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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

想いの伝え方・第2話

家出してきてしまったソルジャーは私たちの世界に居座りました。会長さんの家に泊めて貰って好き放題にしているようですけども、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にやってきます。私たちの憩いの時間に恒例になった行事というのが…。
「…却下」
短く告げたソルジャーに「また?」と答えたのは「ぶるぅ」です。あちらのシャングリラ号の様子はソルジャーには手に取るように分かっている筈ですが、毎日「ぶるぅ」が報告という名目で空間を越えてくるのでした。本当の所はもちろん報告なんかでは全くなくて…。
「ねえ、ブルー。…ハーレイ、とっても頑張ってるよ? それでもダメ?」
「頑張りじゃなくてセンスの問題を言ってるんだよ」
とにかくダメだ、とソルジャーがビリビリと破り捨てたのはキャプテンからのラブレター。ソルジャーに言わせれば詫び状だという話ですけど、「ぶるぅ」はラブレターだと主張しています。いつもお菓子や花が添えられている所からしてラブレターじゃないかと思うんですが…。ソルジャーは破った手紙をゴミ箱に捨て、「ぶるぅ」が持ってきたドーナツを「はい」と「ぶるぅ」に差し出して。
「食べていいよ。…こんなのでぼくが釣れると思っているのが浅はかと言うか、なんと言うか…。こっちには美味しいお菓子が沢山あるっていうのにさ」
今日のも最高、とソルジャーが褒め称えるのはクリーム・ブリュレ。お使いに来る「ぶるぅ」の分も、と大量に作られたそれは舌触りが良く、カロリーが高いと分かっていても、ついついお代わりしちゃうのです。「ぶるぅ」は既に5個目を平らげ、ソルジャーに貰ったドーナツも一口でペロリと食べてしまって…。
「ゼルのドーナツ、美味しいよね。ブルーも大好きだったと思うんだけど…いいの?」
「食べちゃってからそれを言うのかい? いいんだってば、ハーレイからの貢物なんて欲しくはないし…。帰ったらちゃんと報告するんだよ。ブルーは今日も怒ってた、って」
「うん! えっと、センスの問題なんだね」
ハーレイはセンス悪そうだもんね、と素直に納得している「ぶるぅ」。あちらのキャプテンが毎日必死に寄越す手紙は悉く却下されていました。チラと目を通したかと思うと即、ゴミ箱。いくらなんでも気の毒なのではないでしょうか…。
「気の毒だって、どの辺がさ?」
キャプテンに同情していた私たちにソルジャーが冷たい視線を向けます。
「あれが本気のラブレターだなんて、情けなくって涙が出るよ。ぼくに家出をされてしまって焦ってるのがバレバレだ。もっと文章を練るべきだよね、「心から申し訳なく思っています」なんて書かれた日には興醒めだってば」
「…謝らないと話が前に進まないんだと思うけど?」
会長さんが指摘しました。
「そもそもの原因は丸暗記した言葉を使った件だし、そこを詫びないと話にならない。…まずは謝罪を済ませてから、と考えそうなのがハーレイだよ。なにしろキャプテンという要職なだけに根が真面目」
「まあね…。分かってはいるんだけどさ」
でも許す気になれないのだ、とソルジャーは今日も不満そう。
「本当にぼくを愛しているなら、口で言うのが恥ずかしいくらい熱い言葉を贈って欲しい。…君のハーレイだってトチ狂った時は熱烈な手紙を寄越すんだろう?」
「…一応、あれでも古典を教えているからねえ…。いわば言葉のベテランってヤツ。長年の間に読み込んできた古典文学に現代文学、そんな知識が山ほどあったら気の利いた台詞も出てくるよ。…今までの最高傑作は結び文だった」
「…ムスビブミ? なんだい、それは」
「千年くらい昔に貴族の間で流行していたラブレターさ。季節の花や木の枝に手紙を結びつけるんだ。もちろん筆でサラサラと書いて、恋の歌……あ、歌って言っても和歌ってヤツで形式が決まっているんだけども、それを添えるのがお約束」
あれはパンチが効いていた、と会長さんは笑っています。教頭先生は熱い想いを綴った手紙に香を焚きしめ、初咲きの梅の枝に結わえて送ってきたのだとか。…箱詰めにして宅配便で。
「結び文をやり取りしていた時代は文使いというのがいたんだよ。召使に届けさせるのが常識なのに、今どきだからって宅配便はないだろう? 届いた時には爆笑したさ」
中身を読んでまた爆笑、と会長さん。けれどソルジャーは羨ましげに。
「…ぼくのハーレイにもそのくらいのセンスと根性があればいいんだけどねえ…。ヘタレな上に愛の言葉もロクなのを思い付かないとなると、なんだか愛想が尽きそうだ。…あーあ、ホントに羨ましいな…」
明日はもう少しマシな手紙が来るといいけど、とソルジャーは「ぶるぅ」にお土産用のクリーム・ブリュレが入った箱を渡しました。
「それじゃハーレイによろしくね。もっと危機感を持つようにって」
「オッケー!」
また来るね、と手を振って「ぶるぅ」の姿が消え失せます。ソルジャーの家出は今日で五日目、こんな日が当分続くんでしょうか…?

「…やっぱりハーレイの一人勝ち状態なのがいけないのかな?」
ソルジャーがフウと溜息をついて「ぶるぅ」が帰っていった辺りを眺めました。あちらのシャングリラ号を見ているのかもしれません。
「一人勝ちって?」
疑問を素直に口にしたのはジョミー君。ソルジャーは「気になるかい?」と微笑んで。
「ライバルが誰もいないって意味さ。だから少々ヘタレだろうが、ぼくの機嫌を損ねていようが、他の誰かにぼくを盗られる心配は無い。…前から問題だとは思ってたけど、手の打ちようがなくってねえ…」
「「「は?」」」
手の打ちようって何でしょう? まさかライバルを作るとか…?
「…そのまさかさ」
これでも努力してみたんだ、とソルジャーの瞳が不穏な色を湛えています。
「こっちの世界に来るようになるまでは諦めていた。ソルジャーなぼくに懸想しようって命知らずがいるわけないし、いたとしたって満足できる相手かどうかも分からないだろ? ぼくが仕込むのも面倒だしさ」
えっと。仕込むって…大人の時間のことですよね? 頬を赤らめる私たちにソルジャーはクスッと小さく笑って。
「純情だねえ、君たちは。そういう初心な仲間をたらしこんだら面白いかな、とも思ったけれど、船の風紀が乱れそうだし…。これは我慢するしかないな、と思っていた頃にノルディに会った。…もちろん、こっちの世界のね」
「「「………」」」
「こっちのノルディは淫乱な上にテクニシャンだ。ブルーそっくりのぼくを食べようとしてシャングリラまで来た時のことは忘れられないよ。…あの時は返り討ちにしちゃったけども、今から思えば食べられておいた方が良かったかもねえ…」
失敗した、とソルジャーは如何にも残念そうです。ソルジャーの世界に出掛けていったエロドクターは、ソルジャーの命令であちらのキャプテンに食べられてしまったのだと聞いていますが、そうしなければ良かったと…? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーは。
「あの時にぼくが食べられていれば、ハーレイだって危機感ってヤツを持ったんだ。いくら別の世界の人間とはいえ、一度来たからには二度、三度…って足しげく通うようになるかもしれないしね。そうなればぼくの心がノルディに傾く可能性も出てくるわけだし、ハーレイも努力せずにはいられないさ」
ぼくに捨てられないように、とゴミ箱をチラリと見遣るソルジャー。
「ハーレイのヘタレと失敗の多さは目に余る。…だからこっちのハーレイと浮気するぞと脅してみたりもしたけれど…一時しのぎにしかならないんだよ。こっちのハーレイが童貞なのがバレているから、高をくくっているのかも…。それで、もっと強力なライバルを作ってやろうと思ったんだけど…」
「…エロドクターか?」
キース君の突っ込みにソルジャーは「ううん」と首を左右に振って。
「ぼくの身近にいる人物で、大きな可能性を秘めていそうな逸材。…ぼくの世界のノルディのことさ」
「「「えぇっ!?」」」
あまりと言えばあまりな名前に私たちはビックリ仰天。ソルジャーの世界にエロドクターそっくりのドクターがいるとは聞いていますが、仕事の虫で色恋沙汰とは無縁だったような…。けれどソルジャーは「だからこそだよ」と澄ました顔。
「こっちのノルディに似てるってことは、上手く仕込めば凄いテクニシャンになるかもしれない。そしたらハーレイの強力なライバルになるし、ぼくも大いに楽しめる。これを放っておく手はないって思ったのにねえ…」
落とせないんだ、とソルジャーは再び大きな溜息。
「なにしろ仕事の虫なだけに、誘惑しようにも難しくって。メディカル・ルームに押し掛けてみたら好機とばかりに医療チェックをされただけだし、仮病を使って青の間に呼んでも淡々と診断を下して帰ってしまった。…もうヤケクソでノルディの部屋に夜這いをかけても効果なし」
寝惚けているのかと勘違いされて終わりだった、と嘆くソルジャー。あちらのドクター・ノルディはとことん堅物みたいです。エロドクターと取り換えてくれれば平和なのに、と私たちも泣きたい気分でした。どうして世の中、思うようにはいかないのでしょう?
「ぼくだって取り換えて欲しいよ、こっちのノルディと! 気前がよくて後腐れがなくて、もう最高の浮気相手だ。…まだ最後まではいってないけど」
「いかなくていいっ!」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーには馬耳東風でした。
「ちょっと食事に付き合っただけでお小遣いをたっぷりくれるし、口説き文句もなかなかだし…。あれがライバルっていうことになれば、ハーレイだって焦るだろうに」
ソルジャーは何かといえばエロドクターを引っ張り出してお小遣いを稼いでいます。そういう時はサイオンで情報を撹乱しているらしく、会長さんがエロドクターと一緒にいると勘違いする人はいないのだとか。…まあ、そうでなければ会長さんがソルジャーを野放しにしているわけがないのですけど。
「こっちのノルディも本格的にブルーを落とすつもりのようだし、利害は一致しているかもね。この際、ノルディと手を組もうかな? やっぱりライバルは必要なんだよ」
「「「「え?」」」
「だからさっきから言ってるじゃないか。ハーレイの一人勝ち状態なのが諸悪の根源!」
打倒ハーレイ! とソルジャーは拳を握り締めています。
「決めた、ハーレイにはライバルを! 詫び状ばかり貰っていても進展しないし、対抗意識を燃やして貰おう。そうと決まれば…善は急げと言うからね。うん、ちょうどノルディは休憩中だ」
御馳走様、と紅茶を飲み干したソルジャーは瞬時に姿を消していました。止める暇も無いとはこのことです。今の流れでエロドクターの所へ行ったとなると、先の展開はどう考えても…。
「………見なかったことにしておこう」
呟いたのは会長さんです。
「ぼくは何も聞いていないし、見ていない。ブルーのすることには関知しないさ、火の粉を被りたくはないからね」
「…それでいいのか?」
危なそうだぜ、と言うキース君に会長さんは。
「健康診断の結果さえ聞けばノルディとは縁が切れるんだ。聞きに行くのは明後日だけど、この調子ならノルディはきっとブルーに夢中になっているだろう。…結果だけ聞いてさっさと逃げよう」
もちろん例の人形を持って、と開き直っている会長さん。確かにエロドクターがソルジャーと深い付き合いになっている真っ最中なら、逆に会長さんの身は安全なのかもしれません。ドクターだって会長さんに下手に手出しして痛い目を見るより、ソルジャーと楽しんでいる方がいいでしょうしね。そう考えるのが一番です~!

あちらのキャプテンにライバルを、という言葉を残して消えたソルジャーはとうとう帰って来ませんでした。けれど次の日の放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、先に来ていて会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」とティータイム中。昨夜は会長さんと喧嘩になったりしなかったんでしょうか?
「えっ、喧嘩? してないよ?」
必要ないし、と会長さんが答えました。
「ブルーはブルーの考えで動くし、ぼくはぼく。明日は健康診断の結果を聞きに行くけど、ノルディがぼくに手出しする心配は無いらしい。…詳しい事情は知りたくもないから聞かなかったけどね」
「そういうこと。ぼくたちの関係は至って良好」
ソルジャーがニッコリ笑いましたが、会長さんは全面的に信用したわけではないらしく…。
「ブルーが大丈夫だって言っているだけでは心許ない。だからノルディの人形は予定通り持って行くことにする。キース、万一の時は頼むよ」
「もちろんだ。あんたには恩があるし、ドクターには恨みがたっぷりあるからな」
エロドクターが怪しい動きを見せたら即、呪縛! とキース君は使命感に燃えています。と、空間がユラリと揺れて…。
「かみお~ん♪」
「あっ、いらっしゃい!」
現れた「ぶるぅ」を大喜びで迎える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。毎日繰り返されている光景ですけど、今日の「ぶるぅ」は小さな両手に大きな袋を抱えていました。キャプテンからの贈り物でしょうか?
「こんにちは。なんだか大きな荷物だねえ…」
大丈夫かい、と尋ねた会長さんに「ぶるぅ」は「平気!」と元気一杯に答えてからソルジャーを見て。
「えっと…これはぶるぅに渡せばいいの?」
「そうだね、ぶるぅは専門家だ」
「えっ、ぼく!?」
なんだろう、と首を傾げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目の前で袋が開けられ、中から引っ張り出されたものは…。
「「「………」」」
それはお世辞にも綺麗とは言えない状態に折り畳まれて皺くちゃになったドレスでした。純白の生地にレースと真珠があしらわれた品は嫌というほど見覚えがあります。会長さんが愛用していたウェディング・ドレスで、今はソルジャーの私物になっている品で…。
「…ぼくのシャングリラでは手入れが上手くできなくてねえ…」
こうなっちゃった、と言うソルジャーの横から「ぶるぅ」がすかさず突っ込みました。
「ブルーが脱ぎ散らかすからいけないんだよ! ぼくが土鍋から出てきた時にはいつだって床に落ちてるもの!」
「それはハーレイに言ってほしいな。…さあこれから、って時に丁寧にクローゼットまで片付けに行かれても興醒めだけど」
要するに雑な扱いをされた挙句にこうなってしまったみたいです。けれどソルジャーは悪びれもせずに「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「このドレス、手入れできるかな? 前に借りてって汚した時にはマツカが専門店に出してくれたんだ。…今度もそうした方がいいならノルディに頼んで専門の店に…」
「んーと…。それって急ぐの?」
「明日には使いたいんだよ。ノルディと一緒に楽しみたいから、出来ればサプライズでこっそり内緒で直したいな」
不穏な台詞を口にしているソルジャーですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も気付いていませんでした。どう考えても大人の時間に使われてヨレヨレになったらしいドレスをチェックしてからニコッと笑って。
「明日でいいなら間に合うよ。染み抜きとアイロンかけとを超特急だね」
ここで出来そうな分はやっちゃおう、と奥の作業部屋にドレスを運んでいく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。早速仕事を始めるそうで、「ぶるぅ」の分のおやつの用意は会長さんがすることに…。とはいえ、ケーキはホールが基本の「ぶるぅ」ですから、イチゴのシフォンケーキが丸ごとドカンとテーブルに置かれただけですが。
「いっただっきまぁ~す!」
と、お皿を抱えて傾けようとした「ぶるぅ」に向かってソルジャーが。
「ぶるぅ、手紙は?」
「あっ、忘れてたあ! 今日も預かってきてたんだっけ」
はい、と取り出されたのはキャプテンからの手紙ではなくて箱でした。いつもならお菓子や花束に手紙が添えてあるのですけど、箱ですか…。中にカードが入っているとか? ソルジャーは怪訝そうに首を傾げて「これだけかい?」と尋ね、「ぶるぅ」が「うん」と頷きます。
「ハーレイ、うんと頑張ったみたい。センスが悪いって言われてたよって教えてあげたし、ブルーが危機感を持てって言っていたのも伝えたし! だから今日のはマシになってるんじゃないのかなぁ…」
「…ふうん?」
どうだか、と疑わしげなソルジャーの前で「ぶるぅ」はシフォンケーキを一気に平らげ、箱を指差して「開けてみてよ」と促しました。
「ゴミ箱行きでもかまわないけど、開けてくれないとお使いが終わらないもんね。…今日はブルーのお使いもしたから、手紙のこと、忘れかけちゃった」
「ごめん、ごめん。…ドレスは急に使うことになったから…。で、これがハーレイからの手紙ってわけか。箱を包装するとかリボンをかけるとか、そういう発想がないって所が致命的だ」
ソルジャーが指摘するとおり、箱は素っ気ない実用的な紙箱でした。段ボールでないだけマシなのでしょうが、私たちの世界とソルジャーの世界は違いますから、あちらでは段ボール感覚で使われる箱かもしれません。箱を開けるソルジャーの手許に私たちの視線が集まり、次の瞬間。
「「「!!!」」」
「…………」
息を飲んだのが私たちで、沈黙したのがソルジャーです。箱の中身は想像を上回る…いいえ、予測可能な代物と言えないこともないのですけど、これはまた…。

「………こう来たか………」
呆れ顔のソルジャーが箱の中から取り出したのは瑞々しい真紅の薔薇の花。花束でもアレンジメントでもなく一輪だけで、茎に折り畳んだ紙片が結んであります。これって昨日の話題になってた『結び文』っていうヤツなのでは…?
 しかも薔薇の気高い香りに混じって何やら不思議な別の香りが…。
「だからハーレイはセンスが無いって言ったんだ!」
薔薇の香りが台無しだよ、とソルジャーの瞳に揺らめく怒りの色。
「おまけにオリジナリティーも無い。昨日ぶるぅが聞いて帰った話をパクっただけじゃないか!」
「え、えっと…、えっと、えっと…」
パニックに陥ったのは「ぶるぅ」でした。
「ぼく、教え方を間違った? ブルーが「ハーレイにもそのくらいのセンスがあれば」って言っていたから、ハーレイに教えたんだけど…。あっちのハーレイはこんな手紙を出したらしいよ、って…。間違えちゃった?」
泣きだしそうな顔の「ぶるぅ」の頭をソルジャーの手がクシャリと撫でて。
「いいや、お前は間違ってない。…間違えたのはハーレイの方だ。同じパクリでもセンスがあれば少しは救いがあったのに…。こんなに香水を振りかけてどうする?」
薔薇の茎から解いた手紙をソルジャーは汚らわしそうにパタパタと振り、薔薇とは異なる妙な香りがフワリと部屋に立ちこめました。なんですか、これは? ソルジャーは畳まれた手紙を広げながら。
「…シャングリラで流行りのモテ系トワレさ。女心をくすぐる香りだとかで若いクルーに人気なんだ。…でも、ハーレイの歳と外見に似合うとでも? 見かけだけならぼくも若手だけど、ハッキリ言って好きな香りとは言い難い。人工的な香りは嫌いだってこと、知ってる筈だと思ったけどな」
あーあ…。きっとキャプテンはお香の概念が理解できずに、モテ系という言葉だけで選んでしまったのでしょう。お香というのは贈る相手や季節なんかを考えながら選んで焚きしめるものなのに…。ソルジャーの嫌いな香りを使った上に薔薇の香りまで打ち消していては、センス以前の問題です。これでは恐らく手紙の方も…。
「………」
ソルジャーの頬がピクピクと引き攣り、私たちは戦々恐々。しかし読み終えたソルジャーはプッと吹き出し、狂ったように笑い転げて…。
「まさかここまでセンスが無いとは思わなかったよ。ラブソングなんか書かれてもねえ…。しかもこれ!」
ほら、とテーブルに置かれた手紙を覗き込んだ私たちも笑うしかありませんでした。ソルジャーの伝言を伝えた「ぶるぅ」の言葉を重く受け止めたキャプテンが書いたのは五線譜つきのラブソング。几帳面に定規を使って書かれた楽譜が気の毒なほどに可笑しくて…。
「結婚式の定番のラブソングだよ。決まった形式の歌って所にこだわった結果がこれらしい」
馬鹿じゃなかろうか、と冷たいソルジャー。
「勘違いしてパクリまくってきたってことは箱に入っていたのもパクリか…。ちゃんとブルーが言ってたのにねえ、宅配便を使った方が間違いだ、って。せっかくぶるぅに持たせるんなら箱は全然要らないのにさ」
「そうだね…」
可愛い文使いがいたのにね、と会長さんも笑っています。いろんな意味で外しまくったキャプテンの手紙は例によってビリビリと裂かれ、ゴミ箱に放り込まれました。薔薇の花の方もへし折られるかと思ったのですが、そうではなくて…。
「紙を一枚貰えるかな? それとペンを貸して」
ソルジャーの言葉に首を傾げる会長さん。
「いいけど…。どうするんだい?」
「心をこめて返事を書くのさ。突っぱねるのも面白いけど、明日にはライバル登場だしね? ぼくは楽しく暮らしています…って近況報告」
ちょっと向こうで書いてくる、とソルジャーはキッチンに行ってしまいました。ですからソルジャーが何を書いたかは分かりません。戻って来たソルジャーは作業部屋にいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と何やら話して、それから二人でキッチンへ。
「ふふ、完成。ぶるぅお勧めのバニラエッセンス!」
折り畳まれた手紙からは甘いお菓子の香りがしました。あちらのキャプテンも甘いものが苦手だと聞いてますから、どう考えても嫌がらせです。ソルジャーは手紙を薔薇の花に結び付けると「ぶるぅ」にポンと手渡して。
「いいかい、これをハーレイに。…ついでにこういう手紙は箱に入れずに使いの者に持たせるんだってしっかり教えておいてよね」
「…やっぱりぼくが間違ってたんだ…」
しょげている「ぶるぅ」にソルジャーは「間違ってないよ」と微笑むと。
「お前は小さな子供だからね、分からないことがあってもいいんだよ。だけどハーレイはいい大人だから、そうはいかない。きちんとセンスを磨かないことには捨てられたって文句は言えないさ」
「…捨てちゃうの?」
「さあね。ライバルを越えることがハーレイに出来るか、その一点にかかっていると思うけど? とにかく明日は楽しむ予定。お前が運んできてくれたドレスでたっぷりと…ね。しっかり中継をお願いするよ」
「うん、分かった! ぼく、頑張る!」
だからブルーも早く帰ってきてね、と健気に言って「ぶるぅ」はソルジャーの手紙を預かり、シャングリラ号へ。それを見送った後、会長さんが。
「…ノルディと何をする気なのかは聞かなくても見当がつくけれど…。いいのかい、あれで? 君のハーレイを傷付け過ぎると修復不可能なヒビが入るよ?」
「君が心配してくれるとは光栄だねえ。…そうだ、君も一緒に楽しんでみる? きっとノルディは大喜びさ」
「お断りだ! ぼくは健康診断の結果を聞いたらさっさと帰る!」
付き合ってなんかいられない、と一蹴する会長さんに私たちも賛成でした。触らぬ神に祟りなし。ライバルがどうのとか、ソルジャーとキャプテンの関係の行く末とかは考え始めたら負けなんですよ…。




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