シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
王家の谷は川の西岸にありました。まずはホテルで昼食を摂り、観光バスに乗り込んで…フェリーで川を渡るのですが、早い話が渡し船です。観光客だけでなく地元の人や土産物売りも乗っかっていて、会長さんが「バスの外には出ないように」と厳命しました。川風が気持ちよさそうのなのに何故なんでしょう?
「…買い物をしたいんだったら止めないけどね」
好きにしたまえ、と会長さんが指差す先では観光客の人が土産物売りのオジサンたちと商談中です。
「船の上は逃げ場がないんだよ。商談のように見えてはいても、あれは完全に相手のペース。向こう岸に着くまでの間に必ず何か買う羽目になる。で、行くのかい?」
「「「………」」」
パピルスの複製やスカラベ、織物に香水瓶。いつかは買いたいお土産ですけど、ぼったくり価格は御免でした。ピラミッド観光でバカ高い布きれを買わされて以来、私たちはとても慎重です。
「ほらね、土産物売りは懲りてるだろう? ああいうものはしっかりしたお店で買わなくちゃ。ホテルショップなんか高いように思えるけれど、それだけ品質がしっかりしてるっていうことだから。…でなけりゃ市場できちんと値切る! 観光客は甘く見られがちだし」
いいカモにされた過去を持っているだけに、逆らう気にもなれません。やがてフェリーは対岸に着き、有名な巨像や葬祭殿を観光してからバスはいよいよ王家の谷へ。まずはファラオの呪いで知られた墓です。
「…なんかずいぶん小さいね」
ジョミー君が周囲を見回しながら言いました。駐車場からずいぶん歩いてきましたけれど、王家の谷というだけあってファラオや王妃の墓が幾つも口を開けています。でも、どれも入口の大きさは似たりよったり、大した規模ではないような…。
「盗掘防止が目的だからね、悪目立ちする墓は作らないさ」
そう答えたのは会長さん。
「ピラミッドの時代とは違うんだよ。こう見えても中はけっこう広い。…この墓は小さい方だけれどね」
先に立って地下への階段を降りていく会長さんに続いて中に入ってみると、壁画が描かれた通路の先にピラミッドの中とは比べ物にならない小さな部屋がありました。柵越しに見下ろせる場所には柩を収めたケースがあって…。
「あの中にミイラがあるんだよな?」
サム君がゴクリと唾を飲み込み、ソルジャーが。
「他の墓のミイラは博物館にあるんだってね。このミイラだけがここにあるのは例の呪いのせいなんだろう?」
「そういうこと」
会長さんが静かに両手を合わせてブツブツと何か呟いています。ファラオ相手にお経なんかが効くんでしょうか?
「言葉の力は凄いんだよ。原典に近いお経は絶大な力を持っている。…ほら、ぶるぅが飛び出してきた掛軸を封印するのに使った光明真言を覚えてるかい? あれを唱えると亡者が喜ぶと言われている。今、ぼくが唱えてたヤツなんだけど…君たちも一緒にやってみる?」
教えてあげるよ、と微笑む会長さんですが、私たちは首を横に振りました。キース君とサム君だけが神妙に柩に両手を合わせています。サム君の修行は順調に進んでいるようですね。
「…ブルーが拝んでいたってことは、やっぱりファラオの呪いって…あるの?」
ジョミー君の問いに会長さんは「まあね」と答えました。
「ジョミー、君は尋ねる相手を間違えたんだよ。ブルーの世界は確かに遥か未来の世界で、科学も進んでいるけれど……この世界とは別物だ。ぼくたちの世界の出来事の結末をブルーに教えて貰おうだなんて甘いのさ」
「…でも…」
唇を尖らせるジョミー君ですが、会長さんは大真面目でした。
「いいかい、君の考えが正しいのなら、ぼくたちの未来はどうなると思う? SD体制に突入したらお尋ね者だよ、ぼくたちは。…そうならないよう、ぼくは努力してきた。だから未来は共通じゃない。ブルーには悪い気もするけどさ……瓜二つの姿形のくせに気楽に遊んでばかりだからね」
「いいよ、ぼくなら気にしない。遊びに来られるだけで十分」
ソルジャーがニッコリと笑い、ファラオの柩を眺めました。
「あれが呪いのミイラってわけか…。特に感じるものもないけど、本当に呪われているのかい?」
「呪いの力は失われてる。だからミイラをここに置いておく必要はないんだよね。…でも、そんなこと…誰も信じやしないだろう? ロマンだと思って放っておくさ」
さあ次に行こう、と会長さんは歩き出します。ファラオの呪いを解明しようなんて考えていた私たちがバカでした。三百年以上も生きてきている会長さんなら、呪い騒ぎをリアルタイムで見聞きしていた筈なんです。この様子では呪いの正体も知っていそうですけど、教えてなんかくれないでしょうね…。
それから私たちは幾つもの王墓に入りました。観光客には非公開の墓も含まれていて、マツカ君の強力なコネに感謝しながら見学三昧。王家の谷って本当にお墓ばかりです。おまけに緑が全然なくて暑いといったらありません。
「2リットルを一気飲みか…」
信じられんな、とキース君が空になったペットボトルを振りました。ペットボトル持参で観光したのに、バスに戻るなり私たちがやらかしたことは冷えたジュースの一気飲み。しかも2リットル入りのボトルです。相当に空気が乾いていたのでしょう。川を渡ってホテルに戻ってもティールームで紅茶にハーブティー。そんなこんなで日は暮れて…。
「今日は沢山見学したけど、未発見のお墓ってあるのかしら?」
スウェナちゃんが夕食の席で夢見る口調で言いました。
「そういうお墓を探し出せたら素敵よねえ…。ジャーナリストとして発掘作業に同行したいわ」
「呪われてるかもしれないですよ?」
シロエ君が突っ込みましたが、スウェナちゃんは気にしていません。
「そうなったら腕の見せ所よ! 呪いの正体は何か、次に呪われるのは誰なのか! いい記事になると思わない?」
「週刊誌か?」
キース君の言葉は禁句だったようで、スウェナちゃんはブチ切れました。
「失礼ね! 私が目指すのは新聞記者なの! スポーツ新聞でも地方紙でもなくて全国紙!!!」
「…一流の、ね…。でもさ…」
無理だと思うよ、とジョミー君。
「だってさ……ぼくたちって年を取らないわけだし、今の外見で新聞記者は難しそうだよ。取材に行っても相手にされないと思うけどな。…それともスウェナだけ頑張って大人になるの? ぼくたちは成長できないんだって前にブルーが言っていたのに?」
スウェナちゃんはグッと詰まりました。私たちは仲良し七人グループです。仲間が高校一年生をやっているのに一人だけ社会人サイズに成長するのは、かなり勇気が要りそうな気が…。しかも努力も必要かもです。そこへソルジャーが口を挟みました。
「いいんじゃないかな? ぼくの世界もそうなんだけど、こっちの世界の長老たちも外見年齢の差が大きいよね。スウェナだけが大人になって他のみんなが子供のままでも、きっと仲良くやっていけるさ」
「…それって……私だけオバサンになるってことじゃない…」
あんまりだわ、と打ちのめされるスウェナちゃん。けれどソルジャーが言うのは正論でした。ジャーナリストになりたかったらスウェナちゃんは年を取るしかなさそうです。…そして数分後、スウェナちゃんはキッパリと夢を捨てました。
「いいのよ、夢は叶わないから夢なのよ! どうしても新聞を作りたくなったらシャングリラ学園でスクープを取るわ。そしてシャングリラ号で壁新聞として発表するの!」
「「「…壁新聞…」」」
白い巨大宇宙船の中に壁新聞。シュールな光景を想像した私たちはポカンと口を開け、ソルジャーがおかしそうに笑っています。会長さんが頭を抱えているのはスクープされそうな日頃の行いを思い返しているせいでしょう。夕食は和やかに終わり、翌日は大神殿の見学に、帆かけ舟でのクルーズに…。旅は順調に続き、川の上流の遺跡群も堪能してから私たちはピラミッドの街に戻りました。
「かみお~ん♪ ピラミッド、今日も楽しかったね!」
御機嫌で飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。帰国を明日に控えた日の昼間は買い物、夜はピラミッドで音と光のショー見物。ピラミッドの滑り台が気に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はショーの時間中、赤や緑にライトアップされるピラミッドを滑りまくっていたのでした。ホテルに帰った私たちはスイートルームの広いリビングでグータラと…。
「けっこうアッと言う間でしたね」
マツカ君が言い、ソルジャーが。
「そうかな? ぼくはこんなに長いことシャングリラを離れていられて幸せだったよ。途中で戻る羽目になるかな、と思っていたから余計に…ね。ハーレイはとっくの昔に特別休暇を返上しちゃったみたいだけれど。…ぼくと二人で引きこもりっ放しって、平和な時しか出来ないんだから続行しとけばいいのにさ」
ありゃりゃ。あちらのキャプテンは既に通常勤務でしたか…。ソルジャーは更に言葉を続けて。
「ハーレイはね、特別休暇が長引いちゃうと、からかわれると思ったらしい。でも…ぼくが姿を現さない以上、結果は同じだと思わないかい? ぼくが青の間から一歩も出られないほどハードな夜が毎日続いているってわけで…」
「ストップ!」
会長さんが割り込みました。
「その先を続けたら叩き出すよ。十八歳未満の団体だって言ってるだろう!」
「冷たいね。…じゃあ、黙るから代わりに観光させて欲しいな。旅の記念に最後に一ヶ所。とっておきの場所がある筈だ」
スッと人差し指を立てるソルジャーに、首を傾げる会長さん。
「とっておきって…?」
「…王家の谷さ。スウェナが未発見の墓はないのかって言ったよね。あの時、君の思考が一瞬、揺れた。君の遮蔽は完璧だけど、ぼくにはチラッと見えたんだ。…未発見の王家の墓を知ってるだろう?」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんが未発見の墓を知ってるですって!? そんな馬鹿な…と思ったのですが。
「バレてたか…。でも、アレはダメだよ。ね、ぶるぅ?」
「うん。やめといた方がいいと思う」
怖いんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっと…「そるじゃぁ・ぶるぅ」も知ってるんですか? 私たちの視線を受けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと大きく頷きました。
「あのね、入口まではブルーと一緒に行ったんだけど…入ったのはブルーだけなんだ。危ない場所だから来ちゃダメだって言われたんだよ。えっと…コブラの巣だったっけ?」
「サソリもいた。…そういうわけで、あそこは駄目だ」
コブラにサソリと来ましたか…。それは勘弁願いたいです。ところがソルジャーは動じもせずに。
「シールドを張れば全て解決するだろう? せっかくだから見て帰りたい。ここから王家の谷まで全員を連れて飛んでもいいけど、ダメだと言うならぼくだけでも…」
「本当の本当に危険なんだよ。…ダメだと言ったらダメだってば!」
二人は押し問答を始めましたが、会長さんに譲る気持ちは無いようです。…と、突然パァッと青い光が迸って。
「ブルー!?」
サム君の悲鳴が響きました。…会長さんが何処にもいません。ついでにソルジャーも見当たりません。
「ま、まさか…今の光は…」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の肩をガシッと掴んで。
「ぶるぅ、ブルーは何処へ行った!? ブルーの世界へ連れて行かれたのか!?」
「…えっとね、ブルーが来ちゃダメって…。王家の谷にいるみたい」
「「「王家の谷!?」」」
会長さんは物見高いソルジャーに王家の谷へ連れて行かれてしまったようです。ソルジャーのお目当てはコブラとサソリが生息している未発見の王墓でしょう。実力行使に出られた以上、ソルジャーが満足するまで会長さんは帰れそうもありません。私たちは溜息をつき、テーブルの上のお菓子を食べ始めました。最後の晩に会長さんを拉致するなんて、ソルジャーはやっぱりトラブルメーカー…。
夜も更けてきたスイートルームで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が語ってくれた所によると、会長さんが王家の谷で未発見の墓に出くわしたのはシャングリラ号が建造される前のこと。資金作りに埋蔵金を掘っていた時代らしいです。当時は発掘されていない墓が沢山あって、会長さんはそれを目当てに何度も通っていたのだとか。
「あのね、その頃は今みたいに法律が厳しくなかったから…古い物を高く買ってくれる人が沢山いたんだ。あ、でも盗んだわけじゃないよ? お墓の持ち主にきちんと訊いて、持ってっていいって言われた物を貰ってきてた」
「も、持ち主って…?」
まさかファラオのことじゃないよね、と唇を震わせるジョミー君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔で。
「ファラオだよ? でなきゃ王妃様とか偉い人とか…。ぼくは全然ダメなんだけど、ブルーはそういう人と色々お話できちゃうんだ。お坊さんって凄いよね。…サムも出来るようになるかもしれないんでしょ? ブルーが期待してるもん」
ひぃぃっ! ファラオの霊とお話って…心霊特集みたいになってきました。会長さんがサム君には素質があると見込んでいるのはこれですか…。でも、お墓から副葬品を持ち出すのを許してくれるなんて、ファラオって凄く太っ腹かも? そういう話をしていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ファラオがくれたのは壺とかだよ? 黄金や宝石はくれないんだ。でもね、壺でも凄く昔の物だから…とっても高く売れたんだって」
「…おい。壺とかはファラオの生活必需品だろう?」
キース君が首を捻りました。
「死後の世界で生きていた時と同じレベルで暮らせるように、と色々用意をしたと聞いたが…。いくらお経を読んでくれても、手放したんでは困るんじゃないか?」
なるほど。言われてみれば副葬品にはそういう意味があったかもです。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「大丈夫!」と胸を張って。
「壺とかは多めに入ってるから、余ってる分を貰うんだ。それに長い間、拝んでくれる人もいなかった仏様だしね…。お経のお礼にくれちゃうこともあったみたい」
「「「お経?」」」
「うん! ブルーが王家の谷で言ってたでしょ? お経は凄い力を持っている…って。きちんと拝んで礼を尽くせばファラオの呪いも平気らしいよ」
「「「え?」」」
ファラオの呪いも平気って……それじゃ呪いは祟りですか? 心霊現象の強烈なヤツってわけですか? 口々に尋ねる私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒソヒソ声で。
「そうなんだって。ブルーと一緒に来ていた時にね、このお墓はやめておこうって言われたんだ。拝むのに時間がかかりすぎるから面倒だ…って。それを他の国の人が見付けて掘ったらファラオの呪いになっちゃった」
「「「えぇぇっ!?」」」
「シーッ! ブルーも責任感じてるんだし、大きな声を出さないでよお…。あの時に拝んでおけば良かったって後から何度も言ってたもの。ファラオの呪いが止まらないから、最後は拝みに行ったんだもの…」
本当だよ、と語る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真剣でした。そういえば王家の谷で会長さんが「呪いの力は失われている」と言いましたっけ。会長さん自身が関わったのなら、明言するのは当然でしょう。
「うーん、呪いの正体は祟りだなんて…」
呻き声を上げるジョミー君。
「これじゃ発表できないよ。せっかく謎が解けたのにさ…」
「まあ待て。俺たちのサイオンと同じで今は公にできないだけで、遠い未来にはなんとかなるかもしれないぞ」
諦めるな、とキース君がジョミー君の肩を叩きます。キース君もお坊さんとして修行を積んだら、ファラオの呪いを封じられるような力がついたりするんでしょうか? それはそれでちょっと興味があるかも…。サム君はファラオの霊と話せる素質があるそうですし、ジョミー君は会長さんに高僧候補と見込まれてますし……いつか大成した三人と一緒にピラミッドの国を旅したい気が…。
「そうだ! キース先輩たちが高僧になったら、この国を回ってみませんか?」
シロエ君も同じ考えに至ったようです。
「観光旅行とは違う視点で素敵な旅ができそうです。マツカ先輩に頼んでおけば王家の谷で護摩を焚くとか派手なパフォーマンスもできますし! 歴代のファラオを供養する旅。きっと楽しくなるんじゃないかと…」
「あのな、シロエ」
キース君がドスの効いた声で。
「俺たちの宗派は基本的には護摩は焚かない。おかしな夢を勝手に語るな」
「す、すみません、キース先輩…」
ごめんなさい、とシロエ君が頭を下げた所へ…。
「「ただいま」」
パッと姿を現したのは会長さんとソルジャーでした。ソルジャーは楽しそうにしていますけど、会長さんはゲッソリした顔。
「行ってきたよ、王家の谷! あんな墓があるのを黙ってるなんて、ブルーも人が悪いよね」
未盗掘の素晴らしい王墓だった、とソルジャーは右手を差し出しました。
「ほら、これが証拠のスカラベだけど……博物館で見たヤツよりも細工が凝ってると思わないかい?」
黄金と瑠璃色の石で飾られたスカラベは実に見事な逸品でしたが。
「ブルー! あんなに触るなって言ったのに!」
会長さんが激怒した次の瞬間、明かりがフッと消えてしまって真っ暗闇になりました。街の灯もまるで見えません。これってもしかして停電ですか? 市内まるっと大停電に…?
自分の手も見えない闇に包まれ、私たちはパニック寸前でした。サイオンで周囲を見る高等技術は持ってませんし、懐中電灯も無いですし…。と、闇の中から不気味な声が響いてきました。
「…………」
「「「えっ?」」」
それは聞き覚えのない謎の言語で、私たちには意味不明。誰が喋っているのでしょうか? 会長さん? それともソルジャー?
「……………」
再び謎の言葉が響いたかと思うと、聞き慣れた声が。
「王の眠りを妨げる者に死の翼触れるべし。…そう言ってるけど、どうしようか?」
青いサイオンの光を纏った会長さんが闇に浮かび上がり、何処からか取り出した数珠をジャラッと鳴らすと…。
「「「ひぃぃっ!!!」」」
不気味な声がしていた辺りに現れ出たのは白い人影。博物館でさんざん見てきたファラオそっくりの姿です。ファラオが出てきて死の翼って……それって非常にマズイのでは?
「うん、まずい。全部ブルーの責任だけどね」
会長さんがサポートしてくれたらしく、闇の中でも互いの姿が見られるようになりました。お化けが苦手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は丸くなって震えていますし、他のみんなも顔面蒼白。ソルジャーだけが苦笑しながら手の中のスカラベを指差して…。
「ひょっとしてコレがまずかったのかい? ちょっと借りてきただけなんだけどな。みんなに見せたら返しておこうと思っていたのに、死の翼とは大袈裟だねえ」
「君は会話ができないくせに! 借りるにしたって手続きってモノが必要なんだよ。そうでなくても気難しいファラオで、入れて貰うのが精一杯の場所なのにさ…。だからぶるぅにはコブラの巣だって言っといたのに、君がどうしてもってゴネるから!」
二人も入るのは大変なんだ、と会長さんは赤い瞳を燃え上がらせて怒っています。念入りに読経して許可を貰ったらしいのですが、そんな厄介なファラオの墓からスカラベなんぞを持ち出したとはソルジャーも大胆不敵と言うか…。そのソルジャーは肩をすくめてスカラベを眺め、ポイッと放り投げました。
「分かったよ、返せばいいんだろう?」
スカラベはフッと宙で消え失せ、どうやら墓に戻ったようです。それを追ってファラオの影が出て行き、部屋の明かりがパパッと点いて街の灯もすっかり元通りに…。よ、良かったぁ…ファラオが退散してくれて…って、会長さん? その格好はいったい何ごと…?
「王家の谷まで行ってくる。かなり怒らせちゃったからねえ…。いつか発掘隊が入った時にマズイことになると困るから…。ブルー、君も一緒に来て謝りたまえ。正座していれば十分だ」
諸悪の根源は君なんだから、とソルジャーの腕を掴んだ会長さんは緋色の衣を着けていました。瞬間移動で取り寄せてきたみたいです。ついでにお経の本が大量に…。
「お、おい…」
キース君が山と積まれたお経本を見回して。
「大般若法要をやるつもりか? あんた一人で…?」
「仕方ないだろう。手伝いを頼みたい所だけれど、ホントに頑固なファラオなんだ。ブルーは素人だから役に立たないし、お経本はサイオンで操るしかない」
朝までにはちゃんと戻るから、と会長さんはソルジャーを連れて王家の谷へ。えっと…大般若法要って何なのでしょう? 私たちの視線がキース君に集中します。キース君は咳払いをして、お経本が積まれていた辺りを示しました。
「さっきのは大般若経といって六百巻ある。全部読むと絶大な御利益があるというんだが…声に出して読むのはまず無理だ。だから普通は転読する」
「「「テンドク…?」」」
「ああ。作法に則ってパラパラとめくるだけなんだがな、それでも人海戦術に近い。それを一人でやろうだなんて、流石ブルーというべきか…。あいつの正体が銀青様だと知った時には絶望したが、やっと納得できた気がする」
たった一人でファラオの呪いを封じることが出来るんだからな、とキース君は感動していました。そして明け方、帰ってきた会長さんが尊敬の眼差しで迎えられたことは言うまでもありません。えっ、ソルジャーはどうだったかって? 足が痺れたとかで不機嫌でしたけど、自業自得ってこのことですよね。
原因不明の大停電は新聞記事のトップを飾ってしまいました。その新聞を記念に買ってピラミッドの国にさようなら。自家用ジェットでまた快適な空の旅です。
「あーあ、酷い目に遭っちゃった。…一人大般若は疲れるんだよ」
ソファに寝転がった会長さんの手足や背中を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が懸命にマッサージしています。その昔、例のファラオの呪いを鎮めた時も一人で大般若経を転読したのだ、と会長さんは教えてくれました。
「あの時は昨夜より大変だった。ミイラが運び込まれた先でコッソリやらなきゃいけなかったし…。シールドの中でやっていたんだ、誰にも見つからないようにしてね」
「…じゃあ、昨夜はホントに危機一髪? 死の翼って言ってたし…」
有名なファラオの呪いと同じだよね、と尋ねるジョミー君に会長さんはコクリと頷いて。
「そうさ。ファラオが最初に呪うのはブルー。次が旅仲間の君たちだ。…だけどブルーはタイプ・ブルーだから、呪い殺される前にファラオの霊を砕くだろうね。ただし、それをやられるとミイラは粉々、貴重な文化遺産がパアだ。まるく収まってよかったよ、うん」
骨休めに温泉にでも行きたいな…、と伸びをしている会長さん。春休みはまだ残っていますし、温泉の旅も素敵かも。あ、でも…会長さんはソルジャーとしてシャングリラ号に乗らなきゃいけないんでしたっけ。
「うん、アルトさんたちの進路指導をしなくっちゃ。それが済んだら温泉旅行に行ってみようか、ブルーは抜きで。…ファラオの呪いの罰ってヤツだ」
「えぇっ!?」
あんまりだ、と騒ぐソルジャーに同情する人はいませんでした。呪いの巻き添えを食らいそうになったんですから当然です。ピラミッドの国の旅は楽しく幕を閉じ、ソルジャーは会長さんのマンションから自分の世界へ帰りました。私たちは明日から普通の春休み。キース君は月参りとお彼岸の準備に追われる日々の始まりです。温泉旅行は果たして実現するのでしょうか? 行けるといいな、みんなで温泉…。