シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
お騒がせだった水泳大会も済んで、シャングリラ学園は秋に向かってまっしぐら…と言いたいところですけど、まだまだ残暑で教室の窓は全開です。そんな中、1年A組に流行るもの。それはスーパーボールというヤツ。
スーパーボウルじゃないですよ? 海の向こうで熱狂的な人気を誇るスポーツイベントは季節違いの2月がシーズン。こちらはスーパーボールですってば…。
「おーい、行ったぞー!!」
「おうっ、任せろ!」
そりゃあっ、と卓球よろしく打ち返される小さなゴムボール。露店のスーパーボールすくいで男子たちが沢山掬ったそうで、朝の教室はスーパーボールが乱舞しています。あちこちへ飛んだり、壁や机で弾んだり。イレギュラーに跳ね返るボールにクラス全体が熱狂中。
「きゃあっ、また来たー!」
「そっちじゃねえってば、ちゃんと飛ばせよ!」
「無理、無理! 急に来るんだもん! キャーッ!」
男子も女子も入り乱れてのスーパーボール天国、誰が呼んだかスーパーボウル。朝のホームルーム前の予鈴が鳴ってもボールが飛び交い、グレイブ先生の靴音と共にピタリと止むのが毎日のお約束……だった筈なのですが。
「諸君、おはよう」
ガラリと教室の扉が開いた時、幾つかのボールがまだ宙に。ヤバイ、と証拠隠滅とばかりにパスする代わりに窓の外へと放り出されて…。
(ん?)
目で追っていたボールの一つが景気良く飛び、向かいの校舎で跳ね返りました。その勢いで隣にあった木の幹にぶつかり、再び校舎の壁にポーンと。あらら、ポンポン跳ね返ってる…。もっと勢いがつかないかな、と見詰めているとスポポポポーン! と弾んで私たちの教室がある校舎の壁へと。
(んんん?)
これは面白い、と眺めていればボールは二つの校舎の間を行ったり来たりで跳ねています。もしかしたら元の窓から戻ってきたりしちゃうかも? あらっ、あららら…。
「サム・ヒューストン!」
「………」
出欠を取っているグレイブ先生ですが、サム君も窓の外のボールを見ていて。
「サム・ヒューストン、欠席か!?」
「い、いえ、いますっ!」
すいません、とサム君が叫んだ瞬間、窓の向こうから飛び込んで来たスーパーボールがスッコーン! とグレイブ先生の眼鏡に当たって見事に吹っ飛ばしたのでした。
「………。諸君、これはどういうことかね?」
眼鏡を拾い上げたグレイブ先生、神経質そうにポケットから取り出したクロスで拭き拭き。怒りゲージがMAXなことは間違いなくて、1年A組、お通夜状態。問題のボールを投げたのが誰かは知りませんけど、心臓が止まりそうになっているに違いありません。
「…これは夜店で人気のスーパーボールというヤツらしいが…。何故これが此処にあるかは問題ではない。そこの特別生、七人組!」
へ? なんで話がそっちへ飛ぶの? キース君たちもキョロキョロしています。
「聞こえなかったか、お前たちだ! アルトとrは関係ない!」
「「「……え……」」」
どうなってるの、と互いに顔を見合わせる内に、グレイブ先生、ついに爆発。
「お前たち、ボールを見ていたな? ということは、ぶるぅの仕業に違いない。そるじゃぁ・ぶるぅの御利益パワーというヤツだ。ふざけるのも大概にしておきたまえ!」
肉声と同時に思念波での本音メッセージも飛んで来ました。
『無意識かどうかは知らんがね。サイオンでボールを操っていたな、お前たち!』
あちゃー…。そんなオチでしたか、さっきの弾むスーパーボール。と、いうことは、私たち…。
「全員、廊下で起立を命じる! 1時間目は私の数学だ。それが終わるまで、お前たち七人、廊下で直立不動。ついでに私語は厳禁だ!」
男子には水の入ったバケツも付ける、とグレイブ先生はカンカンで。朝のホームルームが終わらない内に私たち七人グループは廊下に立たされ、男の子たちは両手に水を満杯にしたバケツを提げる羽目になってしまいました。
『…なんでこういうコトになるわけ?』
晒し者だよ、と思念波で嘆くジョミー君。クラスメイトは気の毒がって来ませんけれども、他のクラスの生徒が授業前に廊下を移動しながら私たち七人を横目でチラチラ見てゆきます。特別生への遠慮も敬意もあったものではなく、噂を聞き付けて見に来る生徒も。
『俺たちの自業自得ってことになるんだろう。…残念ながら』
スーパーボールに気を取られていたことは間違いないし、とキース君が項垂れ、シロエ君も。
『…失敗でしたね。ぼくたちのサイオン、未だにヒヨコレベルですから…』
無意識にボールを操っていたか、と今頃気付いても後の祭りというヤツです。スウェナちゃんと私には視線が痛く、男子五人は両腕も痛く…。とんだスタートを切ってしまいましたよ、早く放課後にならないかなぁ…。
しっかり、がっつり晒し者になった涙の1時間目の授業。自分の授業が無かったらしいゼル先生が来て百面相をやらかして笑わせにかかり、ウッカリ吹き出してしまったばかりに男子のバケツに重石が追加。スウェナちゃんと私は首に『ごめんなさい』と大書した札を下げられました。
『…うう…。これって体罰……』
酷すぎるよ、とジョミー君が思念で呻けば、ゼル先生がニヤニヤと。
『お前たちは特別生じゃでな。普通の生徒と同じ基準を適用せんでも問題ないんじゃ、体罰、大いに結構じゃ! で、こんな顔はどうかと思うんじゃが?』
ほれ、と右手の人差指と中指を鼻の穴に一本ずつ突っ込み、左手で顎を掴んでグイと引き下げるゼル先生。こ、この顔は面白すぎです。でも笑ったら大変ですから、ここは耐えねば!
『…ちと、インパクトが足りんかったか…。やはりポーズも必要かのう?』
これでどうじゃ、とクイクイと腰を左右にくねらせ、『いやぁ~ん、ア・タ・シ!』とオカマっぽい響きの思念波が来たからたまりません。私たちはブハッと吹き出し、もう笑うしかなくなって…。
「まだ懲りないのか、馬鹿者ども!」
ガラリと教室の扉を開けてグレイブ先生がカツカツと。ゼル先生は大真面目な顔で「担任稼業も大変じゃのう」と首を振っています。グレイブ先生、騙されないで! 何もかも全部、ゼル先生が悪いんです~!
「何やら文句を言いたいようだが、心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉がある。諸君はまだまだ我慢が足りない。…追加だな」
重石一丁、と男子のバケツに漬物石の追加。そんなモノ、何処から湧くのかって? シャングリラ学園には立派な調理実習室がありますからねえ、漬物石も沢山あるのです。スウェナちゃんと私が下げた札には『私が馬鹿でした』の文字が書き足され…。
「授業が終わったら刑も終わりだ。しかし、お前たちの刑が追加になる度に授業が中断したからな。幸い、次の時間は教室移動の予定が無い。休み時間まで授業を延長とする」
えーーー!!! それじゃ晒し者の刑も休み時間分の延長ですか! 他のクラスの生徒が来ちゃうし、男子の両腕もヤバイことになると思うんですけど~!
というわけで、朝っぱらから体罰1時間プラス休み時間分。心身共にダメージ大だった私たちは昼休みいっぱい食堂でグチり、午後の授業と終礼が終わるなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に直行しました。柔道部三人組も今日の部活はサボリだとか。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、今日は朝から散々だったねえ?」
見てる分には楽しかったよ、と高みの見物をしていたらしい会長さん。まさかあの時のスーパーボールに細工してたりしないでしょうね? 私たちが一斉に睨み付けると。
「何さ、その目は? 誓って何もしてないよ。君たちもサイオンを上手に使うようになったな、と感慨深く見ていただけで」
「うんっ! グレイブの眼鏡が飛んでいったの、凄かったぁ~♪」
面白かったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も御機嫌です。
「それとね、ゼルの百面相も最高だったの! また見たいなぁ…」
「すまん、俺たちはもう勘弁だ。個人的に頼んで見てくれ」
両手にバケツで筋肉痛が、とキース君。普段から柔道部で鍛えていても、使う筋肉が別物だったらしいです。今日の男子は両腕プルプル、カップを持つのも辛いそうで。
「…なんでコーヒーをストローで飲まにゃならんのだ…」
だが持てん、とぼやくキース君の手はパウンドケーキを鷲掴み。フォークも持ちたくない気分だとか。それを見越してリンゴのパウンドケーキを用意していた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は流石ですけど。
「くっそぉ…。こんな調子だと、夜も親父に怒鳴られそうだ」
「ああ、お勤めでヘマをするかもねえ…」
所作が色々と変になりそう、と会長さんはまるで他人事。
「それよりスーパーボールだけどさ。あれって応用が効きそうだよ」
「「「は?」」」
「グレイブの眼鏡が吹っ飛んでったろ、ああいう仕掛けで遊べないかなぁ…って」
「二度と御免だ!」
勝手にやれ、とキース君が怒鳴り付け、コクコク頷く私たち。ゼル先生の百面相と同じで、そういう遊びは個人的にお願いしたいです。しかし…。
「誰がグレイブでやると言った?」
もっと笑える人材が、と会長さんはニコニコと。待って下さい、体罰はもう御免です。他の先生でやるにしたって、一人で遊んで下さいってば~!
逃げ腰になる私たちを全く気にせず、会長さんが右手を閃かせると宙に一個のスーパーボールが。
「これをね、ハーレイの家の玄関を入った所にね…」
「「「え?」」」
教頭先生の家ですか? それでどうすると?
「浮かべとくのさ、ドアを開けたら当たる範囲に! 当たった弾みでボールが飛ぶ。それを君たちがやったのと同じ要領で床とか壁とかでバウンドさせてね、最終的にはハーレイの顔面を直撃ってわけ」
これなら体罰も無関係、と会長さん。
「ついでに顔面直撃の直後にメッセージカードを投げ込むんだ。ブルー参上、って」
「あんた、悪戯したいわけだな?」
要するに教頭先生に、とキース君が問えば、会長さんはパチンとウインク。
「もちろんさ。そしてカードにはこう書いておく。「今日はスーパーボールだけれど、ボールのサイズはどんどん大きくなっていく。レシーブするも良し、受け止めるも良し。頑張って、とね」
「れ、レシーブって…」
バレーボール? とジョミー君が尋ね、ニッコリ笑う会長さん。
「そりゃあもう! バスケットボールくらいまでグレードアップしなくちゃね。ハーレイの反射神経に期待だよ。君たちの筋肉痛が治った頃からスタートしようか」
今日のところは作戦会議、とポーンと飛んでゆくスーパーボール。壁で跳ね返って天井に飛び、テーブルに並んだカップやお皿を避けてポンと弾んで、また天井へ。
「ぼくにかかればボールくらいは自由自在だ。ハーレイも最初の顔面直撃は不意打ちだから無理だとしてもね、次の球からはキャッチするとか蹴り返すとか、それなりのパフォーマンスをね…」
トスを上げて思い切りスパイクとか、と会長さんの夢は膨らむ一方。バスケットボールが飛び出す頃には教頭先生の家の玄関脇にゴールネットが仕掛けられたり…?
「あ、それいいね! ボールに合わせて細工しようか、サッカー用とかバレー用とか」
見事キメたら拍手喝采、と会長さん。あのぅ……キメた場合は御褒美も出ますか?
「御褒美かい? そんなの必要無いってば! 毎日ぼくと遊べるんだよ、それで充分!」
なにしろ相手はあのハーレイ、と言われてみればそんな気も。教頭先生は会長さんにベタ惚れでらっしゃいますから、毎日遊んで貰えるだけで嬉しくなるかもしれませんねえ…。
1年A組で流行していたスーパーボウルは、私たちの体罰事件の翌日からピタリと鳴りをひそめました。グレイブ先生に見付かったが最後、廊下で処刑と恐ろしい噂が立ったからです。その一方でウキウキとスーパーボールを操っているのが会長さんで。
「ハーレイの家の構造からして、レシーブもトスもスパイクもいける。ネットでゴールというのもいいけど、ゴールネットを揺らした瞬間、花瓶が砕け散るのもいいよね」
ゴールに花瓶を置いておいても普段の調子で叩き込みそうだ、と会長さんは悪魔の微笑み。男の子たちの筋肉痛は順調に癒えて、今日はもう痛まないらしく。
「ふふ、いよいよ今日からボール作戦スタートだよ」
メッセージカードもちゃんと書いた、と会長さんがスーパーボールをポーンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の壁へ。跳ね返ってポンと床で弾んで天井に飛んで…。いつ見ても鮮やかな飛跡です。
「ハーレイの帰りは下校時間より遅いしねえ…。作戦中はぼくの家で夕食ってことでどうかな? 御馳走するよ」
「「「さんせーい!!!」」」
御馳走と聞いて反対する人がいる筈も無く、私たちは早速家へ連絡を。遅くなっても瞬間移動で家まで送って貰えますから、こんな残業なら大歓迎です。
「それじゃ、こっちの片付けが済んだらぼくの家へね」
「かみお~ん♪ 今日はシーフードカレーを仕込んで来たの!」
海老もホタテもたっぷりだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。これから当分の間、毎日お客様が来るわけですから、おもてなし大好きだけに腕が鳴るというヤツでしょう。腕が鳴るとくれば教頭先生。スーパーボールの顔面直撃を食らった後にはどんな名プレーが飛び出すか…。
「珍プレーかもしれないよ? バレーボールを足で蹴り飛ばして、サッカーボールをドッジボールよろしく手でキャッチとかね」
その辺は見てのお楽しみ、とワクワクしている会長さん。まずは顔面直撃からです。教頭先生、きっとビックリ仰天でしょうね。
会長さんの家へ瞬間移動し、カレーの夕食。教頭先生の帰宅は七時すぎになり、私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継画面に見入っている中、愛車をガレージに入れて玄関の鍵をカチャリと開けて。
「ふう…。今日も孤独な食卓か…」
早くブルーを嫁に欲しいものだ、と独り言を呟いて家の中に足を踏み入れた途端。
「なんだ!?」
暗い家の中でポンっ! と音がし、ポンポンポーン…と弾む音が。音は天井へ、壁へ、床へと飛んで、最後に教頭先生の顔面にビシッ! と激突。
「うわっ!!!」
ポン、コロコロコロ…と転がる音で我に返った教頭先生、玄関ホールの明かりを点けました。会長さんのサイオン・カラーと同じ青のスーパーボールが上がってすぐの床で揺れていて、天井からヒラヒラと一枚の紙が。
「……???」
それを手に取った教頭先生の顔がパアッと明るく。
「そうか、ブルーの悪戯だったか…。明日からボールのサイズがグレードアップしていくのだな? ふむ…。暗くても見えるようサイオンで行くか、明かりを点けっぱなしにしておくか…」
自動点灯にするのもいいな、と教頭先生は思案中。会長さんと遊ぶためには電気工事とか電気代とかも気にしないということですか! なんと天晴れな根性なのか、と中継画面を見詰めていると、会長さんが。
「電気工事は今日すぐってわけにはいかないしねえ? これは点けっぱなしコースかな。明日は卓球の球でいくから、ハーレイが帰りつく前にネットを張ろうね」
玄関先の廊下の所に、と会長さんの方も教頭先生に負けず劣らず楽しげな笑顔。あの教頭先生にしてこの会長さん有りなのか、会長さんあっての健気な教頭先生か。いずれにしてもいいコンビでは、と思わないでもないですが…。
「誰だい、名コンビだなんて考えたのは!?」
「「「!!!」」」
すみません、と私以外のみんなもペコリと。…つまり名コンビだということですよね、誰から見ても…。いえ、ごめんなさい、会長さん! ワタクシが悪うございましたぁ~!
卓球の球の次の日は、それよりも一回り大きいゴムボール。お次が軟式テニスボールで…、といった具合にボールは大きくなってゆきます。毎日、玄関ホールの明かりを点けっぱなしにして出掛ける教頭先生、帰宅直後に飛び込んでくるボールを受け止めるのがお楽しみで。
「「「おおっ!」」」
今日は華麗にサッカーボールを蹴り飛ばしました、教頭先生。廊下の奥に張られたゴールネットにバスッと決まってナイスシュート! 会長さんとの遊びの時間が待っているとあって、教頭先生、ゼル先生から「最近、毎日楽しそうじゃの」と言われたりしてらっしゃるそうです。
「ふふ、ハーレイもすっかりボールに馴染んだようだね、明日は花瓶割りをして貰おうか」
目標があれば叩き込む筈、とニヤニヤしている会長さん。その翌日はバレーボールの出番でした。留守宅に瞬間移動で入り込んだ会長さんがネットを張って、少し向こうの廊下の真ん中に水を満たした大きな花瓶を。会長さん曰く、たまに教頭先生が貰う花束用だとか。
「あれでも一応、教頭だしねえ? 節目には大きな花束を貰うこともあるのさ、卒業生一同かとか、そういうヤツを。…それ以外で花束を貰うことなんて、まず無いね」
だから普段は納戸の奥に、と戻って来た会長さんがクスクスと。やがて帰宅した教頭先生、猛スピードで飛んで来たバレーボールをレシーブした上に素早くジャンプし、勢いをつけてスパイクを。ボールはネットの向こうへと飛び、花瓶が見事にガッシャーン! と…。
「「「うわぁ…」」」
やっちゃった、と肩を竦める私たちと時を同じくして、教頭先生の方も愕然と。流れ出す大量の水と、砕けて散らばる花瓶の破片。お片付けはかなり大変そうです。御愁傷様です、教頭先生…。
そうやって遊び続けたボール合戦も今日のバスケットボールでフィナーレの予定。ゴールネットを仕掛けてきた会長さんが鼻歌交じりに。
「ハーレイの顔が見ものだねえ…。シュートを決めたら大変なことになっちゃうものね」
「…あんた、相当悪辣だよな」
アレはないぜ、とキース君。ゴールネットの真下に教頭先生が大切にしている会長さんの写真入りの額が置かれているのです。シュートを決めれば、写真とはいえ会長さんの顔にバスケットボールを叩き付けてしまうというわけで。
「ぼくへの愛はその程度か、と思い切り責めてボール遊びはおしまいだよ、うん」
「「「………」」」
気の毒すぎる、と思いましたが、会長さんが延々とボール遊びを続けるわけがありません。こういうラストが待っていたのか、と中継画面を見守る内に教頭先生の御帰宅です。勢いをつけて飛んで来たバスケットボールを真上にトスしてジャンプ、脇の壁に取り付けられたゴールネットに叩き込み…。
「うわぁぁぁぁ!!!」
すまん、と会長さんの額に平謝りする教頭先生。額の前面はアクリルガラスだったらしく割れも砕けもしなかったものの、中で微笑む会長さんの写真にバスケットボールを叩き付けたことは事実。申し訳ない、と泣きの涙の教頭先生に向かって会長さんが思念波で。
『見ちゃったよ、今の。…何のためらいも無く叩き込んだね、ぼくにボールを』
「ち、違う! まさかお前の写真があるとは…。知らなかったんだ、本当だ!」
信じてくれ、と叫ぶ教頭先生ですけれど。
『さあ、どうだか…。君の反射神経の良さは毎日見せて貰っていたしね? ぼくの写真が置いてあることに気付かないとは思えないな』
「き、気付いた時には手遅れだったんだ、ゴールの下に見えたんだ!」
『見苦しいねえ、君のぼくへの愛の深さはバスケットボールをお見舞い出来る程度ってね。よく分かったから、遊びはおしまい。明日から電気代が安く上がるよ』
「待ってくれ、ブルー!」
このとおりだ、と教頭先生はバスケットボールを拾って天井に叩き付けました。跳ね返って来たボールの真下でキッと上を睨み、バスケットボールがボカン! と顔に。今の一撃は痛そうです。しかしボールをサッと拾うと、また天井へ、そして顔へと。
「ブルー、お前の気が済むまでボールを顔で受け止めよう。百発か? それとも二百発か?」
返事してくれ、とボールを投げては顔にぶつける教頭先生は既に鼻血が出ています。怪我が原因な教頭先生の鼻血はこれが初めてかも…。止めないんですか、会長さん? 止める気、全然無いんですか?
天井と顔面を往復するバスケットボールに身を晒し続けた教頭先生は結局、昏倒。いくら頑丈でも、やはり限界はあるものです。次の日、腫れ上がった顔で学校に現れた教頭先生、会長さんとのボール遊びが打ち切りになったショックも重なり、悄然とした御様子で。
「馬鹿だねえ、あそこまでしなくってもさ」
呆れ果てる、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で笑い転げる会長さん。
「御面相がアレだろう? ゼルとブラウにあらぬ噂を立てられていたよ、ぼくの家を電撃訪問してフライパンで殴りまくられた、って」
「「「……フライパン……」」」
「信憑性の高い情報源だしね、ゼルもブラウも。…もうフライパンで決定だと思うよ、事実は名誉の負傷なのにさ」
庇う気は毛頭ないけれど、と会長さんはケラケラと。
「バスケットボールよりも音はいいだろうね、フライパン! クヮーン、グヮーンって響き渡って、読経のお供に丁度いいかも」
機会があったらフライパンをお見舞いしてみるか、と会長さんが指を一本立てた時です。
「響くっていうのはいいかもねえ…」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、優雅に翻る紫のマント。空間を越えて現れたソルジャーがソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ」
「オッケー! 今日はね、かぼちゃプリンのタルトなの!」
ちょっと待ってね、とサッと出てくるタルトと紅茶。ソルジャーは早速タルトを頬張りながら。
「昨日のハーレイは可哀相だったねえ、あんなに必死に謝ってたのに…。二度と遊んであげないんだって?」
「最初からそういう予定なんだよ、顔面バスケットボールが予定外なだけ! それにあの程度の芸、オットセイでもやるからね」
鼻先でこうヒョイヒョイと、と会長さんが返すとソルジャーは。
「オットセイかぁ…。アレも効くよね、これはますますやらないと」
「「「は?」」」
何をやろうと言うのでしょう? そもそもオットセイが何に効くと?
「あ、知らない? たまにノルディにお小遣いを貰って買うんだよ。ぼくのハーレイが疲れが溜まった時なんかに飲ませてあげると、もうビンビンのガンガンで…」
「退場!!!」
さっさと帰れ、と眉を吊り上げる会長さん。そっか、オットセイって精力剤かぁ…。
会長さんが怒ったくらいでは帰らないのがソルジャーです。かぼちゃプリンのタルトをのんびり食べつつ、紅茶も飲んで。
「ホント、ハーレイが気の毒でさ…。なんとか浮上させる手は無いものかな、って昨日から考えていたんだよ。で、フライパンの音でピンときたんだ」
「何に?」
どうせロクでもないことだろう、と冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーの方は得意げに。
「凄い名案だと思うけどなぁ…。こっちのハーレイは感謝感激、君は高みの見物ってね」
「どんな名案?」
「ボールがあちこち弾んでたのと、フライパンの響きの合わせ技! こう、刺激を与えると鳴く床なんだよ」
「なんだ、アレか…」
つまらない、と会長さん。
「鴬張りの廊下だろ? なんでハーレイが感激するわけ?」
「「「ウグイスばり?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻ると、キース君が。
「知らないのか? マツカは知っていそうだが…。床板に仕掛けがしてあってだな、歩くとキュッキュッと音が鳴る。鴬の鳴き声に似ているから、と鴬張りだ。璃慕恩院にもあるんだぞ」
「へえ…。そんなのがあるのかい? ぼくはそっちは知らなかったな」
初耳だ、と言いつつ、ソルジャーは。
「鴬張りがあるんだったら、ぼくが言うのはブルー張りかな」
「「「ブルー張り???」」」
それこそ謎な言葉です。青い床板を張るんでしょうか? あれ、でも刺激がどうとかって…。
「分からないかな、鴬じゃなくてブルーの声で鳴く床のこと! キュッキュッの代わりにイイ声で…ね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが青ざめてますが、イイ声って歌でも歌うんですか? 会長さんの声で歌う床?
「そうだね、歌うと言う人もいるね。だけど普通は啼くとかかな? つまりベッドの中でブルーが出す声のことで」
ベッドの中? それって寝言とかイビキなんじゃあ? いくら会長さんの声と言っても、教頭先生が喜びますか?
頭の中が『?』だらけの私たち。鴬張りは分かりましたが、ブルー張りの良さが分かりません。教頭先生が感謝感激って、会長さんのイビキや寝言でも…?
「うーん、とことん分かってないなぁ…。万年十八歳未満お断りだとこんなものかな」
「当たり前だよ!」
この子たちに分かるわけがない、と噛み付く会長さん。
「でも、よく考えたら使えそうだねえ、ブルー張り。…歩く度にぼくの声なんだ?」
「そう、絶品のよがり声! もう踏んだだけでイきそうな感じで」
絶対やってみる価値がある、とソルジャーは強気。なんのことやらサッパリですけど、会長さんも乗り気みたいです。
「ボールを散々受け止めまくった御褒美に、家中の床をブルー張りかぁ…。鼻血で失血死しそうだよ、それ。でなきゃ床を転げ回って大感激かな、右に左に」
「いいだろう? いいと思うよ、ぼくのお勧め! 鳴く床の仕掛けはサイオンでいけると思うんだ。残留思念を応用してさ、君の声を仕込んでおけばいいかと」
「その話、乗った!」
ブルー張りの床でハーレイに薔薇色の日々を再び、とブチ上げている会長さん。そんなにいいかな、ブルー張り…。寝言とイビキのオンパレードが? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーがクスッと笑みを零して。
「違うね、そういう声じゃない。早い話が、ぼくがハーレイとベッドで過ごす時に出てる声! 君たちには理解不能だろうけど…。具体例で言えば、イイとか、イクとか」
「「「…イク…???」」」
その声の何処がいいというのだ、と謎は増えるばかり。教頭先生の夢と言ったら、会長さんがエプロンを着けて「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」ってヤツですよ? 相当はしょりまくりだと言うか、言葉足らずと言うべきか…。
「分からないなら結果だけを見て楽しみたまえ。ねえ、ブルー?」
「そうだね、ブルー張りを仕掛けた家に踏み込んだハーレイを見学するのが一番かと」
どういう声を仕込もうか、と瞳を悪戯っぽく煌めかせている会長さんに、ソルジャーが。
「その前に君に演技指導かな、その手の声は出せないだろう? 万年十八歳未満とお子様がいるけど、ここは一発、気にせずに! まずは「イイ」から行ってみようか」
始めっ! とパン、と両手を叩くソルジャー。それから延々と始まった時間は妙な音声のオンパレードでした。もっと色っぽく、とか、艶っぽくとか熱い指導が飛んでますけど、これってどういう演技なのかなぁ?
ソルジャーも納得の演技が完成するまでに要した期間は三日間。満足の出来に仕上がったらしい会長さんの声を仕込むべく、ソルジャーと会長さんは教頭先生がお留守の家に二人で忍び込んでせっせと作業を。そして…。
「かみお~ん♪ ハーレイ、帰ってきたみたい!」
中継する? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが「頼むよ」と声を掛け、サイオンでリビングの壁に映し出された教頭先生のお宅では…。
「……孤独だ……。秋は独り身の侘しさが身にしみるな……」
この間まではブルーが仕掛けたボールが迎えてくれたのに、と背中を丸めて玄関の鍵を開ける教頭先生。バスケットボールを受け止めまくった顔はまだ少し腫れが残っています。
「ゼルとブラウにフライパンだなどと噂を流されたせいで、エラには不潔と言われるし…。ヒルマンは自分の立場をよく弁えろと説教をするし、ほとほと疲れた…」
こんな時にブルーが居てくれれば、と「お帰りなさい」の妄想を繰り広げているらしいのが分かります。大丈夫ですよ、教頭先生! 今日からはブルー張りとやらを施した家が暖かく迎えてくれると会長さんが言っていますし、ソルジャーも自信満々ですし!
「…ふう…。今日もボールは飛んで来なかったか…」
残念だ、と玄関ホールの明かりを点けた教頭先生が靴を脱ぎ、片足を床に乗せた時。
「あっ…!」
「?? …今、ブルーの声が聞こえたような気がしたが…」
気のせいか、と上がり込んだ教頭先生の足元から。
「あんっ!」
鼻にかかったような会長さんの甘い声。教頭先生の身体がビクッと震え、右足を恐る恐る一歩前へと踏み出すと。
「い、イイッ…!」
「…ブルー? なんだ、何の悪戯だ?」
いったい何処に隠れているのだ、と進めば更に会長さんの声が。
「あっ、ああっ、も、もう…」
「…??? どうなっているのだ、何処から声が…」
「や、やめ…! ひあぁぁぁぁっ!」
「ブルー???」
何処だ、と混乱しつつも教頭先生の顔は真っ赤でした。この意味不明な言葉の羅列に何か秘密があるのでしょうけど…。
耳の先まで赤く染めながら、教頭先生は会長さんを探しています。その間にもブルー張りとやらの床は鳴り続け、家の奥へと向かうに従って響く言葉もそれっぽく。
「き、来て…!」
「…何処なんだ、ブルー!?」
返事をしろ、とズンズン奥に進む間も床はアンアン声を上げたり、喘いだり。
「あっ、あんっ…。そ、そこ…」
「此処か!?」
バンッ! と扉を開いた部屋に会長さんはおらず、代わりに床がひときわ高く。
「ひあぁっ! き、来て、ハーレイ…!」
「ブルー、今、行く!」
ダッと駆け出す教頭先生にブルー張りの床は。
「やっ、やあぁぁぁっ! も、もっと……もっと奥まで…」
「???」
もっと奥まで、と指示されたものの、その先が無い教頭先生。現場は御自宅の一番奥の部屋、それ以上奥はありません。
「…シールド……なのか? それにしても…」
この声はどうにも堪らんな、と教頭先生の手が下に下がりかけ、ピタリと止まって。
「いや待て、何処かでブルーが見ていたら…。こんな姿を目にされていたら、この前のボールの二の舞で…」
「ふふ、ちゃんと分かっているんじゃないか」
その程度の理性はまだあったか、と会長さんが呟き、ソルジャーが。
「そりゃね、ブルー張りとは気付いてないし? だけどそろそろキツそうだよ」
ズボンの前が、とソルジャーの指摘。面妖な台詞を喋りまくる床は教頭先生の大事な所を直撃しているらしいです。えーっと、これがブルー張りの効果とやらというヤツですか?
「うん。今に耐え切れなくなって鼻血を噴くかと」
時間の問題、と会長さんが笑い、教頭先生の足がブルー張りの床をズンッ! と踏んで。
「い、イクッ…! ひ、ひあっ…。あぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブワッと噴き出す鼻血の滝を私たちの目は確かに見ました。教頭先生は仰向けに倒れ、受け止めた床が艶っぽい声で。
「ああ…。んん……。ハー…レ…イ…。も、もっと……」
もっと愛して、と床が囁いた声は教頭先生には多分、届いていないと思います。それどころか明日の朝までに意識が戻るか、危ういトコだと思うんですけど~!
「やったね、ブルー張り、効果バッチリ!」
「ね、ぼくのお勧めは外れないよ」
これで当分楽しめそうだ、と手を取り合って喜ぶ会長さんとソルジャーと。罪作りなブルー張りの床が発する言葉は謎だらけですが、教頭先生にとってボール遊びよりも刺激的な仕掛けだということだけは分かりました。でも…。
「おい、あの床をどうする気だ?」
仕掛けの解除はしないのか、と問うキース君に、会長さんが。
「せっかく仕掛けたんだしねえ…。演技指導でしごかれまくった大事な声だよ、そう簡単に消したくないな。…ハーレイが出血多量で死にそうだとか貧血だとか、そうなってきたら考えようかと」
「それからでいいと思うよ、ぼくも。もっと仕掛けを増やすというのもいいかもねえ…」
いっそ壁とか扉とかにも、とソルジャーが唆し、会長さんの瞳も輝いています。教頭先生、こんな改造を施された家で明日の朝日を拝めるでしょうか? 家を出る前に再び失神、無断欠勤で厳重注意とか、そういう展開になりそうな気が…。
「別にいいだろ、君たちだって廊下に立ってたんだし」
「そうそう、あれが全ての始まりだったね」
スーパーボールの弾みすぎ、と笑い合っている会長さんとソルジャーに罪の意識は皆無でした。恐るべし、ブルー張りの床。甘い声やら喘ぐ声やら、踏めば踏むほど喋りまくる床が黙る時まで、教頭先生、鼻血を堪えて戦い続けて下さいね~!
建物で遊ぼう・了
※新年あけましておめでとうございます。
シャングリラ学園番外編、本年もよろしくお願い申し上げます。
ブルー張りのモデルの鴬張りは御存知でしょうか、歩くと床がキュッキュと鳴ります。
忍者対策って話ですけど、作者の耳には「軋んでるだけじゃあ?」という音にしか…。
鴬張りの床にするには高度な技術が要るそうですけどね!
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 1月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そしてシャン学を始めて以来6年以上、私語を一切してこなかった作者ですが。
昨年末に心を入れ替えました、6年間もの沈黙を破って喋ってやろうと!
毎日更新のシャングリラ学園生徒会室にて喋っております、バカ全開な気がします。
『大いなる沈黙へ』って映画ありましたね、沈黙の方がマシだったかな…。
作者の日常を覗きたい方はお気軽にお越し下さいませ~v
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こちらでの場外編、1月は新年早々、煩悩ゲットのイベントとやらに怯え中…?
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