シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ウェディング・ドレスを持ち込んできて「ハーレイにはライバルを!」と言い放ったソルジャーが何を考えているのか分からないまま、会長さんが健康診断の結果を聞きに行く日になりました。私たちは例によって放課後「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まり、キース君は会長さんから風呂敷包みを渡されて…。
「よろしく頼むよ。ノルディがおかしな振舞いをしたら…」
「分かっている。これを殴ればいいんだろう?」
任せておけ、とキース君。風呂敷包みの中身はもちろんドクター人形です。でも…。
「要らないって言った筈だよ、その人形は。信用ないなぁ…」
会長さんの制服姿のソルジャーが苦笑しました。
「今日のノルディはぼくに夢中さ。そのためにドレスを持ってきたんだ。やっぱりライバルがいると違うだろうと思うんだよね、いくらハーレイがヘタレでもさ。…あ、ぼくの世界のハーレイだよ? ぶるぅに手紙も持たせておいたし、大いに期待してるんだ」
「「「………」」」
ソルジャーが良からぬことを企んでいるのは明らかでしたが、それでエロドクターの矛先が逸れるなら大歓迎。口を挟まず、好きにさせておくのが吉でしょう。やがて約束の時間が来たので私たちはタクシーに分乗し、エロドクターの診療所へ。ソルジャーは荷物を持ってませんけど、ウェディング・ドレスはきちんと修復済みでした。
『あれの出番はまだ先なんだよ』
お楽しみは取っておくのだ、とソルジャーから笑いを含んだ思念波が届き、タクシーは目的地に到着です。風呂敷包みを抱えたキース君を先頭にして診療所の中に入っていくと、今日もスタッフは誰もいなくて…。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ」
満面の笑みのエロドクターが両手を広げてソルジャーに近付き、熱い抱擁をしています。なるほど、確かに会長さんの身は安全そう。それでも警戒を怠らなかった私たちですが、健康診断の結果は「問題なし」とアッサリ告げられておしまいでした。
「ソルジャーとしての健康管理は万全でらっしゃるようですね。…たまには治療もしてみたいですが」
残念です、と言うドクターにソルジャーが。
「ぼくじゃ代わりにならないかな? やっぱりブルーの方がいい? だったら帰らせてもらうけど」
「お、お待ち下さい! 今日は楽しむお約束でしょう?」
「まあね。…それじゃ予定通りにいこうか、そろそろ時間の筈だけど…」
「そうですね。もう間もなくといった所でしょうか」
壁の時計を眺める二人に会長さんが。
「何をする気か知らないけれど、ソルジャーの義務は果たしたよ。ぼくは帰るね」
「どうぞ御自由に」
鷹揚に頷くエロドクター。会長さんさえ自由になれば後は野となれ山となれですし、私たちはそそくさと診察室を出、ソルジャーを残して引き揚げようとしたのですが。
「「「!!!」」」
診療所の扉が外側から開き、大きな人影が入って来ました。スーツ姿にきっちりネクタイ、褐色の肌はどう見ても…。
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生が此処に? ソルジャーとドクターが話していた「そろそろ時間」ってこのことですか? 教頭先生も驚いています。
「なんだ、全員揃ってどうした?」
「それはこっちの台詞だよ」
気を取り直した会長さんが教頭先生をジロリと睨んで。
「ノルディと何をするつもり? 奥にブルーが残っているんだ、何も知らないとは言わせないよ」
「…ブルーだと!? 聞いていないぞ、私はノルディに呼ばれただけで…」
「呼ばれた? なんで?」
「うっ…。うむ……その……なんと言うか…」
しどろもどろの教頭先生に会長さんは眉を寄せました。
「ほら、言えない。普通の用事で来たんだったら素直に言える筈だけど? さあ、白状してもらおうか」
「…………」
教頭先生の額に脂汗がびっしり浮かんでいます。これは相当に後ろめたいことがありそうだ、と私たちが冷たい視線で見守っていると…。
「こんばんは。相変わらず時間厳守ですね。お出迎えが遅くなりまして…。つい、面白かったものですから」
のんびり観察してしまいました、と現れたのはエロドクター。
「皆さんが誤解しておられますから、私から説明いたしましょう。ハーレイも健康診断ですよ、私が呼ばせて頂きました」
「「「健康診断?」」」
「ええ、そうです。ソルジャーに健康診断が欠かせないのと同じでキャプテンにも健康診断が義務付けられていましてね。もっとも、こちらはシャングリラ号に乗船中に済ませることが多いのですが、今日は特別なのですよ。…なにしろ緊急事態ですから」
え。緊急事態って、教頭先生、何処か具合が悪いのでしょうか? 特別に健康診断だなんて、春休みにシャングリラ号で検査した時に何か気になる数値でも? 日を置いてから再検査ってケース、けっこうあるって聞きますものね。
「ハーレイが健康診断だって…? 特に報告は来ていないけど」
教頭先生を診察室へと促すドクターの背中に会長さんが声を掛けました。
「シャングリラ・プロジェクトのついでに検査したのは知っている。異常なしって聞いたと記憶してるけど、勘違いかな?」
「いえ、間違いではございませんよ」
足を止めて振り向くドクター。
「あの時点では実に健康そのものでした。問題が起こったのはその後です。…私の所に泣きの電話が夜中にかかってきましてねえ…。迷惑な話もあったものです」
「お、おい、ノルディ…」
教頭先生がドクターを肘でつつきましたが、ドクターはまるで気にしない風で。
「まあ、男子一生の問題ですから焦るのは仕方ありません。しかし、それから特に相談にも来ず、病院を受診した形跡もなく…。どういうことかと思っていれば治ってしまったそうですねえ」
「「「!!!」」」
ドクターが何を言っているのか、やっと合点がいきました。先日のED騒ぎです。では、教頭先生はEDが本当に治ったかどうかを調べるために呼ばれたとか…? エロドクターはニヤリと笑って。
「お分かり頂けたようですね。ブルー、あなたが自ら治療したと聞いては私も黙っておれません。本当に治っているのかどうか、キッチリ検査しなくては…」
「…ブルーが? どういうことだ?」
教頭先生は不審そうに眉を潜めています。会長さんは「知らないね」とプイッとそっぽを向いたのですが、ドクターが喋らない筈もなく…。
「ハーレイ、あなたは幸せ者ですよ。ブルーの悪戯のせいでEDになってしまったようですが…治療もブルーがしたのですから。ええ、あなたのEDは加齢ではなく心因性です。ブルーに振られて傷ついた所へ速い乗り物でショックを受けて立ち直れなくなったわけですね」
「……そうなのか……?」
「残念ながら事実です。あなたには消えて頂きたくて加齢だと申しておきましたのに…。けれど復活なさったものは今更どうしようもありません。一応、検査はいたしますが」
念のために、と教頭先生を診察室へ促すエロドクター。
「ブルーはあなたに治ってほしくてデートに誘ったそうですよ。ドリームワールドで絶叫マシーンを制覇されたと伺いました。治療法としては間違ったものではないのですがね、医者としては診察しておきませんと」
「…そうだったのか…。あの時のデートは私のために…」
教頭先生は感無量でした。会長さんに熱い目を向け、目尻に光るものがあります。
「ありがとう、ブルー。確かに私は幸せ者だな…」
愛している、と言葉を紡ぐ教頭先生。
「お前の悪戯が原因だとは思わなかったが、お前が治療をしてくれたのにも全く気付いていなかった。そんな私を見捨てないでいてくれるとは…。やはりお前は最高だ」
「ストップ!」
会長さんが教頭先生を遮り、深い溜息を吐き出して。
「その調子だから暑苦しいって言うんだよ。…さっさと検査に行ってくれば? ぼくは済んだからもう帰るけど」
「…そうか…。とにかく改めて礼を言う。世話をかけた」
「どういたしまして。じゃあね、ハーレイ」
行くよ、と踵を返した会長さんに私たちも続いたのですが。
「…おや。お帰りになるのですか?」
ドクターの声が背後から。
「お忘れになったようですね。奥にブルーが残っていると仰ったのはあなたですよ、ブルー? EDの検査に来たハーレイをブルーが素直に帰すとでも? そもそもブルーの注文なのです、ハーレイを検査に呼び出すことは…ね」
「なんだって!?」
会長さんが弾かれたように振り向き、私たちはサーッと青ざめました。すっかり忘れてしまってましたよ、奥にソルジャーがいることを! 教頭先生を呼び付けたのがソルジャーだったら、検査だけでは済まないのでは…?
ソルジャーの名前に青くなったのは私たちだけではありませんでした。教頭先生も真っ青です。EDが治って会長さんにプロポーズし直したばかりだというのに、ソルジャーに割って入られた日には何が起こるか分かりません。場合によっては会長さんに愛想を尽かされ、今度こそ捨てられてしまうかも…。けれど誰よりも焦っていたのは会長さんです。
「なんでブルーがハーレイを? 君が目当てだと思っていたのに…」
呆然とする会長さんにドクターは。
「ライバルを募集中だと伺いましたが? あちらのハーレイもかなりのヘタレだそうですね。奮い立たせるにはライバルが必須だとか仰いまして、とにかく今日はハーレイを呼べ、と」
「「「………」」」
全員が声を失いました。ライバルってドクターのことではなかったのでしょうか? ウェディング・ドレス持参でエロドクターと楽しむのだと言っていたように思いましたが…。と、診察室の扉が開いて。
「遅いよ、ノルディ」
顔を出したのはソルジャーその人。足早に近付いてくるとドクターの肩をポンと叩いて。
「ちゃんと診察するんだろう? あまり長いこと待たされるのは好きじゃないんだ。ハーレイがその様子だと、ぼくは席を外した方が良さそうだね。勃つものも勃たなくなっちゃいそうだし」
「……!!!」
ビクッとする教頭先生にソルジャーは嫣然と微笑むと。
「呼び出したからには相応の御礼はさせてもらうよ。じゃあ、また後で。…ノルディ、検査を」
「分かりました。…あなたは先にあちらの方へ?」
「もちろんさ。ハーレイを連れてきてくれるのを楽しみにしてる」
「承知しております。では、参りましょうか」
ドクターは固まっている教頭先生を診察室へと引き摺っていってしまいました。EDの検査がどんなものかは知りませんけど、問題は検査が終わってからです。ソルジャーは何をしようとしているのでしょう? 気になるものの、今はさっさと逃げ出した方がいいですよね…? けれど。
「おっと、何処へ行こうというのかな?」
診療所から出ようとしていた会長さんの前に立ち塞がったのはソルジャーです。
「君たちに協力してもらおうと思っているのに、逃げ出すなんて許さないよ。…ああ、心配しなくてもブルーの身の安全は保障するから大丈夫。もちろん人形も必要ないさ。誓ってもいい」
「…協力って、何を?」
不信感も露わな会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「審査員って言えばいいのかな? ぼくのハーレイのライバルに相応しいのはノルディかハーレイか、それを採点してほしい。審査の様子はぶるぅが中継してくれるんだ」
「「「えぇっ!?」」」
「だってさ、ぼくのハーレイが危機感を持たなきゃ全く話にならないし! そういう審査をするっていうのは昨日の手紙に書いたんだ。現地妻募集コンテスト、って」
「「「現地妻!?」」」
なんですか、それは? そもそも現地妻って言葉からして完全に間違っているような…。妻と言うからには女性でしょうし、エロドクターや教頭先生はどう考えても妻だの女性だのとは正反対だと思うんですが…?
「ああ、細かいことは気にしないで。ぼくのスタンスの問題だから」
大混乱の私たちにソルジャーはニッコリ笑いました。
「ぼくはね、どうも食べられるっていうのが好みじゃなくて…。食べられる方の立場だけども、主導権はキッチリ握っていたい。だから食べるのはぼくの方! そういうわけで現地妻を募集」
あくまで夫は自分なのだ、とソルジャーは妙に威張っています。あちらのキャプテンがヘタレになるのも無理はないような…。でも、現地妻募集ってどういう意味…?
「これだけ言っても分からないかな? 万年十八歳未満お断りの集団とぶるぅはともかく、ブルーも分かってくれないなんて…」
野暮だよね、と大袈裟に嘆いてみせるソルジャー。
「ぼくのハーレイにライバルを作るのが目的なんだよ? こっちの世界で大人の時間を付き合ってくれる人材を募集中なわけ。遊びに来た時のパートナーってことで現地妻! ハーレイがいいかな、それともノルディ? 満足させてくれそうなのは断然ノルディだと思うんだけどね…」
どっちがいい? と妖しい笑みを浮かべるソルジャー。
「審査はノルディの家でやるんだ。会場の用意もバッチリさ。もちろん一緒に来てくれるだろう? でないとぼくが勝手に決めるよ、一方的に。それでいいなら帰ってくれてもかまわない」
「「「………」」」
とんでもない展開になってきました。私たちは会長さんの顔を窺い、会長さんは額を押さえながら。
「…念のために訊くけど、審査結果はきちんと尊重してくれるのかい? 君の意に副わない結果になっても審査員の決定に従うと…?」
「まあね。ぼくのハーレイにダメージを与えられれば満足なんだし、ノルディでも君のハーレイでも問題ないよ。君たちが意図的に点数を操作するのもアリだ。…で、どうする?」
審査員をするならこっちの方へ、とソルジャーはドクターの屋敷に続くドアを開けます。会長さんは暫し悩んだ後、キッと顔を上げて。
「分かった、君に協力しよう。でも、他のみんなは…」
「俺はやるぜ!」
そう叫んだのはサム君でした。
「ブルー、誰を選べばいいのか決めてくれよ。そっちに票を入れるからさ。ジョミーたちも協力しろよ」
「そ、そうだね…。そうした方がいいのかな?」
首を傾げるジョミー君にキース君が。
「点数の操作が可能だというなら審査員の数が多くなるほど有利かもしれん。どんな形式なのか知らんが、とにかく協力しておこう」
「そうしましょう! で、誰を選べばいいんですか、会長?」
シロエ君の問いに会長さんは「ハーレイかな…」と返しました。
「ノルディを選んでしまった場合は文字通りの現地妻になりかねない。ぼくを食べる気満々なんだし、ぼくそっくりのブルーも食べたいと思ってるしね。…ノルディがブルーで味を占めたらぼくの危険も増すだろう? だけどハーレイなら極め付けのヘタレだからさ、現地妻になっても名前だけだよ」
「教頭先生を選ぶんだな?」
了解だ、とキース君。思い切り出来レースっぽくなってきましたが、ソルジャーはこれでいいんでしょうか? 平然と先に立ってエロドクターの屋敷に入っていきますけども…。
「ぼくはどっちでも気にしないってば。…えっと、二階の突き当たりの部屋が会場だから。ぼくは支度があるから先に行ってて」
どうぞ、と勝手知ったる様子で二階を示すとソルジャーは姿を消しました。私たちはキョロキョロしながら階段を上がり、コンテスト会場の扉を開けて…。
「「「!!!」」」
えっと。広い部屋には応接セットや優美な彫刻などがありますけども、わざとらしく扉を半開きにした続き部屋には大きなベッド。なんだか嫌な予感がします。こんな所でコンテストをして現地妻とやらを決定だなんて、ヤバイなんてものじゃないのでは…?
「マズイな…」
会長さんがそう呟いて続き部屋との間の扉を閉めました。
「このセッティングはノルディだと思ったんだけど……どうやらブルーの差し金らしい。ハーレイを勝たせても無事に済むという自信がなくなってきた」
「…家出中だしな…」
そろそろ欲求不満なのかも、とキース君が頭を抱えています。ソルジャーは過去に何度も教頭先生を誘惑しては鼻血を噴かせた人なんですし、教頭先生が現地妻に決定したら一体何をやらかすか…。
「でもノルディが勝ったら何倍もマズイことになる」
呻くように言う会長さん。
「ブルーがどこまで本気か知らないけれど、肩書きだけでも現地妻ってことになってごらんよ。ノルディはブルーに血道を上げるに決まってる。…でもってブルーが来ない時には今まで以上にぼくを追い掛け回すんだ」
「「「………」」」
その光景は容易に想像がつくものでした。絶対にエロドクターを勝たせるわけにはいきません。八百長だろうがヤラセだろうが、教頭先生に勝って頂くのです! 私たちが決意を固めた所へ扉が開いて、入って来たのは…。
「やあ、お待たせ」
綺麗に直ったウェディング・ドレスを身に着けたソルジャーが微笑んでいます。真珠のティアラに長いベールで見た目は麗しい花嫁そのもの。けれど、その後ろには現地妻候補の教頭先生と白衣を脱いだエロドクターが立っているではありませんか。これでも花嫁と言えるんでしょうか? 初々しさも何もあったものではないような…。
「あ、やっぱり花嫁は無理があるかな? このドレスだって何度も使っちゃったしねえ…」
色々と、と意味深な台詞を口にするソルジャーにエロドクターはイヤラシイ笑みを浮かべていますが、教頭先生は怪訝そう。まさか大人の時間に使われたとは夢にも思っていないのでしょう。ソルジャーも説明しませんでした。
『だってさ、説明したら鼻血を噴いて倒れちゃうじゃないか』
それじゃ審査が成立しない、とソルジャーの思念が流れてきて。
「えっと…。ハーレイにもきちんと説明しておいた。こっちの世界でのぼくのパートナーを募集中、ってね。最初は辞退されたんだけど、そうすると自動的にノルディに決まると言ってあげたら参加する気になったらしいよ。ねえ、ハーレイ?」
「…正直、自信はないのですが…。ノルディがあなたのパートナーに決まってしまうとブルーが迷惑するのではないかと…」
「そうなんだよね。…ブルー、君はとっても愛されてるよ。じゃあ、ノルディとハーレイ、二人とも三回ずつぼくにプロポーズしてくれるかな? どんな形でもかまわない。審査員はこの札で一回毎に点数をつけて」
その合計で決めるから、とソルジャーが私たちに手渡したのは1から5までの数字が書かれた札でした。私たちは顔を見合わせ、「ドクターには1点、教頭先生には5点をつける」と会長さんと思念で確認。やがて始まったプロポーズ合戦はエロドクターがガンガン攻めていったのですけど…。
「どうして私が負けるのですか!」
納得できません、と怒り心頭のエロドクター。
「ブルーが受け取ってくれそうもないので指輪まで贈ったのですよ! あのクラスのルビーはそう簡単には…」
「そうだろうねえ。…とても綺麗だ」
気に入ったよ、と左手の薬指を眺めるソルジャー。
「これだけでも十分に現地妻の資格がありそうだけど、審査員には逆らえないし…。ああ、いいことを思い付いた。ハーレイはEDになっちゃったくらい繊細な上に童貞だから、パートナーとしてはイマイチだ。どうだい、ノルディは愛人ってことで?」
「ほほう…。愛人ですか、それはいい」
ゴクリと唾を飲み込むエロドクターにソルジャーは腕を差し伸べ、会長さんが先刻閉ざした続き部屋へと視線を向けて。
「じゃあ、早速…。ぼくも家出してから長いからねえ、そろそろ我慢の限界なんだ。愛人となれば大いに楽しませてくれるんだろう? ああ、ハーレイも一緒においでよ、三人っていうのもどんな感じか興味がある」
ねえ? と艶やかに微笑むソルジャーは大人の時間に突入する気満々でした。ど、どうすればいいんですか、私たち? 会長さんは思わぬ事態に顔面蒼白、思考が止まっているみたい。えっと…ソルジャーを全力で止める? それとも会長さんを連れて逃げ出す…? もうダメかも、と思った時。
「ブルー!!!」
パアッと青い光が走って、飛び込んで来たのは「ぶるぅ」と「ぶるぅ」のマントをしっかり掴んだキャプテンでした。
「も、申し訳ございません!」
ガバッと土下座したキャプテンの姿に私たちはビックリ仰天、エロドクターは不機嫌な顔。教頭先生は明らかに困惑しています。キャプテンは絨毯に額を擦り付け、ソルジャーのベールの端に口付けて。
「何度でもお詫びいたします! ですから……ですから現地妻は取り消して頂けないでしょうか? どうしてもダメだと仰るのなら、せめて一人に絞って下さい! 二人がかりで挑まれたのでは私に勝ち目がございません!」
「無いだろうな」
ソルジャーはフンと冷笑すると。
「お前はライバルに勝ちたいのか? だったら誠意が必要だ。そこの二人はよく頑張った。ぶるぅの中継で見ていただろう? ノルディは指輪も贈ってくれたし、熱烈にプロポーズしてくれた。こっちのハーレイも積極的とはいかないまでも、ぼくをノルディに渡すまいという決意は伝わってきたさ」
だから審査に勝てたのだ、とヤラセの件は棚上げにして冷ややかにキャプテンを見下ろすソルジャー。
「で、どうする? この一週間、ぼくがお前に貰ったものはセンスのない手紙にパクった手紙。そもそも最初にパクった台詞を告げたからこそ家出されたと分かっていると思ったが…?」
「そ、それは…。ですが、気の利いた言葉を思い付くようなら、最初から御機嫌を損ねることもなかったかと…」
ひたすら頭を下げるキャプテンに、ソルジャーは「そうだったな」と溜息をついて。
「お前にセンスやオリジナリティーを期待するだけ無駄かもしれない。…だが、今回で分かっただろう? ぼくたちのシャングリラではライバルがいなくて快適だろうが、こっちの世界には少なくとも二人、ぼくを手に入れられそうな連中がいる。…つまり、ぼくがその気になりさえすれば現地妻はいつでも調達可能だ」
「………」
「そうだ、お前も審査をしてもらうか? 隠し芸でも披露できれば高い評価がつくかもしれない」
「生憎、私にはそのようなものは…」
キャプテンは既に半泣きでした。それをソルジャーは面白そうに飽きずに眺めていましたが…。
「隠し芸か…。ハーレイに芸が無いのは分かってるけど、いっそ歌なんかどうだろう?」
「「「歌?」」」
鸚鵡返しに訊き返した私たちの前にヒラリと落ちてきたのは一枚の楽譜。
「ハーレイが手紙に書いてきた歌だよ、これを熱唱してもらう。腐っても結婚式で人気のラブソングだし、ぼくはウェディング・ドレスを着ているし…。上手く歌えれば花嫁を連れてシャングリラに、ってことで。…どうする、ハーレイ? 歌うのか、それとも歌わないのか?」
「う……歌わせて頂きます!」
心をこめて、と言い切ったキャプテンは大真面目に歌い出しました。あれ? なんだか聞いたことがあるような…?
「へえ…。同じ歌があるのか、偶然だね」
会長さんが感心したように。
「何年か前に流行ったテレビドラマのエンディングさ。『Love is…』ってタイトルだったかな? パッヘルベルのカノンがモチーフ、歌っていたのはミリヤ・カトーだ」
「ああ、ヒットチャートに入っていたな」
聞き覚えがある、とキース君。ソルジャーは「ふうん?」と首を傾げて。
「ぼくの世界じゃ古い歌の部類に入るんだけどな。で、ハーレイの歌の評価は? ぼくを連れて帰る資格がありそう? それとも…」
朗々と歌い上げるキャプテンのラブソングにはソルジャーへの想いがこめられています。私たちは一斉に5点の札を差し上げ、ソルジャーは「それもヤラセじゃないだろうね?」と困ったように微笑んでから。
「…ハーレイ、審査員たちに感謝したまえ。そして謝る機会を作ってくれたぶるぅにもね。…帰るよ、家出はおしまいだ」
「…ソルジャー…」
「ブルーでいい」
空間がユラリと揺れてソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」の姿が消え失せました。
「かみお~ん♪ また来てね~!」
無邪気に手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが疲れ果てた声で私たちに。
「…どうやら無事に終わったらしい。健康診断の結果も聞いたし、当分はノルディの顔を見なくて済むかな。毎回迷惑かけてすまない…」
「いや、今回はブルーのせいだし!」
謝る必要なんかないぜ、とサム君が力強く言い切り、ジョミー君が。
「そうだよ、今度のは全部ソルジャーのせい! でも、人形の出番は確かに無かったね」
その部分だけは評価できると私たちは思いましたが、他の部分は評価したくもありません。変な審査に駆り出されるわ、キャプテンの歌は聴かされるわ…。そんなに下手でもなかったですけど。
「…ブルーの心を射止めるには歌が一番のようですねえ…」
勉強になりました、というドクターの声で私たちは我に返りました。ここはエロドクターの家の中。長居は無用の危険な場所です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青いサイオンを迸らせて、会長さんの家まで一気に瞬間移動して…。
「ここまで逃げれば大丈夫だよね」
会長さんがドクターの家の方角を眺めています。
「ハーレイとノルディは歌の効能について語り合っているようだ。あんなのブルー限定だってば、ぼくには絶対効きっこないし!」
バカバカしい、と吐き捨てる会長さん。けれどソルジャーには確かに効果があったのでした。プライドをかなぐり捨てたキャプテンに憐みを感じたというのが真相なのかもしれませんが。
「まあいいや。この人形はまた来年まで忘れておこう。…こんなのを作るブルーはやっぱり相当変わっているよ」
現地妻なんて理解不能、と会長さんはドクター人形を包み直しながら毒づいています。ソルジャーの家出は今度で何度目だったでしょう? 家出の度に迷惑するのは私たち。キャプテン、お願いですから家出されないように誠心誠意ソルジャーに尽くして下さいです~!