忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

春休み珍道中  第3話

ピラミッド旅行の後はごくごく普通の春休みでした。元老寺の手伝いに忙しいキース君もたまに抜け出して来て、ドリームワールドにカラオケに…と過ごしている内にシャングリラ号がアルトちゃんとrちゃんを迎えに来たようです。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とフィシスさんを連れて出かけて行ってしまいました。
「んーと…。あの辺だって聞いてたけども、見えないね」
ジョミー君が空を指差したのは会長さんのマンションに近いアルテメシア公園の芝生の上。まだ風は少し冷たいですけど、私たちはシャングリラ号を見送りたくて朝から集まっていたのです。会長さんの話では、アルトちゃんたちを乗せたシャングリラ号は公園の遥か上空を通過していく筈でした。
「…時間は合っているんだがな」
キース君が腕時計を確認して。
「あっちの方からこう横切って行くんだろう? やはり俺たちのサイオンよりもステルス・デバイスが上だってことか。ブルーも運が良ければ見られるとしか言わなかったし…」
「そうですね。ジョミー先輩にも見えないんなら無理っぽいかも…」
シロエ君が残念そうに呟いた時、マツカ君が声を上げました。
「あっ、あそこ! あれじゃないですか?」
青空の遥か高い所を飛んで行くのは間違いなくシャングリラ号でした。普通の人の目にも、人工衛星などからも見えないステルス・デバイスに守られた船。それが見えるのはサイオンを持った仲間だけです。私たちは手を振りたくなる気持ちを押さえて空を見上げていましたが…。
「「「あっ!?」」」
バサバサバサ、と鳩の群れが舞い、シャングリラ号を隠してしまって…降って来たのは会長さんの苦笑交じりの思念の声。
『見送ってくれるのは嬉しいけどね、何もない空を見ている団体というのは間抜けだよ? 鳩に餌でもやりたまえ。向こうのベンチでお爺さんが注目しているようだ』
「「「え?」」」
ベンチを振り返ると犬を連れたお爺さんが不審そうに私たちを見詰めています。ううっ、私たちUFOでも探してるように見えたんでしょうか? 空を仰ぐとシャングリラ号はもうありません。仕方なく買ってきていた菓子パンを鳩に食べさせ、お爺さんが立ち去ってからトボトボと歩き始める私たち。
「…行っちゃったね…」
ジョミー君が寂しそうに言い、サム君が。
「俺たちも行きたかったのになあ…。新しい仲間の進路相談の時は正規の乗組員しか乗れないだなんて」
「仕方ないわよ、アルトちゃんたちの大事な相談会だもの」
部外者はご遠慮下さいってヤツね、とスウェナちゃんが肩を竦めました。
「それより、シャングリラ号が帰って来たら温泉旅行よ! 会長さんお薦めの温泉宿って楽しみじゃない?」
「ああ。あのブルーが何度も泊まりに行くんだろう? なかなかに期待できそうだ」
キース君に言われるまでもなく、温泉旅行は楽しみでした。ソルジャーはファラオの呪いを発動させかかった罰で参加を断られてしまいましたし、今度こそ平穏な旅と温泉ライフを満喫です。出発の日はシャングリラ号が帰還してから二日おいて、という予定。会長さんにもソルジャーとしての用事が色々あるのでしょう。

シャングリラ号での進路相談会は2泊3日の計画通りに終了しました。会長さんから「帰って来たよ」とメールがあって、温泉旅行も確定に。当日の朝、私たちはワクワクしながらアルテメシア駅の改札前に行ったのですが…。
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
リュックを背負った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に手を振っています。
「みんな、お弁当は買ってきた? まだだったら早く買ってきてね。はい、切符」
全員の切符を配ってくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと駅弁を持っていました。私たちも買いに行きましたけど、会長さんはどこでしょう? 駅弁売り場には見当たりません。改札前に戻って来ても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っているだけ。
「お弁当、買えた? じゃあ、ついて来てね。こっちだよ」
先頭に立って改札をくぐる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行かれた先にはお座敷列車が停まっていました。温泉気分を盛り上げるために貸し切り予約をしてあるのだ、と会長さんから聞いていますが、でも、肝心の会長さんは…?
「ブルー、後から来るんだって。大事な用事が出来たから…って」
許してあげて、と頭を下げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えっ、そんな…。用事なら仕方ないですよ」
マツカ君が優しく微笑み、キース君が。
「すまんな、それで切符を届けて引率までしてくれたのか…。ぶるぅ、子供は気を遣わなくていいんだぞ? ほら、座れ。ちょっと早いが昼飯にしよう。…で、シャングリラ号は楽しかったか?」
「うん!」
嬉しそうにお弁当を広げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちも駅弁の包みを開けて、話題は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が体験してきたシャングリラ号での三日間。
「あのね、ハーレイと公園で鬼ごっこして遊んだんだよ。何回もポーンって投げてもらえて楽しかったぁ!」
教頭先生は約束をきちんと守ったようです。その現場をぜひ見たかった、と悔しがっていると…。
「ハーレイってやっぱり人気なんだね」
なんでだろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げました。えっ、野次馬根性は人気にカウントされますか? …それに「やっぱり」ってどういう意味? なんだか話が噛み合ってません。
「おい、ぶるぅ」
聞き咎めたのはキース君でした。
「人気って…なんだ? アルトさんたちが何かやらかしたのか、シャングリラ号で?」
「うん…。ブルーがちょっと自信喪失」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんが自信喪失って、いったい何が…? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は海老フライを一口齧って。
「ブルーのソルジャー服は学園祭で見せびらかすから、アルトさんたちも知ってるよね。だけどハーレイの船長服は一度も見せていないでしょ? アルトさんたち、ブリッジでハーレイを見てキャーキャー騒ぎ出しちゃって…。それでブルーが自信喪失」
アルトちゃんたちは教頭先生と記念写真を撮りたがったらしいです。会長さんのソルジャー服は学園祭で撮り放題ですし、ツーショットを頼んでいるのも目撃しました。でも教頭先生の船長服はシャングリラ号での限定品。それを撮りたいアルトちゃんたちの気持ちも分からないではありませんけど…。
「あいつが自信喪失とはな…」
見てみたかった気がするぜ、とキース君が意地悪な笑みを浮かべています。アルトちゃんたちの進路相談会は会長さんにとってはドツボな結果に終わったのかも。それもたまにはいい薬だと思いましたが…。
「ブルー、温泉で憂さ晴らしするって言ってたよ」
「「「!!!」」」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に私たちは固まりました。キース君の顔も笑みの形で凍っていたり…。温泉で骨休めだと聞いていたから大喜びでやって来たのに、憂さ晴らしって何ですか? 私たち、無事に帰れますか~? 泣きそうな気分を乗せたお座敷列車が駅のホームに滑り込みます。もう後戻りはできません。会長さんが来るまでの間に温泉だけでも楽しみますか…。

会長さんお薦めの温泉宿は駅から迎えのマイクロバスに乗って山道を走った先でした。いわゆる秘湯というヤツですけど、建物はとても立派です。知る人ぞ知る高級旅館で料理も定評があるのだとか。会長さんの定宿の一つで、そのコネで今日は貸し切りになっていました。
「かみお~ん♪ また来たよ!」
玄関で迎えてくれた女将と握手している「そるじゃぁ・ぶるぅ」。女将は私たちにも愛想よく挨拶してくれて…。
「いらっしゃいませ。ブルー様はお連れの方と後からお越しになるんですって?」
「「「はぁ!?」」」
その瞬間、私たちは目が点になっていたと思います。お連れの方って……それって誰?
「フィシス様かと思いましたら、担任の先生でらっしゃるとか。皆様も学校のお友達だと伺ってますし、クラブか何かの旅行ですの?」
いいですわねえ、と笑顔の女将に私たちは返す言葉がありませんでした。頭の中は既に真っ白。シャングリラ号で教頭先生にお株を奪われた会長さんの復讐劇が温泉で…? 風情のある部屋に案内されて荷物を置いても心は此処に在らずです。誰からともなく集まった先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が泊まる部屋。
「…考えてみたら最初からおかしかったんだ」
部屋付きの露天風呂を見遣ってキース君がチッと舌打ちしました。
「いくらコネがあるといっても宿を貸し切るには金が要る。おまけにお座敷列車も貸し切りときた。かかる費用は半端じゃないぞ。…あのドケチが金を払うからには裏があるってことを読むべきだった」
「「「………」」」
誰も反論できません。会長さんはソルジャーとして高額な収入を得ているくせに、打ち上げパーティーの費用を教頭先生から巻き上げてみたり、旅の費用をマツカ君に丸投げしたりとケチなのでした。その会長さんが私たちを温泉旅行に招待だなんて、「タダより高いものはない」の典型であっても不思議はなくて…。
「ぶるぅ、お前、口止めされていたのか? 教頭先生が来るというのを」
キース君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「えっとね、ブルー、最初はハーレイを呼んでオモチャにするって言ってたんだよ。…だけど、シャングリラ号から帰って来てから仕返しだって言い出して…。なんだったっけ、コンゼンリョコウだったっけ…?」
「「「婚前旅行!?」」」
あまりにも不穏な言葉に頭を抱える私たち。会長さんの憂さ晴らしって、またまたアヤシイ何かですか? 十八歳未満お断りの大人の世界が炸裂ですか…?
『それで正解』
響いてきたのは会長さんの思念波でした。
『今からハーレイと電車に乗るんだ。夕食までにはそっちに着くから、温泉でゆっくりしておいで。でね…』
会長さんは一方的に指示を下すと思念波を切ってしまいました。何も知らない教頭先生と仲良く電車に乗ったのでしょう。二人きりで婚前旅行だと世にも恐ろしい大嘘をついて。
「…ぼくたち、ホントにやらなきゃダメ…?」
ジョミー君の声には泣きが入っていました。
「逆らったら後が怖いと思うぞ。正直、俺もやりたくはないが…」
キース君も深くめり込み、サム君はすっかり傷心モード。
「…ブルーが婚前旅行だなんて…。嘘だってのは分かってるけど、分かってるけど…。なんで教頭先生なんだよ!」
私たちの心はズタボロでした。この温泉は傷によく効くらしいのですけど、心の傷にも有効でしょうか? いえ、今の心の傷が癒えても、会長さんが到着したら傷は再びザックリと…。
「かみお~ん♪ お風呂、行こうよ! 大浴場の露天風呂って景色がよくて最高なんだ♪」
婚前旅行の意味も知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウキウキ浴衣を用意しています。
「風呂に入るか…。あいつが来たら俺たちに自由はないからな」
キース君が立ち上がり、私たちもそれに続きました。鬼の居ぬ間に何とやら。せっかくここまで来たんですから、温泉くらいは堪能しないと~!

ドン底気分で入ったものの、温泉は滑らかないいお湯でした。浴衣に着替えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻り、お饅頭や持ってきたお菓子を食べている内に時間は過ぎて……日がとっぷりと暮れてきた頃。
『今、着いた。タイミングは合図するから宜しくね。部屋は君たちの続きなんだ』
会長さんからの思念が届き、廊下を移動する微かな音が。一番奥の部屋に向かうようです。館内案内図で確認すると他の部屋とは間取りが違う特別室らしき大きな部屋。サム君はもう涙目です。
「ブルー、教頭先生と何してるんだろ…。婚前旅行だって言ったからにはキスしたりとか…」
『どうだろうね? 来て確かめてみればいい』
頼んだとおりにやるんだよ、と会長さんの思念が囁きました。私たちは肩を落として部屋を出ようとしたのですが。
『ダメダメ、それじゃお通夜みたいだ。もっと明るく、にこやかでないと』
ぶるぅの顔を見習いたまえ、と言われてみれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。会長さんが来たのが嬉しいのでしょう。三百歳を越えてはいても中身は小さな子供ですから、私たちを引率してくるのは心細かったかもしれません。よし、お手本はこの笑顔! 備え付けの鏡を覗いた私たちは互いに頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして会長さんたちの部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪」
入口の扉をカラリと開けて中へ入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が襖を大きく開け放ちます。そこには会長さんと教頭先生が並んで座っていましたけれど、二人の脇には浴衣があって…。
「ぶるぅ!?」
ギョッとした顔の教頭先生。続いて登場した私たちの姿に呆然と口を開けていますが…。
「「「婚前旅行、おめでとうございます!」」」
私たちは控えの間にきちんと正座し、一斉に頭を下げました。何が悲しくてこんな台詞を口にしなくちゃいけないんでしょう? 会長さんが満足そうに頷き、教頭先生の肩を叩いて。
「ほら、ハーレイ。みんなが祝福してくれてるよ。…君には内緒にしてたんだけど、彼らは立会人なんだ。ハーレイと結婚したら本当に幸せになれるのかどうか、正直、ぼくには自信がない。だから婚前旅行で相性を試そうと思ってさ…。で、第三者にも冷静な目で君を採点して貰おうと」
「……採点……?」
教頭先生の掠れた声をサラッと無視した会長さんは、自分の旅行鞄の中から大きな封筒を取り出しました。
「はい、ぶるぅ。みんなに1つずつ配ってあげて」
「オッケー!」
封筒の中身はクリップボードに留め付けられた会長さん自作の採点表とボールペン。それが全員に行き渡った所で会長さんが教頭先生の手を取って…。
「じゃあ、まずはお風呂に入ろうか。部屋付きの露天風呂っていいよね、二人きりで寛いで入れるし」
「ま、待ってくれ、ブルー! 二人きりって……そこの子たちは?」
正座したままの私たちの手にはクリップボードとボールペン。会長さんは喉をクッと鳴らして。
「立会人だって言っただろう? もう採点は始まってるよ。気にしていないで入ろう、ハーレイ」
セーターとシャツを脱ぎ捨てた会長さんが浴衣を羽織り、露天風呂の方に歩いていきます。浴槽の側で浴衣とズボンを床に落とすと、残ったものは黒白縞のトランクス。いえ、多分いつぞやのHURLEY製だとかいうサーフパンツだと思うのですが、とにかくそれしか着けていません。
「…お先に、ハーレイ」
サイオンで舞い上がらせた浴衣をカーテン代わりに黒白縞を脱ぎ、かかり湯をした会長さんは露天風呂にトプンと浸かりました。採点表には『お風呂』の項目が一番最初に書かれています。会長さんへの気遣いはどうか…だの、入浴マナーは合格か…だのと。会長さんが誘っているのに応じなかった教頭先生。これは気遣いゼロでしょうか?
「1個目のとこ…。マイナスかな?」
ジョミー君がボールペンをクルリと回し、サム君が。
「どう考えてもマイナスだぜ!」
ふむ、と私たちは気遣いポイントのマイナスの欄に揃ってチェックを入れました。焦ったのは教頭先生です。
「おい、本当に採点するのか? どういう基準になっているんだ?」
「プラスとマイナス、どちらともいえない……の三項目です」
キース君が始めた説明は会長さんの指示どおり。やりたくないと言ってはいても、やると決めたら揺るがないのがキース君の強さでした。
「今のマイナス評価は入浴前のブルーに対する気遣いについて。…旅が終わってプラスの評価が多かった場合、結婚を前提としたお付き合いになると聞いています。具体的な数値で言えば、全員の評価を集計した上で八割を超えた場合です。それ以下の時は残念ながら、結婚の話は無かった事に…」
「無かった事になるというのか!?」
血相を変えた教頭先生はキース君の返事も待たずに走って行ってしまいました。着ていた服と紅白縞のトランクスを大急ぎで脱ぎ、かかり湯も忘れて湯船の中へ。会長さんのゲンナリした顔を見るまでもなく入浴マナーはマイナスです。…えっと、この調子でずっと採点ですか? お風呂に食事に……『床入り』だなんて書かれてますけど、床入りっていったい何なんですか~!

高級旅館での豪華な夕食。浴衣に着替えた会長さんと教頭先生の部屋に私たちの分も運ばれ、食事中にもしっかり採点。会長さんは挨拶に来た女将にぬかりなく…。
「実はゲームをしてるんだ。ぼくの先生の成績表をつけてるところ。…この宿は改めて評価するまでもなく最高だしね。今日の料理も美味しいよ」
「まあ、ありがとうございます。ごゆっくりなさって下さいませね」
深くお辞儀して出て行く女将。採点表は仲居さんが見ていましたから、女将も心配だったでしょう。宿の評価じゃないのか…って。この気配りは流石ですけど、教頭先生への気遣いなんかは限りなくゼロな会長さん。食事が終わり、奥の部屋に二組の布団が敷かれたのを見て悪戯っぽく微笑みながら。
「ここから先が重要なんだ。床入りって書いてあるだろう? 結婚生活において夜の営みは必要不可欠。しっかり採点してくれたまえ。…とはいえ、君たちには理解しにくいだろうし、簡単な方法にしておいた。そこだけ○か×かになってる」
「「「………」」」
床入りの項目は確かに○×式でした。非常に分かりやすいんですけど、問題はこの書かれ方です。『合体は成功したか』に○か×かで答えるってことは、私たち、見てなきゃダメなんでしょうか。合体って…合体って…あまりにも直接的だと思うんですけど~! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいるというのに、シールドに入れとも言われません。
『当然だろう。採点係の視線に意味がある。見えないギャラリーじゃダメなのさ』
思念波を送ってきた会長さんは教頭先生に肩を寄せて…。
「ハーレイ、床入りの時間だよ。ぼくを楽しませてくれるんだろう? 婚前旅行に来たんだものねえ」
「…い、いや、私は……。それにぶるぅとその子たちが…!」
真っ青になった教頭先生を意にも介さず、会長さんは布団の上に座りました。
「採点係は必要なんだよ。それに評価は○×式だ。君のテクニックは問われない。ぼくとの合体に成功すれば○、失敗すれば×がつく。…もちろんチャレンジしなければ×さ。どうする、ハーレイ?」
「…………」
教頭先生は気の毒なほど脂汗を流し、拳を握り締めたり浴衣の袖で汗を拭ったり。会長さんは布団に身体を横たえ、誘うように浴衣の胸元をはだけてみたりしていましたが…。
「…すまん、ブルー…」
声を絞り出した教頭先生がガバッと畳に土下座しました。
「すまん、私には出来そうもない。お前に恥をかかせてもいかんし、始める前にやめておく。ここの評価が×になったら総合評価で八割超えは無理なのだろうが……こんなに大勢が見ていたのではどうにもこうにもならんのだ!」
「…やっとヘタレを認めたか…」
身体を起こした会長さんが冷たい視線を向けています。
「それでいいんだよ、分相応って言葉があるだろ? 婚前旅行なんて千年早い。これは最初から罠なんだ。ぼくの見せ場を奪った罰さ」
「…見せ場…?」
「そう、見せ場。シャングリラ号でアルトさんたちに船長服を絶賛されていただろう? 撮影に応じられないからって、地球で撮った写真を渡していたっけね。クルーの交流会で写したヤツをさ。…ソルジャーのぼくを差し置いて目立とうだなんて、どう考えても厚かましいよ!」
それは完全に八つ当たりでした。なのに教頭先生はオロオロと謝り、会長さんの機嫌を取ろうと必死に努力しています。無駄じゃないか、と私たちがウンザリ気分でいると…。
「…いいお湯だねえ」
リラックスしきった声が露天風呂の方から聞こえてきました。ギョッとして視線を向けると同時に間の襖がカラリと開いて。
「お邪魔してるよ」
露天風呂の縁に腕をもたせかけ、白い顔がこちらを見ています。銀色の髪に赤い瞳の会長さんのソックリさんが湯煙の中にゆったりと…。
「温泉くらい入らせてもらっていいだろう? ぼくの出番もありそうだしね。…ハーレイ、ぼくは恥をかいても気にしないから君の評価に協力しよう」
言い終えるなりソルジャーはザバッと湯船から上がり、タオルだけを腰に巻いた姿でスタスタと部屋に入ってきました。滴っていたお湯はサイオンで瞬時に乾いたようです。唖然としている教頭先生の前を横切り、ソルジャーは会長さんの腕を引っ張って…。
「交代するよ。君も採点に回るといい。…君のハーレイの素質を見極めるチャンスじゃないかと思うけどな。さあ、ハーレイ……二人で朝まで頑張ってみよう。一度くらいは○がつくかもしれないだろう? …来て」
ねえ? と布団に横たわったソルジャーの肌は温泉で温まってほんのり桜色。腰のタオルはバスタオルならぬ宿の小さなタオルです。教頭先生がウッと短く呻いて鼻からツーッと赤い筋が。そしてそのままドターン! と仰向けに倒れ、二度と復活しませんでした。

「…ダメだね、あれは。まだまだ修行が必要と見た」
浴衣姿のソルジャーが私たちのクリップボードを集めて×印をせっせと書き込んでいます。
「婚前旅行だなんて楽しそうなことをやり始めたから、進展するかと思ったら……触りもせずに失神か。もっと鍛えてやらなくちゃ」
「余計なことはしなくていいっ!」
柳眉を吊り上げる会長さんにソルジャーはクスッと笑みを零して。
「じゃあ、温泉と豪華な食事。宿の情報は操作するから、ぼくも逗留させて欲しいな。君たちは1泊で帰るんだろう? ぼくは君のふりをして暫く滞在させてもらうよ、ぶるぅも呼んで三日間ほど。今は安全な時期だからね」
「…うぅ…。その条件を飲まなかったら?」
「そこのハーレイをぼくの世界に連れて帰って三日間ほど強化合宿。…どっちがいい?」
会長さんの答えは聞くまでもありませんでした。温泉三昧の権利を手に入れたソルジャーは上機嫌で帰ってしまい、会長さんは不機嫌です。教頭先生に仕返しするという目的は達成しましたけれど、ソルジャーと「ぶるぅ」の宿泊料で大事なお金が飛ぶんですから。
「…それ、教頭先生に払ってもらえばいいんじゃないの?」
とんでもないことを口にしたのはジョミー君でした。
「教頭先生、貯金が沢山あるんでしょ? ブルーのためなら喜んで払うと思うんだけどな」
あぁぁ。特別生として一年間を過ごす間にジョミー君もすっかり会長さんの流儀に馴染んだようです。いえ、私だってチラッとそんな考えが…。素晴らしい提案に会長さんの顔が輝きました。
「凄いよ、ジョミー。その手でいけば全部ハーレイに丸投げできる。…婚前旅行が大失敗で恥をかかされちゃったんだからね。ハーレイの評価はどうなってる?」
採点表をチェックした会長さんは満足そうに頷いて。
「よし、どう転んでも挽回できない点数だ。結婚の話はもちろん無しだし、こういう場合は慰謝料を請求しても許されるよね。旅行費用と慰謝料と…。ふふ、アルトさんたちの歓迎会の費用を出しても十分お釣りが…」
「「「アルトさん!?」」」
私たちの声が重なりました。歓迎会っていうことは…アルトちゃんたちはシャングリラ学園に特別生として来るのでしょうか? それとも仲間としての歓迎会?
「特別生だよ。君たちと同じ1年生。ああ、でも…ぼくの大事なレディーたちだし、君たちとは区別しなくっちゃ。品性下劣だと思われるのはぼくだって御免蒙りたい」
「ちょ、誰が品性下劣だって!?」
全部あんたのせいだろう、とキース君が食ってかかります。サム君が会長さんの弁護に回り、シロエ君がキース君の肩を持ち…それから後はすったもんだの大騒ぎ。倒れたままの教頭先生、これでも意識が戻りません。まあ、気付いたら最後、物凄い額のお金を要求されて目の玉が飛び出ることでしょうから、朝まで倒れていた方が…。ひとしきり口論が続いた後で会長さんがコホンと咳払い。
「この件は横に置いといて…。もうすぐ三度目の1年生になるわけだけど、これから先もぼくに付き合ってくれるかい? 悪戯しても友達がいなきゃ張り合いがない。それとも嫌になったかな、ぼくが…?」
だったら好きにしていいよ、と視線を逸らす会長さん。その横顔は少し寂しそうに見え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配そうに私たちの顔を見ています。えっと…散々な目に遭わされ続けて、明日の朝には教頭先生を酷い目に遭わせる片棒を担ぐわけですけども、会長さんたちと過ごした日々は楽しい思い出に溢れていました。きっとこの先もドキドキワクワクするようなことが…。
「ブルー! 俺、絶対ブルーについていくから!」
サム君の力強い宣言に釣られるように私も右手を上げていました。俺も、ぼくも、と賛成の声が重なります。特別生も4月になったら二年目で……それでもやっぱり1年生で。不思議一杯のシャングリラ学園、まだまだ奥が深そうです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっついていけば新しいことが分かるかな? 分かるといいな、色々なこと。シャングリラ学園、また来年度もよろしくです~!




PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]