シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
海の別荘へ行きたい一心で棚経をクリアしたジョミー君。サム君の方は「いい勉強と修行になった」と思っているようですが、ジョミー君は「また坊主に一歩近づいてしまった」と悲しんでいる様子です。とっくの昔に僧籍のくせに、今更何を言ってるんだか…。そんな二人がお盆の行事を全てこなして、今日は休養日。
「二人とも、よく頑張ったね。お蔭で恥をかかずに済んだよ」
弟子の不始末は師僧の責任になるんだから、と会長さん。元老寺でのお盆の最大の行事、施餓鬼会とやらには会長さんもお目付け役で出掛けたという話でした。もちろん高僧の証の緋色の衣を纏って、です。会長さんの登場で法要の格が上がったとアドス和尚は非常に喜んでいたそうで…。
「要らないよって言ったのにさ、どうしても受け取ってくれって渡されちゃって…。どうする、これ?」
私たちは会長さんの家に遊びに来ていました。明日からマツカ君の海の別荘に出発ですけど、その前の打ち合わせのようなものです。会長さんがテーブルの上に出してきたのは熨斗袋でした。
「けっこう入っているんだよ。…だけど別荘でかかる費用はマツカが出すと言ってくれてるし、普段に遊ぶ費用はハーレイから巻き上げてなんぼって所があるからねえ…」
「巻き上げなければいいじゃないか」
それが一番、とキース君。
「あんた、教頭先生には御迷惑を掛けっ放しだろう。その金は次の打ち上げパーティーにでも使うんだな」
「普通に考えればそうだろうけど、ハーレイの場合は違うんだよ。ぼくに貢ぐのが生甲斐になってる部分があってさ。…嘘だと思うなら試してみようか?」
会長さんは携帯を取り出し、教頭先生を呼び出して。
「もしもし、ハーレイ? ちょっと聞きたいことがあるんだ。明日からマツカの海の別荘に行くんだけれど、一緒に行く?」
「「「えぇっ!?」」」
なんでそういう展開に? 貢ぐかどうかを訊くのが目的だったんでは…? けれど会長さんは私たちにパチンとウインクしてみせて。
「あ、そう。…忙しいんなら仕方ないね。えっ、一日で片付ける? でもって残りは代理を立てる…? そりゃあ、来てくれるのは嬉しいけれど…。でも、代理を頼んでスカンピンになった君じゃ全く意味が無いんだよね」
へ? 代理だのスカンピンだのって、どういう意味? 顔を見合わせている私たちを他所に、会長さんは。
「高くついても構わないって? じゃあ、楽しみにしてるから。…っていうのは冗談、臨時収入が入ったんだよ。え? ええっ? …ちょっと待ってて」
そこで会長さんが私たちの方へ視線を向けて。
「ほらね、財布代わりにされると分かっていても一緒に来たいのが証明されたと思うけど? 臨時収入があったと言ったらショックを受けてる。今年は呼んで貰えないのか…って。自己負担でも構わないから行きたいらしいよ。…どうかな、マツカ?」
「教頭先生も一緒にですか? ぼくは構いませんけれど…。もちろん費用は頂きません」
「それは嬉しいね。ハーレイを呼ぶ気は全然無かったんだけど…。来たなら来たで楽しいだろうし、よろしく頼むよ。…あ、ハーレイ? マツカがどうぞ来て下さい、って。費用もマツカが出してくれる。持つべきものは出来る弟子だね。心から感謝しておきたまえ」
集合場所とかは後でメールする、と告げて会長さんは電話を切りました。なんと、教頭先生も一緒に海の別荘へお出掛けですか! まあ、毎年おいでになってますから、特に問題ありませんけど。
「…というわけで、ハーレイも参加するってさ。今から仕事を大車輪だね、何処まで出来るか知らないけどさ」
クスクス笑う会長さんに、キース君が。
「おい、代理を立てるとかいうのは何だ? 代理を頼むとスカンピンだとか言っていたな」
「あれっ、前に話さなかったっけ? ウチの学校の教職員は全員がサイオンを持っているから、仕事の引き継ぎも代理を引き受けるのも朝飯前だ…って。ハーレイの仕事が今日中に終わらなかったら、残った仕事は代理を募集するんだよ」
言われてみれば聞いた気もします。確か代理で仕事をすれば特別手当が入るとか…。
「そう、そのシステムのことを言ってるのさ。特別手当は学校の方から出るんだけれど、予め届け出がしてあった時は学校が全額を負担。今のハーレイみたいに急遽募集ということになると、頼んだ方も自己負担をする決まりでねえ…。最近の比率は何割になっているのかな? とにかく負担はゼロにはならない」
「「「………」」」
教頭先生、自腹を切って代理を雇ってでも会長さんと海の別荘ですか…。なんとも見上げた心意気です。会長さんがアドス和尚から貰ったお金で払ってあげればいいのでは?
「うーん…。このお金でハーレイをオモチャに雇うって? それはちょっと…。もう少し、こう…。いい使い道っていうのは無いかな?」
せっかく御礼に貰ったんだし、と熨斗袋を見詰める会長さん。そこへ…。
「ぼくが使ってあげようか?」
「「「!!?」」」
紫のマントがフワリと翻り、現れたのはソルジャーでした。暫く姿を見なかったのに、このタイミングで来るなんて~!
教頭先生の参加に加えてソルジャー出現。驚きの連続で声も出せない私たちには目もくれないで、ソルジャーは熨斗袋を手に取ると。
「ひい、ふう、みい…。思った以上に入っているね。キースのお父さんは気前がいい」
「それが相場だよ! 勝手に数えないで貰おうか」
会長さんが叫び、ソルジャーが。
「開けてないからいいじゃないか。…これが相場って、お坊さんという職業は儲かるわけ? 君は座ってただけだろう? それもたったの半日だけだ」
「…言いたくないけど、坊主丸儲けって言葉ならある。そしてぼくが自分から参加したというんでなければ、法要に出た御礼として頂ける金額の相場がそれなわけ。坊主の場合は御礼じゃなくて御布施だけどさ」
「ふうん…。坊主丸儲けねえ…。そんなに儲かる職業を嫌がるなんて、ジョミーの気持ちが分からないや。…それはともかく、このお金。いい使い道を探してるんなら出資してよ」
「出資?」
怪訝そうな顔の会長さん。私たちも訳が分かりません。ソルジャーの世界と私たちの世界は違いますから、こちらのお金を持ち帰っても役に立たないと思うのですが…。
「分からないかな、ぼくも海の別荘に行きたいんだよね。それにハーレイも、ぶるぅも行きたがっている。三人揃って休暇を取るために根回ししていて今日までかかった。このお金で三人分の旅費が出せるだろう?」
「と、とんでもない!」
声を上げたのはマツカ君です。
「費用なんか頂けません! ぼくの両親はぼくに友達が大勢出来たことを本当に喜んでいますから……お金は頂けないんです。休暇が取れたと仰るのなら、是非、皆さんでいらして下さい」
「本当かい? それは嬉しいな。喜んでお邪魔させて頂くよ。…突然のお願いですまないね。でも、ほら、ぼくの世界は色々と問題が山積みなものだから…。計画通りに事が運ぶかは直前になるまで分からないんだ」
「そんなこと、お気になさらなくても…。じゃあ、教頭先生も入れて四人追加でいいんですね」
マツカ君は執事さんに電話をかけるとテキパキと指示。別荘行きの面子がアッと言う間に四人も増えてしまいました。賑やかなのはいいことですけど、波乱の予感がするような…。
「えっ、波乱?」
ソルジャーが私たちを見回した所を見ると、誰もが私と同じ考えだったみたいです。海の別荘行きは毎年騒ぎになっていますし、去年なんかはキャプテンが一人旅に挑戦したばかりに要らない知識まで仕入れちゃって…。
「そういえば鏡張りの部屋は去年だったね」
あのラブホテルは最高だった、と頷くソルジャー。鏡張りとは電車を乗り間違えたキャプテンが何も知らずに泊まってしまったラブホテルにあった部屋のこと。それをソルジャーが気に入ってしまい、その後もキャプテンと何度か泊まっているのです。
「鏡張りねえ…。今のぼくたちには刺激は特に必要ないけど、あの頃はぼくも必死に頑張ってたっけ。なにしろハーレイがヘタレだったし、おまけにマンネリ。それに比べて今は天国!」
だから波乱はお断り、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「一生満足させてみせます、って叫んだハーレイの言葉はダテじゃなかった。ぼくだって家出して来ないだろ? 本当に至極円満なんだよ、こんなに幸せでいいのかな…って思うくらいに」
「分かった、分かった」
ノロケはもういい、と会長さんがソルジャーを遮って。
「幸せ気分を振り撒きたいのは分かるんだけどね、この子たちが万年十八歳未満お断りな事実は忘れないように。別荘でも露骨にイチャイチャしてたら叩き出すよ?」
「それは困るなぁ。…大人しくするよう努力してみるよ、休暇をもぎ取った以上はね。…あ、マツカ。ぼくとハーレイはダブルベッドの部屋でお願いしたいな」
それじゃよろしく、と言い残してソルジャーはフッと姿を消したのですけど。
「「「…来ちゃったよ…」」」
ガックリと肩を落とすジョミー君にサム君。会長さんやキース君たちも思い切り脱力しています。思えば棚経の練習が始まって以来、ソルジャーのことは忘れていました。そのツケが今頃来たのでしょうか? いえ、ツケでなくても海の別荘にはソルジャーの姿が付き物でしたが…。
「……このお金……」
会長さんが疲れた口調で。
「漁船でもチャーターして海釣りに行く? 一般人が操舵している船の上ならブルーも静かだと思うんだ」
「なるほどな…」
名案かもしれない、とキース君。
「波乱はお断りだと言ってはいたが、バカップルも大概迷惑だ。一日くらいは休養したい。いや、丸一日も船の上では疲れるか…。その辺は適当に考えるとして、一般人つきの漁船は使えるんじゃないか?」
「だよね、サイオンで誤魔化し可能と言っても、誤魔化しながらのバカップルだと気分もイマイチ乗らないだろうし…。よし、このお金でぼくたちの心の平穏を買おう。…頼めるかい、マツカ?」
そう問い掛けた会長さんに、マツカ君は。
「漁船をチャーターするんですね? その費用も出させて頂きます、と言いたい所ですけれど…。分かりました、漁協の方に問い合わせをさせておきますよ。ぼくは釣りには詳しくないので、楽しめそうな釣り場とかを」
「悪いね、急に色々と…。そうだ、釣りなら夜がいいかな」
夜釣りに行けば夜の時間を削れるから、とニヤリと笑う会長さん。
「ブルーの行動が怪しくなるのは主に夜だし、ついて来ないなら放っておいて遊べるしさ。…うん、夜釣りで」
「夜釣りですね。その方向で調べさせておきます」
任せて下さい、と答えるマツカ君が神様のように見えました。ソルジャーの動きを封じてしまうか、あるいは放ってトンズラするか。どちらにしても夜釣りは大いに期待出来ます。会長さんがアドス和尚に貰ったお金で夜の平和をゲットですよ~!
翌朝、海の別荘へ出掛ける面子がアルテメシア駅の中央改札前に集合。ソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」の姿も当然のように…。ソルジャーたちの服は私たちの世界の夏物です。また会長さんたちに借りたのでしょうか?
「やあ、おはよう。…この服かい? ノルディに貰ったお小遣いで買ったんだけど」
「「「………」」」
悪びれもせずに答えるソルジャー。えっと、最近はキャプテンとの仲が良好で家出の必要も無くなったと聞いてましたが、エロドクターは別格ですか? 会長さんも額を押さえています。
「え、だって。こっちの世界は魅力的だし、なんと言っても本物の地球! 暇が出来たら息抜きを兼ねて遊びに来るんだ。自然の中で過ごす分にはタダだけれども、店に入るにはお金が必要。…お金とくればノルディに頼むのが一番だよね」
気前が良くてお金持ち、とソルジャーは至極御機嫌です。エロドクターは遊び人だけに、ソルジャーに今もせっせと貢ぎ続けているらしく…。
「ぼくはハーレイで満足してるから出番は無いよ、って言ってるのにさ。たまに顔を見せて一緒に飲んだり、ランチやディナーに付き合うだけでポンとお金をくれるわけ」
「…まだやってるとは知らなかったよ。君のハーレイはそれでいいわけ?」
呆れた口調の会長さんに、キャプテンが。
「ブルーは日頃からソルジャーとして戦い続けているわけですし…。気分転換に出掛けたくなるのは自然なことです。こちらの世界でフォローして下さる方がおいでだと私も安心です」
「君のブルーと挙式しようとした男だけどねえ? まあ、君たちがそれでいいなら、ぼくからは何も言わないけどさ」
好きにしたまえ、と大袈裟な溜息をついた会長さんは、私たちに。
「さて、駅弁を買いに行こうか。ハーレイ、今年も買ってくれるよね?」
「もちろんだ。…ただ、そのぅ……。なんだ、安い弁当を選んでくれると嬉しいのだが」
教頭先生のお仕事は昨日一日では片付かなかったみたいです。代理の人を頼んだ費用がお高くついてしまったのでしょう。けれど会長さんが情状酌量する筈も無く、駅弁の売り場で受け取ったのは予約してあった高級料亭の特製弁当。私たちはサンドイッチや格安のお弁当を買いましたけど、これじゃ焼石に水ですよねえ…。
「そうか、こっちのハーレイは金欠なのか」
貸し切りの車両の中でソルジャーがクスクス笑っています。そのソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」の三人が食べているのは、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買ったのと同じ特製弁当だったりして…。
「此処のお弁当は美味しいよねえ、本当に。ハーレイが金欠だって分かっていたら、余分に予約をしてあげたのにさ。…ぼくの幸せの恩返しに」
「い、いえ、それは気にして頂かなくても…!」
謹んで遠慮させて頂きます、と教頭先生は耳まで真っ赤になっていました。ソルジャーが『恩返し強化月間』と銘打って来ていた時のあれやこれやを思い出してしまった様子です。行きの電車からしてこの調子では、別荘に着いたらどうなるのやら…。夜釣りで逃亡するにしたって、毎日毎晩海の上では落ち着きませんよ~。
電車の窓から青い海が見え始め、やがて停まった海の別荘の最寄り駅。迎えのマイクロバスに乗り込み、お馴染みの別荘に到着すると。
「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」
此処でも執事さんがお出迎えです。使用人さんたちが荷物を運んでくれて、割り当てられたゲストルームへ。お天気がいいですから、早速ひと泳ぎするべく水着に着替えて玄関前に集合で…。
「かみお~ん♪ この水着、持って来ちゃった!」
浮き輪を抱えて飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」が着ている水着は明らかに女子用でショッキングピンク。そこに金銀ラメで派手な模様が入っています。こ、この水着はもしかしなくても…。
「そうだよ、イルカショーでぶるぅが着ていたヤツさ」
ニッコリ笑う会長さん。
「ハーレイもお揃いのを持ってくるかもしれないよ、って言ったら大喜びで荷物に詰めていたんだけれど…。残念ながら違うようだねえ?」
会長さんの視線の先には教頭先生がごくごく普通のボックス水着で立っていました。会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」、私たちにまでジロジロ見られた教頭先生は申し訳なさそうに。
「す、すまん…。特にリクエストも無かったわけだし、それに、そのぅ……」
「ああ、その状態で着るのは無理かもね」
了解したよ、と会長さんが頷いて。
「脛毛もバッチリあるみたいだし、それでハイレグは視覚の暴力! …ところで、脛毛はサイオニック・ドリーム? それとも本物?」
「お前なら訊かなくても一目で分かるんじゃないか?」
「そりゃね、サイオンで調べてみれば一発だけど、他の子たちには分からないし…。だから訊いてる。もう大丈夫なレベルに伸びたってわけ?」
「ま、まあな…」
多少不自然さは残っているが、と教頭先生は自分の足を見下ろしています。えっと、おかしくないですよ? 普通に金色の脛毛ですよ?
「ハーレイは長さが不十分だと言いたいらしい。それと剃られてから後に生えた毛はともかく、剃られた時に発育途上だった毛は毛先が自然じゃないからねえ…。細くなる代わりにスッパリぶった切られているのが分かるし、その辺のことが気になるわけさ、ハーレイは」
滔々と説明してくれる会長さんに、私たちは改めて教頭先生の脛毛を眺めましたが、褐色の肌に金色なだけに今一つ分かりませんでした。教頭先生が気にするほどのことは全くありません。良かったですよね、剃られちゃった毛が生え揃って。と、ソルジャーがヒョイと教頭先生の前の方へと回り込んで…。
「…で、こっちの方は?」
ソルジャーの指が示した先は教頭先生のボックス水着。
「ノルディが綺麗に剃り上げてたのは脛毛とかより後だよねえ? こっちの長さはどうなのかな? ハイレグ水着だとはみ出しちゃうのかもしれないけれど、まだ充分とは言えないんじゃあ…?」
「…え、ええ…。そ、そうですね、ま、まだまだという所でして…」
教頭先生は気の毒なほど脂汗をかいておられます。ソルジャーと会長さん、それにエロドクターという豪華メンバーの悪戯のせいで、教頭先生は水着の下に隠れて見えない部分にとんでもない秘密を抱える羽目に。指一本分の幅のワンフィンガーとやらだけを残して毛を剃られた上、残っている毛も見栄え良くカットされていて…。
「ふうん…。辛うじて伸びました、って感じだねえ。だけどハイレグ水着は無理かぁ…」
サイオンで水着の下を確認したらしいソルジャーは「ちょっと残念」とキャプテンの方に目をやって。
「凄かったんだよ、ハイレグ水着。ほら、こっちのぶるぅが着てるだろ? それとお揃いのデザインでさ…。覗き見だけでもインパクトがあったし、肉眼で! と思ったけれど…。あ、大丈夫、お前に着ろとは言わないからさ」
「………。本当ですか?」
「本当だってば。着るには下準備が必要なんだ。…こんな感じで」
ソルジャーは思念でキャプテンにワンフィンガーの情報を送ったみたいです。キャプテンがゲホゲホと激しく咳き込み、「ごめん、ごめん」と謝るソルジャー。
「お前がそんな姿になったら夜の時間が楽しめないよ。…いや、夜に限らず、朝でも昼でもぼくはいつでも大歓迎! せっかく休暇をもぎ取ったんだし、地球の休日を満喫しよう。ダブルベットの部屋も用意して貰ったものね」
とても楽しみにしてるから、とソルジャーがキャプテンの首に腕を回すと、すかさず始まる濃厚なキス。えっと…。此処はマツカ君の海の別荘の玄関先で、まだビーチではないんですけど…。執事さんだって「ご用があるかも」と向こうに待機してるんですけど、いきなりバカップルですか…。
玄関先でのキスに始まり、ソルジャーとキャプテンの仲が良好なことは嫌と言うほど分かりました。真っ白な砂が眩しいプライベート・ビーチに着いた途端に、ソルジャーが始めたのはお肌の自慢。
「見てよ、傷一つ無いだろう? あ、違う、違う、ぼくの世界のハードさを言っているんじゃなくてさ」
そっちの怪我はまた別モノ、とソルジャーはとても得意そうです。
「ぼくは場数を踏んでるからねえ、そう簡単には怪我しない。でも、ここ数日は気を付けていたよ、せっかく海に行こうというのに泳げなくなったら元も子も無いし…。だからハーレイに毎晩念を押していたんだ。決して痕をつけないように、って」
「「「!!!」」」
そっちの方を言ってたんですか! そう言えばキャプテンと一緒に海に来る度に、ソルジャーは大人の時間が原因になって泳げない日がありましたっけ。つまり最近は毎日毎晩、キャプテンと大人の時間を過ごしているというわけですね?
「決まってるじゃないか。いい感じだって何度も言ったろ、こっちのハーレイに恩返ししたくなるほどにさ。…ついでに解説させて貰うと、痕を付けずにぼくを満足させるというのは難しいんだよ? それを頑張ってくれるハーレイを見てると愛されてるんだって実感するよね」
もう本当に幸せで…、と赤い瞳を輝かせているソルジャーの隣でキャプテンが真っ赤になっています。人前で堂々とキスは出来ても、まだ免疫が足りない部分もあるようで…。それに気付いたソルジャーは。
「うーん、完全にヘタレ脱却とはいかないか…。でも、そんな所も好きだよ、ハーレイ」
「…私もです、ブルー…」
あぁぁ、またしても二人の世界ですよ~! バカップルは放っておいて泳ぎに行くとしましょうか。あれっ、教頭先生、視線がバカップルに釘づけに…。その背中を会長さんが指でトントンと軽く叩いて。
「…ハーレイ? ハーレイってば!」
「…!? あ、ああ……。なんだ、お前か」
「ご挨拶だねえ、ぼくはどうでもいいってわけ? あっちの二人に混ざりたい? ブルーは心が広いからさ、一晩くらいなら混ぜてくれるかもしれないよ」
「い、いや、それは…!」
慌てて鼻を押さえる教頭先生。バカップルを見ている間に妄想が広がっていたのでしょう。けれど、どんなに姿形が似通っていても、ソルジャーと会長さんは別人です。夢に見ている結婚どころか、バカップルすらも夢のまた夢。
「君が何を考えていたかは、およそ想像がつくけどね…。ぼくとああいうことをしたけりゃ、まずは結婚を前提としたお付き合い! それが始まりもしない内から大それた夢を持たないように」
「…分かっている…。ついでに望みも無いんだったな」
「無いね、可能性は限りなくゼロ! お遊びの結婚式なら挙げてあげてもいいんだけどさ、結婚証明書に名を連ねるのは勘弁だよ」
チャペルで挙式も神前式も仏前式もお断りだ、と会長さん。
「もちろん人前式も嫌だし、入籍なんて論外だからね。つまり結婚する気は無し!」
「……そのう、なんだ…。改めて言われると堪えるな……」
教頭先生は苦笑しつつも、そこは片想い歴三百年以上。サックリ切り替え、バカップルへの未練も捨てて私たちを連れて海の方へと…。今日はバーベキューの予定もありませんから、素潜りはメニューに入っていません。みんなで泳いだり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ってきていたビーチボールで遊んだり。
「うん、やっぱり本物の地球の海は最高だね」
来られて良かった、とソルジャーが満足そうに言えば、隣で「ぶるぅ」が。
「ぼくたちの世界のアルテメシアにも海はあるけど、あそこじゃ遊べないもんね…。えとえと、こっちじゃ毎日遊んでいいんだよね? ハーレイがお疲れ気味で遊べなくっても、ブルーが壊れそうでベッドから出てこられなくっても、ぼくだけ遊んでいいんだよね?」
「うん。ぼくはハーレイと好きに過ごすから、お前も自由にするといい」
そのために部屋も分けてある、とソルジャーは余裕の笑みを浮かべていました。マツカ君が手配したソルジャーとキャプテンの部屋に続き部屋があるのは知ってましたが、それは「ぶるぅ」のためでしたか! でもって、お疲れ気味だの、壊れそうだのって…。
「ぼくたちの夜の時間に決まってるだろう? 地球で過ごす夜を満喫しないと」
ぼくたちに構わずお好きにどうぞ、とパチンと片目を瞑るソルジャー。ビーチから引き揚げて夕食が済んだら部屋に引き籠るつもりのようです。会長さんが夜釣りを手配したのは正解でした。こんな調子で毎日毎晩ベタベタされたら目の毒どころか、私たちの方がお邪魔虫気分。えっと、夜釣りに行くのはいつでしたっけ…?