シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
夏休みの初日、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来ていました。もちろん予定を立てるためです。昨日に決めるつもりでしたが話がうっかり宿題免除アイテムの方に流れてしまい、仕切り直しということに。外はジリジリ暑いんですけど、クーラーの効いたお部屋は快適。
「今年も強化合宿は早めなんだね」
会長さんが手帳を眺めて言うとシロエ君が。
「これからはずっと早めになるんじゃないでしょうか。年々暑くなってきてますし、暑い盛りだと効率が落ちると教頭先生が仰ってます。合宿所にクーラーは無いですからね」
「なるほど。ハーレイのことだ、クーラーをつける予算を出すと言っても断るだろうな」
ああ見えて頑固な所があるし、と会長さんは笑っています。柔道部三人組は明後日から専用の合宿所入りが決まっていました。合宿期間は一週間。それが済んだら何処へ行くかをこれから相談するんですけど…。
「埋蔵金はもう御免だからな」
キース君がジョミー君を睨んでいます。
「確かに充実した夏ではあったが、埋蔵金掘りと言いつつその実態はレンコン掘りだ。ブルーは他にも埋蔵金の在り処を知っているんじゃないかと思うが、頼んだら何をやらされるか…。今度はレンコンでは済まない気がする」
「まあね。…めぼしいヤツは掘り尽くしたし、やめといた方がいいと思うよ」
ウインクしている会長さん。有名どころの埋蔵金は会長さんが掘ってしまってシャングリラ号の建造資金になったのでした。資金調達のために外国の遺跡も物色したのは春休みの旅行で分かりましたし、お宝探しは難しそうです。そんなロマンを追求するより、もっと普通の夏休みを…。
「今年も海に行きますか?」
マツカ君が別荘行きを提案してくれ、山の別荘も使っていいと言ってくれたので大歓声が上がりました。好きな時に好きなだけ滞在できて、行き帰りの手配もいつでもOK。これを使わない手はありません。大船に乗った気持ちになった私たちは特に予定を立てることもなく、強化合宿が終わった後の気分任せで夏を過ごそうと意見が一致。
「じゃあ、合宿が済んでから一日おいて此処に集合。それから何処へ行くのか決めよう」
会長さんの言葉に全員が頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が特製チャーハンを運んできます。食べ終えるとアイスの春巻きが出てきて、誰もがすっかりリラックス。
「夏休みってやっぱりいいねえ…」
のんびりするし、とジョミー君が大きく伸びをして。
「キースたちが合宿に行ってる間にサッカー部に行ってこようかな? あっちは合宿もっと後だし、練習に混ぜてもらって久しぶりにサッカー三昧!」
ジョミー君はサッカー部に時々出入りしているのでした。諸事情あって入れなかったクラブですから未練は今も一杯です。ところが…。
「君の予定は決まってるけど? そうだよね、サム?」
横槍を入れた会長さんが自分の手帳を取り出して。
「えーっと…。柔道部の合宿期間中はサムとジョミーは璃慕恩院だ」
「璃慕恩院!? 何それ!? そんなの全然聞いてないよ!」
寝耳に水のジョミー君が大騒ぎするのとは対照的にサム君の方は落ち着いたもの。
「いいじゃないかよ。俺だって今朝、聞いたんだ。…ブルーの家に阿弥陀様を拝みに行ったら、申し込んだよって言われてさあ…。ほら、去年も俺たち、行ったじゃないか」
「あの合宿? 今年もお寺に二泊三日も…?」
「今度は特別コースらしいぜ。ブルーが手配してくれたから、二泊三日のコースを三回連続で受けられるってさ。結団式とかは関係なくて、修行の部分を集中的に」
「……嘘……」
呆然とするジョミー君ですが、会長さんは容赦しませんでした。
「テラズ様のことを忘れたのかい? 君を立派なお坊さんにしたい一心で綺麗に成仏して行ったのに、君がそれでは浮かばれないねえ…。サムと一緒に修行してきたまえ、老師にお願いしておいたから。参加者が入れ替わる時の無駄な時間も有効に使ってくれるってさ」
本山のお坊さんたちと一緒に読経とか、と澄ました顔の会長さん。サム君は会長さんにベタ惚れですから二つ返事で修行決定、ジョミー君も逃げ切れる筈があるわけなくて…。
「…なんでこういうことになるのさ…」
「そう言うなって」
膨れっ面のジョミー君の肩を叩いたのはキース君。
「お前には猫に小判ってヤツだが、素人が本山で一週間も修行できるなんて特例だぞ? せっかくのコネだ、仏の道に親しんでこい。俺も今年こそ教頭先生から一本取ろうと思ってるしな。一週間の間、頑張ろうぜ」
「…絶対何か間違ってるよ。修行するならキースの方だろ…」
ジョミー君の嘆き節は会長さんに無視されました。こうして柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院で修行。スウェナちゃんと私はその間は好きに過ごすということで…さあ夏休みスタートですよ!
去年の夏は会長さんがジョミー君たちの修行を覗き見しに連れて行ってくれましたけど、今年はそういう気配もなくて…代わりに何度か呼び出されたのはフィシスさんとのお出かけです。デートのお供というわけではなく、会長さんが私たち女性陣に尽くしてくれる素敵な時間。プールに行ったり遠出をしたりと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大満足。そんなこんなで日は過ぎて…。
「…ただいまぁ…」
疲れ果てた顔でジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ってきました。一昨日まで璃慕恩院で修行三昧していたせいか、ゲッソリやつれた感じがします。同じ修行に勤しんできたサム君は普段どおりですけど。
「ジョミーの奴、諦めが悪いんだ。一週間くらい我慢すりゃいいのに、おやつを探しに歩き回って捕まったりさ」
「だって! ホントにお腹が空くんだよ。飢え死にしそうだったんだよ~」
「そんなわけないだろ! お前、体重、減ったのかよ?」
「…減ってない…」
シュンと項垂れるジョミー君。精進料理を一週間も続けていれば食べ盛りには辛そうですが、カロリーは足りていたようです。やつれて見えるのは精神的なストレスかな? サム君と違って仏道修行に全く興味がありませんから。続いて柔道部三人組が姿を現し、こちらはいつにも増して精悍な顔。
「帰ってきたぞ。…なんだ、ジョミーはへばってるのか?」
だらしないな、とキース君がからかうと会長さんが。
「あんまり苛めないで欲しいんだけど。やる気を失くされると困るしね…。それよりも君はどうなんだい? 秋の道場入りには間に合いそうかい?」
「………」
キース君は沈黙しました。秋の道場入りといえば五分刈りが必須だと聞く三週間の修行です。サイオニック・ドリームが上手く扱えなかった場合は道場入りを断念するか、諦めて五分刈りを受け入れるか。お父さんのアドス和尚の期待が大きいキース君だけに、道場入りは避けられそうもないのでした。
「やっぱり全然駄目だとか?」
会長さんが尋ねます。
「夏休み中に何とかするとか言っていたけど、まだ5分ちょっとしか持たないままとか?」
「……5分半だ」
「三十秒くらい誤差の範囲さ。要するに5分が限界、と。修行期間は三週間。これはいよいよ駄目かもねえ…」
可哀想に、と会長さんは大袈裟に首を振りました。
「君のお父さんのことだ、どうせ切るなら五分刈りなんて未練がましいことを言わずにスッパリ行けとか言うんだろう? 一度剃ったらスッキリする、とか」
「…………」
「やっぱりねえ…。そうなると逃げるのは難しいか。サイオニック・ドリームが無理となったら剃るしか道は無いんじゃないかな。はっきり言わせてもらうけれども、今の時点で5分ってことは絶望的だよ」
「……絶望的……」
愕然とするキース君に会長さんは更に重ねて。
「うん、万に一つも望みは無いね。君の努力が足りなかったのか、致命的に素質が無いか。…そうそう、言うのを忘れてたけどタイプ・ブルーのジョミーと違って君の場合は素質に左右されるんだ。タイプ・イエローがタイプ・ブルーを凌ぐことがあるのは破壊だけだし」
「…なんだと…?」
「だから破壊能力しか優れた部分が無いんだってば、基本的に。その能力を他の方面にシフトさせることが出来ればサイオニック・ドリームもタイプ・ブルー並みに操れそうだと思ったけれど、素質がなかったみたいだねえ…」
残念でした、と微笑む会長さんですが、キース君の顔は真っ青でした。
「…お、俺が……俺が素質に欠けているだと…? 今までの努力は無駄だったと…?」
「無駄だったとは言ってないよ? 5分間も持てば上出来だ。ジョミーはタイプ・ブルーのくせに1分間も持たないし…。それだけ出来れば合格点さ」
「あんたなんかに合格点を貰っても…このままじゃ俺は坊主じゃないか!」
「えっ? 坊主なんだから問題ないだろ、住職の資格が無いだけで」
大丈夫だよ、と返す会長さんが『坊主』の意味をわざと間違えて言っているのは明らかでした。キース君は日頃の冷静さを完全に失い、握り締めた拳が震えています。
「…よくも……よくも人の努力を笑ってくれたな…! 俺が坊主を嫌がってるのを百も承知で坊主、坊主と言いやがって!」
「だって仕方がないじゃないか。君は坊主で休須なんだし」
げ。出ました、キース君の法名ってヤツが。キュースといえばキュウスで急須。会長さんがティーポットを指差し、私たちは一斉に吹き出しましたが…。
「俺がヤカンで悪かったな!」
ブワッと膨れ上がったキース君の思念。
「坊主の頭がヤカンハゲなのは職業病というヤツだ! ハゲるのだけは嫌なんだーっ!!!」
「…ちょ…」
落ち着いて、と言おうとしたのは誰だったのか。会長さんの青いサイオンとは全く違う金色に近い光がキース君の身体を包んで迸って…。
ドォォォン!!!
耳をつんざく爆発音が部屋を揺るがし、会長さんの青いサイオンを一瞬見たと思いましたが…気がつくとそこは生徒会室。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に繋がる壁際にあった大きな本棚が床に倒れて、放り出された本が散らばっています。いったい何が起こったのでしょう?
「…携帯電話も善し悪しだよね」
会長さんが壁の方を眺め、ポカンとしている私たちに。
「下がって。とにかく壁を開けとかないと…。5分もすれば消防車が来る」
「「「消防車?」」」
「爆発音を聞いただろう? 部活の生徒が通報したんだ。昔だったら校内の電話は限られてたから余裕ってヤツもあったんだけど、今回はそんな暇がない」
青い光がパァッと走ると壁の一部が音もなく倒れて本棚の上に重なりました。壁の向こうは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でしたが、居心地の良かったお部屋は無残な有様。テーブルもソファも吹っ飛んでしまい、奥のお部屋に続く扉も壊れています。窓のガラスは粉々に割れて外の景色が丸見えで…。
「ブルー!」
爆心地と思しき辺りに立っていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ケガはしてないみたいですけど、ポロポロ涙を零しています。
「どうしよう、ブルー、壊れちゃったよう…。それにキースが…」
キース君が床に倒れていました。会長さんが守り損ねたのか、わざと放って逃げたのか。生徒会室に移動できずに爆風をモロに食らったのでしょう。
「違うよ、ぼくのせいじゃない。爆発はキースが起こしたんだ。でも、そんなことを普通の人に説明しても通じないしね…。ぶるぅ、お願いできるかい?」
会長さんが思念で飛ばした注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「分かった。…あ、もう来たよ」
バタバタと駆けつけてくる先生方やら野次馬やら。遠くでサイレンの音が響いています。気絶しているキース君を教頭先生が抱え上げて生徒会室に移した所で消防隊がやって来ました。火事が起こったわけではないので消火活動はしませんでしたが、非常線が張られて救急隊も駆けつけて…。
「ケガ人はその子だけですか?」
搬送します、と担架を運び込むのを断ったのは教頭先生。
「いや、巻き添えを食ったわけではないそうで…。たまたま表を通った所で爆発に遭ったらしいんです。ショックで気絶というヤツですが、校医で対応できますので」
「…しかし…」
「では、問い合わせて頂けますか? 搬送するなら此処になります」
名前が挙がったのはドクター・ノルディの病院でした。救急隊員が電話を入れて話した結果、救急車は空で帰って行くことに。キース君は保健室に運ばれ、診るのはヒルマン先生だとか。まりぃ先生がしょっちゅう代理をお願いするのも至極当然、ヒルマン先生は医師免許を持っていたのです。ケガ人問題が一段落すると原因究明が始まって…。
「君がお料理していたのかな?」
警察官の質問に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「えっと、えっとね…。コンロの火が上手く点かなくて…それでブルーを探してて…」
「ブルーというのは?」
「ぼくです。…すみません、ちょっと目を離したばかりに…」
「こちらは君の弟さん? 小さな子供が料理をしている真っ最中に部屋を出るとは…。ケガが無かったから良かったですが、下手すれば即死してましたよ」
部屋がこんなにメチャメチャでは…と怖い顔をする警察官。会長さんは平謝りに謝り、先生方も一緒に謝り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大泣きです。どうなるんだろう、と心配になってきた頃、黒塗りの車が校舎の脇に停まりました。アルテメシア警察本部の偉い人らしく、長老の先生方と何か話していましたが…。
『よし。これで一件落着』
会長さんから送られてきた思念のとおりに警察も消防も引き揚げていき、残されたのは野次馬の群れ。部活に来ていた一般生徒が生徒会室を覗き込んでいます。
「そるじゃぁ・ぶるぅの部屋っていうのが何処かにあるって言われてたけど、ここだったんだ…」
「俺はここだと思ってたぜ? 窓の数を数えてみたら生徒会室の辺りが変だったからな。でもなぁ……せっかく明るみに出ても吹っ飛んじまった後ではなあ…」
イマイチだぜ、と言いつつも写メを撮っている野次馬たち。その前ではさっきまで大泣きしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑顔でVサインを作っています。何が何だか分かりませんけど、私たちの溜まり場だったお部屋が使い物にならなくなったということだけは分かりました。謎の爆発と吹っ飛んだお部屋。とんでもないことになっちゃいましたよ~!
外部の人がいなくなって暫くしてから私たちは本館に連れて行かれました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。会議室の一つで待つように言われ、指示された椅子に座ったものの居心地の悪さは抜群で…。
「心配しなくても平気だってば。ぼくを誰だと思っているのさ」
会長さんは涼しい顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお茶を注文しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方も慣れた様子で戸棚を開けるとティーセットや紅茶の缶を取り出し、隅のキッチンでお湯を沸かしてコポコポと。
「はい、みんなの分も淹れたからね! もうすぐお菓子も来ると思うし」
「「「お菓子?」」」
「うん! ラウンジにケーキを色々注文してたよ」
カップを配る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。この状況でケーキだなんて、私たち、叱られるために呼ばれたんではないのでしょうか?
「叱られないよ? だってブルーはソルジャーだもん」
平気、平気…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお部屋が無残に壊れたというのに御機嫌です。さっきの大泣きは嘘泣きとしても、爆発直後は泣いてたんじゃあ…?
「えっとね、お部屋が壊れちゃったから泣いたんだけど、ブルーが元に戻るから…って。工事にしばらくかかるかもだけど、元通りに直して貰えるから、って。夏休みの間にはちゃんと終わるよって聞いたんだ♪」
なるほど。会長さんが思念波で連絡した内の一つがそれでしたか…。お料理なんかしていなかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に警察用の言い訳を教え込んだり、色々と伝達したようです。普段は隠されている「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が丸見えになるよう境の壁を破壊したのも会長さんですし、工事し易くするためかな?
「それもある。でも一番の理由はね……普通の爆発事故に見せかけるためさ」
「「「普通の?」」」
私たちの声が重なりました。爆発の原因はまだ分かっていません。爆発と同時に生徒会室に飛ばされた理由も謎のままですし、あれは一体何だったのか…。
「…普通の爆発事故ではなかったんじゃ」
会議室の扉が開いて入ってきたのはゼル先生。ヒルマン先生を除いた長老の先生方がその後に続き、エラ先生が大きな箱を持っていました。箱の中身は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予言したとおり様々なケーキの詰め合わせで…。
「好きなケーキをお選びなさい。おやつの途中だったのでしょう?」
どうぞ、とお皿を配ってくれるエラ先生と取り分けてくれるブラウ先生。いいんでしょうか、こんな所でお茶をしてても…?
「まずは落ち着いて貰わないとな。あんな騒ぎになったのだし…」
教頭先生の温かな声に私たちはホッと息をつき、紅茶を飲んでケーキを食べて…。お代わりもありますよ、と二個目のケーキも出て来ました。そして教頭先生が。
「そろそろ話してもいいだろう。…さっき起こった爆発事故にはガスも火元も関係ない。だが世間には通用しないし、ぶるぅの失敗ということになった。ただ、それではぶるぅに気の毒なので圧力をかけておいたのだが」
「「「………」」」
警察本部の車が来たのはそういう事情だったみたいです。きっと何処かに仲間が絡んでいるのでしょう。教頭先生は「その通りだ」と微笑みました。
「味方は多い方がいい。あちこちに仲間を配置してあるから政財界にもコネが利くんだぞ? ただの教頭の私には無理だがな」
「ハーレイ、あんた、一言多いよ」
突っ込んだのはブラウ先生。
「自分でバラしてどうするのさ。もっと勿体つけりゃいいのに…。そんな調子だからブルーにオモチャにされるんだよ。この子たちだって既にあんたを馬鹿にしてそうな気がするけどねえ…」
「「「してません!!!」」」
私たちは慌てて叫びましたが効果の程は分かりません。先生方は苦笑し、教頭先生が咳払いをして。
「…話が逸れてしまってすまん。それで爆発事故の件だが、バーストという言葉を習ったか? 意味は爆発。今回の事故はサイオン・バーストというヤツだ」
「「「サイオン・バースト!?」」」
なんですか、その物騒な響きの言葉は? サイオンが…爆発? もしかしてキース君のサイオンが急激に膨れ上がったように感じことと何か関係ありますか…?
初めて耳にする不穏な単語。私たちがざわめいていると内線電話が鳴りました。ブラウ先生が二言、三言話して受話器を置いて…。
「キースの意識が戻ったらしいよ。ヒルマンが連れてくるそうだから、説明は纏めた方がいいね」
「うむ。何度もやるのは面倒じゃからな」
ゼル先生が髭を引っ張っています。キース君の分の紅茶とケーキがテーブルに用意され、やがて会議室の扉が開いて。
「すみません…。ご迷惑をお掛けしました」
キース君はヒルマン先生に付き添われて入って来るなり深々と頭を下げました。それじゃやっぱりキース君があの爆発を? 会長さんはそんな風に言いましたけど、ホントのホントにキース君が…? 椅子に腰を下ろすキース君を私たちは信じられないといった面持ちで見ていましたが…。
「ヒルマンから話を聞いたようだな」
教頭先生の言葉にキース君は再度謝罪し、私たちにも謝ります。あの時、あそこで一体何が…?
「事故の原因はサイオン・バースト。つまりキースのサイオンが爆発的に暴走したというわけだ。キースはタイプ・イエローだけに破壊力の方も半端ではない」
重々しく語る教頭先生。
「ぶるぅの部屋はほぼ全壊だ。居合わせた君たちが無事だったのはブルーが瞬間移動で飛ばしたからだな。ぶるぅは自分でシールドを張って部屋に残っていたようだが…。そしてサイオン・バーストを起こした場合、本人も酷く消耗する。しかし今回はブルーがストップをかけたお蔭でキースの回復は早かった」
運が悪いとバーストのショックで死にかねない、と教頭先生に聞かされた私たちは震え上がりました。一歩間違えれば私たちは大ケガを負うか、あの世行き。キース君の方も三途の川を渡っていたかもしれないのです。
「まあまあ、無事に済んだのだから…。そう脅さなくてもいいんじゃないかね」
ヒルマン先生が言い終える前にゼル先生が。
「甘いぞ、ヒルマン! 校内でサイオン・バーストなんぞ不祥事中の不祥事じゃ! まず原因を究明してから再発防止に努めんといかん。場合によっては制御リングを着けさせることになるじゃろうが!」
「ふむ…。確かにそれはそうだが…。で、原因は何なのかね?」
先生方の視線はまずキース君に、次に会長さんに向けられました。キース君は俯いてしまい、会長さんが肩を竦めて。
「諸悪の根源はぼくってことになるのかな? キースは重大な危機に瀕していてね、それを避けようと必死なんだ。だけど他人から見れば笑いごとでしかないわけで…。それをつついたらバーストしたわけ」
「「「なんですって!?」」」
仰天している先生たち。会長さんはクスクスと笑い、キース君の方を指差しました。
「キースが自分の家を継ぐために大学に行ったのは知ってるよね? その大学で秋に特別な講義があるんだ。お坊さんを目指す学生だけが道場に行って修行をする。その時に長髪は許されなくて短く切るのが条件だけど、キースはそれが嫌なんだよ」
「「「???」」」
「キースは今のヘアスタイルを守りたいのさ。だからサイオニック・ドリームで誤魔化して道場に行こうと目論んだのに、一向に技が上達しない。おまけにお父さんが道場入りにかこつけて坊主頭にしろと迫るらしいね。…色々と焦りが出てきていたから、一気に解決しようと思って」
「バーストで何が解決するんじゃ!」
ブチ切れたのはゼル先生でした。
「ぶるぅの部屋はぶっ壊れるわ、警察と消防は出てくるわ…。お前は上手く逃げおおせたが、わしらは大変だったんじゃぞ! この先も頭が痛いわい。ぶるぅの部屋を突貫工事で修理しろとか言うんじゃろうが!」
「突貫工事でしてくれるのかい? それは助かるよ、ぶるぅがショックで泣いちゃったしね。あ、ついでだからキッチンとかは最新のヤツにしてほしいな」
嬉しそうに注文をつける会長さん。でも本当にサイオン・バーストで何か解決するんでしょうか?
「…根本的に色々と。キースのご両親にも呼び出しがかかったようだしね…。お葬式の最中だったらしくて遅れたけれど、今、学校に向かってる。それでキースはどうなるのかな? 髪型くらいでバーストするなら制御リングは免れないかい?」
「「「制御リング…?」」」
首を傾げる私たちに会長さんが自分の手首を示しました。
「ぼくは嵌めてはいないけれども、ブレスレットみたいな形のサイオン抑制装置だよ。暴走しがちなタイプの仲間はコントロール可能になるまで嵌めなきゃならないことがある。キースの場合はどうなるだろうねえ…。嵌めるんだったら数珠レット風にするべきかな?」
そういうタイプのリングもあるのだ、と教えてくれる会長さん。キース君は大学に進学してから数珠レットを着けるようになりましたけど、更にサイオン制御リングが加わるとなると悪目立ちかも。…っていうより、抑制装置をつけられちゃったらサイオニック・ドリームは絶望的では? キース君、これからどうなっちゃうの…?