シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
サイオン・バーストとかいうモノを起こして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を吹っ飛ばしてしまったキース君。その原因を作ったらしい会長さんは平然と構え、ゼル先生は怒り、長老の先生方は困惑顔です。キース君のサイオンがコントロール不能と判断されればサイオン制御リングと呼ばれる抑制装置の装着義務があるそうですが…。
「どうする、キース? 制御リングは学校にも一応あるんだけれど」
会長さんの言葉にキース君は項垂れてしまい、先生方は。
「どうしますかな? 理由が理由ということですし、そうそうバーストしないのでは…」
「ヒルマン、お前は甘すぎるんじゃ! キースは坊主を目指すんじゃぞ? 坊主頭をからかわれる度にバーストされたらどうするんじゃ!!」
穏健派のヒルマン先生にゼル先生が噛み付き、ブラウ先生が頷きます。
「そうだねえ…。優等生だと思っていたのに派手に一発ドカンだしねえ。制御リングを着けさせた方が安心と言えば安心だ」
「でも、あれは…副作用が出ることもあるのよ」
心配だわ、とエラ先生。制御リングはサイオンの自然な流れを遮断するので頭痛や眩暈を訴えるケースがあるのだとか。それには対症療法しかなく、頭痛薬などが処方されるだけで…。
「やはり可哀想すぎるのではないだろうか。ここは様子を見ることにしては?」
教頭先生が提案した時、ノックの音が聞こえました。
「グレイブです。キースのご両親が来ておられますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわん、入って貰ってくれ」
威厳に満ちて見える教頭先生。扉が開いて墨染の衣のアドス和尚と地味な着物のイライザさんが入って来ました。グレイブ先生は長老の先生方に頭を下げて…。
「今回は申し訳ありません。私の指導が至りませんで…」
「そういうわけでもないだろう。それを言うなら私の方にも責任がある。心技体を鍛えるというのが柔道部の指導方針なのだが、追い付かなかったわけだからな」
「ですが担任は私ですし…」
「いい、いい。…ご両親とは我々が話をするから、君は事後処理をしっかりしておくように」
まだ野次馬がいるようだ、と教頭先生に言われたグレイブ先生は深々とお辞儀をして立ち去りましたが、アドス和尚とイライザさんはひたすら謝りまくっています。
「うちの息子がとんだことを…。本当に申し訳ございません」
「私が甘やかしたせいなのですわ。こんなことになるのでしたら、もっと厳しくビシバシと…」
どうやら二人とも事故の現場を見てきたようです。けれどサイオン・バーストなんていう私たちですら初耳の現象をきちんと理解しているらしいのは何故なんでしょう?
『ぼくが意識下に情報を送っておいたからね。グレイブの説明だけでは足りないだろう、と』
澄ました顔の会長さん。件のサイオン・バーストを引き起こさせた張本人ですが、何故そんな危険な真似をやらかしたのかは依然として謎のままなのです。アドス和尚とイライザさんは先生方に頭を下げまくって…。
「息子の不始末は親の責任でございます。壊れた部屋はなんとしても元に戻しますので、見積もりの方をお願いします」
「ええ。私どもでは業者さんもよく分かりませんし、お任せするしかないのですけど…費用は負担いたします」
申し訳ありません、と平謝りの二人に教頭先生が穏やかな声で。
「いえ、費用のことはお気になさらず。なにしろキース君のような特別生を何人もお預かりしている学校です。万一に備えて保険に入ってあるのですよ。修理費用は全額保険が降りる筈です」
「しかし、それでは…。息子に反省させるためにも相応の負担を…」
アドス和尚は汗だくでした。キース君が壊した部屋を見たなら無理もないのですけど、そもそもの原因は会長さんです。相応の負担をするなら会長さんの方ではないのでしょうか? そんなことを考えているとヒルマン先生が紙にサラサラと何か書き付け、アドス和尚に差し出しました。
「…あの部屋は特殊な構造なのです。内装はともかく、壁などに特別な工事が必要でして…。技術的なことも含めて費用が嵩んでくるのですな。安く見積もってもこのくらいかと」
「「えぇっ!?」」
蒼白になるアドス和尚とイライザさん。どんな数字が書かれていたのか分かりませんが、会長さんの思念によると立派な一戸建ての家を二軒建ててもお釣りがくるような金額だとか。ヒルマン先生は紙をテーブルに伏せ、教頭先生と頷き合って。
「ご覧になったとおり、ご父兄の方にご負担頂くには高すぎるのです。修理は学校にお任せになって、お二人には息子さんのケアをお願いしたいのですが…」
「ケア…ですか…?」
「ええ。サイオン・バーストに至った理由の方が問題でして…」
先生方から事情を聞かされたアドス和尚は唖然呆然。イライザさんもオロオロしています。キース君は完全に俯いてしまい、いたたまれない雰囲気が会議室を満たしていました。そうこうする内にゼル先生が一旦部屋を出、小さな箱を抱えて戻ってきて…。
「これがサイオン制御リングじゃ」
テーブルに置かれた箱に入っていたのは銀色に光る細いバングル。
「とりあえず今日の所はこれを使っておくしかないじゃろう。好みに合わせて特注できるが、少し日数がかかるからのう…。キース、ご両親ともよく相談して決めるんじゃぞ」
ほれ、とカタログまで出て来ました。これはキース君、絶体絶命?
サイオン制御リングとやらはけっこう高価なものでした。装置自体もさることながら、着用する人の心理的な負担を軽減するためにアクセサリーっぽく加工してあるのです。素材は貴金属や天然石で、ゼル先生が持ってきたのはホワイトゴールド・タイプだとか。
「シルバーじゃ作れないんだよ」
会長さんがカタログを指差しました。
「常に身につけてなくちゃいけないからね、錆びる素材はアウトなんだ。数珠レット・タイプは石自体はさほど高価じゃないけど、組み込む装置に手間がかかる。だから値段がゴールドとあまり変わらないのさ。お勧めなのは数珠レットかな、石も色々選べるし…」
「さようですか…」
むう、と腕組みをするアドス和尚。イライザさんもカタログを眺め、あれこれ思案しているようです。恐らくキース君に似合いそうな制御リングはどれかを見定めているのでしょうが…。
「仕方ないわね…」
イライザさんが口を開きました。
「キース、先生の仰るとおりにしなさいな。しばらくリングをお借りしておいて、その間にこれを注文しましょう」
白い指の先には数珠レット・タイプが並んだページ。
「守り本尊様の梵字を刻んだ玉を入れればお洒落になるわよ。ちょっとお値段が高くなるけど、お父さんが買って下さるわ。…ねえ、あなた?」
「うむ。学校にご迷惑をかけてはいかんからのう…」
数珠レットの石を何にするかをアドス和尚がキース君に尋ねる横から会長さんが。
「王道でいけば水晶だね。でも、制御リングをつけないっていう選択も出来る。…さっきハーレイ…ううん、教頭先生が言っていたけど、様子見することも出来るんだ。規定では確か一ヶ月だっけ?」
視線の先にはゼル先生。赤い瞳でひたと見据えられて、ゼル先生は渋々頷きました。
「そうじゃ。バーストしてから一ヶ月の間、サイオンのコントロールに問題が無ければ制御リングは不要とされる。…もっとも不要と判断された後に再度バーストを起こした時は問答無用で装着じゃがな」
「特例ってヤツもあったよね? 一ヶ月よりも短い期間で問題行動を見極める…ってヤツ」
「…そうじゃが…。まさか、特例を?」
「そのまさかさ」
クスッと笑う会長さん。
「仲間の内で最強とされるタイプ・ブルーがOKを出せば観察期間は短くて済む。ただし観察期間の間はタイプ・ブルーと常に行動を共にすること……だっけね」
「「タイプ・ブルー?」」
首を傾げるアドス和尚とイライザさんに会長さんが微笑みかけて。
「タイプ・ブルーはぼくなんだ。よかったらキースの観察役を引き受けようと思うんだけど、どうだろう? ぶるぅの部屋が吹っ飛んだから暇つぶしをする場所が無いしね…。ぼくたち全員、宿坊に泊まれるんなら喜んで」
「「…全員…?」」
「いつもの面子さ、ここに揃っている連中。夏休みの計画を練ってた時に爆発しちゃって、みんなビックリしてるんだ。落ち着くまではぼくの家で…と思ったけれど、お寺ライフも悪くない。精進料理と修行は抜きで」
「……はあ……」
狐につままれたような顔のアドス和尚でしたが、制御リングを嵌めると副作用が起こることもあると脅されて…。
「様子見をお願いできますでしょうか? 宿坊の方は仰る通りに…」
夫婦揃って頭を下げられ、先生方は会長さんを隅っこの方に引っ張って行って暫し相談。サイオン・バーストの引き金になった会長さんに一任しても大丈夫なのか、その辺を詰めているのでしょう。声を潜めての会話が終わると代表で教頭先生が。
「キース君は経過観察をしてみることになりました。今日からブルー…いえ、生徒会長がキース君と一緒に行動します。その結果、問題なしと判断されれば制御リングは不要です」
「おおっ、ありがとうございます…! それでは息子をなにとぞよろしく」
ホッとした顔のアドス和尚とイライザさん。二人はキース君を連れて引き上げようとしたのですが…。
「待ってよ、ぼくの準備がまだなんだ」
引き止めたのは会長さん。
「経過観察をしてる間はキースと離れているのはマズイ。今夜から全員で宿坊の方にお世話になるから、先に帰って用意してくれると嬉しいな。キースはぼくたちと一緒に後からバスで」
「…しかし…」
「バーストを心配してるのかい? そうそうバーストなんかしないし、キースの身体もヤワじゃないしね……バスで帰っても平気だってば。それよりも今夜の食事の支度」
食べたいものはアレとコレと…、と会長さんが並べ立てます。会議室の空気が一気に和み、アドス和尚とイライザさんは何度もお礼を言って元老寺へ帰って行きました。残された私たちは一旦家に帰ってお泊まりグッズ持参で校門前に集合することに。なんとまあ…お寺ライフですか!
「…ブルー、お前も物好きじゃのう…」
ゼル先生が深い溜息。
「特例を持ち出してまで宿坊暮らしか? 夏休みなのに抹香臭い所へ行くとは信じられんわい」
「ふふ、ぼくはこれでも坊主だし? キースのバーストの原因の方もきちんと片付けるから安心して。ぶるぅの部屋は一日も早く元通りにね。最新のキッチン、楽しみにしてるよ」
「かみお~ん♪ 素敵なキッチンにしてね!」
お鍋とかも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。こうして私たちの夏休みはお寺ライフと決まったのでした。
みんなでバスに乗り、元老寺に着いた頃には夏の陽も既に暮れかかっていました。宿坊のお部屋に荷物を置いて食堂へ行くと、会長さんが注文していた料理の他にも色々と…。他の宿泊客は別の部屋で食事をしているそうで、食堂は私たちの貸切です。精進ではない食事を味わいながら今日の騒ぎを思い返して…。
「ぶるぅの部屋が吹っ飛ぶなんてね…」
凄すぎる、とジョミー君が首を竦めました。
「キースって実は力があるんじゃないの? 能ある鷹はナントカって言うよね」
「いや、俺は…。あいにくと記憶が飛んでいるんだ、ムカついて叫んだ所あたりで」
「そうなの? なんだかもったいないね」
せっかく派手にやらかしたのに、とジョミー君が言い、私たちも同感でした。あれだけのサイオンを放出しながら記憶が残っていないだなんて、やっぱりバーストってヤツだからかな…?
「手っ取り早く言えばそうだね」
会長さんが微笑んで。
「サイオン・バーストは瞬間的に凄い力を叩き出す。悪くすれば死にかねないのは身体が耐えられないからさ。もっとも今回は計算ずくのバーストだからストップをかけるのも簡単だったし、身体の負担もさほど大きくなかった筈だ。…でなきゃ帰りにバスなんか乗ってられないよ」
車酔いは必至、と会長さん。普通なら数日間は昏睡だとか恐ろしい例を挙げていますが、計算ずくって何のこと? キース君をつつき回してバーストさせたのが計算通りって意味なのでしょうか?
「…まさか。根本的に色々と解決するって言っただろう? もうすぐ一つ解決するから」
「「「???」」」
なんだろう、と首を捻っているとドスドスドス…と足音がして。
「銀青様、本日はせがれがご迷惑をおかけしまして…」
カラリと開いた襖の向こうでアドス和尚が廊下に平伏していました。イライザさんも深く頭を下げています。会長さんは二人を食堂に呼び込み、襖をピタリと閉ざしてから。
「…銀青の名前、ぼくはどうでもいいんだけどさ。バーストまで起こしたキースのために今は使わせて貰おうかな? お正月に言ったじゃないか、無理強いするのはよくないよ…ってね。なのにキースに剃髪しろって言い続けた結果がアレなんだけど」
「……それは……」
「檀家さんに顔向けできないって言うのかい? でもどうかな? ぼくなんか修行時代を除けば一度も剃ったことがない。だけど銀青の名は残っているし、今もあちこちに顔が利く。人間、見た目じゃないんだよ」
「ですが…」
口の中でモゴモゴと言い訳をするアドス和尚に会長さんは厳しい口調で。
「いいかい、キースはぼくが止めなきゃバーストのショックで死んでいたかもしれないんだ。そうなっていたら君は大切な跡取り息子を亡くしていたってわけなんだけど? ぼくへの感謝の言葉は要らない。それよりもキースを少し自由にしてくれないかな?」
「…自由に…?」
「そう。完全にとまでは言わないからさ、秋の道場入りの時には五分刈りでいいってことにしてほしい。それなら心の傷も浅くて済むし、またすぐに伸びてくるからね。…どうかな?」
赤い瞳に射すくめられたアドス和尚は脂汗を浮かべ、低く呻いていましたが…。
「…分かりました…。銀青様のお言葉ですし、せがれの命も助けてやって下さいましたし…。考えてみれば檀家さんの目が気になる私も修行が足りんということでしょう。私が立派な坊主でしたら、せがれも自然と可愛がって頂けるわけで…。これを機会に精進します」
「いいことだね。ぼくも暫く滞在するから、朝のお勤めでも一緒にしようか」
「ありがたいことでございます。…どうぞよろしくお導きを…」
額を畳に擦り付けんばかりのアドス和尚とイライザさん。銀青の名前はダテではありませんでした。会長さんは頑固者のアドス和尚を見事に論破し、キース君を剃髪の危機から救ったのです。確かにこれで一つ解決。丸坊主よりは五分刈りの方が見た目にも遥かにマシですもんね。でもやっぱり…カットしなくちゃいけないんだ…?
「そうでもないよ」
アドス和尚とイライザさんが立ち去った後、会長さんがニヤリと笑いました。
「キース、みんなの前でやってみて。サイオニック・ドリームはどうなってる? 今から時間を計るから」
「え?」
「いいから、さっさと準備する! 3、2、1……始めっ!」
パッと坊主頭に変身を遂げたキース君。最初の頃は笑いましたが、今ではすっかり見慣れてしまった姿です。けれど似合わないのは変わりません。五分刈りならまだマシかもですけど、坊主頭はイマイチなんてものではなくて…。
「6分」
腕時計を見ていた会長さんが短く告げます。えっ、6分? もしかして最長記録更新では…? ジョミー君たちもザワザワしています。
「…7分」
これは明らかに新記録でした。今までは確か5分半。順調に記録更新中ってどういうこと?
「10分! もういいよ、それ以上やってると夜が明けるから」
「「「夜が明ける!?」」」
誰もがビックリ仰天です。ひょっとしなくてもサイオニック・ドリームを操る力が飛躍的に伸びたとか…? キース君も目を真ん円にしてますけども…。
「キースはコツを掴んだんだ」
会長さんが笑みを浮かべて私たちを見渡しました。
「荒療治だったけど、これでバッチリ。望んだ時に望んだ時間だけ外見を誤魔化すことができるさ、これからは…ね。バースト中はサイオンがとてつもなく活性化しているんだよ。その時に上手く方向づければ出来る筈だと思ったわけ」
「「「………」」」
それじゃ「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が吹っ飛んだのは本当に最初から計算ずくで、会長さんはこのために…?
「うん。代償は高くついたけれども、ハーレイたちが言ってたとおりに部屋は保険で直せるからね。溜まり場が吹っ飛んだ分は此処の宿坊で代用しようよ。いいだろう、キース?」
「…あんた……俺のためにやってくれたのか…」
いつも冷静なキース君の目尻に涙が少し滲んでいます。私たちは見なかったふりをし、会長さんも恩着せがましいことは言いませんでした。キース君は五分刈りに見せかける技まで身につけていて、道場入りはもう問題なし。あれ? それならアドス和尚を脅す必要はなかったのでは…?
「そうでもないんだ。道場入りが終わった後で元のヘアスタイルに戻せるまでの時間が違ってくるだろう? 五分刈りだったら伸びるのもすぐさ。それにお父さんの理解も得ておいた方が断然いいし」
「……ブルー……」
あんた本当にいいヤツだな、と言ったきり、キース君は壁の方を向いてしまいました。泣きそうなのを堪えているのかもしれません。私たちの憩いの部屋は無残に壊れてしまいましたが、こんな素敵な大団円なら宿坊暮らしも悪くないかな?
翌日からはお寺ライフ。会長さんは朝早くからサム君をお供に本堂へいそいそ出かけて行きます。アドス和尚やキース君と一緒に朝のお勤めをするためですが、このお勤めから逃げているのがジョミー君。
「行かないんですか、ジョミー先輩?」
また朝ご飯抜きですよ、とシロエ君は心配そう。でもジョミー君は…。
「いいんだってば、朝ご飯くらい! ジョギングついでにコンビニで何か買うからさ。じゃあね!」
サッと駆け出す後ろ姿にマツカ君が溜息をつきました。
「毎日ああして逃げてますけど、無駄ですよねえ。会長が朝食抜きの刑で済ませてるのは面倒臭いからですし…。いつか修行に出されちゃいますよ」
「ジョミーは諦めが悪すぎるのよ。璃慕恩院の夏の修行も常連さんだし、もうお坊さんの卵よねえ?」
スウェナちゃんの発言に苦笑しながらも私たちの日々は今日も平穏。ジョミー君は朝食抜きにされ、キース君はアドス和尚と墓回向です。それが基本の毎日ですが、みんなで街まで出掛けることも。ドリームワールドにプール、そしてカラオケ。元老寺の駐車場で夜遅くまで花火をした日も何回か…。
「お寺ライフって意外に退屈しないよね」
ジョミー君がそう言ったのは明日で十日目という夜でした。キース君のサイオンがコントロール出来ているかどうかを長老の先生方がチェックしに来るのが十日目です。問題なしと判定されれば制御リングの刑を免れ、キース君は晴れて自由の身に。
「ゼル先生たちのチェックが済んだらキースは自由で、ぼくたちも自由。だけど、ぶるぅの部屋も無いから宿坊暮らしも悪くないかも…」
緑豊かなジョギングコースが気に入ったらしいジョミー君は危機感に欠けたままでした。お寺ライフが長くなるほど会長さんから仏門入りを勧められる可能性が増大するのに、こんな調子でいいんでしょうか?
「ん? ジョミーもお寺ライフが好きなのかい?」
ニコニコと笑う会長さん。私たちはギョッとしましたが、会長さんの思惑は別で…。
「明日はね、ゼルにお寺ライフの楽しさを知って貰おうと思ってるんだ。せっかくお寺に来るんだしね」
「「「ゼル先生?」」」
「うん。アドス和尚には頼んであるし、いいイベントになると思うよ」
「イベントだと?」
聞き咎めたのはキース君でした。
「なんだ、それは? 親父からは何も聞いていないぞ」
「そりゃあ……君はチェックを控えた大事な身だし、余計なことは言わないだろうさ。それでサイオンの具合の方は?」
「…問題ない。ただ、このサイオニック・ドリームなんだが…他に応用は利かないのか? あれから何度か試してみたが、髪型にしか効かないような…」
「「「試した!?」」」
驚いたのは私たちです。キース君ときたらサイオニック・ドリームをアドス和尚や私たちに仕掛けたらしいのですが、幻覚を見た人はありません。会長さんが防いでくれたのかな…?
「残念だね、キース」
会長さんがクスッと笑みを零しました。
「努力してたのは知ってるけれど、ぼくはガードはしてないよ? 君の力が足りないだけさ。バーストした時にサイオンの道筋をつけてあげたのは髪の毛問題オンリーなんだ。切実なのはそれだけだろう?」
「…え……」
愕然とするキース君。髪型だけなら無制限で誤魔化し続けられると言うのに、他はサッパリでは情けないかも…。
「いいじゃないか、とりあえず髪型オンリーでもさ」
それで充分、と会長さんが微笑みます。
「ジョミーなんかタイプ・ブルーのくせに思念波しか使えないんだよ? もっと自信を持ちたまえ。ゼルたちの前でも堂々と…ね」
そんなこんなで翌日の朝、長老の先生方が元老寺の本堂に勢揃い。私たちも証人として本堂に座り、証人代表は会長さんです。先生方はキース君に何項目もの質問をして…。
「では十日間、問題行動は何も無かったということでよろしいですか?」
教頭先生がゼル先生たちに同意を求め、キース君は制御リングを嵌めずに済むことになりました。大喜びのアドス和尚が奥に引っ込み、持ってきたのは花束です。赤いカーネーションが5本と白いのが2本。会長さんがそれを受け取り、ゼル先生に笑顔を向けて。
「どうだい、お寺の本堂は? 厳粛でいいと思うんだけど」
「いや…。法事しか思い浮かばんのう」
「やっぱりね。でもさ、本堂でやるのは法事だけではないんだよ? 結婚式も本堂さ」
「「「結婚式?」」」
訊き返したのはゼル先生だけではありませんでした。しかし会長さんはパチンと指を鳴らしてみせて。
「ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアッと青い光が走って会長さんとゼル先生の衣装が一瞬の内に早変わり。これって一昨年のドルフィン・ウェディングの時のウェディング・ドレスとタキシードでは…?
「ほほう、見事なものですなあ…」
感心しているアドス和尚。マジックの一種だと思っているのか、キース君のバーストを知った後だけにサイオンなのだと分かっているかは謎ですけども。会長さんは白いドレス姿でゼル先生の手に赤いカーネーションを押しつけました。
「ぼくと仏前結婚式をしないかい? お供えする花は新郎が5本で新婦が2本。だからさ、これを阿弥陀様の前に…。おっと、その前にお焼香だっけ」
「ふぅむ…。タキシードまで用意されては断れんのう。寺に似合わん気もするが…」
「着物でなくてもいいんだよ。挙式するのはアドス和尚も了解済みさ」
せっかくだから遊んじゃおう、と面白がっている会長さん。イベントというのはこれでしたか…! ゼル先生は教頭先生の方をチラリと眺めてフフンと笑うと…。
「よし! ブルー、お前と挙式してやるぞ。お焼香すればいいんじゃな? それから花を供えて、と…」
抹香臭い香りが漂う中でアドス和尚が厳かに読経を始めました。会長さんとゼル先生が阿弥陀様に花を供えて、アドス和尚が二人に数珠を渡します。
「…ううっ…。ブルーが…ブルーがお嫁に行っちゃう…」
「落ち着け、サム! これは親父の悪乗りだ。現に経文をすっ飛ばしている」
これでは結婚が成立しない、とキース君が解説してくれ、私たちと長老の先生方は結婚式に興味津々。三々九度もやるんですねえ…。教頭先生は悄然として心ここに在らずでしたが。アドス和尚の読経が朗々と響き、式が終わると披露宴ならぬ宴会でした。宿坊の食堂に移り、アドス和尚とイライザさんから沢山のお料理が振舞われて…。
「息子がお世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いします」
お酌に回るアドス和尚とイライザさんはキース君が制御リングを着けなくて済んだので嬉しそうです。十日間つきっきりで面倒を見てくれた会長さんへの感謝の気持ちも大きいのですが、その会長さんはウェディング・ドレスのままで元のスーツに着替えを済ませたゼル先生に寄り添っていて。
「ねえ、ゼル。ぶるぅの部屋はいつ直るわけ?」
「そうじゃな…。あと数日はかかるかのぅ…」
「急がせて。花嫁の最初のお願いは聞くものだよ?」
「そんな屁理屈は通らんわい! それを言うなら妻は夫に従うものじゃ!」
馬鹿者めが、とゼル先生。食堂の端っこの方で教頭先生がどんより沈んで座っていました。お遊びとはいえ、会長さんとゼル先生の結婚式を見せつけられてはショックでしょう。会長さんに何度オモチャにされてもバーストしたことがない教頭先生、実はけっこう大物なのかも…?
「…ゼル、お寺に少しは親しみが持てた? 結婚式はゼルのために企画したんだよ」
聞えよがしに言う会長さん。教頭先生の眉がピクリと震えましたが、黙ってビールを呷っています。
「ぶるぅの部屋にも期待してるよ、ゼルに任せれば安心だしね」
「そう言われると照れるのぅ…。キッチンにはとことんこだわったんじゃ」
ゼル先生の料理人魂に火がついたらしく、二人の会話が盛り上がり…「そるじゃぁ・ぶるぅ」も話に加わり、長老の先生方も工事を巡るあれやこれやを賑やかに話し始めました。教頭先生も落ち込むのをやめて話の輪に。立ち直りの早さがバーストしない秘訣でしょうか? お寺ライフはこの宴会でおしまいです。キース君の髪の毛問題も無事に解決、まずはめでたし、めでたしかな…?