって部屋に引き籠もってればいいんでねえの?」
ハネムーンなんかじゃねえんだし、という説には一理ありました。ハネムーンで部屋に引き籠もってしまえば離婚まっしぐらのフラグです。その手を使って乗り越えるべし、と私たちが励まし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコと。
「かみお~ん♪ ブルーがお部屋から出ないんだったら、ぼく、ハーレイに遊んでもらう! 肩車とか鬼ごっことか、ハーレイ、とっても上手だもん!」
「ああ…。将を射んと欲すればまず馬を射よ、と言うからな」
そう呟いたキース君の頭上でパッシーン! と弾ける会長さんの青いサイオン。
「いたたた! 危ないじゃないか、何をしやがる!」
「余計な台詞を喋るからだよ、坊主頭にされたいわけ!?」
次に言ったら髪の毛を容赦なく吹っ飛ばす、と脅かされたキース君が大慌てで両手で髪をガードし、大爆笑の私たち。会長さんには悪いですけど、教頭先生が登場したって私たちには関係ありません。バカップルと同じでスル―あるのみ、慰安旅行を楽しむだけです~!



そうこうする内に春休みが来て、ジョミー君とサム君は春のお彼岸のお手伝いで元老寺へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャングリラ号で春の定例航海です。シャングリラ号に乗せて貰えないシロエ君とマツカ君、スウェナちゃんと私は元老寺のお彼岸を冷やかしに…。
「来たな、お前たち」
路線バスを降りて山門前に辿り着くと、法衣のキース君が立っていました。
「見付けた以上は逃がさんぞ。まあ、入れ」
「え、遠慮しておきます、キース先輩!」
けっこうです、とシロエ君が叫びましたが、キース君には勝てません。発見されたのが運の尽き。私たちはキース君曰く、特等席な本堂の最前列に近い場所へと連行されて正座の刑で。
「今年は失敗しましたね…」
マツカ君が小声で囁けば、スウェナちゃんが。
「マツカは正座も平気じゃない! お茶かお花か知らないけれど」
「それはそうなんですけれど…。でも、お寺はぼくも範疇外です。今日は長丁場になりそうですよ」
「「「………」」」
特等席は途中退場不可能です。お彼岸の法要の冷やかしは毎年やっているんですけど、キース君に見付かった時は特等席。見付からなければ人を押しのけて退場可能な席に紛れるのがお約束。今日は退場不可能ですから、痺れる足を宥めつつ耐えるしかない地獄の法要フルコース…。
「…ぼくも慰安旅行が必要って気がしてきましたよ…」
足がヤバイです、とシロエ君の声に泣きが入る中、スウェナちゃんと私も心で同意。法衣のキース君やジョミー君、サム君たちは立ったり座ったりの五体投地もやっていますし、さぞかし膝に来ているでしょう。ああ……早く温泉に行きたいなぁ……。
「これって会長の祟りでしょうか?」
今頃はシャングリラ号で宇宙ですよね、とシロエ君が嘆くと、マツカ君が。
「…どうでしょう? 思い切り嫌がっていましたしねえ、新婚旅行…」
「違うわよ、マツカ。新婚じゃなくて慰安旅行よ、バレたら確実に殺されるわよ?」
今の失言は忘れましょ、とスウェナちゃんが肩を震わせています。私たちが行くのは慰安旅行で、新婚旅行ではありません。新婚旅行はソルジャー夫妻限定なのだ、と分かってはいるんですけれど…。
「「「……嫌な予感が……」」」
無事に済むという気がしない、と見事にハモッた私たちのぼやきにアドス和尚やキース君たちが唱えるお念仏の声が朗々と…。
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
まさにそういう心境です。何が起こるか分かりませんけど、アンラッキーなのは今日だけで沢山。両足の痺れは耐え抜きますから、助けて下さい、南無阿弥陀仏…。



法要フルコースを食らったお彼岸のお中日の後も、ジョミー君とサム君は元老寺でせっせとお手伝い。お彼岸が明けるまでは檀家さんがお寺を訪れますから、お墓に供える卒塔婆を書いたりするのです。墓回向に忙しいアドス和尚とキース君の代理で受付なども頑張って…。
「やっと終わった―! 慰安旅行だぁー!」
温泉だぁ! と拳を突き上げているジョミー君。今日は慰安旅行の出発日でした。行き先がエロドクターの別荘ですから瞬間移動でお出掛けOK、集合場所は会長さんの家ということになっています。私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションに行き、エレベーターに乗って…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
旅行だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が弾む足取りで先に立ってリビングへ。そこには会長さんと教頭先生、ついでにバカップルことソルジャー夫妻が…。
「こんにちは、今日からお世話になります」
「違うよ、ハーレイ。お世話になるのは向こうの二人さ」
他は単なる通りすがり、とソルジャーが指差す二人とは、会長さんと教頭先生で。
「ぼくはお世話なんかしないからね!」
「そう言うな、ブルー。私は大いにお前の世話をしようと思って来たんだからな」
「それが余計だと言うんだよ!」
お前なんか置き去りにして行ってやる、と叫んだ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンがリビングに溢れ、私たちは空間を一瞬で飛び越えて…。
「「「うわぁ…」」」
スゴイ、と思わず息を飲む雪景色の中に立派な別荘。マツカ君の山の別荘にも負けていません。山間の保養地に建つエロドクターの別荘は広い庭と木立に囲まれた素晴らしいもので。
「えとえと…。お邪魔しまぁす、でいいのかなぁ?」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関のチャイムをピンポーン♪ と押すと、ガチャリとドアが開きました。
「いらっしゃいませ」
ようこそお越し下さいました、と丁重にお辞儀する紳士の後ろにズラリと並んだ使用人さん。私たちの荷物をサッと持ってくれ、部屋へと案内してくれるのですが…。
「ブルー、荷物は私が持とう」
「なんで居るのさ! 置き去りにしたと思ったのに!」
教頭先生と会長さんが喧嘩を始めかけると、ソルジャーの声がのんびりと。
「ハネムーンの後で決裂するっていうなら分かるんだけどさ、最初から置き去りにするのはちょっと…。連れて来たのは勿論ぼくだよ、今からこれでは心配だよねえ…」
「本当に。…ブルー、私たちは上手くやりましょうね」
「決まってるじゃないか。期待してるよ、思いっ切り……ね」
甘い時間に大人の時間、とバカップルは玄関ホールで固く抱き合った上に誓いの熱いキス。あーあ、早速始まりましたよ、もう片方のカップルとやらは離婚以前の問題ですけど…。



エロドクターの別荘ライフはバカップルと会長さんさえ気にしなければ快適でした。暖炉が素敵な一階の広間に座っていれば、すぐに飲み物の注文を聞いて貰えます。ケーキなんかも好きに選べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにレシピを教わっていたり…。
「かみお~ん♪ カヌレみたいって思ったんだけど、揚げミルクだって! ホワイトソースにお砂糖、卵とレモン! 面白そう~♪」
これは帰ったらチャレンジしなきゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の好奇心をくすぐったお菓子は確かにカヌレに似た味わい。四角い形をしていましたから「あれ?」とは思いましたけど…。エロドクターが外国で食べて、レシピを持ち帰ったらしいです。
「此処ってけっこう当たりだよねえ、お昼御飯も美味しかったし」
ジョミー君が喜ぶ横では、キース君が。
「持ち主が誰なのかさえ考えなければ、大当たりだろう。…それと恐怖のバカップルとな」
「でもさ、二人とも籠もってるから関係ないよね」
お昼御飯もルームサービス、とジョミー君が親指を立てれば、サム君が。
「だよな、いつもの「あ~ん♪」は見なくて済んだよな!」
「そこなのよねえ…。教頭先生、ショックを受けてらっしゃったでしょ? 自分の配慮不足だとか、なんとか」
どうなるのかしら、とスウェナちゃん。教頭先生は昼食の席にソルジャー夫妻がいない理由を使用人さんから聞かされ、酷く落ち込んでらっしゃったのです。会長さんをお姫様扱いしようと意気込んでやって来たのに、その他大勢と一緒に食事をさせてしまったのですから。
「会長、激怒してましたからね…。調子に乗って遊び過ぎだと思うんですけど」
あれは絶対マズイですよ、とシロエ君。会長さんときたら、教頭先生の思慮の足りなさを詰りまくって、デリカシーに欠けると罵倒した挙句、部屋に籠もってしまったのでした。教頭先生は己の至らなさを恥じ、会長さんが好きそうなケーキと紅茶のセットを用意してせっせとアタック中で。
「あっ、ハーレイ! ブルー、出てきた?」
どうだった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見詰める先にはトボトボと階段を下りてくる教頭先生。大きなトレイに載ったケーキは手つかずです。
「…ダメだ、うんともすんとも言わん。ドアには鍵が掛かっているし…。紅茶も冷めてしまったからな、新しいのを用意して貰う」
焼き立ての菓子があるようならそれもセットで、と教頭先生は重い足取りで厨房の方へと向かいました。後姿が見えなくなった途端、フワリと広間の空気が揺れて。
「やあ、お勧めは揚げミルクだって?」
「「「!!?」」」
瞬間移動で現れた会長さんの姿にビックリ仰天。えーっと…部屋にお籠りだったのでは?
「まさか。ハーレイが憐れな声を出してる間にキッチンに行って、アフタヌーンティーのセットを用意して貰ったよ。部屋でのんびり食べていたけど、こっちのお菓子も美味しそうだし」
鬼の居ぬ間に調達を、と会長さんは使用人さんを呼んで揚げミルクや他のお菓子をお皿に盛って貰っています。もちろん香り高い熱々の紅茶のポットとカップも忘れずに…。
「あっ、ハーレイが戻って来るかな? それじゃ、またね」
晩御飯の時間には出てくるから、と会長さんがパッとかき消えた後に重そうなトレイを手にした教頭先生が。
「…今度こそ食べてくれるといいのだが…。いくら昼食を食べたとはいえ、飲まず食わずではな…」
「「「うぷぷぷぷぷ…」」」
プハーッ! と堪らず吹き出した私たちですけど、何も知らない教頭先生は大真面目な顔で。
「お前たち! 笑いごとではないのだぞ? お茶を飲んでいる暇があったら、お前たちも思念でブルーに呼び掛けるとか…」
「「「は、は、はい~…」」」
そうですねえ、と同意しつつも、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生には悪いですけど、所詮は他人事ですってば…。



結局、会長さんは夕食まで部屋に立て籠もりました。ようやっと出て来た会長さんに教頭先生が必死に声を掛けていますが、見事なまでにスル―されてしまい…。
「夕食だってね、メニューは何かな?」
楽しみだねえ、と広間に座っていた私たちにだけ微笑みかける会長さん。教頭先生はケーキと紅茶のトレイを厨房に返しに行き、その間に先に食堂に入ってみれば。
「こんばんは。ハーレイ、締め出しを食らってたんだって?」
「お気の毒です、本当に…」
同情しますよ、とバカップルが席に着いているではありませんか。な、なんで…? 食事はルームサービスなんじゃあ…?
「幸せ気分を満喫するには、他人の不幸が最高なんだよ。…ああ、来た、来た」
こんばんは、とソルジャーは教頭先生に向かってニッコリと。
「ブルーに籠られちゃったらしいね、夜には突破出来そうかな?」
「…そ、それは……。出来れば突破したいと思うのですが……」
教頭先生がそこまで言った瞬間、会長さんの地を這うような冷たい声が。
「夜だって? 昼間でも絶対開かない扉が夜に開くと思うわけ? 思い上がりも甚だしいね」
水でも被って頭を冷やせ、と会長さんは隣の席に座ろうとした教頭先生をゲシッと蹴ると。
「夜這いをしようと思ってるヤツをぼくが隣に座らせるとでも? 君は末席に行けばいいだろ、この席は空席にしとけばいいよ」
一番端にセッティングを…、という会長さんの指示でテーブルの端っこに教頭先生の席が作られました。密着バカップルとは正反対な離れっぷりの中、オードブルのお皿が運ばれてきて…。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あなたもどうぞ、ブルー。あ~ん♪」
例によって始まる食べさせ合い。他人の不幸が最高だと言っていたソルジャー、教頭先生をチラチラ横目で眺めながら。
「そうそう、ハーレイ。…君が締め出されていた間だけどさ、ぼくたちは何をしてたと思う? 気持ち良かったなぁ、カップルエステ」
「「「カップルエステ!?」」」
私たちの声が揃って裏返り、ソルジャーは。
「うん。ハネムーンっぽくやりたいんだけど、とノルディに頼んでおいたんだ。ぼくのハーレイは嫌がるかなぁ、って心配したけど、取り越し苦労! 二人でエステを受けた後はさ、フラワーバスに一緒に入って…。そこまでやったら、もう盛り上がるしかないもんね」
お風呂から出たらベッドに直行、と輝くような笑顔のソルジャーと、恥ずかしそうなキャプテンと。二人ともお肌ツヤツヤです。
「どう、ハーレイ? 君も滞在中に是非、ブルーと二人でカップルエステを」
「却下!」
「……カ、カップルエステ……」
バッサリ切り捨てる会長さんと、妄想の域に入ってしまった教頭先生。ダメ押しのようにソルジャーが私たちにはサッパリ謎な大人の時間の濃さと中身を語りまくったから大変です。教頭先生、耳まで真っ赤になってしまって鼻血がツツーッと流れ落ちて…。



「ふうん…。一日目にして轟沈ってね」
失神して倒れた教頭先生が担架で運ばれてゆくのを見送るソルジャー。
「ハネムーンツアーは二泊三日だけど、これってリタイヤも有りだっけ?」
「…意地でもリタイヤしないと思うよ、ハーレイだから」
諦めだけは悪いんだ、と会長さんが深い溜息。
「明日はカップルエステに行こうと誘いに来るかな、部屋の前まで。妄想たっぷりに生きてる割に、ヘタレでどうにもならないくせにね」
「それはノルディが喜びそうだ。君がハーレイに愛想を尽かせば自分の出番だと思ってるから」
早く愛想を尽かすように、と煽るソルジャーに、会長さんは。
「ノルディはもっと却下だってば、あっちはシャレにならないよ! それくらいならハーレイに頑張って粘りまくって貰うさ、場合によってはカップルエステもやぶさかではない」
後はハーレイの運次第、という会長さんの素晴らしい台詞を教頭先生は聞き損ねました。あわよくば会長さんを射止めようとの下心を持ったドクター・ノルディも報われることは無さそうです。
「うーん…。まあ、こっちのハーレイには頑張れとだけ言っておこうかな、残り二日間」
「そうですね…。私たちだけが幸せというのは、私には、ちょっと」
出来れば幸せになって頂きたいものです、と熱く語っていたキャプテンは…。
「「「……スゴイ……」」」
「ふふ、これでこそハネムーンってね。じゃあ、おやすみ~♪」
「それでは、私たちは失礼します」
一礼したキャプテン、なんとソルジャーをお姫様抱っこして食堂から出てゆきました。居心地のいい別荘で食事も美味しく、温泉を引いたお風呂もあるんですけど…。
「…これが続くの? あと二日も?」
ぼくの慰安旅行はどうなっちゃうわけ、とジョミー君が叫び、キース君が。
「嫌ならお前は下山しろ! …いや、俺だって下山したいような気もするが……飯は美味いし、部屋もいい。文句を言ったら罰が当たるぞ」
「なるほど、下山ねえ…。半分修行で半分遊びか…。ハーレイには修行三昧っぽいけど」
楽しめる分は楽しもう、と会長さんまでが開き直りの境地です。ソルジャー夫妻のハネムーンツアーに付き合わされるのも修行でしょうか? 下山しちゃったら別荘ライフにサヨナラです。ここは一発、修行半分、お遊び半分、別荘ライフを満喫するのが正解ですよねえ…?




          差がつく新婚・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、あちらとシャン学はキッパリ別物。
 執筆スタイルからして違いますから、きちんと共存&住み分け。
 足の引っ張り合いとか共倒れとかは有り得ませんです、書いてる人間が同じなだけ~。
 来月は 「第3月曜」 6月16日の更新になります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


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 こちらでの場外編、5月は季節外れのキノコで騒ぎになっているようで…。
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