シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
闇鍋勝負に勝利を収めた1年A組は意気揚々と教室に引き揚げ、ランチ券を貰って解散でした。グレイブ先生は闇鍋のダメージが大きかったのか、ミネラルウォーターのボトルを飲みながらの終礼。ということは、倒れてしまった教頭先生もダメージ大かな?
「そりゃね、ハーレイの方は半端じゃないって」
後でお見舞いに行かなくちゃ、とクスクス笑う会長さん。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと向かい、久しぶりのソファに腰掛けました。冬休み前は毎日来てましたけど、お部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまっていたので何かと落ち着かない日々でしたっけ…。
「かみお~ん♪ ここのキッチンも久しぶりだけど、お料理するのって楽しいよね♪」
ちゃんと綺麗に焼けたかなぁ、とキッチンに跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。暫くしてから運ばれてきたのは焼き立ての桃のケーキです。お雑煮の大食い大会と闇鍋でお部屋が留守でも、このタイミングでケーキというのが流石の腕前。
「あのね、炊飯器で焼けるって聞いて試してみたの! 家でも一応やってみたけど、タイマー使うのは初めてだったからドキドキしちゃった」
はいどうぞ、と切り分けられたケーキは炊飯器ケーキとは思えない出来で紅茶にもよく合いました。お料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りお菓子の日々再びです。美味しく食べていると会長さんが。
「闇鍋でハーレイが倒れた理由を知ってるかい? 気付いたかい、と言うべきか…」
「いいや、全く分からなかったが…」
キース君が答え、コクコク頷く私たち。教頭先生は会長さんが入れた大福を半分齧った所で倒れてしまい、まりぃ先生が問診してから水を飲ませていましたけれど……単に不味かったというだけの理由じゃないんですか?
「ふふ、不味かっただけで倒れるとでも? 肉まんを先に食べていたって倒れただろうと言わせて貰うよ、大福も肉まんも秘密兵器だ」
「「「秘密兵器?」」」
「うん。ジョミーが見付けた激辛キャンペーンに感謝しなくちゃ。アレがヒントになったんだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 特製激辛大福だもんね、餡子の中に激辛唐辛子だもん!」
世界一辛い唐辛子、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。それを練り上げて作った団子を餡の内側に仕込んでおいて、溶け出さないようサイオンでガードしておいたとか。
「ブート・ジョロキアとかいうヤツか?」
辛さはハバネロの二倍だったな、とキース君が言うと会長さんがチッチッと指を左右に振って。
「甘いね、もっと辛いのが出たよ。辛すぎて誰も食べられないんで需要があるかも謎だってヤツが。…この国にはまだ入ってないから、わざわざ買いに行ったんだってば、コアラの国まで」
「「「………」」」
そこまでするか、と絶句している私たちの前にビニール袋に入れられた真っ赤なピーマンみたいなものが。
「ウッカリ触るとピリピリするから、このまま見るのが安全かと…。トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー。辛さはタバスコの原料のハラペーニョの三百倍。あ、本当に辛いみたいだし間違っても食べようと思わないようにね」
胃をやられるよ、と会長さん。それを教頭先生に食べさせるとは…。
「え、だって。闇鍋はぼくの手料理なんだと思い込むような相手は懲らしめておくべきだろう? 二度と食べようという気にならないほどに…さ」
既に復活したようだけど、と会長さんは教頭室の方角の壁を眺めています。
「懲りてないねえ、ハーレイも…。不覚だったと後悔してるのが泣ける。ぼくの手料理なら激辛も完食すべきだって? あまりの辛さに倒れたくせにさ」
「肉まんの方にも仕込んであったの?」
ジョミー君の問いに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「うん」と即答。肉まんも具の真ん中に激辛唐辛子の団子が仕込まれており、やはりサイオンのガードつき。あまつさえ、教頭先生が大福と肉まんを確実に掬えるよう、思念で誘導していたとかで…。
「そういうわけで勝利ってね。こんな単純な手で勝てたなんて、今までの苦労は何だったんだろ…。これからはサイオンを有効活用するに限るよ、激辛の次は何がいいかな?」
新年早々、会長さんの思考は来年の闇鍋へと飛翔しています。教頭先生の受難はこの先もずっと、1年A組と闇鍋の伝統が続く限りは続きそう…ですね。
炊飯器ケーキを食べ終えて寛いでいると、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろお見舞いに出掛けようか。…ハーレイが待ちくたびれているようだ」
「見舞いをか?」
キース君の言葉に、会長さんは。
「まさか。新学期と言えばお決まりの行事があるだろう? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の小部屋に駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たのは平たい箱。嫌と言うほど見慣れたデパートの包装紙に包まれたそれは新学期恒例のお届け物の箱でした。青月印の紅白縞のトランクスが五枚入った箱ですけれど、でも…。
「あんた、何枚届ける気なんだ!」
キース君の叫びは私たち全員の心の叫び。箱は五つもあったのです。そんなに沢山贈る気なのか、と驚きましたが、会長さんは平然と。
「ぶるぅの卵を孵すのにお世話になったからねえ、御礼を兼ねているんだよ。…激辛のお見舞いも少しだけ入れてあげてもいいかも」
出掛けるよ、と立ち上がる会長さんを止められる人はありません。有無を言わさずお供させられるのも毎度のことで、トランクスの箱を五つも掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にしてゾロゾロと…。中庭を抜けて本館に入り、会長さんが重厚な扉をノックして。
「失礼します」
会長さんに続いて足を踏み入れた部屋の奥では教頭先生が珍しくマグカップを置いてお仕事中。いえ、マグカップばかりではなく、保温ポットもあるようですが…。
「へえ…。ハーレイ、ハーブティーとは珍しいねえ? コーヒー党だと思ったけどな」
「誰のせいだと思ってるんだ…」
フウと大きな溜息をつく教頭先生。
「今の私がコーヒーを飲めると思っているのか? とにかく荒れた胃を労れ、と言われたんだ。まりぃ先生が届けてくれたんだが、何だったか…。とにかく胃にはこのハーブだと」
「カモミールだろ? そのくらい香りだけでも分かるよ、基本だってば。大福が激辛と分かった時点で諦めてれば傷も浅いのに、無理して半分も食べるから…」
「…お前が入れた大福なんだぞ? 運良く私が掬えた以上は完食したいと思うじゃないか」
食べ切れなくて残念だった、と教頭先生は心底ガックリしている様子です。会長さんはクッと笑って。
「仮に大福をクリア出来ても肉まんで倒れていたんじゃないかな、あっちも仕掛けは同じだからね。でもって両方完食してたら当分は胃痛に悩まされたかと…。下手に触れば皮膚もやられる唐辛子だよ? よりデリケートな粘膜のダメージは計り知れない」
お大事に、と会長さん手ずからハーブティーを注ぎ足して貰った教頭先生は嬉しそうです。それだけでも舞い上がってしまいそうなのに、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取って。
「はい、いつもの青月印だよ。…今回はスペシャル・サービスなんだ」
「スペシャル・サービス?」
「うん。ぶるぅの卵を孵すのを手伝ってくれただろう? だから御礼に一品つけなきゃと思ってね。ほら、去年の三学期の初めに贈ったヤツを覚えてる? 真っ赤な勝負トランクス」
「「「!!!」」」
アッと息を飲む私たち。教頭先生は耳まで赤くなり、視線が宙を泳いでいたり…。
「思い出した? ぼくをモノに出来そうな自信がついたら履くといい、って言ってた赤パンツ! アレはオシャカになっちゃったけど、ぶるぅの卵の御礼と今日のお見舞いも兼ねてチャンスをあげるよ」
「……チャンス……」
教頭先生は既に鼻血が出そうな顔。頭の中には様々な妄想とシチュエーションがグルグル渦巻いているのでしょう。会長さんったら、赤パンツなんかプレゼントしても大丈夫だと思っているのでしょうか? しかもトランクスは五箱分。それだけでも凄い数なのに…。
「ふふ、赤いパンツが出るかどうかは運次第なんだ。これかな? それとも、こっちかな…」
机の上に箱を並べる会長さん。五つの箱がズラリと一列に揃うと、端からポンポンと叩いていって。
「この中から一つ選んでくれる? 四つはいつもの紅白縞の五枚入り。一つだけ紅白縞が四枚と赤が一枚の詰め合わせが混ざっているってわけさ。それを選べたら勝負の赤パンツを見事ゲットだ」
一つだけだよ、と念を押された教頭先生は真剣な顔でトランクスの箱を見詰めました。サイオンで透視とかって教頭先生でも出来ますよね?
『その程度は基本中の基本だよ。…ただし相手が悪すぎるよね、タイプ・ブルーに敵うとでも?』
無理、無茶、無駄、と会長さんの思念が笑っています。そうとも知らない教頭先生、身体がうっすらと緑の光を放つレベルまで集中して…。
「これだ!」
これが赤パンツの入った箱だ、と自信たっぷりに指差し、会長さんがそれを贈呈。
「じゃあ、開けてみてよ。赤パンツだったら心から祝福してあげる」
「…う、うむ…。正直、まだ履ける自信は無いのだが…。それでも勝負パンツがあると思えば励みになるしな」
どんな励みだ、と心で突っ込む私たちの前で教頭先生は包装紙を剥がし、おもむろに箱を開けたのですが。
「…ん?」
「残念だったね、ハズレってね。…当たりはこっち。あ、誓って入れ替えはしてないよ? 君が透視しようとしていた時には偽の情報を流したけれど」
それも見破れない間はヘタレ確定、と会長さんは教頭先生にビシッと指を突き付けて。
「ぼくをお嫁に欲しいんだったらサプライズとかも必要なんだよ、思いがけないプレゼントとか! それを読まれてしまうようでは話にならない。…ついでに、ぼくの思惑どおりに動く男も味気ない。もっと頑張って鍛えるんだね、サイオンもパンツの下の分身も」
次の機会に期待したまえ、と言い捨てた会長さんは残った四つの箱を抱えて教頭室を出てゆきました。私たちも慌てて追い掛け、ポカンと口を開けた教頭先生だけが残されて…。
「…どうしようかなぁ、当たりのコレ」
会長さんが赤トランクスが混ざっていた箱を開封したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってからでした。ホントに当たりがあったんですか~!
「そりゃそうさ。そしてハーレイが引き当てた時は恩に着せて渡す筈だったけど、ハズレを引いてしまったからねえ…。次に遊べるチャンスが来るまで残しておくか、返品するか…。チャンスは来ると思うかい?」
私たちは揃って首を激しく左右に振って、赤いトランクスと残りの紅白縞は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がデパートへ返品しに行くことに。同じ売り場にパジャマもあるので会長さんのパジャマと交換するらしいです。トランクス二十枚と会長さんのパジャマ。きっとパジャマはトランクスの代金だけでは買えないでしょうね…。
闇鍋と紅白縞のトランクスのお届けで幕を開けた三学期の次のイベントは学校の公式行事でした。シャングリラ学園の冬の名物、かるた大会が開催されるのです。今日はそれに先立つ健康診断。えっ、何故かるた大会に健康診断が必要なのかって? それは水中かるた大会だからで…。
「かみお~ん♪ 今年も頑張らなくちゃね!」
1年A組が学園一位になるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が燃えているのは放課後のこと。健康診断を女子として受け、まりぃ先生にセクハラと称してお風呂に入れて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は上機嫌。ウキウキとキャラメルナッツ・タルトを切り分けながら会長さんに。
「ねえねえ、ブルー、寸劇の話、決まったの?」
「「「寸劇?」」」
かるた大会で学園一位を取ると付いてくる副賞が先生方による寸劇です。去年は会長さんが全校生徒で楽しめるものを、と相撲賭博つきの初っ切りを企画していましたけど、またまた何か計画が…?
「ああ、あれね。決まったら後は早いだろうから、まだ頼みには行ってない。…みんなの意見も聞いてみないと。今年も全校生徒が楽しめるヤツにする? それとも台本どおりにする?」
「なんだ、それは」
分からんぞ、とキース君が返すと、会長さんは。
「大体の案は出来てるんだよ。ただ、それを実行するにあたって全校生徒の意見を聞くか、シナリオを決めて行くかが問題でさ…。どっちに転んでも結果は同じ」
「「「???」」」
「要は過程をどうするか…なんだ。その場のノリで決めても問題無いけど、どうしよう?」
そう訊かれても何をやらかすのかが謎のままでは答えようがありません。会長さんは「内緒」と笑って教えてくれず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も詳しいことは知らないようで。
「あのね、ゼルに協力を頼むんだって! 何をするのか分からないけど、去年みたいなのも楽しいよね」
「また協力者か…。今度やったら三年目だな」
それも毎回ゼル先生だ、とキース君がワンパターンぶりを指摘しましたが、会長さんは。
「それが今回は違うんだな。…ゼルの協力は不可欠だけど、メインはあくまでグレイブだよ。それとハーレイ、此処は譲れない。グレイブとハーレイの立ち場も対等ではない」
「…サッパリ話が見えないんだが…」
「見えなくってもいいだろう? 君たちだって毎年楽しんでいる筈だ。事前に中身が分かった年は一度も無いと思うけど?」
言われてみればその通りです。会長さんの思い付きで教頭先生がオモチャにされることは確かですけど、それ以上のことは寸劇が始まるまでは分かりません。これでは意見の出しようもなく…。
「うーん、とりあえず台本どおりにしておこうかな? 全校生徒の意見を聞いてもラストシーンは変わらないんだし、ゼルにお願いしに行く時にはどっちでも別に同じだし…」
まあいいか、とタルトを頬張る会長さん。
「今夜にでも頼みに出掛けてくるよ。ゼルの腕前に期待していて」
「えっと…。ゼル先生は劇に出ないの?」
ジョミー君の問いに、会長さんはニッコリ笑って。
「ゼルは完全に裏方さ。ぼくのアイデアをどのくらいまで実現可能か、そこが今から楽しみで…。ゼルなら完璧にやってくれると思うけどねえ、こういう仕事は大好きだから」
謎は深まるばかりでした。ゼル先生は裏方ながらも協力者。寸劇の台本はラスト以外は書き換えも可能みたいです。会長さんが何を考え、どんな寸劇を企画したのか読める人は誰もいなくって…。
「降参だ。…あんたの今年の企画は何だ?」
キース君が代表で白旗を上げましたけど、会長さんの対応は微塵も変わらず、微笑みが更に謎めいただけ。
「見てのお楽しみってことにしとくよ、今年もね。…あ、ゼルには訊くだけ無駄だから! もちろん他の先生方も…さ」
悔しかったら心を読んでみるんだね、と私たちには出来もしない課題を突き付け、会長さんは紅茶を悠然と飲み干しました。こうなったら何も聞き出せません。かるた大会の寸劇を見るには、まずは学園一位から。会長さんの企画を目にするためには勝ち抜くことが大前提です。よーし、今年も頑張るぞー!
ゼル先生に何事かを相談しに行った会長さんは首尾よく協力の約束を取り付けた模様。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けると楽しそうに鼻歌を歌っていたりするんですけど、寸劇の欠片も掴めない内に水中かるた大会の日が。1年A組に来た会長さんは男子、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子で登録。
とは言うものの、かるた大会は男女合同での戦いですから男子か女子かはあまり関係無いんですよね。クラスメイトの女子は着替えを終えた会長さんの水着姿にキャーキャー狂喜していたり…。二学期の水泳大会の後で写真を買った人が大勢いたのは知ってます。会長さんがコッソリ手を回したので記録用の写真が買えたというのは今や伝説。
「今度の写真も買えるのかしら?」
「買えるんだったら買わなきゃ損よね、生徒会長さんの水着姿!」
1年A組の女子の特権だもの、と騒ぎまくっている熱い目の女子たち。シャングリラ学園自慢の屋内プールに勢揃いした他のクラスや学年の女子の視線も会長さんに釘付けです。そんな中、ジャージ姿のブラウ先生がマイクを握って競技説明。かるた大会はプールの水面に散らばった百人一首の下の句が書かれた板の奪い合いですが、これがなかなか大変で…。
「いいかい、取り札を自分のクラスのゴールまで泳いで運ぶのがお約束だ。相手クラスは札を運べないよう、水をかけて進路を妨害出来る。ただし直接タッチした場合はお手付きとして反則になるよ」
簡単そうじゃん、との声を上げるのは一年生だけ。上の学年はハードさを知っているので沈黙中。
「そして、ここからが肝心だ。奪った札を奪い返すのはオッケーだけど、札を手に出来るのは四人まで! それを超えたらお手付きとして読み直しになる。四人目が札を離してしまったら、やり直しだね」
体力勝負だから頑張りな、とブラウ先生が発破をかけても今一つ実感が伴わないのが一年生。どこが体力勝負なんだ、などと甘く見ていられるのも今だけで…。
「では、試合開始! まずは1年B組とD組、プールに入って!」
シド先生のホイッスルが鳴り、教頭先生が朗々と最初の一句を読み始めました。サッと下の句の札を取ったのがどっちの組かは分かりませんけど、とにかく男子生徒です。早速ゴールとされる方へと泳ぎ始めた所へ相手クラスからの水飛沫攻撃。一人一人は大したことが無くても一クラス分だと札も揺れ…。
「わわっ、取られた?」
「えっ、もう取り返されたのか?」
なんだなんだ、とクラスメイトが騒ぐ間にピーッ! と高いホイッスル。
「お手付き、反則! その札はプールの真ん中に戻しな!」
ブラウ先生が声を張り上げ、最初の札はゴールイン出来ずアッサリ無効に。続いて読まれた札もお手付き、その次も…。そんな調子ですから百枚の札がプールから消えた時点で両方のクラスの生徒はヘトヘトで。
「ど、どうすんだよ、こんな試合…」
「ぶるぅじゃ無理だぜ、小さすぎるし…」
試合を次に控えた1年A組、早くも諦めムードです。そこへ会長さんがニッコリ笑って。
「大丈夫。札はぶるぅがバッチリ運ぶし、そこへの道はぼくが開くさ。君たちは自分の前の札だけ見ればいい。それが読まれたらサッと掴んで頭の上に掲げること!」
後は任せて、とプールに入った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無敵のコンビ。札が読まれると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんが組んだ両手を足場に宙に飛び出し、札を掲げたクラスメイトの隣に着水。札を受け取るとサイオンで札の浮力を打ち消し、潜水泳法でスイスイと…。
「すげえ、あれじゃ水飛沫も効かねえぜ!」
「ゴールインだ! えっ、もう戻って来てるのか?」
「かみお~ん♪ 泳ぐの得意だもん!」
札を運んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は猛スピードで会長さんの所へと戻り、また空中へと飛び出してゆきます。相手クラスに一枚も取らせず、疲れもせずに1年A組、勝ちました! もちろん学年一位は楽勝、学園一位も余裕でゲット。
「おめでとう、学園一位は1年A組だ!」
ブラウ先生が表彰式の始まりを告げ、学園一位の表彰状を会長さんが手にすると。
「さてと、学園一位には副賞があるよ。クラス担任ともう一人の先生を指名して寸劇を披露して貰えるんだけど、誰を指名する?」
会長さんがクルリと振り向き、クラスメイトたちは「お任せしまーす!」と満面の笑顔。何かが起こる、と期待に満ちたクラス一同の視線を集めた会長さんはスウッと息を吸い込んで。
「教頭先生を指名します!」
おおっ、とどよめく全校生徒。これ以外の名前は有り得ない、と分かってはいても寸劇の内容までは読めません。それは私たちも同じですけど、教頭先生、どうなるのかな…。ゼル先生は腕を組んだまま悠然とジャージ姿で立っていますよ?
寸劇の上演場所として発表されたのは今年は普通に講堂でした。制服に着替えて移動してゆく全校生徒の流れの中で会長さんやジョミー君たちと出会いましたが、やはり寸劇は謎のまま。1年A組は学園一位の特権で講堂の一番前が指定席です。んーと……舞台には幕が下りてますねえ…。
「ちゃんと準備は始まってるんだよ、幕の向こうで」
お楽しみに、と会長さんがウインクして見せ、クラスメイトは色々と想像を逞しくしています。去年が初っ切りだったことを知っている生徒は土俵入りだと予想していますが、それなら本物の土俵を使いそう。体育館には立派な土俵があるんですから。
「かみお~ん♪ 楽しみだよね!」
ワクワクしちゃう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が舞台の方を見詰めてますけど、何が起こるか知ってるのかな? この幕くらい透視出来ちゃいますしね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
『ぶるぅには見えてるんだけど……何をやるかは分かっていないよ、ぼくは演目を教えてないしね』
『『『えっ?』』』
会長さんの思念に驚きの思念を返した途端に幕がスルスルと上がっていって、舞台の上には大きな樽が。樽の上から教頭先生の首だけがヒョッコリ覗いています。いったい何が始まるのでしょう? 樽の横には木箱が置かれ、舞台の袖から現れたのはグレイブ先生。闘牛士のようなカッコイイ衣装は何ですか? そこでブラウ先生がマイクを握りました。
「お待ちかねの寸劇の時間だよ! 黒ひげ危機一髪ならぬ教頭先生危機一髪!」
「「「えぇぇっ!?」」」
講堂を埋め尽くした全校生徒が仰天する中、マントをつけたグレイブ先生が木箱から取り出したものは一振りの剣。スポットライトを浴びて鈍い光を放っています。
「今からグレイブが一本ずつ剣を刺していく。この剣と樽はゼル先生の特製でねえ、ハズレの場所に剣が刺さると中に仕込まれたマジックハンドが教頭先生をくすぐる仕掛けさ。教頭先生が笑い死にするのが先か、勢いよく飛び出して行くのが先か。さあ、何処に刺す?」
グレイブ先生に声援を! とブラウ先生が叫びました。グレイブ先生が剣を手にして樽の周りを一周する度、上とか下とかド真ん中とか、指示を飛ばせるらしいです。会長さんが言ってた「全校生徒の意見を聞く」ってコレですか! 何処に剣を刺すかは生徒が決めると?
『ご名答。…台本どおりだったら何本目で飛び出して行けるか決まってるけど、こっちの方が楽しいだろう? グレイブには限界まで引っ張れと指示してあるから、文字通りハーレイの限界までだね』
笑い死にする寸前になるまで飛び出せる場所に剣は刺さらない、と会長さんの思念は可笑しそう。うわぁ……教頭先生、お気の毒としか…。グレイブ先生が樽の周りを回り始めて、あちこちから飛ぶ無責任な声。
「上です、上でお願いします!」
「下、下、最初は絶対下で!」
「ド真ん中です~!」
グレイブ先生はニヤリと笑って剣を振り回し、グサリと樽へ。マジックハンドが作動したらしく、教頭先生の顔が歪んで引き攣り、それから眉間の皺がグンと深くなって必死に笑いを堪えていますが…。
「今度は下!」
「真ん中、真ん中~!」
生徒というのは残酷なもの。お祭り騒ぎでワイワイ指図し、グレイブ先生も芝居がかったポーズをキメながら樽へと剣を何本も。教頭先生をくすぐるマジックハンドはどんどん増えてゆき、「許してくれ~!」と野太い悲鳴が上がって、その声も笑いに震える有様。流石にそろそろ限界なんじゃあ…?
『まあね。グレイブも引き際は心得てるから、残り二本って所かな』
会長さんの思念の予言通りに二本目の剣が刺さった所が決められた場所だったみたいです。パーン! とクラッカーの音が響いて教頭先生が紙テープや紙吹雪と共に樽から勢いよく飛び出しましたが、あの姿って…。
「「「わはははははは!!!」」」
グレイブ先生と並んでお辞儀する教頭先生の衣装に全校生徒は大爆笑。だって、ショッキングピンクの女性用の水着ですよ? 金銀ラメにスパンコールでハイレグの水着なんですよ? 笑い過ぎてお腹が痛いですってば、教頭先生は笑い死にの危機だったかもしれませんけど…。
「ふふ、大ウケだったね、寸劇は」
会長さんが満足そうに笑っているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。教頭先生とグレイブ先生には全校生徒から惜しみない拍手が送られましたが、その舞台裏は悲惨なもので。
「ほら、ハイレグの水着だろう? ハーレイったら、ブラウに自己処理しとけって迫られて顔面蒼白。サイオニック・ドリームで誤魔化せるんだ、と披露したのに「笑い過ぎで集中が切れたらどうするんだ」って」
「まさか、あんたはそれを狙っていたんじゃないだろうな?」
キース君がギロリと睨むと、会長さんは。
「自己処理かい? ちょっと違うね、ぼくの狙いは謝礼金。集中力が切れちゃった時にフォローしてあげたら貰える約束」
お蔭で臨時収入が、と笑みを浮かべる会長さん。教頭先生はハイレグ水着からはみ出した無駄毛を隠しおおせた自信が無いのだそうです。きちんと誤魔化せていたらしいですが、それを親切に教えてあげる会長さんではありません。私たちを引き連れ、教頭室へと押し掛けて。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。君のサイオニック・ドリームだけど…」
「駄目だったのか?」
必死に頑張ったつもりだったが、と肩を落とした教頭先生に会長さんは右手を差し出しました。
「ぼくに頼むと高くつくのは覚悟の上だろ? 自己処理しとけば良かったのにねえ、ブラウも勧めていたのにさ。…樽から飛び出した直後はともかく、お辞儀してからは自力で頑張って欲しかったよ」
情けないねえ、と詰る会長さんが謝礼金を毟り取った後に残ったものは空のお財布。そこまでされても御礼を言って頭を下げた教頭先生は偉大です。会長さんに三百年以上も片想いして、遊ばれまくって、毟られて…。それでも一途な教頭先生、いつか報われる日を夢に見ながら強く生きて行って下さいね~!