シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
脱マンネリを目指すキャプテンが教頭先生に弟子入りしてから数日が経った金曜日。私たちは会長さんに招待されてお泊まり会に来ていました。柔道部三人組の部活が終わるのを待って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から瞬間移動で会長さんのマンションへ。夕食までリビングでティータイムです。
「教頭先生はどうなってるの?」
ジョミー君がスコーンを頬張りながら尋ねると、会長さんが。
「毎日報告してるだろ? 至って順調…だと思いたい。キャプテン相手に妄想談義を繰り広げる日々さ。馬鹿じゃないかって気がするけれど、キャプテンには新鮮なネタらしいよ」
「そうなんだ…。あ、そういえばネタって言われて思い出したけど、マグロってどういう意味なわけ?」
あっ、それは私も知りたいです! キース君たちも「教えろ」と連呼し、会長さんは苦い表情で。
「あまり言いたくないんだけどねえ…。とはいえ、好奇心の塊の君たちだ。教えなければ思い出した勢いでネット検索を始めるだろうし、この際だからバラしておくか。…マグロというのはベッドの中で何もしない女性のことだよ」
「「「…???」」」
「分からないならそれでいいさ。ノリが悪いとでも言えばいいかな、パートナーにはつまらないわけ。だからキャプテンもマグロ呼ばわりされたんだ。ノリが悪くてつまらない、って部分は共通だしね」
なるほど。今一つ分からない部分もありますけれど、マグロというのは不名誉な称号みたいです。キャプテンは脱マンネリとマグロの汚名返上のために頑張っているというわけですか…。今日も教頭先生の帰宅時間に合わせて教えを請いに来る筈ですし、会長さん企画のお泊まり会は講義の模様を覗き見するのが目的かな?
「まあね」
面白いじゃないか、と会長さん。
「ぼくとぶるぅしか見ていないのは勿体無い。せっかくだから見学したまえ、なかなか笑える光景だよ。…おっと、夕食の支度が出来たようだ」
「かみお~ん♪ 今夜はカリフラワーのクリームパスタとズワイガニのリゾット! この季節はやっぱりカニだもんね」
美味しいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョッコリ顔を覗かせます。私たちはダイニングに移動し、熱々のパスタとリゾットに舌鼓。その間に教頭先生が帰宅したらしく…。
「うん、ハーレイも帰ってきたから、もうすぐキャプテンが来ると思うな」
会長さんはサイオンで様子を窺い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「食事が終わったら中継をしてくれるかい? 今日のデザートは何だっけ?」
「チョコレートのババロアだよ。あっちのブルーが来そうでしょ? ブルー、甘いものが大好きだもん」
その言葉が終わらない内に。
「ありがとう、ぶるぅ。心遣いが嬉しいな」
空間が揺れてソルジャーが姿を現し、空いた椅子にゆったり腰掛けて。
「今、ハーレイを送ってきたんだ。今日はこっちも賑やかだからね、遊びに来ないという手はない。…覗き見しようとしてるんだって? ぼくも一緒に見学したいな」
いつもシャングリラから見ていたけどさ、とソルジャーはとても楽しそうです。えっと……こんな面子でいいのでしょうか? けれど無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びでデザートのお皿を配っていますし、とりあえず見学会を始めるより他は無さそうですよね…。
デザートを食べ終えた私たちはリビングに移り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速中継を始めました。壁の一部をスクリーン代わりに映し出されたのは教頭先生の家のキッチン。そこでは教頭先生が夕食の支度の真っ最中で、キャプテンが手元を覗き込んでいます。
「いいですか? 茶碗蒸しは火加減が大事でしてね。…ブルーはお寺で修行していたことがありますから、あっさりした料理も好きだと思うのですよ。私から毟り取る時は主に焼肉パーティーですが」
「はあ…。しかし、私のブルーは食事よりもデザートの方が好物で…」
「そうでしょうか? こちらの世界にいらした時には美味しそうに沢山召し上がっておられますよ。…地球の食材で作ったものなら、お好みなのではないですか?」
どうぞ、と味見用の器を差し出す教頭先生。
「味噌汁はシンプルに見えて、なかなか奥が深いのです。昆布と鰹で出汁を引くのが命ですね。どちらも海から採れるものですし、地球の恵みがたっぷりですよ」
「確かにブルーは地球に憧れているようですが…。味噌汁だの茶碗蒸しだのと手料理を振舞うのは何か間違っていませんか? 料理は作って貰うものでは?」
怪訝そうなキャプテンに、教頭先生は炊き上がったご飯を盛り付けながら。
「それは基本というヤツですね。結婚生活においては、料理は作って貰うものです。私もブルーが料理を作って待っていてくれたら嬉しいですし、それだけで食が進むでしょうが…。あなたのお話を伺った感じでは、そちらのブルーは料理をしそうにありません。そこで逆転の発想です」
「………?」
「休日などは妻に代わって料理を作る、という男性が増えていましてね。料理上手な男はモテるそうです。…あなたがブルーのために腕を揮えば、それだけで雰囲気が変わりますよ。想像なさってみて下さい。ご自分で作った料理を並べて「如何ですか?」と尋ねる姿を」
「……それは……かなり勇気が要りそうですが……」
腰が引けているキャプテンを他所に、手早く食卓に料理を並べる教頭先生。
「勇気が要ると仰いますか? 愛されていれば、少々料理の腕が拙くても許されると私は思いますが…。失敗作を「美味しい」と言って貰えたりすれば万々歳です。こんな料理でも美味しいと言ってくれるのか、と一気に愛が深まりますよ。会心の出来の料理だったら尚更ですね」
「……そういうものですか……」
「そうですとも。あなたのブルーが料理を作ってくれないのなら、あなたの方から! 料理一つで新鮮な日になりますよ。昨日までに申し上げた通り、食べる間のコミニュケーションも大切でして…」
「しかし…。ブルーは間違っても私に手ずから食べさせてくれるような性格では…」
どちらかと言えば逆なのです、と深い吐息を吐き出すキャプテン。
「好き嫌いの激しいブルーに食事させるのに、どれほど苦労したことか…。「君が食べさせてくれるんなら」と言われたことも一度や二度では…」
「でしたら、なおのこと手料理コースはお勧めですよ。あなたが食べさせてあげる側なのでしょう? 「美味しいですよ」と自信作をブルーの口許に運ぶ…。渋々口を開いたブルーの表情が花のように綻び、「美味しい!」と嬉しそうに微笑んでくれる…。どうですか? もう、その場で抱き締めて押し倒したいような気がしませんか?」
「…それは確かに……」
キャプテンが大きく頷き、教頭先生は『手料理コース』を巡る妄想タイムに突入しました。手料理は愛情を籠めて丁寧に…だとか、食事しながら互いに足を絡めたりして気分を高めてゆくのもいいそうだ……とか。教頭先生、思い切り熱く語っています。三百年越しの片想いなだけに、夢は大きく果てしなく…ですね。
「…教師としては理想的だね、本当に」
ソルジャーがボソリと呟きました。教頭先生の妄想は暴走中で、食卓の上に会長さんを押し倒して心ゆくまで味わいたいと身振りも交えて熱弁中。
「ぼくのハーレイにあの情熱があったなら…。ぼくを釣るために料理を作って、食べてる途中でテーブルの上に押し倒すほどの甲斐性があれば最高だよね。だけど、習った知識は役立てなくちゃ意味ないし!」
「え? まだ習い始めたばかりじゃないか」
会長さんの言葉に、ソルジャーは。
「君だって覗き見しているんだから知っているだろ、今までの授業内容は? バスタイムの講義は既に一通り終わった筈だ」
「あ、ああ…。それが何か?」
「教わったことはちゃんと実践して欲しい。君のハーレイは「二人で一緒にお風呂に入って、君の身体をくまなく洗って」手触りを堪能したいんだっけね。そのままコトに及ぶのも良し、恥ずかしがる君に自分の背中を流して貰って、それからベッドに行くのも良し…。実に充実したバスタイムだよ」
「実行するにはスキルが足りないと思うけどねえ…」
途中で鼻血を噴いて終わりだ、と会長さんは中継画面の教頭先生を横目で眺めて笑っています。しかしソルジャーは大真面目な顔で。
「鼻血を出すほど刺激的だっていうことじゃないか! ハーレイがあれを教わって来た日は、とっても期待してたんだ。きっとバスルームに引っ張り込まれて、あの大きな手で頭の天辺から足の先までじっくり洗われちゃうんだろうな…って。なのにベッドでいつもと同じ!」
「…そりゃあ、急には無理だと思うよ」
「だからきちんと誘ったってば! 二人でシャワーを浴びよう、って。…ハーレイはちゃんとくっついて来たし、これは成果が見られそうだ…と思ったのにさ。ぼくを洗ってくれるどころか、逆になんだか萎縮しちゃって…。やっぱり順序を間違えたかな? ぼくが先にハーレイの背中を洗おうとしたのが悪かった…とか?」
ソルジャーに背中を流されたキャプテンは真っ赤になって俯いてしまい、第2ラウンドとやらに突入する代わりにバスルームから飛び出して行ったらしいのです。戻って来た時にはバスローブをきちんと着込んでいて…。
「今夜はここまでにしておきましょう、って言ったんだ! 変だな、と思って心を読んだら「駄目だ、私には出来そうもない」ってパニック状態。…ぼくを洗うことも出来ないだなんて、どれほどヘタレで役立たずなのさ!」
「…えっと…。鼻血の危機ではないんだよね?」
会長さんが疑問を投げかけ、頷くソルジャー。
「うん、鼻血を恐れて洗わなかったわけではないよ。…なにしろ根っからマグロだからねえ、ぼくの身体を洗うなんてこと、考えたこともなかったらしい。どうすればいいのか分からなくなって困っているのに、ぼくが背中を洗っただろう? 催促されたと焦ったようだね。…それでパニック」
情けない、と吐き捨てるソルジャー。
「あんな調子じゃ今日の講義も意味ないよ。手料理までは頑張れるかもしれないけれど、その後がダメだ。…ぼくをテーブルに押し倒すだって? 無理無理、ハーレイには絶対無理!」
絶望的だね、とソルジャーが嘆いているとも知らず、教頭先生はせっせと妄想談義を続けています。話題はいつの間にやら『究極の夢』に移ったらしく、中継画面の向こうの教頭先生が熱い瞳で。
「やはりブルーを嫁に貰うには『頼れる男』になるしかないと思うのですよ。とはいえブルーはタイプ・ブルーで、大抵のことはサイオンで片がつきますし…。そう簡単に私を頼ってはくれません。けれどチャンスが全く無いとは言えないわけで、その日に備えて柔道などを頑張っている次第です」
「頼れる男…ですか…。それは私にも難しそうで…」
キャプテンが相槌を打っています。
「なにしろ戦闘といえばブルーが一人で出て行くような状態ですしね。私はキャプテンですから戦闘機に乗ってブルーを援護するわけにもいかず、サイオンキャノンも専属の砲撃手がおりますし…。船の指揮を執るしか能の無い男が頼れる男と言えるかどうか…」
「私よりマシじゃないですか? あなたのブルーは船を預かるキャプテンとして、あなたを信頼していると思いますよ。…それに比べて私ときたら、せいぜい虫よけ程度にしか…。ノルディに迫られた時に頼ってくれただけなのですがね、あれは嬉しいものでした」
教頭先生はエロドクターから会長さんを守った武勇伝を話し始めました。会長さんの身体目当てのエロドクターに飲み比べで勝って、撃退した時のエピソードです。キャプテンは感動の面持ちで聞き入って…。
「そんな話があったのですか。ブルーを守る機会があったとは羨ましい。…いえ、私もずっと昔には色々と…。ですが、最近は守れるチャンスも無くなりました。そういう機会が訪れたなら、頼れる男になれるのでしょうか?」
「…恐らくは。しかし、あなたの世界でそういう事態に陥ったなら、それどころではないのでは? 文字通り命懸けの戦闘になってしまうでしょうし」
「そうですね…。頼れる男と見て貰うのは諦めるしか無さそうですね。…こんな私がブルーをリードするのは、夢のまた夢というわけですか…」
頑張っているつもりなのですが、とキャプテンは肩を落としています。諦めムードを漂わせていたんじゃ、脱マンネリとマグロの汚名を返上するのは難しそうだと思うんですけど…。
「もうギブアップとは呆れたねえ…」
ソルジャーが「ぶるぅ、終わっていいよ」と合図し、中継画面が消え失せました。やれやれ、やっと解放です。妙な講義を見せられたって私たちには何の利益も…、って、え、何ですって? ソルジャーが悪戯っぽい笑みを浮かべています。
「ん? だから、ハーレイの夢を叶えてあげようかなぁ…って言ったんだけど?」
「「「夢?」」」
「そう。頼れる男っていう自信がついたら、マグロを返上できるかもね。マンネリからも抜け出せちゃうし、これは一石二鳥かも…」
ちょっと相談に行ってくる、と言うなりソルジャーは姿を消しました。相談するって、いったい誰に…?
「まさか、ぶるぅじゃないだろうね?」
心配そうな会長さん。
「頼れるキャプテンを演出するためにシャングリラを危機に晒すつもりだとか? …そこまでしないと思いたいけど、ぶるぅと組んだら可能なのかも…」
「「「………」」」
私たちも急に不安になってきました。脱マンネリなら笑い話で済みますけれど、あちらの世界のシャングリラ号を巻き込むとなると事態は非常に深刻です。ソルジャーは何処に行ったんでしょう…?
「ごめん、ごめん。…心配かけちゃったみたいだね」
ソルジャーが戻って来たのは半時間くらい経ってからでした。
「大丈夫だよ、ぼくの世界を巻き込んだりはしないから! ノルディも乗り気になってくれたし、ハーレイに自信をつけさせなくちゃ」
「「「えぇっ!?」」」
ノルディって、もしかしなくてもエロドクター? キャプテンを頼れる男に仕上げるためにはドクターの協力が必要ですか? なんだか嫌な予感がしますが、それって一体、どんな計画…?
教頭先生の夢は会長さんから見て『頼れる男』になるということ。その夢にはキャプテンも心惹かれたようでしたけど、現実問題として実現不可能と判断した上、ソルジャーをリードするのも夢のまた夢と白旗を上げてしまいました。そんなキャプテンを奮い立たせるべく、ソルジャーが思い付いたのは…。
「要するに、ハーレイがぼくを救出できればいいんだろう? そしたら頼れる男になれるし、自分にもグンと自信が持てる。…ちょっとノルディに監禁されてくるよ」
「「「監禁!?」」」
「うん。こっちのハーレイは身体を張ってブルーを守り抜いたんだよね? ぼくのハーレイにも頑張って貰う。ドジを踏んだぼくをノルディの魔手から救い出すんだ。ドラマチックだと思わないかい?」
ソルジャーがクスッと笑って放った思念は…。
『…ごめん、ハーレイ。ちょっと悪戯が過ぎちゃって…。ノルディの家に来てるんだけど、思い切り賭けに負けたんだ。一時間以内に君が助けに現れなければ、ぼくは食べられてしまうらしいよ』
「「「!!?」」」
『『なんですって!?』』
私たちの声なき悲鳴に、教頭先生とキャプテンの思念が重なりました。ソルジャーはわざと思念を揺らして。
『そういう条件の賭けだったから、ぼくは気にしてないんだけれど…一応、言っておこうかなぁ、って。ぼくをノルディに渡したくないなら、一時間以内に助けに来て。…あ……。そろそろ薬が回ってきたかな』
『薬!?』
キャプテンの思念の叫びにソルジャーは。
『そう、薬。…ほら、一種類だけ、ぼくに効くヤツがあっただろう…? アレを賭けて遊んで…いた…んだよね…。も…う……普通じゃ…なくな……』
『ブルー!!!』
絶叫に近いキャプテンの思念に、ソルジャーは応えませんでした。代わりに私たちに向かって微笑みかけると。
「さて、どうする? ぼくは催淫剤を打たれてノルディの家にいるらしい。もちろんこれからノルディの家に行くんだけれど、君たちも一緒についてくる? 色々と遊べる仕掛けがあるみたいだよ、落とし穴とか」
「「「落とし穴!?」」」
「玄関ホールにあるんだってさ。隠し扉とか、他にも色々…。ぼくのハーレイはノルディの家が何処にあるのか分かっちゃいないし、こっちのハーレイが案内することになるんだろうね。とはいえ、こっちのハーレイは玄関ホールで脱落かな?」
落とし穴が待ち受けてるし…、とソルジャーは会長さんに視線を向けると。
「で、どう? 君のハーレイから何か言ってきた? ぼくには感じ取れないけれど」
「…いや。今はノルディの家へ行こうと車のキーを探してる。パニックに陥ると普段の場所に置いてあっても見えないらしいね。ぼくに連絡してこないのも、多分それどころじゃないからだろう。…ん? 今頃ぼくを思い出したか…。呼んでいるけど、どうすれば…?」
「返事しないのが一番だよ。そしたら勝手に勘違いする。君も一緒に監禁されてて、連絡も取れない状態だとか…。そうなれば玄関ホールで脱落している場合じゃないね」
根性で落とし穴から這い上がるよ、とソルジャーはクスクス笑っています。さて、会長さんはどうするのでしょう? ソルジャーの陰謀をすっぱ抜くのか、教頭先生をオモチャにするべくエロドクターの家へお出掛けなのか…?
『ブルー、何処にいる!? ブルー!!!』
私たちにも届くレベルで響いた教頭先生の思念を、会長さんは無視しました。続いて電話が鳴り出しましたが、会長さんは受話器を取ろうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」を制止すると。
「楽しそうだから放っておこう。だけどノルディの家に乗り込む勇気は無い…かな。安全圏から見物するのが一番だ。あ、ジョミーたちは行きたければ一緒に行ってもいいけれど」
カラクリ屋敷で遊べるチャンス、と言われましたが、教頭先生とキャプテンを落とし穴に落っことしたりするのはちょっと…。いえ、本当はやってみたいんですけど、それよりも…。
「ふふ、ぼくがやりたいんじゃないかって? サイオンでバッチリ遠隔操作、って?」
会長さんが「分かってるじゃないか」とウインクをして、ソルジャーに。
「というわけで、カラクリの方はぼくに任せてくれるかな? あ、君のハーレイを窮地に追い込むのは自分でやってみたいかい?」
「もちろんさ。ハードルは高い方がいい! そうだ、ハーレイたちがゴールに辿り着いたら遊びに来るだろ、君たちも?」
「うん、フィナーレは見届けるよ」
クスクスクス…と赤い瞳が煌めき交わし、ソルジャーはエロドクターの家へ瞬間移動で飛びました。早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継してくれ、エロドクターとソルジャーがお酒とおつまみ持参で寝室に立て籠ったのを見せてくれます。二人の前には屋敷の様子をモニターしている画面があって…。
「よし、ハーレイも出発したようだ。ぼくも一緒に監禁されたと思い込んでしまって焦っているよ。一時間以内に助け出さないと食べられるんだと信じてる。…馬鹿だよねえ、ぼくはブルーと違って危険な賭けはしないのに」
「「「………」」」
それは違うだろう、と心で突っ込みを入れる私たち。教頭先生が飲み比べでエロドクターを撃退しなければならなくなったのは、会長さんが「キスマークをつけることが出来たら抱かせてやる」なんてことを迂闊に口にしたせいなんですけど…。ともあれ、キャプテンを『頼れる男』に仕立てる作戦、スタートです~!
教頭先生の愛車が猛スピードでドクターの屋敷に到着した時点で残り時間は四十分。車を門の前に放置した教頭先生とキャプテンは二人がかりで門扉を乗り越え、玄関へと走り出しました。扉を開けた途端に会長さんのサイオンがカラクリを操り、落とし穴が二人を飲み込みましたが…。
「わっ、なんで脱出できちゃうわけ…?」
ジョミー君がポカンと口を開け、キース君も呆然としています。落とし穴はかなり深くて壁面もツルツル。落ちたら最後、這い上がれそうにはありません。
「…ブルーがサイオンで補助している。ハーレイたちは気付いていないけどね」
会長さんが首を竦めて。
「ブルーはキャプテンを『頼れる男』に仕立てたいから、火事場の馬鹿力を演出したらしいよ。他のカラクリも使う気満々、ついでに大いに手を貸す予定。…結局、リードするのはブルーってことか…。これでキャプテンが自信をつけても、ブルーが優位に立つ状態に変わりはないと思うんだけど」
「そうですよねえ…。結局マグロから抜け出せないんじゃないですか?」
容赦ない問いはシロエ君。会長さんは「そうなるね」と答え、ソルジャーの許へと急ぐキャプテンと教頭先生を地下の迷路に迷い込ませたり、隠し部屋の中に閉じ込めてみたりとサイオンで小細工を楽しんでいます。ソルジャーの方はカラクリで弄びつつ救いの手も差し伸べ、気紛れに遊んでいるそうで…。
「残り五分か…。玄関ホールに戻ったようだし、落とし穴にドスンともう一回かな」
会長さんが呟いた時。
『もういいよ。時間切れだと頼れる男が台無しだろう? フィナーレだ。みんな揃って遊びにおいで』
ソルジャーからの思念が届き、私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞬間移動でエロドクターの寝室に移りました。そこへ教頭先生とキャプテンが飛び込んできて…。
「「ブルー!!!」」」
教頭先生は私たちなど眼中になく、会長さんの許へと一直線。キャプテンはといえば、ソルジャーと並んでソファに腰掛けていたエロドクターの顎にアッパーを…。ソルジャーが咄嗟にシールドを張らなかったら、ドクターの顎は砕けていたかもしれません。
「ブルー! 何故こんな男を庇うのですか!」
「えっ、だって…。賭けの話を持ち出したのは、ぼくなんだし…」
そうだよね? とソルジャーに視線を向けられたドクターは。
「…ふふ、今の一発はお見事でしたよ。これで自信をお持ちになれれば良いのですがねえ…。そうでしょう、ブルー?」
「うん、愛されてるって実感したかな。…ありがとう、ハーレイ。ぼくは無事だよ」
頑張ったよね、と微笑むソルジャーにキャプテンはハッと我に返って。
「く、薬は…? ブルー、薬を打たれたのでは…?」
「ああ、薬? 中和剤を打ったから平気だよ、と言いたいんだけど…。まだ抜け切ってはいないかな…? せっかくノルディとヤるんだからね、やっぱり正気でいたいじゃないか。だから一時間後には効果が切れるように中和剤を…、って…。ハーレイ…?」
嘘八百を並べ立てるソルジャーをキャプテンは強く抱き寄せ、その耳元に。
「あなたが無事で…良かった…。どうなることかと…。もう本当に、どうなることかと…!」
「…ハーレイ…?」
「申し訳ございません…。私が講義を受けている間に退屈なさったのでしょう? マグロと呼ばれても仕方ない男と自覚していますが、それでも他の男にあなたを奪われるのは……どうしても…」
耐えられません、と絞り出すように言ったキャプテンにパチパチパチ…と拍手を送ったのはドクターです。
「素晴らしい。それでこそ男というものですよ。…短期間でよく学ばれましたね。紹介状を書いた甲斐がございました。…殴られた件は心意気に免じてチャラにしておいて差し上げますとも、ブルーとはお医者さんごっこを楽しむ仲ですから」
「………! も、もしかして、この騒ぎは…」
芝居ですか? と問い掛けたキャプテンの唇をソルジャーの唇が塞ぎました。万年十八歳未満お断りの団体の目には濃厚すぎる深いキスの後、ソルジャーは目尻を薄赤く染めて。
「野暮なことは言いっこなしだよ。…それより、続き。まだ…薬が抜け切っていない気がしてさ…。今日も色々教わったんだろ? ねえ…?」
ぼくは手料理よりもハーレイの方が食べたいな…、という言葉を残してソルジャーとキャプテンは自分の世界へ帰ってしまったみたいです。これで脱マンネリとマグロの件は解決したことになるんでしょうか? キャプテンが頼れる男に成長したとは思えませんけど…。リードする側もソルジャーのままって感じですけど…。
「うーん、多少はマシなのかな?」
誰の心が零れていたのか、会長さんが教頭先生の腕を振りほどきながら首を捻って。
「あの勢いが続くようならブルーをリードできるかも…。だけどハーレイとは別のベクトルでヘタレだからねえ、保って数日、それが限界って気がするよ。多分ノルディは殴られ損さ」
ハーレイもババを引いただけ、と会長さんに笑われ、教頭先生はようやく勘違いをしていたことに気付いたようです。会長さんは一連の騒ぎを楽しんでいただけなのだと。それなのに…。
「ブルー、心配したんだぞ? お前はノルディが苦手だからな。…ほら、こんな所に長居は無用だ。みんなと一緒に帰りなさい」
風邪を引くぞ、と気遣う教頭先生にエロドクターが舌打ちしています。キャプテンに殴られた埋め合わせを会長さんで…、と目論んでいたのかもしれません。私たちは教頭先生に一礼してからサイオンの青い光に包まれました。『あ、お帰りになる前に…』
エロドクターが思念を送って寄越し、会長さんの家のリビングに戻った私たちの前に舞い落ちたものはソルジャーとキャプテン用に作られたカルテ。
『倦怠期問題は無事に解決したようですし、ブルーに届けて頂けますか? 急にお帰りになりましたから、渡しそびれてしまったのですよ。私の所には別のカルテがありますからねえ…』
どうぞよろしく、とドクターの思念は切れました。別のカルテって、ソルジャーのキスマークの位置を記録してある例のヤツ…? ソルジャーにカラクリ屋敷を貸したドクター、キャプテンのアッパーも食らいましたし、色々と貸しが増えてそう。お医者さんごっこがエスカレートしませんように、と心の底から祈りますです~!