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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

旅には道連れ・第3話

シャングリラ号で宇宙に行っていた会長さんが戻って来たのはお彼岸が終わった翌日でした。けれどその日には会うことは出来ず、ジョミー君たちの慰安旅行の日程と持ち物が書かれた紙が届いただけ。瞬間移動でポストに放り込んだみたいです。そっか、水着が要る温泉かぁ…。何処なんだろう、とスウェナちゃんたちと意見交換をしてみたものの。
(まあいいや。駅まで行ったら分かることだし!)
ソルジャーのことは見ないふり、という合言葉だか標語だかを掲げた私たちは旅立つ日の朝、旅行用の荷物を持ってアルテメシア駅の改札前に集合しました。会長さんたちはまだ来ていません。
「あのさあ…。ちょっと聞きたいんだけど」
ジョミー君が声を掛けた相手はスウェナちゃん。
「元老寺で撮ってた写真はどうなるわけ? 広報誌がどうとかって言ってなかった?」
「ああ、あれ? 載せてもらえるみたいなのよ。会長さんからメールが来てたわ。記事もよろしくお願いするよ、って」
「ちょっ…。それって!」
マズイ、とジョミー君が青ざめた所へ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。
「かみお~ん♪」
「やあ、おはよう。ジョミーは何がマズイんだって?」
会長さんがニッコリ笑って。
「お蔭様で訓練の方は無事に済んだよ。サムとジョミーも僧籍として登録したと璃慕恩院から連絡が来てた。スウェナが素敵な写真を撮ってくれたようだし、これはニュースにしなくっちゃ! 広報誌の編集部は新鮮なネタに飢えてるからねえ」
「…それってウチにも届くわけ?」
不安そうなジョミー君に、会長さんは。
「基本的には一般配布はしないんだけど、記事になった人の家には届くよ。良かったね、御両親にも報告できて」
「良くないよ! 頑張れって言われたりしたら立ち直れないし…」
どうしよう、と嘆くジョミー君とは対照的にサム君はとても嬉しそう。会長さんの直弟子としてお披露目されるのが誇らしいに違いありません。公認カップルの件は仲間内だけの話ですけど、直弟子ともなれば別格ですし…。さて、この二人はどうなるのでしょう? 立派なお坊さんになれるかな?
「なんだ、朝から賑やかだな」
元気そうで何よりだ、と現れたのは教頭先生。ピッタリ時間どおりです。…ということは、もうそろそろ…。
「おはよう。今日はお世話になるよ」
「おはようございます。よろしくお願いいたします」
ソルジャーとキャプテンがやって来ました。キャプテンが教頭先生に改めてお辞儀しているのを見て思い出しましたが、こちらも師匠と弟子でしたっけ。そして早速…。
「ブルー、荷物は私が持ちます」
キャプテンがソルジャーの旅行鞄を預かり、ソルジャーが。
「なるほど、指導が入ったか。こういう調子でビシバシ頼むよ」
視線の先では教頭先生が「分かりました」と頷いています。それからソルジャーはキャプテンの方を振り向き、厳しい口調で。
「婚前旅行で荷物を持つのは当然だったみたいだねえ? 改札に来るまでかなり歩いたけど、ぼくに荷物を持たせてたってことは減点対象。何点引いたらいいと思う?」
「そ、それは…」
「まあいい、旅はこれからだから今のはオマケしておこう。えっと、採点係の方は…」
ニヤリと笑ったソルジャーに、私たちは慌てて首を左右に振りました。巻き込まれてはたまったものではありません。ソルジャーは「仕方ないなぁ…」と苦笑して。
「そんなことじゃないかと思ってたから、採点表はぼくが持ってる。○×△の三択式になっているんだ。当てはまると思ったヤツに挙手してくれれば自分で書くよ。点数の配分もぼくが決めるし」
「「「………」」」
それはキャプテンに不利なんじゃあ…。けれど迂闊なことを言ったら採点表を自分で書けと言われそうです。キャプテンには申し訳ないですけど、そこまでフォローは出来ません~!

会長さんが配ってくれた切符の駅名は前に行った温泉とは違いました。宿までは駅からマイクロバスで山道を入って行くのだそうで、いわゆる秘湯というヤツかも? キース君とマツカ君は心当たりがあるようです。
「なるほど、あそこなら労働というのも頷けるな」
「キースは行ったことがあるんですか?」
「まさか。俺の家は寺なんだぞ? 家族旅行なんて余程でないと…。予約を入れておいても葬式が入ったら即キャンセルだし、旅行中に枕経を頼まれたりしたら大変だからな」
「「「枕経?」」」
それってアレかな、人が亡くなったらお願いするというお経かな? お通夜より前に…。
「何度か説明してないか? 檀家さんに不幸があったら、すぐ駆け付けてお経を上げると決まっている。それが枕経だ。坊主が留守では話にならん。…家族旅行は子供の頃に数回行っただけだな」
その時はお手伝いのお坊さんを呼んだみたいです。キース君が成長してからは、そういう機会も無くなって…。なんだか可哀想になってきました。お寺で暮らすって大変なんだぁ…。
「ぼくだって日々、大変だけど?」
割り込んで来たのはソルジャーでした。
「旅行に行けないだけじゃなくって、いつ枕経を読んで貰う方の立場になるやら…。だから生きてる間に楽しまないとね? そのためにハーレイを連れて…。んっ…」
「「「!!!」」」
目が点になる私たち。ソルジャーはキャプテンに抱き竦められ、情熱的なキスをされていました。ここは電車の中なんですけど……貸切車両にはなってますけど、また大胆な…。目のやり場に困って教頭先生の方を見ると、広げた新聞の影で頬を赤らめながらチラチラ様子を窺っています。これも指導をしたんでしょうか?
「…ふふ、上出来」
唇が離れた後、ソルジャーが満足そうに一枚の紙を取り出して。
「キスで現実を忘れさせるというのは考えたねえ? ぼくのハーレイでも思い付きはするけど、人目があるような場所ではちょっと…。今の指導は素晴らしかったよ。ありがとう、ハーレイ」
「い、いえ…」
新聞で顔を隠してしまった教頭先生。キャプテンも赤くなって自分の席へと戻ってゆきます。その席はソルジャーと隣同士ですから、この先はきっとバカップルとしてイチャイチャと…。
「もちろんさ。こっちのハーレイの指導があればバッチリだよ。…ところで、さっきのキスだけど…。君たちはどう評価する? ○かな、×かな、それとも△? これだってヤツに手を挙げて」
ソルジャーが読み上げ、私たちは全員一致で○でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気に右手を挙げています。小さな子供に分かるかどうかは謎ですけれど、ゲーム感覚で参加したいのなら構わないかな?
「いきなり○で埋まったか…。幸先がいいと言うべきだよねえ、素敵な旅になりそうだ」
じゃあね、とキャプテンの隣に戻って行ったソルジャーは採点表を見せ、それから再び熱いキス。
「…どこから見てもバカップルだな」
キース君が溜息をつくと、会長さんが。
「あれがハーレイの夢だと思うと頭痛がするよ。でもブルーには逆らえないから放っておこう。…ハーレイは指導係で満足しているみたいだしさ。新聞の影でスパイ気取りだ」
雑誌だと隠れられないし…、とクスクス笑う会長さん。電車は順調に走っていました。駅弁を広げる時間になると、ソルジャーとキャプテンはお箸で摘んだお弁当の中身を「あ~ん」と相手の口の中へと…。
「…砂を吐いてもいいと思うか?」
キース君が呻き声を上げ、シロエ君が「ザーッ」と効果音を。
「吐いときました。キース先輩、見ないふりをするしかないですよ」
「そうだな、相手はバカップルだしな」
「ぼくとハーレイそっくりのね…」
頭が痛い、と泣きが入っている会長さん。ジョミー君とサム君の慰労会になる筈だった旅行は完全にソルジャーの私物と化していました。どんな温泉に行くのか知りませんけど、そこでも絶対バカップル…。

電車を降りたのは山合いの小さな駅でした。ソルジャーがキャプテンに持たせた荷物の中から取り出したのはカメラです。
「シャッターお願い出来るかな? あの辺りなんか良さそうだけど」
ね? とソルジャーが指差す先にはベンチがあって、そこに座れば駅舎が綺麗に収まりそう。でも誰がシャッターを切るんでしょうか? ベンチに座るのはバカップルに決まっているのに…。
「いいですよ。お撮りしましょう」
教頭先生が気のいい笑顔で進み出ました。そっか、この程度ならヘタレな教頭先生でも写せますよね。でもってソルジャーに焼き増して貰って宝物に…。ソルジャーとキャプテンがベンチに腰掛け、仲良く寄り添い合った所でシャッターがパシャリ。
「ありがとう。…うん、いい感じだよね」
写真を確認したソルジャーは教頭先生に微笑みかけて。
「こんな調子で写真を撮ろうと思うんだ。もちろんアルバムに仕立ててプレゼントするから楽しみにしてて。…さっきのハーレイのポーズも良かった」
的確な指導に感謝する、と言うソルジャーによると、キャプテンは人前でイチャつくのに慣れていないそうです。電車は貸切でしたけれども、駅の前にはそれなりに人がいるわけで…。それでもカップルらしい写真が撮れたのは教頭先生がポーズを指示したお蔭。
「素晴らしい師匠がついててくれて嬉しいよ。この先も採点表に○ばかり並ぶといいんだけどなあ。…で、ここからはどうするって?」
「…あそこのマイクロバスに乗るんだよ」
会長さんが素っ気なく告げ、スタスタとバスの方へと歩いて行きます。教頭先生が荷物を持とうと申し出ましたが、思い切り冷たく断られました。
「間違えないで欲しいね、ハーレイ。…婚前旅行をやっているのはぼくじゃない。ぼくを気遣う暇があったら、あっちの二人をフォローして。ブルーがキレたら大惨事だよ?」
「う、うむ…。分かっている」
残念そうな教頭先生。私たちはマイクロバスに乗り込み、ソルジャーとキャプテンは二人掛けのシートでベタベタと…。あれが教頭先生の夢かと思うと、なんだか色々複雑です。その教頭先生の視線はキッチリ窓の方。恐らく窓ガラスに映るバカップルの様子を逐一チェックしているのでしょう。景色を見ないなんて勿体ないなぁ…。
「かみお~ん♪ あそこだよ!」
一番前に陣取っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げ、辿り着いたのは川沿いに建つ立派なホテル。こんな田舎には似つかわしくない佇まいです。これは秘湯と言わないかな? 山奥とはいえ、他にも小さなホテルや旅館がありますし…。
「ちょっと変わった温泉…って、何処が?」
バスから降りたジョミー君が周囲をキョロキョロ見ています。確かに山奥にしては高級すぎるホテルですけど、それだけで変わっているとは言いませんよねえ?
「すぐに分かるさ。水着が要るって言っただろう?」
会長さんが先に立ってホテルに入り、チェックインをしている間に私たちはロビーを観察。あれっ、フロントの壁のあの張り紙はなんでしょう?
「…スコップあります…?」
張り紙を読み上げて首を傾げたのはシロエ君でした。
「ご宿泊のお客様に限り、とも書いてあるようですね。そういえば会長が労働がどうのこうのって…。あれと関係あるんでしょうか?」
「スコップだもんねえ…」
労働っぽいよ、とジョミー君が応じた所へボーイさんがやって来てお部屋の方へ。わあっ、お部屋も広くて素敵! んーと…ソルジャーとキャプテンのお部屋はダブルベッドだったりするのかなあ?
『それ以外にどうしろと? あの二人をさ』
会長さんの思念が届いて、私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が泊まるお部屋に集まりました。続き部屋と和室がついた特別室ですが、ソルジャーとキャプテンのお部屋はもっと広いそうで…。
「ブルー、宿は及第点だろう? 後はハーレイの指導で頑張るんだね」
会長さんの言葉に、ソルジャーは大きく頷いて。
「うん、あのベッドなら楽しめそうだ。でもその前に温泉に入っておきたいな。水着が要るっていうのが不思議だけども…。温泉ってお風呂じゃないのかい?」
「ホテルの大浴場は水着無しでも入れるよ。でなきゃお風呂の意味が無いしね。…水着が要るのは別の温泉」
「露店風呂…のことではないよね?」
「違うんだな。…誰か入っていれば一発で分かることなんだけど、生憎誰もいないようだ。温泉に行きたい人は水着を持ってロビーに集合! 行く人は?」
全員が手を挙げました。ロビーといえば例の張り紙があった場所です。スコップは温泉と何か関係あるのかな? とにかく水着を取ってこなくちゃ!

スウェナちゃんと一緒にエレベーターでロビーに降りると、そこには既に先客が。奥まったソファをバカップルが占拠しています。えっと、キャプテン、人前でイチャイチャするのは慣れていないと聞きましたが? 観葉植物の影だとはいえ、ロビーは公共のスペースですが…?
「あれもハーレイの夢らしいんだよ」
恨みがましい声が聞こえて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。
「ハーレイときたら、新婚たるもの所かまわずイチャつくものだと頭から思い込んでいるらしい。ハーレイと結婚したらああなるのかと想像しただけで寒気がするね」
絶対に嫌だ、と会長さん。その視線を追うと売店の中に教頭先生の姿があります。なるほど、あそこからキャプテンに指示を出していましたか…。ソルジャーが怒鳴り込んでこない所を見ると、現時点では教頭先生の夢はお気に召しているみたいです。ソルジャーの趣味もよく分からなくなってきました。バカップルねえ…。
「とりあえず全員揃ったらバカップルを回収しよう。ホテルの人にも御迷惑だし」
会長さんがブツブツ言っている所へジョミー君たちが揃い、バカップルへの伝令役には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコ走って行きました。何も知らない子供ですからバカップルの邪魔をするくらいは朝飯前です。ソルジャーとキャプテンが出てくると、教頭先生も売店からロビーへ。
「かみお~ん♪ 呼んできたよ! 次はスコップ?」
「そうだね。一人一つにしとけばいいかな?」
「オッケー!」
お願いしまぁ~す! とフロントに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。やっぱり温泉にスコップでしたか! そして本当にフロントの奥からスコップが運ばれてきたのです。砂遊びに使うようなオモチャではなく、どう見ても本格的な土木作業用のスコップが…。
「はい、一つずつ持って。ああ、女の子はハーレイに持たせていいからね。ブルーは、と…。なんだ、もうハーレイの指示が出た後か」
苦々しい顔の会長さんの隣でキャプテンがスコップを二つ受け取っています。それにしてもスコップで何をしろと? 首を捻る私たちに向かってキース君が。
「これで温泉を掘るんだと思うぞ。…そうだな、マツカ?」
「ええ、多分。ぼくも来たことはありませんから、想像の域を出ませんけれど…」
「「「掘る!?」」」
それって温泉を掘削するってことですか? そんな無茶なこと言われても…。何メートル掘れと言うんですか~!
「大丈夫だよ。自分の好みで掘ればいいから」
会長さんがパチンとウインクしました。
「この温泉はね、其処の河原からもお湯が出るんだ。好きな場所を掘れば温泉が湧く。自分専用の露天風呂を掘って、ゆっくり浸かって楽しむわけ。ただ、周りから丸見えだろ? それで水着が必要なのさ」
なんと! そんな労働なら大歓迎です。私たちはワイワイ賑やかに騒ぎながら専用の通路で河原まで降り、宿泊客用の更衣室で水着に着替えて…。わっ、河原へ出ると風が冷たい?
「掘り終わるまで上着は着ていた方がいいよ? 水着の季節には早すぎるしね。でも…」
バカップルは熱々だから平気かな、と会長さんが示した先ではキャプテンが河原を掘っていました。真っ赤な六尺褌を締めてますけど、キャプテンって六尺褌は駄目だったんじゃあ? ソルジャーの手作りの黒猫褌が精一杯だったと聞かされたような…?
「更衣室でハーレイが教えたんだよ、六尺褌の締め方をさ。それでブルーが喜んじゃって…。褌を締めたくらいでヘタレは直らないのにねえ?」
バカバカしい、と呆れ果てている会長さん。けれどソルジャーは河原にチョコンと座って嬉々とした表情でキャプテンの穴掘りを眺めています。二人とも上着は羽織っていません。
「ほら、バカップルはいいから上着、上着! 風邪を引いたらシャレにならない」
私たちは上着を取りに戻って、それからスコップでマイ露天風呂! バカップルは二人で一つのお風呂に浸かって教頭先生に写真を撮らせています。そんなバカップルさえ気にしなければ河原のお風呂は格別でした。みんなで入れる大きなお風呂を掘り上げた時の達成感はもう最高! ジョミー君たちの慰安旅行に感謝です~。

河原の温泉を堪能してからホテルに戻ると、ソルジャーが採点表を持ち出しました。キャプテンの褌の締め方をどう思うか、というわけです。二人で入れる穴を掘っても緩まなかった褌ですから、これは間違いなく○でしょう! ソルジャーは満足そうに頷き、キャプテンの方を振り返って。
「バッチリだってさ、その褌! 今夜はサービスして貰わないと…。駅弁の代金はぼくが払ったし、ぼくが立て替えた費用の分は頑張って返す約束だよねえ?」
「「「???」」」
いったい何の話でしょう? その時は聞き流していたのですけど、それから大浴場に行って、貸切のお座敷で豪華な夕食を食べて…。もちろん夕食の席でもバカップルは健在でした。お互いに「あ~ん」とやっているのを教頭先生が撮影していたり…。
ソルジャーの台詞の謎が解けたのは夕食を終えて解散してから行った売店でのこと。家へのお土産に何を買おうかと皆で出掛けたら、バカップルが先に来ていたのです。
「やっぱりさ、夫婦茶碗は旅の記念に買わないと!」
浴衣のソルジャーが指差しているのは名物の焼き物の湯呑みのセット。たかが湯呑みと侮るなかれ、お値段はとてもゴージャスです。そうは言ってもソルジャーは日頃エロドクターから沢山お小遣いを貰っていますし、大打撃と言うほどの値段でもなく…。さっさと買って立ち去ってくれ、と私たちは思ったのですが。
「しかし…。この値段はちょっと高すぎませんか?」
あっちの方が、とキャプテンが安い湯呑みを眺めているのをソルジャーが肘でドンとつついて。
「指導役が留守にしてると一気にヘタレてしまうわけ? 欲しいと言われたら普通はポンと買うものだろう!」
「ですが、私の財布の中身はあなたからお借りしたもので…」
「使った金額に見合うサービスをすればオッケーだって言ったけど? それとも自信が無くなった? この値段分のサービスとなるとヌカロクになってしまうもんねえ」
「「「!!!」」」
どういう約束を交わしてきたのか、やっと答えが分かりました。ヌカロクの意味は今も不明のままですけれど、要は大人の時間の中身。ソルジャーに借りたお金を使うと、キャプテンは文字通り身体で返すしかないらしいのです。気の毒すぎる、と私たちが顔を見合わせた所へ教頭先生が入って来て…。
「ありがとう、ハーレイ。二人で大事に使おうね」
愛してるよ、とソルジャーがキャプテンの首に抱き付いています。お高い夫婦茶碗をお買い上げの上、周囲を気にしないバカップル再び。教頭先生の指導があったのは明らかでした。教頭先生、ソルジャーがキャプテンと交わした約束をきっと御存知ないのでしょう。旅は一泊二日ですけど、今晩、無事に済むのかな?

教頭先生のバカップル指導は売店までで終わったようです。大人の時間は教頭先生が下手に口を出すよりもキャプテンの自主性に任せた方が楽しめそうだ、とソルジャーが判断したらしく…。
「すまんな、おかしな旅になってしまって」
教頭先生が私たちに謝ったのは会長さんのお部屋の和室。売店で買ってきたお菓子を差し入れてくれた上に平謝りですが、会長さんは冷たい口調で。
「全部ブルーの希望だってことは知っているから、その件に関しては諦めてるさ。でもねえ…。君の素晴らしい指導を見てると、ますます結婚する気が失せる。ぼくはバカップルにはなりたくないから」
「お前が嫌なら何も要求したりはしないぞ。お前の意思は尊重したいし」
「本当に? 外では絶対腕を組まないとか、手を握らないとか、ちゃんと神仏に誓えるかい?」
「…うっ…」
それは難しいかもしれん、と教頭先生が額に脂汗を浮かべた時。
『ハーレイの馬鹿ーっ!!!』
凄まじい思念波が部屋を貫き、私たちは咄嗟に耳を押さえました。思念の主はソルジャーです。「ハーレイの馬鹿」って一体、何事? 夫婦喧嘩でも始まりましたか? バカップル転じて離婚の危機…?
「ど、どうしよう…。見に行った方がいいのかな?」
会長さんが私たちを見回し、キース君が。
「あんたのサイオンで探れないのか? 下手に動くよりその方がいいぞ」
「そうかも…。えっ、なんて…?」
どうやらソルジャーが会長さんに何やら言ってきているようです。私たちや教頭先生には分からない思念波でのやり取りの後で会長さんは。
「ブルーが全員で部屋に来てくれってさ。採点係を頼みたいとか言って来たけど」
「「「採点係…?」」」
この状況で採点ですか? 恐らく大人の時間を巡るトラブルでしょうに、私たちに何を採点しろと?
「お床入りでないことを祈ってて。…ぼくにも状況が分からないんだ」
行くよ、と立ち上がった会長さんに続いて部屋を出てゆく私たちの気分はドン底でした。お床入りの採点どころか大人の時間の採点だったらどうしましょう? 売店でアヤシイ会話をしていたバカップルも見たことですし…。
「ブルー、入るよ?」
会長さんが声を掛けるとソルジャーの部屋の扉が開き、目に入ったのは土下座しているキャプテンの姿。仁王立ちのソルジャーが冷ややかな視線で見下ろしています。
「どう思う、これを? 思い切り×がつきそうだけど?」
「いきなりそんなことを訊かれても…!」
分からないよ、と返した会長さんに、ソルジャーはチッと舌打ちをして。
「一から説明するのかい? まあいいけどね…。昼間に河原を掘っただろう? ぼくはハーレイに掘らせてたけど、君たちが全員で入れるヤツを掘り始めたのが面白そうでさ。…途中から混ぜてもらったよね?」
「それで?」
「サイオンは日頃から使ってるけど、肉体労働には縁が無い。筋肉痛になっちゃったんだ。それでハーレイにマッサージしてくれないかって頼んだら…」
「頼んだら…?」
訊き返す会長さんの声が震えています。マッサージからどう転んだらバカップルが喧嘩になるのでしょうか? 教頭先生もオロオロしてますし…。何よりキャプテンが土下座したまま顔も上げないのが怖いですよ~!
「ハーレイときたら、マッサージはプロがいいですよ、って! せっかく気分が盛り上がった所で人を呼ぶのかとも思ったけれど、前に泊まった温泉旅館の人は上手かったしねえ…。このホテルも期待できるかな、ってフロントに電話をかけようとしたら、ハーレイはなんて言ったと思う?」
「「「???」」」
「私にもエステティシャンの心得があれば良かったですね、って! プロというのはこっちの世界のハーレイを指していたんだよ! いくら師匠か知らないけれど、自分そっくりの男にさ……惚れた相手をマッサージされて気にならないなんて最低だってば!」
恋人失格、とソルジャーはキャプテンの背中を踏み付けました。
「婚前旅行の雰囲気ブチ壊しだし、無神経にも程がある! さあ、採点! これは絶対×だろう?」
×と思う人は手を挙げて、と睨み付けられた私たちは慌てて手を挙げ、ソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「今までの○を全部足しても、この×の分は埋められないね。…どうする、ハーレイ? 駅弁と夫婦茶碗の代金だけでもヌカロクだよって言ったよねえ? 台無しになった婚前旅行のお詫びの気持ちもヌカロクで! それとも四十八手に挑戦するかい? 褌の締め方も習ったからには容赦しないよ」
だけど今夜はお預けだ、とキャプテンに背中を向けるソルジャー。
「キスマークなんかつけられちゃったら河原のお風呂に入れないしね。素敵な夜ならそれでもいいけど、バカの相手はお断り! 朝まで一人で反省すれば? ぼくはブルーの部屋に行くから」
バカップルに戻るかどうかは明日の朝の気分次第、と言い捨てたソルジャーはキャプテンと別居。えっと…こんな展開でいいんでしょうか? ジョミー君たちの慰安旅行を破壊してまで割り込んで来たのに、そういうオチ…?
「いいんだってば、大人の時間はシャングリラに戻ってからじっくりと! それより筋肉痛が辛くてさ…。ハーレイ、マッサージを頼めるかな?」
「「「………」」」
自分で頼むなら教頭先生でも構わないのか、と私たちは頭痛を覚えました。教頭先生、バカップルの指導係にマッサージにと大忙しです。私たちだって採点係にされてましたし、婚前旅行はもう懲り懲り…。
「…慰安旅行の仕切り直しって無いのかな?」
ジョミー君がポツリと呟き、サム君が。
「仕切り直しても同じ面子になると思うぜ。あっちのブルーも仕切り直しをしたがるだろうし」
「だよね…」
普通に旅行したかった、と肩を落としているジョミー君。慰安旅行がこうなったのでは泣きたい気分になるでしょう。そして旅行費用を負担した上、バカップル指導をさせられていた教頭先生、ちゃんと写真を貰えるのかな? 頑張って色々撮ったのに…。
貰えるといいね、と私たちは頷き合いました。一人くらいは報われないと、正直言ってやり切れません。
翌朝、筋肉痛が治ったソルジャーは私たちに謝りもせずに部屋へ戻って、またキャプテンとバカップルに…。
「なあ、俺たちって…」
結局何しに来たんだろう、と明後日の方を見ているキース君。広い河原に新しく掘った露天風呂は今日もいいお湯です。慰安旅行か、はたまた湯治か。お湯の効能にヘタレ直しは無かったですよねえ…?



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