シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
いきなり押し掛けてきて大人の時間のマンネリを解消したい、と言い出したソルジャー。あちらの世界のドクター・ノルディには倦怠期だと診断されただけで全く相談に乗って貰えず、私たちの世界のエロドクターを頼ってきたのです。キャプテンと共に受診するソルジャーには私たちまで付き合わされて…。
「…倦怠期だと言われたのですか?」
ドクターは大真面目な顔でソルジャーに向かって問い掛けました。
「失礼ですが、最近はどんな具合です? 一緒に過ごす時間がグンと減ったとか、一緒にいても楽しくないとか…。夜の時間も大切ですね。回数は?」
「てんでダメだね。ヌカロクなんて夢のまた夢」
またヌカロクが出て来ました。これってどういう意味なんでしょう? よくソルジャーが口にしますけど、私たちには分かりません。けれどエロドクターにはちゃんと通じて…。
「ヌカロクですか? それはまた…。日頃は随分とお楽しみだったようですね。それが減ったと仰るので? その程度なら問題なさそうですが…。セックスレスではないわけですし」
「「「………」」」
セックスレスは私たちでも分かります。真っ赤になっている私たちの前で、ソルジャーが。
「ああ、回数というのはそっちのことかい? そっちだったら毎日かな。…たまにハーレイが忙しくって来られない日もあるけどさ。…そういう時にはハーレイの部屋まで押し掛けるんだけど、イビキをかいて寝てたりしたら興醒めだね。無理に起こしてもおざなりで…」
「ああ、だいたいのことは分かりました」
エロドクターはカルテに何やら書き込んでから。
「要するに本当にマンネリだというだけなのですね、問題は…。倦怠期とは少し違うという気がします。失礼ながら、あなたの世界のドクターは細かい事情を全く御存知ないらしい。包み隠さず全部お話しになりましたか?」
「ぼくとしては話しても全然平気だけども、ハーレイがとても嫌がるものでね。…マンネリだとだけ言ったんだ。つまらないんだ、とも言ったかな」
「なるほど。では、その辺りで勘違いをなさったのでしょう。セックスがつまらないのは倦怠期の典型的な症状です。…それが酷くなるとセックスレスになるわけですが、あなたは単につまらないだけで、セックス自体を止めるつもりは全く無い…と」
「無いね」
赤裸々な会話が繰り広げられ、私たちは泣きそうでした。万年十八歳未満お断りと言われながらも十八歳にはなってますけど、それとこれとは別物です。大人の時間は私たちの理解の範疇外。つまらないとか、マンネリだとか、そんな話にはついていけません。なのにドクターもソルジャーも私たちを気にする風も無く…。
「では、私の所にいらした理由はマンネリから抜け出す方法を知りたいというだけですか? よろしかったらお手伝いさせて頂きますが」
「ありがとう。…ん? 手伝いと言ったかい? 相談じゃなくて?」
「ええ。脱マンネリには刺激が一番です。僭越ながら、私もお手伝いさせて頂きますよ。…三人でというのはお試しになったことがないのでは?」
「3Pか…。それは流石に経験が無い。うん、刺激的なのは間違いないよ」
ゾクゾクしてきた、と答えるソルジャーの瞳は好奇心に溢れていました。えっと、3Pって何でしたっけ?
『…まりぃ先生が描いてただろう、妄想イラスト』
会長さんの苦々しげな思念が私たちの脳内を横切り、頭に浮かんだのは会長さんと教頭先生とエロドクターが絡み合っている激しいイラスト。そうか、3Pってアレなんですねえ…、って、えぇぇっ!? 私たちは顔面蒼白になり、会長さんは柳眉を吊り上げています。きっと怒鳴りたい気持ちなのでしょうが、ここで割り込んだら巻き込まれそうな可能性大。3Pならぬ4Pにされてしまわないよう、じっと我慢というわけですか…。
「では、三人で楽しみましょうか」
エロドクターがニッと笑って。
「つまらない気分が解消すること請け合いですよ。御存知のように私のベッドはキングサイズですし、あちらでゆっくり…。こちらのブルーも連れて行きたい所なのですが、これだけの数のボディーガードに固められては無理でしょうねえ」
「お断りだよ!」
会長さんが叫び、私たちの方を振り向きました。
「どうやら解決したようだ。付き添い終了。さあ、帰ろうか。…良かったね、ブルー。君は好きなだけ楽しめば?」
やれやれ、やっと終わりましたか。ソルジャーとエロドクターがどうなろうと私たちの知ったことでは…って、あれ? いいんですか、会長さん? エロドクターがソルジャーを食べてしまうことになるんですけど…? キース君も同じことに気付いたらしく、会長さんの腕を掴んで。
「おい、あんた何かを間違えてないか? キャプテンはともかく、ソルジャーは見た目があんたと全く同じなんだぞ? 変な下心つきの解決策ってコレじゃないかと思うんだが」
「……あ……」
みるみる青ざめた会長さんは「前言撤回!」と厳しい口調で。
「その策はちょっと許可できないな。…ノルディが君で味を占めたら、ぼくの危険も一気に増す。別の方法を考えて貰わないと困るんだけど」
「…うん、実はぼくも名案とまでは思っていないよ」
意外なことにソルジャーが素直に賛同しました。
「今日の所はそれで楽しく過ごせたとしても、その後は? まさか毎日、三人で…ってわけにもいかないし。ぼくが求めているのは刺激だけではないんだよね」
ハーレイとの二人の時間が大切、とソルジャーはキャプテンを見詰めてから。
「ぼくはハーレイに満足させて欲しいんだ。うっかり流されそうになっちゃったけど、二人きりで楽しめそうな方法というのは無いのかい? …どうだろう、ノルディ?」
赤い瞳がドクターの方に向けられます。…会長さんが恐れた3Pとやらは中止になったようですけども、今度は何が出てくるのかな…?
せっかくの提案を蹴られたエロドクターは非常に残念そうでした。背中にデカデカと「もう少しだったのに…」の書き文字を背負っているのがクッキリ見えます。とはいえ、そこは腐っても医者。コホンと一つ咳払いをして、「そうですねえ…」と真剣に考え始め、5分ばかり経った頃。
「そうそう、ウッカリしていましたが…」
視線を上げたドクターがキャプテンに。
「先程からブルーばかりが話しているので、すっかり忘れておりましたよ。いえ、本物の倦怠期ではなさそうだと思って、迂闊なことを致しました。…セックスの問題は非常にデリケートなものでしてね。パートナーの意向というのも無視できません。…あなたの方は如何ですか?」
「は?」
いきなり話を振られてキャプテンはキョトンとしています。ドクターは「やっぱり…」と短く呟いて。
「もしかしなくても、つまらないと感じているのはブルーだけではありませんか? あなたの方は現状に不満があるとは思えませんが、その辺のことはどうでしょう?」
「え? あ、ああ…。そうですね、私は特に不満などは…」
「…やはりそうですか…」
ドクターはフウと溜息をつきました。
「どうやら原因はあなたにあるようです。ブルーはセックスがマンネリだと言い、あなたは不満は無いと仰る。つまり、あなただけが満足していてブルーの方は物足りない、と」
「そ、そんな…。私は自分だけ満足しようだなどと、そんな思い上がったことは…!」
キャプテンはアタフタと椅子から立ち上がらんばかりに慌てふためいて。
「本当です、私はいつもブルーのためを思って…! 妙な薬は確かにあまり飲みたくないので、ヌカロクを求められると困るのですが……それでも月に一度は応えるようにしておりますし…」
「求められるので月に一度、というわけですね。…あなたが毎日のように壊れるほどに求めすぎて、ブルーが断る日が月に一度なら分かるのですが…。セックスの主導権はブルーが握っているとお見受けしました。違いますか?」
「…………」
額に脂汗を浮かべるキャプテン。ドクターは「やれやれ」と首を左右に振り、「いけませんねえ…」と呆れた声で。
「いいですか、ブルーは受け身なのですよ? ですからブルーがマグロだというなら分かります。ところがブルーの話を聞いた感じではあなたがマグロじゃないですか」
「わ、私は決してマグロなどでは…!」
「うん、マグロなのかもしれないね」
ソルジャーは納得したようですけども、マグロって何のことでしょう? 魚のマグロではないですよね? ジョミー君たちにもマグロの意味は分からないらしく、私たちは顔を見合わせるだけ。会長さんの解説も今度はありませんでした。マグロって…なに? そんな私たちを置き去りにして会話は淡々と続いてゆきます。
「ハーレイは確かにマグロっぽいよ。…言われなければ薬も飲まない、ぼくの方からお願いしなけりゃ第二ラウンドが無いこともある。衝動のままに思いっきり…って、そういうことは滅多にないかも。それも薬を使った時だけ」
理性を失ったキャプテンは滅多に見られないのだ、とソルジャーは唇を尖らせました。
「やることはやっているけど、ノルディの言うとおりマグロと大して変わりないね。…マグロが相手じゃマンネリになるのも無理ないか…」
「そうでしょう? そこが問題なのです」
大きく頷くエロドクター。
「理性を失うことすら恐れるようでは、さぞかしマンネリなのでしょうねえ…。いえ、私も自分のペースで楽しみたいので理性は残しておくタイプですが、その分、テクニックで埋め合わせするようにしておりますよ? 私の技で相手が乱れるのを見るのは楽しいものです。ですが、この様子ですと、ブルーが乱れるなどということは…」
「うん。そっちの方も滅多にないよ」
つまらないんだ、とソルジャーがキャプテンを横目で眺めながら。
「何もかも忘れて快楽だけに溺れたい時ってあるじゃないか。だけどハーレイには伝わらないしね、ぼくの方から積極的に打って出るしかないってわけ。…誘惑するのはいつもぼくだ」
「それは立派なマグロですねえ…」
身体の方も大きいですが、とエロドクター。
「お身体のサイズに見合った御立派なモノをお持ちなのでしょうが、マグロでは宝の持ち腐れです。誘うのは常にブルーですか…。いやはや、なんとも情けない」
「だろう? 場所もシチュエーションもリードするのはぼくなんだよ。おまけに断られちゃうことも珍しくない。青の間か、ハーレイの部屋か、その二択しか無くってね…。たまには別の場所にするっていうのも燃えるだろうと思うんだけどな」
「先日の鏡張りですか?」
「ああ、あのラブホテルは最高だったね。君の助言に感謝してるよ」
あれから二度ほど泊まりに出掛けた、とソルジャーは笑みを浮かべましたが。
「でもね、こっちの世界へ泊まりに来るのはまた別だ。ぼくは自分の世界で楽しみたい。…シャングリラにも色々と穴場はあるんだよ。深夜の展望室には誰も来ないし、格納庫のシャトルも良さそうだ。ハーレイは人が来たらどうするんだって言うんだけれど、人が来るかもしれない場所って素敵だよねえ?」
「もちろんです。深夜の公園などもお好みなのではないですか? あそこにも死角はございますから」
「分かってくれる? 何度も誘っているんだけどなあ…」
ダメなんだよ、と嘆くソルジャー。キャプテンの方は大きな身体を縮めるようにして所在無げに椅子に座っています。エロドクターとソルジャーはキャプテンをマグロだと決め付け、その方向で脱マンネリの策を練ることにしたようでした。でも、マグロって何なのでしょうね…?
「いいですか。…単刀直入に申し上げますが」
エロドクターがキャプテンの方へ向き直ったのは、当人を無視したマグロ談義が大いに盛り上がった後のこと。キャプテンが恐る恐るといった様子で「はあ…」と返事を返すと、ドクターは。
「あなたに足りないのは積極性です。ブルーをリードするのは自分だ、という気概が感じられません。受け身のブルーに主導権を渡してどうするのです? そんな調子だからマンネリだのマグロだのと詰られるのですよ」
「しかし…。しかし、ブルーはソルジャーで…」
「それが何だと言うんです? ならばあなたが受け身になればよろしいでしょう」
「…い、いや……それは…」
困る、と呻くキャプテンの姿で思い出したのは「ぶるぅ」のママの座の押し付け合い。キャプテンが受け身というのは考えたくもありません。ソルジャーも本音は同じですからドクターを止めに入りました。
「ハーレイが受け身というのはちょっと嫌だな。それくらいならマグロでいいよ。…ノルディ、名案を思い付いたんなら脱線しないでサクサクと…」
「そうですか? どうにも不甲斐ないものですから、ついつい言いたくなるのですが…。ブルー、あなたもハーレイのヘタレっぷりに慣れてしまっておられるのですね。マグロでいいだなどと仰っていると脱マンネリは不可能ですよ?」
「うーん…。でも方法はあるんだよね?」
「…甚だ不本意なのですけどねえ…」
ドクターは大袈裟に肩を竦めてみせながら。
「同じヘタレでも、自分がブルーをリードしてゆくのだと心意気だけは立派な男がおりますでしょう? あそこに弟子入りしてはどうかと」
「「「はぁ?」」」
ソルジャーとキャプテンばかりか、私たちも声を上げていました。心意気だけは立派な男って、ひょっとして教頭先生のこと…? ソルジャーが瞳を大きく見開いて。
「…それって…。もしかしなくても、こっちの世界のハーレイかい?」
「ええ。御存知のとおり、ブルーを想い続けて三百年の筋金入り。しかも童貞、ヘタレっぷりでは右に出る者はおりません。…ですが、いつかブルーを嫁にするのだと思い込んでいるだけあって、ブルーのオモチャにされてはいても、夢は大きく果てしなく……です」
「それはまあ……そうかもしれないね。あそこで花嫁修業をしたこともあるし。そういえば、あれはハーレイも乗り気だったんだっけ」
思い出した、と手を打つソルジャー。球技大会でギックリ腰になった教頭先生のお世話をするのだ、とソルジャーが乗り込んできた事件があったのでした。あの時もエロドクターと結託してロクでもないことをしていましたが…。エロドクターは我が意を得たり、と頷いて。
「あなたのハーレイが乗り気だったのは、自分がリードする立場になれるかもしれないと思ったからでしょうね。そこが大事な所です。…こちらのハーレイはブルーをリードしたくて堪らず、あれこれ夢を見ています。あなたのハーレイがその夢を学んで実践したら……何が起こると思いますか?」
「え? え、えっと……どうだろう? 結婚式かな?」
「結婚式はお嫌いですか?」
「まさか! 結婚したんだ、ってシャングリラ中に宣言出来たら幸せだろうって時々思うよ。…ハーレイの性格からして諦めてるけど」
残念だよね、と漏らすソルジャーにドクターは。
「そうでしょう? あなたが諦めている結婚式を夢見ているのが、こちらの世界のハーレイです。もちろん結婚生活の方も抜かりなく準備しておりますし…。ですから学ぶことは多いと思いますよ」
「あ! 新婚グッズに憧れたって、ハーレイ、自分で言ってたっけ!」
そうだよね? と念を押されて、キャプテンは頬を赤らめました。以前、人魚の姿で泳ぎまくる『ハーレイズ』を結成させられた時、教頭先生とそういう話をしていたのだと聞いています。エロドクターは「それは結構」と相槌を打ち、キャプテンに。
「そういう下地があるのでしたら大丈夫でしょう。ぜひハーレイから結婚生活の極意を学んで下さい。脱マンネリにはマグロのままではいけません。リードするぞ、と頑張らなければ…。そうすれば日々、新鮮ですよ」
もっと積極的にアプローチを! とエロドクターはキャプテンを煽り、教頭先生宛に紹介状を書いたのでした。
「…私がお手伝いしたかったのですけどねえ…。ブルーの望みでは仕方ありません。円満解決を願っていますよ、落ち着かれましたら私のこともお忘れなく」
いつでもお待ちしております、とソルジャーの手に恭しく口付けをするエロドクター。紹介状を持ったキャプテンを囲むようにして私たちはドクターと別れ、青いサイオンの光に包まれました。目指すは教頭先生の家。リビングで寛いでらっしゃるそうです。いきなり大人数でお邪魔しちゃったら御迷惑かな…?
テレビを見ていた教頭先生は、突然現れた私たちの姿に腰を抜かさんばかりにビックリ仰天。それでも手早く人数分の飲み物を用意してくれたのが凄いです。会長さんは「ダテに独身生活、長くないから」なんて笑ってますけど、いいんでしょうか? キャプテンは脱マンネリのために弟子入り志願で、紹介状まで持ってるんですが…。
『いいんだってば。弟子入りするのはキャプテンだしね。…これが逆なら悲劇だけどさ。いや、喜劇かな?』
教頭先生が軽食を作りに行っている間に会長さんが思念でコソコソと。
『前にキャプテンから結婚生活のためのテクニックを伝授されてオーバーヒートしちゃった事件があっただろう? ハーレイは教えることは出来ても学べないよ。ヘタレで童貞、キャパシティが足りなさすぎる』
だから絶対大丈夫、と会長さんの思念は笑いを含んでいます。教頭先生がキャプテンに伝授されたのは大人の時間のテクニックでしたが、あまりにも刺激が強すぎたのか、鼻血を噴いて倒れてしまい、教わった知識も綺麗サッパリ吹っ飛んで消えてしまったのでした。ソルジャーの注文の『ハーレイズ』に付き合わされた御礼に貰った知識だったのに…。
「さて、ハーレイはどうするのかな? 弟子入りを断るような真似はしないと思うけどねえ…」
会長さんが声に出してそう言った時、教頭先生が焼きおにぎりとタラコのカナッペを運んで来ました。
「すみません、ロクな食材が無かったもので…。ところで、弟子入りと聞こえましたが、そういう御用でいらしたのですか?」
「そうなるかな」
返事したのはソルジャーです。教頭先生は「えっ」と一瞬、絶句して。
「まさか、あなたが柔道を…? 断ることはしませんけども、私の指導は厳しいですよ。柔道に関しては手加減と手抜きはしない主義ですから」
「違う、違う。弟子入りするのはハーレイなんだ」
「はあ…?」
「それに柔道を習うわけでもない。紹介状を持ってきたから読んでみて。…ほら、ハーレイ」
ソルジャーに促されたキャプテンが差し出す紹介状を受け取った教頭先生の眉間の皺が深くなります。
「…ドクター・ノルディ…?」
「本物の紹介状だよ、医者としてのね。内容はちょっとアレだけど…」
「………???」
封筒を開け、中身を読んだ教頭先生の表情は実に複雑でした。そりゃそうでしょう、ソルジャーとキャプテンの大人の時間を円満にするために協力しろと言うのですから! マンネリ以前に童貞一直線の教頭先生には気の毒としか言いようがありません。…しかし。
「分かりました。…私でよければ御相談に乗らせて頂きましょう」
「「「えぇっ!?」」」
てっきり断るものだと思い込んでいた私たち。教頭先生って太っ腹なんだ…。
「断るわけにはいかんだろうが」
教頭先生は穏やかな笑みで。
「紹介してきたのはノルディだぞ? いくらブルーが嫁に来てくれない寂しい独身者だと言っても、自分が惨めになりそうだからと断ったりしたらどうなると思う? ここぞとばかりにノルディが何をやらかすか…。場合によってはブルーの方にもとばっちりが行きそうでな」
うわわ、流石は教頭先生! 童貞生活三百年でも3Pと4Pの危機を見抜きましたか…。会長さんは「鋭いね」と教頭先生を褒め、紹介状は正当なものだと説明してから。
「そういうわけで、指導をお願いしたいんだ。…ただし! ブルーの脱マンネリの手伝いをしたからと言って、ぼくを落とせるとは思わないように。ぼくは嫁入りする気は無いしね」
「そうだろうな。だが、お前に頼みごとをされると悪い気はせん。それだけで充分、満足だ」
にこやかに笑う教頭先生の言葉に、ソルジャーが。
「…なるほどねえ…。ぼくがハーレイに頼みごとをすると、確かに聞いては貰えるけれど……「満足だ」なんて台詞、一度も聞いたことが無いかもしれない。これがリードする側の余裕ってヤツかな? ぼくのハーレイには大いに学んで貰わないとね」
「努力します…」
項垂れるキャプテンは如何にも自信が無さそうでした。そんなキャプテンに教頭先生は「大丈夫ですよ」と声を掛けて。
「要はブルーを嫁に貰った時の私の理想をお教えすれば良いのでしょう? なに、簡単なことばかりです。…ですが、お仕事のスケジュールもおありでしょうし…。その辺のことはどうすれば? 私は学校から帰った後と、土日はいつでも空いていますが」
「ああ、それね」
ソルジャーが代わりに答えました。
「ぼくのハーレイもスケジュールは似たようなものなんだ。ブリッジ勤務が終わったら君の家までぼくが送るよ。帰りの方も適当に…。とりあえず今日は顔合わせってことで、本格的には明日からどうかな?」
「かまいませんよ。…それでは明日から、ブルーを嫁に迎えたつもりで御指導させて頂きます。お役に立てればいいのですが…」
「普段通りの妄想炸裂でいいんだよ」
会長さんが横から割り込んで。
「紹介状に書いてあっただろう? ブルーはリードされる生活をしてみたいんだ。君の夢は仕事から帰ってきたら笑顔のぼくが出迎えてくれて、「食事にする? それとも先にお風呂にする?」って尋ねてくれることなんだろう? フリルひらひらのエプロン姿で」
「う…。ま、まあ……。そういうことだ」
「でもって食事よりも先に食べてしまいたいのが、ぼくだっけ? 二人で一緒にお風呂に入って…。おっと、いけない。授業の内容を先取りしたら教えることが無くなっちゃうよね。理想のバスタイムとか、食事とか。色々と細かく教えてあげて」
脱マンネリは大切だから、と会長さんに耳元で囁かれて、教頭先生は慌てて鼻をティッシュで押さえています。とことん初心な教頭先生と、やることだけはやっているのにソルジャーに努力が足りないと詰られているキャプテンと。こんな二人が師匠と弟子で、本当にソルジャーの希望の脱マンネリになるのでしょうか…?
「ハーレイ、明日から頑張るんだね。お前の成長に期待している」
ソルジャーは偉そうに言い放つと、教頭先生に「頼んだよ」とニッコリ微笑みかけました。
「ハーレイの教育が上手くいったら、ぼくからの御礼がある…かもしれない。こっちのブルーが邪魔しに飛び込んで来なければ…ね」
「余計なことはしなくていいっ!」
会長さんの怒鳴り声にソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ハーレイ、御礼は要らないそうだよ。…じゃあ、今日の所は帰ろうか。こっちのノルディに相談に来て良かったよねえ。…お前がマグロと言われなくなったら、ぼくの人生バラ色だろうなぁ」
そしたら家出もしなくて済むし、とキャプテンの手を軽く握ってソルジャーは姿を消しました。えっと、これからどうなっちゃうの? 今夜は遅いので会長さんが家に泊めてくれると言っていますが、明日からの教頭先生とキャプテンの師弟関係が心配です。教頭先生、ちゃんと指導が出来るのでしょうか? それにマグロって、結局、何? お寿司が食べたくなってきました。夜食にマグロの漬け丼っていうのも良さそうですよね~!